2024年10月16日水曜日

教科書には載っていない心臓マッサージ

この日の日記は10月16日のことであるが、今、日記を書いているのは10月20日未明である。

この日は外来担当で午後は恒例の会議も予定されていた。12時半前に救急から心肺停止の患者の搬送依頼があった。まだ外来患者の診察が数名残っていたが12時半から救急受け入れ担当の私は搬送患者の方を優先せざるを得ない。

運ばれて来た76歳男性患者は外来でたまに診察するもしていた人だった。すでに事前に強心剤の救急隊員実施OKの指示を私は出していたため、心臓マッサージや点滴ラインも実施中だった。心電図モニターを見ると心拍は再開されていないようだ。すぐに気管挿管を行い人工呼吸器につなげた。心臓マッサージは自動で行ってくれる「ルーカス」という機器が使われていた。これは本当に有効だ。正確かつ強力にそして疲れることなく心肺蘇生の手助けになる。↓はネットからのものでこれとほぼ同型が使われていた。

その後も強心剤注射を繰り返すが心拍は全く戻らない。最初の状況を聞くと、患者の妻が午前の仕事から帰宅すると自宅ソファですでに心肺停止状態だったという。妻は自ら心臓マッサージをするなどしたが、意識が戻らないため救急連絡をした。現在、その時点からすでに40分は経過している。これは・・残念だが無理だ。もうあきらめである。13時前に妻を呼ぶよう私は指示した。そして付いていた看護師にルーカスを止めるよう指示した。

救急外来室に入ってきた患者の妻はまったく現状を受け入れられないという感じだった。朝8時に家を出る時は何の問題もなかったのにー。夫の元に行き、「ほら、ちゃんと息をして。目を覚まさんねー」と言い、自ら胸を叩き始め、マッサージもやり始めた。心臓がまったく回復せず絶望的であることを私は伝えたのだが・・。胸を叩いて、さすってはモニターを見て「動いている」と言い、顔や頚部をさすっては「だんだん温かくなってきている」と言っていた。

私や看護師、一部救急隊員もそばにはいるが何もしなかった。すでに亡くなってはいるが、妻にとってはまだ助かるかも、いや助けたい夫なのだった。救急隊員はその場を離れ、私と看護師二人はまだそばについていた。10分、20分経過した。救急要請があってからすでに1時間は過ぎている。その間心臓は一度も動きを取り戻していない。妻は腕を動かすのも疲れているだろうにまだ夫の身体をさすっていた。私はようやく心電図モニターと人工呼吸器を外すよう看護師に指示し、その場を離れた。ちょうど患者の息子氏が到着したので状況を話すと、彼は冷静に返事し、母親の元に行った。

電カルに診察の記載と死亡診断書を書き、外来を離れ、昼食を摂りに食堂へ向かった。13時半からの会議は欠席し、午前外来の患者は一部は午後に再来してもらうことになっていた。本来なら14時過ぎからまた外来再開だが、遅らせてもらい1時間弱ほど院長室で仮眠を取った。

翌10月17日、俳優の西田敏行が自宅で亡くなっていたとの報道があった。虚血性心疾患であったとされ、発見時すでに冷たくなっていたという。76歳だった。私の対応した患者と全く同じ年齢、同じシチュエーションではないか。虚血性心疾患とは狭心症や心筋梗塞など、動脈硬化により冠動脈が狭くなったり詰まったりして起こる障害の総称で、予防のために動脈硬化の原因となる高血圧や高脂血症などにならないよう肥満や過労を防ぐことが求められる。さらに「虚血性心疾患は突然死を引き起こすこともあり、著名人らが虚血性心疾患により自宅で亡くなるケースも目立つ。令和2年1月、86歳で死去した俳優の宍戸錠さんが自宅で死亡しているのが見つかった際も、虚血性心疾患が死因だった」とも書かれていた。男性で血圧、糖尿病など患っている人にはよくあるケースだ。

臨床的には亡くなられた患者さんはそうなる危険性はあったのだが、いっしょに変わらぬ日常を過ごしている配偶者にとっては青天の霹靂だったのだろう。そんな人に対して、最後の心臓マッサージを「すでに亡くなっているのだから」と制止することは出来なかった。教科書には載っていないがそれで良かったと思っている。

0 件のコメント:

コメントを投稿