2023年3月31日金曜日

最後の日もおつかれさま

内視鏡室の佳及Nsと演歌Nsが今日限りで退職ということで花束贈呈や記念の写真撮影があちこちであった。

上の写真ではみんな笑顔で写っているけれど、二人は時と人によっては涙ぐんだりもしていた。佳及Nsは病院を14年も務め、内視鏡室では7、8年もいて後半は主任も任されていたから思いもひとしおだっただろう。私には記念の名前が印字されたボールペンもプレゼントしてくれた。実は全く同じ製品を私は使ってはいたがせっかくだからもらったものをさっそく白衣のポケットに着けた。お古は自宅で使うことにしよう。演歌Nsはちょうど1年の勤務で内視鏡室の仕事がとても気に入ってくれていたが、旦那さんの仕事を手伝わなくてはならなくなり、これは仕方なかった。

コロナもおおよそ沈静化しつつあり、マスク装着も自主判断に任されている。明日は送別会をすることにした。実に3年以上ぶりのみんなで集まっての飲み会だ。

しかし、夕方の名残を惜しみつつという頃合い、急遽内視鏡依頼があり、しかもその患者さん急に意識障害が起きて気管挿管する羽目になり、内視鏡後に頭部CT、頭部MRIと検査が続いた。とっくに終業時刻も過ぎ、二人も含め時間通りにはみんな帰ることは出来なかった。ああ、最後まで青雲会らしかったですねぇ・・おつかれさま〜。

2023年3月30日木曜日

春爛漫

ほんま、春やぁ。

いつもの姶良の帰り道、用水路沿いのハナモモと桜は八分咲以上いやほぼ満開になっていた。特に桜は1週間前とはえらい違いだ。


姶良インターに入ってすぐの小さな神社(稲留神社って言うらしい)にある桜は今が満開で↓走行中に撮った。この桜もあと数日で散り始めるだろう。桜って輝きと儚さを併せ持つ・・。
帰宅すると去年まで弱っていた庭木のベニカナメが今年は元気になって綺麗な赤色を取り戻していた。
ふと、見上げると枇杷の実も少しずつ大きくなってきている。ただ大きさは去年並みであんまし大きな実は付けないかもな。
家に上がって間もなく、「ミャー」と庭で鳴く声が・・。クロちゃんだった。クロちゃん用の皿にエサを上げたのだけれど私が立ち上がるとビビっていったん立ち去ろうとする。
しかしやっぱりエサが欲しいようでじっくりと近づいて・・(右の皿の『くね』とはキタローのことで我が家では『くね夫』と呼んでいるから)
ちょっぴり上目づかいで食べ始めた。だんだんこてる家にも慣れてきているよう。以前は私の車の下まで隠れたが、今はロッジから先へは逃げずに引き返して来る。
そろそろ3月も終わるが、まだまだ春は続く。満喫しよう。

2023年3月29日水曜日

そんなことでモメタゾン

今年は花粉症の患者さんがえらく多い。ここ数年でもスギ花粉が多かったらしい。青雲会病院の職員からも抗アレルギー薬の処方希望が多くあった。中にはステロイド点鼻薬を希望する人もいる。この点鼻薬アラミスト(フルチカゾン)やナゾネックス(モメタゾン)という製品なんだが、なかなか優秀でしかも副作用がほとんどない。カールにもアラミストを処方して「すごく効く」と感謝された。
すると、外来のエンドグッドNsがカルテ紙に手書きで点鼻薬の「モタメゾン」の処方を希望と書いてあった。あはぁ、一度使ったからまた処方して欲しいんだなと入力しようとしたらうまく出来ない。これは元の商品名がナゾネックスなのでそう入力すると電子カルテは一般名の「モメタゾン」と表記されて入力できた。そこで気がついた。エンドグッドNsはうろ覚えでモメタゾンをモタメゾンと誤記していたのだ。だから入力拒否されたんだ。
後でエンドグッドNsに言ってやったよ。「モタメゾンなんて書くから、こっちはどっちが本当の表記なのか、もめたぞん」って。

2023年3月28日火曜日

「あの世」ではなかった・・ですね

今日は2件、内視鏡の拡張ステント留置術を行った。対象はどちらも超高齢女性患者だ。一人は食道狭窄、一人は総胆管狭窄でどちらも癌が浸潤して狭窄を来していた。メッシュのような金属ステントをそれぞれ留置することで食事や胆汁の通過が良くなり症状の軽減が期待できる。癌は完治できなくてもこれが結構功を奏するのだ。ついこの間も100歳の高齢女性患者に胆道ステントの入れ替えを行った。2年前に留置して以来癌の進展が遅いこともあってか普通に自宅で生活されている。拡張ステント無かりせば半年いや3ヶ月も持たなかっただろう。

幸い2例ともうまくいって一方の家族には外来で直接説明を、もう一方の家族には電話で説明をした。その電話説明の家族だが「大丈夫だったでしょうか。今朝、電話で話した時には変なことをしゃべってましてー」と言い出すので「え、何を?」と聞き返すと「『韓国に行った』とか言うので心配で・・」「は、韓国?ですか」「ええ」「『あの世に行った』とは言ってませんでした?」「いいえ、韓国と言っていました」「あの世でなければ大丈夫ですよ」「そうですか、ありがとうございます」だって・・。

私はよく話の合間に「ご冗談」を言うのだが、それに気づかないか真面目に受け取る患者さんやその家族が多いのよ。ともかくも今日はあの世から少しだけ遠ざけてあげられて良かったわ(⌒о⌒)。

2023年3月27日月曜日

入職の季節

朝は入職式があった。20数名もの新人さんがいて出席したのは17名。中には30代後半の新人看護師の鳥羽Nsがいて、実は彼女は3年前まで青雲会病院の医療事務だった。子どももいながら一念発起し看護学校に通って資格を取った。「また帰って来ます」とはお別れによく出てくる言葉だが、現実にはそれっきりという場合がほとんどだ。中学生か高校生の子どもがいるとは思えない鳥羽さん、可愛い彼女と全体撮影の後、二人で写真を撮った。みんなが見ている前だったせいかピンボケなのはご愛嬌。

さっそくLINEで写真を転送したところ、「ブサイクですね。またよろしくお願いします」との返信が来た。そして「ガチガチに緊張しています」とも。うん、しばらくはオリエンテーションがあるし、看護師としては初めてでも病院の雰囲気は何年もいたからすぐに慣れるはず。応援しよう。

さて、午後になってついこの前から就職するかどうかの話があった消化器内科のタクミDrが見学にやって来た。彼は大学2内科内視鏡室の後輩である。もっとも年齢は向こうの方が若干上だがそこはまあいいだろう。内視鏡室は私より早くに辞めて親のクリニックの手伝いをしたり勤務医をしていて、その後親の跡を継ぎ、クリニックをやっていたはず。それが閉院してまた勤務医をしていたという。諸事情でそこの病院を辞めることになり、内視鏡や外来、病棟など常勤出来る病院を探していたところ青雲会病院が引っかかったというわけだ。勤務するに当たっていろいろ不安や気になるところがあったようで一つ一つ質問してきた。それを片っ端から私が一蹴、大丈夫と説明した。私も高度な内視鏡テクニックや救急外来、夜間当直までは求めていない。普通に内科外来と病棟患者を診てくれればいい。それに夕方17時半以降は重症患者であっても当直医が診るのが青雲会の原則だ。夜に緊急で病院まで呼ばれることはまずない。極端な話、翌日病院に着いてから自分の患者が亡くなっていたと知らされることもよくある。
ちょうどダヒロDrも内視鏡室にいて久しぶりにタクミDrと会って話をしてくれた。タクミDrが加わってくれれば、非常勤の月のワイゲンDr、金の並ぶンDrと大学内視鏡室の面々がこの病院に勤務することになる。2年半前に亡くなったピッピDrがいてくれたらもっとにぎやかで良かったのだが・・。今日話した感じではかなり就職に前向きだった。いやー、春は入職の季節だわぃ(⌒о⌒)。

2023年3月26日日曜日

日曜余話

え、トヨタから連絡があった。新型プリウスが早ければ1ヶ月後くらいには届くかもということだ。ほう、それは予想よりちょっと早めだ。ゴールデンウィークの前か後か、まあゴールデンウィーク明けだろうと思っておこう。契約後4ヶ月も経てば別に早く来なくてもという気になるから不思議だ。

まだWBC余波があって日曜朝の番組に限らず、栗山監督なんかどの局でも引っ張りだこで、裏話を披露している。そのうち、疲労してしまうよ、なんて(笑)。ネットでも大谷を中心にWBC戦士の話題が続いている。やはり世界一を争うってとてつもない関心を呼び起こすんだ。例の「野球は9回まで」の青雲会職員も今回は準決勝観戦、決勝は後で観戦したそうだ。ただ「野球って9人でするんですね。(初めて知りました)」発言には相変わらず呆れたけれど、今度はそれほど驚きはしなかったな。

サブアラド六段が降段したばかりなのにものすごい勢いでポイント稼いで七段が目前になっている。私など彼より早く降段し徐々にポイント伸ばしてはいるがすでに追い越された。彼は昨日から病院日当直でそのヒマを利用して天鳳を打ちまくっている。夕方には昇段ポイント2400Pに近い2265Pまで来ていた。あと、トップ2回で昇段だ。私は亀の歩みでようやく1755Pまで。とても追いつけないやとひまひまに打っていた。で、日付が変わった頃、サブのポイントを確認してみたら・・なんと1725Pまで落ちていた。げげ?夕食後の20時以降7回半荘打ってラス5回、2位2回の大ブレーキで私より下回った。ある半荘では親番の時に子方に役満四暗刻をツモられ、いわゆる親かぶりでバイ満分支払い一気にラスにもなったりしていた。ふんふん、トップ取ろうとすると足元すくわれる。そのドツボに彼もハマったようだ。

えへへ、これで昇段争いは五分五分だ。私にもやる気が出てきたワイ。

2023年3月25日土曜日

ひさびさ夜のお当直

今日は午前外来、午後日直、さらに夜は久しぶりの当直だった。

外来は割とヒマで余裕の診察で、午後は来月再来月の当直表作りや日記など済ませ一段落と思っていたら、夕方から夜、そして夜明けと救急車が計4台来たわ。やれやれでうち2人は朝交代の脳外科の先生に引き渡すまで私が指示した。救急ではないが夜に某産婦人科より急性の腹痛女性を紹介された。腹部CTを撮ると、これがなんと巨大卵巣腫瘍で圧痛の部位に一致していた。即、紹介医に電話を掛け直した。なんか産婦人科Dr気まずそうだったねぇ。すぐにまた引き返すことになった。もしかしたら緊急の手術もあったかも。専門医が自分の分野で見落とすことはたまにある。しかし私はまったく責める気はなかった。夜にもかかわらず患者さんのためにきちんと診てくれないかと依頼してきた真摯な姿勢に感心すらしたよ。

明けて帰る時にまた姶良の用水路沿いの桜を見たら、もう3分咲き以上にはなっていた。ハナモモはさらに咲いてほんとに鮮やか。どうせ帰宅したらぐったりぐーすかだ、少しでも目を楽しませてくれて花よありがとう。

2023年3月24日金曜日

その患者さん、診断名は?

今日の外来では非常に印象に残る症例を経験した。その患者さんは60歳代の女性でMR内科から2週間前に精査加療依頼で紹介された人だった。

3月初めから37°C台の微熱と上腹部違和感、食欲不振があり、採血では白血球が1万程度、炎症反応のCRPが高めの10前後ということだった。そして抗生剤を処方したが良くならないとのこと。当院での採血でもほぼ同様だった。CT撮っても特に発熱の原因たる所見は得られず、試しに抗生剤点滴とステロイド点滴を外来で実施してみた。数日後、症状は一時良くなったがまだかなり残っているといい、採血もわずかにCRPが下がった程度だった。しかも、夜から朝にかけてふくらはぎが痛む、両肩が痛いという症状のきつさを訴えていた。この人に抗生剤はやはり効かない。では、どんな病態なのか私自身も判然としてないが、経験的にステロイド内服が効くと思われ、プレドニゾロンを10日間試してみた。1日3錠15mgから漸減して最後は1日1錠5mgになるように処方した。

そして今日の診察前に採血も指示していた。結果はCRPがやはり10前後で改善していない。病状経過を聞いても「最初のころは症状が軽くなったが内服が1錠になると痛みがまたひどくなってきた」とのことだ。うーん、困った。原因ははっきりせずとも症状が治癒するケースを狙ったのだが・・。MR内科への返書もこれではとても満足できるものになりやしない。どこか、より専門的に精査し治療出来る医療機関に紹介しようと思った。しかし、はたしてどこが良いのかそれすら悩んだ。そもそもこの病態、いわゆる膠原病の一種と私は考えた。リウマチか血管炎か原因不明の炎症疾患である。それで最初は鹿児島市内の大病院でそんな難病系の疾患を診てくれるところを調べた。大学病院ならいいかもしれないが受診するまでに時間が掛かりそうだし、姶良からは遠くもある。患者さんは「鹿児島市立病院は?」と言ってきたが今一つぴったりする診療科を見つけられなかった。

そうだ、同じ姶良市内で同級生の名月Drにいい医療機関はないか相談してみよう。彼は循環器内科でもあるがリウマチも専門にしてクリニックを開業している。電話をかけると「ああ、こてる先生、いつもお世話になってます」と言われ「こちらこそ。ちょっと診断に悩んでいる患者さんがいるんだが・・」と私はこの人の病歴と治療歴を簡潔に伝えた。すると、だ。「ああ、それ、〇〇〇の典型だよ。うちで診ようか」と言うではないか。は?!と思って慌ててネットで検索してみてびっくり。確かにこの患者さんの症状、検査結果にぴったりではないか。それで名月クリニックへの紹介状を書き、明日午前に診察してもらえるようにし、外来診察を終えたのだった。

その疾患は① 50歳以上 ② 両肩の痛み ③炎症反応( CRPまたは赤沈)の上昇を満たすことが必須条件で、さらに臨床症状(45分以上持続する朝のこわばり、臀部痛または股関節の可動域制限、肩関節と股関節以外に関節症状がない)などの症状と治療では第一選択薬は副腎皮質ステロイドで、一般にプレドニゾロン10~20mg/日程度の少量ステロイドが使用され、ステロイド反応性は比較的良好だが、ステロイド減量中の再燃もあると書かれてあった。びっくりするほど一致しているではないか。知っているドクターや医学生なら簡単な診断かもしれない。聞いたことのある病名だったが恥ずかしながら私はその病名にはたどり着けなかった。
名月Drは「PMRだよ」と即断だった。PMRとはpolymyalgia rheumaticaの略で「リウマチ性多発筋痛症」と訳される原因不明の疾患だ。リウマチの名前があるがいわゆる関節リウマチと違って手や指の関節の腫脹を呈する例は少ない。いや、相談して良かった。患者さんにとっても近くの医療機関で明日には即治療に入れる。病診連携の極みだ。私も病名にはたどり着けずとも遠からずだったな。今度この手の患者さんが来たら即答できるようになろう。ただ、MR内科には、さも自分が診断できたかのように返書を郵送したのだった。へへ。

2023年3月23日木曜日

花が咲き始めた

昨日終わってしまったがまだWBCの激闘の余韻は残っているなぁ。TVも朝から昼、夕方も特集を組んでいた(特にTBS、テレ朝系)。そんなWBC人気の割を食ったかセンバツ高校野球は影が薄い。鹿児島代表も出ていないしー。それにやはり世界的プロの選手らと比べると体格、技術ともに差があるのが一目瞭然だ。ま、高校野球は高校野球で別の楽しみ方があると言っておこう。

しかしWBCに熱中しているうちに、本当の天候も暖かくなって春爛漫直前といったところだ。姶良に入っていつも通勤中に眺める上水流地域の庭木のハナモモらしき木がようやく開花しつつあった。だいたい3月下旬くらいから咲き始め、赤、白、ピンクと桜に比べ艶(あで)やかな色合いだ。まだ三分咲程度でこれからか。

桜は東京では開花しそろそろ満開が近いというのに鹿児島は遅い。暖かければいいというものではないようでやや高地の霧島あたりは既に咲いているという。上水流地区のそれこその姶良用水路の桜はまだ一分咲きくらいよ。
最近流行という短歌で言えば秋は「風の音で」感じられるということだが春はやはり「花の咲き始めで」だ。今年はどこで花見をしようかな。

2023年3月22日水曜日

最終回表2アウト、相手は

やったぁ・・勝ったわ。最後が大谷対トラウトになるかもとはあって欲しい予想に上げられてはいた。しかしそなるにはいくつもの条件をクリアしなければならなかった。

まずは大谷はDHなので投げるのは最終回か延長の日本がリードした場面しかない。そして投げる相手3、4人にトラウトが含まれる打順でなくてはならない。9回表に9番からの打順だったので2番のトラウトに回るのはほぼ確定していたのでぜひその瞬間を観戦したかった。しかし私は外来担当でまだ診察予定者が残っていた。それでもさー、その打順だけは小休止して観戦しようーよ。でも「はいはい」と場況が読めない不束Nsが患者を呼ぶのよー。くーっ。

それでも素早く「定期処方だけですね」と済ませて大谷の投球を見守った。最初フォアボール。うーんこれでは最後の打者はトラウトにはならないか。診察。そして見直すと2アウトで相手トラウトじゃん。あれ?と思った。ああ、ダブルプレーを取ったのか(正解だった)。そして夢の対トラウト。若干荒れているように見えたが直球は160km/h出て威力があった。トラウトも空振りだ。2ストライクまで取ったところでまた患者を呼ぶのよ、不束Ns。どんだけぇー。

不意に拍手が師長コーナーから聞こえて来た。ああ。勝ったんだ。優勝やぁ。すぐに行くと、みんなTV画面を見て喜んでいた。え、シマッチ院長もいるじゃん。

そりゃその瞬間は見たいよな。リプレイで見た最後のスライダーよ。あの曲がり、エグいって言葉がぴったり。あの球はトラウトでもアローン・ジャッジでも打てない。かくして侍ジャパン、大谷翔平はやってのけた。冷静に言ってアメリカは投手が日本みたいに超強力ベストメンバーではなかった。その差が出た。しかし日本も10年以上前と比べ直球の威力、鋭い変化球を持った投手が増え、打者も小細工のみではなくパワーで押せるようになった。チーム力はやはり世界一にふさわしかったわ。

その頃チッチは友人らと四国のホテルにいたそうだ。そしてカールに送って来たメールが「一人でホテル延長1000円払ってまで見たかいあった」「気持ちよく1000円払った」だったと。あの節約家のチッチがねえ。カールは「いいお金の使い方だったね」と返信したそうだ。うむ、それでよし。昨日のメキシコ戦に続いて日本列島各所で様々な観戦模様があったことだろう。夜はTBS系であった再放送決勝戦を観戦した。しかし、まだWBC疲れは残っていて、結局うにゃむにゃ爆睡していたのだった。

2023年3月21日火曜日

こんなに疲れる試合とは

昨日、「一番疲労した野球の試合」の話題を披露したばかりだが、今日はそれに匹敵いや凌駕するほどの試合だった。WBC準決勝、日本対メキシコ戦である。

前日から例によって中途半端な睡眠になり、未明に目覚めてネットはYouTubeで日本代表の練習風景などをぼうっと見ていた。中でも吉田正尚がライト方向に大きなホームランを飛ばすのを見てちょっと驚いた。それがまさか約9時間後くらいにほぼ同じようなホームランをかっ飛ばすとは・・。

十分な睡眠ではなかったが、最近は朝になると自然と目が覚める。午前8時過ぎから準決勝をTV観戦した。しかしカールの沖縄からの帰りのお迎えが控えており、9時前には家を出て車中でTV音声を聞きつつ空港に向かった。がーん!調子よかったように思えた佐々木朗希が3ランを打たれちまったよー。空港でカールも車に乗り込むなり「負けてるじゃん」と。その後も満塁になってアナウンサーが「近藤打ったぁー!」なんて煽るもんだから2、3点入ったのかと思ったらレフトに取られたって、アロサレーナ(キューバからの亡命選手)はどんだけレフトフライを取りまくるんだぁ?ドヤ顔するしー。

帰りは自宅に直行ではなくて中央駅のアミュプラザに買い物があるというのでそこへ行き、私は駐車場で野球観戦をしていた。もう6回を過ぎても日本は1点も取れない。ただ2番手山本由伸が頑張って追加点を与えない。日本の力からしてきっと追いつき追い越せると信じ観戦を続けていた。そして吉田の3ランだ。車の前を人が行き来していたけど手叩いて大喜びしたねー。そのうちカールも帰って来てアミュを出て帰宅した。しかしまたもやメキシコに打たれ2点のビハインド。今度は団地内のAコープで買い物というからまたもや駐車場で一人観戦していた。8回裏も日本の攻撃はチャンスを作る。ノーアウト1、2塁はまあ犠牲バントかもしれないがもうちょっと源田が粘ればフォアボールで満塁も狙えたんじゃないか。でもここぞのスリーバントを決めて得点圏にランナーを進め、ここは当然の甲斐の代打山川の打撃でヒットこそなかったが犠牲フライで1点差にした。ふー。

で、家の駐車場に着いた時が日本の最終回の攻撃が始まろうかという時だった。打者は大谷だ。その打撃が終わるまで車中で観戦しようかとも思ったが、家に入れば大画面で見られると急いで玄関に向かったのだが・・なんと大谷は初球からぶっ飛ばして2塁打をかまし塁上で吠えまくっていた。おーー!これはチャンス。少なくとも同点にはなるぞ。続く吉田は最大限の警戒ぶりで(当然そうだろう、さっきのようなホームラン打たれればそこで試合終了だ)フォアボールになった。そして代走の周東だ。うん?もしかして延長になればまた吉田の打撃が必要になるのではとも思ったが、そんな先のことより目先の逆転ランナーだ。

で、その後は皆さんご存じ、村上の痛烈なセンター越え2塁打で、やったーぁ!周東もきっと本塁突入・・と思ったらあっという間に来ていた。あははー、逆転勝利だぁー!日本列島全土が沸騰したはずね。感激して私は思わず涙がにじんだ。野球見て泣くなんて滅多にない。

そしてこの後は疲労感がずっしりと来て、昼食の後も寝ては起きての繰り返しが続き、それは夜も続いた。自宅、車、空港、駅、スーパーとあちこちで観戦し、じりじりハラハラ最後の最後になって爆発。こんなに疲れた野球観戦もない。約半世紀ぶりに疲労観戦の更新をしたのだった。ふう・・。

2023年3月20日月曜日

私を一番疲労させた野球の試合とは

実はWBC観戦のせいで疲れがたまっている。野球も見るだけで疲れる試合があるって、これまでいくつかあった。その最初の体験は昭和49年(1974)の夏の甲子園、準々決勝鹿児島実対東海大相模戦だった。鹿実には投手定岡正二、相模には当時2年生の原辰徳がいた。まだ全国的にはそれほど知名度のなかった鹿実が前半に2点を取られた後、予想外の3点を入れ1点リードの場面が続いた。その頃の1点差は今よりもはるかに重みがあった。このまま鹿実が勝って準決勝に進めるでは・・との期待感と、もしかしたら逆転されて負けてしまうのではという緊張感とでTVの前から離れられなかった。

試合は9回2死まで行き、もう一息というところで東海大相模に同点にされ延長戦になった。鹿実が14回に1点取って今度こそ勝ったと思ったが、またもやその裏に同点に追いつかれた。その間、すでにナイター試合になってTV中継が終了してしまってラジオに切り替えたり、また世間がその放映中止に黙っておらず抗議の電話が殺到しNHKが教育TVでまた放送を始めたりとバタバタしたりもあった。確か19時は過ぎていたと思う。15回にまたもや鹿実が1点を入れ、さらに2点が入ったと思ったが、タッチアップが早かったとのアピールプレイが認められ2点目は取り消されるなど様々なエピソードのある試合だった。そしてとうとう15回裏の相模の攻撃を定岡が0点に抑え、5対4の3時間38分の長時間の試合は終わったのだった。


当時の日記を取りだしてその日を見ると、こう書かれていた。

「やった!!やった!!オレは野球のドラマを見た、聞いた!!鹿実が延長15回5ー4で東海大相模を破り、ベスト4進出を果たしたのだ。9回14回に続く三度目の正直で勝ったのだ!!!」
やたら「!!」が多い上に、「破り」の表記を実は「敗り」と書いていた。まあ中学生らしいミスではあった。

興奮してそんな日記を書いたのは覚えていた。遅い夕食も摂ったはずだが覚えていない。そしてものすごい眠気に襲われそのまま寝てしまったのだった。目が覚めたのは翌日の午前10時を過ぎていた。びっくり。12時間以上も寝ていたことになる。若い頃をよく眠れるもんだ。で、起きて間もなく準決勝の第1試合対防府商戦が始まっていた。結果は9回裏にサヨナラエラーの1対2で敗れてしまった。昨夜からの興奮、疲労、落胆があっという間だった。翌日の日記には「・・・残念だ、無念だ!!」と結んでいた。

野球観戦であんなに興奮と感激と疲労感に見舞われたことはその後もなかなかない。長い高校野球観戦でいまだに私のベストゲームにこの試合を挙げるのはそういった理由からでもある。ただ、今回日記を読み直して気がついたのが、その日朝から映画を2本見に行っていた。ブルース・リーの「ドラゴン怒りの鉄拳」とチャップリンの「黄金狂時代」だ。なんか懐かしいし時代を感じる。午後は「夏休みの友」の社会を2時間ほどやったとある。その後で野球を見ていたのだ。そりゃ疲れるかも。

しかし今回のWBC、面白くしびれる試合が多く、心地よい疲労感の残るゲームが多い。明日は大一番の準決勝対メキシコ戦、どうなるかなー。

2023年3月19日日曜日

「ミナミさんちのクイズ」

この前、木曜日かな、通勤途中に見かけた車のナンバー「3478」を見て、私はいつものように「メイクテン(テンパズル)」をやり始めた。以前も日記ネタにしたことのある数字遊びで、運転中に車ナンバーを見ては4つの数字を加減乗除して10にすることを考えている。そん習性のおかげでたいていの場合は数秒から5秒以内には解答できる。しかしこの4つの数字の組合わせはすぐには出来なかった。いや、その後考えても解答出来ない。実はナンバーの4桁数字の組み合わせは1万通りほどあるわけだが8147通りで可能で残り1863通りの数字では不可能である。3478はどうかというとこれは絶対にメイクテン出来る。なぜかというと異なる4つの数字の場合は計算して必ず10にすることが出来ることが証明されているからだ。

しかし以前はなんとしてでも解いてみせるとじっくり考えたものだが「ま、あとから考えよう」と放っておいた。そんな中、今度は南日本新聞の朝刊に「ミナミさんちのクイズ」があってこれがなんとも妙な問題で少し戸惑った。

「ミナミさんちのクイズ」は単純に知識を問う問題も多いのだが時にこんなトンチパズルのような問題も出る。しかしぱっと見、なんじゃこりゃだ。まず考えたのが「ごうけい」「ぎふ」「そうちょう」の文字に何か数えるものがあるか?だが何も浮かばない。ローマ字に直しても今一。残るは漢字だが・・。こんな時も私はすぐに解答は見ない。できるだけ正解を導こうと考え尽くす。じっと問題を見つめ直す。で、ハッと気がついた。ああ、これか。ならば「卒業」の場合は1だ。だから①が正解のはず。これには自信があったので特に正解ページは急いで探さなかった。↓に正解画像を載せておく。
それで最初のメイクテンだが、これはずっと昔に日記ネタにして、「3478」は最難関問題の一つだった。ちょっと発想を変えないと出来ない。鍵は8x5/4の形に持っていけるかである。それさえ分かっていれば3と4と7で5/4の分数を作ればいい。3ー7/4という式にしてみよう。3は12/4に置き換えることができる。すると12/4ー7/4になり5/4が出来上がる。ここで8x5/4で答えは10になるというわけ。同様の方法で以前TVCMでも出題された「1158」も解くことが出来る。

ただ、クイズは好きだが分かるまで答えを見ないという方針ゆえ、クイズそのものを安易に見ないようにしてしまいがちな私であった。

2023年3月18日土曜日

「短歌ブーム」だってよー

REGZAのタイムシフトマシンが勝手に録画したタイトルをぱらぱらと見ていると、3月15日NHKBS1のクローズアップ現代で「空前の”短歌ブーム”が映すもの 令和の歌に託した思い」というのがあってクリックしてみた。恥ずかしながら令和の今「短歌ブーム」が起きてことを全く知らなかったからだ。

冒頭、「短歌や和歌と言いますと、小野小町、石川啄木、俵万智さんなど思い浮かべる方が多いかもしれません」とあり、確かにそうだと思った。今まではこうした歌人の歌を味わうのが主流だったが、現代ではtwitterなどSNSを通して自ら短歌を詠む人が相次ぎ「#tanka」には毎分のように投稿され続けているという。スマホ、SNSの流行が背景にあるというのだ。そしてその流行を象徴する一首があるという。それが「まほぴ」こと岡本真帆さんの↓の一首だ。

「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」これは意中の人からの告白にはにかむ乙女心を歌ったものだ。ほう、俵万智の「「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの」が連想される。それはいいとしてこの歌が1.7万回もリツートされ、さらに思わぬ展開をみせた。みずから下の句を作り投稿する人が相次いだのだ。




みずからのずぼらエピソードを写真付きで投稿する、このようなさながら歌会のような現象はなんと投稿から5年経った今もまだ続いているという。岡本さんは歌集も出し、この手の本では1万五千部も売れベストセラーといえるという(となると、私も買った俵万智の歌集「サラダ記念日」の280万部は化け物ベストセラーだ)。その中の一首↓には感心した。
「にぎやかな四人が乗車して 限りなく透明になる運転手」うまいなぁ。

番組ではコロナ禍が短歌ブームを後押しした要因でもあると言っていた。新聞の短歌投稿欄の選者が「みなさんが自宅にこもるようになってから明らかに増えました」と証言していた。そういえば日常の些細なことをつぶやいて投稿するtwitterはそもそもが短歌と同質だったのでは。元から親和性が高かったのだ。

私にもずぼらエピソードはいっぱいある。ただ、そんなに短歌センスがないのかすぐには言葉として出て来ない。こてる日記を読み直して探してみると、3月4日の「その姿、カエル?」のエピソードくらいかな。

「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、ストーブの前ではカエルだし」( ・_・;)

2023年3月17日金曜日

「最高です」は最後こう言えば最高だった

昨夜のWBC準々決勝、対イタリア戦は一人で見ていた。3回裏の大谷の打撃で予想外のバントには少し驚いたが、メジャーリーグでもたま〜にやっていたので「ああ、そう来たか」とニヤリとした。で、その後1点入っての2アウト1塁2塁の岡本に打順が回って来た時に打つのではという期待感が増した。というのも、その前の2回表での一塁守備で彼はいい動きを見せ、解説の古田敦也が「(2塁に任せてもいところを)積極的に行っているというのはね、僕は次の打席につながるんじゃないかな」と評していたからだ。

期待と緊張感が増し、固唾を呑んでTV画面を見つめていたところ、「ピンポーン」とチャイムが鳴った。宅配便だろうとは思ったが、うん?とも思った。帰宅時に不在票がありそこで日曜朝に届けてくれるようネット依頼していたのにー。玄関に出るとはたしてゆうパックの配達員でふるさと納税のお米だった。「ネットで配達日を頼んでおいたのですが」には「あ、いや、帰る前に寄ったのでそれはもうなしで」とのこと。まあ、後日より今受け取れるに越したことはない。

5kgの米を抱えてちょうど玄関から上がった時、なにやらTVから大きな歓声が聞こえて来た。すぐに居間に入ってTVを見ると、岡本が3塁をゆっくり回ってホームに向かって来るところだった。アナウンサーの「岡本の・・ホームランがここで出ましたっ!」と一段と大きな声での実況に3ランを打ち4ー0になったと知った。もう、「宅配便さんよー、タイミング悪いよー」と思ったと同時にこの試合もまた勝てると実感出来た。ただ大谷の投球は全力過ぎ唸りすぎで、後半はちょっとバテたんじゃないか。少しバランスを崩したせいかイタリアもすかさず2点を奪ってくる。まあその後は投手陣もしっかりしているから結局9ー3で勝ち、アメリカでの準決勝へ向かうことが出来た。

で、ヒーローインタビューは岡本和真だ。ここで皆さんもご存じ「最高です」の連発だった。それも中畑清の「絶好調!」や阿部慎之助のそれこそ「最高です!」とは違って妙に低いテンションの「最高です」だ。それでも結果に大満足の観客からは大きな笑いが出ていた。ただ惜しかったのはインタビューアーの「いよいよ戦いの舞台はアメリカに行きますが、この先の戦いへの意気込みを聞かせて下さい」にはちょっと「最高です」のセリフは合わないと思ったのか動揺してすぐに返答出来なかった。結局また「最高です」でごまかしたが、私がアドバイザーならここでそれこそ最高の返し技があったのにと岡本に教えたかった。

「(アメリカに)さあ、行こうぜー!」と元気よく言えば良かったんだ。最後の「ぜー」を少し小さめに言うことで「さーいこー(最高)」に聞こえ、絶対に受けたと思うけどな。あれじゃー〇カの一つ覚えと言われかねないヨ。こんなこともあるのだからインタビューでの受け答えも一流選手は事前練習をしておく必要がある。メジャーリーグの選手らはそういうことも大事な要素だと分かっていて、私が知る限り40年近く前からそうだった。昔のNumber誌に当時の原辰徳とあるメジャーリーガーのインタビューの違いを笑えるくらい比較してみせていたのを思い出す。例えばヌートーバーが死球を受けたことに対し「ちょうど凝っていたところに当たってほぐれた・・」と返したようにね。

岡本よ、今からでも遅くない。準決勝でもヒーローインタビュー受けることがあったなら、「最高です」を繰り返した後、最後に「決勝に『さあ行こう』」と言ってちょーだいな。

2023年3月16日木曜日

「野球って9回までするんですね」

年に一度の健康診断を受けた。ただし仕事をしながらなので、早めに採血や検尿、レントゲンなど受け、手間が掛かる胃カメラは最後に受けた。内視鏡を担当するのはエイエイコーDrで彼にしてもらうのは初めてだった。序盤の鼻孔通過と咽頭通過がスムーズだったのでこれは楽に受けられると感じた。ただ胃内観察で空気が多めに入ると少し苦しくなる。今回、所見を見ると軽い逆流性食道炎があった。症状はないので治療は受けていないが今後胸焼けが出てくればPPI(プロトンポンプ阻害薬)を飲む必要があるだろう。
採血結果はすべて異常なし。異常指摘があったのは腹囲と体重くらいか。でもさ、ちょい太りが長生きするっていうじゃん。まずまず優秀な結果だったわ。

上の写真で私の検査に付き添ったのは臨床工学士の新人ナギータさん。夕方、仕事も終わって余裕が出た頃に彼女との間で話題にのぼったのが野球だった。なんと彼女はこう言ったのだ。「こてる先生、野球の試合って9回までするって初めて知りました」「な、なにー!」「野球の試合を見るは初めてだったので・・」と。他にも「裏と表があるんですね」にもあきれたし「ピッチャーと打つ人は別でピッチャーって打たないんですね」には「いや、プロとかではそうだけど高校野球くらいまではピッチャーで打つのも凄い選手はたくさんいるよ。プロは投げる方も打つ方も凄いからどっちか一方に専門化するんだよ。だから大谷選手は両方やってるからとんでもなく凄いって言われるんだ」とまるで幼稚園生が小学低学年に語るように教えた。↓は「野球は9回」のポーズをとらせた様子。
他にも考えたこともない感想を言っていたよ。「ホームランって打ったら3点入るんだと思いました」って。それって大谷の3ランを見て勘違いしたみたい。ホームランも基本は1点なのと噛んで含めるように教えた。「もしかして君、バットで打ったら1塁じゃなくてなんで3塁に走らないのかって疑問を持っていない?」と尋ねるとビンゴ!「私、中学の頃、ソフトボールの試合に出されてバット振ったらたまたま当たったんですけど、男子の同級生が『走れー!』と言うからどっちに走ればいいか分からなくて3塁に向かったんです」と。「みんなから『違う違う!』と言われて1塁に向かったんですけど、なんでそっちなのか今でもよく分からないんです」と言う。いやはや。

ナギータさん、妹はいるが男兄弟はいない。それに父親があまりスポーツ番組を見ない人らしくTVで野球を見る習慣は全くなかったそうだ。なるほどねー。それでも昔はTVが一番の娯楽だったから、なにがしか目に入ってくるので大まかなルールくらいは分かるものなのだが・・。この10年以上、ネットやスマホの時代で個々人の趣味や嗜好の情報は簡単に得られるようになった。そんな御時世ゆえか、興味のないものは全く知らず、国民的娯楽の要素もあった野球を全く知らないという世代が出てきたんだ。それにみんなが知る歌謡曲なども生まれにくくなってきている。彼女にとっての野球を自分に例えれば・・そうだな、化粧品かな。女性にとっては常識のことを私は全く知らない。その手の会話を私がすれば女性陣にきょとんとされるかバカにされるかどっちかだろう。

ともかくも、そんな野球無関心世代をもTV観戦に向かわせる今のWBC人気は凄いってこと。おっとそうだ、今夜は準々決勝の対イタリア戦だった。それに触れる前に日記はいったん終了にしよう。

2023年3月15日水曜日

その患者、実は

午後の外来で呼吸困難、発熱で苦しがっているという高齢男性がいた。呼吸器外来で先月から内服治療を受けていた患者で、私が診るのは初めてだった。

実は2月の前半にコロナ陽性になってコロナ治療薬がシマッチ院長から出されていた。それから2週間経って今一つ呼吸状態が改善せず呼吸器外来を受診していた。CTではごく軽い肺炎もあって抗生剤や気管支への治療薬が出されていた。それで一時的には改善もあったようなのだが・・。

胸部CTを見て私は愕然。間質性の肺炎様所見が広がっていた。これはいかん、入院して積極的な治療をせねばー。動脈血も採取したりした後、本人や家族にもそのように説明し入院指示を出した。そして念のためと、入院前のコロナ抗原定量検査指示を出していた。後は入院させて、場合によっては気管挿管、人工呼吸もありうると覚悟していた。

ところが、看護師からの連絡で事情が一変。「先生、コロナ抗原がかなりの陽性です!」と。なんと2月に測定した時より高いくらいだ。となるとこの肺炎はコロナによる肺炎と考えられる。確かにそれは思ったが、コロナ感染して1ヶ月以上経過していれば治癒しているはず。しかしこの人、免疫が抑制されるある病気を持って治療していることが分かった。となるといったん消えたかのように見えたコロナウイルスが実は潜伏しており肺炎を引き起こした・・と考えられる。↓は順天堂大の症例だが青雲会病院のもほぼ似たような所見だ。
それはともかく、コロナで重症管理が必要となればうちでは治療が出来ない(中等症までは治療出来る)。そこから鹿児島市内の病院に電話したり、保健所に連絡したりでバタバタ。受け入れ予定病院も保健所や県の指示を待ってからなんて言うのよ。2時間近く費やしてようやく救急車で搬送出来た。

コロナも最近はほとんど見かけなくなった・・と思っていたら、病気の神様はそんな油断をあざ笑うかのようにこんな患者さんを送り込んでくる。ははーっ。

2023年3月14日火曜日

おっと、そのポーズは

そうだ、書き忘れていた。日曜の夜はチーズとじゃがいもを使った料理だった。その時カールが「ほら」とやってみせたのだが↓のポーズ。(ゲンちゃんはヒッチコックばりによく台所の裏窓を覗きにやって来ます)

今、流行(はやり)のペッパーミルだ。単なるポーズではなく実際にペッパーをフライパンに落としていた。WBCの侍ジャパンがヒットを打てばこのパフォーマンスをすることで一気に知れて、なんとペッパーミルがよく売れているんだそうだ。某販売店では「週に1本くらいしか売れないのに日に2、3本も出る」のだとか。恐るべしWBC効果よ。

昼は庭の枇杷の実の摘果作業をした。今年は去年同様そんなに豊作ではなさそう。それでも少しでも余分な実を取って大きな果実をつかせたい。去年は今までで一番小さな実だったからー。

夜はWBCの予選、対オーストラリアで大谷に待望の一発が飛び出した。しかも特大で自身の写真がうつっている看板に当てるという漫画みたいな展開でみんな大満足のシーンだった。時間も19時過ぎでビールで一杯やるにはジャストタイム。カンパーイ!とやった日本人がどんだけいたことか。飲まない私ですら缶ビールを開けたくなった。ま、そこはグッと我慢してオールフリーにしたがね。カールの作ったこしょう入りのじゃがいものガレットは美味しかったっす。

WBC、ガンバレニッポン!

2023年3月13日月曜日

クロちゃん続報

昨日に引き続き、クロちゃんネタ。

朝、ゲンちゃんを抱っこして可愛い可愛いってやってたら、窓の向こうになにやら気になるやからが・・。

ゲンちゃんがじっと駐車場方向を見つめて気がついたようだ。クロちゃんが来ていた。
クロちゃんもこっちを見ている。
そして昨日と同じようにゆっくり慎重に近づいて来て・・。
警戒しながらもクロちゃん専用のお皿に入ったエサを食べ始めた。
今度は全部は食べなかった。というのも、私が出勤するためこのロッジを通らざるを得なかったからで、クロちゃんはエサを残したまま駐車場から対面のシモドースンさんの家方面に逃げていった。
今のところ、ハッピー&キタローも変わる代わり来訪してエサを食べてくれている。うちに来るネコたちはちゃんとエサを上げるから、ケンカをしなければいいがー。しばしクロちゃんをなつかせるための日々が続きそう。

2023年3月12日日曜日

野良ネコのクロちゃん

明け方の午前5時過ぎ、私は未明に覚醒しすでに起きていた。ゲンちゃんも5時のエサを食べて落ち着いていたと思ったら、急に窓に向かって騒ぎ始めた。おや?

クロちゃんだった。

実は3月2日の私にLINEにカールから「新入りさん」とのタイトルで家の庭に黒ネコが入り込んでいたと連絡があった。野良ネコらしいがくりっとした可愛い目の黒いネコが来ていたのだ。↓がカールからの画像。

その後私も数回は見かけたが写真には撮れていなかった。そして数日前の朝、ついに家にエサもらいにくるモリサンチー家のネコと衝突を起こした。オスのキタローとこのクロちゃんの争う声がかなり響いていた。私の家の庭を縄張りと思っているキタローは当然クロに対し刃向かったがこのクロちゃん、野良だけにやり返したそうだ。ロッジを見るとどうもクロちゃんが優勢で、キタローの毛がかなり散らばっていた。キタローはそれから2日ほど姿を見せず、カールは「キタロー、死んじまったのかしら」と心配もしたとか。

昨日、ロッジに来たキタローを見ると、後ろの毛がスポット状に抜けていた。うーむ、痛々しい。

そのクロちゃん、今は警戒しつつもエサが欲しいのかこちらを駐車場からじっと見つめていた。それを家の中からゲンちゃんが見つめ返している。そしてその後じりじりとエサの入った皿に近づいて来た。
少しずつ、少しずつ近づいて来て・・。
ついにエサを食べ始めた。
上目づかいが可愛い。
6、7分で完食し、食べたらもう用はないとばかりに、すぐに帰っていった。
クロちゃんの食べた皿はキタローのものだった。後できれいに洗浄し匂いが残らないようにした。そしてカールはクロちゃん用の皿も本日買いに行ったのだった。仲良く食べてくれたらいいのだが、この前の騒動を思えばどちらかが来なくなる可能性もある。はたしてこてる家が舞台の縄張り争いはどうなるのか。しばらくは見物だ・・。