2023年11月30日木曜日

キッシンジャーって昨日まで生きていたの

アメリカのキッシンジャー元国務長官が11月29日に亡くなったというニュースが流れてきた。100歳だったという。

カールも私も「ええ?!キッシンジャーってまだ生きていたんだ」と驚き、カールは「あのBS1の『映像の世紀』か『バタフライエフェクト』に出てくる人だと思っていた」と面白いことを言う。確かにだ、同時代を生きて来たけれど、既に歴史の人だと速断していた。それについ最近まで外交活動をしていたというから凄い人だったね。

アメリカで国務長官と言えば日本では外務大臣に相当する。しかし、その重みは全く比較にならない。しかも政権が共和党から民主党に代わってもキッシンジャーは活躍している。対中政策のアメリカの転換を演出しベトナム戦争の終結にも関与しその後もおそらくはアメリカの国益に沿うような外交をしてきた。当初は忍者外交なんていわれてた。↓は田中角栄首相との1枚で、眼鏡がいかにもキッシンジャーらしい。
当時、私の同級生の釣るダム君が似たような眼鏡をしていておっさんくさい風貌であだ名は当然キッシンジャーだった。↓上が釣るダム君で下が当時の私。
キッシンジャーは理念、理想で動くタイプではなく現実的な選択を優先する外交をする外交家だったということだ。まあそういう評価は専門家に任せるとして、私は日本では絶対出て来ないような外交家を生むアメリカという国の懐の深さを強く感じる。オスプレイが墜落してアメリカに対する反発がまた日本ではあるも大きな反対のうねりにはなっていない。これが60年代安保闘争のころなら内閣総辞職くらいの一大騒動になっていたはずで、そんな時キッシンジャーならどう動いただろう。そんなことを考えたことだった。

2023年11月29日水曜日

TV表と裏のバトル

夕食後、またこてる家ネコ二匹のにらみ合いが始まった。だいたいのきっかけはハナビがゲンちゃんにちょっかいを出そうとして起きる。ゲンちゃんはとにかくおとなしい性質のネコ、対してハナビは勝ち気な若いネコだ。ハナビはゲンちゃんにまともに向かい合っては勝てないのでゲンちゃんが後ろを向いている時を狙って前足で引っ掻いたりする。すると「何だこいつ」とゲンちゃんが振り返って追い詰めるという構図だ。REGZA65z740xsの前で二匹はにらみ合った。

ゲンちゃんは結構怒っている。今回は許さんゾという雰囲気が十分で私はカメラを動画に切り替えた。
ゲンちゃんから先に手を出した(正確には前足)がハナビも間髪を入れず反撃している。そして「シャー!」と威嚇のうなり声も出しているのだ。ただ、今回はゲンちゃんのゆるさん攻撃にハナビはじりじりと後退しTV裏の棚に隠れた。
ゲンちゃんは棚の中に入ってまでやっつけようという態度ではない。根は優しいのだ。ゲンちゃんがにらんでいるのでハナビはTV裏に移動した。
しばらくゲンちゃんはTVでうろうろ。「この裏にいるんだがなぁ〜」
ハナビは安全地帯でホッと一息。この二匹のバトル、ハナビのちょっかいが無くならない限りしばらく続きそうだ。ヤレヤレ。

2023年11月28日火曜日

お役所手続きは一気に

今日の午後は前もって年休を取ると病院側に伝えていた。役所がらみの手続きがいくつもあったからだ。

まず、伊敷支所に行き、マイナンバーカードを受け取りに行った。今さらだが作りに行かなきゃ行かなきゃと思いつつずるずる過ごして何年も経っていた。先月申請してやっとのことだった。受け取るには暗証番号を作る必要がある。はてどうしようと思いつつ、ネットでよく使うものにしたがいざ打ち込む時にはきっと忘れそう・・ま、いいさ、所持していれば何かと便利なことは間違いない。
次は6月に相談に行って以来の年金事務所だ。来年から年金支給を受けられる年齢になり、受ける受けないに関わらず申請はしておくべきとカールに言われ今回手続きをすることになった。書類は事前に書けるものは書いていったが、それでも事務所の職員は書類のいろんな部位に書き込みをしていたなぁ。年金をどの年齢からもらう方がお得か、いろいろなパターンがあって一概に言えないようで、私もよく分からない。どうもお金や数字がらみの案件は苦手なんだ。もし私が医学部でない学部に行ったとしても、卒業時に保険会社や銀行などは就職先として選ばなかったろうと思っている。医学部卒業時でも数字や計算が必要な麻酔科には絶対行きたくないと思っていたしー。

ここが終わったら最後はパスポート申請だ。申請場所は県民交流センターで久しぶりだった。すぐ海外に行く予定はないけれどいつでも行けるように準備しておかねばとカールとチッチは先月申請して取得済みだった。11年前に作っていたパスポートを継続申請すれば手間も費用も少なくて済んだのに新規申請のため値段も高くつくことになった。ただ、「マイナンバーカードはお持ちで?」と係員に言われさっそく「ありますよ」と渡したのは少し気分が良かったナ。受け取りは約1週間後以降でまあ時間のある時に取りに行こう。

一気に三つの役所手続きを済ませ、ちょっと楽になった。役所手続きって平日に限るものが多いし、ちと面倒だから今回みたく計画的に休みを取って一気に済ませよう。ただ婚姻届は休みの日でもいつでもOKだからそんな心配はない。なんか融通効きすぎてちょっと変。この前11月22日は「いい夫婦の日」とかで鹿児島市役所にはいつもの4倍もの届けがあったらしい。へーーえだ。私たちは6月に結婚式を挙げたが、新婚旅行や新居入居らで忙しく、「そろそろ入籍届けしなきゃ」と7月に入ってから届けたのがいつの日だったか覚えていなかった。つい最近、書類を見て7月2日が本当の結婚日だと知ったくらい。だから一度もその日にお祝いをしたことはなかった。可哀想な7月2日・・ってか!

2023年11月27日月曜日

ドキュメンタリー好き

ドキュメンタリー番組好きの私は月曜夜に録画したその手の番組を見ることが多い。今日はNHKが45年前(1978年)に特集放送した「食卓のかげの星条旗 〜米と小麦の戦後史〜」の再放送、映像の世紀「パリは燃えているか」を見た。

小麦の話は以前聞いたことがあった。アメリカが巧妙に日本人に小麦製品を食するよう仕向けたって・・。NHKの番組情報によると「かつて日本人の主食は米だった。しかし戦後、食糧難の時代に大量のアメリカ小麦がもたらされたことで主食に小麦が加わった。そのかげには、アメリカの余剰小麦輸出政策があった。キッチンカーを各地の農村に走らせて粉食を奨励し、またパン食の学校給食を全国に広めた。番組では、アメリカの戦略とそれによって余るようになった米の消費拡大運動を対比させて描く。その後も米の消費は減り、一方でパンの消費は増え続けている」ということだが、別にアメリカが仕組まなくてもいずれ小麦消費の方が増えていくのは必然だった気がする。小麦に比べ米はバリエーションがずっと少ないし。以前別の放送で、米屋の奥さんが旦那さんが「(米屋だから)うちの朝食は米に限る」というのを「(本音は)パンにして欲しい。作るのが大変だから」とぼやいていた。旦那は苦笑していたが・・。

「パリ燃え」は第二次世界大戦のナチスドイツのパリ占領の話だった。そもそも映像の世紀という番組のメインテーマが「パリは燃えているか」という曲だ。NHK番宣によると「この番組のテーマ音楽『パリは燃えているか』は、ヒトラーが第二次大戦末期に発した言葉に由来する。しかし、パリは燃えなかった。パリを治めるドイツ軍司令官がヒトラーの破壊命令に背いたのだ。ナチス占領下のパリで何があったのか。亡命先から市民に徹底抗戦を呼びかけたドゴール、ドイツの監視の中、創作を続けたピカソ、シャネルはナチスの協力者となった。『パリ燃え』のメロディーに乗せて贈る、パリ百年の不屈の物語」と3人それぞれの生き様を映像を通して描いていた。私は1940年のナチスの占領当初、「パリを見るのが夢だった」とヒトラーがパリ見物をするシーンが印象的だった。得意の絶頂の瞬間だったワケだが、4年後には連合軍のノルマンジー上陸作戦で逃げざるを得なくなり、その翌年自殺に追い込まれることを私たちは知っているからね。エッフェル塔を前にしたヒトラー↓。
パリ占拠直後はドイツ兵らに香水「シャネルの5番」が飛ぶように売れたが、パリ解放後はアメリカ兵らに取って代わられた。シャルル・ドゴール将軍は戦後フランス政界に君臨したが戦後世代の若者らには反発され解任に追い込まれたとあった。栄枯盛衰を短時間で見聞き出来るのもドキュメンタリー番組だ。話を戻し、私はドゴールと言えば一番暗殺の対象になった指導者というイメージがある。それは1973年の映画「ジャッカルの日」の印象が強いからだ。1970年にドゴールは没しているが映画のドゴール役をやった俳優を見て一般大衆の中には本物を思った人も多かったという。シルエットだけでドゴールと分かるくらいだったしナ。
なんにせよ、ドキュメンタリー番組は見て面白いしためにもなるので一番好きなジャンルだ。この分野で他の民放はNHKには敵わない。私はNHKの受信料は払いたくはないが、ドキュメンタリーのことを考えればまあ仕方ないかなと思うところではある。

2023年11月26日日曜日

ハナビ行方不明

日曜昼は鹿児島ユナイテッドのホーム最終戦にして、もしかしたらJ2昇格もありうるというゲームをTV観戦していた。前半0ー0で折り返して先月のような後半また得点するという試合になりそうで期待して見ていたら、案の定、米澤令衣のコーナーキックをきれいにヘディングしての得点から、立て続けに端戸仁のゴールが生まれ、「こりゃー勝った」と満足して観戦を続けていた。ただ、昇格争いの富山が宮崎になんと6ー0でリードとトンデモ得点差で今日の昇格はなくなった。今度の土曜日が大一番だ。ただ、私は床寝したままずるずると過ごしていた。

もうすっかり暗くなった頃、カールが「ハナちゃん」「ハナちゃん?」と呼びかけている声で目が覚めた。「うん、どうした?」「ハナビが逃げ出したー」「な、なにー!」「切り干し大根を干しにロッジに出たら隙間から逃げ出したのよー」「えー、なんで気を付けていない」「そんな言われてもー」

時刻は17時45分、すぐにロッジや庭を探してみるがいない。駐車場に目をやるとクロちゃんがいるが側にハナビの姿はない。私は家周りを一周してみたがそれらしき影は見当たらず・・。うーん。
「そのうち帰ってくるんじゃない」とカールはお気楽だ。これがゲンちゃんだったらもっと心配して探しに回っていたはず。私の方がはるかに心配している。この辺りは車の通行はかなり少ないし、ハナビは元々野良生活が長かったから事故に遭う可能性は低いと思う。でも、私は落ち着かず夕食中もずっと気になっていた。普段なら入浴も済ませている時間なのに居間をウロウロしていた。

きっと帰って来るはずと思いつつ、すでに20時を過ぎていた。玄関からまた家の周りを一周してみようと回り始めると・・なんと、ロッジにハナビが鎮座しているじゃないか。すぐに抱っこして捕まえようとしたがすぐに逃げられた。側にクロちゃんもいた。前にも書いたようにこの二匹は割と仲が良くいがみ合ったりはあまりしない。外にいるネコを無理に捕まえようとすると逆襲される、これは10年ほど前にゲンちゃんが脱走した時に経験済みだ。私は家に戻り、ハナビのエサ用皿にエサを入れ、窓からロッジのハナビの気を引いた。

ハナビの視線の先にはカールとフラッシュで目が光るゲンちゃん。左上には今回の元凶ともいえる切り干し大根が干されたまま↓。
慌てず騒がずハナビが落ち着くのを私は待った。
こっちを見て落ち着いているときにそっと体を抱きかかえ、居間に放り投げ、無事自宅へ戻した。ふーーぅ。窓を閉めて写真を撮ると、ハナビは何事もなかったようにまた家の中をウロウロし始めた。
2時間半ほどの行方不明、ハナビにとっては約3ヶ月ぶりの野生を味わったわけだが、家ネコとして育てるからにはケンカや怪我、事故などあってそうそう脱走を許すわけにはいかない。カールも油断しちゃダメだからナー😠。

2023年11月25日土曜日

こてる日記、ネコブログと化す

さて、今朝のネコたち。

食事も終わって落ち着いてくれるかと思いきや、やはりさにあらず。外のロッジにはクロが来ていて、その視線の先には・・ゲンちゃんとハナビがー。

いつものようにゲンちゃんがハナビに近寄って来て、それに対して今日はハナビ、「何?何か用があるんでしゅか」って表情でじっと動かず。
約30秒後、ゲンちゃんはごろんと横になってしまい、これは威嚇ではなく単に気を引きたいだけでは・・ハナビ「アニキ、いったい何がしたいんです?」
そしてまた約30秒後にはゲンちゃんじっとしゃがんで見つめる。この間、ハナビはずっと同じ姿勢だった。ハナビ「ま、また向かって来る気ですかぁ」
それから約30分後、2匹は特にケンカすることもなくちょうど日当たりが良くなった畳の間で仲良くお休みタイム・・と思ったら、ハナビは上目使いでちょっぴりゲンちゃんを気にしている様子だった。
この程度で平和が続いてくれたら・・。明日に続く。

2023年11月24日金曜日

ハナビの後ずさり

ネコって食事前後に何かと激しい動きを見せることが多い。うちのゲンちゃんとハナビがケンカしがちになるのもだいたいこの時間帯だ。

今朝は食事してしばらく居間でにらみ合いからまたゲンちゃんの圧がハナビを後退させた。

ハナビは「シャーッ」ってうなり声も上げるんだけど、まともに戦うのは体格上不利と分かっているから後ずさりをする。
結局TV裏のかつてのTV置き場所に逃げ込んだ。こてる家にいくつかあるハナビの避難所だ。
で、ビビっているのかな〜とのぞいて見ると・・
あらら、一見しゃくり上げているようだが、その実余裕をかましていたのだった。

カールは「こら、ケンカしないの」と言いつつ、常にゲンちゃんの味方だ。青年ネコとおじいちゃんネコとはいえ雄ネコ同士の縄張り意識、意地の張り合いがある。取っ組み合いにはならないのでそっと見守っているだけでいいのではと私は思っている。そんな二匹のネコに対する意識の違いが2日後に起きたちょっとした事件の遠因だったかもしれない。何が起きたは2日後の日記でー。

2023年11月23日木曜日

「ゴジラ-1.0」を見に行く

ちょっと前から、私は「ゴジラの映画を見に行こう」とカールと誘っていた。 11月3日に封切りされた「ゴジラ-1.0(ゴジラ マイナスワン)」の評判がえらくいいからだ。YouTubeやFacebook、twitter(今は「X」か)でも「見に行った。まさかゴジラ映画で泣くとは」「マジで良かった」「(前作の)シン・ゴジラを越えたかも」さらに「邦画の中でも最高!」などの評価もあり、単なる怪獣映画とは言えないほどの盛り上がりを見せている。そしてすでに一度ならず二度三度鑑賞している人が多いのも驚きだった。

そして、著名無名の映画オタクらがYouTubeで熱く語っているのを興味深く見ていた私がその動画をパタッと止めざるを得なくなる場面も増えてきた。それは動画制作者らが「ネタバレあり」と注意を促して来るからだ。評論家の岡田斗司夫のYouTubeは分かりやすくも的確でしかもネタバレなしだったからよかったが、安心してこれら動画を見るためにも早めに見に行かなくては。

私は生まれて初めて見た映画が「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」でそれ以降の「ゴジラ対ヘドラ」まで全部見た。ガメラも「ガメラ対ギャオス」以降ほとんど見ていて、まあそれが当時の小学生男子の普通の行動パターンだった。対してカールは「ゴジラどころか怪獣映画なんて見たこともない」という。そうだ、テルがまだ幼稚園児のころ連れて行ったのが平成ガメラシリーズの第2作だったが、カールは「私は買いものをしているから」と見ようとはしなかった。そのうち私もゴジラの新作が出ても見に行こうとはしなくなっていた。それが誘って見ようと言い出したのは、岡田斗司夫YouTubeの「怪獣物と人間ドラマがほどよく融合されていて感動すらする納得の面白さ、何人も死ぬけれどグロい死体のシーンは一切出て来ず安心して家族で見ることが出来る、海外でもきっと受ける・・」などなど見聞きしたからやねー。

で、鹿児島市内には3ヶ所シネマコンプレックスがあるが、どこにしようかとなった。駐車場がタダなのは与次郎ヶ浜のTOHOシネマズだ。時間が合えばそこでも・・と思いつつも「姶良のイオンには4DXってのもあるぞ」と私が言うと、「どうせならそこにする?」とカールが乗ってきた。この4DXってのは画面の内容に応じて座席が揺れたり、水しぶきが出たり、風が感じられたり、熱さを感じたりとまるでテーマパークのアトラクション機能を備えたようなもので通常料金より1000円以上高くなる。でもそうそう見に行くこともないからそれにしようかとなった。高齢者割引でネット予約して一人2400円になった。

で、見終わった感想だが、やはりいい出来だった。これまでの怪獣映画は当然怪獣そのものの造型やスペクタル部分などに比重が置かれていたが、本作は普通の戦争映画に人間ドラマの部分が分かりやすく描かれ、怪獣物としても迫力、音響など十分過ぎるくらいの面白さだった。そしてなんといっても映像技術の出来!CGと実物とを融合させた技術をVFX(Visual Effectsの略で視覚効果という意味)というらしいがこれが実に素晴らしい。ゴジラそのものがCGで造られていて、以前の着ぐるみでは表現出来なかったシーン満載でハラハラ、怖いの度合いが桁違いだ。特に木造船とゴジラの↓のシーン。
他にも電車が飛ばされ、噛まれるシーン。
ゴジラが放射熱線を出す直前の背びれが青く光って1個1個飛び出すギミックは初めての演出で面白かった。
そして見終わっての最大の疑問が実は注意深く画面を見ているとちゃんと分かる仕掛けになっている点などマニア層や家族層どちらにもアピール出来ており、こうして書いている私も「もう1回見に行ってもいいかな(今度は普通のスクリーンで)」と思えるほどだ。これまで二度三度見に行った映画って前にも書いたが「ルパン三世カリオストロの城」と「007私を愛したスパイ」の二作品しかない。今回のゴジラ映画は1954年の初代ゴジラへのオマージュ、そして最序盤のシーンはジュラシックパーク、上の木造船のシーンはジョーズを思わせて、いろんな名作のいいところを併せ持ってもいる。そして4DXだよ。注意しないと椅子から転げ落ちそうなくらいで、ゴジラが光線を吐けば背中が熱くなるし、とにかく揺れまくった。カールは一度私の腕をつかみに来たくらい。約2時間、眠るヒマなんて全くない。まあ楽しかったナ。

そうだ、思えば映画館に行くってコロナ以降初めてだった。カールは「私は『翔んで埼玉第二作』は絶対見るつもり」と言う。かつて埼玉に住んでいたことがあり、そうでなければわからないギャグやオチなど満載で面白いからとのこと(私が「11月14日は、埼玉県民の日なんだってな」とカールに言うと、「そうよ。でも埼玉県民は休みだからって(千葉の)ディズニーランドに行くの」と笑う)。私は第一作を見ていないし埼玉は行ったこともないしで、たぶん見ないかな。でも、映画を見る楽しさを今回のゴジラで再確認させてもらえた。ありがとう、また見よう!(今回のゴジラ、ちゃんと終わってもいるけれど、続編も可能な作りになっている。いいアイデアがあればもしかしたら続編もあるのかも)

2023年11月22日水曜日

実は似たもの同士

居間の照明灯が壊れて久しく、家の階段下にある倉庫にある室内照明灯を取りだし付け替えることにした。カールは壊れたら新調と即断はせず、どうにか安く済ませる方法はないかと常に考えている。「そう言えば!」と普段は使わない倉庫の照明が居間に使えると思い立った。新婚当初に買った照明灯が25年前に新築した時には不要になった。しかし捨てるのがもったいないと倉庫用に使っていたのだ。↓接続部分の見た目が悪いが「使えるのに買うのはムダ」とカールはそれほど気にしていない。

で、倉庫の照明はLEDライトを買ってきて取り付けた。明るいわぁ。居間用のライトもLED化しよう。
後はトイレのライトも修理しないといけない。なぜかトイレは汎用の接続ではなくてすぐに交換が出来ておらず、センサー付きLEDで代用しているが明るさが足りていない。私はトイレで雑誌や本を読む習慣があるので明るいライトが必要なんだ。業者を呼べば簡単なのだが・・。

そんなカールを見て、私は無駄遣いにうるさかった父デンコーを思い出した。もう40年以上も昔のこと、うちは親戚のアパートの管理を任されていて、デンコーがその住居人と会った際に「古くなった照明器具も磨けばちゃんと使える」と言ったのに感激して、自宅の照明灯を一生懸命磨いていたのだ。カールは「その話は私にも刺さるわ。お父さんにはあまり褒められたことはなかったけど、実は似たもの同士だったのね」と言う。「それに私はみんなからなぜか贅沢で無駄遣いをしているってみられていたの」とも。ふふ、それに料理も出来ないくらいに思われていたのが私からしたらおかしい。

二人とも貯金をしっかりしていてすぐには下ろせない貯金と普通の貯金を分けていた。カールにこのことを言うと「え、それは知らなかった。そんなことはお父さんと話をしたこともなかったのに」と驚いていた。それに、いざ必要とあらばお金は出すというところも二人は似ている。実は話が合う二人だったんだねぇ。こんなことを日記に書けば、草葉の陰でデンコー、苦笑いしてるかも。↓はちょうど20年前の田舎での一コマ。うちの子ら3人とあこネーサ母とデンコー父。


2023年11月21日火曜日

なぜに半月顔なの

朝、ハナビが居間にいて戸の陰から顔を半分出してこっちを見ていた。「うん?何でハナビは半月顔なんだ?」カールを上目使いに見上げるハナビ↓。

すぐにそのワケは分かった。ゲンちゃんに圧をかけられていたのだ。
ハナビは気が強いネコでゲンちゃんにも刃向かうことは多々あるのだが、現状では体格の差は大きくすぐに安全な場所に逃げ込む。時間帯によってはすぐ近くで並んで居眠りしていることも多いのだけれど・・。

すると、ロッジからか細い声で「ミャァ〜」と鳴く声が。クロだった。最近はこんな近くまでやって来られるようになった。ハナビが占拠していたときは駐車場で隠れて様子を伺っていたのにー。

「さっき上げたわよ、エサは」とカールが言う。でもまだ欲しそうだ。外ネコ用のエサをスプーン1杯だけ上げた。すぐにいなくなって、後で見たらしっかり食べきっていた。

夜は19時過ぎにカールがソファでTVを見ていると、ゲンちゃんがソファ上部にその斜め下の床にハナビが座り、いっしょにTVを見ている風だった。

なんやかんや言ってこの二匹はこてる家のりっぱな飼いネコだ。同じハチ割れネコ同士、じきに仲良くなれるよネー。

2023年11月20日月曜日

来すぎる人と来なさすぎる人

南日本新聞に南九州病院の放射線治療の記事があった。「初期がんの小さい病巣にも放射線をピンポイント照射できる高性能装置を備えた「高精度放射線治療センター」を開設した」とのことで、実は何ヶ月か前くらいに南九のDrが青雲会病院へそのアピールをしに来たので知ってはいた。その後、それに対抗したワケではないだろうが、指宿の陽子線治療の放射線科のDrも来てアピールしていた。アピール合戦や。それぞれに利点、得意な点があり、そこは私たちも患者さんにどの点がよいかを説明して紹介することになる。

でも、新聞を見てこんな人もやってきた。膵臓に特殊な嚢胞ができる疾患があり、その形態や大きさから「現時点では治療は必要ないし、せめて半年後に再検するくらいでよい」と説明したばかりなのに「南九州病院で新しい放射線治療が出来るって聞いて、自分のが当てはまるのではないか、出来たら紹介状を書いてくれないか」と急かすように言ってきたのだ。「はあ・・」とため息をついて、私はきちんと説明をした。まずは結論からだ。「紹介は出来ないしする必要もないです」なぜなら「あなたの病気はそもそも癌ではない。いや、癌になる可能性は少しあるとは言ったけれど、放射線治療は基本、癌になった病変に照射して治療するもので癌でもないのに放射線治療をすることはないんです」

まあ不安に思い思いすぎてのことなんだろう。もう一度心配ないことを強調して説明し、それでも10分以上お話ししてようやく引き下がったくれた。ちょっぴり診療迷惑でもあるが、まだこんなタイプの患者さんの方がましだ、と思うのは、症状があっても心配はしてもなかなか病院に来ない一群の人たちがいるからだ。10月25日に日記に書いた60代の女性がその典型で、病院受診や健診を全くと言っていいほど受けたことがない人で、あまりの病状の進み具合に「完治は全く望めない」と書いた。その人は入院継続より在宅での療養を望み、近隣のクリニックの訪問診療で人生の最後を過ごした。今日、昨日亡くなったとの情報を受けた。治る見込みのない残りの時間を病院ではなく自宅で過ごせたことは良かったと私は思った。

その人の息子さんが近々胃カメラを受けに来るとの情報も得た。「母がああでしたから」だそうだ。母は亡くなっても残した教訓は息子にはしかと伝わったようだ。

2023年11月19日日曜日

佐賀「九年庵」&柳川の「ウナギ」

 今日は晴れて良かった。

以前からこの日に佐賀の「九年庵」に行こうとカールが提案していたからだ。紅葉の名所でもあり、毎年この時期の9日間しか公開されない明治時代に現地の実業家であった伊丹家が造った庭園&別邸ということだ。朝5時には起きて6時には出発、高速で佐賀へ。八女インターで降り、あとは神埼市街地を走り、吉野ヶ里公園の西側駐車場がとりあえずの目的地だ。駐車場代500円を払いシャトルバスで九年庵へ向かう。だだ広い佐賀平野を進み、山の入口近くに来て、さらに九年庵への入場料500円を払い、坂を少し登っていった。道脇には出店が多かった。ただ品は佐賀名物が中心で普通の露店とは違う。有田焼などの焼き物、野菜など農産物の他、栗の「焼きポン」は味見も出来て美味しかったが、結局買わなかった。

期間限定で日曜日でもあったから観光客が多く、いっしょに並んで歩き、九年庵庭園内では一時動けない時間帯もあった。そしてこんな田舎にも数は少ないが外人さん客もいた。観光大国ニッポンや。ただ、紅葉の彩りは今年の暖かさのせいかあと1週間くらい後が最盛期だったかも。


庭園のすぐ近くには二比山神社がありそこでは立派なクスノキがあって、すごいなあと思ったら樹齢800年で神埼市の天然記念物だった。まあ知らずとも木の持つパワーは自然と感じられるわな。
また吉野ヶ里までバスで戻って、そこの見物もとチラと思ったが、今回のもう一つの目的、柳川でのウナギ料理を食べるのに時間が足りなくなりそうだった。実はカールは何でも食べて好き嫌いはないのだが、苦手なのがウナギなんだ。今回それを克服しようというカールからの提案だった。「せっかく柳川の近くに行くんだから」というのも、彼女は小学2年生の時に柳川の親戚の家に2ヶ月ほどいたことがあって、その時にウナギ嫌いになってしまったのだ。カールの祖父の従弟で柳川で産婦人科を開業していた親戚に夏休みの間ずっといて、朝は卵かけご飯、昼はウナギ屋のウナギの蒲焼きが毎回昼食だったそうな。最初は食べていたもののあんまりそれが続いて、しまいには「もう食べに行きたくない」となってしまった。それに卵かけご飯も生臭さが鼻について嫌いになった。なんともぜいたくな悩みだったな。「もうあれから50年以上、そろそろ食べてもいいかなと思えて・・」とあの時と同じウナギ屋「本吉屋」に行くことにしたのである。

玄関に入ると、すぐに階段が見えた。「あ、この階段、見覚えがある」とカール。ほう。そしてせいろ蒸しを頼み、初めてカールがウナギを食べるのを見た。


「意外に美味しい」との感想だ。そりゃそうだろう。ウナギはたいていの日本人は大好きだ。ただ、子どもには毎日食するのはきつかったろう。それに、そこの院長の長男が阿蘇登山中に滑落して友人ともども亡くなるという不幸も起きた。ショックを受けた先生はみるみる衰え、すぐに亡くなったという悲しい思い出もつきまとっていた。カールと親しかった次男のお兄さんもその20年後くらいに急死して柳川とはまったく縁が切れていた。姉二人はそれぞれ開業医と結婚しその息子たちは医者になっているそうだが、今では全く付き合いがなくなっている。

私は佐賀はこれまで1回だけ、しかも地方学会に時に来ただけで、柳川も初めてだった。同じ九州でもよく行くところとそうでないところがある。今回はカールのトラウマの克服も出来た。これからもちょくちょくドライブや観光などしていこうか。

2023年11月18日土曜日

謎のR+

今日の土曜外来はまあまあヒマだった。たまにはそういうこともあるさー。

で、今日一番外来のスタッフ間で盛り上がったのが、謎の書き記しだった。その人は50歳代の男性で確か内視鏡検査の予約に来たはずだったが、鼻水があり、この御時世で事前にコロナの検査がいるかいないの事前打診が私にあり、私は「不要」と伝えていた。その一件が外来カルテ連絡表にメモ書きされていた。それが「R(+)」とあったのだ。

「何?R+って」「知らない」「これは鼻水があるという意味なんだろうな「でしょうね。でも鼻水ってRって略すんですか?」「いいや、知らない」「鼻水は英語で何って言うんだっけ」調べたら「nasal drip」とか「nasal mucus」とか「snot」とか出てきた。しかし私を含め、ほぼ全員のスタッフがこれを知らないのでは問題だ。ついこの前の病院評価機構のサーベイヤーも「略語はできるだけ使わず、英語も可能な限り日本語でカルテには書いてそれを見た人がちゃんと理解出来るように記載して下さい」って言っていたぞ。そして略語を使うなら略語集をきちんと作っておく必要があるとも指摘していた。

ともかくもR+が鼻水症状の略語なのはほぼ明白で、では一対誰が書いたのかを確認する必要があった。また書かれたら今回同様に戸惑う職員が必ず出る。外来業務が終わって医局に戻る次いでにそれ書いたというマコタカ君に尋ねてみた。

「すみません。これは以前勤務していたところがそう略していて、ついその癖が出てしまいましてー」「へーえ、それはどこのクリニック?」「もう閉院したんですけど某小児科でした。年配の先生でして、咳はC+、嘔吐はV+、下痢はD+と書くよう言われていたんです」「ほう、咳はcough、嘔吐はvomiting、下痢はdiarrheaだもんな。それらは分かるよ。でも鼻水がなんでR+なんだろう」「それは・・私も分かりません」「ふうむ」

今回日記に書くに当たり、ChatGPTに尋ねてみた。すると「「鼻水」を英語で表現すると、「runny nose」や「nasal drip」などが使われます。例えば、「I have a runny nose」や「I'm experiencing nasal drip」などが一般的な表現です。」と出てきた。なるほど、「runny nose」だと頭文字がRになる。そうかもしれない。(追記;スチョルDrからメールあり、Rhinorrhea(鼻漏)のことではないか。私も使うとのこと。なるほど、その方がすっきりする。Rhinorrheaで決まりだっ!)

ずっと以前、紙カルテ時代に「先生、これは何の意味でしょう」と尋ねられたのが某Drが書いた「HK」という略語だった。私も初めて見たが、そこは文脈を読み解きハッとひらめいたのが「きっと『主訴』のことだろう。ドイツ語でHauptklage(ハウプトクラーゲ)って言うから」と読み解き、周囲に感心されたことがある。英語ならChief complaintといい「C.C」と略す先生もよくいた。しかし20数年以上前にはドイツ語をカルテに書くこともほとんどなくなっていて謎の略語になっていたのだった。

ドイツ語で言えば、この前、タクミDrが「患者さんはこてる先生のMTを受けて・・」とカルテに書いてあった。これは私にはピンと来たが、一般の職員にはやや分かりづらいかも。これはドイツ語をもとにした医療隠語でムンテラのことだ。ムンテラとはMundTherapieから派生した略語で、医師から患者さんもしくは家族に、現在の病状や今後の治療方針などを説明することで日本の医療界ではよく使われる。隠語をさらに略語にして記載しており、ちょっとこれは問題だ。私は以前から「説明」と書くようにしている。あとでタクミDrに注意しておこう。

略語は簡単に書けて知っている者同士ならすぐに意味が通じ、逆に相手に知られたくない場合には都合もいい。しかし、誰もが理解出来、間違って伝達されないようにすることは医療事故予防のためにも必要で、日本語でできるだけ書くようにすべきだろう。R+、HK、MK・・しばらく経てばやっぱり何のことか分からなくなりそう。略語でカルテに書くのは止めましょう・・ネ!

2023年11月17日金曜日

発見!19年前になくしたアレ

旧医局の部屋に行ったら、医師事務作業補助者の丁伝さんから「先生、これらはいったいどうしたらよろしいでしょうか」と、かつての女子更衣室に忘年会の余興グッズとおぼしき袋がたくさんあった。開けてみればブラやパンツやチョンマゲなど怪しいのものばかり。「あー、これは医局の出し物に使ったやつだわー。もう20年くらい前だよー、いやぁ懐かしい」と言って取りだしたものの中に真っ赤なパンティがあった。

「あ!これ、これは私がカールに買ったやつだ。ここにあったのかっ」

たしか2004年の青雲会忘年会での医局の余興は「悪代官とボウリング侍に喜び組が出てきて踊りまくる」というハチャメチャなものだった。えらい受けたが老健チームの和太鼓に負けて2位だった。まあ、それはいいとして、この時に私が提供したのが女性用パンティで、その昔、後輩Drに「奥様へのプレゼントならいいのがありますよ」と言われて天文館のその手の販売所で買って上げたはいいものの、カールに「こんなの恥ずかしくて着られない」とお蔵入りされていたものだった。
余興の最中、誰がそのパンティを履いているのかと思っていたらシマッチ院長だった。写真に証拠が残っている。↓。
しかしー。余興の最後でみんなでパンツ一枚になって踊って終わりのシーンではシマッチ院長はパンティは脱いでいた。↓の黒パンツになっているのがシマッチ院長。中央は私。
あの赤パンティはどこに行ったのか?すでにシマッチ院長に使われてしまったし、カールも不要なのでどうでも良かったが、その後の所在は不明で会場でなくしたものとばかり思っていた。ちゃんと保管されていたのかぁ。

「で、先生、どういたしましょう?」「うーん、もう使うこともないから捨ててもよいが、邪魔にならないなら、とりあえずそこに置いとくか・・」「はあ」

他のパンツ、パンティは100円ショップものだったらしいが、その赤パンティはウン千円もしたのよ。でも、忘年会で1回、こてる日記ネタで1回も使われ十分だ。もう捨てて良し!

2023年11月16日木曜日

お別れでも吹っ切れる

内視鏡室助手のウラコさんが本日をもって退職となった。私より数少ない年配の職員で青雲会病院は19年務めたそうだ。最後の4ー5年は内視鏡室で主に内視鏡室洗浄の仕事を頑張ってくれた。今日は昼休みには内視鏡室スタッフに囲まれ写真を取ったり、花束贈呈などあり、夕方は外来で記念写真、挨拶、そしてここでも花束や記念品など贈呈あり、長らく職員に親しまれた彼女の人柄のおかげか、ほとんどの外来職員が集まっていた。私はきっと泣くのでは?と思っていたが、ずーっと彼女は明るく振る舞っていたなぁ。2ヶ月くらい前だったか、退職を決意した直後、私に話した時は涙ぐんでいたのにね。手首の手術を何度か受け、また近々受ける予定で、年齢や仕事への負担を考え決意し、今日は吹っ切れていたように見えた。

内視鏡室は他にも辞める職員がいて来月は送別会も予定されている。ウラコさんも術後で参加可能だ。さみしいがここ数年はコロナで送別会もおいおいとは出来なかった。病院全体の忘年会も12月早々に久しぶりに予定されており、鬱屈したこの数年間をパーッと晴らしに行こうか!

2023年11月15日水曜日

あのコーラがやっと売れた

もう4年以上前に日記ネタで「スターウォーズ・コーラ」というのがあった(正式には「
コカ・コーラ スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ限定ペットボトル」)。中身はダイエット・コーラで入れ物がスターウォーズに出てくるもので、それをアミヤンDrからアメリカ帰りのお土産でもらったんだ。そのまま飲んでしまえばなんてことはないが、中身より入れ物が独特でマニアには飾って置きたくなるシロモノだった。だが私はスターウォーズは旧3部作以降見ることはなく、長男のテルが好きで詳しいと知っているくらい。飾る気もなく、しばらくしてカールに頼んでこっそりメルカリで売りさばこうと企んだ。

日記を読み直すと、「(メルカリで)2個セットが4800円で売られていて1個2000円くらいで売れるのでは」と書いていた。数年経ってカールがメルカリに展示したが売れずにそのまま放置されていた。ところが、忘れた頃に購入依頼が来ていたのだ。売値は1500円。手数料で150円引かれて、さらに送料が750円も掛かった。結局純利益は600円。「そんなものよ」とカール。もともとタダでもらったものだから損はまったくないワケだが・・。
当時、日本円で600円くらいで買えたものだった。今は1個3千円くらいで取引されていて、カールの提示した1500円はお安い方だ。当初は2000円で出したが1年以上売れず、値下げせざるを得なかった。まあ、ネットで提示、返信や送る手間など考えれば割に合うかどうか。面倒くさがり屋の私には向かないお仕事だネ〜。

2023年11月14日火曜日

「先生、おめでとうございます」実は・・

医局会での「バレット食道癌」のレクチャーはまずまずスムーズに終えられた。2週間間延期ともなればやっぱ余裕だったわ。

で、5階病棟回診に向かった時、マチルダ病棟師長が来て「先生、おめでとうございます」と少しニヤリとして頭を下げた。あ、病院評価機構の症例提示が私は外れたのか・・うん?違う違う。「先生の症例が選ばれました」「ああ、やっぱり!」ガクッ。評価機構のサーベイヤーが当日に5階病棟の3症例のうち症例提示に1症例をセレクトするという情報だった。人間てのは「自分のは選ばれずに済む」と虫のいい予想をしがちだった。選ばれたとなると今日の午後はディスカッションのために準備をしておかねばならず、レクチャーは終わってもまだまだ緊張は続く運命だった。

夕方近くに始まったサーベイヤーとのディスカッションは1時間以上続いた。結構細かいところを突いてくる。記録と説明はしっかりしないといけないとか、チーム間の連携が取れているかとか、言われてみれば当然のことではあった。これまで数回この病院評価機構の評価を受けてきたが、今回最後に「各部門で『これは自慢出来る』と思うところをアピールしてみて下さい」と問われたのは、皆少々面食らった。そんな質問は初めてだ。私は「ここの内視鏡室は必要となったらその日のうちか翌日には検査を組んで上げるよう機動性を重視している。他院のように1週間後、いや数週間から翌月になんてことはない。それと各部門との連携が非常にスムーズだ」と「自慢」をした。とにかくうちのスタッフはよく動く、んだ。素晴らしいヨ。

いや、この2つのイベントが終わってさすがにホッとした。夕食後、TV見始めたらすぐに寝落ちしたのは当然・・そして23時半ごろ「ジー、ジー」とスマホの音で目覚め、何ごとかと思ったらサブアラド天鳳五段が「親の四暗刻を上がった」と自慢しぃの連絡だった。「そんなことぐらいで」と一瞬思ったが、私もこの前の清老頭では即LINEで教えまくったから人には言えないナ。はい、役満おめでとう!

2023年11月13日月曜日

マンションか一軒家か

この前、見学に行った鹿児島中央駅近くのマンション、入居については結局正式にお断りを入れた。当初は立地条件は自分たちにとって最高の条件と思って購入へ心動いたのだが、今の団地の家土地を売ってもまだ借金をせざる得ないためだ。

カールが友人のバンブックさんに相談したところ、「私はそれには反対」と強く言われた。「いつものカールさんらしくない。もう60歳過ぎているのよ。これからまだお金は大事なのにそんなに借金するなんて馬鹿げている」「今の団地だって市内中心地に十分近いし、中央駅や天文館に買い物や遊びに行くのもタクシー利用すればすぐで(借金をする)ウン千万あればいくら使っても使い切れないくらいよ。これから年取って便利な中心地に無理して住むことより条件のいいきれいな老人ホームに入る現金を持っていた方がずっといいわよ」とたしなめられたのだ。

「それに沖縄は那覇の中心地のいい場所にも家(アパート最上階)を持っているじゃない。いずれそっちに行くこともあるかもしれないし、とにかく年取ってから借金を返していくのは止めた方がいい」と30年以上の親友らしくはっきりと物言われ、カールはハタと考え直した。言われてみて「自分がまだ40歳くらいの気分でいた」と気がついた。全然元気でスポーツジムには通っているし毎年健診は受けまくっていて病気もしたことがない。還暦を迎えていることに実感を全く持ってなかったと。

ふむふむ、中央駅付近に住むというのはカールが以前から望んでいたし私も相当魅力的だとも思っていた。しかし何より先立つものをどう工面するかで、借金するとまだ10年は馬車馬のように働かないといけなく、旅行や遊びに行くヒマが今度はなくなるというのもどうかと考え直した。これまで借金はしても計画的にきちんと返していけてそれほど苦しかったということはない。しかしいつ何時病気などで働けなくなるか分かったものではない。私もカールほどではないにしろ50歳以下の気分だったかも。

ともかく2週間の熟慮で人生初のマンション購入は白紙となった。カールは「自分の勘違いを指摘してくれバンブックさんに感謝だわ」と言っていた。「持つべきはうわべだけじゃなくて本音で語り合える友達ね」とも。一時ざわついていた私も落ち着き、「ならば、壊れているトイレの電球や水回り、居間のライト、台所の故障など細々したところを修理していかなきゃな」と古びた一軒家のリフォームにまた思い巡らすのだった。