2023年12月31日日曜日

大晦日で凋落を感じたコンテンツ

 朝はカールとお節料理を取りにレクストンホテルまで行った。家にまで届けてもらうことも可能だが直に取りに行くと1枚千円のホテル利用券が2枚もらえる。さらにカールは「アンケートハガキに回答するとさらに後で千円分もらえるのよ」とほくそ笑んでいた。それでチッチと3月にホテルでのランチを食べて「美味しかった」そうで何よりだ。こんなことを書くとカールは「お高いのが似合う(?)私のイメージにそぐわないわ」と私を牽制するが、とんでもない。倹約家でものを大事にしていて大いに褒めているのだ。

昼は家でゆっくりし、ネット麻雀などしながら過ごした。このところ好調で七段の下で低迷したのに基準点の1400Pを越え、1900Pほどにまで上昇した。2400Pまで行けば八段だから少し先が見えてきたゾ。

夜は年越しソバを食べ、豚しゃぶが今年最後の料理だった。


以前はTVで「紅白歌合戦」か「ガキ使」を見ながらだったが、ガキ使はもうないし、紅白も出ている歌手の大半を知らないし、また知っている歌もないゆえ見なかった。紅白も番組が良い悪いではなく、すでに現代の流行歌が細分化され、家族みんなが知る歌というものがなく、それらをまとめて視聴する番組自体が成り立たない状況だから凋落は致し方ない。ただ、まだ前日のレコード大賞よりはマシだけどネ。

テレ朝系の「ザワつく!大晦日一茂良純ちさ子の会」での日本人の好きな食べ物ベスト10を見つつ、1位を当ててはならないということだったが、これは予想どおり1位が「寿司」で圧倒的だったね。2位が「焼き肉」3位が「ラーメン」とはまずまず納得の結果か。(以下順に、からあげ、カレーライス、うなぎ、ステーキ、ハンバーグ、すき焼き、餃子)

ていうか、こんな内容の番組、別に大晦日で放送しなくても別にいいじゃん!でも、後で知ったが、民放の大みそか特番ではトップの数字12.3%だったそうだから何も言えん。今じゃTVよりネットの時代だで、TVの凋落が如実に感じられる大晦日であった。

2023年12月30日土曜日

にらみ合い、ボクシング、シャンプーそして脱走

休みに入って特に用事もなくゆっくり家で過ごした。ずっと家にいるとうちの飼いネコ、ゲンちゃんとハナビがまた緊張関係に陥るのを目の当たりにする。その場所の多くが台所と居間だ。↓の台所の写真では手前のハナビの方が大きく見える。しかし実際は逆で倍近くゲンちゃんが大きい。TV台の前はバトルの格好の場所だ。カールが仲裁に入った後、ようやくゲンちゃんが「今日はこれくらいにしとくわ」と去っていくが、こういう時が油断ならない。敵に後ろを見せた時、ハナビは反撃を狙っているのだ。ここでは私がいてケンカにはならなかったがー。じっとゲンちゃんの様子を伺うハナビ↓。


台所に戻ったら今度はチッチとハナビがボクシングをやり出した。ハナビはチッチを人間ではなく大きなネコと思っているフシがある。
これを見ていたカールもちょっかいを出してきよった。両サイドから手が出てきて戸惑うハナビ。
結局この後、私は年末恒例のシャンプーをまずはハナビにその後ゲンちゃんにして上げた。毛がきれいにツヤツヤなるが、どっちのもネコもシャンプーは嫌いで逃げ回っていたネ。

周囲も暗くなった頃、外は雨、カールがゲンちゃんの糞を処理しようと勝手口を開けたところ、その隙を狙ってか、ハナビがさっと外に逃げ出した。「ああ!」とカール。「またかよ!」と私。ゲンちゃんはもう逃げ出すことはほぼないが、ハナビはまだ若く元気で好奇心旺盛だ。「でも必ず戻って来るわよ」とカールは言うが、外に出すのは絶対に良くない。しかも雨だしー。窓を開けしばらく待つ。案の定10分もしないうちにハナビはロッジに現れた。ここで強引に捕まえようとしてはいけない。抵抗されて手を怪我してしまう。これはずっと以前のゲンちゃんのエピソードでの教訓だ。そこで、興味を持たせるためエサを差し出すがハナビは警戒して中には入ってこない。
その間、ゲンちゃんが万一逃げ出さないように廊下に出して居間に入ってこられないようにした。ここはハナビと我慢比べだ。もう一方の窓も開けておいたら数分後、そっちから部屋に入って来た。「今だ!」と窓を閉め、脱走ネコをまた家の中に取り戻した。ふうー。せっかく綺麗にしていたあげたのに毛はしっとりぬれていた。

まったく世話が焼けるが飼うと決めたからにはこのやんちゃネコとずっと付き合っていかなくちゃ。来年はもうちょっとおしとやかになってよな、ハナビ!

2023年12月29日金曜日

いつもの12月29日

毎年12月29日は病院の御用納めが午後からあるのだが、なぜかその日は仕事が忙しくその会の始めには間に合わないというネタを書いている(去年だけは敢えて入院依頼患者を断って間に合わせられたがー)。

で案の定、今年もだった。黒色便があって血圧が100未満でふらふらしているという高齢女性が来ている、どうも消化管出血のようだというスタッフからの連絡があった。この人は過去に胃潰瘍出血を起こしたこともあり、ここは内視鏡検査が必要だろうと準備に入った。それでもまだ「午後の13時過ぎからの納め会にはどうにか間に合うだろう」と楽観していた。で、胃カメラのスコープを挿入すると・・胃の中は凝血でいっぱい、血だらけだった。十二指腸に挿入すると巨大潰瘍が球部から下行脚にかけて広がっている。あはぁ、これが原因かと内視鏡医なら誰しも思う。そこで洗浄をしつつ露出血管の場所を探したのだが・・どうにもはっきりした出血部位が見つからない。また胃にもどって観察するが血は多いものの潰瘍すら見つからない。しかし、新鮮血は十二指腸よりずっと多く見られる。どうも変だ。で、さらに食道に戻って観察すると・・真っ赤な血液がじわじわと湧き出ているようだ。その瞬間、原因が分かった。

食道静脈瘤出血である。

十二指腸潰瘍があって一瞬ダマされたが、この人は以前アルコール性の肝炎を起こしていたとのカルテ記載があった。肝炎が肝硬変になっていると食道静脈瘤が悪化し出血源になりうる。そこで水洗浄をしっかりすると、食道下部の静脈瘤が一部破れている箇所があり、そこが本当の出血源だった。すぐにスコープを抜去し食道静脈瘤硬化術の一つでEVL(結紮ゴムで出血静脈を絞扼止血する方法)を行った。静脈瘤出血の緊急止血にはこれが一番だ。

なぜか年末29日はこの手の入院が必要になるような吐血、下血患者が多い。それがなくても肺炎や心不全などで入院依頼が来る。近医クリニックも年末年始で経過観察ではなく病院に預けたほうが安心という判断かもしれない。実は止血処置をしている間にも北山の診療所から心不全で精査&治療が必要かという高齢男性も紹介あり、私は検査指示を出していた。すでに13時前で「こりゃ、また納め会には間に合わない。ラブカメ先生の1年を振り返るスライドには私は写真を毎回提供しているが最初から聴けることは滅多にないわっ」とグチってしまった。

しかし心不全は大したことはなく「どうにか自宅で過ごせそうです」となったから、途中から会出席は可能かも。静脈瘤患者さんの入院指示を出し終え、急いで昼食を摂り、30分遅れで会に参加出来た。やれやれだ。

しかしすぐには帰れず、入院患者の指示出しがあと少し。それに静脈瘤の患者さんは肝性脳症を起こす可能性が高く、血中アンモニア濃度の結果が知りたい。これは外注検査でしばらく結果を待つ必要があった。その間、書けずにいた昨日分の「こてる日記」をアップ出来た。こんな待ち時間は有効活用出来てよろしい。外注結果はやはりアンモニアが高く、改めて指示出しをした。それで昼過ぎには帰宅出来たはずが、夕方になった。でも、レセプトも済ませたし、今年の仕事はほぼ終わらせたし、年末年始はゆっくりと過ごせそう。ふわぁ〜、終わりよければ全てよしやぁ!

2023年12月28日木曜日

「お見事でした」

ヒラーキ弟から連絡があって、義母のチエコンさんの母が95歳で亡くなったという。新聞の死亡広告にも出ていた。通夜が鹿児島市内で17時から執り行われるという。これを知って、カールとも「あこネーサ母も同い年で弱っているから近いね」などと話をしつつ、午後は仕事をどうにか早めて行かねばと少し気合いが入った。

昼休みはほとんど休まず、午後からの大腸内視鏡4件を2時間ほどで済ませ、16時過ぎには病院を早退し、いったん自宅で喪服に着替え、カールと通夜会場へ向かった。チエコンハハさんは、いつも丁寧で「チエコンの母でございます」というのが口癖の優しいおばさんだった。カールは行きの車中、3人目のチッチの誕生祝いの時にチエコンハハさんに「(男子3人とは)お見事でございます」と言われたことを懐かしくも面白く語っていた。

会場に着くとすでに通夜の読経は始まっていた。参列者は20数名とそれほど多くはなかった。棺の中を覗くとチエコンハハさんはまるで眠っているよう。聞けばほっぺを少し膨らませるなど「おくりびと」の業を駆使されたそうだ。読経が終わり、ヒラーキやチエコンさんに会食をどうぞと勧められ席についた。チエコンハハさんは娘が二人、妹のチエコンさんがヒラーキの嫁だ。姉のキリコンさんの夫オメド行くさんは鹿児島市役所に長らく務め、私の同窓生のホワイトストン君もよく知っていた。可笑しいのはオメド行くさんも「私は彼をホワイトストンと呼んでおりました」だって。彼の次女の婿のハードマウントさんが鹿児島在住で孫2人と来ていて私は初めて会った。聞けば新日本科学から最近鹿銀に転職したばかりだそうだ。

会場には生前のチエコンハハさんの写真を中心にパネル展示されており、若い頃は比較的ふっくらだったんだとか、ある白黒写真はチエコンさんにそっくりだったりしてなかなか興味深かった。

会食が進むにつれ、カールはビールを、オメド行くさんはビールだけでなく日本酒も飲み、またヒラーキの子どもらはお酒が強く、なんと「利き酒をしよう」となり、カールも含めてアサヒ・スーパードライとサッポロ黒ラベルの当てっこが始まった。私は運転をしていることもありノンアルしか飲めず参加出来なかった。ずっと以前、この日記で「赤ワインか白ワインか」の利き酒ゲームをしたことがあり、そこで失敗した私は「バカ舌認定」されてしまったのでリベンジしたかったなぁ。でも、へへ、カールは失敗したのよ。ヒラーキの長女アサちゃんやその旦那のビッグストンさん、オメド行くさん(下の写真)らは間違わなかったのにさー。

この時点ではすでに21時過ぎだった。夕食もこの会食で済ませることになったわけで、そろそろ帰る頃かとも思ったが、まだ話題が尽きずに盛り上がりをみせた。特に私や弟の父デンコーや田舎での昔話がメインになっていた。カールが「テルくんの生まれる前から田舎、鹿児島へ引っ越すまでのエピソードはなんか小説にでも出来そうじゃない」なんて言うと、オメド行くさんがさらに話を盛り上げてくれたりもしたからなぁ。思えばたまにキリコンさん家の人たちとは会って挨拶はするがここまで話を続けたことはなかった。子ども3人それぞれ活躍しているそうで何よりだ。そして時は23時過ぎにもなっていてさすがに今日はお開きにとなった。

最後はチエコンハハさんの棺にまで行きまた手を合わせた。チエコンさんとカールの嫁二人は帰り際にまた話をしていたので、私はトイレに寄ってから帰ろうとしていたら、カールはハンカチで涙を抑えていたわ。でも、帰りの車中「縁戚の人たちと長時間話をして盛り上がってこんな通夜は最近なかった。楽しかったわ」とカールは語った。確かにそうだ。まあそれが本来の通夜の意味合いだろう。そして「これもチエコンハハさんの人徳ね。年末だけれどみんなが集まりやすい日に亡くなって、通夜ではみんなをよく語らせ楽しませ『本当にお見事でした』と同じ言葉を返したいくらい」と。

帰宅してすぐにシャワーを浴び、パソコンに向かったが、私は昼からの疲労もあり「こてる日記」をとても書ける状態になく、久しぶりにアップロードを落とさざるを得なかった。でもほんと良い通夜だったのでたまにそんなことがあってもいいじゃない。ねえ。

2023年12月27日水曜日

イ・ソンギュン・・なんで

一般の人はほとんど関心はないかもしれないが 、韓国発の「俳優イ・ソンギュンが27日午前、ソウル市内で遺体で発見された。地元警察によると、イさんのマネジャーが「遺書のようなものを残して家を出た」との通報をし、韓国メディアによると、イさんは薬物使用の疑いで警察の任意の事情聴取を受けていたといい、警察に対し「麻薬だとは知らなかった」などと否定していた。一方、韓国ではイさんに関する報道が過熱していた」とのニュースに、私はピクッと反応した。

え、イ・ソンギュン?聞いたことあるぞ。次の記事に「イさんは米アカデミー賞の作品賞を受賞した「パラサイト」で、物語の舞台となる家に住むIT企業の社長役を演じたほか、ドラマ「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~」「パスタ~恋が出来るまで~」「コーヒープリンス1号店」などに出演し、高い人気があった」とあるのを見て「ああ」と思ってしまった。実に味のある良い俳優をまたこんなことで失うなんてー(がっくり)。

「パラサイト」も良かったが、なんといっても「マイ・ディア・ミスター(2018、tvN)」だよ。このドラマ、私が10点満点を付けた数少ない一つなんだ(173作品中4つのみ)。その男性主役がイ・ソンギュンで、主人公は20歳近くも違うIU(アイユー、女優としてはイ・ジウン)だった。つまずきながらも生きていく登場人物たちの演技が素晴らしく、若くつらい人生を歩んでいるIUが中年のイ・ソンギュンに少しずつ惹かれていく理由もドラマでは納得がいっていた。それはイ・ソンギュンの単なる演技ではなくその人柄にそのようなものがないと説得力が欠ける。単純な薬物疑惑で消えて欲しくない俳優だったのにー。
上の写真は「マイ・ディア・ミスター」での二人だが、ドラマの世界からすると二人仲良く座って笑っている状況はありえないもので、ドラマを見た人なら分かるはずだ。これは宣伝用の写真だ。IUはイ・ソンギュンのスマホを盗聴することで相手への見方が変わっていくし自身も変わっていく。登場人物たちが実は皆さびしさを抱えた人たちでやがてそれが癒やしにつながっていくという共感力を呼び起こすドラマだった。

それにしてもだ。私が満点を付けた他の3つのドラマ「冬のソナタ(2002、KBS)」「復活(2005、KBS)」「ファンタスティック・カップル(2006、MBC)」で、冬ソナはパク・ヨンハ、ファンカはキム・ソンミンというメインキャストが自殺をしている。4人中3人もだなんてー。復活のオム・テウンは最近ドラマには出ていないが大丈夫やろな。

魅力的な低音ボイスのイ・ソンギュン、ご冥福を祈ります。残念・・。

2023年12月26日火曜日

My favorite pastime変遷

さて、今日は意外に日記ネタがない。ただ年末でもあるので、今年1年自分の娯楽、遊び(My favorite pastime)を振り返ってみようと思う。

「こてる日記」の説明文に「・・趣味のボウリング、麻雀や」と書かれてあるように、私が人生で一番ハマってきたものはボウリングと麻雀だ。ところが今年1年、麻雀はネットでもリアルでもほぼ間断なく続けていたのに対し、ボウリングは全くと言っていいほどやらなかった。2月と3月に例年あるボウリング大会に参加したのとそのための練習を1回ずつ合計4回しか投げていない。かつての私を知る人ならばこれは「異常事態」だ。ピークの頃は1ヶ月で20日間ボウリング場に行ったこともあるし、そこまではなくても週2、3回は投げるのが普通だった。

コロナ禍になって3年前の3月を最後に串木野ゴールデンボウルでのトリオチーム戦が休止になってついに再開することなく今年6月にはボウリング場そのものが閉鎖となってしまった。以前あった姶良郡医師会ボウリング大会も復活しないし、鹿児島県の歯科医師会のボウリング月例会にもゲスト参加していたがそれも復活していないようだし、要するにボウリングのモチベーションになるリーグ戦や大会がないため、投げる意欲がどん底になっているんだ。ただ、自宅で気楽に見られるP★LEAGUEやプロボウリングのネット中継はちょくちょく観戦している。

この前、社会保険協会主催の「健康作りボウリング大会」への参加のお誘い封書が来ていた。2月に予定され、3人チーム戦だ。去年は3年ぶりに開催されたはいいが、たった7チームの参加だった。青雲会病院チームはこれまで5回優勝しているがその時はイージーミスがたたって優勝出来なかった。こういう大会がもっとないとモチベーションはなかなか上がらない。今度も参加しよう。そうだ、その前に練習もしっかりやっとかなきゃ。前回は1回だけ練習して臨んだが、今回は数回は練習に行こう。いざ本番でボウリングシューズの底が抜けてしまってドバタタし急遽ハウスシューズで投げる羽目になった。ふう。

さてMy favorite pastimeと言えば、囲碁もある。だがこれも現在は完全に落ち目だ。囲碁好き老人のオマルさんが隣の老健にいて私との対戦を望んでいるのだが、私の囲碁への意欲が失せてしまっている。囲碁AIを使って対戦後の評価をし次はどうすればオマルさんに勝てるかと思案するのが楽しみだった。しかし、MacBookProからM2 MacBook Airに変更した時にWindowsの囲碁AIソフトが仕えなくなった。それでモチベーション低下した。

ボウリングも囲碁もしていないなら何をやっているのかといえば、もっぱらYouTube鑑賞が多くなった。YouTubeには私の興味のある動画があれもこれもありいわゆる暇つぶし(pastime)にはもってこいなんだ。この他に韓ドラもまずまず見てはいる。要するにぐうたら娯楽中心で、体や頭を使う遊びをあまりやりたがらなくなった。それで体重も増えつつあるんか。まずぃ!来年は体をまずは動かそう。ボウリング練習をまず月4回は行こう。こうして世間様に宣言しておかないとまたぐうたらざんまいだから。ふむ!

2023年12月25日月曜日

クリスマスでもにらみ合い

昨日のクリスマス・イブはカールの手作りイタリアン料理に手作りチョコレートケーキ&ワインだった。

が、夕方に一人奮闘するカールの前でウロチョロとネコ2匹がにらみ合っていた。「もう、おまえたち、あっち行って」とカールはあきれ顔だ。
まったくネコって「猫の手も借りたい」という言い草があるように全く役に立たないばかりかお邪魔すらする。台所の後はソファ&テーブルでのにらみ合いだ。
さらに椅子とテーブルでの上下のにらみ合いも・・。
「こらぁ〜」ってゲンちゃんが見下ろす。
挑発はハナビがするが、にらみ合いになるとゲンちゃんの圧が勝(まさ)るという展開だ。まだまだこの2匹が仲良く過ごすという日々はやって来ないねぇ〜。

2023年12月24日日曜日

全国高校女子駅伝、ハラハラ勝負

昼前、カールとチッチとどこかでお寿司でも食べようと出かけた。チッチだったかが「『めっけもん』のドルフィンポート店がいい」というので坂元から城山トンネルを通って住用町方面へ行こうとしていた。

TVは全国高校駅伝の女子を付けたまま運転していた。坂元団地を降りたころ、アナウンサーが「さあ先頭の仙台育英がトラックに入ってきた。2位は鹿児島の神村学園。仙台育英が逃げる、神村学園が追う。差は10秒!」と煽りに煽っていた。画面を見たいが走行中で音声のみだ。ケニア出身のカリバ・カロライン選手がもしかすると逆転!という大接戦でどこかに車を止めて画面を開いて観戦したいと思った。チッチやカールもそのようで「なに、ぐずぐずしている?」って態度だ。メインストリートから狭い路地に入ってすぐに車を止めた。カロラインが競技場に入った時、仙台育英との時の差は↓で50m以上あった。
その後、「差はだいたい50mほどになっています。カリバ・カロラインが残り400mを切りました」と実況するアナウンサーに「(その差)10秒を切りましたねぇ」と解説者が答える。残り300m付近で「(仙台育英の)橘山(きつやま)の顔が苦しくなってきました。カロラインもなんとか力を振りしぼっています。どんどん差が縮まってきました」とアナウンサーが声を上げた。上の写真と比べると相当に差が詰まっている↓。
コーナーに差し掛かり「残り200m。足の運びがー、カロラインが力強い!」これに解説者が「ピッチが違いますねぇ」、そして「逃げられるかぁ、残り150m!神村学園!」この時点で神村学園の逆転はかなり有望。↓最終コーナーではもうこの差だ。
第4コーナーに来て「橘山苦しい顔になった、残り100m!」ここで最後の直線、カロラインは抜き去った。「(カロライン)前に出た!前に出た!」
そして神村学園トップでゴール!2位仙台育英との差はわずか1秒。5mほどの差だった。決して楽に勝ったわけではないのは正面からの表情でよく分かる。

いやぁ、凄かった。カロラインは日本代表と同レベルでケニアのオリンピック代表も狙えるほどの逸材というから相手はよほどの差を付けていないとこうなる。仙台育英の橘山選手、決して遅い選手ではなかったろうけれど相手が超々高校級の選手では仕方なかった。神村もラストスパートに賭ける作戦が見事にハマったわけだがタスキを受けたとき1分差なら勝てるとの目論見で、実際は1分20秒差で、ぎりぎりだったわけだ。

向こう正面での走りでTV望遠画面に仙台育英の橘山選手の背後、カロラインが現れた時、ゾクッとしたねぇ。
鹿児島県民ですらそうだから、宮城県民の視聴者は迫り来る追跡者にハラハラを通り越し、恐怖を感じたのではないか。事前のローカルニュースでカロラインの神村の先輩のケニア選手バイレ・シンシアが鼻の悪性腫瘍で20歳の若さで亡くなる前日にカロラインに向けてエールを送っていたシーンを見ていたので、なんだかシンシアも乗り移ったかと思えた。いやいや名シーンだったわ。

寿司は「めっけもん」の駐車場は満杯で係員に「最低40分は待ちます」と言われ、早々に諦めた。天文館はT-MAXボウルの近くの喜鶴寿司に行き、ほとんど待たずに「地魚づくし」のセットでちょうど良いくらいの味と量で満足だった。

2023年12月23日土曜日

パラレルワールドに入った

土曜は朝外来、昼から日直業務だった。仕事では入院患者の顔面腫瘍の切除を形成下家Drに依頼し上手く行き、外来もそつなくこなした。午後は医局で年賀状裏面のプリント作業を予定しており、これは100枚以上もあり「きれい印刷 」をするから結構時間がかかった。当然救急患者も来たが、たださほど重症ではなく入院の必要もない患者だったのでそれほど忙しくはなかった。プリントは18時前には全て終え、あと、カールにコスモスでの買い物も頼まれていた。それにチッチが帰省するため20時過ぎに空港まで迎えにも行かねばならなかった。時間が少し余るのでこてる日記も書いた。年賀状はあと宛名印刷が残っているがこれはまとまった時間が必要なので明日にしよう。

そんな予定を粛々とこなし、19時40分には居残りしていた病院を出て、桜島スマートICから高速に入り、空港までチッチを迎えに行くだけ。今日はやるべきことを完璧に済ませていた。私にしてはちょっと珍しいくらい予定通りに事は運んでいた。

高速はすごく空いていて私以外にほとんど車は走っていなかった。車内TVではNHKを付けたら「突撃!カネオくん」をやっていて紅白歌合戦のエピソードをやっていた。衣装対決で小林幸子と美川憲一がやり合ったとか面白そうなネタが出てきていた。速度を一定にし自動運航にし、TVの音声を聞きながら空港に向かう坂に入ったのは何となく分かっていた。

そこからである。私はパラレルワールドに入ってしまった。運転しているのは分かっているのだけれど数分間から10分間くらいほとんど同じような風景を通っているだけの感覚になり、気がついたら溝辺のパーキングエリアが目に入った。「はあっ?!」私は空港で降りるはずだったのよ。溝辺ってとうに空港のインターチェンジを過ぎているじゃない。慌ててチッチに電話をした。20時10分着がすでに20時12分になっていた。チッチはいったん建物の外に出たが迎えが来ていないのでまた館内に戻っていたそうだ。私は「遅れている、しばらくは中に入って待機していて」とだけ伝え、次のICの横川まで飛ばした。そこで降りて引き返し、下りに入って空港のICまで飛ばし20分遅れでチッチを拾い、自宅に向かったのだった。

カールは夕食の沖縄のソーキそばを作っているはずで、チッチに電話をさせたら「最近、パパはよくそんなことがあるのよ。ボケ始めていているかもしれないわ」などとLINE返信をしていたようだ。くーーっ。完璧な1日だと思っていたのに「画竜点睛を欠く」「九仞の功を一簣(いっき)にかく」「竜頭蛇尾」いろんなことわざが頭の中を駆け巡ったわ〜。がっくり。

2023年12月22日金曜日

どっちだ?!山本由伸

山本由伸がどの球団に入るのか、本命対抗がヤンキースとドジャースという2大人気球団ということもあり、ここ数日ずっと気になっていた。大谷翔平がドジャース入りしたので私的にはヤンキースよりドジャースに入って欲しいと思っていた。現地の報道合戦も熾烈を極めていたようで、昼前には「ヤンキース入りか」との報道が流れた。↓参照。

非常に信頼出来る情報筋からとのことで、おお、やはり一番の名門ヤンキースだったのか、大谷が面接で口説いてドジャースが有力という意見も多かったが・・と思いきや、昼過ぎには「ドジャースと契約合意」との情報も入った。↓。
ええ?!どっちなんだとパソコン画面を写真に撮ったよ。アクセスランキングは先に報道のあった「ヤンキース入りか」が1位を取っていた。↓。
しかし、しっかりと読むと、ドジャース入りは確定情報なのに対してヤンキース入りは語尾が「か?」という東スポ報道パターンだ。これはドジャース入り確定やぁと喜んでいると、TBSの「ひるおび!」でも番組中に「速報が入りました!」とやったらしい。系列のスポニチではない日刊スポーツの記事で「午後1時36分、今後の天気について特集をしている途中、速報の出る1分前、恵はスタジオでボードに書いた文字情報指示が出たのか、ぐるんと視線をさまよわせた。山本由伸投手(25)が来季米ドジャースと正式契約を結んだとの情報に、恵俊彰が『速報が入りました。えっ、やったー、これで夢のアレですよ、みなさん』と興奮した声で語った」とあったのだ。これはもう絶対間違いない。ふぅ〜、やったぜ。ドジャースは投手陣やや薄かったからこれは相当心強い。記事では、「興奮冷めやらぬ恵は『(大谷と)同じチームで(優勝した)WBCの再来で、大谷さん来年バッターだけじゃないですか、ピッチャー右のエースですよ、(大谷と山本は背番号)17番18番ですよ…どうしましょ、これ』とコメンテーター陣につけいるスキを与えず一気にしゃべった」いやはや、最近の「ひるおび!」は「大谷」と「天気」ばっかしでその二つの専門番組化していたが来季は「ドジャース」と「天気」の2本立てになりそうだぜ。↓が恵が「視線をさまよわせた」瞬間の映像。この後、天気予報をさえぎって速報が流れた(正しくは午後1時35分だったね(笑))。


ともかくも日本人トップの二人が加入して来季のドジャースを中心としたメジャーリーグ観戦が楽しみで仕方なくなった。え?今永昇太もドジャースかぁ。さすがにそれは・・と思うが可能性はありだ。そうなったら怖いくらいだ〜。

2023年12月21日木曜日

ほうらやっぱり

朝、タクミDrから連絡が入った。「持っていたコロナ抗原キットで今朝検査してみました。陽性でした。症状としては12月20日朝より38度発熱あり。現在は37度台で軽い頭痛あり、咳が少しあります。ご迷惑をお掛けします。病院に行ってPCRの必要はないですよね」
あはー、やっぱりかぁ。実は一昨日の朝早く、医局会が終わってから彼は「昨夜、妻がコロナ陽性と判明した」と病院側に知らせたのだ。外来のずっしり師長がすぐにPCR検査の対応をしてくれ結果陰性と判明したのだが、師長から「このまま勤務を続けていいのか」と私に連絡が来た。この場合は不可で、いくら陰性でも家庭内で隔離を全くしておらず、咳などの症状のあった妻と普通に会話をしていたそうだから、実は感染している可能性大だ。今日は病院に入る前にPCR検査をするよう言っておいた。で、案の定陽性。本来なら一昨日の朝にまずはコロナ検査を受けるか、状況からして登院を見合わせるべきだったな。彼の奥さんは東京の息子さんに会いに行ってその息子が感染していたらしい。いやはや、感染拡大どうにか阻止だったわ。

しかし彼がいないことで、消化器内科の外来担当不在、担当入院患者の指示出しなど負担がまた増した。さらに糖尿病外来担当の女医さんの息子がインフルエンザ感染で本日の診療不可などもあり、今日の午後は早帰りは「先生、無理ですね。お仕事頑張りましょ」とずっしり師長ににっこり言われてもうた。うぅ〜む。明日も彼は休みなので彼の内視鏡や人間ドック診察担当なども私がせねばならない。ふぅ・・。それでもどうにかして午後の帰りが出来るよう頑張ったぞ。予定外の大腸内視鏡をしたせいで15時半までかかったが、どうにか「早帰り」を敢行した。「どうせなら別の日に代わりの半日休みを取ったらいいじゃない」とカールに言われるも、このところ大腸内視鏡など多くて黙っていれば常に午後は仕事が入って来る。短くても休みが取れるのは貴重なんだ。

今のところ、鹿児島県内ではインフルエンザA型の方が多く、新型コロナは以前ほどの感染者数ではないがちょくちょくと患者さんの発生がある。青雲会病院ではタクミDrの他にリハビリの石灯籠君の奥さんもコロナ感染していたと連絡が入った。寒さはまだ続くしまだまだ油断できなーい。

2023年12月20日水曜日

年賀状作りに取りかかったら・・

やらねばやらねばと思ってはいた年賀状作り。今日、ようやく重い腰を上げた。私の場合、まずは Adobe社にフォトショップの使用申し込み申請から始まる。これは使用料月額2千円以上するのだが最初の1週間は無料で使用出来るのだ。そこで今日あたりに申し込めば、12月26日くらいまで使用可、いやそれまでに済ます必要があり、尻に火が付くというワケ。

フォトショップは以前はソフトを購入して使うものだったが、何年も前から画像配信と同様ネットで月額使用料を払うシステムに変わった。私は1年で12月の1週間ほどしか使わないので必要最低限をタダで使わせてもらっていることになる。でもウダウダしていればあっという間に1週間は過ぎる、今日から取りかかろう。

それでだ。自分でも意外だったが、気軽に始めた年賀状の裏面作り、今夜のうちにほぼ出来上がったんだよ。こんなに早く完成するとは。画像の切り抜きと取り込みがえらく簡単になり、AIの生成も可能になっていた。ただ私はまだAIは使いこなせておらずもっと面白いコラージュが出来そうだったがそれは次に取っておこう。

はあ・・早く出来上がったがまだプリント作成が残っているし、住所録から表印刷もある。でも25、6日には投函出来る目途は立った。ほいですぐに年賀状から逃げてネット麻雀に手を出す私だった。(早よプリントすればいいのにネー)

2023年12月19日火曜日

お尻におでき

最近椅子にじっと座り込んでいることが多かったせいか、右のお尻に2cmくらいのおできが出来ていた。触るとまだ硬い。座る位置によっては違和感があってどうにかつぶしておきたい。

それでカールに酒精綿で消毒後18ゲージの太めの針でちょっぴり刺してもらった。無論、血が出る。しかし経験上少しでも出口を作って上げることでおできは縮小するんだ。今回は肛門に近い位置にあったんでカールにお願いした。場所が場所だけにこんなん頼めるのはカールしかいない。

針刺しって刺される直前、今から刺すよーって時が恐怖心と緊張がマックスだ。で、カールにおできをつまんでもらって先に痛くしてもらった。そっちの痛みに気を取られている隙に刺してもらう魂胆だ。「あいたたー」と言っている間に「刺したよ」と言われティッシュを当てると確かに血が付いている。何回か拭いて後は小さな絆創膏シールを貼ってもらいどうにか終わった。ふう。このやり方、誰でもお勧めは出来ない。不潔にやってしまってさらに悪化させたりすることもあるからね。

そしてこのシーンを写真に収めておきたかったが、態勢的に無理。代わりにネットで拾ってきた写真を代理で載せておこう。↓は10cmもの大きさになったおでき(粉瘤)だ。こうなると病院で局所麻酔後に切除してもらうしかない。私のは場所は全くいっしょだが大きさは体積で言えば1/10程度。今日の処置で小さくなるよう期待しよう。

2023年12月18日月曜日

母をリモート面会で見舞う

日曜夕方から病院当直で今日の午後は早帰りだった。それを利用して、つい2週間ほど前に脳梗塞を起こして枕崎の「おばらん病院」に入院したあこネーサ母の見舞いに行った。もっと早く行きたかったのだが、病棟への直接の見舞いは不可、予約のリモート面会しか出来ず、それも平日午後のみだけとなかなかハードルが高かった。

途中までは私が運転したが、深夜に病棟患者の死亡処置があったせいで睡眠不足で知覧の手前で運転交代をした。カールは着付け教室の帰りだったので和装のままの運転だった。枕崎は港の近くにおばらん病院はある。以前はよくボウリングをいっしょにしていた循環器内科の宮砂糖Drがまだ勤務しているはずだがと診察医一覧を見たら、やはり週4日外来を担当していた。ちらっと会ってみたかったが出来そうにないナ。

係に面会を申し込むとしばらくしてiPadを利用したリモート面会が始まった。画面を見て、一目「痩せたな」と思った。私の声かけには反応はするが無論誰だかは分かってもらえない。もう5年前から認知で私が誰だかは不明のままなんだ。「食事摂取が少ない」と側の看護師らしき人からの話があった。「ちゃんと食べて早く元気になってー」とは声かけしたもののなんかもどかしいねえ。でも、顔が見られただけでもよしとするか。でももう94歳、いつどうなってもおかしくない年齢だ。正直ここまで長生きしてくれるとは思わなかった。


帰りは私が運転をした。南薩縦貫道に沿ってまた鹿児島を目指す。まだ枕崎市内の少し高台に入ると開聞岳方面が綺麗に見渡せるところがあり、一旦駐めて写真を撮った。曇り空だけれど開聞岳から大野岳までの稜線と東シナ海、南薩の台地が綺麗に見渡せた。なかなかの眺望だ。
さてそこから知覧に向かって10分足らず、カールが「あれ?デコレーションケーキそこにあるじゃん」と左側にあった小高い茶畑を指さした。えっ、見ると確かに場所こそ違えど、火野正平が見た山のてっぺんの茶畑と同じ形状だった。山にあるか台地にあるかだけの違いだ。
「おお、知覧のデコレーションケーキ、見ましたぁ!」まさか見られるとは思っていなかったので嬉しくてまた車駐めて写真を数枚撮った。いや、普段なら気にも留めない風景、でも「こころ旅」ではそんな風景がちょくちょく選ばれる。今日は開聞岳よりも茶畑デコレーションケーキが私たちの「心の風景」だったー。

2023年12月17日日曜日

知覧にデコレーションケーキがあるのか

先々週に火野正平の「こころ旅」クラシックと題してリクエストの多かった回の再放送があり、その録画を見てみた。こころ旅が始まった2011年のものばかりで12月8日放送は鹿児島が舞台で「知覧の茶畑のてっぺん」が出てきた。この回は名作と言われ去年も見ていたが、知覧は私の故郷の一つでもありまた見たくなった。

実は知覧はこれまでも今もよく通る土地なんだけれども、番組に出てきた「デコレーションケーキのような茶畑」というのは一度も見たことなかったし、それに観光名所でもない。どこにあるんだろうと番組内で地図を広げていたのでじっと見たら、結構メインストリートから外れた山の方で、火野正平らスタッフも坂道の途中にお茶屋に寄ってそこのおばあちゃんの軽自動車に乗せてもらい、どうにか「とうちゃこ」したんだった。おばあちゃんは「美佐子」さんと言い、火野正平とのからみが可笑しくてこの回の見せ場になっていた。車に乗せてもらえるなら洗濯物の片付けだってなんのそのの正平さん。↓目的地は知覧峠からさらに脇道に入ったところにある。知らなかったワケだ。美佐子お婆ちゃんに「お母さん、結婚しよっ」と平気で言える正平節が楽しい。



目的地付近に着き、「あ!あった、(投稿者の言う)デコレーションケーキだ」と気づく瞬間は視聴者もまったくいっしょだ。確かに言われてみれば、である。↓左上の小さなお山。
ううむ、このデコレーションケーキの茶畑はなかなかの眺めだ。明日、枕崎に行く予定があるので次いでに寄れないかなぁ。カールに相談するとさほど乗り気ではない。車でもどうかという場所だし諦めるか。そんなわけで少し引っかかりながらもTVの写真を撮るだけに抑えたのだった。

2023年12月16日土曜日

同じ服

年に1回の会合、あるいは忘年会、同窓会などで気を付けていることが私にはある。

それは同じ服を着て行かないということだ。単純かつ簡単なことだ。もし1年ぶりに会う友人知人に「あれ、この間の時と同じ服だ」と思われると一張羅しか持っていないのかなんて思われる。そんな偶然同じ服になることなんてないと思われるかもしれないが、意外によくあることなのだ。でも1年や2年前に着た服なんて一般には覚えていないだろう。だが私はたいていその日のスナップショットを撮っているので確認出来る。

さて、今日はリアル麻雀を予定していた。ただこの忙しい師走の土曜ともなると対戦相手がそろわない。今回もよく囲む面子にことごとく断られ、はてどうしたものかと思って過去に打ったことのある打ち手に連絡して、ようやく2年前の12月29日に1回だけ打った薬局勤務の若手のコウチョ君に連絡するとOKだった。あの時も面子がいなくて薬局社長の紹介でどうにかそろったのだった→2021年12月29日「通行人をつかまえてでも・・」http://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2021/12/blog-post_29.html

で、出かける前に念のためその時の服を「写真」でチェックした。驚いたねぇ。紺基調の縦縞のシャツ、それと同じのを私は準備していたのだ。慌てて別の茶系統のものに着替えた。ふーーっ。まあ、2年ぶり会うコウチョ君がその時の服なんて覚えていないかもしれないが、逆にその服のイメージしか覚えていないかもしれない。チェックしておいて良かったぁ。

闘牌の結果は私が久しぶりにトップで終わった。コウチョ君は途中まで大負けだったがラスト2回頑張って終わってみれば見せたまえDrが一番負けで、2年前とは逆になった。「また呼んでください」とコウチョ君、このままでは終わらないと元気があったなぁ。帰宅後にその2年前の写真をもう一度見直すと・・・あれ?コウチョ君、上のシャツこそ違う銘柄だったが、黒色で下のパンツは茶色と2年前と全く同じ装いだったのだ。ははは、人って着てくる服はあんまり変わんないもんなんだ。それにさすがに2年も経てば着ている服なんてほとんど覚えていないことも分かった。私も気にしすぎないようにしよーっと。

2023年12月15日金曜日

デコピンかデコポンか

朝、病院に着いたのだけれど、大谷翔平のドジャース入団記者会見が各局のワイドショーで放映されていたのでしばらくモニター画面で見ていた。

こういった記者会見では日本のインタビューアーはどうも生真面目で面白くない質問をすることが多い。その中でアメリカのFOX-TVの記者は一般大衆のことをよく分かっていらっしゃる。「MVP受賞で、愛犬がテレビに映っていて、世界はあなたのイヌの名前を知りたがっている。噂によるとドジャーだとかウォーカーとかの憶測もあるが・・」と質問が飛んだ。おおっと思って注視していると「デコピンと言うんですけど」との大谷の発言に思わず吹き出した。これには日本側の記者たちも笑い出していた。アメリカの記者らは当然キョトン?だ。大谷から「元の名前がディコイだったのでこちらの人には発音的にしやすいディコイと紹介している」と説明があったが、水原一平通訳とデコピンの仕草のパフォーマンスまですれば面白かったナ。私はネコを飼っているけれど、あのワンちゃんを見ると大谷とタッチもしていたしイヌも可愛くていいなと思うわ。
この後「デコピン」がすぐにネットで拡散され、X(旧ツイッター)でトレンド入りし、超速でトップにまで上昇したという。北海道の居酒屋には「デコピン」という店があり、すぐにマスコミの取材を受け、それがTVで報道されるという話題の広がりの早さだった。

ただ、それなら「デコポン」でもよかったんじゃと私は思った。全国のデコポン果樹園の人たちもそう思ったのでは?私は出水のスチョル先生から今年もデコポンの「しらぬひ」をいただいた。デコポンは商品名で品種名は「不知火(しらぬい)」だそうで出水の業者「和み園」は「しらぬい」で販売しているとのこと。もし大谷がデコポンにしていたら、和み園始めデコポン業者連盟(あるんか知らぬいが)は大谷にアプローチしなにがしかの提携をするか、せめて感謝状くらいは贈ったろうね。
まあ、それくらい今の大谷が大きな影響力を持つブランドになったってことだ。何はともあれ大事なのは本番で活躍することだよな。ガンバレ、Shohei Ohtani !

2023年12月14日木曜日

メジャーリーグ優勝記録表でニヤニヤする

私は高校野球やメジャーリーグの優勝記録を見るのが大好きだ。ずっと眺めていられると言ってもいい。単に結果が記載されているだけなんだけれど、じーっと見ているとそれぞれのチームの栄枯盛衰がにじみ出ていて飽きないのよ。↓は今年のワールドシリーズ優勝チーム・テキサス・レンジャーズでチーム創設63年目、3度目の出場での初制覇だった。

大谷翔平がドジャースに移籍すると知って、彼はほぼベストの選択をしたと思っている。今、日本のマスコミでは「ドジャースは名門でしかも常勝軍団」って説明がなされているけれど優勝記録マニアの私からしたらちょっとそれは微妙だ。まあ19世紀からあるチームでニューヨークのブルックリンを本拠地にし1958年にロサンゼルスに移転し、人気はメジャーでも上位にあるという点では名門と言っていいかもしれない。しかし常勝軍団というのはちょっと違うんだ。確かにここ10年は毎年プレーオフに出場し3回ナ・リーグ優勝して1回ワールドシリーズ優勝しているが、1988年にワールドシリーズ優勝以降の約20年間は全くダメだった。野茂が入団していた頃は話題性はあってもあまり勝てなかった。石井一久がドジャースで17番を付けていた2000年代前半は石井曰く「オーナーがドジャースという球団を持っていることに満足している」とのことで、この前書いた「勝利への明確なビジョン」を持っていないチームだったのだ。そして2011年経営状態が悪化しついに破産申告されるまでになった。が、ここで2012年投資グループのグッゲンハイム・ベースボール・マネジメントに売却されて以降は金満球団となり成績も安定、確かに常勝軍団となった。

しかし、ドジャースってチーム、伝統的に勝負弱いというかポストシーズンやワールドシリーズで弱いのよ。まあかつては同じニューヨークにア・リーグのヤンキースがいて毎回ワールドシリーズでは負けていた。1955年にシリーズ8回目(対ヤンキースとは6回目)にしてようやく初の優勝を達成することが出来た。21回もワールドシリーズに進出して7回しか優勝出来ていないという見方も出来るのだ。ヤンキースについて言えば、40回ワールドシリーズに出て27回の優勝と圧倒的だから一番の名門チームと言うのに誰も異論はないだろう。今のドジャースは地区優勝やリーグ優勝じゃ満足出来ないはず。そこに勝ちにこだわる大谷が加入すればなんか期待出来るね。

ついでに優勝記録を眺めていると、ドジャースのライバルがサンフランシスコ・ジャイアンツだというのがはっきりと分かる。同じナ・リーグでともにかつてはニューヨーク(ジャイアンツはマンハッタンが本拠地)にあり、ともに1958年に西海岸に移転した。どちらも低迷期がありながらジャイアンツはワールドシリーズ進出こそ20回とドジャースより1回少ないものの、2010年代に黄金期を迎え、3回も優勝し計8回とドジャースより1回多くワールドチャンピオンになっている。この2チーム、レギュラーシーズンの対戦成績もほぼ五分でまさにライバルと言っていい。

他にもこの記録表を眺めているといろいろな発見があり時間が経つのを忘れるくらいだ。→https://ja.wikipedia.org/wiki/ワールドシリーズ
例えばイチロー所属で有名なシアトル・マリナーズが全30球団で唯一ワールドシリーズ出場歴がないとか、今は弱小貧乏球団に成り下がったオークランド・アスレチックスがワールドシリーズ出場14回で9回も優勝歴があるなどかつては名門チームだったこととか、両リーグのワールドシリーズ対戦成績はア・リーグが68勝51敗でかなり勝ち越しているが、これはかつてのヤンキースのおかげであって2000年以降は12勝12敗と拮抗していることなど興味が尽きない。まあ私は記録オタクだからねー、一般の人はそれほどでもないかな。

さあて、大谷所属するドジャースがワールドチャンピオンになるにはまだ投手力の補充が必要だ。山本由伸のドジャーススタッフとの面談に大谷も同席したという。山本、それに今永も来てくれたら来年のワールドシリーズ、ドジャースは大いに期待出来るぞー!

2023年12月13日水曜日

生き仏

4階病棟のナースステーションに行ったら、車椅子に座ってじっとしている高齢女性がいた。少しうつむき加減で目を閉じてじっとしている。

「さっきまでは部屋で大声を出していたのでここに連れてきたんですけど、来たらすっかりおとなしくなってしまって」と隣の看護師が教えてくれた。「ほう。何歳くらいの人?」「98歳です。名前がちょっと読めなくて・・」というから確かめると、「稗田〇〇〇」さんで「ああ、ヒエダさんなんだね。これは昔からある由緒ある姓だよ」というと「へーえ、全く知りませんでした」とのこと。「いや、日本史を習ったことがあるなら古事記を編纂した「稗田阿礼(ひえだ の あれ)」って聞いたことない?」「いいえ」「うーむ、中学か高校あたりで習うんだけどね」確かに日本史の飛鳥時代や奈良時代のこんな細かい人物名は知らない人の方が多いだろう。まあ阪神ファンなら「A.R.E(アレ)なら知っているゾ」と言いそうだが・・。

それはともかく、私はそのうつむき加減の様子が「なんか半跏思惟像(はんかしゆいぞう)に似ていないか」とまた小難しいことを言った。きっと分からないだろうとは思ったが、飛鳥奈良時代によく作られた仏像を連想してしまったんでネ。↓の上が広隆寺の「弥勒菩薩半跏思惟像」で下が中宮寺の「菩薩半跏思惟像」だ。
看護師は予想通り「?」という表情だ。まあ分からなくても上の写真の仏像の持つ慈悲あふれて思慮深い表情には何かを感じるはずだ。

人間も100歳を前にするとこんな表情ができるのかと思った。そんな話をしていると、その稗田の98歳は目が覚めたようだった。その瞬間の表情がまた・・・
まさにアルカイックスマイル、飛鳥奈良時代の仏像の表情だ。人は年を取れば生き仏になるんだと思ったよ。