2024年2月29日木曜日

あこネーサ母退院

あこネーサ母が今日退院となった。1週間ちょっとで済むはずが2週間以上延びたのは栄養状態が良くなかったからだ。12月の脳梗塞以来やはりどうしても食が細くなりがちだった。ある程度の改善があり、ようやく今日退院出来た。姶良の介護タクシーを頼み、カールが退院手続きと見送りをした。知覧の施設ではチエコンさんがお迎えに来る予定。帰る前に私はあこネーサ母とツーショット写真を撮った。「こてるだよー」と大きな声をかけても目は開けるけど誰かは分からない。まあ、仕方ないか〜。

介護タクシーに乗せられたあこネーサ母。向こうはカール。

無事着いたかどうかはカールにチエコンさんから到着の写真が送られて来てすぐに分かった。今は超ネット社会、昭和の時代なら施設の公衆電話から自宅の据え置き電話に無事到着の連絡が来るかどうかくらいのものだったろう。いい時代になっている。
そんなこんなで夕方カールとLINEのやり取りしていたら「大谷が結婚!」のニュースがネット上で拡散されていた。「えーっ!」と驚き、すぐにカールに連絡した。海の向こうの話題も今の時代あっという間である。あこネーサ母はそういうことは全く知らず、ただただベッドの上で軽く目を閉じ休んでいるはず。何も知らなくてもいい。今日は移動お疲れさまでした。

2024年2月28日水曜日

大谷、ドジャースでのホームランを喜ばぬ人たち

朝5時に起きるはずだったが5時50分になっていた。でも急いで居間に行き、予約録画を最初から見始めた。大谷翔平のドジャースでのオープン戦初登場の試合放送がNHKBSであるからだ。メジャーリーグのオープン戦を生中継するなんてこれまで聞いたことがない。しかし、こと大谷翔平の新天地での初実戦とあればそれは見たくもなる。これまで肘の手術がどうの、移籍先がどうのなどばかりで肝心のプレーについては見ることが出来なかった。やはり野球選手は華麗なプレーで魅せてくれないと。

大谷の打順は2番だった。3番との噂もあったが2番で結構、後にフリーマンが控えているから相手チームもそうそう敬遠はしないだろうし、毎回1回の表か裏には確実に打席に立つので観戦もしやすい。相手ピッチャーはホワイトソックスのエース格でこれまで大谷はヒットを打ったことがない。いきなりフルスイングをしたが空振り、当てるもファール、そして追い込まれてなんと見逃しの三振だった。これを見たドジャースの永遠のライバル、サンフランシスコ・ジャイアンツのラジオ局スタッフらは「イエーイ!」と歓声を上げたそうだ。どこもかしこも大谷を応援しているわけじゃないな。

2打席目はノーアウトランナー1、3塁と絶好の場面。強く振り抜くも二ゴロ併殺打に倒れた。しかしその間に3塁ランナーが生還し打点1を稼いだ。そして3打席目、ピッチャーも代わり先発よりは力が劣るかなと思って見ていたら、ランナー1人おいて2ストライクの後強振し、最初「あ、レフトフライ・・」と思った。しかし、大谷の打球はレフト方向にも伸びることが多い。今度は「あれ、ホームラン?!」観客の動きをみていたら何とホームランになった。すごい!やるねぇ。ファンやマスコミが大注目する中、見事に応えてくれる。スーパースターだよ。いまじゃ芸能より大谷ニュースを扱うことが多いワイドショーも大喜びやったろうな。

ただ、ジャイアンツのラジオ局スタッフだけは「入らないね」「打ち取ったな」「ノー(入らない)」と反応。しかし、伸びていく打球を見て様子が一変し、「アー、オー」と動揺した声が上がると、スタンドインで崩れ落ちてしまった。頭を抱え、唸り声をあげるスタッフも。そこに一人の男性がドアを開け「オオタニのホームランだろ?」としたり顔で登場。イラつきを隠せないスタッフは放送禁止用語を言い放った直後、壁を指差し「なんでこの壁はブルーなんだ!!!」と怒りの声を上げた。一室の部屋が、ドジャースカラーになっていたことに八つ当たりしたんだそうだ(笑)。(三振とホームランのサンフランシスコ・ジャイアンツファンの反応→https://www.youtube.com/watch?v=0jbwiDH2k3E
今日は3打席で終了といわれていたのでこの後のゲーム進行についてはあまり注視しなかった。しかしこの時大谷の2ランでも得点は3ー4で負けていたのだ。エンゼルス時代に何度もいらついた「大谷は打った、なおエンゼルスは負けた」のまた「なおエ」状態で、この場合「なおド」かなと思っていたら、ドジャースはその後得点を入れ、結果9ー6で勝っていた。おお、さすが毎年ポストシーズンに進出するチームと万年レギュラーシーズンで終わるチームとの差だよ。たかがオープン戦の結果とはいえ、今年は楽しいメジャーリーグ観戦ライフが待っていそうと期待できるわぁ(⌒о⌒)。

2024年2月27日火曜日

ハナビとゲンの間合い

最近のハナビは私には相当慣れてきて帰宅するとすぐに寄ってくる。カールに言わせると「よっぽどパパが好きなのねー。私にはちっとも寄ってこないのにー」だって。ただ、M2 MacBook Airを開いて何かしようとすると目の前にお座りするのが最近のお決まりで、結構邪魔なんだよなぁー。↓の態勢だとキーボードを扱えない。下手すりゃハナビは引っ掻いたりしてくる。

そんな時はパソコンはいじらず、一時休憩だ。カールにハナビとのツーショットを撮ってもらった。
ゲンちゃんとの関係はどうなっているか。これがまだ緊張状態は続いている。力関係ではまだずっとゲンちゃんに分がある。なにせ体格差は一気には縮まらない。でも気の強いキャラのハナビは何かとちょっかいを出すんだ。今夜もゲンちゃんが定位置のソファの肩で休んでいたのに背後からじっと身構えていた。
「なんだ?こんにゃろ」とゲンちゃんが気づいたのでこの後は何も起きなかったが、気づかずにいたらハナビはサッとネコパンチを食らわしていたはずだ。そうなるとゲンちゃんも黙ってはいない。ちょっかい出すくせにすぐに逃げ出すハナビを追いかけ圧を加えるんだ。今のところ、そうなった場合ハナビがじりじり後退して安全な場所に退避するので何事もなく終わることが多い。しかし時には取っ組み合いが始まることもある。首輪は取れ体毛がその辺りに散らかり、どっちもちっちゃな傷が顔に付いたりする。今夜は私が二匹に「こらぁ〜」とプレッシャーをかけ離れさせた。

その後、ハナビは冷蔵庫の上でぬいぐるみと同化し、ゲンちゃんは定位置でゆっくりと過ごして平和な夜に戻ったのだった。


2024年2月26日月曜日

出血性放射線直腸炎

可愛いんだ理事長から「急で悪いが下血の患者の大腸内視鏡をしてくれないか」と頼まれた。どういう事情かと聞けば、前立腺癌の放射線治療(その中でも陽子線治療)後の患者さんで下血がこのところ続いていて放射線による直腸出血だろうからとのこと。

はあ、最近多いねぇ。ざっと思い出すだけでもこの1年で4人目くらいかな。理事長からの依頼が多い。鹿児島は指宿に陽子線治療のメディポリス国際陽子線治療センターという施設があるから、そこで前立腺癌治療を受け、半年から1年ぐらいすると前立腺の後ろにある直腸が陽子線の影響を受けて出血する患者さんが多くなっている。新しい毛細血管が出現してくるが、これがちょっとした刺激でも出血しやすく1回1回の出血量は少ないが積み重なってかなりのヘモグロビン低下(出血性貧血)を来すことがある。今日のケースの写真を載せたいが、差し障りがあるのでネットで拾った同じような画像を載せておこう。↓直腸に出来た新生毛細血管の集まりで新生毛細血管はもろく出血しやすいのだ。
これをどう治療するかというと内視鏡下でアルゴンプラズマという電気とガスの力で照射して止血する方法がある。これがかなり有効で毛細血管がらみの出血には一番といっていい。↓がアルゴンガスを照射後の直腸で白く変色した部分がアルゴンガスで焼かれた部分だ。脆い毛細血管はつぶれ粘膜再生され過程で出血しにくくなる。
治療のテクニック的にはそう難しいものではないが、上の病変範囲くらいだと意外に時間を食って30分以上かかる場合もあり、今回のケースもこれで1時間は昼食が遅れてしまった。しかし、患者さんにとっては予約なしで即診断、即治療で有り難かったはずだ。青雲会病院では下血については可能なかぎり即日検査を心がけている。ま、このケースは後日検査でも問題なかったのだがね。

吐血、下血は青雲会病院に来てから私のライフワークみたくなっている。このくらいで音を上げるわけにはいかないんだわ〜。

2024年2月25日日曜日

迷った時は「左膳」

今日の昼は外食しようとは決めていたのだが、どこに行くかは家を出てからもなかなか決まらなかった。カールは外食のあと明石屋でモンブランケーキ食べてコーヒーを飲むというのを想定していた。「ふむ、いいねえ。でも、昼食を摂ったあと、明石屋のケーキ食べられるかい?私ならへっちゃらだけどー」「そうねぇ、お腹いっぱいになってきっと食べられない」「なら、ごくあっさり軽い食事ならどうだろう」 「うーん、そんな店そうはないわねぇ」

そんなやり取りで車は市内を南下していくけど行く店はなかなか決まらなかった。結局、高見馬場を過ぎるあたりで「こうなれば『左膳』にするか」とカールがつぶやき、「『左膳』なら間違いないな」と私が相づちを付く。で、ド定番の「左膳」になった。少し心配は時刻が11時半頃になっていたことで、その頃になると客が多い日は結構待ち時間が長くなるんだ。駐車場も結構いっぱいで少し心配になったが、案に待ち時間は短く5分くらいで席に着けた。

メニューからカールは「桜膳」私は「椿膳」をセレクトし、


選べる蕎麦はカールはざる蕎麦、私はかけ蕎麦にした。↓は椿膳。

天ぷらも蕎麦もやはり美味しい。「左膳」は年に4、5回は利用するかな。あんまり外食をしない自分らからすると一番利用する店かも。で、毎回裏切らないんだ。値段もそれほど高いワケじゃないしね。ただ、カールは「もうお腹いっぱい」で、結局、明石屋のモンブランケーキを食べる状況ではなくなった。実は私、明石屋でケーキ食べてのコーヒーサービスを利用したことが一度もないんだ。カールはギボヒサコが元気なころは月に何度も利用していたし、サブアラドDr夫妻もよく行くと聞く。ケーキもコーヒーも決して嫌いじゃないのに。また今度・・な。

2024年2月24日土曜日

見守り

今日は土曜勤務で午前は外来、午後は日直だった。どっちもそれなりに忙しかった。特に午後は病棟患者の急変で気管挿管、人工呼吸管理もあってバタバタした。しばしゆっくり出来た後、夕方に救急車がー。めまいが1日半収まらないという高齢患者で、普通の内耳性のめまいとは思ったが念のため頭部CTを撮った。小脳梗塞もしくは小脳出血が隠れている場合がごく稀にあるからだ。今日はレントゲン技師がいてくれる日だったのが有り難い。結果、小脳には問題なく数日の入院で済みそうだ。

17時半になって当直を外科のカムイDrに引き継いだ。当然、気管挿管した患者のことを伝えた。心拍再開したけれどいつまた心停止するやもしれない。そしてこの患者さんの高齢の母親が今晩病室で付き添いたいとの申し出を了承していることも伝えた。いまだコロナなどで見舞いなども制限されるケースがある中、体が弱かった我が子がいよいよという時にせめて側に付いてあげたいという親心をどうして断れようか。

あと1日持つかどうか・・と、私は内心思っていた。後日、カムイDrの記載を読むと、翌日早朝、「ご家族の見守る中死亡確認」と書かれていた。

2024年2月23日金曜日

一気見「不適切にもほどがある!」

休日だったので、今ちょっと評判になっているTBSのドラマ「不適切にもほどがある!」のネット配信をTVでカールと見た。この前の韓ドラ「私の夫と結婚して」もそうだが、このドラマもタイムスリップものでこのような設定は全く普通になった。この手のドラマは時代が違うことで起きるギャップの面白さがあり、制作側は趣向を変えてあの手この手で楽しませてくれる。


主人公の阿部サダヲは昭和61年(1986年)に生きている野球部コーチもする中学体育教師だ。妻を亡くし高校生の娘と暮らしている。この昭和末期の描写がなかなかに笑える。いや、自分らも生きていたあの頃をほぼ忠実に「ああ、だったねー」「あー、あるある」と言いたくなるシーンのオンパレードなんだ。職員室に漂うタバコの煙、女性教師へのナチュラルセクハラ発言、連帯責任でケツバット、部活中は水分補給NG、ウサギ跳びなどなど。番組冒頭にまずはおわびの文面が流れるのも、令和の現代では当然のことだった。


不思議なバスに乗り込んでタバコを吸っていると主人公はそこから現代の日本にタイムスリップする。スマホを見て「あのぬめっとしたものは何だ」と訝りつつも、すったもんだでTV局で働くことになる。そこで働き方改革やコンプライアンスの問題に昭和親父の観点からいろいろと申すんだ。令和の現代では繰り返される誰に何のために謝っているのか分からない謝罪の言葉で「不適切」という価値観を強いているのではと。この世代間の差がこのドラマの一大テーマだろう。

しかしまあ、昭和世代の小ネタがこれでもかと出てくるのでそれを見ているだけでも面白い。劇中、近藤真彦ことマッチに憧れて見た目や言動を完コピするツッパリ先輩ムッチ(磯村勇斗)が出てくる。主人公の娘(河合優実)と部屋でいい感じになるシーンではマッチの歌の歌詞をこれでもかと盛り込んでくる(この娘の髪型は聖子ちゃんカットだがメイクがなにかしら中森明菜ぽい。ただ後にヤングママになったときは全く似ていなく別人かとさえ思った)。しかし急にムッチ先輩は落ち込む。「どうしたの」と娘が問うに、うつむきながら股間を叩き、「オレの愚か者がギンギラギンにならない」(爆笑!いやこのドラマの白眉かも)。不適切にもほどがあるぜぇ!このシーン、妻に言われ私と同じように後でみた近藤真彦は「爆笑でした、爆笑。これ、オレだよな?って」と大笑い。「これから楽しみですね」と喜んでいたそうで、同じくマッチの曲を多数作詞した松本隆もXで「マッチがムッチを気に入ったらしい。ぼくは冷や汗流しながら笑い転げてます」と、こちらも大爆笑していることをつぶやいていたそうだ。

で、このドラマ今どこまで放送されているのか知らず、3話まで見たところで確認すると、4話まで配信されていた。で、そこまで見て、夜22時からある第5話を見たのだが・・さすがに視聴疲れで中盤まで見てズーズー寝込んでしまったのだった。でも、ま、いいか。今はネット配信があるからさぁ。昭和の時代はビデオがかろうじてあったけど、そんなことやっていたら見逃してしまう失敗も多々あったんだ。やはり令和の今は便利で良い時代になったものよのう、うむ。

2024年2月22日木曜日

その女子高生が手に持っていたもの

ある高校女子が外来に来た。症状はそれほどでもなく診察、処方も簡単に終わったが、私は彼女が手にしていた小本が気になった。

「それは何の本?」

「あ、英語の単語帳です」

「ほう、感心だねぇ。最近はみんなスマホをいじっているばっかしだけどさー」

「ちょっと待つかもしれないからその時間にと」とのこと。感心だ。
今時の単語帳ってどんなんだろうと借りて手に取ってみると、「英単語ターゲット1900」という旺文社(この会社、懐かしい!)の本だった。ラインマーカーであちこち印されさらに小さな付箋がこれでもかと貼られていた。ただ後半1/4はまだ手が付けられておらず「そこは今からです」とのことだった。

その手つかずのところを開くと、感染症や医療に関する単語がいくつかあった。「outbreak」なんて「勃発」の意味が割り振られ「戦争が勃発した」という例文が出ていた。しかし私は「この単語は今は感染症の大流行、急激な増加の意味でよく使われるよ」と言った。実際医療関係ではこの20年「アウトブレイク」はその意味で頻繁に使われるようになっている。コロナ禍の影響でそっちの意味で問われる可能性が高いはず。また「plague」は「伝染病、疫病」で出ていたが、これは私にとっては海外の推理作家カーの「プレーグコートの殺人(黒死荘殺人事件)」と結びついている。黒死病とはペストのことだ。カーと言えば横溝正史だ。カーの影響を受けた横溝はいくつかの作品で彼の影響が伺える。

勝手に盛り上がった私は「プレーグコートの殺人」のメイントリックを教えたりした。要約は、ある雨の夜、幽霊屋敷と噂されるプレーグ・コートで、離れの石室にこもった交霊術師が、降霊術の最中に何者かに殺害された。血の海と化した殺害現場にはロンドン博物館から盗まれた短剣が残されていた。しかし石室は完全な密室である上、泥の海と化した石室の周囲には足跡ひとつ残されていなかったというもので、他の作品のトリックは忘れてもこの作品と「ユダの窓」のトリックは忘れない。ちなみに「プレーグコートの殺人」と横溝の金田一耕助初登場作品「本陣殺人事件」はトリックと動機が裏表の関係にある。

他にも知っている単語があり、語り出せばきりがなくなるので途中で切り上げた。いやいや、大人になれば分かるけれど、今はつまらないと思っている無味乾燥な英単語も後になれば「ああ、あそこで使われていたなぁ」とか「あ、そうだったのか」と思うことが多く楽しいものなんだ。ただその単語帳の最後のあたり「hive」というのがあって答えは「ミツバチの巣箱」。うん、なんで?こんなそれこそ重箱の隅を突くような単語が選ばれているんだろう。そこはギモンだった。

勉強勉強できつかったあの高校生時代、英語にしても数学にしても国語、理科、社会もそこで学んだことが、後に血と肉となり様々なことに役立っていくことを実感する。昔は二度と戻りたくないと思った高校時代も、今は許されるならば舞い戻って勉強にスポーツにもっと頑張ってみたいと思うのである。ただ高校生をやっている頃はそれになかなか気づけないもんなんだよなぁ・・。

2024年2月21日水曜日

テル帰省

未明にテルからLINEが届いた。なんと友人2人と鹿児島へ里帰り決行中というのだ。休みが取れて、今日の午前には着くという。全く突然だねー。ただ、カールが「チャンスあったらいつでも帰ってきてー、おばあちゃんも施設入ってるし」といつも言っていたからのよう。

朝起きたら、カールは家の掃除やら布団の準備やらで、朝食も準備されていなかった。「もっと早く言ってくれていたら」とこぼすも久しぶりに帰ってくるのでカールは頑張っていたのだ。昼前に着いて、カールといっしょにギボヒサコのいる施設へ行き、バーバを見舞ったそうだ。ヒサコはやはり喜んでいたとか。

友人2人はテルのポーカーや麻雀の仲間らしく、居間にあった私の麻雀本を興味津々で眺めていたという。ふむふむ、そこにある麻雀本も読んではいるが、愛読しているのは実はトイレの棚に置いてある。↓の写真に映っている居間本の中で一番影響を受けたのはなんといっても福地誠著の「ネット麻雀ロジカル戦術入門」だ(黄矢印)。現代の麻雀戦術が大きく飛躍するきっかけとなったとつげき東北著の「科学する麻雀」を分かりやすくかつ詳しくまとめた本で本当に目からうろこが落ちる思いだった。
夜は私と麻雀をという希望もあったようだが、テルと友人らは鹿児島のポーカー遊戯店に遊びに行った。うちのネコたちも歓迎?してくれたようで、ハナビには全員引っ掻かれたんだとか。そりゃカールですらまだ抱っこできないのに急に触ったりしたらヤラれるに決まっている。そして案の定テルはゲンちゃんを過剰に可愛がった。少々迷惑だけれどゲンちゃんは我慢強いよねぇ〜。ハナビには少し腰が引けてつつ猫じゃらしもどきで遊ばせていたナ(⌒о⌒)。

自身の話や友人らの近況などいろいろカールとは語り合ったらしい。翌日にはさっさと帰ってしまったが、まあ、ともかくも元気でやっていることはいいこと。また帰っておいでなー。

2024年2月20日火曜日

「私の夫と結婚して」ついに最終回

沖縄のヨーコバーバは施設を出なくても済むことになった。明後日には退院で普通の生活も送れるという。カールはホッと一息である。そもそも「すぐに歩けるようになる」と担当医から言われていたのに、どうもソーシャルワーカーが早とちりしたためだったようだ。

今日の午後は早帰りの日だった。コスモスで買い物の後、鹿児島市内に戻り、いつものスピードカット屋で散髪してもらうつもりだった。昨日の朝カラさんとの写真で検査後にヘアキャップを脱いだ直後だったとはいえ、いかにも髪が伸びてぼうぼう(鹿児島弁でやんかぶっている)だったのが気になった。行ってみると駐車場は車でいっぱいも、すぐに誰かが出ていくだろうと空きスペースで待つことにした。しかし、10分、20分経っても一向にどの車も出ていかないのだ。この手の散髪って10分から15分で終わるものでしょ。どうにも動かないので諦め、近くの3Qカットに行った。ここは以前数回利用したことがある。入るとすぐに散髪台に通され、ハサミでカチャカチャ、15分ほどで終わり、さっぱりとなった。もっと早く決断していたらムダな時間を過ごさすに済んだものをー。後で気がついた。あそこは男性の散髪だけでなく隣に女性のヘアサロンもあってきっとそっちの利用者が多かったのだろう。女性の髪は15分では終わらないらしいからなー。

話題の韓ドラ「私の夫と結婚して」は今日がいよいよ最終回だった。前回までの展開ではまだ主人公がどうなるか、悪役たちがどうなるか(夫は前回で死んじゃったけど)がまだ分かっておらず残り1話なのにどうなるんやと思った。実はネット漫画で結末を知っているはずの福緑Nsも「最終番になって展開が違うので私にも分からない」とのこと。なるほど、制作陣も原作ではそこまで悪役ぶりを発揮していなかった男性主人公の元婚約者(歌手のBoA)を悪の中心に持ってきて深みを増したようだ。

まあ、それにしても登場人物たちの善悪がはっきりしていること。女性主人公の母親なんて俗物のかたまりで娘を殺す計画にも「お金の方が大事だから」なんてそこまで言うかぁ。そして女性主人公の親友役(ソン・ハユン)はこのドラマでもっとも印象的な悪役で、警察に追われながらも最終回も主人公を追いつめるんだ。実は主人公らはそこも計算に入れて対応していたわけだが・・ムショに入っても被害者ヅラして周囲を引き込み反省なんて全くしない。アッパレでさえあった。今回のドラマで一番得をしたのは女優ソン・ハユン↓かも。
前回で亡くなった夫役(イ・イギョン)も親友の幻想シーンで出てきたのは視聴者サービスだった。悪役でありながらやられ役としても絶妙で、彼が登場するシーンが視聴者の一番スカッとする場面が多く、このドラマを成功に導いた役柄だったと言えよう。漫画では親友を殺そうとして車に細工をしていたが自分の母親が危なくなったとの情報を聞いて動転し、その車を過って運転してしまい事故って亡くなるというまさに自業自得だったという。それも見てみたかったかな。
ともかくも全話完結して、とても面白かったので昨年の「ムービング」以来、9点を付けた。話題性ではこっちの方が上だった。Amazon Primeは入会している人も多いだろうから、ぜひ視聴を。お勧めのドラマだ。

2024年2月19日月曜日

朝カラさんが来た

夕方、内視鏡検査も一通り終わってくつろいでいると、医師事務作業補助者の丁伝さんから「先生、今どこにいらっしゃいますか」と電話があった。「内視鏡室だよ」と答えると「分かりました」とだけの返事だった。なにか保険がらみか病名付けなどで分からないことがあって直接尋ねたいのだろうか。

しばらくすると、内視鏡室スタッフが「廊下に誰か来ていますよ」というので少し遠くを眺めると小さい頭の女性らしき姿が見えた。誰?と思いつつ行くと、元医療事務職員の朝カラさんだった。3年以上前に青雲会病院を辞めて今は鹿児島市で医療専門学校の講師をしている。今日は午後が休みだったので実家のある姶良まで帰ってきて寄ったそうだ。私にぜひ会いたいって。例によってセクハラまがいのツーショットを↓。
私の写真リストで彼女の入職日を調べると2012年10月1日だった。その時の表情がまあこわばっていること。生まれて初めて就職する緊張感がこっちまで伝わってくる。だいたい朝礼での新入職員の写真は撮っているので分かるのだ。↓。
彼女が医療事務で仕事をしていたころ、相談を受けた。上司の指導が厳しかったのか手先が震えるという症状が出るという。診察の結果は過換気症候群。見た目では過換気は起こしていないのだが酸素濃度は100%を示していて無意識に頻回の呼吸をしていた。そこで負担の少ない人間ドック室に配置転換してもらい、その後はそういった症状は出なくなった。そのうち医師事務作業補助の資格を取り、医局での作業、外来業務補佐などを担当した。私が結婚式に出席した数少ない職員の一人でもある。

思えば配置転換をさせたのは彼女にとって病院にとっても良い選択だった。仕事がうまく行かないときに本人の努力でどうにか乗り切れることも多いが、環境を変えて上げることで無理なく仕事を続けられることも多い。今、メンタルをやられて休職している職員もいるという。乗り越えていく方法は人それぞれ。朝カラさんのケースを思えば、他の職員も何かと手助けしていきたいネ。

2024年2月18日日曜日

アラカンは忙し

カールが気を揉んでいた。沖縄のヨーコバーバが先月骨盤骨折が判明し、浦添市の総合病院で手術を15日に受けたのだが、リハビリやその後の療養に手間取れば現在利用しているグループホームを出ていかねばならないという。「今のグループホームは沖縄の家から近いし綺麗だし職員の対応もいろいろ見た中でかなりいい方だったの。もし自分がその年齢だったらそこがいいなと思うくらいなのにー」と。

病院の整形外科の担当医は「すぐに歩けるようになりますよ」と言っていたのに、ケアマネジャーは16日時点で導尿もされてベッドに寝ているという情報を聞き、「これは施設にはいられない。今月26日には施設を出て欲しい」とまで言われたのだった。カールがいい施設と思うだけあってすでに数名の空き待ちの人がいるらしい。カールは「26日ってその前が天皇誕生日など3連休で沖縄への飛行機も簡単に取れないのー」とあたふたしていた。

ところが、つい昨日の17日には「歩行も可能になっている」との連絡が入った。当然導尿もやっていない。これなら施設を出て行く(追い出される)必要はないのではとカールは担当ケアマネージャーに連絡した。マネージャーは「土日なので明日19日に確認します」とのことだった。「施設にとどまれるのなら新たな施設を探す手間もないし沖縄に来週行かずに済む」とカールは期待している。歩けるというのならきっと大丈夫だろう。

対するあこネーサ母はというと、首尾よく胃瘻造設はうまくいったのだが、昨日、病院から連絡が入って、ここに至るまで低栄養が続いていたせいで血中のタンパク質(アルブミン)がかなり低くむくみと胸水が溜まってしまっていた。それで私が利尿剤やタンパク補充も指示したばかりだ。1週間程度で退院の予定がおそらくプラス1週間ほど延びるだろう。

もう一人、カールの母のギボヒサコは鹿児島の施設に入れている。今のところ3人の中で一番安定はしている。しかし自力では歩けないし世話は焼けるのだ。カールが山梨の友人コマミさんとメールのやり取りで1週間ほど前に「みんなが今度集まるの、こっちに遊びに来られない?」と誘われたが、前述の現状を話すと「3人も?!ヤバいね」と言われたそうだ。

還暦過ぎた我々同世代の親たちの死亡記事も多く目にする。アラカンは親の世話真っ盛り時代である。

2024年2月17日土曜日

歯根破折

朝はネット中継でH3の2号機発射の瞬間を見ていた。以前、姶良の青雲会病院から桜島の東から天に昇っていくロケットを見たことはあるが、鹿児島市内からは発射されてもほとんど見ることは出来ない。ネット時代は生でその瞬間を見られる。いい時代になった。

私らでも少しドキドキしたから、関係者は発射直前は心臓バクバクやったろうね。↑は発射3秒後のシーン。この後順調に上がっていき、人工衛星の分離も上手くいったそうだから何よりだ。

午後からのリアル麻雀の約束前の12時に吉野のMノ下歯科へ行き、左上奥歯の治療をしてもらった。1、2ヶ月前から歯茎が痛く、なにがしか問題が起きているのは分かっていた。良くなりそうもないので2年ぶりの歯科受診となった。マイナンバーカードが使えるというのでセッティングすると、「マイナンバーカードを保険証として使いますか」と画面に出てきたから喜んでOKボタンを押した。今後保険証として使えるのは大変有り難い。なんか、一部の人たちはマイナンバーカードと保険証として使えることに反対反対と叫んでいるようだが意味が分からない。健康保険証を使って他人になりすまして医療を受ける人たちがいるらしいから、反対している人ってその手の人たちなの?

レントゲンを撮ってもらった結果、私の歯は歯根破折(しこんはせつ)を起こしていて「これは抜歯しないといけない」との説明を受けた。奥の歯とブリッジでつながっていたその歯は傷んでしまいブリッジを切断し抜歯するという。パンフレットもありそれが必要な処置だと納得出来た。↓レントゲンで病歯は奥が3つくらいに分かれているのが分かる。

局所麻酔後抜歯してもらいいくつかの注意事項を受け1時間ほどで治療はいったん終了した。今後は抜けた歯のところに義歯を入れるんだそうだ。昼ご飯は麻酔が切れた頃にコスモスで買ったパンやヨーグルトなどで済ませた。歯がないためスースーと食べ物が抜けていくけれど歯茎の痛みはほとんどなくなった。↓出血予防でガーゼを詰めてもらい30分はこの格好で我慢だ。
だいたい2年おきくらいに歯のトラブルはやってくる。歯磨きはちゃんとやっていたが今回のは仕方がない。しばらくは歯科通いが続くな・・。

2024年2月16日金曜日

池之上浩治先生の思い出

この前の南日本新聞死亡広告に元鹿児島中央高校の化学の佐多央先生が亡くなったとあったら、今日は元国語の先生池之上浩治先生が満93歳で亡くなったと広告があった。

ともに娘、息子氏が高校の同学年生というのも共通している。池之上先生は鹿児島中央高校創立2年目から赴任し、鹿中央高愛にあふれた先生で息子氏を中央高に入れたのも当然だったろう。先生は私が高1の時の国語担任でその年が鹿中央高最後の年でもあった。たった1年しか教えてもらわなかったが、文学や本が大好きというのが伝わって来る先生で、例えば最初の授業で「本を買ったらまずこうしなさい。本の最初と最後の表紙と数ページをしっかりと開き形を整えるんだ」と言われたことは、今でもずっと続く私の習慣になった。また「私の2学期最初の授業は毎回これだ」といって渡されたプリントは佐藤春夫の「秋刀魚の歌」の詩で佐藤春夫と谷崎潤一郎、その妻にまつわるエピソードをしっかり教えるのだった。ただ教科書をなぞらえるだけの授業より印象に残ったのは言うまでもない。ちなみに息子氏の「譲治」は谷崎の「痴人の愛」の男性主人公河合譲治から取ったと言っていた。確かにそう聞いたがホントかなぁ。というのも「痴人」に出てくる譲治はちょっと情けない男に映るしー。ま、浩治から一字取って好きな作家の作品から取った意味もあったのだろう。

そんな池之上先生、転任の際の最後の挨拶で言った言葉も強烈だった。「最後に言っておく。甲南高校には負けるな!」だったのだ。そんなあからさまな対抗意識を言った先生は私の人生でそれ以前もこれ以降も一人もいない。鹿中央が創立以来甲南に追いつけ追い越せを目標にしていたのはれっきとした事実で8期生、9期生、10期生の頃には九州大学合格者数で並ぶか1年だけだったか上回ったこともあった。これに対して甲南が本気を出してしまい、私たちの13期生の頃には差は開く一方だった。

私の卒業時には既におらず、アルバムにも当然写真はなかったし、その後の教員人生がどんなだったかは全く知らなかった。養護学校の校長が最後だったのは広告で知れたが、昔みたいに通夜や葬儀に参列するチャンスがあったら最後のお別れがしたかった。せめて先生の人柄や思い出を語り偲ぶことにしようと日記に書いた次第である。

2024年2月15日木曜日

毒舌実況中継

(土曜はリアル麻雀で夜遅く帰宅後、日記書こうにも眠くってダウン。日記書けずに起床後書きました。そして内容はあまり人気のない麻雀ネタです。カールなど麻雀ネタと知るや見ずに閉じちゃうとか。↓は麻雀知らなくても分かること書いているんだがなぁ( ・_・;))

たつやましたDrからLINEが届き、天鳳の有名プレイヤーの麻雀実況の話題を教えてくれた。YouTubeで対戦実況を公開していて、その中に私やサブアラドとの対戦もあるとのことだった。

「先生、知ってますか?(天鳳の有名プレーヤーの)「おじさん」、天鳳の実況をしていて、こてるとの対戦記録もありました。結構口も悪いけど、やはり上級者で押し引きが明確で状況判断が早く、オリも読みも正確だと勉強になりました」

そんないうので私も視聴してみた。いやぁ〜、面白いのは面白いが、口の悪さにはちょっと驚いた。高段者で同じく麻雀の実況中継をしている「アニピンデス」さんなどとは全然違う。「おじさん」は天鳳十段に4回もなっていてネット麻雀界では最強クラスと言っていい。たつやましたDrは「50歳くらいですかね」と言っていたが声を聞くと私はせいぜい40歳くらいかと思った。それはともかく、まあ、その口の悪いこと。2022年9月17日での対戦では最終的に私がトップ、おじさんがラスになったが、結果が伴わないこともあってぶつくさ悪口、罵詈雑言、毒舌の嵐だった。

東1局、リーチ者に対し、おじさんはベタオリ。ところが私こてるは頑張って最終盤に中ポンして少し刃向かった。結果はリーチ者の当たり牌1索をビタ止めして聴牌料を取った。これを見たおじさん、「ビタ止め。上手いと思っているんだろ。思ってんだろうな、そりゃ気持ちいいわな」と皮肉交じりにつぶやく。この時に本宮ひろしの有名な漫画「俺の空」に出てくるセリフを持ち出してきて、私を年下と思っているのか「『俺の空』、分かるわけないよね」と言っていた。私、「俺の空」より古い本宮ひろしのデビュー作「男一匹ガキ大将」にハマっていた世代なんですけど(笑)。ただその漫画を知っているならば50歳以上でも全く不思議はないか。

おじさん、きれいに打ちましていると思いきや、私に2千点を振り込んでしまった。「なに?うるせえなぁ。うるせえんだよ。はい、ウンコ、ウンコに当たりました。歩いてたらウンコ踏んじゃいましたてな感じ」と毒づく。「まあウンコでもネコのウンコくらいのしょっぱいウンコだったからいいけどそろそろ人間のウンコを踏みかねない」と警戒し「今度はオレがウンコ投げつけてやる」と意気込むが、私がポンをして彼のツモ番を飛ばし邪魔をするとイライラして「ぶち切れますわな。オレの親番でツモ番飛ばしたヤツなんてのは死刑だ」と言い「さあ、そろそろ今日は暴言タイム入りましたよ」と自分でもちゃんと自覚はしているようだ。

この後も上がれず、対面の大三元模様の手に対し私がリーチせずにピンフドラドラツモでかわすと「ちっ、なんでリーチしないんだよ」とケチを付けるがそんなんリーチするかい!それでラス争いになったおじさん、南3局で争っている対面にダマの満貫を放銃して撃沈。「何だよ、こんなん勝てる訳ないじゃん」とため息をついた。結局、オーラスにはチャンス手あるも他家に軽く上がられラスに終わった。「ほんと、クソつまんねぇなぁ。はい・・死ね!」と毒づいて、一応最後は「ご視聴のほどありがとうございました」で終わった。(本編は→https://www.youtube.com/watch?v=nK0Ds4QvFa8

いや〜、彼のまるで心の声を聞いているような麻雀実況、面白かったわぁ〜。対サブアラド戦では、おじさんはトップ目で場況を解説の際、サブアラドのラス争いしている相手がハネマン振ってサブアラドがラス脱出した状況を「サブアラドの方は今のハネマン横移動でチンチンおっ勃っちゃってるから・・」と表現したのには爆笑した。下品だけどあまりに可笑しくてサブアラド(当時七段)にこのYouTube動画を教えちゃったよ。たつやましたDrは「サブアラド先生は気を悪くするかも」と言っていたが、そんなことはなく笑っていた。

いやいや、リアル麻雀ではあまり相手の本音は聞けないが、みんなこんな感情の嵐の中で打っているんだろう。麻雀強豪「おじさん」の実況中継、しばらくクセになりそうだわー。

2024年2月14日水曜日

チョコにまつわるエピソード

バレンタインデーだってー。この5、6年、職場ではバレンタインチョコを全くもらっておらず、お互いに余計な気を遣わずにすんで良い傾向だとこれまで何回か日記にも書いてきた。カールはチョコを買ってくることはないが、毎回自作のチョコレートケーキを作ってくれる。今回のは結構濃厚な味付けで美味しかった。

では何もチョコをもらわなかったかというと、外来患者さんで「今日はバレンタインだから」と一箱プレゼントしてきた高齢女性がいた。有り難くいただいて、1個だけ食べて外来において「あとはみんなで食べて」と置いたら、ものの1、2時間で全部なくなっていたわ〜(笑)。

午後に内視鏡室に用事があって冷蔵庫を覗いたら思わず笑いが出た。2週間ほど前にコロナ感染あがりのコッパマNsが「ご迷惑かけました」と持って来ていたイチゴチョコの袋があって、その中の1個だけまだ袋に残っていたのだ。

ふふふ、こんな状態を「関東の一つ残し」とか関西では「遠慮のかたまり」佐賀や熊本では「いっちょ残し」とか言うそうだ。鹿児島では特にその手の言葉はないが・・。ただ大勢がいる中での残り1個はしばらく残りやすいのよねぇ。呼び名はなくても集団心理は共通だ。

以上、バレンタインゆえにチョコにまつわるちょこっとしたエピソード3つでした。

2024年2月13日火曜日

「キテン」さんの由来

あこネーサ母の胃瘻造設は本日昼に実施し、滞りなく終わった。

病室に行くと安らかに寝入っていた。これで注入食を十分に入れられるので現在の低栄養状態から徐々に脱していけると思う。ただ脳梗塞発症前から食が細くなっていたので元に戻るにはまだ数ヶ月はかかるだろう。体重が戻るようだと長生き出来る可能性もあるが、老衰がひどければ結局栄養が身につかず胃瘻造設しても大した効果は得られなかったということもありうる。いずれにしてもやれることはやっておこうということだ。

内視鏡を受けた患者さんの名前で「キテン」さんという人がいた。昭和30年生まれの男性だ。説明も終えて後は帰るだけの時に、ふと名前の由来を確かめたくなった。きっと明治時代の有名人から取ったに違いない。ただ漢字はまさにいっしょだったが、読み方が違っている。確かめると、私の予想どおりだった。読みが違うのは、父親が役所に提出しようとしたら、職員に「この名前は畏れ多い。漢字はそのままで読みを変えたらどうか」と進言されたのだという。それもそうかと父親は呼び名を「キテン」にしたのだそうだ。

私が内視鏡室のスタッフにその偉人を知っているかと訪ねたら、誰も知らなかった。ちょっと呆れたが、今は令和の時代、そうなのかも。昭和30年頃はまだまだ一般の人もその偉人をよく知っていて明治の雰囲気はまだまだ残っていたのだろう。私が子どもの頃の昭和40年代でも明治生まれの人たちはまだまだたくさんいた。明治最終年の明治45年生まれの人だと今年は112歳だ。現在日本最高齢は明治41年5月23日生まれの兵庫県芦屋市の糸岡富子さん115歳とのこと。もうあと5年もすれば明治生まれは誰もいなくなる可能性がある。きっと大きなニュースになるだろう。明治は本当に遠くなった・・。

2024年2月12日月曜日

「ビヨンド・ユートピア 脱北」

3連休の最終日、カールが「夕方、映画を見に行かないか」と誘ってきた。「いいけど、何の映画?」と尋ねると、「北朝鮮からの脱北のドキュメンタリー映画」だという。「ビヨンド・ユートピア 脱北」というタイトルだそうで、全く知らなかった。しかし、YouTubeなどで脱北した女性のものをよく見ていたし、NHKのドキュメンタリーでもその手のものがあったので興味は持っていた。カールもYouTubeで脱北した北朝鮮イギリス外交官家族のエピソードを見ていてこの映画を見ようと思っていたそうだ。ただ、そんなに観客を集める映画でもないし、上映開始からすでに1ヶ月ほど経っていて鹿児島では2月15日には終了するという。場所は天文館の映画館のみで夕方の16時過ぎから1日1本しか上映されない。カールは沖縄に行った時に行こうと思っていたが叶わず、実質「今日が見る最後のチャンス」だった。
コロナ発生直前の2019年のエピソードで、再現映像を使わず、脱北の様子を手持ちカメラや支援ボランティアの映像を駆使して映画にしていた。仕方なく脱北せざるを得なかった5人家族(夫婦、祖母、娘二人)が中国の国境付近でかくまわれた時点で、脱北支援をずっと行っている韓国の牧師に「どうにか助けて屋って欲しい」と支援ボランティアから連絡が入る。ブローカーに渡す金もない5人に牧師は支援することにし、仲間らと連絡を取り、脱北を手伝う。5人は中国当局に発見されたら北朝鮮へ送り返されてしまう。そうなったらほぼ確実に死を待つのみだ。この牧師さんは韓国で指揮するのではなく、韓国当局からは「危険だから止めて欲しい」と言われるが使命感がすごくて、自ら中国、そして脱北ルートであるベトナム、ラオスまで付き添うんだ。最後、メコン川を越えてタイに入ればやっと安全である。北朝鮮と中国の国境の鴨緑江を越えただけでは全く安全ではないことがこれでもかと映画には出てくる。牧師さんの「この前はあそこで5人死んだ」とか上手く行かなかったケースの話もちょくちょく出てくる。ふう。

もう一つ、10年前に脱北した女性が北朝鮮に残した子どもが高校生になり脱北しようとするのを電話とブローカーと通じて手助けするエピソードも出てくる。しかし息子は中国に渡ってところで捕まってしまうのだ。ブローカーからお金を入金してくれればどうにか処置を軽くしてくれると言われ、「ダマされているかも」と言いつつ、泣きながらそうせざるを得ないつらい立場にある(結局息子はダメだった)。このブローカーとやらも一応味方ではあるが結構ヤバい。牧師曰く「ブローカーは脱北者を人間とは見ていません。金としか見ていない」のだ。一家5人のケースでもベトナムラオス国境を本来は3時間ちょっとで夜間越えられるはずが金をせびるためにブローカーにぐるぐる回らされ10時間も費やしてしまったりして油断も隙もないんだ。↓ジャングル越えの家族。
この他、北朝鮮という国の成り立ちと現状、そして独裁者キム一族がなぜに聖書を目の敵にするのかなども解説が入る。ふふ、金正日が生まれたエピソードなどは聖書からパクっているためそれが北朝鮮人民にバレてしまうの怖れているからというのは初めて知った。とにかく情報を遮断し、韓ドラなどこっそり見ている連中を公開裁判にし処刑するシーンを見せつける。恐怖を与えて脱北したり体制を揺るがせるような芽を摘もうというわけだ。とんでもない牢獄国家である。5人家族は観客の予想通り脱北には成功するのだが、その時のインタビューで祖母は「金正恩をどう思うか」と聞かれてもすぐには洗脳は解けないので行儀よい返答しか出来ない。娘は解けているようだったがね↓。
それは私がYouTubeで見たケースと同じだ。先に脱北した娘が呼び寄せた高齢の母も同様に最初は娘をたしなめ、北朝鮮の体制を擁護する発言をしていた。しかし韓国に住み、去年だったかな、日本にいっしょに連れてきたら「国で聞いていた日本とは何もかも違う。あれは全部ウソだったんだ」とようやく洗脳から解放された言動を取れるようになる。1ヶ月や2ヶ月では無理で数年かかることもあるそうだ。

このような悪徳宗教国家、牢獄国家を許してはいけないだろう。世界各国は今の北朝鮮体制を解体するために協力していかなくてはと強く思わされる映画だった。

2024年2月11日日曜日

バチ当たりなわけ

日曜の夕方から当直が入っていた。着いて外来状況を尋ねると、まだ昼間の患者の処理が残っていてちょっとだけ忙しかった。しかし19時を過ぎると落ち着いて、今夜は二次当直でもないのでしばらくは患者も来なさそう・・と、つい天鳳に手を出してしまった。

対戦相手が十段の黒羽織、九段の河童のワカマツ、七段の天空の杖となかなかの強豪たちだ。東の1局目河童のワカマツが追っかけリーチし、先制リーチしていた黒羽織から親マン12000点を上がった後の2局目、当直のタッピーNsから連絡が来た。「先生、90歳代男性の心肺停止が来るそうです」だと。ガーン!まだ始まったばかりの天鳳、このままでは卓から離れざるを得ず、私はツモ切り状態になりずるずると点数を削られラスになってしまうだろう。あーあ、こんなことなら始めなければよかった、と思っても後の祭りだ。

それでも救急車が到着するまでにまだ5分以上ある。1局でも打って点数を稼いでおこう。幸い十段様がマイナス12000点なのでどうにかすればラス逃れが出来るかも。と、私の手がホンイツ白ドラ1の子の満貫手8000点を聴牌した。そして救急車のサイレンが聞こえた時に黒羽織十段から当たり牌が出た。ローン!ここで当然私は卓を離れ、救急外来に向かったのだが、このまま放置してもどうにかラスを逃れられるのではないかと期待を抱いていた。なにせ、十段様は4000点しか持ち点がなく、私が3万700点、河童が3万7000点と結構な点差が付いていたからだ。

運ばれて来た患者は超高齢な上に救命救急士が心臓マッサージとアドレナリンの静注も行っていたのに心臓が全く反応していなかった。状況からしても救命はまず無理だ。心臓マッサージと強心剤は私も試したがダメだった。家族に説明し心肺蘇生を諦め、死後処理に入った。カルテ記載、死亡診断書まで書いて意外に早く私は医局に戻った。そこで気になる天鳳の状況を確認すると、既に終わっていた。私の結果は・・?

どーん!予想に反しラス。しかもオーラスまでいかず南2局の私のドボンで終わっていた。どうしたん?東の4局から私は放銃を重ねていたが、しかし南2局ではまだ1万3600点、ラス目の黒羽織十段の3500点よりまだ1万点リードしていた。しかしー。親の河童が↓のような手で4巡目にリーチ!ドラが5ピンなのでメンタンピン一盃口ドラ4という親のバイ満2万4000点という超大物手。

これにツモ切りまっしぐらのこてる七段は7ピンを一発で振っちまうのよ。裏ドラ5索も2枚乗ってなんと親の3倍満3万6000点に化け、これにただ打ちしてしまった。あ、ありえない・・ガクッ。結局、思ったわ。こんなこともある青雲会病院当直で天鳳なんぞ打ったのがバチ当たりだったんだと。反省反省・・・〇| ̄|_。

2024年2月10日土曜日

梅だけどサクラ

自宅裏のモリサンチー家の庭にある一本の梅が今年も満開の花を咲かせていた。

全部の枝に見事に咲いていてとても美しい。これを見て5年前のNHK教育TV「植物に学ぶ生存戦略2 話す人・山田孝之」を思いだした。2019/5/6の日記ネタにもしている(→https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2019/05/nhk2.html)。植物の生存戦略を面白おかしく紹介する番組で、その中でも「ウメ」の生存戦略は秀逸な回だった。実は上の梅の花の半分近くは偽の花なんだ。本物の花は花びらの中心にめしべがあり虫が花粉をめしべに付けることで受粉しいずれ実が成る。しかし偽の花にはめしべがないのである。

窓から望遠で撮ったもので確認したがよく分からなかった。ネットで解説しているものがあったので紹介しよう。↓の紅梅が偽の花、フェイクだ。中心にめしべがないのが分かる。
↓の花では上の花には黄矢印にめしべがあり本物だが、下の花はフェイクだ。
なぜに本物と偽物の花があるのか?梅の花の咲く1、2月はあまり虫がいない。そこで他の花に紛れて低コストでたくさん咲いているように見せかけ、虫や鳥を呼ぶためのにぎやかし…いわば梅だけど”サクラ”なのだ(笑)。そしてもう一つの理由はすべての花で実をつけると維持するのに木の体力が消耗するためそれを防ぎ、また一つ一つの実が大きくなるようにし動物に食べてもらい、出来るだけ遠くに種を運んでもらう戦略ということだそうだ。

裏の梅の木も5月も末になると実が成るはず。それも日記ネタにしたことがある。写真に撮って3日後そろそろ摘み時と思ってみらご主人が全部摘みきっていたんだ。ただ最近はモンサンチーのご主人さんはあまり見かけない。体調でも悪いのだろうか。

こてる家の庭には実の成る果物は枇杷しかない。4月末から5月にかけて実が成るのが楽しみだが、この前の雪の日のせいで少し実が傷んでいるようで今年は実の成り具合はウラの年になりそうだ。それはともかく、梅といい枇杷いい、そろそろ春やなぁ・・。

2024年2月9日金曜日

100歳を越えたなら

夕方来られた高齢女性患者、いやびっくりした。杖をついて自力歩行で娘さんと診察室に入って来たのだが、年齢を見たら何と100歳越え!お話しをしても特にボケている様子はない。しかも「コロナには2回罹ったし、骨折も3回やってますけどどうにか元気です」とかくしゃくとして話す。内服薬もごく少なく実質2種類のみ。いや〜お元気だ。

現在入院中のあこネーサ母は満94歳、ほぼ寝たきりで近々胃瘻造設を受けるというのに、この違いはいったい何なんだろう。なにがしかの健康法か、食生活か、でも結局は遺伝なのか。血圧は高い、普通、低いの三者では調査結果では低い人が長生きするというのは間違いない。この患者さんも今でこそ血圧はやや高いが以前は低かったのではないだろうか。

他にもいろいろと秘訣を聞きたかったが何かと忙しく「写真を撮らせて下さい」とお願いするだけに終わってしまった。最後は両手合わせて「私もかくありたい」と拝んで後にしてもらった。100歳越えて元気な方はまさに生き仏ですわ!

2024年2月8日木曜日

社会保険協会「健康作りボウリング大会」優勝できるんかい

去年3年ぶりに復活した、この時期恒例の国分スターレーンでの社会保険協会の「健康作りボウリング大会」にまた参加した。去年は青雲会病院からは私、難ガター、サンシさんといういつもの1チームだけの参加と寂しかったが、今回は3チーム、看護師3人とリハビリ3人が参加してくれた。看護師は初参加のマリン、山鳥、セトゴーの4階病棟男女混合チーム、リハビリは以前も参加した石灯籠、チクショウ、よさこいのこちらも男女混合だ。

ライバルチームは毎年ジャパンファーム(ノーサイ)でここには国分スターレーンの常連強豪の福雅さんがいて4年前はなんと299点とパーフェクト寸前の猛烈スコアを出すなど圧勝されたものだった。ところが今回は福雅さんの姿がない。優勝チャンスかも。そして毎年参加していた「土佐屋かごしま空港ホテル」チームが不参加だった。先日ニュースで知ったが空港ホテルは今年閉鎖になるんだ。身売りしてホテルは新しくなると聞く。

ボウリング場に着くと、またもや泣かん薗Drが練習をしていた。投球に納得がいかないのか割れたピンを見て腕組みをしていた。国体選手2人を病院職員にして実業団の大会に出場しており、年下のメンバーにフォーム改造を指導されているそうだ。そろそろ還暦のはずだがエライもんだ。
さて、我が青雲会病院Aチームはいきなり3人ともストライクの出だしだった。おお、幸先がいいとはこのこと、優勝も狙えるかぁ。だが、やはり練習不足は1ピン残りのイージーミスを生み、私は4フレまでに2ミスをしてしまった。しかしその後持ち直し、またサンシさんが好調で1ゲーム目は私が185、難ガター145、サンシ196とまずまずの結果だった。看護師のBチームはマリンちゃんがボールが真ん中に集まり131ピンプラスハンディ10ピンで141と上出来だったが、セトゴー君が110と「初めて100を切るんじゃないかとびくびくだった」と今一だった。リハビリ組のCチームは石灯籠君が157とまずまずも他二人が伸びず。↓Aチームの平均年齢は70歳近い!
2ゲーム目は私がスプリットを2回出して166と並み以下のスコアも、難ガターさんが後半ストライク連発で190、そしてサンシさんが相変わらず好調の193でこれは優勝間違いなしだ。ジャパンファームも福雅さんがいなけりゃやはり敵ではなかった。結果は優勝、2019年以来で6回目だ。賞品は電動歯ブラシだった。ほう、昔使っていたのが壊れて最近は手動だったのでちょうど良かった。個人優勝はサンシさんで文句なし。B、Cチームもそれぞれ飛び賞をもらいめでたしめでたしだった。↓スペアを取って喜ぶ山鳥Ns。
↓はマリンNsの投球。イイ感じだ。
終わって恒例の国分馬酔木(あしび)で食事会となった。去年は1チームのみの参加で即解散したので4年ぶりだった。以前と違ったのが24時くらいまでやっていたはずだが21時にはオーダーストップで22時には閉店だという。メニューもややシンプルになっていた。コロナに加え人不足もあるんだろう。しかしみんなでわいわい飲んで食べておしゃべり、ボウリング同様久々に楽しかったわ〜。女性陣らも「またボウリングしたーい」と言ってくれた。ふむふむOK、また行こう!

2024年2月7日水曜日

母が青雲会に入院した

田舎からチエコンさんが介護タクシーにあこネーサ母を連れて青雲会病院にやって来た。すでにカールも病院に来ていて、私が救急外来入口から迎え入れ、事前に指示していたとおりに採血、点滴を看護師らに依頼した。↓迎えるカール。

入力指示を出し終わってロビーに行くと、チエコンさんとカールが入院書類の説明を病棟看護師から受けていた。
胃瘻はあこネーサが抗血小板剤を服用していた関係で来週になる。そのため経鼻チューブを入れて栄養管理することにした。それをあこネーサが嫌がって自己抜去しようとするので今度は動く手を抑制しなければならない。まあ何かと面倒くさいことが起こる。でも、今後のことを考えれば一時の辛抱だ。

病棟のベッドで横になっているあこネーサ母の側に寄り、いろいろとは話しかけ、「こてるだよ」とか「デンコーを覚えているか」とか尋ねると何か返事をしようとはする。でも脳梗塞の後遺症ではっきりとは聞き取れない。ううむ、思えば12月に見舞った時はiPadの画面でのリモート面会だった。今は目の前で久しぶりに話しが出来るし触れることも出来る。これだけでも私が胃瘻造設のために入院を受け入れた甲斐があったわ〜。

2024年2月6日火曜日

胃瘻造設へ

高齢者で食事がうまく摂れなくなった場合どう対処するか、いろいろ議論のあるところだ。点滴でもある程度は栄養は与えられるが長期になるとどうしても栄養は不足し維持し続けられない。鼻から経管チューブを胃に留置し栄養剤を注入するのはこれも本人が嫌がったりもし、抜けた時に挿入するのは医療関係者に限られるし 普通の老人施設では出来ないことも多い。最終的には胃瘻造設すれば栄養管理は長期可能となる。しかし自ら食べることは出来ずただ生かされている印象は拭えない。

今、あこネーサ母が入所している施設からそういう状況になってきているため今後の方針をどうするか打診されてきた。元々はそうなった場合、胃瘻は作らず自然に衰えるのを見守るというのが、ヒラーキや私の方針であった。ただ、施設のDrの意見では栄養が行けばまだ元気になれる可能性があること、そして何も処置しないと亡くなるまで苦しませてしまうのではないかという意見もあり、昨日から今日にかけて弟と電話で協議し、胃瘻造設すると方針転換をした。それで脳梗塞でもお世話になった「おばらん病院」で造設依頼をしたところ了承してもらえたのだが、実施するのに今月末まで待たねばならないということだった。3週間も待たせるのは少し酷だ。
↓はネットから明石医療センター胃瘻の内視鏡写真。青雲会病院でもやり方はほぼ同じ。
ただ、そんなこともあろうかと「もし何か胃瘻造設できないようなことがあったら青雲会病院ならすぐにOKだぞ」と弟に言っていたので「じゃー、青雲会病院にお願いする」となったのだ。それは、まあ望むところだ。介護タクシーで移送に1時間半ほどかかるがそれは大した問題じゃない。母親の胃瘻を子どもが造る、それは親孝行かも。病院に確認したら満床に近いが1床は入院可能だという、それでさっそく明日入院してもらうよう施設にも連絡し予約を入れた。手続きなどでチエコンさんやカールにも面倒をかけるが最後の親孝行を手伝ってもらおう。

カールは沖縄のヨーコバーバや鹿児島のギボヒサコの世話も最近は多く、まさに子育てが終わったら今度は親の面倒の時期真っ盛りだ。やがてそれが一段落したら・・今度は自分らが誰かの世話になる番か・・。そうなる前にもうちょっと人生楽しまなくちゃなー。

2024年2月5日月曜日

ゲンとハナビの睨み合い

夕方、ともに夕食を済ませたゲンちゃんとハナビがテーブルの上でお睨み合い中。ゲンちゃんの睨み方が、なんだか目上のヤクザが下っ端に厳(いか)ついているみたい。「ごらぁ〜」てな感じ。

対するハナビは「ちっ、何だよー」と思いつつ、おとなしく睨み返している状態。
この後、ハナビは私のところにやって来て(私を味方につけて)ゲンちゃんと一定の距離を保った。家では私に一番懐いているからねぇ。
私たちの夕食前だったんで、この後、ハナビを一旦廊下に逃がし、居間に入って来られないようにした。ネコはなぜか食事前後に少し興奮しがちでケンカもその時間帯に起きやすいから今のところそういう対応をしている。午前のお休みタイムは近くで仲良く寝たりするんだけどなぁ。↓なんでボクだけ廊下なのって表情のハナビだが。ゲンちゃんが睨み効かしているからさぁ。
いつになったら、お互いの毛づくろいするなど仲良くなれるかねー(‾□‾;)。