2018年9月30日日曜日

新MacBookProやっと一段落

台風24号は大変に風が強い台風らしい。カールの沖縄の友人がLINEで「こんなに風が強いのは初めて(経験する)」と連絡してきた。鹿児島では少し強い風が吹いたようだがすぐに通り過ぎ、まあ大したことはなかった。TVの枕崎中継では荒波に強風の映像でいかにもひどそうな印象だったが被害者も出なかったし、そこはやっぱり手かざしパワーのおかげだったワケやね(^ ^;)

大したことはないといっても外に出ることは出来ないし、今回のパソコン移行最後のお仕事の旧MacBookProのデータ消去に勤(いそ)しんだ。テルに連絡するとまっさらにして入れ直すとのことでそのままでも良かったかもしれないが念のためだ。2週間前に新MacBookProが届いてから約2週間、悪戦苦闘しつつも大団円を迎えたわ。

新しくなって若干違和感があるのがキーボードの操作感で、これまでより打ち込みが浅くても文字が入り打ち間違いが少し多くなった。ま、これも慣れの問題だろう。パソコンの反応は若干早くなったのが実感できる。それに音響も良くなっている。響きがいい。タッチバーは評価しない人もいるがあって困ることはなく、使っているソフトやアプリに応じて機能がくるくる変わるのはすごい。はっきり良いと思うのは計算機で+や=を直押しでき、これまでのSHIFTボタン押しながら+や=のキーボードを押す必要が無いことかな。Siriも呼びかけずともタッチバーボタン一つで呼び出せる(もっとも今作から常時呼びかけにも反応するようになっている)。外観は旧より少し小さく薄くそして軽くなった。背面のアップルマークは光らなくなったがバッテリー駆動時間消費を抑える方がメリットが大きいだろう。あと、タッチバー端の指紋認証ボタンは便利だ。ただ、もしこれが無ければ自分は認証をオフモードにするけどね。いちいちパスワードを打つなんて考えられない。買う前に懸念していたUSBーCポート(MacではThunderbolt3と呼ぶ)もアダプタを付ければ何ら問題ない。左右合わせて4つのポートがあるおかげで使い勝手も非常に良い。数年前は「(ポートが全部変わって)Macは一気にやり過ぎだよ」と思っていたがこれからの製品はこのポートにあっという間に統一されていくだろう。

MacBookPro13インチはCPU性能が2倍に向上したという。このクラスではWindowsマシンも含め最速のコンピューターだ。今回はメモリも16GBに増やしたし前作同様5年は使えると思う。それだけ長く使えれば周辺機器、ソフトを入れて30万円を越えたけれどそこまで高くはないかな。以前は2、3年で壊れて買い直していたから。下の画像で私の歴代のMacBookProを並べてみた。上から2009、2011、2013そして手前が今回の2018年製。上二つはハードディスクタイプでスイッチ入れても起動出来なくなっている。遠近の影響で手前のおニューが大きく見えるが逆で古いのは分厚く重さなど倍くらいに感じる。ともかくも、これで明日から心おきなくおニューを使いまくれる。よろしく!

2018年9月29日土曜日

4回連続達成

土曜勤務がこのところ続く。ただ偶然か台風接近の影響か11時過ぎたら患者がほとんど来なくなり、今月のレセプトをある程度済ます余裕もあり、お昼食べて本格的にレセプトを済ませ、予想より1時間以上も早く終わり、帰宅出来た。

で、懸案のWindows10のプロダクトキーを教えてもらうため販売会社へのアドレス「△△△@Yahoo.jp」を打ち込んで送信してみた。手紙には「すぐにプロダクトキーを送信します」とあり、しばらく待ってみたが・・・一向に返信は無い。何か混み合っているのか、それとも届いていないのか。こればかりは返信か何かの反応がないと先へ進めない。この導入に関し、サブアラドDrの病院のパソコンおたくの外科Drからいろいろアドバイスや困った時のCD-Rまで頂いていた。ただやはりなにがしかお金を払わないと無理と分かり、せめてもの抵抗で中古品とやらに手を出したのだが、これはひょっとすると・・サギかぁ?「中古品(のキー)なんてやばいから手を出さない方がいいんじゃない」と言っていたサブアラドDrの顔が浮かぶ。いやいや、しばらく待てばきっと返信があるだろう、こういう時は寝て待つというか、いったん保留して他のことをしていれば解決することが多い。後だ、あ・と。

夕方からT-MAXでの歯科医師会月例ボウリング6ゲーム戦にゲスト参加した。今年は3回参加して2回優勝1回準優勝、しかもすべてアベレージ200アップと好調だ。ただ、会場がT-MAXのどの階で行われるか結構重要で、3階だとこのところスコアが全く出ないが6階ならストライクがよく出るしレンコンが安定しているので優勝を狙えそう。で、ラッキーにも6階で期待十分だった。

最初の3ゲームは今回出場最高齢のノゾえもん先生といっしょで思惑どおりストライクが出て638ハンディが1ゲーム4ピン(年齢引く55)で650とこのまま行けば優勝可能なスコアだ。ふむふむ、今回はいつも優勝争いをするノダメ先生が会場には来ていたものの参加を見合わせていたので強力なライバルもいないしナ。

で、レーン移動し今度は魔子壺先生といっしょに投げた。ところがここからが苦しかった。まず指がむくんでテーピングを剥がすもボールの抜けが悪く、とうとう全部引っぺがして投げる羽目になり豆も出来た。それと右のレーンの中程のオイルが取れていて普通に投げると裏のコースに入ってしまう。そこを避けて大外のオイルが残っているラインを使うも安定しない。2ゲーム投げて190、179とスコアも落ちてきた。ただ他の選手もスコアが伸びておらず優勝はよほどのことがない限り安泰のよう。でも4大会連続の200アベ達成はこの調子では難しい。どうにかストライクが出るラインはないかと探ってラストゲーム後半ようやくここというところを見つけた。その直前にビッグ4のスプリット出して大外のラインをすっぱりあきらめることが出来、もっと中程に寄って大きく曲げればいい。そこからストライクが出て、それでも10フレでダブルが絶対に必要な場面を迎えた。でないとアベ190台に落ちてしまう。そこで我ながら感心、しっかりダブルを取ることが出来た。今日最初で最後の初めてガッツポーズをしたよ。

6ゲームで1206ピンのアベ201ピン、ふぅー、やったわ。4大会連続で200アベ達成は自分の中では快挙だ。しかも最後プレッシャーのかかる中、ダブルを出す、これは優勝よりもうれしかったぜよ。準優勝は大病をしたばかりのノゾえもん先生。この前も書いたが練習をしていたもんね。やっぱり、練習はウソつかない。定期的な「こてる会」での練習が今回の快挙につながったのは間違いない。

2018年9月28日金曜日

ノートパソコンラブ

MacでWindowsをするためのソフト「パラレルスデスクトップ」を購入しWindows10をダウンロードし一応使えてはいるが、正式にWindowsを購入しないといずれ使えなくなる。そもそもMacなのになぜWindowsををする?それはたった一つネット麻雀「天鳳」をするためだ。天鳳も弱いうちはMacでも出来るが、七段以上の鳳凰卓で麻雀をするにはWindowsのソフトが必要なんだ。で、パソコンが変わると新たにWindowsを入れねばならないがこれが1万6千円以上と(ネット麻雀のためにしては)高い。

それでどうにか安く済ます方法はないかと探すと、amazonで中古扱いで4500円で販売している会社を見つけた。1/4とかなりお得だ。しかし大丈夫だろうか。逡巡した挙げ句、購入者の評価とか調べそこに申し込んでみた。もしぼったくりでも勉強代4500円ならまあいいか。それが今日届いていた。でも封筒1枚で中身もぺらんぺらん。プリントされた紙には以下の当社アドレスを打ち込み、住所、氏名、Windows10のプロダクトキー希望と必ず書いてメールを送れとだけあった。おいおい、こんな商売初めてだよ。大丈夫かなぁ。串木野でのトリオリーグを終え夜遅く帰宅したばかりですぐに申し込みはしなかった。こういうのは時間に余裕がある時にすべし、だ。

これが上手くいけば今回のMacBookProのおニューへの移動はだいたい終わる。後は旧MacBookProの私のデータを破棄しテルへ送れば任務完了だ。で、パソコン本体以外の周辺機器やソフト代にどれくらいかかったのか調べてみた。

機器代;電源アダプタ3999円+2777円、USBーCアダプタ6個2097円、USBーCハブ3999円、VGAアダプタ1180円、ケーブル2本1789円で合計15,841円
ソフト代;ATOK8020円、宛名職人(Ver.25)7824円、Photoshop Elements(2018)10853円、その解説本1814円、パラレルスデスクトップ9342円、Windows10 4500円で合計42,353円。

驚いたのはソフト代にずっとお金が掛かったことだ。機器代の3倍近い。それでも今回はOffice購入を見送ったので2万3千円ほど浮いている。下手すりゃ6万円以上も掛かっていたよ。果たしてそれだけの価格に見合うものだったか。この中で割高に感じたのは宛名職人だ。住所録と年賀はがきへのプリントのために買っているが年賀状しか使わないなら別のフリーソフトでも代用できそうだし、肝心の裏面は私はフォトショップを駆使してコラージュ作品にするしでテンプレートなど要らず、今後は購入は見送るかもしれない。OfficeはMacの基本ソフト(特にワープロとプレゼンソフト)の方を日ごろ使っているし、他からもらったOffice用データも読み込むだけならすべてMacのソフトで可能だし、無くても困らないと判断した。

ともかく本体と合わせ30万円以上もかかったのはこれまでで最高額だ。スマホは一番安いiPhoneSEで済ませているのに対し、パソコンにそれほど注ぎ込んだのは自分にとってそれだけ大事なツールだからだ。1日何度このノートパソコンに触れるのか?机やテーブルに座っているい間はほぼ常にといってもいいくらい。まさに相棒、いなくてはならないものだからあんまし値段のことでごちごち言うのは止めよう。これからも末永くよろしくナ!

2018年9月27日木曜日

運動会でやってもエイサー

近々小学校の運動会がどこもある予定だが、うちの近くの伊敷台小もそのための練習をし子どもたちの掛け声など聞こえてくる。ただ、今の我が家はここ数年運動会オフ時期に入っているのでそれほどワクワクはしていない。

人生は運動会オンの時期とオフの時期が約15年周期で巡ってくるとみることもできる。幼稚園から高校までの15年は運動会になじみがあるがそこから約15年はとんと縁が無くなる。でも自分の子どもが出来ると弁当持って応援する楽しみがまた15年ほど続く。子どもらが卒業するとまた縁遠くなりそのうち孫ができると・・と繰り返すのだ。今は二度目のオフ時期でチッチの運動会を最後に4年ほどどこにも参加していない。この前ヒトミンチョから聞いたが、そこじゃ地域対抗の参加もあって毎年のように運動会があるんだとのことで、まあ田舎のパターンは置いておいておこう。

そんな関心低下状態のカールが「あのさ、伊敷台小ではエイサーをやるんだよ」と教えてくれた。何それ、沖縄のいわば盆踊りの太鼓叩きを鹿児島の小学生がするんだと?
「そうなの。イーヤーサーサーって掛け声も聞こえてくるし、太鼓だけじゃなくパーランクーの音も聞こえてくるし、え、なんで?と思ったけど運動会でやるんだよ絶対」と。あは、パーランクーって久しぶりに聞いたよ。手持ちの片張り太鼓のことでエイサーには欠かせない。
どうもエイサーは全国的に人気があって運動会などでは沖縄以外でもやられるケースが増えて来ているとか。若者があれやってみたいと思わせるパフォーマンスゆえにここまで広がって来たんだろう。実は沖縄でも那覇出身のカールは「子どものころ見たことなかった」という。主に沖縄中部北部で行われていたお盆の踊りだった。逆に例えば那覇ハーリーや糸満ハーレーなどボート漕ぎ競争は南部が主で、地域の色分けがあるのも面白い。エイサーに話を戻すと、旧コザ市が全島エイサーコンクールを行って以降徐々に広まりかつ見栄えの良い踊りをするように変化していったらしい。確かに沖縄出張時代にホテルでエイサーを見たことがあったがお盆とは無関係で沖縄パフォーマンスの披露という感じだった。しかし返って宗教的色彩が薄まったことで今の人気があるのだろう。

へーえ、今度の日曜せっかくだから見に行こうか。いや、台風が近づいていて延期になるかも。予報ではもろかち合いそう。こんな時こそ「なぜに最近台風は鹿児島に来ないのか」の手かざしパフォーマーさんは進路を変えてくれんもんかねぇー(^_^;)

2018年9月26日水曜日

史上最高のドラマは?

NHK朝ドラ「半分青い」は最終週に入ったにも関わらずドラマチック展開が続き視聴者を驚かしている。月曜は娘の学校でのいじめ問題が提起されるもあっという間に転校で片を付け解決早かったし、元同じ漫画家仲間だった裕子(ユーコ)が仙台の病院の看護師となって働いていて、先週なんだか妙に主人公鈴愛(すずめ)と永遠の別れもあるのかといったトーンのシーンがあったので「もしや東日本大震災が出てくるのか」と思っていたらやはりそうだった。地震発生後、ユーコが行方不明でみんな心配するもなかなか判明しない。残り4日で終わるドラマだから結局は見つかって・・など思いつつも出勤前で「もう、遅刻するから出るわー」と玄関から庭に出て車に乗ろうとしたら、カールが窓からこう声掛けた。「ダメだった・・」ああ・・まさか、いや、やはり・・。

他のドラマなら1ヶ月以上はじっくりかけて取り上げるテーマも、「半分青い」では長くても1、2週間で一応の結末を迎え、今月など下手すりゃ1、2日で解決だ。それに女主人公が好きになったり付き合ったり結婚したりする男性が4人も出てくるって朝ドラにはなかった。相手役はずっと1人か普通2人くらいでしょ。だから「朝ドラらしくない」という批判もあったらしい。でも私は目をクルクルさせながらも面白かった。次はどうなるんだろうという興味の方が勝(まさ)った。視聴率もここ数年では一番良かったのも私と同様の受け止め方をしている人が多かったということだろう。

視聴率が全てではなく、私自身が朝ドラで一番好きだったのは以前は「ふたりっ子(1996)」でそれに次ぐのが「ちゅらさん(2001)」だった。それ以降は朝ドラはたまに見る程度だったのが、毎回見るようになったのが「あまちゃん(2013)」で今のところこれが一番好きである。
未だに全回を録画したまま消していないし、本も2冊買ったし、わざわざ岩手までロケ地を観光に行ったのも唯一のことだ。「あまちゃん」は視聴率回復にも役立ったが、それ以上に朝ドラ史上もっとも意義がある作品のような気がしてならない。このドラマを見ている時不思議だったのは、朝見てもまた夜見てみたいと思わせたことだ。一度見てストーリーも分かっているのに見ても飽きなかった。コメディータッチであるにも関わらず地方の再生や東日本大震災をテーマにも持って来ていた。私は第2週の10話くらいからたまたま見始めて面白いと思い欠かさず見た。幸い早めの再放送があったので第1話から視聴、録画も出来たのは本当に良かった。

ついこの間、元AKBの前田敦子と結婚したのが俳優勝地涼だが、「ああ、あの『前髪クネ男』ネ」とすぐに役名が出てくるのも「あまちゃん」を見ていたからで、驚くのは出演したのはたった1話のみということ。ネットでも「あっちゃん結婚って、前髪クネ男となの!?」「勝地くん、あっちゃんおめでとう~~!!!!前髪クネ男幸せになってな!!」「あー!旦那さん前髪クネ男だった人か…!」などどんだけインパクトがあったかだ。「あまちゃん」の持つパワーの一端である。
(前髪クネ男に扮する勝地涼↓本来の役名が「TOSHYA」と覚えている人は誰もいない)

週刊現代が今年年頭に特集した史上最高のドラマは何?で「50年近い歴史の中からドラマ評論家や有識者など11名が1位から15位のドラマを選びそれを加点して選定した」ところ「あまちゃん」が堂々の1位になったとのことで我が意を得たりだった。いずれも日本のドラマ史に残る人気作、名作ばかり100作品がリストアップされドラマの目利きたちが投票した結果なので意義がある。ちなみに2位は「傷だらけの天使 」(1974日テレ)、3位は「俺たちの旅」(1975日テレ)、4位「北の国から」(1981フジ)、5位「淋しいのはお前だけじゃない」(1982TBS)、6位「すいか」(2003日テレ)、7位「早春スケッチブック」(1983フジ)、8位「高校教師」(1993TBS)、9位「東京ラブストーリー」(1991フジ)、10位「寺内貫太郎一家」(1974TBS)という順位だった。

朝ドラは半年という長いスパンの作品だしテーマがぼやけることもあってなかなかアンケート上位には来にくいのにすごいと思う。それと「半分青い」では後半次々に登場人物が死んでいったが、「あまちゃん」では誰も死ななかった。同じく大震災を取り上げたにも関わらずだ。コメディーであることを全うしたことになるし、「あまちゃん」はまさに希有な作品だったと思わざるを得ない。

2018年9月25日火曜日

週1練習「こてる会」

今夜はT-MAXボウルで恒例の週1のボウリング練習だった。参加者は計5名でタナカッツMRも久しぶりに参加した。このボウリング練習会「こてる会」と仮に名付けているがタナカッツMRがいつもメールなどでみんなに連絡してくれ細々ながらも毎週続けている。強制ではないのでこうした恒常性がないとボウリングなんてすぐにやらなくなるものだ。彼は青雲会病院担当を外れたにも関わらず自らこの役をやってくれ非常に有り難い。

私もこれまでボウリングの入れ込み方には波があった。思い出すのは2007年でこの年はボウリング暗黒年、特に4月以降は月に1回も投げない日も多かった。3月で納教授の退官とともに鹿大医ボウリング同好会が無くなり、その前年には国分国際ボウルが閉店し鹿児島の老舗だったトーフクボウルも無くなった。4月には頸椎症で右手のしびれが起き、5月にはデンコー親父が亡くなった。ボウリング熱が冷める原因はいくらでもあったのだ。そこで私は韓ドラにハマってしまい寝る時間も惜しんでドラマを見ていた。ボウリングする時間も惜しく、またそのころ麻雀は10年以上全く打っていなかった。

2008年3月ごろになりさすがに韓ドラにも飽きが来始め、マイボールを久々に購入してから俄然ボウリング熱が再開した。その年の6月は練習し過ぎて納先生との練習を久しぶりにやった際、右脚の肉離れも起こすほどだった。2009年からは海広しDrに誘われ川内ガラッパボウルで月1の5人リーグに参加し、2011年にガラッパが閉鎖してからは串木野ゴールデンボウルに月2回のトリオリーグに参加して今に至っている。その間2012年はT-MAXのダブルスリーグに歯科医師のMノ下君と参加したりもした。でも麻雀熱が再開してその年はボウリング練習はサボりがちだった。たまにタシケントMRらと練習する程度だったのが2013年にスリウェルMRが参加するようになってから現在の週1のスタイルになった。スリウェル君は私のマイボール(ナノデスアキュスイング)をもらってからボウリングに熱が入り「練習はないんですか」としょっちゅう誘うようになったのだ。同じ薬品会社のタシケントMRの代わりにタナカッツMRもボウリングをするようになり、今はスリウェル、タシケント両君は県外に去りタナカッツ君も非担当になったが、MRはアンドキサ、エリック、Drは2内科同期のヤマヒロ、青雲会病院から同士の難ガターさん、青雲会病院出入り業者だったサンシさんのメンバーでこてる会は続いている。この会のおかげで2016年にはパーフェクトも達成することが出来たと思っている。

最初に書いたが、こうしたメンバーで緩い制約ではあるが週1練習するということをしないとボウリングそのものをしなくなる可能性がある。というのも今夜同じ階で歯科医師会のノゾえもん先生が一人で練習に来ていて、帰りがけに挨拶したら「(君たちは)感心だねえ」とため息をつき歯科医師会の練習も週1あるはずなのに「みんな誘ってもやれ忙しい、やれ腰が痛いとか理由をつけて来ない」と言い、今年大病をして術後の70才代のご老体が歯科医師月例会の試合に向けて頑張っているのに周囲が乗って来ないのを嘆いておられた。先生は先週もたまたま私たちと練習日がいっしょだったのでいつも4人は集まって練習している私たちの様子がうらやましかったようだ。今週末の歯科医師月例会は私もゲスト参加する予定だ。今年数回参加している歯科の月例会は最近調子よく優勝にいつもからんでいるしアベ200以上も継続している。「練習はウソつかない」を証明できるよう頑張りましょう、ノゾえもん先生!

2018年9月24日月曜日

乗ってチョーダイ!

今日は朝10時から麻雀だった。今月なんと3回目である。これもハマオサDrが参加するようになったおかげで、このところ参加出来ないダイボDrの穴を補って余りある。ただ今日の参加は開けたいゾMRで見せたまえDrがなぜか彼を苦手にしていてここ最近は負けが目立つ。で、今日も開けたいゾ先行し我々Dr3人が追いかける構図だった。

麻雀って不思議と好調な時と不調な時が交互にやって来る。今日は後半、サブアラドDrが2連勝した後は私が2連勝しその次は見せたまえDrが2連勝しそしてラスト2回は開けたいゾMRが2連勝と順に好調の波が来た。で、前半の貯金があった開けたいゾMRがプラス70、私がプラス60、見せたまえDrがかろうじてプラス10の、結局サブアラドDrの一人負けで「あいたー」と頭抱えていた。まあそんな時もあるさ。

思えば大の大人がこんなチマチマしたテーブルゲームに朝から夜までうつつを抜かす、端(はた)から見れば「なんて無駄なことをー」なんて思われても仕方ない。ただゲームの中で幾度となく繰り返されるドラマチック性がプレーヤーを魅了して止(や)まない。例えばリーチ掛けて上がって後は裏ドラが1枚乗るか乗らないか、たったそれだけで勝ち負けが決まる場面もある。見せたまえがリーチして首尾良く4索をツモりリーチツモドラ1の4千点が確定したがそれでは私を逆転出来ない。頼みは裏ドラで1枚乗れば倍の8千点になり私を逆転出来る。見せたまえは手を合わせ「どうか乗りますように」。
で、めくったその瞬間を写真撮っていた。結果は・・
あははー、数字が一枚ずれていれば逆転だったのにネー。いいシーン撮れたぜぇ。

ま、結果がどっちに転んでも麻雀は楽しいってことサー。

2018年9月23日日曜日

休日出勤、意外な下血の原因は

さあて今日のパソコンはiTunesのデータ移動だ。で、予想どおり手こずった。このところ分からなければネット検索で調べるようにしている。必ず同じような相談をしている人がいて誰かが教えてくれているからだ。それでどうにか移動できたのだが、曲がABC順に移動されかつての並び順は崩されてしまった。マイプレイリストはなくなりまた作り直さなくてはならない。前のまま保存できる方法があるらしいがもう面倒で・・。iTunesにはかつて自分の持っているCDをあらかた読み込んだものだがパソコン新調のたびに失敗してもう一度入れ直したりした。今回はそれをしなくて済むだけで有り難いという気分だ。

なんの予定もない日曜のはず・・だったが、午前10時37分に病院から電話が鳴った。日当直の光鳥Nsからで病棟Nsからではない時点で緊急内視鏡依頼と察しが付いた。下血の高齢患者でヘモグロビン(Hb)が7まで下がっていると聞けばこれは行かざるを得ない。腹痛なく下血で貧血がひどい場合はまず大腸憩室出血を考える。腹痛なしの貧血だけなら大腸癌も考えられるが下血が止まらないという状況は極めて稀だ。腹痛、下血あるが貧血はそれほどでもないパターンは虚血性大腸炎が圧倒的に多く患者さんもきつがるが、その場合は私見では休日の緊急内視鏡は不要ではとさえ思っている。検査して虚血性大腸炎と分かれば数日から1週間でほぼ治癒するし非常にたちがいいからだ。

憩室出血は出血源の発見が命で発見率は全国的にも2、3割だが私は粘りに粘って腸管内を検索するので5割を超えている。今日は日曜、じっくり探したろか。

ただ、ニフレックの前処置をしていないので血や糞便、残渣は当然残っていた。下血だけでなく下痢もしていたので残便がそれほどないのは良かったものの、当てが外れたのが憩室が全くなかったことだ。あれれ?しかし出血は確実にあり上行結腸まで挿入すると割に新鮮な血液が付着していた。うーむ、この辺りにきっと出血源はある。で、結局盲腸まで入れて分かったのが毛細血管の集まりがありそこからじわじわ出血していたということ。非常に珍しいが抗血栓予防剤をこの人は服用していてそれも症状悪化の原因になったようだ。(↓上が毛細血管の集まりでこの画像では出血していないが、下の画像は出血中)

この場合の治療はAPCで決まりだ。アルゴンプラズマ凝固法といってアルゴンガスを照射すれば簡単に血は止まる。出血源の毛細管血腫以外にも毛細管拡張している部位が散在していたのでそれらを10ヶ所ほど焼きまくった。(↓がアルゴンガスで焼いた直後)
これでよし。あとは入院指示を出して終わり。これが連休明けバタバタの火曜日でなくてよかった。(画像をデジカメに撮るのを忘れていた。後でアップします)

帰宅して今度は「Photoshop Elements 2018」のインストールだ。これはきっと簡単なはずだと思っていたがまたもや一苦労させられた。パスワード設定がうるさく何度も失敗した。Mac側が「強力なパスワードを設定」してくるのでそれにするとなぜかadobe側が反応してくれない。これで5、6回以上やり直してやっとインストールに成功、ほんまいい加減にせんかい。ただ、新しいフォトショップは非常に使いやすそうで前回購入の「Photoshop Elements8」が10年近く前の製品だったから進歩の恩恵を実感できるはず。また年賀状の時期に活躍してくれるだろう。ふう、あとは宛名職人とWindows10の導入か。急ぐものでもないのでこれらは後回し。パソコン設定って疲れるって何度も言っているでしょ。

2018年9月22日土曜日

ため息のパソコン移行問題

土曜外来は救急当番も兼ねていたから忙しかった。最初の意識障害患者は頭部CTで硬膜下血腫があったので脳外のポンシンDrに任せて外来患者診察を続けた。その人は元気がないから入院をと家族の希望あって、まあベッドの空きがあるからと入院了承したが、その患者の病状はどこがどう悪いと特定できない。それもそのはず96才の超高齢女性だった。私の診断は「老衰」、どこをゴールに治療していけばいいか今から気が滅入る。逆にめまいで嘔気、動けないという高齢男性は入院になってもだいたい3日で退院出来るだろうと見通し可能だ。

昼前になり、ようやく終わりが見えた頃、過ごし安病院で同じく土曜勤務しているサブアラドDrから電話があった。「新しいパソコンはどうだい?」
うーん、昨日はMacでWindowsを動かすソフト「パラレルスデスクトップ」をインストールしたがWindowsのOSが正式版ではなくお試し期間のみ使用可の状態なんでーと言うと、「うちの病院のパソコン超詳しいパソドメDrに聞いてみようか」と相談し、すぐに返事があり、Windows7か8かを持っていたらWindows10にバージョンアップできるというディスクを上げるという。有り難いがどうにも不安。Windows8は以前購入したもののそのバージョンアップはうまく出来ずに放置していたからだ。それにしてもWindowsは8からいきなり10になったのね。これは20年前のWindows95やWindows98と紛らわしく前方一致で「Windows9」を検索してしまうプログラミングコードが世の中には多数存在するかららしい。なるほど。

まあ、ダメ元で明後日麻雀で会うので彼から受け取ることにした。ソフト移行はまだ続いている。今日はフォトショップ(Photoshop Elements2018)と宛名職人Ver.25をネット注文した。どちらもこれまでのバージョンが使えないんだ。はあ。サブアラドDrには悪いがいずれWindows10も注文になるやろな。明日から連休なんで面倒くさいデータ移行や難関のiTunes移行もやろう。今回ほどパソコンに振り回される(支配される?)状況はないわ。はあ・・何度もため息が出る。

2018年9月21日金曜日

隣に彼がいない

夜、城山ホテル鹿児島で薬品会社主催の脂肪肝やコレステロール、動脈硬化の講演会に出た。実はこれ、昨日ボウリング練習に参加したエリックMRに是非と言われ参加する気になった。前半のNASH(非アルコール性脂肪肝炎)はずっと寝ていた。いや、もともと眠かったのとあまり興味がないからで、後半の熊大の先生のコレステロールと心筋梗塞の話は面白くもありずっと聴いていた。自分が思っている以上に悪玉コレステロールのLDLの数値を下げないと心筋梗塞予防にはつながらないものかと少々驚いた。LDL70を目指せとはねえ。100を切ればいいくらいに思っていたよ。それと糖尿病を持っている患者はさらに要注意は私も大いに同意するところで、それをきちんとデータを示して発表するところはさすが専門家だった。

終わって懇親会に行くと、第二内科同期のカピバラ、アップリバ、Holy、お立ちの各Drや二内後輩のチェリー、皮タック、御出汁炉Drもいてさながら同門会の趣きもあった。お立ちDrはたいていこのような会ではよく見かける。そして一眼レフカメラを持って来ていたのには驚いた。私のデジカメ魔ぶりは自他共に認めるところだが、彼もそうなのか。ただ私が撮るのは気軽なスナップ写真で彼のようなわざわざあんな大きなカメラ(Nikon D3300)は持って来ようとは思わないな。

チェリーDrは元囲碁部のアマ六段で相当強い。私は二内科の囲碁大会で6目置かせてもらってどうにか勝ったことがあり、まあラッキーだった。最近囲碁はほとんど打っていないとかでそれは私も同様だ。私は毎日「日刊囲碁」というサイトをチェックしているがそれは彼から教えてもらった。それを言うと「あ、私は今は見ていません。でも詰碁はだいたい毎日やってますよ」とのこと。「麻雀はやってますか」と聞かれ、見せたまえ雀荘の話やサブアラドDrのこと、ネット麻雀も面白いよと教えた。ネットは昔の「東風荘」しかやったことがないらしく「最近は『天鳳』が絶対に面白い」と強調しておいた。そうだねえ、チェリーDrとも20年以上前は打ったことがあったな。最近ハラオサDrという強力メンバーが出来たけど、思えばチェリー君もいた。すっかり忘れていた。今度また面子がどうにもそろわない時は彼にも頼もうか。

そうだ、カピバラDrの写真を撮った時に、いつもは隣に内公Drがいたのに今夜はいなかった。ふっと寂しさがこみ上げてきた。最後に写真を撮ったのはつい1年半前の同じ城山ホテルだったのにー。いつもと同じ所作をしたのにそこにいるはずの人がいない。本当にいなくなったんだなと実感する瞬間だった。

2018年9月20日木曜日

クレーマーがやって来たら

夕方は職員研修で「クレーマー対策」があった。今回は警察がクレーマーになって実演するという趣向で、病院側から総務の畠鏡君、看護師のキコ様Nsが応対し、職員が見守ることになった。これがまあ警察の演技者がいかにもそれらしいこと。怪しさを出すためにグラサンをかけてネチネチとクレームを言うのだが、私はほんの少し遅れて部屋に入ったのでそうと知っていなければホンモノのクレーマーかと間違いそうなくらいだった。キコ様Nsなんかお顔がずっと引きつっていたもんね。(決して一人では対応しない。相手より多めの人数で応ずる)
「お茶も出さんのか」(茶碗など投げつけられる危険があるので出さない)
「名刺を出せ」(これも悪用される可能性があるので『名札がありますから』ですます)
「あんたじゃ話にならん。院長を出せ」(トップは出さない。『私が責任をもってお話しします』と対応する)
「誠意を示してもらわないと」(『誠意とはどういうことでしょうか』と問い返す。相手の目的を知る)
「あなたたちの医療ミスが・・」(『医療はミスはありません』という態度で接する)

この他、その場しのぎの期待を持たすような言動はわずかなことでも慎むなど解説役の警察職員が話していた。

やがて、いらついたクレーマーはドン!とテーブルを叩き、怒鳴り、胸ぐらをつかみ・・とこうなれば立派な暴力で110当番に即連絡だ。ここでクレーマー劇場は終了。いやはや、なかなかの迫力でしかもポイントを突いた演技で眠気なんか吹っ飛んじゃいまたよ。これまでもこの手の講習はあってだいたい知っていた内容ではあったがリアルさが違った。いざという時に役立ちそう。

この後も反社会的勢力の人たちのクレーマー対策のビデオが流されそれも面白かったが途中で退室した。いや、救急患者が来たわけではない。19時からのT-MAXでのボウリング練習に間に合わないと思ったから。ハイ、すみましぇーん。

2018年9月19日水曜日

不可視ファイル

早帰りで午後は帰宅するもATOKの移行問題でしばし頭を悩ました。ネットであちこち調べてようやく分かったのが、辞書が保存されているLibraryはMacでは簡単に見つけらずoptionキーを押しながら探すと現れるということだった。そんなの分かるわけないじゃん!これはアップルがそう仕組んでいるのだ。大事な部分は下手にいじられると問題が生じる可能性がありそこは不可視化する。Macの写真管理アプリ「写真」のLibraryも不可視ではないが簡単にはたどり着けない。Windowsはそこが違って使用者が結構いじれるんじゃないかな。

ATOKの辞書LibraryをコピーしニューMacBookProに移し辞書変換が出来たときはほんとにほっとした。4千4百もの語句のマイ辞書を今さら一から作るなんてあり得ない。実は病院の電カルもATOKが入っていてそっちは2千以上登録している。私はマイ辞書なしにはワープロを使う気になれない質(たち)なんだ。今日はMacでWindowsを動かすソフトパラレルスデスクトップが届いていたがもうインストールする気力は残っていなかった。

(これを書いているのは9月27日早朝だが、ニューMacBookProへのソフト移行はまだ全ては終わっていない。面倒とは思っていたがこれほどまでとはー)

2018年9月18日火曜日

もしや首を絞められのたですか

昨日から新しいMacBookProへのソフトやアプリの移行を始めた。まずは一番大事な「写真」の移行で、アップリバDrとそのSEさんから聞いた方法で移行してみたが、案の定すんなりとは行かなかった。ただ、方針は問題なくて全体で250ギガある容量を少しでも減らすためにほととんど見ないボウリング動画を削除したりに時間を費やした。結局2時間半ほどかかって成功し、人物認識もそのまま保存されていて良かった。

今夜は病院当直で、患者診察が一段落した後に、もう一つの大事な「かな漢字変換ソフトウェアのATOK2017の登録を行ったものの、辞書移行がうまくいかなかった。というより、辞書の保存されている場所がわからずどうにもさまよっていた。結局分からずじまいで操作を止めてしまった。あれえ?4年ほど前のATOK2014の時はうまくいったんだがなー。滅多にしない作業なので詳細を忘れているんだ。これを皮切りに移行処置をあれもこれもしなくてはならない。ああ、ともかくもパソコンって面倒なもんなんである。イライラ。

そうそう、夜は怪我や事故の患者さんがよく来るものだが、下の60才代女性の首の所見は何か分かるだろうか。きれいだが不気味な縄の痕(あと)がある。
もし何も情報がなくてこの画像を見せられたら、私はまず「絞殺未遂」を考えるだろう。「大丈夫でしたか、よく生きていましたね。で、犯人は捕まったのですか」なんて。

しかし事件性はなくどちらかと言えば事故といえるものだった。暗くなった夜道、この人は自転車に乗っていたところ、犬の散歩中の人がいて犬が急に走りだし散歩ひもがピーンと張っていたらしい。顎に当たって即、首に食い込んだ。その瞬間「自分は死ぬ」と思ったらしい。当然転倒し首の痛みで顔はゆがんだ。飼い主は「大丈夫ですか」くらいは声かけたようだが、逃げ出した犬を追いかけてすぐにいなくなったということだ。帰宅してもあまりに痛みが続くので病院受診となった。傷痕に人工皮膚を貼り少しでもヒリヒリを感じないようにしてあげた。この人は相手を特に非難することなかったが人によっては何らかの補償を求めるところだろう。

自転車での帰宅と犬の散歩。平和的な日常にも危険は潜んでいる。

2018年9月17日月曜日

敬老の日実家訪問&炭焼きハンバーグ

今日も休日で敬老の日ということもあり、ギボヒサコとカールを乗せて私の実家まで行き、あこネーサ母に会いに行った。お互い80才を越え、こうして対面出来るのもこれから数えるほどしかないだろう。しばらくいっしょに会話した後、私は恒例(?)のお昼寝タイムに入った。実家に帰るとほとんどこうしてグースカやるんだ。小1時間して目が覚め体調も戻った。あこネーサが「右の頬におっきなホクロが出来ている」と心配そうにしていたので、最初は「皮膚科に診てもらった方ががいいかも」とアドバイスしたが、せっかくパソコンも持って来ているので「写真」を使ってあこネーサ母のみ抽出して4年前の顔ををチェックすると、なんだ4年前にも同じくらいの大きさホクロがあるじゃない。最近大きくなったというのは本人の勘違いか思い込みと分かった。何気ない写真をしょっちゅう撮っていると思わぬところで役に立つ。これまで幾度もその恩恵にあずかっている。日常のスナップショット撮りは止められまへん。

この後はまたヒトミンチョ家に寄った。予定外だったのでヒトミンチョとヒカル姫はすっぴんで慌てていたみたい。急な訪問でラッキーだったのは、怖がって必ず家のどこかに引っ込むネコのあずきがネコタワーでお昼寝していてお顔を拝見できたこと。あずきは私たちに言わせると「ブサ可愛い」のだが、溺愛しているヒカル姫はまるで世界中で一番可愛いネコにように言い、私たちが「ゲンちゃんの方が・・」と言うと対抗してすごくゲンちゃんをこき下ろすのだ。まあ、いわゆる親バカみたいなものか。ともかく、久しぶりに見たので写真を撮りまくった。下にカールといっしょの写真を載せる。口元がファニーなあずきもいいが、カールがえらく若く見えてびっくりした。とても〇〇才に近いとは思えないぞ。
さて夕食は1年ぶりに錦江湾沿いの平川(もしくは瀬々串か)のレストラン「幸せ地点」でした。ここはいろいろメニューはあるもほぼ100%炭焼きハンバーグを頼む。去年は開業以来の料理場号が197万番目くらいだった。今年はというと2009873番目。となると1年でどのくらい炭焼きハンバーグは売れるのか。正確に調べてみる。去年の写真で確かめると9月24日で1970801番だった。358日で39072食で1日あたり約109食出ている計算になる。ふーむ。1979年開業で200万食を越えているとなれば、ざっと1日140食出ていたはずでこの1年はかなり減っている。となると最近は店が以前ほど流行っていないのか、炭焼きハンバーグ以外のメニューが出ていると考えられるのか、などなど考えを巡らす私であった。

しかし鹿児島では誰もが知る郊外レストランで40年近くも続いているのはすごいことだ。今日はギボヒサコと私が甘いケーキを食べたが、最近はピザも本格的なナポリピザを導入しているとか。そうだ、この次来る時はピザも頼んでみよう。でもメインはまた炭焼きハンバーグだろうな、きっと。

2018年9月16日日曜日

おニューお疲れ

お昼前に鹿児島の荒田にあるとんかつ店「ジュリアン」にカールと行った。日曜昼はいつも外食をするサブアラド夫妻といっしょに昼食をしようと約束をしていたのだ。夫妻と食事は珍しく3年半ぶりだった。カールとサブアラドDrはヒレカツが好きで私とキョーチャさんはロースカツがどちらかといえば好みだ。でも私はヒレとロースがどちらもあるのを頼んだ。ソースは甘め、辛め両方漬けて食べた。さらにおかわり自由の野菜は3回も頼み、とことん味わいづくす魂胆。あまり外食しないから欲張りになっちまう。

まあ両家族とも今は子どもが家にはおらず、今後はこうしてたまにはいっしょに食事をしよう。

帰宅して何もないゆっくりした日曜を過ごしていたが、16時頃おニューのMacBookProが届いてから一変した。
アップル製品は所持するだけで満足できるような質感の高さがある。しかし今からそのセッティングを始めなければならない。これが大変で喜んでばかりはいられなんだ。今回は5年ぶりゆえになおさらで、まずは初めて扱うUSBーCをつないだ。これはイヤフォン以外すべての接続をまかなうもので電源からマウスコード、外付けハードディスクなど同時購入したアダプタでおっかなびっくりとつないでみた。これはすんなり行き、ホッとした。
(↓下がおニューのMacBookPro13インチで色はスペースグレイ。
ややコンパクトになり厚さ、重さも小さめになっている)
(↓上に差し込んでいるのがUSBーC、
下がUSBのマウスでアダプタを付けてUSBーCに合わせている。
指と指の間にあるのがタッチバー。
右上角がTouch IDで、指紋認証しパスワードなしで済ますことが出来る)


基本セッティングのあとはメールとネットをするためのブラウザ設定だ。当然MacのSafariを使うが「お気に入り」をこれまでと同様に使うようにするのに結構時間がかかった。ま、最低限一番使うネット環境はどうにか出来るようになった。次はワープロ入力時の辞書変換でこれは今のATOK2011がもう対応しておらずATOK2017を購入しないといけない。今回は全部この調子でソフト代が予想以上にかかりそう。

おニューパソコンはうれしい反面、出費やセッティングのストレスでどっと疲れが出るものだ。夜は疲れがひどくいつの間にか眠ってしまっていた・・。

2018年9月15日土曜日

大腸内視鏡でイグ・ノーベル賞

明け方になってようやくMacBookPro13インチタッチバー付きをヨドバシカメラに注文した。値段はアップルストアと変わらないが5%ポイント1万3千円ほどが付くため正規ショップからは買わなかったのだ。そのポイントでUSBーCケーブルや電源アダプタ、入力ソフトのATOK2017など注文した。今回は5年ぶりの大きな更新になるため周辺機器だけでなくソフトウェアのほとんどに更新の必要が出てきている。ATOK、宛名職人、Photoshop Elements、Parallels Desktop、Windows10など全部新しいものを購入する羽目になりそうだ。Officeはどうしよう。たいして使わないのに値段が一番張る。とりあえず保留だ。その中でATOKだけ急いだのは4400以上もマイ辞書登録しているためこれが使えないとこてる日記を書く時などで文字入力能力が大幅ダウンする。私には必須のソフトなんだ。

昨日はまず服裂き魔Nsからラインが入り「座って大腸検査苦痛少ない自ら試し『イグ・ノーベル賞』だって、先生より上がいた」、そして同じような内容でスチョル先生から「こてる先生が先だったのに!惜しい(^_^)」と連絡が入った。この他「先生と似たような人が賞をもらっている」とか教えてくれたりなんだか自分が賞をもらったわけでもないのにイグノーベルがらみで周囲が盛り上がってくれていた。どういういった内容かというと、長野の病院の年齢も私とほぼ同じ堀内朗医師が自身のお尻で座位大腸内視鏡検査法を研究した成果が評価されたのだ。報道によると「大腸癌検診などで受ける内視鏡検査は通常、横になった状態で筒状の内視鏡を肛門から体内に挿入するが、かなりの痛みが伴うという。しかし堀内医師は、座った姿勢で内視鏡を体内に入れると苦痛が少なく、驚くほど容易に検査ができることを自分自身で試して突き止めた。その結果は2006年に米国の学会誌で発表され、晴れて今回の受賞につながった」とのことだ。

私は2006年当時「これまた、一人大腸内視鏡を発表するヤツがいるんなんて」と思っていた。実は私はほぼ同じ大腸内視鏡挿入を2000年に青雲病院で実施してその様子はビデオ撮影しており、それを知った可愛いんだ理事長が「発表しろ」と言ってきたのだが断っていた。まず相当にキワモノっぽい内容だし、恥ずかしいし、それにこれが医学の何に役立つのかという大義名分を見つけられなかったのだ。それでも院内の研究発表会には発表しろというので内輪の会ならと2002年の2月にスライドとビデオにして発表した。案の定、お笑いだったけどー。(↓は一番最近2016年の一人大腸内視鏡の様子。椅子に座るか検査台に座るかの違いだけで姿勢はほぼいっしょだと分かる)

堀内医師の発表では座った姿勢が入れやすいということだが、患者は恥ずかしいからとその姿勢で受ける人はいないそうだ。それより自分で自分を検査することでスコープの動きがどのように腹部の痛みを起こすかなどが敏感に理解出来るようになるというのは肯ける。2000/11/4のこてる日記に「こてる先生、自分で自分の腸を見る」のタイトルでそのようなことを書いている。以下抜粋してみよう。

「・・ただ、その自力大腸内視鏡の方は、自分でもやってみたいと思った。過去2回、4年おきに受けているが、いずれも異常は言われてない。今年が4年目だし、今回は、患者さんがどのような気持ちなのか知っておきたいということもある。婦長さんに録画用のビデオ撮影を頼み、さっそく内視鏡をお尻の方へ・・う~ん、ちょっぴり熱いものを感じるなあ(これがカイカンになったら、チトこわい)。直腸を越えたら、仰向けになり挿入を続ける。押したり引いたりしながら曲がりくねった大腸を越えていくのだが、私の腸は比較的素直でスムーズに入っていく。それでもって、割と早く、5分55秒で盲腸に到達した。

外科の避雷針Dr、奥マラDrも見に来て、「ほんとにいれちゃったの?」と、感心するやら、あきれるやら。他にも看護婦、技師ら見に来ていたが、感心するより、みんな笑ってましたな。盲腸の回盲弁から小腸末端まで入れて観察したあと、少しづつスコープを抜き、病変がないか観察した。この時一番感じたのが、内視鏡から空気を入れるとお腹が張り少し痛むし、少しでも抜くとかなり楽になると言うこと。無論、良く知られた事実で、知ってはいたが、こんなに敏感に感じるものとは思わなかった。また、スコープを抜く動作の方がやはり患者にとっても気分は良く、入れる動作は少し圧迫感がある。ポリープでもあれば、ポリペクトミーも自分でやっちまおうかと思ってたが、肛門までしっかり見ても何の異常もなかった。そして、予想以上にうまくいき、めでたしめでたしのはずだったが・・

この後起きた起きたことは割愛する。ともかく、これをうまく論文にまとめれば5、6年も早かったわけだし、今頃はホントに私がイグ・ノーベル賞?・・んなわけないか。

2018年9月14日金曜日

今年の高校生クイズの話題は

新しいパソコンに移行するにあたって引っかかっていたのが、Macの写真管理ソフト「写真」が顔名前登録ごと移行可能かだった。パソコンにある情報で写真情報とこてる日記の保存だけは絶対になくせないゆえ、多分出来るだろうでは済まされない。そこでMacに詳しい同期のアップリバDrに電話してみた。

「いやー、オレも分からんよ」とのことで少々がっかりだったが、彼のクリニックのSE(システムエンジニア)に聞いてみてくれるとのことでしばらくして電話がかかってきた。彼のところはWindowsではなくMacのSEとしてその人を雇っているそうでかなり珍しい。 SEによると写真の「Library」をハードディスクなりUSBなりにコピーして新しいパソコンにコピーすれば写真情報ごと移行できるとのお墨付きを得た。そうか意外に簡単だな。ふう、良かった。

MacBookProも割高だがタッチバータイプにしようかと思う。前作は5年近く使い当時もやや先進的過ぎるかと思っていたがその分長く使えた。保存先をSSDにしたことで故障することもなくなった。メモリは16GにしてSSDは前作と同じ512G、そうすると26万円越えだ。高い。これまで買ったノートパソコンで一番高い。どうにか安くならないか。ネットショップではアップルショップより少し安く買える。ただ基本スペックのメモリ8G、SSD256Gしかない状況で、私みたくカスタマイズすると定価のアップルストアしかほぼない。うーん。スペックアップはゆずれないのでタッチバーなしにするか・・。結局今日も決めきれなかった。

串木野トリオリーグから帰ってこの時期楽しみにしている「高校生クイズ」をビデオで見た。去年は非常に面白く、日記に「名作高校生クイズ2017」とのタイトルで書いたら、放送に合わせたか今夜その記事へのアクセスが急増していた。三重県のほぼ無名だった桜丘高校の男女カップルが本命の開成高校を逆転で破り結構話題になった回である。で、今年はというと、これまでとがらり出題傾向が変わった。単なる知識を問う問題はほとんどなくなり「地頭(じあたま)力」を試すという発想力などを重視したものに変わった。10年ほど前に完全に知力重視にしたかと思えば5年前にはかつてのウルトラクイズ風に知力、体力、時の運とバラエティー色を強めたり結構形式を変えていくんだな。そんなせいもあって常連の開成や灘が地方予選を敗退するなど波乱があった。それと女子に出て欲しいようで女子しか答えられない問題も予選では頻出したらしい。

で、我が鹿児島のラ・サールは毎年優勝候補で今回も勝ち進んでいった。去年優勝した三重の桜丘には何と以前ラ・サール生だった東問(ひがしもん)君と東言(ひがしごん)の最強クイズ双子がいるじゃない。東大王など出演もしその名前は知っていた。何でも通学に40分もかかるのは嫌だと弟の言君が先に転校し今は二人とも桜丘に転入している。へー。で、当然同じクイズ研究会仲間だった現ラ・サール生は彼らをライバル視していた。で、なんと決勝3チームにこの2校が残って、驚いたことに東兄弟の桜丘が優勝、奇跡の2連覇を達成した。決勝の問題は体力もからむ独創力が試されるもので運もあったとは思うが転校までしてこの大会にかけた兄弟の執念だった気がしてならない。

ただ番組としてはかなりバラエティー色が強くなり私は新味があって面白いと思ったが純粋なクイズ番組からは外れて来ているという意見も出そうだ。東兄弟は2年生で来年も3連覇を狙ってきそう。形式は変わっても若さとクイズの組み合わせはいつ見ても面白いヨ。

2018年9月13日木曜日

蘇生講習に緊急内視鏡

開けたいゾMRからは「お疲れ様です。今週の麻雀は厳しいです。すいません」とのメールが届いた。うーん、家庭は大事よのう。てなわけでハラオサDrにメール連絡してみると・・「もちろんOKなのですが」ときて「一人患者さんが悪くその状況次第です」と。「なるほど、状態悪ければ仕方ないですが」と答えて、「午後2時に見せたまえ雀荘で待っています、都合悪ければいつでも連絡下さい」と送った。患者の状態次第とはいえどうにか上手くいきそうだ、やれやれ。

昼休み、全職員へ救急蘇生の講習があった。講師を務めたのがホットウォーター救命救急士でついこの間までよく患者を運んで来ていたのに最近は所内での仕事やこんな講習などやっているようだ。まっちんNsが蘇生の模擬をやってくれ、ホット救命士が解説をした。
呼吸をしていないからといっていきなりマウスツーマウスはせず心臓マッサージ(胸骨圧迫)を優先すべきとか、おっとその前に人を呼び、救急車を呼ばねばいけないなど基本的な対応を一般職員に教えてくれ、なかなか有意義な講習だった。

ただ私はこの時間、昼寝をしているのにそれが出来なくて夕方までがきつかった。そんなねむねむの私が外科から依頼の高齢男性患者の胃カメラと大腸内視鏡に取りかかった。腹部の痛みがあり「念のため調べてもらって何もなかったと安心しましょう」との説明を受けていたようだ。私も「まあ大したことはないだろう」と思って手始めに胃カメラを始めたのだが・・入れてすぐに目が覚めたヨ。血だらけの胃壁にチラッと見るにどでかい潰瘍が胃体上部後壁にある。これは即止血をやらねば。露出血管にかっちりクリップを掛け無事に処置出来た。ふぅ。😓

MacBookProを買うのは決めたが、迷うのは上級クラスのタッチバー付きを買うか否かだ。今までの自分だろ最上級クラスより一つ下くらいのスペックのものを買うことが多かった。タッチバー機能はあまり評価しない意見も多く値段も高いのでいつもの私なら選ばないが、USBーCのコネクタが左右に2個ずつ付いているのが便利そうでそれはタッチバータイプしかなく大いに迷う。結局今日は結論は出さなかった。迷っている時間もまた楽し。まだ慌てることはないわ〜。

2018年9月12日水曜日

「続柄」はどう読む

今日の外来はアサリンNsが付いた。仕事の終わり頃、入院手続きを患者の家族に説明する時に「この書類にサインを下さい。患者さん本人のお名前と続柄を書いて下さい」と言った。うん?「今、なんて言った?」と私は書類の文字を指さした。

「続柄」

「え、『つづきがら』ですか?」
「うん、それって『ぞくがら』って読むんじゃないか」
「はあー、そうなんですか。今まで『つづきがら』って読んでいました。気をつけますー」

そんなやりとりがあってしばらく、どうも気になってネットで調べてみた。最初に開いたページには「ぞくがら」とあり、ああやっぱりと得心したが念のためと他を調べると・・何と正しくは「つづきがら」で「ぞくがら」は誤読されたものが定着したもので「俗な読み方」と書かれてあるものもあった。確かに読みの法則からは訓は訓で読み進めるべきで「ぞくがら」は重箱読みに当たる。いやー、これは参った。この後、アサリンNsに自分の不明を詫びた。

そんな続柄でいえば長男に当たるテルから夜22時過ぎに電話があった。このパターン、どうもいい話ではなさそう。「あのさー」口調もやや暗い。聞けば、6年近く使ってきたMacBookProが壊れて使えなくなったという。ああ、あれはいつ使えなくなっても不思議はないな。キーボードが反応しなくなっていて「使わなくなったノートブックがあればそれが欲しい」「ノートパソコンはいくつかあるが全部動かないものばかりだ」「あいちゃー」「新しいのを買ったほうがいいよ。どうせこれから何年も使うし」私は買ってあげてもいいとさえ言った。しかし「新しいMacのノートはちょっと嫌なんだよねー」と乗り気でない。まあそれは少し分かる。2年ほど前から接続がUSBーCという新しいものに統一されたというかそれしか使えない仕組みになっている。通常のUSBもSDカードも映像接続も直には使えない。ただアダプタを介すれば問題なく使えるのでボディ自体が新しいに越したことはないのだが・・。

だいたいの希望は分かったのでどうするかしばらく保留することにした。で、一人で考えているうちに今使っているMacBookProをテルに譲り自分が新しいMacBookProを買うのが一番いい選択に思えてきた。私のもそろそろ5年近くなっている。しかしまだ十分に使え壊れる様子はなく、譲るのには支障はない。一つにはデータ保存をHDD(ハードディスク)でなくSSD(ソリッド・ステート・ドライブ)にしていることが大きい。以前はハードディスクが先に壊れ使えなくなることが多かった。ふむ、自分が新しいのを使うアイデアはなかなかいいぞ、にんまり😏。

で、これから1週間以上新規パソコンにまつわる様々な「あるある」が身の回りに起きてくるのだった。

2018年9月11日火曜日

麻雀界の動き

医療事務のサッコさんが休暇届の捺印をもらいに来た。彼女は今年初めには結婚し、式と新婚旅行は明日からおよそ10日間の予定が、新婚旅行先の北海道が例の地震で取りやめざるをえなくなり、「で、どこに行くか決まったの?」と尋ねても「ううん」とまだ未定なんだとか。遠い北の急な天変地異が南にまで影響している。

先月前半まで毎日のように打っていた天鳳もあまりに負けが込んでパタッと打たなくなった。そんなネット麻雀天鳳で2年ぶりに新天鳳位が誕生した。ハンドルネームが「gousi」で13代天鳳位になったその人は日本プロ麻雀連盟に属する齋藤豪氏で麻雀プロからは初めての天鳳位誕生だ。これまで何人もの麻雀プロが挑んできても十段までは結構行くがなかなか最終目標である天鳳位までは行き着けなかった。gousiさんも4年前に一度十段になっているが数ヶ月であえなく降段していた。十段に上がれば並みのプロより強い。現に初代天鳳位のASAPINは今年プロ団体(最高位戦)に誘われプロになり現在そのリーグでトップを走っている。

プロ麻雀界もこのところ激動で「Mリーグ」なる新しいリーグ戦が誕生したばかりだ(10月1日開幕)。Mリーグは、7つのチームが1チームあたり80試合のリーグ戦を行う新たなプロリーグ戦で、優勝賞金が5000万円と破格だ。ネット事業の「サイバーエージェント」の社長の藤田晋がチェアマンになり顧問にあの川淵三郎氏を迎えるなど本気度がうかがえる。麻雀をギャンブルとして捉えるのでなく知的ゲームとして発展させていくのなら大いに賛成で、おそらく今後の麻雀の発展はこの方向で行くだろう。私もそもそも博打としてならこんなにやってはいない。ゲームとして純粋に面白く楽しいから飽きもせずに続けているのだ。

てなわけで今週土曜もまた麻雀しようとサブアラド五段から連絡あり開けたいゾMRに連絡したら「やりたいが・・(嫁に)聞いてみます」ということ。微妙だな。だめならまたハラオサDrに連絡しよう。いつになっても麻雀は面子探しが最初の関門なんである・・。

2018年9月10日月曜日

瞬間の技

朝礼のスピーチは内視鏡室主任の佳及Nsが担当だった。先週、急に次回の担当だと知り、慌ててテーマをどうするか私に相談があり、「内視鏡室紹介」に決め、スライド用の写真のため私に内視鏡をしている姿を撮らせて欲しいとのことでポーズも取ったりした。検査が終わって彼女の写真を今度は私が撮った。そのうちの1枚がとっても彼女のいい表情が出ていて、「この写真はぜひスピーチに使うべきだよ」とアドバイスした。彼女は恥ずかしいのか「いや、自分の写真はーちょっと・・」と躊躇していた。しかし「いや、ぜひ使いなさい」と念を押したのだった。

スピーチは淡々と過不足ないものでなかなかの出来だった。短期間でよくまとめたもんだ。で、例の写真はちゃんと使ってくれていた。朝礼終わって、医局の朝カラさんが「佳及Nsのあの写真がよかった」と私に言ってくれた。「だろう?いい写真だったから使うように勧めたんよ」と私はささやかな満足を覚えた。内視鏡室に行って佳及Nsに会うと、「先生、みんなから『あの写真が良かった』ってばかし言われる」とのこと。あはー、やっぱりねえ。ほんの0点何秒かの表情でその後もう1枚と撮ったのはそれほどでもなかった。改めて写真てのはごくごく短い瞬間を切り取れるかにかかっているんだなと思った。

2018年9月9日日曜日

ダーン!

麻雀から帰って「こてる日記」を書き終えてもすぐには寝ず、うつらうつらしながら椅子寝していた。そんなぐうたらな私に天が罰を与えた!

ダーン!!

うわっ、何?爆発か、いや雷鳴だ。目が覚めた。稲妻もピカッと走ったと思われるが音響が凄まじくて肝をつぶした。きっと町内のどこかに落ちたはず。爆弾かテロかと勘違いした町民も多かったのではないか。
まさかこの時間帯、外を歩いている奇矯な人はおるまいが、いたら↓こんなふうになるネ。
ふと脇を見れば、部屋のドアの近くでゲンちゃんが固まっていた。庭の窓や裏側の窓からも一番遠い家の中心あたりの場所で普段は単なる通り道でそこに留まることはない。動物の本能で家の外はヤバいって分かるんだろう。
このあとも何回も雷は落ちた。ゲンちゃんがドアの側をゆっくりと離れたのは10分以上経っていた。それでも窓近くには近寄らなかった。

地震、雷、火事・・・親父には怖いものが日本にはたくさんあるわー。

2018年9月8日土曜日

雀士ハラオサ登場

朝は土曜外来だった。しかし全米オープン準決勝の錦織対ジョコビッチが気になってさ。ここで勝てば念願の優勝も見えてくると思ってネットで逐一試合経過をチェックしていた。しかし1セット目取られ、2セット目に最初のブレイクをされた時にあきらめた。やっぱりジョコには勝てない。ここまでか。

昼は14時からいつもの見せたまえ雀荘で麻雀だった。ただ、今回初登場したのが大学卒業同期のハラオサDrだ。実は大学卒業前後、彼とはかなり打っていた。彼は放射線科に進んだが、2内科のサブアラドDrとも引き合わせて雀荘で打ったり、一度は指宿の観光ホテルで泊まりがけで打ったこともある。しかし1年して彼が出張に行ってから全く疎遠になっていた。それがこの前の内公Drの通夜で久しぶりに会い「麻雀打ってる?」「おう、月2回くらいな」「なら、今度誘うよ」「OK」てな具合で1ヶ月後の闘牌となった。実は彼は見せたまえDrやダイボDrとはツル前高校の同窓生なんだが互いにほとんど面識が無かった。11クラスもあって同じクラスにならないと知らない同窓生なんていっぱいいるらしい。

私の知る限りハラオサDrはかなりの打ち手だ。何度か痛い目に遭っている。指宿徹マンでも彼とサブアラドDrに私は完敗した(サブアラドに生まれて初めての字一色をフリこんでしまったしー)。困るのは明らかに力量が劣るメンバーでどうにも打ちづらい。だから力一杯打って何の痛痒も感じない相手はやりがいがある。

その初っぱなの半荘東1局、ハラオサDrが起家。私は全く手が来ず早くもオリ気味に打っていたが中盤過ぎ手詰まりになった。ハラオサだけでなく見せたまえ、サブアラドみんな手が入っている様子なんだ。それで、ハラオサ以外は安全な1索の暗刻を切り出した。1枚通れば3回しのげる。しかしこれにハラオサ「ロン!5800」のピンフドラドラだった。ふーむ、リーチすれば親満でそう打っても良かったはずだが初っぱなということで慎重に対処したな。肯ける打ち方だ。
この後も暴牌は打たないがここぞという勝負時にはびっくりするような危険牌も打って来て、それで2位、トップ、トップと序盤はほぼ一人勝ち状態になった。やはりツオーイぞ。

対して見せたまえがこのところの不調そのままに攻めては競り負け、一人4回終了時は一人負けになっていた。実はやや難しい出産の妊婦の待機待ちで16時前とうとうお呼ばれなすった。しばし休憩でこの出産タイムはここで打つようなってから年に数回はある。これがあるから見せたまえの院長室に全自動卓を導入したようなもんだ。いつもなら30分ほどで帰ってくるが今日は1時間かかった。さすがにお疲れかと思いきや、精神的な圧迫が取れたからかその次の半荘から見せたまえは見事に復活した。トップ、2位、トップ、トップ。何と終わってみれば一番の勝ち頭でハラオサがわずかに浮き、私はぴったしチャラにどうにかこぎ着け、出だしトップ、2位、2位だったサブアラドDrが一人負けという結果に終わった。微妙な精神状態でかように結果は変わる。麻雀の恐ろしさ、面白さを味わった闘牌だった。

いやー、これからもハラオサとはやり合いたいわ。面子が足りなくてあきらめることも多かったが彼がいればその気になればかなり楽しめそう。そうそう、彼は開けたいゾMRとも知り合いでたまに打つことがあるとか。なんとそうなの、狭いねえ鹿児島麻雀界は。あはは。

2018年9月7日金曜日

3人出血3人止血

金曜日の私の仕事は外来である。基本的に内視鏡はしない。だが3件もカメラを握る羽目になった。

一人目は蒲生のラッキーエンドクリニックからの紹介患者で、「胃カメラ入れたら胃の中が真っ赤だった」からと、即抜いてこっちに救急依頼してきた。内視鏡止血出来る自信がなければそれが正解。私もたいていの止血は行うが胃の静脈瘤出血だけは鹿児島市内の病院に依頼している。予定の胃カメラ患者が多くてこの人は私が担当した。見れば典型的な出血性胃潰瘍だった。高張エピネフリン局注とクリップできれいに止血し入院となった。

二人目はこれもまた蒲生からでイジケ医院から。昨日下血があったということだがヘモグロビンは10.1g/dlと紹介状にあったからまあ大したことないだろうと思っていたら大間違い。採血してみたらなんと4.7g/dlしかなかった。紹介状をよくよくみれば8月半ばのデータだった。内容から肝硬変が考えられる患者で静脈瘤出血も十分に疑われ緊張してカメラを挿入した。食道には静脈瘤はない。がしかし、胃に立派な静脈瘤が・・。こりゃまずいぞと思いつつ観察すると静脈瘤はあるにはあるが出血しているのはその近くのポリープの表面からだった。へー、これは珍しい。ポリープ出血でこんなに貧血を来すのは稀だからだ。(↓上が出血ポリープで下の蛇行しているのが胃静脈瘤)
ただこの人は血液の抗凝固剤を服用していた。それで出血しやすくなった。ある意味薬の副作用といえよう。で、これはポリペクトミー&クリップ縫縮することで止血した。当然入院で輸血も必要だ。

やれやれと思っていたら、今度は下血患者が来たと。もうここは本来の内視鏡担当のピッピDrにでもと思ったがERCPに入っているという。下血はたいてい私の担当だからこの勢いで最後まで面倒みようか。もし憩室出血だったらまた面倒だが・・。でもこの人、普通の痔出血だった。以前も私の治療を受けていて今回も結紮ゴムで止血してあげた。ふう、簡単に済んで良かったぜよ。

3人とも出血のパターンが違い止血法もそれぞれ違った。まあ内視鏡医冥利に尽きるとも言えるが本当は外来担当だったんだよー。

2018年9月6日木曜日

高校野球でお近づきに

TV付けっぱなしでうつらうつらと床寝していた。何か北の方で地震があったと聞こえてきたが、まあいつものことだなとむにゃむにゃしていた。朝6時くらいだったかTV画面を見てびっくり。田んぼにいる人がヘリで救出されていてその近くの人家や道路は崖崩れ、地崩れで呑み込まれていた。はあ・・震度7の地震の凄まじさにため息が出た。東日本大震災以来全国各地で大きな地震が急に起きている。熊本に起きれば鹿児島もそうなって不思議はない。来ては欲しくないが来るものと心しておこう。

夕方、19時からのボウリング練習があるので30分前までは医局でゆっくり過ごしていると、好来百合薬品のヒラーツというMRがやって来た。実は彼も高校野球達人だったのだ。当然私は質問する。「生まれ年は?」「1982年(昭和57年)です」「ならば夏は池田高校が優勝だな。準優勝は広島商」「ええその通りです」と来た。このあと私が繰り出す高校野球ネタのほとんどに彼は付いてきたのだ。いや、すごい。聞けば初めて甲子園をTVで見たのが鹿児島実業が大活躍した1990年で内之倉隆志が強打者として鳴らしたあのチームが印象に残っているという。ハイソコMRは京都で高校野球経験者だったが君は?と尋ねると出身は大阪だが野球はしなかった、しかし初めてバイトしたのが甲子園で高校2年の時だったという。ほほう、そりゃいいネ。「1999年の春は沖縄尚学が沖縄勢で初めて優勝した時でした。沖縄の応援団にはビールがよく売れるんでそこばっかし狙って売り歩きました」そうだ。彼はその後プロ野球でもビールの売り子をするようになったが、プロでは広島ファンがよく買ってくれたが反対に一番買ってくれないのが阪神ファンなんだそうだ。「基本的に関西人はケチなんですよ。あの頃はビールの缶の蓋をポチッと外してカップに入れてましたから『なんで300円で買えるんが600円なんや』って言うんです。今はホースで入れて700円だそうですが・・」へーえ、ま、分からんでもないね。この他、高校野球おっかけギャルとも話をしたことがあるそうで、「明〇の寮は厳しいが明〇の寮はそうでもない」といった大っぴらには言えないネタも持っていた。

気がつけばあっという間に30分は過ぎ18時半になっていた。おっとこれはいかん、今からボウリングなんで。私の方が名残惜しいくらいで、1週間前のタバタマMRとはえらい違いだったわ。

2018年9月5日水曜日

こてる先生に診てもらっています

外来でいつも私を指定する高齢女性患者ナミコさんが「先生、私は金曜の午前だけデイケアに行っているんですけどね」と話し始めた。体調のこと以外にもよく相談などされるのでまた似たような話かなと思ったが違った。

「そこでは知らないお年寄りに『病院はどこに通っていますか』と聞かれて青雲会病院ですと言うと『誰先生に?』と言われたのでこてる先生ですと答えたら、まあ『あーいい先生ですよねぇー』って言われてぇー」
「ほう、なかなか見る目のある人ですね」
「いやー、それがもう自分のことのようにうれしかったです」
「あは、そうですか」
「つまらん病院の変な先生にかかっているなんて、と思われたら嫌でしょう。ほんと良かった」

そりゃ私もうれしいけれど地域住民のコミュニケもこうして広がっていくんだね。悪いことは出来ましぇーん!(^ ^;)

2018年9月4日火曜日

「義母と娘のブルース」を見た

朝ドラと大河しかこのところドラマは見ていなかったが、火曜TBS系の「義母と娘のブルース」ってのが人気あるらしいと聞いてタイムシフトマシンで見てみた。カールがこれまで見ていたので分からないところは補足してもらった。主人公は綾瀬はるか扮する宮本さんというキャリアウーマンで余命幾ばくもない娘持ちの男性と結婚してその娘を育てるというストーリーだ。すでに8話で話は佐藤健(たける)扮するパン屋の立て直しを綾瀬はるかが指導し、その中で佐藤が綾瀬に恋心を抱いているという状況だった。

「佐藤健がさー、朝ドラとは全然違うキャラなんだよねー」とカールが言っていた意味がよく分かった。イケメンは同じでもこっちはちょいと足りなくておっちょこちょいのキャラのようだ。そうだ、朝ドラといえば近所のおばさん役に麻生祐未が出ていて「半分、青い」と同時進行なのがおかしい。それともかく、綾瀬のキャラがものすごくて可笑しくも分かりやすい。キャリアウーマンの物腰と言い回しで日常生活を全て済ますのでそのギャップに笑える。ふーん、7話も見ていないのに途中からでも見られるね。当初タイトルが全然その気になれなかったので興味がなかったが、1話見ただけで面白さが分かりこの夏の民放ドラマでは一番の視聴率なのも肯ける。さっそく「ぎぼむす」なんて略して言われているとか。あと2回の放送だが来週も見てみよう。

2018年9月3日月曜日

「PMイレブン」って?

この間のことだが、医局の医師作業補助者の未知松さんが渡した連絡紙にこう書かれてていた。


これに私がいちゃもんをつけた。「これ間違っているよね」「え、どこがですか?」パーティの開始が30分早まったことは問題ではない。表記がおかしいと言っているのだ。日本語が午後7時や午後6時半なのは誰でも分かるだろう。しかしここに英語のPMやAMを使うならば7:00PMや6:30PMと書くべきなのだ。PM7:00と書くとテストでは多分ペケになるだろう。どうしても英語と日本語を混ぜたければ7時PMとでも書くか。PMを時間のどっちに置くべきか迷ったら「イレブンPM」と覚えておけばいい。あの伝説の深夜番組は当然「11PM」と正しい表記だった。「PMイレブン」とは決して言わない。

それに、私はカルテでもこの日記でも午後7時とかは書かないようにしている。24時間表記で19時とか18時半と書く。紛れがないからだ。午前の場合は敢えて午前7時と「午前」を付けるようにしている。理由は同様である。それと午前0時とか午後0時とかも書かない。非常に紛らわしく敢えて書くなら「昼の0時」とか「夜の0時」と書く。これなら間違いようがない。そんなことを述べたら未知松さん以下のようにプリントし直して医局のドアに貼り付けていた。
ふむ、これでよい。で、ぴったし18時半に着いたら、理事長や院長、ラブカメ先生などささっとビールやワインを飲んですでに盛り上がっていたのだった。

2018年9月2日日曜日

出水にグリーンの会社あり

出水市に住む同窓生のシンタカさんと昼に会食をした。当初、阿修羅化粧品が経営するホテルの1階のレストランで食事をしましょうかと彼女の車で向かったが、迂闊にも要予約とのことで利用出来なかった。彼女は「ごめんなさい」と謝り、次の場所へ移動することになった。実は彼女はどんな料理があるのか興味があったのだけれど一人で利用する勇気はなく今回がいい機会だと思っていた。ただ、ホテル1階には誰もおらずガランとしていた。レストランは予約がなければ開けないのかもしれない。

面白かったのはその阿修羅化粧品という会社で、彼女に言わせれば連鎖販売取引いわゆるマルチ商法なんだとか。そして「出水市出身の夫が社長で副社長が奥さん、儲かって儲かってしようがないから本社は福岡にあるけど出水にも貢献したいとの趣旨で焼酎会社も買い取り、ホテルも作り、ビニールハウスでキウイーか何かも作っている」らしい。何、税金対策か?イメージカラーが緑というのは一目瞭然でトレードマーク、社用車、焼酎のビン、化粧品のケースなど全部緑だ。ちなみにその化粧品は彼女には「私は肌が弱いから合わない」とのこと。

NHK朝ドラ「半分、青い」の小西真奈美が演じる着ているものからカツラ、小物すべてグリーンに統一しているキャラを演じているのを連想した。そうだ、2018年4月20日のこてる日記「ミドリダ整形外科」の院長先生も全部緑出ないと気が済まないキャラだったそうだ。緑にはそんな魔力があるのかも。

昼食時にはこの間亡くなった内公Drのことや親や自分の健康問題など話が続き、2時間くらいはあっという間に過ぎた。帰りは出水駅まで送ってもらった。で、「あれ、見て。あれも阿修羅化粧品が造ったの」と言われたのが駅近くの丘に大きな観音様のような金ピカの銅像で子どもを抱っこして「しかも見下ろしているのが運界酒造の工場なのよ」と苦笑いしていた。(運界酒造工場はもとは彼女のお父さんの会社のものだった・・)
さずがに観音様まで緑というわけにはいかなかったようだ。ただ、どういう意図で造られたかは知らないが、これに手を合わせて拝む気にはならない。仏像には歴史と品格がないとネ。

2018年9月1日土曜日

きっとヒラメグDrに笑われる

大腸内視鏡を頼まれ、長島のクリニックまで新幹線、肥薩おれんじ鉄道を使い、最後はお迎え車の乗せてもらった。新幹線では阿久根でクリニック開業されている和山Drとその娘さんとばったりあった。私が七五調病院に出張している時の外科部長だった先生でその後たまーにこうしてばったりあっては話をしたりする。長島は長く院長をしていたバタフジ先生がクリニックを若手のゼンコンDrに譲り、今は週1外来を手伝っている。で、和山先生が「バタフジ先生は来年ヨットで世界一周と目論んでいるそうだが・・」と尋ねてきた。そう、それは私も聞いていた。だが直に聞いてはおらず学生時代からヨットをやっていてベテランとはいえ「大丈夫ですかねえ」と不安を口にした。一人で行くいわゆる「太平洋ひとりぼっち」を真似るそうだが相当危険な旅になるはず。ジャーナリストの辛坊治郎が出航後すぐに遭難して(鯨が船底にぶつかり浸水、沈没)助けられたのは確か5年くらい前だ。「死んだらはその時はその時さ」と言っているらしいが、それマジ?今日はクリニックにはおらず聞けなかったが今度きちんと確かめてみよう。

朝から大腸内視鏡をやっていて4番目の人はカルテを見ると4年前も受けていた。ただ、検査記録は私のではなく、珍しくもヒラメグDrが書いていた。検査依頼はたいてい私にあるのだが、癌検診結果報告がある時期は患者が殺到し毎週のように検査が組まれるため私も行けない時がある。そこで彼女に応援を頼んだのだった。60才代の女性で所見は「W.N.L」とあった。これはWithin Nomal Limits=正常範囲内の意味で昔は私もよく記していた。今は日本語で「異常なし」と書く。これは病院の方針でカルテには誰が見てもすぐ分かるよう出来るだけ日本語で書きなさいと指導されているからだ。ヒラメグDrは青雲会病院では非常勤だったからそこまで徹底はされていない。

それはともかく、内視鏡写真をみて「あ」と思ったのが回盲部到達時間で17分54秒だったことだ。これは結構時間がかかっている。入りやすい人ならば2、3分しかかからず、私など5分を越えると「チト、時間がかかったな」と感じるくらいだ。17分もかかったとはこの患者さん、腸が伸びやすく屈曲が強いタイプなんだろう。でもまあ、私なら10分もかかるまいて。検査前にそう思い、ちいとばかし鼻に掛けた。結果はどうだった?何と19分40秒。この下手くそ!「まあ、先生。私より遅いんですね」ヒラメグDrに笑われるワイ。