2019年6月30日日曜日

出せぇ〜

(MacBookProに触れられない事情があり、11時半にやっとそれが可能となり、ようやく日記を書けるようになりました。詳しくは来週の日記ネタで。今日は一部の人には全く興味の持てない麻雀ネタですが、ネット麻雀の最中に実況を始めた様子を動画にアップしてますのでそれだけでもどうぞー)

当直明けで帰宅して結局BTQだった。昼食はどうにか起きて午後もだらだらと床寝してTV録画など眺めて過ごした。

夕方、また天鳳を始めた。するとこれが絶好調で東4局親の時点で5万点以上のダントツになっていた。2位にも2万8千点以上の差を付け、さらに欲張って上がろうとしていたら・・まずは下家に5200を放銃したのがケチのつけ始めで、その後対面の親に親満12000点を放銃し一気にトップが危うくなり、その後も対面に上がられまくりオーラスの段階では1万5千点もの差を付けられ2位に落ちていた。

で、もらった配牌が9種10牌のくず手。もちろん9種倒牌で流すことも出来るが内心むしゃくしゃしていたので国士無双に走った。こういう場合はたいてい上手くいかないとしたものだがー。次のツモで1萬を持って来て10種11牌の二向聴になり手応えを感じた。6巡目には発を持って来てついに一向聴、手は么九牌だらけになった。すると早く終わらせたいトップ目の対面がチーして喰いタンを聴牌した。この時ドラの3萬待ちか5萬待ちかで対面は5萬待ちを選択した。実はこれが痛恨。確かにドラ待ちは上がりにくいがすでに場に5萬は2枚切られていて待ち数がかなり少ない。その後私がドラ3万をツモ切って難を逃れ、9ピンを持って来てついに国士聴牌で待ちは1索。音声を大きくしデジカメ動画を撮り始めた。出せぇ〜1索!

へへー。見事1索をツモ上がり、親の役満4万8千点、ジャーン!の効果音がうれしいね。文句なしの逆転トップだったが、本来ならこんなアクロバティックなことをせず勝ちきらないとー。今回はたまたまラッキーなだけだったと、後でちゃんと反省したのだった。

2019年6月29日土曜日

<ら抜き表現>

昨日の串木野トリオリーグでの私の調子はまた今一だった。だが1回だけスプリットメイク出来て、その時だけは動画に撮ってもらっていた。何か「取れる!」って予感があったのよねー。

今日は朝から外来で昼から翌日朝まで通しの当直勤務で、これは久しぶり。丸1日のお仕事だ。喘息実は鎮痛剤の副作用、交通事故、過換気症候群、意識障害実は低血糖発作、右下腹部痛実は尿管結石などが救急患者だった。その合間を縫って月末のレセプトを済ませた。

ふう、これでやっと寝れる・・いや、寝られるが正しい表現だ。それは分かっている。でも今日のNHKの番組で投稿者が書いた「〜が見れる」という表現を明らかに間違いなのにそのまま字幕でも「見れる」と表記していた。これには少し驚いた。初めて見た。というのもこの場合は今までは正しく「見られる」と表記していた。民放も同様だった。

これを見て、そろそろ時代も変わりつつあるかもと少し大げさに思った。言葉は時代とともに変わっていく。<ら抜き表現>と言われる、「見れる」、「食べれる」、「来れる」などが徐々に市民権を得て逆にそっちが正しいということになっていきそうってこと。実際、「見れる」「食べれる」「来れる」と使っても意味は通るし、受け身表現の「見られる」「食べられる」「来られる」との紛らわしさも回避出来る。私はそれでもきちんと「見られる」としゃべっているが、それは無知と思われたくないからで忙しい現代においては若干しゃべりにくいと思っている。

数十年後は<ら抜き表現>が正しいということになるだろうから、今日は公共放送が<ら抜き表現>を表記したという時代の変わり目の日ということになるだろう・・やっぱり大げさかな?

2019年6月28日金曜日

あらなんともなや

朝から大雨で7時15分からのNHKBSの「おしん」が途中から見られなくなった。BSはこれがあるかなあ。7時30分からの「なつぞら」も当然似たような状況だったが地上波で録画をしているので大丈夫。「おしん」はその時間1回だけの放送なので少し困ったが、幸い土曜から日曜にかけて1週間分を一挙放送してくれているのですぐに録画予約をした。そしていつもより早めに家を出た。運転もゆっくり慎重にしなくちゃな。

すごい雨だったけど高速道路は閉鎖もなく普通に運転できた。病院には早く着いたので「なつぞら」を見終わってから院内に入った。

外来ではある女性患者が胆嚢のポリープのフォローアップで来ていて腹部エコーをすると特に変化無く問題ないと診断しそのことを伝えた。無論ほっとし喜んでくれさえした。それで彼女の帰り際に「『あらなんともなや』でしたね」と言った。「ああ、なんともなかった」という意味で、私の中では有名な松尾芭蕉の俳句「あらなんともなや 昨日は過ぎて ふく(ふぐ)と汁」から取ったものだ。現代語訳すれば「ああ、なんともなかったよ 昨日が過ぎてみればこわごわ食べたフグの汁も問題なかったことだ」である。実は「あらなんともなや」の中に彼女の名前がすべて含まれていたからだ。カルテを見て私はすぐに連想したよ。

「ええーそうですか。知りませんでした。今度ネットで調べてみますぅ〜」と明るく帰っていった。そばに付いていた看護師が「先生、そんな俳句まで知っているんですか。詳しいですねえ」と感心していたが、何のことはない、確か高校の国語で芭蕉の初期の句として習っただけのこと。後のわびさびとは違う句調が印象的だった。まさかこんなシチュエーションのために覚えていたわけでもあるまいが・・。

でもこうした教養って知っていて損はない。人生が豊かになる気がする。どうかな?

2019年6月27日木曜日

ソン・ヘギョさん、予想どおりの結末

最近は韓ドラをそんなに見ないからいわゆる韓流スターの動向はよく知らない。ていうか半分以上知らない俳優、女優ばかりなんで知る以前の問題だ。それでも女優ソン・ヘギョが俳優ソン・ジュンギともう離婚とすると聞いてありうる話だと思った。二人はドラマで共演した縁で翌年の2017年10月31日に結婚し、ソン・ソンカップルとして話題になった。そのドラマを見ていない私ですら知っていた。

しかし結婚生活長く続かないだろうなと思ったのは、ソン・ヘギョという女優、だいたい共演者といい仲になるタイプだからだ。古くはドラマ「オールイン」でイ・ビョンホンと付き合っていた。1年ほどして別れた後、今度はドラマ「フルハウス」で共演した歌手兼俳優のRain(ピ)と交際が噂された。それから4年後またドラマで共演した韓流スターの一人ヒョンビンと交際宣言した。でも3年後破局。しばらくは噂はなかったが2016年の大ヒットドラマ「太陽の末裔」で主演のソン・ジュンギと交際が噂になり今度は本当に結婚してしまった。でも彼女は本質は女優なんだよな。妻としては男性優遇社会の韓国ではやりにくいはず。女優業を10年くらい休んで子育てが一段落したら復帰するつもりなら良かったかもしれないが本人も周囲も女優であることを望み望まれている。それにすぐに相手を好きになるというキャラはすぐに飽きるタイプだろうし、世間は別れても「だろうね」と思ったはずよ。でもきっとこの離婚が彼女の痛手になることはない。これまでの先輩女優らが証明している。それは日本も韓国も変わらない。

総務とPC会社の人が医局の模様替えを行っていた。7月から外科のモトイDrが勤務することになり机も電カルも不足するためである。電カルが3台から4台に増え、そのあおりで42型のTVが移動になった。その移動置き場所が狭くなるので医局のカルテ作業補助の女性陣が「TVをサイズの小さい女性休憩室のものと取り替えようかしら」と提案していた。何?それには私が猛反対。「TVはサイズ」と信じている私が小さいサイズになるのは許せんと42型でもどうにか置けると主張した。そしてこの際だから当直室のREGZAのZ1と交換しようと提案した。大きさは同じでも医局の方が古く、TV録画も出来ないタイプだからだ。総務の畠鏡さんに強く迫りそれも近々入れ替えますと承諾させた。

ふむ。この場に私がいて良かったわ。

2019年6月26日水曜日

レア名字を思い出せ

「読売新聞人生案内」の勢いは今日もまだ続いていた。夕方まで500アクセスはあり、昨日一昨日の10分の1くらいだけどそれでも通常の3倍近い数だ。最終的には813まで行った。うん?「813」。アルセーヌ・ルパンか、なんちゃって。

放射線科のCTレポート者に「馬ノ段(うまのだん)」という名前の人がいて珍しいなと思い、「名字検索サイト」でチェックしたら全国49257位で約40程度しかいないレア名字だった。4万位台は結構珍しい。解説には薩摩発祥で鹿児島県に多く見られる、とあった。今月はドック利用者にも「七ツ谷(ななつたに)」「石室屋(いしむろや)」とレア名字の人がいて七ツ谷は55597位、石室屋に至っては60766位だった。そこでもっと順位の低いレア名字の人が来ていないかと看護師らに聞いてみた。みんなあれこれ思い出し教えてくれるが、さほどレアでもなかったりせいぜい1、2万位程度だったりでそうそうレア名字の人はいない。

そんな中、外来のニシマキNsがドック利用者の「八ヶ婦(やっかふ)」さんを思い出した。ほう、それは聞いたことがない。調べると64067位。「おー!」と声が上がった。解説では前の3つは鹿児島発祥らしいが、八ヶ婦さんは宮崎発祥でえびの市に多いとのことだ。「へえー面白い」とニシマキさんは感心していた。彼女は「私の旧姓は〇〇っていうんだけど調べてみてー」というのでそうすると、280位で「現佐賀県と長崎県である肥前地方に多くみられる」とあり、「そうなの、私は佐賀であのあたりじゃ〇〇はむっちゃ多いの」って名字だけでおおよそ出身もばれちゃうね。

名字だけでも話題は尽きないのであった。

2019年6月25日火曜日

こてる日記アクセス急増!

昨日の6月24日からこてる日記へのアクセスが増え始め、最初は知り合いの誰かがブログ、ツイッターで話題にしてくれたのかなとも思った。しかし昼から夜にかけてその数が尋常なないくらい増え、1000件を越えてきた。私のブログへのアクセス数はせいぜい1日150から200件くらいのものなのでその多さが分かるだろう。Googleの「Blogger」を使っていてどの記事にアクセスがあったかはすぐに分かった。今回は2017年12月4日の『読売新聞「人生案内」』だった。はて?そんなに注目を集めるような内容だったのかな。
http://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2017/12/blog-post_4.html
嫁の悪口をいう義父に対しそれをたしなめる回答者、もう一つは息子と離婚しようとする嫁の悪口をいう義母に対しやはりたしなめる回答者という共通するパターンを話題にした。ううむ、それがこんなに注目を集める内容とも思えぬが・・。誰かがツイッターにリンクを貼ったというのも解析で分かったがそのツイッターは見ることが出来ない。

で、今朝になってチェックすると何とアクセス数が4000を越えていてもうびっくり。
(↓月単位のアクセスグラフだが低値安定していたものが突然のピークに驚く)
それが昨日よりも今日のアクセスがまだ多いくらいでこれもあり得ないパターンだ。普通初日でアクセスは収まることがほとんどなのだ。その数はどんどん増え1分単位でみると5件もアクセスされ続けていた。そして夜には昨日からのアクセス数が9千件を越えてしまった。いやはや・・。(↓週単位のアクセスグラフで見ても突発ぶりが著名だ)
これまでのこてる日記アクセス記事トップはは女子プロボウラー「西村美紀」の引退を話題にしたもので2年半かけてせいぜい2929件、次が新型プリウスの試乗を書いたもので778件とつつましいものだ。それがたった2日で9千件だよ。誰がリンクをしなぜにこんな内容の日記にアクセスが増えたのか、誰か分かる人がいたら教えてー。

2019年6月24日月曜日

マスクばばあと呼ばないで

青雲会内視鏡室の助手は4月から、ウラコさんという還暦を迎えた女性が内視鏡の洗浄など行っている。ただ一人ではとてもこなせないので新人の臨床工学技士二人も手伝っている。そのウラコさんだが、朝、私が仕事をしようとすると必ず、「先生、これ」とマスクを手渡すのだ。「うん、ありがとう」と着けるのだが、それは1ヶ月ほど前風邪ひいて咳コンコンが続いているからだと思っていた。だから「今はもう咳はしてないんで」と断るも「イヤそう言わずに」とマスクを差し出す。まあ、検査にはしていたほうが無難だしそのまま受け入れていた。

しかし、急いで検査に入る時など、ちょいと面倒になってそのまま検査台に直行しても終わる頃にはきちんとマスクが置かれている。これは何が何でもマスクを着けて欲しいとの執念だな。で、「どうしてもマスクを着けさせたいんだな」と言うと「ですよ。私は外に出る時はいつもマスクをしてますし、人混みに入る時は2枚重ねにしています」とのことだ。それで「私、風邪は引いたことないです」「インフルエンザも?」「ええ、引いたことないです」とキリッだ。「へーえ、マスク・・ウーマン、いやレディか」と言うと「いいえ、マスクばばあでいいですよ」と照れなのか謙遜していた。

それ以降、そんなウラコさんなので次にマスクを出されても素直に受け取るようにしている。それが今日も素早く仕事始めにマスクが出されたので私はつい言ってしまったのだ。

「さすが『マスクばばあ』だねえ」

と、「何ですって?!」とお顔が曇り少し険が立ったのだ。「え、だって昨日は『マスクばばあ』でいいって・・」いかんまずかった。そんなのを真に受けた私がアホだった。「あはは、マスクレディだよねぇ、すまんすまん」と平に謝ったのだった。

2019年6月23日日曜日

どうしたホンダ

週刊現代に自動車会社ホンダの内紛問題が記事になっていた。やれ中国派とアメリカ派の争いがあってとか、ホンダの中核である4輪自動車が最近売れていないのは派閥抗争があるせいだとか喧(かまびす)しい内容だった。

細かなことは知らない。だがここ10数年、ホンダ車に乗ってみたいと思うことが少なくなってきているのは間違いない。10年前にトヨタプリウスを購入するまで、私が買うのはホンダばっかしだった。万人向けのトヨタ車じゃ面白くない、粋な車を作るホンダに期待し、またそんな車を気に入り、20年以上5台を乗り継いできた。

子どもたちも成長し、オデッセイで毎日20kmの往復通勤をするにはムダが多くなってきて、燃費が良くて手頃なサイズの車に代えようとした際、ちょうど三代目プリウスが発売されるタイミングだった。それだけでなくプリウスはトヨタにしては珍しく新機軸満載の意欲作でホンダが作りそうな車だった。対抗車のホンダのインサイトはプリウスより劣るところが多く自腹を切るとなれば当時はプリウス一択だった。

結局その次もまた四代目プリウスにした。ハイブリッド車が世にあふれプリウス以外にも良い車はあるとは思うが、かつてのように何かをくすぐるような車がホンダにはない。いったいどうしたんだ。内輪もめしている場合か?かつての日産のようになり外資に介入させられるのか、独自のいかにもらしい車を作り輝きを取り戻すのか、今はトヨタに乗る私だが、無論、後者を期待している。

2019年6月22日土曜日

半荘実況、悲惨な私

土曜午後は麻雀だった。面子は、見せたまえ、腹出し、サブアラドのいつもの3人。このところサブアラドと私は負けが続いているのでリベンジしたいところだ。

最初の半荘、腹出しが見せたまえからリーチドラ1の2600ロンで静かに幕を開けた。次局、私がメンピンドラドラの満貫手リーチ。これに腹出しが1ピンを放銃、裏ドラをめくると私の暗刻の4萬がドラになりハネ満に化けた。しかし腹出しはいつものように悔しさを顔には出さない。(本当は悔しいはずだがそれを出すことも悔しい負けず嫌いナタイプと私はみている)↓私の上がり手。リーチピンフドラ5。

まずは高い手を上がって自分の親を迎え、気分よく手作りを進めた。ところがこの後とんでもない展開が待っていた。

対面の見せたまえが4ピンをポンして何やら手作りをしている。そのうち、自分の手も進みピンフドラ1高めイッツー3面張の手を聴牌した。余り牌は生牌の東。こんなの叩き切ってリーチ!に決まっている。すると「お、出た」と見せたまえが牌を倒した。げ、ピンズの混イツ西東で満貫8000点だ。

次局、私はタンピン系のまずまずいい手。しかしサブアラドが見せたまえにドラの中を鳴かせてしまった。聴牌しているかすら不明な状況で私は聴牌、こそっと7ピンを出すとこれがまた放銃。満貫8000点で最初に稼いだ12000点は吹っ飛んだ。

次局は私はまた満貫手を張りリーチしたがこれは流局。そして次にこれまで戦闘に参加出来ないでいたサブアラドがチャンタ三色北ドラ1の満貫を腹出しから上がりトップをうかがった。次局、少しでも点数を取り戻したい私はリーチ中ドラ1の手を作った。これに箱飛び寸前の腹出しが私の出した4索に静かにロン!。開けられた手を見て愕然。タンピン一盃口ドラ3の何とダマのハネ満12000。ぐぐぐっ。やり返されたワイ。逆に私の方が箱飛び近くになった。腹出し「3ピンじゃなくて6ピンだったら三色も付いて倍満だったのにー」だってさー。くー、悔しいぜぇ。

次局、またしてもメンタンピンドラ1の満貫リーチを私は掛けた。しかしサブアラドが見せたまえから発のみ千点を上がる。ううむ。次局、親の私は終盤ようやく七対子を聴牌した。待ちをドラの2ピンか上がりやすい白にするか、ここは点数がない私(1300点しか残っていない)ゆえドラ待ちだろうとリーチ。すると次巡持って来たのが白。あーあ。これにしていたら一発で満貫12000だったのにー。するとサブアラドが追っかけリーチ。
(↓リーチ棒出して残り300点。白待ちにしていたら・・)
嫌な予感。案の定当たり牌の1ピンを持って来てついにドボン!半荘終了となった。なんと、出だしハネ満を上がった私がビリでドボンだよ。ありえる?この展開。トップはサブアラド。私は意気込んで始めたのに出鼻をくじかれた格好だ。ふう。

でも、この後トイレに行き、思い直した。大きなミスはしていない。それでも結果はこんなに無残なことが麻雀にはある。ミスを減らし丁寧に打てばきっと取り戻せる、と。この後私もトップを取るなどし、一時混戦模様になり、9回目の半荘でサブアラドが四暗刻をツモり上がって大トップを取り今日の一番の勝ちが決まった。久しぶりの勝利で彼は御満悦だった。

迎えた最後の半荘、ちょい沈みの私はどうしてもトップを取りたかった。このままでまたもや負けになる。オーラス、トップ目のサブアラドとの点差は3700点。南家の私はドラ1の手でリーチ掛けるか1枚の南を重ねてダブ南にするしかない。ようやく南を重ねた直後、腹出しから出てポン、最後はまた腹出しが当たり牌を出して3900点の上がりでかろうじてトップを取った。これで全半荘終わってぎりぎりプラスに転じた。ふうー。

振幅激しい出だしから終わってみればちょい浮き。これでも一応は勝ち組。とりあえずは連敗を脱した。また2週間後くらいには打とう。今度は余裕の勝ちを目指すぜい。

2019年6月21日金曜日

フォーラム懇親会

オリンピックの当選したチケットはやはりサッカーだった。いくつか申し込んでいた中の準々決勝A席2人分だ。無論、今は対戦チームは全く予想できないが、負ければ敗退、メダルに届くかどうかの重要な試合だから、そこそこのチームが登場するに決まっている。それが日本チームだったら最高だ。1人2万1000円も通常の試合からすると何倍もの料金だがオリンピック記念と思えばまあまあか。支払いもVISAカードなら手数料不要とのことでそれで申し込み、紙チケット郵送ではなく自宅プリントで申し込んだ。チケット料に比べれば些細な額だがその方が少しでも安いからで、この辺の性分は変わらないナ。

夜は炎症性腸疾患のフォーラムに城山まで出かけた。タクシーチケットをもらったにも関わらずいつも頼むところの車が全て出払っていてカールに乗せて送ってもらった。主に潰瘍性大腸炎の治療についてでなかなか面白くためになる会だった。終わって情報交換会では旧鹿大第二内科の面々と久しぶりに懇談した。

ボウリング同好会の後輩のサメジー君もいて、彼はまさに炎症性腸疾患の画期的な薬が登場したおかげで医学生時代を乗りきり無事に医師となり自分また同じ病気に苦しむ人の治療に当たっている。「いまでも〇〇〇ー〇は使っているの」と尋ねると「はい、8週間1回点滴しています。それでずっと良好です」と答えてくれた。その薬が登場するまでは学校に行くこともままならず留年を繰り返していたのだった。ボウリングも上手で私がマイボールキャンペーンといってボウリング大会ごとに優秀ボウラーにおニューのマイボールをプレゼントしていた時、ある大会で学生らが寄って来て「今回はサメジー君に与えて欲しい」とお願いして来た。理由は上記のごとくでまだ効果的な治療を見つけられずにいたころだった。ボウリングは最近はしておらず、また今は子育て真っ最中のようだから集中できないだろう。また何かのきっかけで始めることもある。その時はまたいっしょに投げよう。

皮タックDrとはあのオマルさんの話題で盛り上がった。入院中私が主治医で囲碁の相手をし、通院中は彼が担当医だ。ここ1年病院では見かけていないが、彼によると「それがすごい元気になって、いや、なり過ぎてあのきついキャラが前面に出て奥さんが相手するのが大変なんだそうです」だと。それに耐えかねて奥さんがオマルさんに反撃し・・いやはやそれは大変なことだったっすね。私が処方した心不全治療薬の〇〇ス〇を服用するようになってから調子が良くなったという。それで私とまた囲碁を打ちたいらしい。たまに入院する時は望みOK病院に紹介するそうだが、「(皮タック)先生、入院は青雲会病院にしてくれんかね」とお願いされているそうだ。「こてる先生ともたまに会いますよ」というとニコーっと笑って「よろしくお願いしますよ」だってさ。ふーむ、オマルさんと打たないでいるため、私も囲碁の勉強がおろそかになっている。「たまには(入院も)いいですよ」と返事しておいたからまた近く来るかもなー。

そんなこんなで情報交換会(内実は懇親会)は過ぎていった。

2019年6月20日木曜日

昭和歌謡よ、いつまでも

東京オリンピックのチケット抽選発表があった。今日はサイトへのアクセスが集中して何時間か待たされると聞きすぐにはアクセスしなかった。夜になっても「1時間の待ち時間です」と表記されたので「そんなヒマあるかい」とすぐに取り止めた。しかしだ。メールで当選か否かは連絡があると聞き、チェックするとなんと1組2人分当選!だって。4万2千円の支払いになるとあり、一番見たかった体操や柔道は会場の収容数がせいぜい1万人くらいだろうから多分サッカーかなぁと推測した。どうであれ念願のオリンピック観戦が確定して素直にうれしい。どれが当たったかは明日の明け方確認しよう。

午前の外来に高齢御婦人が来た。私と同姓ということもあって気安く会話していると、友人らとカラオケに行くのが習慣で楽しみだと聞いた。鹿児島市内まで出かけ、昼の13時から17時くらいまで10人くらいでそれぞれ好きな歌を4、5曲歌うんだそうで、料金も「千円で済む」んだとか。へー、楽しそうですねぇ。どんな歌を歌うのかと尋ねると「今の歌は知らないし、みんな昭和歌謡ですよ」と、好きな歌手に、春日八郎、島倉千代子、田端義夫、そして新川二郎(後に新川二朗)の名を挙げた。新川二郎ですか、知ってますよと私はいきなり「♪雨の外苑、夜霧の日比谷〜」と彼の代表曲「東京の灯よいつまでも」を歌い出した。「ああ、そうそう」と御婦人。https://www.youtube.com/watch?v=GjJBunThqfM

そこで調子にのって春日八郎の「♪恋の涙か蘇鉄の花が〜(長崎の人)」、田端義夫の「♪赤い蘇鉄の実も熟れるころ〜(島育ち)」と歌い出した。いずれも昭和30年代の歌で島倉千代子は昭和30年代なら「からたち日記」かな、ちょっとこれは歌えない。昭和30年代と言えば自分が生まれた時代であるが上記の曲は子どものころは知らず全て大学生の頃に知った曲ばかりだ。「東京の灯よいつまでも」なんて大学1年の時、天文館のパチンコ屋の館内有線放送で初めて聴き「古そうな曲だけどなんか味のある歌だな」と覚えたものだ。「島育ち」は大変好きでドーナツ盤のレコードをわざわざ買ったくらい。一方でビートルズやクイーンなど洋楽も聴いていたが昭和歌謡も好んで聴いていたのだ。

平成のヒット曲は100万枚を超えるものがいくつもあるけれど御婦人たちのようなカラオケの楽しみ方には合わない気がする。昭和歌謡は一つのジャンルとして今後も生き残っていくのではないか。私もリタイアするころは御婦人たちのように楽しみたいね。御婦人は「まあ、今日は診察に来て良かったわ〜」と御満悦の様子で診察室を後にした。ふむ、よほど私の歌声が心に響いたらしい・・・(?)。

2019年6月19日水曜日

山形の人が詐欺電話対策をしたら・・

録画でNHKの「ためしてガッテン」を見ていたら、オレオレ詐欺電話対策で面白い実験をやっていた。

参加者を一人一人個室に入れて、別室からNHKアナウンサーがマイクでいろんな作業を命令する。少し慌てるくらいにプレッシャーを掛けながらするのだが、最初のグループの人たちはそれでもだいたいうまく実行できるのに、もう一方のグループの人たちは妙に慌ててほとんどの作業が上手くいかないのだった。視聴者からすれば一見差がないように見えるのになぜ?となる。実は上手くいったグループには手前のスピーカーから音が出ていたのに対し、失敗グループの人たちにはイヤホンを付けてもらい命令していたのだった。耳元でささやかれたり命令されると人は冷静に判断しにくくなるという鮮やかな実験だった。

これが電話による詐欺に応用されているんだというNHKの解説には納得がいった。それで、どうすれば対策できるかとなる。それには最初から留守電にして電話のスピーカーから聞くようにすると冷静に判断できるし、詐欺グループは録音されるのを嫌がるのであまり掛けてこなくなるともいう。

そこで山形のある老人男性は自分の町から被害を出さないようにしたいと各老人家庭を回り、留守電設定するように頼んで回った。だが、みんな「はいはい」と聞いてはくれたが実際に留守電にしたところはほとんどなかった。そのわけは「ホントは家にいるのに『〇〇です。ただいま留守にしています』とウソつくのは何だか相手に悪い」と思ってしまうとのことで、確かにそれも分かる。

しかしそれでは被害は無くならない(実際に被害に遭った人もいた)とのことで、各自が自分の声で「対策のために留守にしているから」と録音機能を使えばやりやすくなると説得すると、今度は多くの家で留守電にしてもらえた。悪戦苦闘しながらも自ら録音する様子が映像で紹介されていたが、私は別の観点から「おおっ」と思ってしまった。

「おしんと同じ言葉をしゃべっている!」

そう、今、毎日「おしん」を観ているので山形弁には敏感に反応してしまうのだ。そこは山形の田舎町で時代は違うが山形弁は同じなのであった。自録音は慣れないようで「もしもし、誰だや、忙しい時に来て。・・・こだな電話もらっても困るな」とあるおばさんがしゃべっていたが、これはちょっと良くない録音の仕方で「ごしゃいだら二度と(知人は)電話よこさないベさ」と山形の老人男性に注意されていた。「こだな」は「こんな」で「ごしゃいだら」は「叱ったら」の山形弁だ。おしんにもしょっちゅう出てくる。

今回の「ためしてガッテン」、二つの意味で楽しめ、役に立った回であった。

2019年6月18日火曜日

千円カットデビュー

午後は早帰り、といってもほぼ夕方に近かった。夕食までの時間を利用して20年ぶりに新たな散髪屋に行くことにした。カールの勧めでいわゆる「千円カット」の店である。永吉2丁目の「スピードカット原良店」というところに車で行った。ところが、「定休日」でお休みだって。へー、月曜でなくて火曜が休みなのか。カールに電話すると「あら〜、以前は定休日なんてなかったのにこれも『働き方改革』かしら」とはいってもどうする?「すぐ近くに『3Qカット』て同じような店があるから」とのことでそっちに向かった。

店に入ると客は3人ほどで待ち客は私だけだった。実は前料金で支払機からカードをもらわねばならなかったのだがそれを知らないため順番の書かれた椅子の6番目にただぼうっと座って待っていた。しばらくして子ども二人連れたお母さんがやって来て支払機に向かったのを見て店員が私に「(誰かの)付き添いですか?」と尋ねてきた。「いやカットに来ました」「ではこちらで支払いを」と1200円を払うと「1番の椅子にお座り下さい」と指示された。ほうほう、私は全くこの店のシステムを分かっていなかった。町の散髪屋で「いつもの通りで」と一言で済ませていたので不慣れなことよ。なお値段は数ヶ月前まで1080円だったらしいが値上げしたようだ。

少し待つと奥から店長らしき男性が来て私のカット担当になった。「どのくらいにしますか」「やや短めに」「もみあげは」「これくらいで」と指で指してすぐにカットが始まった。結構大胆に切って、もみあげは電動バリカンでさっとカット、最後は掃除機じゃなくて吸引器で散らかった髪の断片を吸って終わり。12分くらいで終わった。思ったより短くなっていたがこれから暑くなるのでちょうどいいくらいか。仕上がりもまずまずだ。

帰宅してすぐにシャワーを浴びたが思いの外、髪の断片が残っておらずそこはよかった。これまでも私は洗髪と肩もみは頼まず3500円を2300円にしてもらっていた。最初のころは散髪時間に1時間近くかかっていたのがやや苦痛でそれで30分になって良かったが、これからは時間も値段も半分で自分にはなお良い。帰るころには客が増えてきていて私が入ったのはちょうど閑な時間帯だったようだ。「土日は客が多くて待ち時間があるわよ」とカールは言う。車の往復時間がありトータルで掛かる時間は長くなった。「だから、何かの買い物の次いでに私は寄るの」とはさすが1000円カット先輩のカール様。

町の散髪屋と違って味気ないがスピードと安さは今の時代に合っているのだろう。「岩ちゃん倶楽部」が閉店になったのも時代の流れだったか。

2019年6月17日月曜日

今頃「シン・ゴジラ」を見た

amazonから時々メールでPrimeVideo「最近追加された見放題作品」の紹介がある。今回はゴジラ特集で、私らが子どもの頃見た作品から、平成ゴジラシリーズ、そして数年前に公開された「シン・ゴジラ(2016)」などがあった。最新作である「シン・ゴジラ」は家のビデオに保存したままずっと見ずにいた。MacBookProで見られるとなると少し敷居が低まる。それでちょこっとクリックしてみると、東京湾を漂流する小型船が出てきて乗員が誰もおらず、保安庁の職員が調べていると突然揺れて・・といういかにもなパターンで始まり、ついついそのまま見入ってしまった。

まず驚いたのが破壊される街並みのリアルさだ。CGを利用しているのだろうが実際の破損した映像と上手く組み合わせていて、昔のミニュチュア製作のビルや道路のちゃちい作りからするとすごい精度向上だ。ゴジラが当初政府によって「未確認巨大生物」と呼ばれ、徐々にその生態を変えていく。特に印象に残るのが海岸から上陸したばかりの巨大両棲類のようなゴジラだ。最初はゴジラじゃなくて別の怪獣↓かと思ったヨ。

それと誰もが言っているが、これまでのゴジラ映画と違い「もしゴジラが日本を襲ったら政府、自衛隊はどう対処するのか」というテーマが明確なことだ。官邸用語がずっと出っぱなしでもしかすると退屈になりかねないところをうまくテンポ良く進めている。また、ゴジラを原発や津波に例えているのではないかという指摘も確かに当たっている。それと自衛隊が手に負えなくなってのアメリカの介入の問題(核爆弾を持ってゴジラを退治しようとする)の深刻さも観客に考えさせている。だから日本アカデミー賞の作品賞も取れたんだな。単なる怪獣娯楽映画だったら絶対に取れなかったはず。

それにしてもゴジラ映画は20年スパンくらいで手を変え品を変え作り続けられている。今年はハリウッドがまたゴジラ映画を作り(「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」)今、公開中だ。そこにはキングキドラ、モスラ、ラドンなどかつての東宝の主要怪獣も登場するという。これは私らの子どものころのパターンといっしょだ。つい見に行きたくなるが今のところ行けるタイミングがない。今回見た「シン・ゴジラ」がなかなかの出来だったので、ハリウッドが製作するとどうなるのかといった興味もある。もう還暦になろうとするのにまだゴジラ見るの?と言われそう。いや、子どもの頃にすり込まれた関心ってのはなかなか消えないもんなのよー。

2019年6月16日日曜日

「泥棒の巣から出たい」

よく晴れた日曜の今日、あこネーサ母の見舞いにカールとギボヒサコと出かけた。今は道路が良くなって50分ほどで知覧の老健施設へ着ける。明石屋のシュークリームを忍ばせ、母の部屋に入ると不在で、どこにいるのかと思えば、大きな廊下にある椅子に座り他の入居者らと会話をしていた。私を見つけると「およ〜来たかぁ」と顔を上げ、隣の人たちに「(息子は)今は大学病院にいるの」と20年近く青雲会病院に勤務しているのに誤情報を教えていた。まあ、私が医者をしているということが知れればいいのだろう。

母は杖を突いて歩くのだが、そのスピードは今のギボヒサコよりはずっと速い。ヒサコとの再会を喜びつつ部屋に戻り、ヒサコに「脚は大丈夫だったですか」と尋ねていた。3月末の最初の訪問の記憶は残っているようだ。「ええ、大丈夫です」と返事すると、今度は声を潜め「ここはねぇ・・泥棒がいるんですよ」と語り始めた。この施設は泥棒の巣で、首に掛けていたお守り袋の中のお金を夜明けに忍び込んできた泥棒に盗られたんだそうだ。もうツッコミどころあり過ぎのシチュエーション。しかし私は無理に訂正しようとはしなかった。その話の3分後には「ヒサコさん、脚は大丈夫だった?」の問いかけがあり、4分後には「泥棒がいるの、おとろしかぁー(恐ろしかー)」が繰り返されるからだ。

「まあまあ、それよっかシュークリーム食べよう」と手渡すと一口食べ「うんまかー」と全部平らげてくれた。この施設はお菓子などは持ち込み禁止なんだが、これだけ喜んでくれるんだ、守ってられるかいな。

窓を見るとちょうどこの施設のワンちゃんがいた。なでなでしてあげたいが窓は開かないようになっている。この犬を見て母は「(部屋に)入って来るから怖い」と言う。「絶対に入って来ないよ」と教えても今度は5分おきに「犬が入ってくるから(どうにかして)と職員に言うのだが何もしてくれない」と愚痴をこぼすようになった。ワンちゃん、人なつこそうなんだがねえ。母は犬は元々嫌いなんであった。

目下のところ、あこネーサ母の願いはこの施設から出ることだ。確かにねえ、同じようなお年寄りがたくさんいて管理もきちっとしてくれていいのだが、息が詰まるのかも。で、チエコンさんが別の施設を探してくれている最中らしい。もうしばらくだよ。今度は泥棒もいない・・いや、きっとそこの施設にも泥棒はやって来るだろうけどね。今度会う時はもっといっぱいお菓子を持ってくるから、またねー、母ちゃん。

2019年6月15日土曜日

町中産科医を支えているのは

今日は土曜勤務で外来業務をしていると、雀仲間の産婦人科医見せたまえDrから珍しく直接の電話が入った。うん?今日は麻雀の予定はないのだが・・。そもそも本来は今日の午後に麻雀を予定していたのに、彼からの「すまん、家族での食事会が入っていて」で、おじゃんになったいきさつがある。それが「初産の出産予定があってねー、そうなると食事会には自分は行けないのよ」ということは、麻雀ならできるというわけ。

ふむ、そういうことならもう1回麻雀をセッティングしようか。まかしときと、腹出しDrとサブアラドDrにメールやLINEで連絡を取った。だが、つい4、5日前はOKだった腹出し君が「すまん、別の予定が入った」で結局そろわなかった。食事も麻雀もできなくなった見せたまえ先生、「はぁ〜」と少々落胆した様子。残念。

町中の産婦人科医として彼は10年以上もお産にたずさわっている。県外に出て旅行やスポーツ観戦などしたいと思っているが、妊産婦のことを思えばいつでも駆けつけられるところにいないといけない。代診のDrにお願いするのは出来ても日頃診ている人たちからしたら院長先生に取り上げてもらいたいはず。彼はそこの責任感が強く、開業以来14、5年、鹿児島県から出ていない(らしい)。で、TVでのスポーツ観戦や麻雀、パチンコなどが主な娯楽だ。中でも麻雀は「将来は雀荘のオヤジになるのが夢だった」というくらい好きでそして強い。以前、雀荘で打っている時は「あれ?こんなに弱かったかな」と思うほど成績が振るわなかったが、4年前に彼の院長室に全自動麻雀卓を設置して以来、一番の勝ち組になった。お産の知らせの携帯電話にびくびくすることなく専念できるようになったのが大きい。お産の時は麻雀を一旦中断し、私たちが院長室で2、30分ほど待機する。まさにホームグラウンドでの闘牌ゆえ彼本来の強さが戻っている。

鹿児島県は産科Drが少なく妊産婦やその家族にとって見せたまえDrのような町の産科医は大変貴重なのだ。よく考えれば私たち雀仲間は陰ながらそんな町中産科医を支えているのかもしれないね。で、「また来週に出来るようするからさ〜」と、私は見せたまえ雀荘の主を慰めるのであった。

2019年6月14日金曜日

看護師様の意見に従ってみたら・・

昨日、救急で来ためまいの患者さんに対し、病棟の辛亥Nsが「先生、頭部CTを撮られた方がいいんじゃないでしょうか」と言ってきた。どうもベッドでの様子を見ていると頭部疾患が気になると。だが「いやー、確かに小脳の出血や梗塞でめまいが起きることもあるけど、自分が青雲会病院に来て19年、そういうケースがあったのは今まで一人だけなんだ。滅多にいないよぉ」と私は乗り気ではなかった。そうやって調べてたいてい空振りばっかしだったからだ。しかしベテラン看護師がそう言って来たからには尊重したほうがいい、これは私の経験則。で、CTの指示を出した。

すると、モニターには私でも分かる小脳梗塞の所見が・・うわ、当たりだよ〜。急いで脳外科のポンシンDrに見てもらうとやはり小脳梗塞だと。結局ポンシンDrに今後診てもらうことになった。いやー、彼女の言うことを素直に聞いて良かった。小脳梗塞は麻痺がないことが多いから脳血管障害じゃないと思いがちだ。「看護師風情が何を言う」なーんてふんぞり返っていたら大変なことだったヨ。

夜は串木野トリオリーグだったが、レギュラーメンバーの海広しDrが用事で行けず、代わりに難ガターさんが行く予定が、今朝急に腰痛が出て無理とのことで、私とサンシさん二人でトリオ戦参加となった。これまでも稀にこう言うことはあったが二人ではやはり不利だ。それに今日はサンシさんが滅多にない絶不調でスプリットが出まくった。全部で9回。私も4回出たし、10ピンクリアミスも何回か出た。二人だとそれがもろスコアに反映され対戦2チームにまった歯が立たず、過去最低の成績に終わった。サンシさんはゴムグリップを最近変えて指によく掛かるようにしたのが災いしたようだ。掛かりすぎてボールが奥で動きスプリットを連発させた。私もなんかリズムが悪く集中出来なかった。2日前はアベ210だったのにー。ボウリングって時と場所が変わればこんなもん!はあ・・。

2019年6月13日木曜日

レア名字屋さん

人間ドックで時に珍しい名字の人に出くわす。先週は「七ツ谷(ななつたに)」さんがいて、名字検索サイトで調べると55597位、全国に30名ほどしかいなかった。今日は「石室屋(いしむろや)」さんがいて、これは60776位、20名ほどのレア名字だった。いずれも鹿児島県に多い(そんな多くもないが)とあった。七ツ谷から連想して、私は「八つ墓」ってのはないかと調べたが、さすがにこれはなかった。当然か。

そもそも名字ってのは一見変な字や発音でも一族の名前だから悪い意味では付けないという。だから「悪」って字の付く名字はすごく少ない。「悪原」ってのが27592位で次に「悪七」で36759位らしい。悪原は湿地帯の原野が語源で、悪七は平安・鎌倉期の武将である藤原景清(平景清)のことで、その末裔が名乗っているともいわれ、やはりそんなに悪い意味ではなさそうだ。七ツ谷さんにすごく珍しい名字ですよと教えたら喜んでいたな。レアものってやっぱり価値が上がるしネー(⌒о⌒)。

昨日はサンシさんと二人でボウリング練習だった。T-MAXの6階のレーンでほとんど使われていないコンディションで投げやすかった。4ゲームでアベ210。ふむふむ、金曜の串木野トリオリーグでもいい感じで行けそうとこの時は思ったのだが・・。まさかあんな目に遭うとは。また明日。

2019年6月12日水曜日

双子を当ててやる!

病棟にたまたまリハビリの作業療法士ミズマホさんと双子の理学療法士ミズユフさんがいたのをみつけ、「はい、二人そろってー」と写真を撮った。二人とも結婚しどっちかは妊娠出産もしたので二人そろうのは久しぶりのような気がする。で、撮ってみてやはりどっちがマホでどっちがユフが分からない。
拡大してみれば小さなホクロの位置が違う。向かって左のマホは口下にホクロがやや目立ち、ユフは左目の下に3つほど並んでいるので判別できる。しかし遠目にはやはりどっちか分からず、「どっち?」と尋ねるのがお約束だ。冬場になるとカーディガンの色で瞬時に分かっていた。↓は5年ほど前の二人だが、左のマホが紫、右のユフが黄色で通していた。
髪型もほぼいっしょ、体型、歯並び、表情もいっしょ。夏場はネームと呼びかける以外見分けられないと思っていた。でも、こうして並べた写真を見ると、わずかに左のマホの顔がふっくら気味か。ふむ、こんどすれ違った時はちゃんと当ててやるぞ!

2019年6月11日火曜日

ジョン・レノン暗殺記事の上に岡田奈々が・・

今夜は当直だった。なぜか子どもや20代の若い人がよく来たな。発熱、腸炎、筋痙攣、頭に3mmくらいの石がめり込んでいた子どももいた。真冬は圧倒的に御老人が多いが蒸し暑くなってきたせいか?

この間は大人の手足口病患者を診た。口内炎がメインだったが何でそう分かったかというとそこの子どもさんが手足口病と診断が付いていたからだ。なんと同じ内視鏡室のクニンダDrも先週罹った。手足口病はウイルス疾患で現在九州で流行しているがなかでも鹿児島県は特に多いらしい。若い大人の感染疾患を見たら「手足口病と思え」が格言になりそうだわ。

TVは阪神対ソフトバンクを見つつ日記書くなどして過ごした。いやー、阪神も強いわ。投手陣が今日はソフトバンクと遜色がなかった。延長12回の裏は守護神のドリスが守備でヘマやってチャンスが広がったと思ったけど、あの力のある速球を結局ホークス打者は打てなかった。結果2ー2の引き分け、力が入ったね。ソフトバンクファンなのでパ・リーグの試合がいつも気になるが、交流戦はセ・リーグのチームもじっくり見ることになり面白い。

この間、古いアルバムを開いたら、背表紙の裏に自分の写真とは関係のない新聞のスクラップ記事と当時のアイドルの写真が挟まっていた。スクラップは南日本新聞、ジョン・レノン暗殺の記事だったので1980年12月のころだ。アイドルの写真というのが女優の岡田奈々で無論今AKBにいる岡田奈々とは別人だ。岡田奈々は嫌いじゃなかったけど写真をアルバムに貼るほどだったかな?ジョン・レノンの事件は自分がビートルズファンで中でもジョン・レノンが好きだったから衝撃的なニュースを残したかったのは理解できる。でも、岡田奈々はあれれ、だ。自分はあんましアイドルに夢中になるタイプじゃない。AKBや松井珠理奈も推していたけど握手会に参加する気もなかったしー。ま、かわいいから貼っておこうくらいの気持ちだった、と思う。

2019年6月10日月曜日

テーマは結婚

5ヶ月ぶりの朝礼で、みんなより早く大会議室に入りスライドのセッティングをした。私の後にスピーチをするのは5Fのチリ松Nsでまだ2年目の彼女はえらく緊張しているようだったが、さすがに私はドキドキはしなかった。

スピーチは、話せば長くなるテーマをどうにか8分ほどにまとめ、スライドを交えて話していった。ところどころ笑わせ、何やかにやあっても結局1年後に結婚!と見せたウェディング姿が一番笑ってくれたかな。実はこの写真、式の写真の中で一番恥ずかしくて自分の両目をハートマークで隠したのだ。この日記ではカールの目も隠す。↓。

このハートマークが可笑しかったのかも。後で感想を聞くと、「先生も(結婚は)大変だったんだ」「朝から笑った」「楽しかった」といった感想が多かった。某Drの「私も6月10日でしたよ」とかも。

ともかくも、終わってほっとした。スライドの最後は「平成元年6月10日結婚式、令和元年6月10日真珠婚」と書き、「カイノヤ」での写真を見せ、まさにその偶然ゆえにこのテーマにしたと訳を語った。だから昨日の写真でカールの胸元は真珠の首飾りだったのだが、そこに気付いた職員はいなかったようだ。え、私からのプレゼント?いいや、カールの手持ち。ほら〜、「釣った魚には何とかはやらない」って言うじゃない、ねえ。

2019年6月9日日曜日

真珠婚イタリアン

実は何もなかった昨日土曜日もスライド作りは遅々と進まず、スイッチが入ったのは夜寝てやっと起きた未明から。話のマクラに山里亮太と蒼井優の結婚話を持って来てからだった。結婚を決めるまでに2ヶ月と少しというのは私たちと全く同じだったのだ。となれば、順を追って馴れ初めを披露し、親の反対があって大変だったということをメインに作っていけばいい。今日はある程度作っては床寝してまた作っては夕方までにはほぼ出来上がった。食事会を予定していなければいつものように夜半までかかっていたことだろう。

バスに乗って3号線で降り、照国神社まで歩き、その近くのイタリアンレストラン「カイノヤ」に入った。この店は来るまでは忘れていたが10年くらい前に一度来たことがあった。その時も結婚記念日でだいたい毎年この時期は二人で食事をしている。日頃、外食をほとんどしないので記念日くらいはネ。

カイノヤは完全お任せで今回はワインのペアリング(ワインと料理の組み合わせ)も頼んだ。ワインは私があまり飲めないとのことでカールの半分量程度にしてもらった。ここは調理機材「ガストロバック」というのを使っていて「容器内の気圧と加熱を自由にコントロールできる仕組みになっています。低圧状態では沸点が下がるため、低温加熱でも料理へのダメージが少なく、煮崩れも少なくなり食材の色や栄養・旨みをはじめ、食材自体の持つ味と香りを残す効果があり、調味液やだしの風味などを効果的に食材に浸透させることができる」とのこと。これはあのアンジャッシュ渡部健の食ブログでも紹介されている。彼は2016年にここを訪れブログにアップしている。
https://ameblo.jp/watabearuki/entry-12157152012.html

そこで紹介されている料理の半分くらいは今回も出てきた。一皿一皿は少ない量だが美味しくてコースが終わる頃はもうお腹いっぱい。鹿児島でこれだけこだわりの料理を作ればお値段もそれなりになる。今日の来客は私たち二人だけだった。それが11月で店を閉め、年末には京都に移転するそうだ。あ、最初の料理がハモ料理だったのはそれを意識していたのかな。やはり良い料理屋は都会に集まるのか。こういう店が鹿児島にもあれば特別な日に上手くマッチするのだが・・。

支払いは私持ち。ちなみに二人だけの料理代としては人生で一番高かった。結婚30周年、真珠婚のお代ならばそれくらいは当然か。その時の写真をスライドの最後に持って来てようやく朝礼スピーチは完成したのだった。

2019年6月8日土曜日

「里の秋」

ひょんなことから童謡の「里の秋」の由来をネットで知った。いや、唱歌童謡好きの私ゆえ、おおまかには知っていたが、歌の作られた具体的ないきさつは今回初めて知った。以下、ブログ「二木紘三(ふたつぎ・こうぞう)のうた物語」から紹介しよう。まずは「里の秋」の歌詞を下に載せる。

「里の秋」作詞:斎藤信夫 作曲:海沼 実 唄:川田正子(まさこ)

静かな静かな 里の秋
お背戸(せど)に木の実の 落ちる夜は
ああ 母さんとただ二人
栗の実 煮てます いろりばた

明るい明るい 星の空
鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
ああ 父さんのあの笑顔
栗の実 食べては 思い出す

さよならさよなら 椰子(やし)の島
お舟にゆられて 帰られる
ああ 父さんよ御無事(ごぶじ)でと
今夜も 母さんと 祈ります


問題は3番の歌詞だ。里の秋の情景だったはずが、突然「椰子の島」が出てくる。そして家に母と子が二人残されていて父の帰る無事を祈るとは・・。そう、これは終戦直後に作られた歌で、「NHKが復員兵や引き揚げ者たちを励ます特別ラジオ番組を企画し、その中で流す歌の制作を音羽ゆりかご会の主宰者で作曲家の海沼実に依頼した」ものなのである。放送が昭和20年12月24日と決まっていて曲を依頼されたのがわずか1週間前で、焦った海沼は、何か適当な詩はないかと、古い童謡雑誌を引っ張り出して次々と調べ、目にとまったのが、斎藤信夫作『星月夜』という童謡だった。それを見た海沼は行けると直感したが、1番2番はいいものの3番4番は絶対に使えない詞だった。そこで作者の斎藤信夫に電報を打ち、歌詞の変更を依頼し、放送本番直前に間に合わせたのである。

昭和16年12月に作られた元の歌詞の3番4番はこうだった。

きれいなきれいな 椰子の島
しっかり護って下さいと
ああ 父さんのご武運を
今夜も 一人で祈ります

大きく大きく なったなら
兵隊さんだよ うれしいな
ねえ 母さんよ僕だって
必ず お国を護ります

もろに軍国主義まっしぐらの内容だ。作詞者の斎藤は教員で戦前戦中は軍国主義を素直に信じ、生徒たちに神州不滅と教えていた。で、そのことを恥じ、小学校教師を辞める決意をしていたそうだ。斎藤は簡単と思った歌詞の変更にはいろいろと思い悩み、すぐに放送当日になり、あわてて3番だけ書いてNHKに駆けつけ、童謡歌手の川田正子を連れて待ちかまえていた海沼に渡した。題名は、海沼の注文で『里の秋』と変えられ、曲はすでにできていたので、海沼は正子に詩を渡して練習させたあと、放送に臨んだ。

特別番組は「外地引揚同胞激励の午後」と題して、昭和20年12月24日午後1時45分から放送された。『里の秋』に対する反響は驚くべきものだった。正子が歌い終えると、「スタジオ内はシーンと静まり返り、その場にいた全員が心が浄化されるのを感じた」と、放送に立ち会ったあるスタッフは語っている。そして、放送が終わったとたん、局内の電話がいっせいに鳴りだし、翌日以降も、電話による問い合わせや感想の手紙が殺到した。一つの歌にこれほどの反響があったのは、NHKでも初めてのことだったそうだ。

戦争が終わって半年、まだ復員していない兵隊さん、外地民間人は何百万人もいた。シベリア抑留の事実を外務省が知ったの翌昭和21年のことだから外地引き揚げに多くの日本人が関心をもっていたのである。そこにこの「里の秋」だ。反響が大きかったのも当然かと思う。ただ作詞者の斎藤は「戦地で亡くなった身内を持つ家族には3番の歌詞は逆にとてもつらく感じた」と聞き「3番はない方が良かったか」と思っていたそうだ。私はそうは思わない。この歌は3番まで聴いてこそ価値があると思う。軍国主義だった歌が家族の情愛をしみじみ歌い反戦歌にすらなっている。私は泣けたよ。

ネットでは川田正子のほか、倍賞千恵子、白鳥英美子、芹洋子、鮫島有美子などの歌唱が聴ける。女性が歌うにふさわしい歌だね。本家川田正子の歌を↓にどうぞ。

2019年6月7日金曜日

スピーチのテーマは決まれども

6月10日月曜の朝礼のスピーチが自分に回ってきて、今度は何をテーマにしようとなった時、6月10日というその日付がヒントというか大げさに言えば運命的なものに思えてテーマを「結婚」にした。その日が自分たちの結婚式の日であったし、しかも平成元年で今年は令和元年、ちょうど30周年でもある。これは結婚について語らねばならないだろう。

そんな風に思って約1ヶ月。テーマは決まっても具体的にどのようなことを語ればいいのか。それで当時の日記を取りだしパラパラと読んでみた。カールとの出会いから交際、結婚を決意するまでわずか3ヶ月もない。そして半年間、自分の親の反対にどう対処していったか、悩んでいる様子が縷々(るる)出てくる。当時のいきさつを昨夜、カールとも語っているうちに気がついたら午前1時半にもなっていた。結局会話だけに終始し発表スライドは出だしの1枚だけしか作れなかった。今度の土日は休みなのでそこで一気に作ればいいか。今回はあまりにプライベートな内容過ぎてサクサクとは作れず、また直前の火事場力で作るしかないな。

聴く方に回ればプライベートな内容ってのは面白いんだよな。ここしばらくは各Drのスピーチが続いていて、病院、医療への提言タイプとプライベート披露タイプの二つのパターンがある。どちらかと言えばプライベートタイプが面白い。ま、当たり前か。

30周年は真珠婚というそうなんだが何かお祝いをしようと、明後日日曜に二人で食事会の予約もした。カールが「その時までにはそのスライドは済ませてね」「だって、スライドが終わらず気になっていたら楽しめないじゃない」と。確かに。リミットは6月9日の夕方まで。頑張って作らなきゃと意気込むはずが明日が休みだぁという気安さからかまたもや寝込んでしまって1枚も作れなかったのだった。

2019年6月6日木曜日

グラサンおじさん

今夜のボウリング練習ダブルス戦では私とタナカッツMRがペアで相手はヤマヒロDrとサンシさん。ハンディなしではまず勝負にならないので25ピンもらうことにした。ヤマヒロDrは多すぎると少々ご不満のようだったがだいたいこのくらいでもタナカッツ君が入るとそうそうは勝てないのはこれまでの経験則だ。

だが、2週間くらい前の練習で私が指導したプッシュアウェイの基本動作がタナカッツ君に役に立ったようでイージーミスが極端に減ってなんと2連勝したよ。2ゲームともハンディなしでも私たちの勝ち。ヤマヒロDrのご不満も宜(むべ)なるかな。いやー、悪い悪い。でもたまにはね、タナカッツ君にも勝利の美酒を味わわせてやりましょうよ。

帰宅するとセージから初任給プレゼントが届いていた。Ray-Banのサングラスだ。ほう、もっと安いものでもいいと思っていたが、カールが「そんなー、安物を買ってあげるわけないでしょ」と。さっそくかけてみる。ふむ、どう。しぶい?


セージにお礼の返事を送ると、「テル君のはレンズに緑色が入ってて、オレのは、レンズに青色が入ってる!!」と色違いなんだって。そうか、なんでもいいよ。まともなサングラスを手に入れたのは生まれて初めてだから。ありがとう、セージ。

2019年6月5日水曜日

名医のしるし

風邪を引いて3週間がたつ。鼻水はほとんど出なくなったが咳がまだ少し出る。カールやギボヒサコにもうつしてしまい周囲は咳き込み患者だらけだ。ベテランのブルゾンNs、今日私の外来に付いたハマナスNsも咳が出てきついという。オレのせいか?

特にハマナスNsは先週木曜から症状出て土曜に近医で処方受けるも「全然効かない」と1分も経たずに咳き込んでいる。こんな調子じゃ診察に付くのも大変そう。そこで里見先生よろしく聴診をし、「喘息に使う吸入薬を吸った方がいい」と処方を出し、すぐに吸入するよう勧めた。

すると何ということでしょう。ピタリと咳が止み、ハマナスNs「え、こんなに効くのかしら」と驚きを隠せません。そこでこてる先生、「どうだ、効いただろう」「ええ」「あはは、まさに名医とは私のことだな」とふんぞり返ったのでございます。がしかしー。ハマナスNsは少し突き出た先生の股間を見て思わず口に手をやります。何と、こてる先生の社会の窓が丸見えだったのです。
あー、恥ずかし。

2019年6月4日火曜日

サブアラド夫妻、交流戦を見に行く

午後、サブアラドDrからLINEがあった。今日から始まるプロ野球セ・パ交流戦でソフトバンク対中日を観戦に行くのだと。某企業の招待券が当選したんだそうだ。それで午後の休みをとって夫婦で新幹線で向かうところだった。奥さんのキョーチャさんはソフトバンクファンでしょっちゅう観戦に行っているのかと思いきや滅多にないことなんだそうだ。日ごろのTV観戦も「自分が見れば負ける」とか言ってわざわざチャンネルを消すこともあり、この観戦も「行ったら負ける」という嫌なジンクスにならなければいいが。

それでなくてもこのところソフトバンクは負けが多い。楽天に3連敗してトップも明け渡してしまったし。でも交流戦になるとソフトバンクは調子づくからと、少しは期待して私は自宅でTV観戦していた。するとソフトバンクは初回にいきなり3人のホームランで3ー0とリードしていた。サブアラドDrから電話が掛かってくる。「ホームランじゃぁ!」あははBS放送でしっかり見てますから分かってますって。その後も点を重ね5ー0になり、「先発のバンデンハークはまだ一人のランナーも出していないぞ」とソフトバンクの一方的な展開に喜びの電話がまた来た。しかし油断はしちゃいかんぞと思っていたら、「あいたー、2塁がエラーしたーっ」そして急にバンデン、ヒットも打たれ出した。

電話は一旦切れて私もTVを注視していた。すると・・なんとこの後中日堂上に代打満塁ホームランを打たれて5ー4に追い上げられたじゃない!すかさずサブアラドDrから電話。「満塁ホームラン打たれちゃったよ〜」知ってるつーの。いやはや楽勝ムードが急に緊迫してきた。でもまだ1点リードしている、これが大きい。

結局その後はホークスリリーフ陣が踏ん張ってヒットを許さずそのまま逃げ切った。ふふ、こう書いたが、実はこの後私は例によってそのまま床寝して勝利の瞬間は見ていなかったのだ。スポーツニュースで経過を知った次第。後から聞けば、サブアラドDrも「球場で見るのもいい雰囲気で楽しいねえ。でも今日は勝ったことが大きかった。負ければキョーチャが次は絶対見に行かないって言うに違いなかったからな」と述懐していた。OKOK。ひいきチームが勝つってうれしいっすよねー。

2019年6月3日月曜日

看護学生が倒れたワケとは

(朝6時に目が覚めて、朝礼スピーチのスライドはまだ仕上げが出来ていない。6月3日の日記はそれを作ってから。いかんまた直前バタバタだぁ〜)

(どうにか間に合い、スピーチもまあ上手くいった。夜はすぐに「こてる日記」を書くつもりでいて、チッチからもLINEに「早く更新しないと」なんて言われていたけど寝てしまって・・また7日遅れに戻ってしまう〜)

今週の朝礼スピーチはシマッチ院長と青空美(あくみ)Nsだった。シマッチ院長は「心理的安全性〜チーム医療と医療安全」のタイトルで訓話系の話題を、青空美Nsは自分が看護師を志したきっかけと認知症の患者さんとの関わりを話していた。青空美Nsの祖母が軽度認知症があり「トイレ、入浴などは自分で出来るが片付けやお金の管理がが出来にくくなっており、実家に帰ると5分おきに同じことを聞いたり、財布がなくなったと大騒ぎをすることもある」と披露していた。あはー、うちのあこネーサ母と同じじゃん。80才を過ぎればどこも似たような状況になるんや。

昼は胃瘻造設術を内視鏡室で行った。始める前に看護師らから「今日はドラゴン桜高校の学生が見学に付きますから」と言われた。ちらとその学生を見て「気分悪くなったらすぐに言ってね。これまで何人か見学中に倒れた人がいたから」と話しかけた。「大丈夫です」と頼もしい返事だったのだが・・。手技を始めて10分も経つか経たないころ、ガサッと音がしたかと思うと看護師らが「あっ」と声を出しその学生さんを抱え始めた。げ、まさか言ったとおりになるとは。

胃瘻手技ではどうしてもわずかな出血は避けられない。だが血が出るから気分不良になるというより起立性低血圧になるから倒れるのだ。食後で緊張しながら突っ立ったまま見学していると低血圧気味の若い女性は脳に行く血流が減って目の前が真っ暗になる。「ベッドに寝かせて血圧計ってといて」と指示し、後で聞いたら収縮期血圧は案の定90台と低かった。やはり。

夜は隼人の京セラホテルへ糖尿病の講演会に出かけた。会場に入ろうとすると、廊下にいた知らないMRから「こてる先生」と声を掛けられた。うん?と振り返ると好来百合のサトリョー君だった。おい、ずいぶん見た目変わっているじゃん。ボウリング練習に来ていた4年くらい前に比べ恰幅が良くなったというより太っている。「おい、どうしたん」「甲状腺の病気になってしまってそれで・・」ということらしい。帰宅して彼の写真をピックアップしてみた。「写真」ソフトでそれが簡単に出来る。年に1回程度彼とは講演会などで会う機会があり、すると2年前までは特に体型に変化はないようだ。薬も飲んでいるということだが体型を戻さないとー。糖尿病の薬を売るからには見た目の説得力が大事だからネ!

2019年6月2日日曜日

盛岡冷麺から讃岐うどんを考える

(また朝礼スピーチがある。その準備なんだが今回はなかなかうまく進めることが出来ない。こてる日記もそのせいで書き遅れてます。しばしー)

日曜の昼ご飯は「盛岡冷麺」だった。この前の東北旅行でカールが美味しいと思って近くのスーパーで買ってきた。6年前の「あまちゃん旅行」でも1回食べたことがあったはずだがどんな味だったか全く記憶がない。で、今回食べてみてまず麺のコシの強さにびっくりした。それにキムチが入っていて甘辛い味付け、なるほど個性的な麺だ。
味付けからして元は朝鮮なのかなと調べてみるとやはりそうで昭和29年に在日一世の楊龍哲(日本名:青木輝人)さんが故郷の味を再現しようとして店に出したのが始まりという。2000年4月からは、讃岐うどん、札幌ラーメン、長崎ちゃんぽん、沖縄そばなどと同様に、公正取引委員会が「盛岡冷麺」の生麺に対して「特産」・「名産」表示を認め、盛岡冷麺は "本場" として認定されたということで立派なもんだ。

そういえば一昨日私は全国チェーンの「丸亀製麺」でいわゆる讃岐うどんを食べた。カールを空港に向かえに行く前に立ち寄ったのだ。実はあまりうどんは好きではなく鹿児島のうどん・そばチェーン店ではうどんを頼んだことは一度もない。なぜかというと九州のうどんはふにゃふにゃの柔らか太麺であの食感と味が好みでないからだ。しかし「丸亀」はわりにコシがあってこれなら自分の好みとも合うかなと思った。讃岐うどんはコシの強さが特徴らしく、もし最初からこれを食べていたら自分もうどん好きになっていたかも。ただ私は知識として「丸亀製麺」が本場香川の会社でなく関西だってのは知っていた。全国1位の店舗数を誇りながらも香川に進出したのは2012年のことで3年後にはその1号店が閉鎖するという憂き目にも遭っている(現在高松市に2店舗あるのみ)。これは香川では多数の零細店舗がしのぎを削っており本場ならでは背景があるからのようだ。それにしても「丸亀」を名乗っておきながら丸亀市には会社も店舗すらもないのはなんとも・・だな。

上に挙げた本場麺類ではなんといっても沖縄そばが好きだ。そばと言ってもそば粉は全く使っておらず小麦粉で作られている。うちではカールが沖縄から直に送られてきたのをソーキを入れて作ってくれる。これがうまい。小麦粉なのそばはおかしいと言われても・・・ふむ、丸亀じゃないのに丸亀製麺もいっしょか。美味しけりゃそれでいいじゃん!

2019年6月1日土曜日

噛み噛みゲンちゃん

土曜午前は外来、午後は日直勤務で夕方帰宅した。

そこで、出てきたのがほっかほかのトウモロコシ。カールは皮付きのものが好きなんだという。あっちっちと触りながら皮を剥いて食べ始めようとするとゲンちゃんがやって来た。おいおい邪魔だよ〜。↓いつもの「なになにゲンちゃん」

ゲンちゃんは実ではなく衣に関心があるのだった。野菜と葉っぱが好きで噛み噛みするのが好きなんだ。カールが食べるのを見ていて自分も噛んでみたいと思ったな。

私は衣をテキトーにばらして食べていたからそこに何度も噛みついては味見していた。
↓「噛み噛みゲンちゃん」
私の顔が少し赤いのはほんの一口二口白ワインを飲んだからである。ひとしきりお邪魔虫だったゲンちゃんは最後はカールの近くに行きくんくんされ、結局何をやっても可愛がられるのであった。