2018年2月28日水曜日

「サイコ」見ました

朝は外来でチェリピアNsが付いた。来るなり彼女は「先生、見ましたよ、『サイコ』」と語りかけてきた。そう、2、3週間前だったか、ひょんなことからヒッチコックの「サイコ」が話題に出て彼女は見たことがないというので大いに勧めたところ、「DVD借りました」と言っていた。で、どうだった?「いやー怖かったですぅ。でもあれって実話なんですか、どうもそれっぽい感じがしてー」と言うので、かつてヒッチコックオタクだった私は「実話も一部参考にしているけど大まかなストーリー自体は創作だね」と教えた。
いわゆるネタばらしについては分からなかったそうでそれは良かった、私が「サイコ」を早めに見ていた方がいいというのは有名すぎる故にラストの落ちを知ってしまう危険性があるからだ。この映画が公開当時(1960年)、当時慣例だった途中入場を認めず1回ごとに入れ替えをしたのも当然のことだった。

午後は早帰りの予定だったが気管挿管抜管し経過観察中の患者さんがまた呼吸困難になってしばらく待つも改善せず結局また再挿管する羽目になった。その後の様子は特に問題なかったけれど大腸内視鏡が1件残っていて他の内科の二人のドクターも救急やら重症患者がいて私にできないかと依頼があった。それはしようがないわなと代行した。そんなこんなで夕方近くまでなり、これで早帰り扱いじゃばからしいので終業時間までいて、ちょうど今月のレセプトが回って来たのでコツコツを済ませた。結局帰れるような日じゃなかったってことだ。

勝負事は碁もオマルさんにしてやられ負け、ネット麻雀も昨日から最悪で5回やって4回ラスと一気に六段から五段へ降段圏内に落ちてきて、なんだかツキがない1日だった。

2018年2月27日火曜日

とっても短い髪の毛の話

朝、内視鏡室でいざ胃カメラをしようとムッちゃんNsに話しかけたが彼女の髪型にどうしても一言いいたくなった。

なんだその刈り上げは?

あははと笑って「ワカメちゃんみたいでしょ」と。

散髪屋で「もっと刈り上げてもいいですよ」と言ったところ「それじゃータラちゃんになってしまいますよー」だってさ。

2018年2月26日月曜日

「医事新報」の思い出

最近、医局に医療雑誌「日本医事新報(週刊)」が毎週届き置かれてある。以前は縦書き、明朝体のいかにも昔からの医療雑誌という趣きだったが、久々に見る医事新報は横書きになり紙質も良くなりトピックス、症例、医療問題などバランス良く書かれ、ちょくちょく手にとっては眺めている。(違いは上下比べてみれば一目瞭然)
で、この雑誌、病院や大学などで手に取ることはあっても自分で買うことはまずないんだが、今までで1回だけ買ったことがある。それは医師国家試験が終わって数週間経ったころで、その週には国家試験の問題とその解答が掲載されていたからだ。試験が終わった直後は各医療系予備校から模範解答なるものが配られ、自分の答えと比べ合格基準に達しているか食い入るように見た。しかし結構答えにバラツキがあり、中には3者違うものさえあった。その時、誰だったか同級生が「しばらくして出る医事新報の解答が一番信頼性がある」と言っていた。そこでようやく自分が合格レベルにあると分かりほっとしたものだった。その時の医事新報、まだ捨てていないはずだがー。

国家試験はこの間終わったが今のところ解答は掲載されていない。そろそろ出る頃だから来週あたり久々に今の国家試験を医事新報で見てみたいと思っている。最近はネットが発達しているからこの手の雑誌に頼らなくても良くなったのかな。ともかく、この時期と医事新報といえば安心感と信頼の感情がよみがえってくるのだ。

2018年2月25日日曜日

チッチ自己最高

昨夜のピョンチャンオリンピックは女子カーリングの3位決定戦を見ていた。裏ではマススタートなる女子スピードスケートがあったがネットで情報を知るのみで一切見ていなかった。今思えばせっかくの2画面機能を使って両方見ていればよかったわ。マススタートは佐藤綾乃が予選で転倒して高木菜那一人が決勝に出ると知ってあんまし期待出来ないな(二人で協力し合いながら上位を伺う作戦と聞いていたから)とカーリングに集中していたんよ。

カーリングの対イギリスは序盤から相手のチャンスのつぶし合いできりきりするような接戦だった。力は五分五分で終盤の8、9エンドに来て徐々にイギリスにミスショットが出始め、9エンドで先攻ながら1点リードに成功し、最終10エンドは不利な先攻ながらイギリスにプレッシャーを掛けた。イギリスのスキップが投げた最終投球は上手に当てられれば2点を取られる可能性があった。しかし、これがわずかにミスとなり逆に日本の石がナンバーワンストーンになり1点が日本にー。「うぉ、やったー!」と私もチッチもカールも拍手、拍手。銅メダルでも立派だった。

マススタートはほんまリアルで見ていればよかった。きっとコーフンしていただろう。でも、2位に入った韓国のキム・ボルムっていうの、パシュートで吊し上げにあったせいで何と土下座を始めたよ。うわー、いかにも韓国らしい。日本ではあり得ないし、実際、銀メダルを取った選手が土下座って前代未聞でしょ。
それにしても高木菜那は妹の美帆に隠れていたけど今大会一番「もうけ」た選手になった。なにせ金メダル2個だよ。きけば会社からも報奨金をウン千万もらえるとか。8年前、妹がオリンピック選手に選ばれた時、届いたオリンピック用の服を「燃やしたろか」あるいは本大会で妹の滑りに「転べっ」とか内心思ったそうで相当な負けず嫌いのようだ。そんなキャラに加え、あきらめずに地道に選手生活を続けていたからだろう。とにかくおめでとう!

今日は朝、T-MAXへチッチとボウリング練習に出かけた。ボウリング久しぶりのチッチは1ゲーム目ガターを5回もするなど91点と小学生なみのスコアだった。次も126で全然。しかし3ゲーム目から勘を取り戻したか、ストライク、スペアともに出るようになった。終盤、私と競っていて、負ける気はなかったけど174対169で負けてしまった。ほう、やるじゃん。でも次はそうはいかないぞ、と気合いを入れて4ゲーム目に入ったが・・。なんていうのかな、調子に乗ってしまった若者はいきなりターキーを出しよった。私もダブルで追いすがるが、若者は後半もダブル出すなど崩れない。そして8フレで172点まで来て「おい、200アップできそうだな」と声を掛けると「190以上も出したことがない」っていうんでこれは自己最高ほぼ間違いなしだ。そしてまたダブルを出して何と190どころか221点という自己最高を一気に更新しちまったよ。へー!↓は200アップしてドヤ顔のチッチ。

そしてちょうどこの頃、隣にヤマヒロDrも練習に来ていて、チーが「先生ストライク続いているよ」と言うんで見てみると、1フレスペアの後はずっとストライクを出している。撮すとストライクが途切れるという私の「呪い」のデジカメで動画撮影してもびくともせずそれは続いた。10フレ1投目まで続き、このままいけば290というビッグスコアになりそうだったが最後はスペアで、しかし279というハイスコアを出していた。「ヤマヒロ先生、すごいじゃない」「いやー、自分でもびっくりです。279は自己最高ですっ」だって。
おやおや、同じタイミングで自己最高が二人もいるとはよっぽど今日のT-MAXレンコンはハイスコアが出やすいパターンだったのか。私は237が最高だったけどナ。

後からカールも合流して店を出て、近くの企画寿司で昼ご飯をおごったのだった。

2018年2月24日土曜日

「症例研究会」

今日は休みなのだがスーツ着て午後から病院の「症例研究会」に出席した。この時期に年1回あり各部署から研究や症例などの発表がある。私は後半の部のコメンテーターを頼まれていた。後半はすべて看護師の発表で外来からは我が内視鏡室のスタッフ五月鍋Nsが発表した。大腸内視鏡の前処置にからむ調査で他の発表と違い有意差が出るか出ないなどわりに本格的な内容だった。ただこの発表だけは事前に聴いていて一部手直しなどしていた。びびりまくっていた彼女だったが本番では落ち着いて話しやれば出来るじゃんと聴きながら思ったよ。

残る4階、5階、6階病棟看護師の発表はそれぞれ中身は違えどもカンファレンスの重要性を強調する内容だった。4例発表終わってコメントする時にそこを指摘した。しゃべりながら私自身以前よりスムーズに言葉が出るようになってきたと思った。朝礼や医局会など人前で何度も話す機会があるからだろう。締めはなんと可愛いんだ理事長御大の発表で、外来における興味深い症例ということで1時間以上、これでもかというくらい枚数にして200枚以上ものスライドが出てきた。いやー、パワフル、個人的にも実際の外来で役立ちそうな内容で面白かった。ただもう70才を越えた老体にはこの分量はきついんじゃないか。最後は少し声が枯れたような・・。

会も終わって帰る前にオマルさんと一局。これが初の2子局だった。さすがに2子ともなれば勝てないだろうと思っていたが終わって地を作れば7目勝ち。うへっ。憮然とするオマルさん。いや、2子で勝てるようになるとは自分が強くなったのかオマルさんが弱くなったのか。1年前、5子で負けたのがウソのようだ。ともかく勝てば気分はいい。お腹も空いたし早く帰ろっ!

2018年2月23日金曜日

日本女子パシュート

ちょいと話題が遅れたが一昨日のスピードスケートパシュート女子は予想通り優勝金メダルだった。競技日より1週間以上前にNHKが事前になぜ日本女子が強いのかを論理的に説明していて私は非常に納得できていた。個々の自己ベストタイムだけならオランダの圧勝になるはずが一糸乱れぬ隊列とロスを少なくする先頭交代方法などでタイムロスを防ぎそれが日本女子の圧倒的強さになっているという。付け焼き刃では出来きないことで、事前に年間300日もいっしょに練習することで可能になったとか。

これっていかにも日本人の国民性に合っている。逆に仲間割れで自国民の非難を浴びた韓国選手など3人でいっしょに練習などほとんどしていなかったそうで、負けたのは自国のスケート組織のせいであるのがはっきりしているのに責任転嫁や国民の辞めさせろコールなど見苦しいこと甚だしい。

次回大会、パシュートは各国が研究し日本も勝てないかもしれない。特にオランダが本気を出して同じシステムで望めば勝てないだろう。オランダは恐い。日本スピードスケートの立役者もオランダ出身のヨハン・デビットコーチだったしー。ただ、あの国は個人競技種目が優先だからパシュートにまで力を入れてくれないことを祈るばかりだ。

いやー、今大会は日本選手が活躍しているので楽しいわ。やはり、自国選手の活躍が一番応援に身が入るし結果を残してくれるとなおさら気分が乗る。後は女子カーリングくらいかなと思っていたのだったが・・。

2018年2月22日木曜日

当直と翌日

今夜は久々の当直だった。そんなに救急外来には患者は来なかったけど、一人で2回救急来院した高齢男性がいた。尿閉でどうも前立腺肥大があるようだ。看護師の井雄君が導尿してくれ一旦帰宅するも痛みがあるとかでまた救急車を呼んだのだ。今度はどうしてもカテーテルが入らない。排尿はできなくても痛みだけでもとのことで鎮痛座薬をいれどうにか帰ってもらった。

この患者さん、保険証を持っていなかった。これまで病院受診もしたことがほとんどない。だから相当ひどくなるまで放置してしまったのだろう。保険証がない場合、役所に相談するなどすればどうにかなることが多い。気兼ねして病気になってしまえば逆に大いに迷惑をかけることになりかねない。何でも早め早めにネ、おやっさん。

外来よりも病棟の私の患者が病態変化があり未明の2時3時に気管挿管の抜管、血液ガス採取など対応に追われた。血液ガスなどは明日朝でもよかったが明日は明日で外来業務もある。ばたばたするよりせっかくの当直の夜を活かさねば。

ただ当直明けの仕事も最近はようやく問題視されてきているがまだまだ完全には改善するのは難しい。青雲会も翌日午後は帰宅出来るようになった。それだけもちょっとした進歩だ。あーぐずぐずしていると夜も明ける、もう寝よ。


2018年2月21日水曜日

怖いぜ「黒い三連星」

昨日は複合ラージヒルの渡部暁斗がジャンプでトップ通過しながら後半の距離でドイツ勢3人に追いまくられ結局5位に終わった。私はそのラスト1周を見ていたが、もうドイツ勢3人の怖いこと。思わず「お前ら、怖えーよ!」と叫んだぜ。坂を上る時の勢いもすごくって、あ、これは敵わないなと思った。固まって追い上げる姿がネットでは「まるで黒い三連星、ジェットストリームアタックだ」とちょっとした騒ぎになったようだ。
なんでもアニメ「機動戦士ガンダム」に登場するジオンの3人のエースパイロットチームのことらしく、あるネット人は「ジェットストリームアタックはガンダムで敵の脇役キャラが主人公に対して使った技(しかもあまり効かず)に未だに高い知名度があるのは驚く」と評していた。
でもよ、と思う。そもそも三連星って囲碁用語だ。代表的な布石の方法で黒番の時に多用され、プロ棋士では武宮正樹が愛用することで知られる。アマチュアでも非常に人気があり置き碁では星の位置に置き石があるので辺の星に打てばすぐに三連星の布陣になる。下は私が対オマルさんとの3子局で下辺に三連星を布いた時の写真だ。まさに「黒の三連星」でしょ。
この時は三連星を活かし中盤圧倒的優位に立ったがミスをして逆転負けをくらったのは残念だったがね。今日の3子局は酸素マスクをしながら打つオマルさんにまた逆転をくらい本来なら投了すべきを悔しくて終盤まで相手のミスを待っていると、ダメがつまり両アタリの筋をオマルさんうっかりした。で、そこに打ち逆に相手に投了をさせたのだが、ナースステーションに帰ってそのことを看護師らに言うと「先生、なんでそんなひどいことをするんですか」と少しなじられた。ううむ、確かに品のない勝ち方ではあった。反省・・。
下はその時のオマルさんの対局姿勢。そこまでして打つかっ!

2018年2月20日火曜日

カピによく出遭う日

仕事が終わってから年1回の胃がん検診の均てん化研修会に県医師会館まで出かけた。この会はだいたい2年に1回は出席している。比較的後ろの席に座ると背後には何とブックリバーDrとグッちんDrが並んで座っていた。どちらも元青雲会病院内視鏡室非常勤Drだ。お、私の隣にはなにやら大きなげっ歯類動物が鎮座している。カピバラDr(通称カピ)だった。
「おお、こてる先生、ちょっと働き過ぎじゃないの」と有り難い忠告をしてくれた。その他「アミヤンDrはなんであんな(高価な)車買えるんだ?」とこてる日記をよく読んでくれての質問をして「ああ、昼も夜も仕事ばっかしして稼いでいるらしいよ」と教えた。(後で本人に聞くと週に最低5日は当直をしてとか)時間があればもっと話したかったが研修報告や講演が始まった。それも最初はよく聴いていたはずだったが・・。はっと気がつくと拍手で講演が終わろうとしていた。いやいや、仕事帰りの薄暗い環境ではどうしても睡魔に襲われる。周囲を見渡すと閉会の言葉が出る前に櫛の歯が抜けていくように先生方が帰っていく。カピもすでにいない。はあ。

そうだ、今日は4階病棟師長の机にある「日めくりニャンコ2018」のネコがとってもだらけたヤツで名前がカピちゃんていうのだった。なんだ、カピに今日は二匹も遭うとはネ!

2018年2月19日月曜日

ねばりの勝利

なんとオマルさんがまたまた入院していた。20日ほど前に退院したばかりだが今度は体調崩すのが早かった。で、主治医はやはり私が指名されて夕方診に行くとベッド上では元気そのもので早く打とうだって。で、3子局を打った。

序盤から中盤にかけてハンディ石を有効に使い攻勢に出た私だったが・・。ダメ詰まりをうっかりし攻めていたはずの石が取られて一気に敗勢になった。その後も逆転を狙って打ち続けたが無駄なあがきで投了せざるを得なかった。はあ。

後で病棟スタッフに聞くと、オマルさん「先生に勝った」と喜んでいたとか。ふふ、それでまた元気になってくれたら有り難いことだ。かといってわざと負けるのは私の主義ではない。帰宅して敗因をきちんと検討せねば。

でも、結局オリンピックの女子カーリング対スウェーデン戦を見てその後寝てしまった。スウェーデンとはぎりぎりの戦いだった。最後先攻で相手スキップのミスショット(ほんのわずか強かった)で1点スチールし5−4で勝ってしまった。一緒に見ていたチッチと私は「えっ!」と声を上げ「びっくりしたー、勝ったよ」と喜んだ。強豪にこの勝利は大きい。耐えて最後に相手にやや難しいショットを強いたのが功を奏したか。今大会でじっくり見る機会が多くスキップだのスチールだの用語も覚えてきた。カーリングなかなか面白いネ。囲碁ももっとカー娘みたいに慎重かつねばりが大事だったわ。

2018年2月18日日曜日

近づくな「手かざし」

昼前、新聞入れに妙なチラシが入っていた。

「手かざしの大奇跡」

何でも手かざしを受けたことで病気が治っただとか書いてあったようで(読むだけ無駄と思っているので詳しくは見ていない)、裏面には「手かざしで仲直り」「パソコンに手をかざすと(再起動した)」「視力がアップ!」「折れていたはずの骨が」「いじめが解消」「性格が変わった」「不眠症が解消、健康に」などの体験談がいっぱい載っていて「少しでも興味を持った下さった方、お電話下さい」とお誘いの文句があった。

馬鹿馬鹿しい。どこの怪しい団体なんだ。

改めでこの文面を見てみると「宗教法人 世界真光文明教団(せかいまひかりぶんめいきょうだん)」とあった。ふん。心が弱っていたり、治らない病気に罹ったりするとこうした輩に引っかかってしまう。そうした弱っている人を食い物にするから私はイヤなんだ。それにー。今から20数年前になるが沖縄出張のころ、これも新聞受けにもっと粗悪な紙のチラシが入っていて、読めば今回のとほとんど同じような体験談が載せてあった。チラッとみて捨ててしまったが、後から取っておけば良かったと思った。なぜならそれは「オウム真理教」のチラシだったのだ。地下鉄サリン事件を起こす1年くらい前だったと記憶している。その後そんなチラシを見る機会は全くなくなったわけである意味貴重な資料だった。

Wikipediaで世界真光文明教団を調べると神道に近い教義で手かざしで災厄を祓うとするのが特徴とあった。そうだ、思い出した。沖縄出張前のことだから27、8年前、鹿児島市のアタリ病院に週2回勤務して時にアタリ院長が「(同じ非常勤の)某先生はちょっと変わっている」といい、なぜかというと診察の時に手をかざす行為をするんだとのことだった。その先生が「真光」を信じていたかは分からない。でも、医療行為に「手かざし」って絶対にないはず。自分が信じていても宗教、占い、まじないのたぐいを医療行為もどきでやってはいかんやろ。また別の開業医は病気を治すため患者の家の方向に治療のための念を送る行為をやっていると聞いたことがある。困ったのは当の医師自身がそれを信じている(らしい)ことだ。

医師は社会的信用が高い職業だ。この手関連の人、もの、行為と医療とは必ず分ける、これを遵守しないといけない。ま、最初から「興味を持つ方」にならないのが賢明なのだ。

2018年2月17日土曜日

金銀取ったから・・

土曜午前は外来でまあまあの忙しさだったのに、正午にポリペクトミー後の下血症状で来た患者さんを緊急大腸内視鏡する羽目になった。それは私は行った手技で下血予防のためにクリッピング3個掛けていた。ここ数年はきっちり下血予防は出来ていたはずなんだが・・。ポリペクトミー部位は盲腸で一番奥まで観なければならない。観てみると切断部位の端っこに露出血管がありそこだけクリッピング出来ていなかった。ああ、もう1個掛けておればこのようなことにはならなかった。画像を見直すとまずまず十分に掛けているように見えた。焼いた後に傷が若干拡がり血管に触れ破綻した・・のか。さらに出血を予防するためクリップを追加して手技を終えた。ポリペクトミーにはこのようなリスクはある。患者さんは逆に感謝してくれたから良かったが、今後可能な限り合併症を起こさないようクリップを多めに掛けなければ。

時間がなく、昼食のサンドイッチを食べたのは車中だった。というのも14時から見せたまえ雀荘でリアル麻雀の約束があったからだ。出かける前に男子フィギアで羽生結弦が1位になってこれは金メダル間違いないぞと期待しつつ高速に乗った。見せたまえ産婦人科院長室に着くと開けたいゾMRと見せたまえDrはTV画面を食い入るように見ていた。スペインのフェルナンデスはジャンプ回転で不足があったから羽生には及ばず、最後は宇野昌磨の演技のみ。あ、この時点で日本人の金メダルは確定していることになる。後は宇野がどの色のメダルか・・。

あ、ジャンプ失敗した。まずいぞ。私は用を足したくて演技の全部は見ていなかった。部屋に戻ると見せたまえが「宇野〜、メダルもどうかぁ」とつぶやき、後半はねばりの演技で「どうかなぁー」と。「せめて銅メダル(を)」と結果発表を待っているとー「おおっ!銀だ!」とみんなで歓喜の声&拍手。ちょうどその時サブアラドDrが入って来た。「やったよ、金銀だ」と誰が言ったか、私だったか。

歓喜の中で麻雀は始まった。そこそこ勝てるかなと思っていたのだが・・。なぜかサブアラドDrが絶好調でこのメンバーで今までで一番の勝ちになった。私と見せたまえが大負けで開けたいゾMRはちょい勝ち。見せたまえは「羽生宇野で金銀取ったから今日はいいやっ」とちょいと投げやりなコメント。私は疲れでいくつかのミスをしたことを悔やんだ。やはり朝外来に加え緊急検査が堪えたか。しかたない、全ては自分の責任であった。

2018年2月16日金曜日

彼女はなぜ涙目になったのか

食事摂取が困難な高齢患者に点滴をするのはよくある医療だが、いつまでもそればかりというわけにはいかない。点滴ってそんなに栄養があるわけではなく特別な高カロリー点滴といえども生を全うできるわけではない。どこかで胃や腸を通して栄養を摂らねばならず嚥下困難な人に経鼻チューブから栄養食を補給することもよくある。

病棟でそのような患者に「そろそろ経鼻栄養をしないといけないなあ」と私がウークノダNsに話すと、栄養サポートチーム(NST)の一員である彼女は「先生、その前に点滴にビタミンB1製剤を入れてもらえませんか」と言ってきた。あ、そうか。私は素直にそれを受け入れ数日間点滴内にアリナミンFを混ぜる指示を出すために電カルの前に向かった。

知っている人も多いと思うが、長期間飢餓状態の人に急に糖分を与えると危険なことがある。リフィーディング症候群といって栄養を急に摂取することで水や電解質分布の異常を引き起こし、心停止を含む重篤な致命的合併症を起こすことがある。ビタミンやミネラルを補給し少しずつ栄養を与えないといけない。彼女はそれを言いたかったのだ。で、「昔、豊臣秀吉が兵糧攻めで落城した相手に大釜でお粥を振る舞ったところそのせいでほとんどが死んでしまったってエピソードもあるな」と私が言うと「はあ?」という表情だった。ま、それも予測のうちで「ご指摘ありがとうございます。さっそくアリFを指示しなくちゃね」とかちゃかちゃキーボードをいじり始めた。

この後が全くの予想外だった。なんとウークノダNs、うるうるし始めたのだ。なに?

実はこのように治療方針について看護師が医師に意見するってのは相当なプレッシャーがあるようなのだ。間違ったことを言うと「何言っているんだ、アホか」ぐらいは当たり前で、仮に正しいことでも医師によってはプライドを傷つけられたと不機嫌にさせるかもしれない。そこまでの葛藤の中にいるってことなんだ。

ああ、医師たるもの常に受容的な態度でいなければならない。威圧してものが言えないようだと仮にミスがあってもそれを指摘されず重大な事故につながることすらある。私は以前リフィーディング症候群を起こさせてしまったことがあった。スタッフは患者が良くなるために皆頑張っている。お互いに風通しのいい状況でないと結果患者のためにならない。彼女の涙目は改めてそれを気付かせてくれたのだった。

2018年2月15日木曜日

カーリングストーン

平昌オリンピックも熱戦が続いていてそれがらみのネタが続くが、女子カーリングが北海道の可愛い娘たちが頑張っていて「ヤー!」などという独特のかけ声の他に「そだねー」などの北海道弁ていうのか少しなまった会話も聞こえて興味をそそる。ハーフタイムもどき休憩時間におやつタイムもあってそれも映像で流れて一部オタクには楽しい時間らしい。私はあの赤と黄色のカーリングストーンが気になって調べてみたら、なんとどこでも作れるものではなくてカーリング発祥の地のスコットランドのアルサクレイグ島(もしくはアルサクレッグ島)という無人島にしかない花崗岩から出来ているんだそうだ。

他の花崗岩ではダメなんだそうで1セット16個165万円、1個約10万円もするという。何か面白そうだけど気軽には楽しめなさそうだわ。

そうだった、オリンピックもだが相変わらずネット麻雀もぽちぽちとやっていて、3日前は大三元を上がったんだった。これがまたさっと上がれて後で牌譜を見たサブアラド六段は「大三元って簡単やね」とつぶやいていた。白をポンしたら発が2枚続けて来て6巡目には聴牌った。そして・・・。あとは動画をどうぞ。ネットでは心の中の叫びを簡単に声に出してプレイできる。「出せ、出せ、出すんだ『中』!」てネ。

2018年2月14日水曜日

各社の金メダル予想

午前中外来だったため平昌オリンピックの男子スノーボードハープパイプは見ていなかった。しかしネットで逐一情報は入ってくる。日本は平野歩夢がメダル候補で大きな失敗さえしなければメダルは行けそう、問題は金メダルを取れるかどうか。2回目のチャレンジで平野は95・25でトップに立った。レジェンドのアメリカ、ショーン・ホワイトは2回目失敗していた。もしかすると・・。でも私は95点という点数が気になった。事前に聞いたところハーフパイプの点の付け方って絶対点ではなく相対点なんだと。トップ選手(この種目の場合はショーン・ホワイト)が完璧な演技をしたら100点という想定で付ける。平野の点数が97か98点だったら残る選手は相当なプレッシャーがかかったはず。しかし「ダブルコーク1440」(縦2回転、横4回転)を連続でいれミスもなかったのにショーンの演技を残していたので審判は辛めに付けたと推定される。そこを3回目、ベテランのショーンにうまくやられた。ほぼ完璧な演技でやったぜーというショーンのパフォーマンスも功を奏した(実際は最後のジャンプはわずかにそうではなかったらしい)。後で演技を見れば平野が取っても本当におかしくなかったのに。まあ、そういった競技の特性まで計算に入れ最終競技者を狙ったレジェンドの老獪さが勝ったというところか。なかなか金メダルを取るってのは難しい。

アメリカの有名なスポーツ雑誌「スポーツイラストレイテッド」の金メダル予想では日本は女子スピードスケートの3個(高木美帆、小平奈緒、女子パシュート)らしい。羽生結弦や複合の渡部暁斗は入っていない。さらに米国の大手データ会社グレースノート社も3個で内訳は(小平奈緒、女子パシュート、渡部暁斗)でまあ似たようなものだ。小平とパシュートだけは鉄板のようだ。あは、ジャンプのレジェンド葛西紀明は話題にすらなっていない。そこで騒いでいるのは日本だけってか。世界の目はシビアだ。

2018年2月13日火曜日

韓国国民ならではの結末

夜、ボウリング練習からの帰り、平昌オリンピックのショートトラック500m女子の決勝を車中で見た。誰が出ているのかすら全く知らなかったが、ショートトラック大国の韓国の選手チェ・ミンジョンが有力らしく大声援を受けていた。で、選手紹介の時びっくりしたのが残る西欧系の女子選手みんな美形だったことだ。準決勝で相手の妨害で繰り上げ進出なったカナダのキム・ブタンやオランダのヤラ・ファンケルコフ、イギリスのエリス・クリスティ、イタリアのアリアナ・フォンタナとタイプは違うがみんな氷上に映えていた。ワールドカップで優勝もしたチェ・ミンジョンだけが・・敢えて言うまい、実力では彼女が抜きんでているらしく、決勝スタート後は西欧系の選手らに警戒されなかなか前に出ることがままならなかった。これって競輪だ、競輪に似ている。ラスト1周の鐘が鳴るとさすがにチェ・ミンジョンが出てきた。しかしすぐには前に出られない。それでも実力者はゴール直前トップのイタリアのアリアナ・フォンタナと並ぶようにしてゴールした。結果はすぐには出ない。写真判定ということだ。

結果、イタリアがわずかに勝っていた。ほんの数センチの差だった。うわっ!と悔しがる韓国のコーチ。しかしこの後審議のマークが出ていた。どうもショートトラックって競技は接触転倒が多く巻き込まれたりして運不運がつきまとう。3位のオランダと4位カナダあたりに問題があったか?結果が出た。あ、4位のカナダが感極まって泣いている。あれ?なになに、韓国のチェ・ミンジョンがペナルティーで失格だって?最後混戦から抜け出す時にカナダの選手を押したのが失格になったようだ。で、優勝はイタリア、2位がオランダ、3位がまたも繰り上げのカナダとなった。この韓国の地でホームタウンディシジョンがあってもおかしくないのにこの判定は立派だ。

思えば、韓国だったからこその失格だったのではと私は思った。韓国の勝負にこだわる国民性や実績や実力からしてもチェ・ミンジョンは絶対金メダルを取らねばと感じていたに違いない。それは相当な圧力だったはずだ。しかし西欧系のライバルたちが一致して自分の動きを制限してくる。ラスト1周でもそれは変わらず、そのまま走れば銀は確実だったが金しか許してくれない韓国国民の圧力に結局無理をせざるを得なかった。結果は何のメダルも取れずに終わってしまった。うむ、きっとそうに違いない。

で、この結果に韓国国民はどのような反応を示したのだろうか。当然落胆したはずだ。でもそれだけでは済まないのが彼の国の人たち。この後、こんなニュースが出てきた。毎日新聞によると「この結果に憤ったインターネットユーザーらが、3位のカナダ選手をソーシャルメディアで罵倒したり、殺害を予告したりして、韓国警察が捜査に乗り出した。カナダ警察も選手の安全確保に乗り出す騒ぎになっている」だってさ。さすがはテーハミングク。韓国選手を破った選手らへの誹謗中傷は、過去の五輪でも頻発していて、IOCは「選手に敬意を表し、彼らの偉業を支持するよう求める」と異例の呼び掛けを行ったとのことである。

(実力者チェ・ミンジョンの名誉のために後日談:彼女は2/17のショートトラック1500mでは見事優勝、金メダルを取った。ちなみにこの時の銅はまたしてもカナダのキム・ブタンだった。)

2018年2月12日月曜日

「なごり雪」と「赤いスイートピー」

あかん、二度寝三度寝してもうた!風呂も入らんで寝癖ついたまま、こてる日記はまた後でぇー。

てなわけで、この日の日記を書こう。

朝NHKBSで4日間にわたり歌手「イルカ」の特集が始まった。イルカはアメリカのフォークソングに目覚め、後に夫となる神部和夫と出会い和製フォークグループでデビューする。神部はグループ解散後イルカと結婚し、プロデューサーとして彼女を売り込もうとする。そこで親交のあったかぐや姫のアルバムの中から「なごり雪(1975)」が彼女のイメージにぴったりだとしてソロ3曲目でシングルリリースするとこれが大ヒットとなった。この時、神部は編曲を新進気鋭のアレンジャーに依頼する。で、なごり雪が流れてきてがイントロを聴いて「あ、『赤いスイトピー(1982)』だ」と私はつぶやいた。かなり似ているんだ。なーるほど、同じ松任谷正隆だったからか。松任谷は「なごり雪」ヒットの翌年、ユーミンこと荒井由実と結婚し、「荒井」という名字が大嫌いだったユーミンは喜んで「松任谷由美」を名乗るようになった。松任谷が田中や中村だったら結婚しなかったのではと私は当時思ったものだ。ともかくも、この2曲は松任谷正隆の功績も大きかったということだ。

ちなみにこの2曲はヒットしたことで別の面でも影響を与えた。「なごり雪」の作詞作曲の伊勢は周囲から「なごり雪」という言葉はないと指摘され「名残の雪」にしたらどうかなどとアドバイスされたがこの言葉にこだわったという。しかし時代が経ち、3月の季語として日本気象協会から「季節のことば36選http://www.jwa.or.jp/news/2013/04/post-000153.html」で、3月のことばの一つに「なごり雪」が選ばれ、伊勢はこれを知りすごく喜び「胸のつかえが降りた気分」だったという。「なごり雪」は日本フォークソングの最近の人気投票でも1位になるなど名曲としてすっかり定着している。「赤いスイトピー」は作詞の松本隆は実際には当時「赤い」スイトピーはなく、白やクリーム色、ピンクなどが主流で、これに松本もやばいなと思っていたが、この曲のヒットで状況は変わり品種改良で赤いものも作られるようになったとのことだ。

げに、ヒット曲の影響の大きさよ。

2018年2月11日日曜日

真冬の当番医

3連休の中日は平昌(ピョンチャン)オリンピックの観戦ざんまいか・・否、病院で当番医日直だった。当番日には外来患者が多くやって来るけれど、カワゼンDrと二人で手分けし診察に当たり、検査技師、レントゲン技師、薬剤師も勤務してくれるので普通当直より助かることもある。この時期はインフルエンザ患者も多いのでなおさらだ。

発熱や風邪症状を訴える人には事前にインフルエンザのチェックをしてもらい、結果が出てから診察に入る。予想通りインフルエンザが多かった。確か夕方までに23人に陽性が出てうちB型が19人、A型が4人だった。中には先月A型に罹って今日はB型という子どももいた。ただ、子どもはそれ以降出来るだけ他院に行ってもらうなどしてもらった。というのも青雲会病院は小児科がなくタミフルの処方がやりにくく吸入薬も吸えない幼子だと対応に困るからだ。検査科の難ガターさんに聞いたところでは、A型、B型ともに菌株が2種あって4回罹った人がいるとか。「ウソやろ」と言ったが「鹿大の西教授がそう言っていました」と本当なんだとか。今でも信じられない。怖いねインフルエンザ(元患者としての本音)。

今日は天気も良く救急車も2台しか来ずこの時期にしては忙殺されるほどではなかった気がした。ただ、調べると全部で64人来院とそこそこ多い。しかし10年以上前だったか同じ2月の当番医で一人で日中73人診てそのまま夜も当直し7人入院させて翌日も夕方まで勤務したことがあった。今思えばあれはアカンでしょ。今日はポンシンDrに夜間の当直を引き継ぎ無事に帰宅できた。明日は代替祝日で助かるわぁ。

2018年2月10日土曜日

ピョンチャンオリンピック開幕

ピョンチャンオリンピックが開幕した。昨夜の開会式は見ることはできず、朝からスノーボードのスロープスタイルという初めて見る競技をTV観戦した。結構な坂をジャンプしてくるくると身を回転させ出来映えを競うのだが、結構みんな転倒するんだ。転んじゃえば点数もあったもんじゃない。日本人も国武大晃、大久保勇利とかいう若い選手が出ていて国武は2回とも転倒、大久保は2回目うまく乗りきったが決勝には進めなかった。転んじゃうのも技術が足りないんだろう。この競技は日本人男子はまだまだだった。ただ後日ある女子の方が期待できるらしい。

冬季オリンピックって昔は滑降、回転、大回転にジャンプ、距離、そしてスピード&フィギアスケートくらいしか思い浮かばなかったが、最近はスノーボードやモーグル、カーリングなどもあり、また団体戦が組まれたりで競技数がやたら多くなった。スピードスケートもショートトラックなんてもあるな。日本人で金メダルが期待出来るのはスピードスケート女子500mの小平奈緒に女子パシュート(どんな競技か知らない人もいるんじゃない)、それに男子フィギアの羽生結弦、男子複合の渡部暁斗あたりと言われている。そして一番可能性が高いのが女子パシュートらしい。へー、知らなかったゾ。

北朝鮮もオリンピックを成功させたいムン・ジェイン大統領の足下を見て応援団やらキムファミリーの女性やらはては急遽アイスホッケーの合同チームを作ったりと上手く利用している印象だ。北朝鮮って最近マスコミで誰かが「国家の体をした強制収容所だ」とうまいことを言っていた。北がオリンピック妨害テロをしないようにわざと友好ムードを作ったというのならいざ知らず(ソウルオリンピックの時は大韓航空機爆破など起こしている)、人権侵害が当たり前の独裁国家に未来はないし、そんな国をまともに相手する必要はないと思うのだが。

オリンピックやパラリンピックが終わったら朝鮮半島情勢が一気にきな臭くなりそう。だから、オリンピックのつかの間のひとときを楽しもうか。

2018年2月9日金曜日

ロシアン揚げタコ焼き1/6

青雲内視鏡室の新年会が天文館は居酒屋「ピンホー」であった。3500円で飲み放題食べ放題システムだ。学生利用も多いということで奥の個室をゲット出来たのはやかましくなくて良かった。さらにビールは最初だけということもなくかなりリーズナブルな値段設定で人気があるのも肯ける。私も1杯飲んで2杯目にも手を出した。しかし飲みきれず。そうしても体がだるくなって寝てしまうんだ。

あれ、アサリンNsは?「それが来られるはずが子どものPTAがらみで出来なくなった」とのこと。せっかく歓迎会の意味もあったのにー。でも、「ロシアン揚げタコ焼き1/6」ってのは面白かったゾ。ロシアンルーレットを思えばいい。6つあるタコ焼きの中に1つだけ爆弾というか辛子が入ったのがあって順に食べ誰が地雷を踏むかで盛り上がる仕掛けだ。sれを2皿頼み、まずは私から手に取った。うん、普通。ていうことはセーフだ。次、ムッちゃんNsにコッパマNs、どちらもセーフ。さらに千門Dr。大丈夫そう。次は会いたかさん、緊張しつつ食べるもOKで、残る1個は誰に?しかしラストをピッピDrが食べてもどうもなかった。はっ、誰かが当たったのにごまかしている!だれだぁ〜。表情からしてどうも千門Drか。「はい、私でした」と辛いのを我慢していたと吐いた。「うえー、まだ辛いのが下に残る」だってさ。次の皿ではクニンダDrが当たった。みんな悔しいのかすぐには顔に出さないナ。まあすぐにバラすと残った連中のハラハラドキドキがなくなるから場を持たそうという配慮もある(↓この時は地雷タコ焼きと知らないクニンダDr。右はピッピDr。)


みんなの失敗談やなくて七癖話、信じられない話など盛り上がってオーダーストップの22時半も過ぎ、店を出たのは23時20分ごろ。姶良組は最終列車にぎりぎり間に合う頃だった。鹿児島組の中でも私とクニンダDrは団地も一緒なので二人してタクシーで仲良く帰った。外はまだ寒かったナー。

2018年2月8日木曜日

アサリンシルエット

今日は内視鏡検査担当日でカーテン締めて検査着に着替えているとカーテンの向こうに漫画ドラえもんのしずかちゃんがいた。

これは!と思ってデジカメで撮った。もちろんしずかちゃんがいるはずもなく正体はアサリンNsのシルエットだった。髪型もだが鼻のシルエットがそれっぽくて。こてる先生また馬鹿なことを言っていると思ったかな。ハハ。

彼女は霧島市在住で、そこの早殿森クリニックを受診した際、青雲会病院に勤務していると言うと、SHOW院長が「ああ、あそこにはこてる先生がいるね、面白い先生だろう」と語ったそうな。で、彼女は直接の上司だと話したかは聞きそびれたが「先生のブログも読んでいます」と答えたとか。ふむ、こてる日記を読んで青雲会病院志願して来ただけのことはある。だから、こんな何でもない一コマでもこうして取り上げちゃうわ。

2018年2月7日水曜日

渡りに舟のメッセージ

外来で某看護師に「こんな名字の人がいた」と紙切れを見せられた。

「餘慶」・・「よけい」って読むんですって、すごいでしょ。

確かにすごい名字だね。さっそく名字由来netで調べてみる。全国順位は約20名ほどで60,785位と超レア名字だ。さらに「同名字は、愛知県、大阪府、鹿児島県にみられる」とも書かれてあった。うーん、この年になっても毎月見たことも聞いたこともない名字に出あう。日本の名字は奥が深い。

夜はT-MAXでボウリング練習。その前にナベビシ製薬のヨシタクMRに「隣の小会議室でネット講演聴きませんか」と言われた。本来なら断るところ、弁当付きだという。「ボウリングがあるから途中退席になるが・・」というと「それでも構いません」とのことで食事につられて聴くことにした。糖尿病と腎障害の講演で他の人たちは食べずに聴いていたが、私はながら聴講をした。だってそうしないと間に合わないんだもん。しかしわずか15分で退席するのもおこがましく、もうしばらく聴くことに。少し遅刻するが仕方ない。

さすがにこれ以上は遅れたくないと退席し医局に戻ると、アンドキサMRからスマホにメッセージが届いた。「本日のボウリングですが20時まで予約が入っています」げっ!まれにある大手職場のボウリング大会が入って1時間以上待たされるケースだ。でも私には好都合。そしらぬ顔をして(実際には彼には見えない)「みんな、先にご飯でも食べて20時からゆっくり投げましょうか」「承知しました」となった。ふう。もっと落ち着いて食べて聴けばよかったぜよ。余った時間はこてる日記を書き、それからおもむろに病院を出発したのだった。

2018年2月6日火曜日

スポーツは体に悪い、やり過ぎれば

朝、検査科長の難ガターさんが左脚のしびれがあるという。へー、ボウリングをしている時はそんな風には見えなかったが。「運動をしているとそんなに痛くないんです。菜の花マラソンが終わってから症状が出てしまって」と顔を曇らせる。そうだよ、マラソンって体に悪いんだ。ボウリングだけにしときな!

ある程度年齢がいってからマラソンのような負荷の大きいスポーツをやり過ぎるとどこか故障する率が高くなる。ムッちゃんNsも院内のマラソンブームに乗っかってハーフマラソンに手を出した(いや脚を出した)ら翌日は松葉杖で出勤する羽目になった。だから言わんこっちゃない、ただ、それ以来スパッと止めたは賢明だった。

ボウリングですらちょっとやり過ぎると手や腕、膝などの関節を傷めやすくなる。私は毎回投げ終わった後の諸関節への湿布貼付は欠かさない。20年前は指の関節痛で半年間投げられず、10年前は右下肢の肉離れを起こした。いずれも投げすぎが原因。

私たちはプロでもオリンピック選手でもないから長くスポーツを楽しむためにも決して無理せず怪我をしないようにを念頭において続けようヨ。

2018年2月5日月曜日

ライダー丼はなかった?!

そうだ、昨日はリアル麻雀をしたんだった。枕崎から帰って見せたまえ雀荘に行く時に、カールが「今日はいいことしたから勝つかもね」と予想をしてくれたがまさにご託宣どおり、大勝した。見舞いに行ったというよりも気がかりなこともなく打てたからだろうな。

そうだ、もう一つ書き忘れていた。昼の食事を錫山峠の「錫の駅」で摂ることにしたのは、去年、家族で行った際に食べた「ライダー丼」なるどんぶりが気に入っていつかまた食べようと思っていたからだ。それは天丼と牛丼と玉子丼がいっしょになったような欲張りなどんぶりで、何でも食べたい私はとても気に入ったのだった。(調べたら2017/3/11の日記「ライダー丼って何だ」でネタにしていた。エビの天ぷらを仮面ライダーの触覚に見立てて名付けられている)

で、座るなり即「ライダー丼で」と注文したのだが、メニューをよーく見ると・・・ゲッ「終了」だって?!がーーん!せっかくこれを食べに来たのに。注文を取りに来たマスターに「ライダー丼を食べに来たのにもうやってないなんて」とぼやき、しょうがないんで勧められたエビ天丼セットにしたのだが・・。
ほんのちょっと待っていると、またマスターがやって来て「よければ作りましょうか、ライダー丼を」と言ってきた。「ええ!お願いします」と即答した。うはは、お客さんもちょうどこの時は少なくて「哀れ」に思ったマスターが心意気を示してくれたようだ。待っていると客が増えてきて少し遅かったら心意気もなかっただろう。タイミングも良かった。

で、そのライダー丼をスマホで写メしてカールに教えようとLINEで送った。カールにはライダー丼食べるから昼ご飯はいらないと事前に連絡していたのだ。返事が来るかなと思ってLINEを見直すと・・あれ?間違って青雲医局の朝カラさんに送ってしまっていた。いや、写真送信はあんまし慣れていないのよ。3ヶ月くらい前、彼女に頼まれて病院に来た彼女の両親の写真をスマホから送ったのだがその経歴が残っていてそれで間違ったようだ。で、新婚の彼女から「これは今度ご馳走して下さると捉えてよろしいですか?(笑)」と返信が来た。あいたー。LINE入力が慣れておらずこのいきさつの説明が面倒だ。「そうしたいけどこのメニュー、絶版になってしまったのよ」「ガーーン」で終わった。ほっ。

2018年2月4日日曜日

母と子の「ヨイトマケの唄」

明け方、私は前日録画したNHKの「美輪明宏 ヨイトマケの唄 その愛と秘密」を見た。1時間半の番組の間、私は何度も涙を流しっぱなしだった。いかん、もともと「ヨイトマケの唄」を聴くとよく涙してしまうのだが、この歌にまつわるエピソードもよく泣けてしまうんだ。この歌はこてる日記でも何度も話題にしてきた。平成12年の紅白で美輪明宏が熱唱熱演したのも当然日記に書いた。私が最初に美輪のこの歌を見て聴いたのはいつだったろう。NHKで60代のころに録画したもの(おそらく2000年65才時の「そして歌は誕生した(第11集)」)だったと思うが、ビデオテープに録画したのを何度も見ては感激し泣けたものだった。そもそもはなかにし礼が「戦後の日本の歌謡曲でこの歌に勝るものはない」という意見を見たのが始めだった(今回の番組でもなかにし礼は激賞している)。自ら曲を作詞する彼がそんなことをいうなんて、独りよがりの意見じゃないかと思っていた。しかしー。今ではその意見に激しく同意する。

世に出たのは現テレビ朝日の木島則夫モーニングショーで昭和41年のことだった。初披露後、局に1日中電話が鳴りっぱなし、手紙は2万通も届き、アンコールで1週間後歌うと今度は5万通も来たとか。当時、芸能界から干され気味だった美輪(当時は丸山明宏)はどさ回りする中で自らの思いを模索するうちに知り合いになった親思いのエンジニアの青年や子どもの頃クラスにいた日雇い労働者の母を持つ級友のエピソードなどが浮かび、自然にメロディーや詞が浮かんできたという。さらに今回の番組で中村八大が大きな役割を果たしていたと初めて知った。もう少し前の昭和30年代、同性愛をカミングアウトして非難され、仕事がなくなっていた美輪は中村八大に自作の曲を見て欲しいと頼み込んだ。受け取った中村はそのすばらしさに驚き、これを世に出さねばと尽力した。ヨイトマケの唄もその中にあり、それは先のモーニングショーで評判を呼びレコード化されヒットもしたが、その後「土方」「ヨイトマケ」という言葉が差別用語だという理由だけで民放では放送禁止歌の憂き目に遭う。しっかり歌を聴けよ!どこが差別なんだ!土方やヨイトマケの仕事に就く母親がどんな素晴らしいかを歌っているじゃん!「土方」の歌詞を「労働者」なんて歌ったら味わいも何もなくなってしまうぜよ。TV局なんて全く上っ面だけの判断しかできず、情けなさ過ぎる。中村八大は昭和43年、そんな美輪のためにリサイタルを開く。それをこっそりテープに録画されていたものが今回の番組の目玉であった。

「ヨイトマケの唄」はそんなことで忘れ去られるヤワな歌ではなかった。平成の代になっても桑田佳祐の肝いりで民放でも歌われCD化され、その前には泉谷しげるも歌い、美輪と同じ系統に属する槇原敬之や米良美一も歌っている。ついには2012年の紅白でフルバージョンを美輪自身が歌い最近の美輪しか知らない若い世代にも反響を呼んだ。
(やや音声が小さいが紅白でのヨイトマケの唄↓)
https://www.youtube.com/watch?v=sMxfM230jt4
(美輪自身が徹子の部屋で語ったこの曲のいきさつ↓)
https://www.youtube.com/watch?v=w-6Ak_b2Pdk

ちょうど今日は枕崎の病院にあこネーサ母を見舞い行く予定だった。手がしびれるようになって怖がっていた手術をようやくこの前受けてくれた。夜が明け、カールに「今日は一人で行く」と言うと「あら、(いっしょに)行ってもいいわよ」と言われたが「いや」とやんわり拒否し出かけた。目の周りが少しむくんでいたがそんなことはどうでもいい。親孝行できる時にしっかりしておこう。今日は私と母だけで十分だった。

2018年2月3日土曜日

恵方巻き商法&歯科医師会月例会

今日は節分で午前の外来が終わっての弁当は恵方巻きだった。今年は南南東とのことでiPhoneで方角を調べそっちを向いて立ったまま頬張っていたら信号Drが部屋に入って来た。訳を話すと「ああ、そうか」と合点がいったようだった。そもそも恵方巻きって昔は聞いたこともなかった。Wikipediaで調べても「商都大阪発祥の風習と言われているが、1980年頃までは大阪市内でも知名度はほとんど無く、その起源の定説は未だ存在しない」と紹介されているくらいだから、誰か商売上手な人が「これは使える」と広めたに違いない。と思っていたら、あらら、そのWikipediaに答えが書いてあった。

・・「恵方巻」という名称は1989年、コンビニエンスストアのセブンーイレブン広島市中区舟入店の野田靜眞が「大阪には節分に太巻き寿司を食べる風習がある」と聴いて仕掛けたことにより、1998年から全国へ広がり、2000年代以降に急速に広まった。それ以前に「恵方巻」と呼ばれていたという文献類は見つかっていない・・

なーるほど、セブンーイレブンの仕掛けだったんだ。で、今年はそのコンビニ商法に非難が出ている。

「兵庫県内のスーパーマーケット、ヤマダストアーが恵方巻の大量廃棄は「もうやめにしよう」との意見広告を出し、話題になっています。「スーパーマーケットは完売よりも多く品揃えするのが普通のこと。原価から考えて、余剰分は捨てればよい。ともかく売り上げ至上主義でいいのか?」という小売現場からの率直な声をくんでのことのようです。」

「毎年、コンビニエンスストアなどの店頭には、節分の夕方になっても大量の恵方巻が売れ残り、ここぞと当て込んだ高めの価格が棒引き状態となっても山のように賞味期限切れが発生。それどころか、食品工場で余分に仕入れた具材がさばききれず、そのまま産廃工場に直行といったケースも少なくない。こうした現実が報道されるようになり、近年「恵方巻商法」に対しては、社会の厳しい視線が向けられるようになりました。」

もっともな意見だ。実はカールは自分で作ってしかも棒状にはせず食べやすく切り分けてくれていた。それって恵方巻きなのかってこともあるが食べやすくはある。「縁起物だから(自ら)作った」くらいでちょうどいい。わざわざコンビニ商法に乗って買うほどのものではない。消費者が賢くならないとナ。

夕方はT-MAXでの歯科医師会のボウリング月例会に久しぶり参加した。去年は3回出て最後に出た6月では優勝していた。で、今回もこのところ好調を自覚しているので優勝を狙っていた。結果は目論み通り優勝。ただ、後半は危なかった。歯科医師会では前半3ゲームと後半3ゲームではレーン移動があるが、前半は狙い通りポケットが突けて189、243、211の643、しかしレーン移動すると169、155と途端に失速した。入射角度を付けようとして外向きに投げると動きが大きくなりすぎてスプリットが出るし、そいでもって少し中を通すとオイルが多くボールが滑り気味になり食い込み甘く10ピンが残ってしまう。最終ゲームは最初のステップに気を付け、外過ぎても中過ぎでもないラインを狙って投げた。するとストライクが続いた。ただ、ハンディなしでアベレージ200以上も狙っていたのでそれを出すには233以上が必要だった。これがぎりぎり235出して成功。ふーう。きちんと修正できた自分を褒めてあげたいわっ。

2018年2月2日金曜日

サブアラドの大三元

午前の仕事が一段落して医局に着きパソコンを開く。お、サブアラド六段が昼休みに天鳳やっているよ。どらどら、見始めるとサブアラドは南3局でトップ目。おやおや、三元牌が集まってきていて大三元も狙えるんじゃないか。と、スマホが鳴った。なんとそのサブアラドDrからだ。これはきっと天鳳で役満上がったゾという自慢の連絡だろう。(ネット麻雀は約5分後に観戦可能となる)

「もしもし」と少し抑えた口調のサブアラド六段。こっちは天鳳観戦画面をすでに見ているので「あらあら、センセ、大三元上がるんじゃないっすか」と機先を制した。「うわはは、見ていたの」「で、上がるんでしょ」「まあ、見ててごらん」ともったいぶる。仕方ないのでデジカメで動画を撮りつつ観戦すると、大三元聴牌をして発と3索のシャンポン待ち、そこに3番手の子のリーチに対面の2番手の親までリーチしてきた。これはどうなる?と思う間もなくサクッと発をツモりやがったわ。

この後、ジャーン!という効果音が流れこの半荘のトップは決定的となった。「いやー、久しぶりの大三元だったー」と電話の奥で満足気なサブアラド六段。このところ好調維持出来ているとか。「私もネット麻雀は好調でっせ。明後日のリアル麻雀が楽しみでんな」と宣戦布告した。

ネットでもリアルでも麻雀が出来る。なんというか、平和だなあ。(そうだ、平和ってピンホウ=ピンフと発音し何の符も付かない平らな上がりを意味する麻雀の基本役でもあるね)

2018年2月1日木曜日

健康づくりボウリング大会、優勝間違いなし・・

この時期、毎年恒例の社会保険協会「健康づくりボウリング大会」(於:国分スターレーン)に参加した。今回はこてる会からは青雲A(私、難ガター、サンシさん)と青雲B(アンドキサ、タナカッツ、エリックのMR3人)の2チーム参加だ。ハウスボーラーがほとんどなので私たちが優勝できそうやなと目論んでいた。実際、2012、2013、2016、2017とここ6年で4回も優勝しているしー。

そいでもって私が絶好調で2ゲームを217、212のノーミス200アップ、難ガター169、189、サンシ162、185とまずまずのスコアでトータル1134ピンならまず優勝だと確信していた。ところがだ。優勝チームはノーサイAだった。サンシさんは信じられないという表情だった。ううむ、2014年もそこに優勝をさらわれたが、今回驚いたのはそこの中心選手の60代男性福雅さんのスコアで何と234、279という超ハイスコア。2番手の人も181、204でこれは負けるわ。それでもチームトータルでは17ピン差だった。調べればノーサイチームとは2年前も接戦でその時は2ピン差で私たちが優勝していた。

福雅さんって何者?とネットで調べてみるとサンライトボウルのサンデーアタック(2、30名参加のオープン大会)で何度も優勝している実力者だった。今日のレンコンはアウトサイドをコントロールよく投げれば確かにストライクが出やすかった。私も昨年のドクターズボウリングが同じようなケースでツボにはまり279、224、247と今日の福雅さんとほぼ同じ程度のスコアを出した。いや、これだけダントツの成績を出されれば負けてすっきりだ。スコア発表前に隣に座っていた別チームのおばさんに「青雲会はいつも優勝ですね、あらまあ、今度は優勝じゃなかったんだ」といわれたばかり、今回ばかりは参りましたわ。