2018年2月12日月曜日

「なごり雪」と「赤いスイートピー」

あかん、二度寝三度寝してもうた!風呂も入らんで寝癖ついたまま、こてる日記はまた後でぇー。

てなわけで、この日の日記を書こう。

朝NHKBSで4日間にわたり歌手「イルカ」の特集が始まった。イルカはアメリカのフォークソングに目覚め、後に夫となる神部和夫と出会い和製フォークグループでデビューする。神部はグループ解散後イルカと結婚し、プロデューサーとして彼女を売り込もうとする。そこで親交のあったかぐや姫のアルバムの中から「なごり雪(1975)」が彼女のイメージにぴったりだとしてソロ3曲目でシングルリリースするとこれが大ヒットとなった。この時、神部は編曲を新進気鋭のアレンジャーに依頼する。で、なごり雪が流れてきてがイントロを聴いて「あ、『赤いスイトピー(1982)』だ」と私はつぶやいた。かなり似ているんだ。なーるほど、同じ松任谷正隆だったからか。松任谷は「なごり雪」ヒットの翌年、ユーミンこと荒井由実と結婚し、「荒井」という名字が大嫌いだったユーミンは喜んで「松任谷由美」を名乗るようになった。松任谷が田中や中村だったら結婚しなかったのではと私は当時思ったものだ。ともかくも、この2曲は松任谷正隆の功績も大きかったということだ。

ちなみにこの2曲はヒットしたことで別の面でも影響を与えた。「なごり雪」の作詞作曲の伊勢は周囲から「なごり雪」という言葉はないと指摘され「名残の雪」にしたらどうかなどとアドバイスされたがこの言葉にこだわったという。しかし時代が経ち、3月の季語として日本気象協会から「季節のことば36選http://www.jwa.or.jp/news/2013/04/post-000153.html」で、3月のことばの一つに「なごり雪」が選ばれ、伊勢はこれを知りすごく喜び「胸のつかえが降りた気分」だったという。「なごり雪」は日本フォークソングの最近の人気投票でも1位になるなど名曲としてすっかり定着している。「赤いスイトピー」は作詞の松本隆は実際には当時「赤い」スイトピーはなく、白やクリーム色、ピンクなどが主流で、これに松本もやばいなと思っていたが、この曲のヒットで状況は変わり品種改良で赤いものも作られるようになったとのことだ。

げに、ヒット曲の影響の大きさよ。

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