2014年10月31日金曜日

夜討ち

外来、救急、内視鏡検査と相変わらずバタバタした昼間の業務を過ごし、どうにか帰れるなと思っていた18時過ぎ、ふいに外来看護師に「カワハゲ腎泌尿器科から患者の紹介が来ています」と言われた。「ええー、聞いてないよー」と私。そう、急に来たのだ。しかも下血だとか。急いで紹介文を読むと、これは本物かもという気がした。たまに痔出血とかなんちゃって下血もあるがこの高齢男性は1年半前にS状結腸憩室から動脈性出血を起こし青雲会病院に入院歴があったからだ。その時のこともあり夕方出血したばかりだが早目にと送って来た。なるほど、それなら緊急内視鏡をせねばなるまい。あいにく内視鏡室のスタッフは帰ったばかりだったが、服緑Nsが来てくれ浣腸のみでさっそく大腸を観察した。すると案の定S状結腸付近から出血した痕跡があった。憩室も多数ある。となれば出血源の憩室たった1個を捜す必要がある。でもこれが難しい。凝血が散らばり出血源でない憩室にもはまり込んで紛らわしいのと入り口が狭い憩室が多数あり憩室底の露出血管が見つかりにくいのだ。前回は大きい憩室の明かな血管が見えたためクリッピングして止血出来た。下血がない奥の腸管まで入れて抜き、また入れ直す。そのうちごく小さいけれど血液付着が目立つ憩室があった。周囲には他に3個も似たような憩室がある。スコープの先から水洗浄してみる。ちょいとした刺激も必要だ。責任憩室を見つけるには再出血もいとわない。犯人を挙げるには確かな証拠が必要でそれさえ見つかれば勝ったも同然なのだ。

ちょいとスコープ先端で突いてみると・・あっ、ビュッと出てきた!鮮血だ。やっぱりこいつだったぜ。でも出血の勢いがあってクリップで露出血管をつまめそうにない。憩室そのものに蓋をするようにクリップする方法もあるが出血の勢いに負けて外れることもある。で、まずはHSE(高張エピネフリン液)を周辺に局注した。これで出血の勢いが弱まり観察しやすくなった。で、クリップ止血するかだがここは比較的新しい方法でゴムバンドで絞扼する方法を選んだ。スコープ先端に仕掛けを作り憩室そのものを強く吸引し引き上げその根元を硬性ゴムで縛り上げる方法だ。食道静脈瘤によく使われるものの応用で施設によってはこれを第一に実施しいい成績を上げているところもある。一旦スコープ抜去しセッティングして再挿入してみた。吸引が弱くしっかり縛り上げられなかったがどうにか憩室とそこの血管を噛んで出血は止まった。このまま数日間保って縛り上げた組織が壊死(腐り)しその後瘢痕化(くっついて固まる)すれば大丈夫だ。ふぅー。今夜やっていてよかった。明日土曜日だと外来患者見ながらでとてもこんなに落ち着いて処置出来なかっただろう。急な仕事ではあったが紹介医や患者さんの役に立て満足して遅くに帰宅したのだった。

2014年10月30日木曜日

守備妨害や

この1週間日本シリーズがらみの話題が多かった。今日ソフトバンクが勝てば決まりで阪神が勝てば1日おいてまた甲子園で残り試合がある。阪神ファンにしてみれば何としても甲子園に帰りたい、帰ればどうにかなる・・かもという心境だろう。午後、気がつけばシマッチ院長が病院からいなくなっていた。休みを取ったのだ。金曜午後は休みだがハテ?なーるほど、こりゃ新幹線で博多はヤフオクドームまで行ったな。昨日の様子からして今日も気が気でなかったはず。阪神も今日を逃せばまたいつ日本シリーズ参戦できるか分かったものではないし。

夜は、昨夜同様、ネット麻雀しながらTV観戦していた。どちらも無得点でじりじりした展開になりどちらが先制点を入れるかで勝負が決まるような感じだった。それがあれよあれよと8回裏まで来てソフトバンクが1点を取りあらまこれで決まってしまうのかなんだかそれも物足りないな、と少々ぜいたくな気分にいたら、9回表抑えのサファテが落ち着かずフォアボール連発で1アウト満塁となった。うわあ、これは一気に逆転されるパターンか。ま、それもいいかもとTVの前で固唾を呑んで見ていると・・。

バッター西岡、5球目を打ってファーストゴロ。本塁フォースアウトでキャッチャー細川は一塁へ送球!あれ?!送球が西岡に当たり球はファールゾーンでコロコロ、一気に阪神逆転?でも今のはちょっと西岡まずいんじゃ・・と思ったら、案の定守備妨害を取られ、アウトで試合終了、ソフトバンクが優勝日本一となった。が、当然のごとく和田監督が抗議に出てきた。しかしソフトバンクはナイン以下監督もマウンドに集まり歓喜の輪が出来ている。その側では抗議が続き・・しかし審判団が受け入れる様子は全くない。リプレイが出てきてこれは明らかに西岡はダブルプレー阻止のために走塁枠をはみ出し内野側を走っている。とても言い訳出来るレベルではなく審判判定は受け入れるしかないだろう。ふー。あのまま西岡が打たずにいればどうだったか。いや、それでも結局はソフトバンクが勝ったのではないか。そんな気がする。阪神はソフトバンクリリーフ陣からほとんど点を取れていなかったしー。

ともかくもソフトバンク優勝でめでたしめでたし。今回は初めて観戦出来たこともあって印象に残るシリーズであったが、3年前の対中日戦が2敗してから追いつき勝った時の方が胃がきりきりするような展開でより印象に残る。そう、阪神がもうちょっと頑張ってくれたら感激もよりひとしおだったのに。守備妨害で幕切れというのもそんな気分を象徴しているようだった。

2014年10月29日水曜日

嘆き節が聞こえた

京セラホテルで抗凝固剤の勉強会があった。これはイキナリDr司会、シマッチ院長がパネリストで出るということや主催がタシケントMRやタナカッツMRのベロリンガーだったこともあり、私も参加することにした。ついでに過ごし安病院のサブアラドDrも誘ったらちょうど今日は夜は病院泊まり(当直業務なし)とのことで参加してくれた。これには最近落ち込み気味との担当者タシケント君も喜んでいたようだ。というのは、軽微な交通違反を立て続けにしてしまい会社から1週間の謹慎が下ったからだそうだ。MRは車で各病院やクリニックを訪問し回るのが仕事だからノサバルデスのおおしたそう君などもねずみ取りに捕まる話しはよく出てくる。タシケント君はスピード違反と一時停止でやられたという。しばらく車なしで反省しないさいってことか。そうだ、私も11月初めまで違反するわけにはいかない。3ヶ月違反なしなら例のスピード違反の減点の持ち点が回復する。でも次回更新でのゴールド免許証はない。ま、仕方ないね。

講演テーマは心房細動患者への抗凝固剤の適切使用についてだった。自分が最初に処方することは少ない薬剤だが、最近は内視鏡や入院患者で関わる機会も多い。他分野とはいえ講演内容はなかなか面白かった。会は21時を過ぎ、お開きとなるも、隣の部屋で立食の食事付き懇親会があるというのでそちらに移動するとバッグ抱えていそいそと会場を引き上げようとするシマッチDrがいた。ベロリンガーの担当者が「シマッチ先生、最初の乾杯の音頭を取って・・」と依頼したが、「いや、ちょっと」と言い残し、即立ち去る様子だ。そして「ああ、こてる君がいるから彼にやってもらって」と言いさぁーっと消えていった。ちょ、ちょっと待って下さいよ。門外漢で聴者の一人に過ぎない私に乾杯なんて出来るわけがない。当然のようにイキナリDrがしてくれたが、なんであんなに忙しそうだったのかと言えば、ちょうど日本シリーズの阪神ソフトバンク戦が1-1で続行していてそのTV観戦のためだった。挨拶でイキナリDrが「みなさん野球の試合経過が気になるようですが」と断ってしゃべったのはシマッチDrのことを言っていたのだろう。もし最初からシリーズ対戦が有力視されていたら彼はこの仕事を断っていたに違いないよ、きっと。私はソフトバンクファン、でもそこまでのめり込んではいないので当然懇親会には出ちゃうがな。

「いやー、お腹が空いていたよ」とサブアラドDr。寿司やカニ、ステーキとそこそこ美味しいのがあり私もぱくついた。姶良のオダネストDrなどとも久しぶりに話したり、サブDrと天鳳麻雀、タナカッツMRとボウリングの話題で盛り上がったりと場所は変われど同じ光景だった。サブアラドDrはビールも飲み、「帰りは?」と聞くと「チケットあるので21時半の予約タクシーで病院に帰る」とのだった。なるほどー。こうしたメーカー主催の講演会はその日限りのタクシーチケットをもらうが使ったことはほとんど無い。基本飲まないしマイカーの方が会場に早く着くし早く帰宅出来るからだ。

そんなわけで帰りの車中は音声のみで試合経過を聞きつつ自宅に向かった。まさか延長まで行き危うい場面を乗り切りソフトバンクがホームランでサヨナラ勝ちするとは。シマッチ院長の嘆き声が私の居間まで聞こえて来たっす、いやホント。(⌒о⌒)

2014年10月28日火曜日

自分が見ると負ける・・

カールがママ友のユキーノからラインでこう言われたそうだ。
「別にいいんじゃない。ええコープでブラ買っても」
これは私の2、3週間前の日記ネタがらみなのは明白だ。そしてこう結ばれていた。「あ、私は買ったことないけど」と。これを読んで「いかにもユキーノらしいわ」とカール。
「でも私は(買うのは)全然平気。同じ値段であの時は2、3割安かったから」とそれはそれでカールらしいのであった。

日本シリーズ見つつ天鳳をし一段落したところでサブアラド家に電話をしてみた。サブアラド「ソフトバンクが結構リードしているね」私「キョーちゃんも日本シリーズ見ているでしょ」とソフトバンクファンの奥さんのことを尋ねると「それが裏番組を見ているのよ」「あら、そりゃまたなぜ?」「自分が見ていると負けるからって、ちょく、ちょくと試合結果を見てはまた戻している」だって。ああ、分かるなそれ。昔々、メキシコオリンピックで日本バレー女子のソ連との決勝で旗色悪い日本は1セットは取ったものの競りながらもセットを落とした。幼い自分は「自分が見ていると負ける」と別の部屋に引きこもって別の番組を見た記憶がある。結局我慢しきれなくて居間のTVに戻ってみんなといっしょに見ることになるのだったが・・。「もう終盤、点差も5-1だから大丈夫でしょ」と笑いながら電話を切った。ファン心理って似たようなもんですな。

2014年10月27日月曜日

番外戦

朝、私はカールが先に家を出るため「家を出るときにゴミを出してね」とお願され快諾した。その代わり外に出して置くように頼んだ。しかし出勤後カールメールに「ゴミ!」とあった。あはー!すっかり忘れていた。車のドアのところにでも置いていてくれたらと思ったが後で聞くとちゃんとそうしていたらしい。それでも私はそこにゴミがあることを意識出来ずにいつものようにドアを開け出発したのだった。こうなればカールがいみじくも言ったように「ボンネットの上にでも置くしかないわね」か。トホホ。

シマッチ院長に日本シリーズ第1戦観戦のことを話すと「私もいたよ」だと。あは、やはりそうでしたか。「第2戦も見て今日朝一で鹿児島に帰ってきた」だって。うわそりゃまたすごい。昨日は大阪マラソンにも参加し医療ボランティアもしながら走り夜は観戦だったとか。元々マラソン出場が決まっていて棚からぼた餅で日本シリーズ出場が決まったから急遽チケットを取りいずれも3塁アルプススタンドで観戦したという。で、1勝1敗でまだ表情には余裕はなかった。昨日全然打てなかったことが気になるらしい。私はそこまで不安を感じておらず、やはり第2戦の勝敗は勝った方に余裕が出るもので、日本シリーズ番外戦青雲会病院の巻であった。

2014年10月26日日曜日

神戸と大阪の違い

昨夜ですっかり疲れてしまって6時45分に目覚めるどころか起きたのは9時だったか10時だったか・・。ちんたらしてホテルを出た後は新幹線で帰郷だがお土産を買っておらず新大阪で買うことにした。ところが新神戸のショッピングセンターと比べるとこんなにも違うのかというくらい私好みのがなかった。神戸はおしゃれで甘そうで美味しそうのはいっぱいあった。しかし大阪は塩っぽいのやたこ焼きをアレンジした冗談っぽいものや伝統的なおこしなどでどうにもなー。地域住民の意向が反映しているとしか思えない。結局生八つ橋にした。なんで京都なんやといわれても他にいいのがなかったしー。

帰りは2年前に新幹線で見て以来ほっといた韓ドラ「製パン王キムタック」をずっと見た。見始めるとさすが視聴率50%という驚異的な人気があっただけに面白い。2年間のブランクなどすぐに消え帰り着くまで見っぱなし。途中で止めるのが惜しいくらいだった。

夜はTVで日本シリーズ第2戦観戦。モニター通して見る球場の雰囲気は昨日といっしょだ。しかしソフトバンクのピッチャー武田がカーブでストライク先行し阪神打者はなかなかタイミングが合わない。ソフトバンクは1回に1点先制もした。そして次ぎの2点目が大きかったな。もし1対1になっていたらどうなったか。意外なほど打たれずまさかパーフェクト?というくらいのピッチングを武田がみせ終盤に引き継ぎ1点差で勝ちよった。これは大きい。気分よく移動日を過ごしホームで対戦できる。少なくとも一方的に負ける可能性はなくなったし、阪神の勢いも下降線に向かえば勝機は見える。ただ阪神もセ・リーグでは一番応援しているチームなのでいいところを見せて欲しい気もあり、一番いいのは4ー3で最後はソフトバンクが勝つパターンだ。そんなぜいたくなことを思いながら天鳳をしていたら連続ビリ。あいたたー。

2014年10月25日土曜日

日本シリーズin甲子園

昨日と同じく7時15分ほど前には眼が覚め学会のモーニングカンファで朝食を摂るためホテルを出た。昨日と違うのは荷物をまとめて出たこと。これが重い。特にポートライナーから降りてポートピアホテルまで持っていくのに疲れる。まずはクロークに預け身軽になって講演&食事となった。午前は大腸内視鏡がらみのシンポジウムを聴いた。終わる直前に会場を出ようとすると入り口近くでトクジュウDrと目が合った。お、また会ったな。昼前後は知り合いのDrとすれ違うことも多い。内視鏡グループ後輩のダコDrと会ったかと思えば昼過ぎにはやはり後輩の木神、最高幸Drともばったり。話しをしているとな、何とかつての2内科内視鏡グループの大ボス渋ちんDrとも超久しぶりに会った。老けたとはいえ色つやもよく元気であることを伺わせた。ここぞとばかりにデジカメで写真を撮りましたよ。そういえば最高幸Drのカメラは私と全く同じPowerShot S110だったし木神DrのもPowerShotでみんなCanonが好きなのね。

ホテル会場から国際会議場のデジタルポスターで聴きたいのがありそちらに向かっているとまたトクジュウDrとばったり出会った。よく会うね。しかしだ、これが運命の分かれ目だった。彼が何やら「先生・・」と話しかけてくるではないか。「今夜、甲子園で日本シリーズがあるんですがチケット1枚あって先生、行きませんか」というではないか。な、何?「行く!行くよ。でもチケットって本当かい?」こりゃ驚いた。何でもトクジュウ君の東京出張時代の友人Drがトラキチでチケット申し込んだところ一昨日3塁側内野席を3枚ゲット出来たのはいいが1枚余って行けそうな人がおらずどうしようかと困っているとか。あんた、困っているってそれはプラチナチケットでっせ、その気になれば何万でも買う人はいるはず。私も上乗せしていいから買いますって。トクジュウ君がメールで友人Drに確認を取り(彼も探しているはずだからダブルブッキングでないかどうか)OKということだった。よーし。1時間後にホテルの前で待ち合わせしていっしょに西宮に向かおうとトクジュウDrと一旦別れた。

でもやはり聴きたい発表があったので会場でしばし聴いた後、無線LANスポットでホテル検索をした。これに時間がかかった。大阪も意外にホテルが空いていないのだ。明日は大阪マラソンとやらもあるとかで主立ったホテルは満杯だったようだ。結局、中之島のリーガロイヤルホテル大阪の空き部屋が2、3室あり高かったけれど即決めた。

阪神電車に乗り込むと土曜夕方だというのに満員。甲子園駅で大多数が降り私たちもその流れで動いた。駅から甲子園まではすぐだが人、人でいっぱい。当然タイガースのユニフォームや黄色が目立つ。ここで待ち合わせてチケットを受け取ることになっていたがその友人Drナカやん先生がいない。トクジュウ君がメールで確認すると・・阪神グッズ店で並んでお買い物中とのことだった。「こんな機会は一生のうち滅多にないから東京からやって来た」というだけのことはある。私は旅行バッグを預かってもらうコインロッカーを探したが駅周辺にはなかった。残念、球場に持ち込むわ。

ナカやんDrに会い、代金を払おうとすると内野席の正規料金7200円でいいという。確かに彼の名前でコンビニ支払いしているもので何だか悪いなと思いつつ支払った。ただし座席はばらばらで私は前から13番目の通路側の席だった。これってグラウンドにも近くいい席じゃない?何というラッキーさ。入り口前で3人で記念写真を撮り入場した。

久しぶりに見る甲子園球場は毎回思うのだが意外に狭いなということ。普通は大きいなと思う人が多いらしいのだがTVでしょっちゅう見ていてもっと大きいというイメージが私にはある。実際は鴨池球場などよりずっと大きい。すでに暗くなりつつあり観客もかなり入り、スタンドはほとんど黄色で何だかお祭りムードだった。ソフトバンクファンは赤色のユニフォーム着てレフト外野の一角に隔離されそれでもトランペットや旗振りなどで気勢を上げていた。そう、第1戦でもあり勝っても負けてもすぐに決着つくわけではない、久しぶりの日本シリーズを祝い楽しもうぜってことだ。気温も暑からず寒からずで過ごしやすく最高の雰囲気で試合開始を待った。私は出水のスチョルDr(阪神ファン)に携帯で今甲子園にいることを伝えた。先週会った時に、チケットが取れなくてーとぼやいていたのでこの幸運を伝えたかったのだ。先生は福岡での第5戦のチケットはゲット出来たとかだったが、メールで「羨ましい!!」との返事が。ハハハ、確かにこの雰囲気で応援出来たら虎ファンは最高だろう。

試合前に選手紹介があり国家斉唱もあった。歌うのはティーナ・カリーナだって。誰それ?という空気が球場に流れる。で、すかさずアナウンスが略歴紹介をした。「ティーナ・カリーナさんは2012年にメジャデビュー、同年レコード大賞で新人賞を受賞・・」とのことでなるほどそこそこの実力歌手なのねと少し納得した後に「2013年にはファーストアルバム『田中からボタモチ(棚からぼた餅)』をリリースし・・・今後の活躍が期待されます」と来た。棚からぼた餅?そうか、広島こけてようやく2位になったと思ったらいつの間にか日本シリーズにまで上り詰めた今の阪神とかぶるなー。少し笑いが起きて虎ファンの中にもけっこうそうかと思った人たちがいたようだ。

試合はメッセンジャーの球に力があってソフトバンクは勝つのは容易じゃないなと思っていた矢先、4回に阪神4番ゴメスがタイムリーで阪神が先制しよった。私の周りは阪神ファンだらけで特に真後ろは中年のこてこての関西のおっさんでこれが心に思ったことがそのまんま口に出るの。一球一球解説が入り「おらおら、ここが大事やでー」「こいつを抑えるか抑えんかでえらい違うわ」、そして「こらー、上本なにトンネルしとんじゃー」と怒ったかと思えば次回「上本、よう打った。さっきのは許したる」とお目こぼし発言も誰彼はばかることなくしゃべっていた。それがうっぷん晴らし、楽しみなんだよな。

で、5回裏、阪神が一気に勝負を決めた。ゴメス、マートン、福留とヒットが出るたびみんな立ち上がりメガホン鳴らして大喜び。後ろのオッチャンも直前まで文句や心配の声出していたのに「うわあーっ!」と万歳、メガホン打ち鳴らし、大喜び。私も立ち上がり喜びはしないけどデジカメ動画回しフィールドからスタンドまでお祭り騒ぎを撮った。ふと携帯メールを見るとスチョルDrから「阪神!勝ってきますね」とのメッセージが。うん?と、すぐに「勝っていますね」の間違いだったと訂正が入った。先生もコーフンなさっているようだ。うーん、ソフトバンクはバントで3塁に送れず、阪神はピッチャーが追い込まれながら送りバントを決めた。そこの差か?その後、ソフトバンクは松中代打でヒットが出たもののなぜか代走を出さずその後のヒットでも本塁突入させられず1点しか取れず、何だかちぐはぐさを感じた。いや、5点差はきつい。そのまま9回を迎えると私の左後ろ方面にいたソフトバンクファンとおぼしき若者二人はいなくなっていた。やっぱり。この二人の反応が私と似ていたのでそうじゃないかと思っていたんだ。あのバント失敗3塁アウトの場面でのチェッという反応がネ。

結局6-2で初戦は阪神が快勝した。ただ見ていてソフトバンクも決して劣っていないと感じた。今日はちょっとしたミスでたまたま差がついただけ。後半はソフトバンクがやや押していた。今宮の守備はすごかったし抑えピッチャーも使える目処が付いた。日本シリーズは第2戦が大事とV9時代の巨人が対処したと聞く。明日勝てばまだまだと「六甲おろし」が流れる甲子園を後にした。トクジュウDrに携帯で連絡するも「ナカやん先生が監督インタビューも聞きたいというので」すぐには帰られれないとか。そりゃわかる、わかるよ。いや、こんな経験が出来本当に感謝、ナカやん先生にありがとうを伝えてくれるようお願いして電話を切った。そんなどうこうより彼は阪神ファンとしてこんな大満足はないとただただ思っていたことだろう。おめでとう!

帰りは梅田まで特別急行が出ていた。車内はほころんだお顔が多い。私の目の前に緑色のソフトバンクのユニフォーム着た若者がいてずっと黙っていたが声を掛けたかったなあ。「大丈夫だよ、まだまだこれから!」とかさ。でも怖いというわけじゃないけれど99%阪神ファンの中でそんなこと語るののもねー。勇気が出ませんでした。関西のオッチャンとは精神構造が違うのかも。この後、梅田から中之島までうろちょろしてしまったがどうにかホテルに着いた。ふー、それにしてもバッグの重いこと。今度は出来るだけ余計な物を持たず来ようぞ。

2014年10月24日金曜日

学会散策

泊まったホテルでは朝食なしだったので7時半には出て学会会場のポートピアへ向かった。8時からのモーニングカンファに出席するためで、目的の半分はそこで朝食を食べることにあった。今回は早目にホテル探しをしたのに便利な三宮周辺は全くなく隣の元町はいいとして朝食付きもなかったのである。食べるだけでなくちゃんと聴いて、胃癌検診にABC分類というのがあって例え精査不要と言われるA分類の人でも胃癌患者が紛れているという講演だった。この後は内視鏡画像処理をメインしたシンポジウムを聴き、昼ちょいと前に出て商品展示コーナーを見て回った。内視鏡関係は毎年新しい器具や製品が出るので見て回るだけでも面白い。

昼はランチョンセミナーを聴く。これは昼食券を事前にとって奥必要があるが朝早く来れば楽勝で取れる。早起きはチケット1枚の得ってね。午後の講演の前に会場をうろつくとトクげんDrにばったり会った。彼は2内科同期で鹿児島市内の病院に勤務している。今日私同様新幹線でやって来て「いやー、ここまで来るのに疲れたよー」とのこと。最近連絡を取っていないので携帯番号教えろよと言うと「よう分からん」だと。見れば当然ガラケーでしかも自分の番号の出し方も知らない。彼から私の携帯にかけさせそれを私が保存してやった。泊まりは神戸は取れずに新大阪になったとか。そうだね、DDWは毎回参加者が増え20年ほど前の始まったころは1万人ほどだったのが今は2万人も集まる。神戸は会場は広いがホテルの数が限られネットで検索してもゆったり出来る有馬温泉とか淡路島が見える風光明媚なホテルとかがヒットしてしまう。特に明日の土曜はホテルが全くといってない。例年は土曜で終わるのに今年は日曜まで開催というのもあるし、しかも明日から日本シリーズが甲子園であるためか西宮周辺も皆無だった。「ちょろっと回ってもう宿泊の新大阪に行くわ」とトクげんDr。そうか、また鹿児島に帰ったら麻雀でもしよーぜと別れた。

このあと鹿大で同期入学、その後九大で超音波内視鏡などやっていた原直Drとばったり会ったり、またトクげんDrと同じグループで後輩のトクジュウDrともすれ違った。トクジュウDrとはなぜか学会でよく会う。確か2年前は間違って別のランチョンに行ったら偶然隣の席に彼がいたこともあった。まさかそんな縁があんな幸運につながるとはこの時は思いもしなかった・・。

午後はデジタルポスター発表や医学書販売など見て回り2冊本も購入した。15時半ごろになると少々動き回るのに疲れて昨日食べられなかった餃子のことを思い出し早目に会場を後にした。おおしたそうMRのお勧めとあらばさぞかしと元町駅前の「赤マン」に入ってみた。そこは餃子とビールしか出さない店で鹿児島にはこんな店はない。客はサラリーマン風からカップルまでいろいろで販売も多く人気店と思われる。マスターが小首を傾げながら皮をリズムよく包み焼いていくのだが面白いことに隣の弟子の二人もちょくちょくと首を傾げその動作がそっくりだった。味の方がまずくはないが全く普通で九州のぎょうざの丸岡の方が美味しいぞ。ま、これも旅のネタということで。ただ中途半端に餃子食べたせいで夕食を食べに行く気が薄れコンビニで切り野菜セットやおにぎり、パンなど買ってホテルに引きこもった。出不精の癖は神戸に来ても変わらないってことだ。

2014年10月23日木曜日

新幹線の過ごし方

今日からDDW(消化器病系の大きな学会)が神戸であり午前まで病院勤務して午後から出かけた。着くのは夕方になるので今日は行くだけだ。以前は飛行機を利用していたが2年前から新幹線利用に変えた。所要時間は少し長くても自由度が高いのがいい。わざわざ予約をしなくても30分おきに便があるし駅に着いたらすぐに電車で目的地まで着ける。それに万が一落ちて死んでしまうというちょっぴりした不安がないのがねー。

さらに新幹線の窓際にはコンセントがあるのでパソコンつないでビデオ鑑賞が出来るのもメリットだ。神戸まで約4時間、ネットも出来ないし一人だしで読みかけの本かビデオが一番だ。今回は「復活」の「コレクターズ・ボックス DVD」(ドラマと違って監督インタビューなどが入ったコアなファンのためのDVD)を見た。これは購入してから2年以上経つが見ていなかった。いつでも見られると思うとたいてい人は見ないもの。読書でも積ん読のまま終わっている本などいったい何冊あることか。こういう機会がないとまた数年ほっといたかも。

しかしいったん見始めると懐かしい映像や役者の素の表情、監督、脚本家の作品への秘められた意図などハマって見ていただけに面白くてずっと見続けられた。あ、今博多か広島で、え、もう岡山なのってな感じで神戸が近づいてきて「まだもっと見ていたいのに」とさえ思った。新幹線の長時間乗車はビデオ鑑賞が一番だね。

神戸に着いたのは19時過ぎでそこから三宮、元町ときて目的のホテルに着いた。夕食のためまた出て駅近くの「赤マン」という焼き餃子屋を目指した。ノサバルデスのおおしたそうMRが「元町のそこが餃子しかないですけど一人でも入れて美味しかったです」という耳より情報を教えてくれたからだ。しかし、すでに閉店だった。20時までだって。しかたない。ちょうど対面に「銀丸ラーメン」があったので入った。豚骨スープでしかも麺は「南九州鹿児島県益田製麺より直送!銀丸ラーメンオリジナル細麺26番SATSUMA」という美味しい麺を使っていると宣伝していた。ううむ、神戸についてさっそく食べるは鹿児島の麺か・・。ただそれがまたえらく細かった。ラーメンと知らさなければソーメンと絶対間違うレベルで博多ラーメン並みだ。鹿児島ではまず見ない細さだった。味はいつも思うがラーメンでそんなにまずいものってないレベル。ま、こんなものでしょう。

コンビニ寄ってホテルに帰ってシャワー浴びてまずすべきは日記書き。これをしておかないとまた遅れる羽目になる。ようやく一段落しサブアラドDrに電話をする。やはりやってましたよ天鳳。で1半荘だけした。結果は私が2位で彼はラス。ほほほ。いつもならもう1回やるぞーだが、私も眠いし明日は学会参加だしでそのまま寝込んでしまった。

2014年10月22日水曜日

コラジハゴヌン!

ついに受け持ち患者18人のうち9人半数が90才以上となった。以前は90才以上の患者なんていくらもいなかった。超高齢化社会じゃ、ほんとに。

シホねえNsが今だに子どもと韓ドラ「ファンタスティック・カップル(2006)」を見ているという。私のお勧め韓ドラでジャンルはラブコメだ。高飛車な女性セレブ主人公が記憶喪失になって起こす珍騒動だが良く出来ていて私は2回見た。韓ドラで2回以上見たのは6回半見た定番「冬のソナタ(2020)」と知る人ぞ知るサスペンスドラマの傑作「復活(2005)」だけでこの3作が私の韓ドラベストスリーになる。ラブコメ、恋愛、サスペンスとジャンルのバランスが取れているのも自身気に入っている。時代劇もお勧めはあるが長すぎて2回は見直す気になれない。特に「復活」は韓ドラファンの中でも見ていない人が多いのでチャンスがあれば見て欲しい。どっぷりハマるし韓ドラ侮れずと感心した作品だ。「ファンカ」はシホねえ息子が面白がるほどのわかりやすさと爆笑シーン、そしてラストになるにつれ切なさがいい味わいを出している。毎回DVD屋から借りているというから私が貸すことにした。というのも何年もずっと医局の机に置いているのだ。早く言ってくれよ。同好の士には何かと世話を焼きたいものだよ。

後日、見たかと彼女に尋ねると、「ええ、でも残念なことに日本語吹き替えだった」と答えるので「アホ!初期設定がそうなっているだけで設定変えればちゃんと韓国語出字幕が出るわい」とたしなめてやった。コラジハゴヌン!(→このざまときたら!主人公のセリフで当時流行語になった)

2014年10月21日火曜日

チケットって取れない

ふふ、やっぱ勝ったねソフトバンク。今シーズンはぎりぎりの勝負に勝って上に上がるパターンのようだ。こんな勝ち方は返って期待出来る。CSを4連続で勝ち上がった阪神に分ありと思われがちだが、案に反し最終決戦の7番勝負ではころっと負けることが多い。これはここ20年のメジャーリーグでのポストシーズン結果で証明されていて、4連勝が勝ち上がったチームはたいてい負けでしかも0勝4敗か1勝4敗と全く振るわずというデータが出ている。勝ったのは90年代半ばのアトランタブレーブスくらいでそれも4勝2敗と圧勝というわけではなかった。ソフトバンク、阪神とも私が応援するパ、セの2チームだがどちらを選ぶかといったらソフトバンクだ。これはもうダイエーが福岡に来て以来ずっと変わらない。シマッチ院長が高校、浪人時代まで過ごした大阪から九州(宮崎、鹿児島)に来て30年以上経つが阪神ファンが変わらないのと同じだ。プロのチームといえど力を発揮するには波ががあり上昇機運に乗れば阪神が巨人に4連勝もあるし、ソフトバンクが9月のように最下位のチームみたいに陥ることもある。ソフトバンクはあれ以上落ちようがないと考えればピークがCSだったろう阪神には勝ち目があるのではと思えるのだ。今度の土曜は甲子園で日本シリーズ第1戦がある。ちょうど神戸での学会があるのでいいタイミングだ、ぜひ観戦したい。そう思って珍しくチケット購入を目論んだが全くダメだった。うう、残念。

夕方、倍売る薬品の憂い酒女性MRが「先生は11月のAKB48の鹿児島公演は診に行かれるんですか。私は上司がチケット2枚取ってくれて行くんですけど」と話しかけてきて、そうだった、11月22日にAKBのチームBがやって来るんだったと、慌ててAKBのチケットセンターに申し込んだが何とすでに売り切れだった。ああ、迂闊。

チケット購入ってあんましやったことなくてまともに取れたことがない。みんなどうしてる?

2014年10月20日月曜日

一番言いたいことは

朝礼のスピーチはシマッチ院長で「脳は生涯にわたり発達し続ける」というテーマで珍しくスライドを使ってのものだった。従来は傷ついた脳が自然に治癒することはないといわれていたが、最近の知見では脳神経細胞は環境に応じて再配線でき、さらに運動、精神的活動、社会的つながりが神経細胞の発展を促す、つまりは驚異の治癒力が脳には備わっているとのことだった。ふむふむ。しかしシマッチ先生、大事なことを言わないなと私は密かに思っていた。今日のこのタイミングでスピーチするなら絶対にしゃべるはずのことを言わないのはなぜ?でもやっぱり言ってくれました。「このように脳を上手にコントロールすることで思いは必ず実現するというこ・と・で・す・が、今日一番言いたかったのは・・」と次ぎのスライドを見せると・・。

1枚目「祝!!」

2枚目「クライマックスシリーズ突破 日本シリーズ進出!」

3枚目 写真でマウンドに歓喜の輪を作る阪神の選手たち

4枚目「宿敵巨人を敵地で4タテ!目指せ日本一!!」

ですよネー。うれしさ爆発の虎キチの姿がそこにあった。そして相手はきっとホークスだよなとつぶやいた私であった。

2014年10月19日日曜日

びっくりサブロー

お昼過ぎからまたまたリアル麻雀。日曜はダイボDrがたいてい面子になる。彼は土曜夕方まで仕事なので日曜でないと都合が悪いのだ。前回は私の一人大負けでダイボDrが「へーん、めずらしいねえ」とうなずきつつ、リーチ!だと。調子よくてトップを何度も取りよった。

麻雀中には無駄口もよく出る。その中で見せたまえDrが1索を盲牌ミスし「最近盲牌ミスをよくする。昔は間違うことはなかったのに」と言えばダイボDrは「私は一切盲牌はしない」と言い返し「麻雀始めた頃、灘麻太郎(プロ)が盲牌なんかしないでしっかり手牌をみることが大事」と書いてあるのを見てしないと誓ったとのことだ。そこで私が「一索と7ピンを盲牌間違いしやすいって昔サブローが言っていたなあ。そうだサブローの義姉が私の麻雀牌で1索を盲牌して『うわ、彫りの深い1索だこと』って言ったのを思い出すよ」と語るなど大して意味の無い会話が続けられていた。

そうそう、その私の麻雀牌は当時1万円以上もして最上級クラスのものだったが、数年経って私のミスでほとんどの牌の塗料を剥がしてしまい歯学部の友人ダイスキ君に譲り改めて別の麻雀牌を買い直した。ダイスキはどうしたかというともともとプラモ好きでその塗料使って根気強く塗り直していった。ある時リファインされた元マイ麻雀牌を見せられ以前よりよりきれいで鮮やかになっているのに驚いた。思わず交換してくれといいたくなるほど。もらわれて良かったんやねー。

そんなエピソードを話すと、今度はダイボDrが「そのダイスキさんだけど、あの人は私の中学時代有名な人だった。頭もいいけどスポーツも得意でね。書道でも有名でしょっちゅう賞状をもらっていた」と言うので、そうか、天誅中での先輩後輩にあたるんだったなと思い出した。そしてその続き、ダイボ「ある時、麻雀面子が足りなくて困っていたらお前が『歯学部に麻雀バカがいるからそいつを呼ぼうか』と誘ってやって来たのがダイスキ先輩だった」との話に大笑いした。

さてダイボや見せたまえがトップ取るも、まだまだこれからという3回目の東発、私が親だった。雀荘のドアが開きふと後ろを見ると、なんとやって来たのはサブロー!みんないっせいに「サブロー、ないごっよ」と。だってオーストラリアにずっと住んでいて国籍も移し去年30年ぶりに会い、麻雀も数回打って帰国していった。次ぎ会うときはまた30年後・・ということはもう会うこともないだろうと思っていた。それが1年してまた日本に来ている、そして何だ、俺たちが今日ここで麻雀するなんて知るはずもないのに。「いやいや、もしかしたら麻雀やっているかなと思ってね。いなかったら近くの喫茶店で暇つぶししようと思ってさ」と涼しい顔だ。去年証券会社を辞め個人でネットで株関係の仕事をしているため日本に来やすくなっているみたい。

それはともかく私たちも時間をやりくりして麻雀をしている。2抜けで麻雀するわけにもいかずサブローは数時間観戦して過ごすことに。私の背後にいたときはペンチャン親リーチに「うーん」と賛成しかねる発言をしこれを聞いた見せたまえDrが「さてはまたこてるのくそリーチだな。ということは両面の1、9牌は通る」と9索を切って喰いタンに走りそれを上がりきり親を流しやがった。「こら、サブロー。お前が余計なことしゃべるから」と私がにらむと今度はダイボや見せたまえの後に付いたりと忙しい。このあともオーストラリアの話題や昔話などにぎやかな麻雀になった。見せたまえDrは自分がトップ取ればサブローに代わって打たせようとしたが来る前は2位1位だったのにその後は全然。結局次回打とうと約束してサブローが帰った後も勝てず負けに終わった。ふんふん、私はチャラで前回の悪夢は払拭できたかな。それにしてもサブロー、驚かしてくれたよ。

2014年10月18日土曜日

お見舞い実家

土曜が久々休みだったので実家に帰った。お盆以来であったが、あこネーサ母を見舞う目的もあった。1週間ほど前、気管支の調子が悪く「死ぬかと思った」そうで少し調子が良くなってから私に電話があったのだった。会ってみると今は落ちついていて喘鳴も聴かれなかった。クリニックは内服処方の他に吸入ステロイド、そしてネブライザー器具の貸し出しもしてくれたそうでなかなか本格的だと思った。ネブライザーは喘息や気管支炎には非常に効果的で母もこれで呼吸が楽になったという。身近にいれば私も診察し何らか治療に関われただろうが住居が1時間ほど離れていて急な病変には対応出来ない。隣に住む弟嫁のチエコンさんが世話してくれたそうで母も80才半ばになりこれからますます面倒掛けることになりそう、感謝感謝だ。

墓参りのあとはヒトミンチョ家に寄った。今日は彼女一人しかいなかったがカールともどもネコや世間話など話題が尽きなかった。私の例のあるなしクイズ(松原にはあるが松山にはない)はいくらヒントを与えても思いつかないとお手上げだったとのこと。2時間ほどいて途中私は居眠りしてしまっていた。夕方近くなっていたのでお暇したが、もらって帰ってねと言われた柿を忘れたのがちょっぴり後悔だった。

2014年10月17日金曜日

近藤氏ているのか?

ブックリバーDrがあの近藤誠センセイのTV番組を見て「先生、あれっていいんですか。びっくりしました。あんなことTVで言って、まるで素人かと思いました」と話しかけてきた。私は全く番組は見ていないが氏はかれこれ20年以上も前から現代医療やガン治療について否定的な見解を述べ、それがまた一部の一般ピープルに受けているとか。ちらと彼の意見を見聴きする限り、片寄った意見としか思えない代物だ。何でもセカンドオピニオンでやって来た癌患者にはほとんど治療は不要と意見するらしい。ご託宣を聴くのに時間制限ありでそれで何万円も払わねばならないらしい。これじゃーまともに治療すれば助かる人も助からない。

そもそも医療を受けうまく治らないケースなんてごまんとある。医療って不確実なところが必ずある。思惑どおりに診断できてきれいに治るものと患者が思っているとしたらそれこそが幻想なのだ。でも少しでも良くなって欲しいと医者もスタッフも努力をしている。うまく治療結果が出ないことに鬱屈した一般人の不満を近藤氏はうまくすくい上げているだけではないか?

氏に限らず新聞の広告欄にも「医療はウソだらけ」と羅列した本が出てそこそこ売れているらしい。近藤氏の本など何十万部も売れているとかで、だからある程度信用できると思っている読者もいるらしい。だが売れ行きなんて全く信用ならない。それどころかベストセラーって意外に根本的な間違いを強調したものが売れることすら結構多いのだ。20年程前は「脳内革命」という「えせ」医学本が100万部以上も売れた。その昔は「ノストラダムスの大予言」とかも100万部を軽く越えたものだ。でも今となってはその内容は明らかにウソ、トンデモ本の類いであることに論を待たない。世の常識を覆すよう内容の本は当たればスーパーヒットになるのである。血圧が高い人は減塩しなさいとか主張する本は売れないのである。たまに「痛風はビールを飲みながらでも治る!」ぐらい言うとそこそこは売れるようだが・・。ともかく売れすぎている本は多少疑ってかからねばならぬものなのだ。

私は朝日新聞信者でもなんでもないが、このところの朝日の失態で朝日を叩けば売れるとばかりに週刊誌などが飛ばし記事を書いているようだが、妙にお高くとまった朝日にいい気味だと思う大衆心理が乗っかっている印象だ。近藤氏の本も一般患者の医療関係者にお高くとまりやがってという卑屈な心理をうまく突いているからなのでは?そういった氏の主張を真実と混同し(近藤氏)てはならないとここでは言っておこう。

2014年10月16日木曜日

落語聴かない?

カールに「鹿児島に落語が来るそうだけど見に行かない」と言われ、11月2日の博多天神落語祭り」の鹿児島公演に行くのをOKした。落語なんてTVでたまに聴くことはあっても生は初めてだ。カールもそうだという。楽太郎いや今は三遊亭円楽のプロデュースで桂ざこばや春風亭昇太ら他数名が来るとか。以前だったら何かと余裕がなくやはり子どもが親元から離れると関心がこういうものにも目が行くんだな。

落語って中学の時の担任ケンキュウ先生が好きで古今亭志ん生の落語をテープレコーダーで授業中に聴かせてくれたけれど聞き取りにくいこともあって全く良さが分からなかった。講談社文庫で「古典落語」をいうのを買って読んでもみたりしたが少しは面白いと思ったもののハマることはなかった。あれは聴いて楽しむものなんじゃないか。私は囲碁が好きなので柳家小さんの「笠碁」は何度かTVで見て楽しんだことがあるがあれを他の噺(はなし)家がやったらどうなる?同じ話でも語り手が違えば受ける印象もまた違うのだろう。そんなわけで初の落語鑑賞、楽しみである。

2014年10月15日水曜日

朝寒く夜は今一

朝は気温12度という寒さで一気に冬が来たかのようだった。ま、でもこれは鹿児島でいう「おなごだまかし」で秋の日の一過性の寒さに過ぎず、また暑い日が来る。慌てて冬支度すると面倒なことになる。

夜はT-MAXで恒例のボウリング練習に行った。するとまた山師だ分かる内科のやまひろDrが来ていて隣で投げていた。ちょうどニューボールを作る気になっていて日置プロに相談したところストーム社のコードブルーというボールになり次回ドリルしてもらう予定とのことだが「初心者の私が投げるにふさわしいだろうか」と心配顔で聞いてきた。これには「全く問題ない」と答えた。このボールは私のマスターマインド同様高性能ボールで、本来いいものは初心者にとってもいいものなのだ。それに「初心者」と謙遜しているが投げているフォームを見るとなかなかのもので使っているボールがあまりに曲がらない安物なのが残念だった。これからきっとスコアアップにつながるだろう。

私らはみんな調子上がらず場内暗くなってのチャレンジでストライク出してオロナミンCもらったのが良かったくらい。どうも最近今一だ。麻雀や韓ドラにハマっているせいかなぁ。ぶつぶつ。

2014年10月14日火曜日

柿食う婆

午後は救急当番ではなかったけれど、某老人ホームから喉にものを詰まらせたとの連絡があり、内視鏡が必要かもとのことで私が対応した。患者は80代半ばの女性、診てみて救急で来なさいと言わなかったことを少し後悔した。ぜぇぜぇしていてこれは誤飲ではなく窒息だった。急いで気管内挿管の準備をし喉頭付近を覗くとホーム職員から聞いていた柿の実のスライスしたものが見えこれを取り除かなくてはならない。ピンセットで取り出すと3cm径の厚さ2mm程度の柿のスライスが出てきた。職員が食べやすいようにと薄くスライスしてくれたのだろうがうまく噛めず、飲み込こもうとしてそれがピタッと喉頭に蓋をしてしまったのだ。息を吐くと少し空気の流れが出来るがしばらくすると息苦しくなる。SpO2は90%前後で意識も朦朧としてしてこの後気管内挿管で一気に98%まで戻ったから良かったけれど危ないところだった。入院、一旦人工呼吸管理としたが元は呼吸器系に問題がある患者ではなく2日後沈静を止めた後、自ら気管内挿管チューブを抜去しその後も問題なかった。それくらい元気だったわけだ。

教訓:高齢者にはへたに手をかけ過ぎないこと。普通に4つ切りにして柿をお食べにしておけば詰まらせることもなかったろーに。

2014年10月13日月曜日

あ、西口彰・・

本格的な台風はこの7、8年以上鹿児島本土には来ていない。確かに気象上は上陸したものもあったがそよ風程度の風を台風とは呼べない。で、今度ばかりは本物の台風が来るだろうと思いきや、昼前なんか風も吹かず青空だよ、青空。しかし雲の動きは極めて速くただの青空じゃない。台風の目だったんだな。

昼はずっと家でソファ寝。夜は天鳳するも調子は今一で夜遅くチッチとこの前録画していたビデオをみた。フジTV制作のそれは今から50年ほど前東京オリンピックが開かれる直前に起きた殺人事件で犯人が死刑になった3件を再現ビデオなどで検証する番組だった。有名な吉展ちゃん誘拐殺人事件の小原保、戦後初の女性死刑囚小林カウのホテル日本閣事件、そして「復讐するは我にあり」のモデルとなった連続殺人犯西口彰の事件と証言や新資料などで丁寧にあぶり出した労作で、中でも福岡から広島、静岡、北海道、東京で残忍な殺人や詐欺行為を働きある目的で熊本にやって来た西口彰のサスペンスは強烈だった。

冤罪弁護を支援していた教誨師(きょうかいし)一家に「その支援をしたい」と東京で老弁護士を殺しバッジ付けて弁護士になりすました西口は教誨師の歓迎を受け、一晩泊まることになる。しかし、その家の10才の次女は男を見た瞬間目を見張った。連続殺人犯だと一目ピンと来たからだ。すぐに母や姉にそのことを伝えるが信じてもらえない。人格者の父は「そんな失礼なことを言うものではない」とたしなめるが、母らは駐在所に連絡する。実は次女は毎日家の近くにあった指名手配犯の西口の顔を眺めすっかり覚えていたのだった。父も弁護士なら当然知っているべき人物の名前を知らないなど不審に思い娘の言い分を聞き始めた。すでに数ヶ月で5人も殺し残忍この上ない犯人とおぼしき男を家の2階に泊めてしまっては一睡も出来るはずがない。実際、西口は上手く取り入った後は教誨師一家を殺して沖縄にトンズラする予定だった。西口は福岡の刑務所労役していたときに刑務者を諭す役目のこの教誨師を覚えていたのである。こわっ。その夜、父親は子どもらを寝かしつけるもすぐに入って来られないよう簡易鍵を気付かれないよう30分もかけて戸に付けるなどし、音が聞こえたらどうすんだとハラハラした。翌朝、警察から胸の傷跡が確認出来たら西口だろうから朝風呂に誘って確認してくれと言われそのとおりにするなど見ていてもうハラハラし通しだった。おいおいそんな危険な目に遭わせていいのかい。感づいた西口は早目に暇乞いし家を出て行ったがすかさず連絡した警察が張り込み任意同行を求め逮捕に至った。ふーぅ。

しばらくこの事件が頭から離れなかった。後で聞くとチッチもこの事件を思い出して何度もぞっとしたと。その犯人役を演じたのは何と陣内智則。無表情な演技はなかなかのものだったが実際の西口彰の写真の方が不気味さと女に持てたという妙な魅力を醸しだし迫力があった・・。

2014年10月12日日曜日

台風(?)当直

また台風だって?今朝は朝から日曜当直だったので台風が来ても全然気にならない、ていうか暴風雨なら救急もやって来ないんじゃないとも思った。そんな中、私と同世代の中年男性が救急で運ばれて来た。背中や胸が痛いという。こんな時心電図や胸部CTで循環器系の緊急病態が無いかをチェックする必要がある。他の病気は仮にあっても命に直結しないことが多いが心筋梗塞や大動脈瘤の病気だとへたすりゃ死ぬこともある。で、このの患者は心電図、採血、症状からしてほぼ心筋梗塞と診断した。となれば青雲会病院では入院治療が出来ない。いつもなら鹿児島市内の病院に送ることが多いがせっかく姶良郡内で心臓病の専門対応病院持ち回りネットワークがあるというので国分の説教病院へ転送依頼した。しばし待ったのちにこれを受けてくれて助かった。でも患者に「実は重症なんですよ」と理解してもらうのに少し手間取った。転送入院の可能性が高いことを説教病院の返事待ちの間、奥さんへの電話連絡を少し渋っていたのだ。それまで元気でばりばりの働き盛りだったからそうかもしれない。病気はしばしば人生を反転させる。心筋梗塞も急性期を乗り越えれば後はしっかり管理していつもの生活に戻ってくれることを祈ろう。

台風は今のところ心配ないが少し気がかりは明日朝当直交代のケンケンDrがやって来るかどうかだった。というのも福岡から月火と来る先生なので明日の交通機関がストップされると当直医がいなくなる。飛行機は多分無理で新幹線や高速バスも動かない可能性がある。来なければ私が引き続き当直継続か・・ぐああ。

すると夕方ひよっこりケンケンDrが医局にやって来た。「明日来られんといけんと思ってですネー」と。そうですか、ああ良かった。これで安心して一晩過ごせる。先生には医局ソファに休んでもらい私は当直室へパソコン持って休んだ。夜はさほど呼ばれることもなく「台風」の日の当直は無事に終わった。ほっ。

2014年10月11日土曜日

やられたのはjazzmaにか神様にか

今日の土曜は午前勤務。外来はまずまずで比較的ゆったり出来た。病棟受け持ちはそこそこ多く18人持っているのだが特筆すべきは90才以上患者の多さだ。現在7人いる。20年前も10年前ですらこんなに受け持ったことはなかった。日本は超高齢化社会真っただ中で今後20年この傾向は続くはずだ。いわゆる昭和20年代生まれの団塊の世代が70才代になり80才代を迎えるからで、当然病院に罹る患者も増える。入院してくるのは90才以上の患者が当たり前の時代がはや来ているのだ。(10/23日現在18人中9人にまで増え、4F病棟など9人中8人が90才オーバーだった。びっくり。)

午後は一旦帰宅後午後3時から麻雀とやや珍しい時間に開始だった。これはjazzmaが入ったためで彼は開業歯科医の都合上午後2時開始は苦しいのだと。それでも4人揃うことが大事でサブアラド、見せたまえの両Drを交え闘牌が始まった。jazzmaとは久しぶりだが気合いが入っているのは実は先刻承知だった。昨夜天鳳で東風戦を10回くらいやっていたからだ。今日に合わせ調整の意味でやって来たのは間違いない。そんな様子はそよとも見せずにひょうひょうと牌をつまんでいるな。目に物を見せたるよ・・。

それから半荘12回、終わったのは深夜。目に物見せられたのは他ならぬこの私。もしかすると麻雀人生で一番負けたかも・・。前々回の大勝ちと全く同じ額が出ていってしまった。トップが1回もなし。2位が1回あったくらいで7回ラスを喰らえば・・そりゃ大負けするわ。勝ち頭はjazzmaで彼は四暗刻も上がった。その直前の局でも面混三暗刻トイトイリーチ南バイ満を私から出上がってトップを取ったばっかしで次の東1局でまたもやツモリ四暗刻の手をリーチしたのだった。どちらも私は間3の待ちのリーチをしたのだがいずれもjazzmaが3万やら3ピンを暗刻にしていて私が負けるように仕向けられていたとしか思えない。全自動卓でなければ積み込みを疑うケースだ。見せたまえも勝ち、サブアラドDrはちょい負けで、ほとんど私の一人負けだった。これは最近勝ちまくっていた私に麻雀の神様が「調子に乗るんじゃないよ」と諭したかったのか。きっとそうだろう。神様はお調子者が嫌いだから。

2014年10月10日金曜日

こどもが夢中になるもの

10月10日は晴の特異日なんだって。50年前に東京オリンピックの開会式がこの日に選ばれたのもそれがあったからとのことだ。ただ当時5才になったばかりの私にはその記憶はない。その代わり同じくオープンしたばかりの新幹線には関心があって保育園でのお絵かきには新幹線をよく描いていた。まさに日本が高度成長期を迎えようとする時期でTVでは初のアニメ番組鉄腕アトムが始まり主題歌をよく歌っていた。2番の歌詞に「♪七つの威力だー鉄腕アトム~」とあって子ども心に「アトムって7才なんだ」と勘違いし親にそのように言った記憶がある。恥ずかしいがまあ子どものことなんでねー。この翌年ぐらいにウルトラQが始まり初めて見た映画ではゴジラとキングギドラが戦ったりして怪獣ブームが起きた。怪獣図鑑とかあって「これを覚えたら君も怪獣博士だっ」なんて書いてあるもんだから家に来たおばさんに「ぼくは怪獣博士だよ」と自慢したのも今となっては恥ずかしい限り。その時代その時代で流行は変わる。今は昨年から「妖怪ウォッチ」なるものが流行っているとか。今、幼稚園、小学生の子どもらも大人になって私みたいに思い出すことだろう。「そんなことばかりに夢中にならずにお勉強しなさい」って言いたくなるかもしれない。でも子どもの頃は子どもらしい物に夢中になることがあっていいしそれでいい気がする。大人になっても妖怪妖怪って絶対言わないよ、私が小学高学年にもなったころすでに怪獣怪獣って言わなくなっていたしー。

2014年10月9日木曜日

スコアは変わるボウリング

夕方、七五調病院でのICT委員会があり難ガターさんらと参加した。ちょっと驚いたのは過ごし安病院のサブアラドDrも参加していたこと。「今回は僕は出ない」と聞いていたのに。早帰りする日だったが周りのスタッフから時間的に問題ないと促され出ることになったとか。話題の一つにエボラ出血熱があり、もしこれが鹿児島県内で発生したら大変なことになると思った。まず疑い症例は一般の病院では対処できず姶良郡なら七五調病院しか診ることはできない。確定したら鹿児島県内には対応できる病院はなく熊本に送ることになるという。診察や看護するのに完全防備(まるで宇宙服みたいなアレ)などの設備投資が必要で何百万単位のお金が必要になるらしい。それをどこが負担するかなど難題山積のようだ。

小1時間過ぎ会議が終わり私と難ガターさんは国分スターレーンへ向かった。サブアラドDrは数ヶ月前に一時投げすぎて指を痛め今は投球禁止中なのでここでバイバイ。スリウェル、タナカッツ、タシケントMRと待ち合わせた。国分で投げるのは何ヶ月ぶりだろう。ここはT-MAXと違いオイルがよく入っている。この前絶好調だったタシケント君、「もうヤになります」と愚痴るほどコンディションの違いに戸惑っていた。それは私も同じで7、8枚目付近を真っ直ぐ投げてもきれいに曲がらずヘッドピンを外すことが多く、1ゲーム目は私が124、タシケント君は100やっと越える超低スコアだった。2ゲーム目も似たようなものだったが、私は立ち位置を真ん中に寄せればいい感じでフックすることに気付き、3ゲーム目は気合いが入った。するともうストライクばっかしで5連続、4連続を出し254とそれまでがウソのようなハイスコアとなった。狙い目を間違うと100ピン以上の差が出るとはボウリングも恐ろしい。ま、今回はベテランの面目躍如ってところだったね。

最後は恒例のダブルスで私は休み、タシケント、スリウェル組と難ガター、タナカッツ組に分かれやらせたところ、前者は急にストライクが出だし190以上のスコアを出しよった。責任感が生じるとこれまた結果がぱたんと変わる。精神的な影響も大きい。これもまたボウリングなのだった。

2014年10月8日水曜日

カールさんに会ってよかった

今夜は皆既月食で19時過ぎに近くの小学校まで行き東の空を見上げるとちょうど月が欠け始めていた。PowerShot S110で例によって撮影したのだが家に帰ってTV画面に写る画像とは比べものにならない。デジイチでしっかりした三脚で撮らないといいものは撮れないってことだ。

さて、カールから聞いた話である。今日は団地内のええコープでブラジャーが2割引きだったそうで彼女は買おうかなと思っていたそうだ。で、そのええコープの出入り口でばったりママ友のバンブックさんと出会った。ブラを買うんだと言うと「え、こんなところで(お医者さんの奥様のあなたが)買うの」と言われたんだそうだ。カールは「え、だって今日はバーゲンだもん、2割引ね」と何がいけないのと平然と答えた。これにバンブックさんは目を丸くすると同時に少し笑みを見せた。そして「だよねー」と。実は先ほど店内で同じ団地に住む開業医の奥さんアラマダさんと会って「こんなとこでブラを買うの」と言われたばっかしだった。その奥さんはやばかった屋デパートでしか買わないのだとか。そんなことを言われてすごすごと引き返し出口でばったりカールと会ったというわけ。「やっぱり買うわ」とバンブックさん。その後いっしょにブラを買い、「カールさんに会ってよかった」と感謝されたそーな。めでたしめでたし。

2014年10月7日火曜日

おいでよ青雲会

ノーベル物理学賞に日本の赤﨑勇、天野浩、中村修二の三氏が選ばれた。いずれも青色発光ダイオードの研究においてである。いつかもらえるだろうとの憶測があったが現実になりまずはめでたいことだ。赤﨑氏は鹿児島県は知覧の出身というのも自分の生まれ育った近くだし、幼少期に鹿児島市内に一家で出てきたというのも自分と同じで親近感を覚える。それで一方はノーベル賞で一方は地方病院の一勤務医か、ま、いいでしょ。でも御年85才というから長生きは大事だね。どんなに業績を上げてもノーベル財団は基本的に死者には授賞しないから。ノーベル賞には運も必要ということである。

内視鏡検査が多くてちょっぴりへばった。他県の先生で当院での常勤希望という内視鏡検査医がいるのだが当直や救急はしないという条件だそうだ。ううむ、内視鏡だけでもしてくれるのは有り難いが、常勤となると救急などそのほかの仕事もしてほしいのだが・・。私も青雲会病院に就職するにあたってその点がかなり気がかりだった。救急車なんてあまり対応したことがなかったからね。でもTVドラマに出てくるような派手な重症患者なんてそう多くはないんだ。多くは一般外来患者なんだけど救急車に乗って来ただけってケースが多い。その不安を父デンコーの前で漏らすと「他の先生が救急や当直をするんやったらお前もするのが当たり前だろ」とばっさり言われ、あ、そうかと思い考え過ぎていたことに気付いた。やっていればどうにかなる。内視鏡だっていきなりやれと言われれば出来るわけないがやっているうちにそんなプレッシャーではなくなる。救急、当直もいっしょだった。検査も外来も救急も何でもできる青雲会病院にいらっしゃいな。

2014年10月6日月曜日

本質は言論統制にあるというのが分からないのか!

最近のニュースでこりゃひどいと思うのは韓国検察の産経新聞ソウル支局長の起訴、拘留だ。先月まで青雲会病院は産経新聞を取っていて記事を読む機会も多く、彼の新聞が右寄りで韓国に批判的なのはよく分かったが、朴槿恵大統領を揶揄した記事自体は何の問題もないものだった。名誉毀損?どこが!一国の長たるものはマスコミの批判を受けるのは当然でそうでなければならないとさえ言える。国民が自由に物を言えることが権力の腐敗を防ぐことにつながる。一国の首脳は筋違いの批判でも反論するなり甘んじて受けるなりするのが当たり前で権力でもって圧してはならない。

マスコミの権力監視力を封じるとろくなことにならないのは歴史が証明している。「大統領(日本では首相)は馬鹿だ」くらい言える国でないといけない。それが言えない国は言論統制をしいているとの同じで気楽な噂話でさえそんなことが言えなくなれば行き着く先は北朝鮮だ。大統領(王様)のお怒りに韓国の検察はひれ伏したのか。王様(大統領)のお怒りに家臣ども(検察)がご機嫌伺いよろしくご意向を組んで動く様はまるで朝鮮王朝やないか。儒教精神と500年の李氏朝鮮時代の名残は韓国国民に染みついていてそう簡単に取れないようだ。ま、あんな記事書いて死刑にならないだけでも北朝鮮よりはなんぼかマシってところだがネ。

それにしても韓国マスコミはダメだな。そもそも産経記事の元ネタは朝鮮日報だ。そこは何のお咎めもないのをいいことに産経批判に同調しているらしい。核心は権力のマスコミ言論統制にある。そこを批判せずにのほほんとしているとはいずれ矛先が自らに向くことも考えないのだろうか。かつて独裁時代に韓国マスコミは痛い目に遭っているというのに。

ついでに最近の朝日新聞批判についてだが、まあ慰安婦報道は以前から元ネタがおかしい証拠がないと言われていたにも関わらず、間違いを認めなかった朝日はよくないだろう。しかし朝日がなくなればこの国は良くなる式の論調には呆れる。そんな思考や態度が権力の増長を許し国を誤らせるのだ。日本は昭和時代の軍部の独走を防げず戦争に突入していき、マスコミも軍に同調する記事で国民を煽った。言論統制はそれくらい怖いことなのだ。この頃の朝日叩きの風潮に乗って元朝日記者の勤務先の大学に脅迫文が相次いで届いたというケースもあったとか。ただ、朝日以下新聞各社はこれに敏感に反応し、こうした態度を許すなで一致していた。産経ですら「大学に脅迫文 言論封じのテロを許すな」と題した「主張」を掲載し、「報道に抗議の意味を込めた脅迫文であればこれは言論封じのテロ」「言論にはあくまで言論で対峙(たいじ)すべきだ」と訴えまっとうな対応をしている。毎日新聞は社説で「大学への脅迫 看過できない卑劣さ」で、今回の事件の背景には「一部の雑誌やネット上に広がる異論を認めない不寛容な空気がある」と指摘。「ヘイトスピーチ(憎悪表現)にも相通じる現象だ」としている。

まだまだ日本のマスコミは信用してよさそうである。

2014年10月5日日曜日

死なねばならなかったのか

(先日のこてるあるなしクイズは難しかったとヒトミンチョから言われた。私がその後もヒントをいくつか与えても分からず、正解を知っても「きっと気付かなかったと思う」とのこと。してみると、なかなかの良問だったかな、ははは)

そうだ、昨日は夕方からいつものメンバーと麻雀をしたんだった。7半荘で終了と中途半端な回数で終わったのは、台風が近づいているからという殊勝な態度からではなく見せたまえDrがまた出産がらみで急遽呼ばれたからである。産婦人科開業医はこれだからなあ。しかし妊産婦が安心して出産を迎えるためには彼のようなDrがいないと困る。深夜遅くなっても、好きな麻雀をしていても妊産婦の急変には駆けつけなくてはならない。彼だけ先に精算し帰っていった。残った3人で計算してみるとダイボ、サブアラド、私とみんな少しずつ浮いていて見せたまえの一人負けだった。自らの身を削って周囲に奉仕する、まさにロウソクのような生き様で我々は深く感じ入ったのであった。(また今度もマージャンしよーネ)

帰宅してシャワー浴びてパソコンに向かうと天鳳でサブアラドDrが打っているのが確認できた。あはー、打ち足りなかったんだな。あれれ、でもラスばっかし取っている。電話してみるとビールをぐびぐび飲んでやっているという。眠気もあるだろうにそれじゃー強者ぞろいの鳳凰卓じゃぼこぼこにされる。ご無理なさらぬよう。

夜、ニュースが飛び込んできた。あの長崎女子高生殺人の犯人女子高生の父親が首つり自殺をしたという。何とまた・・。そりゃ、自分の娘が殺人まで犯ししかもいわゆる快楽殺人(殺すことに快楽を感じる異常性癖)者であったというショックは計り知れないものがある。でも、弁護士でもあり社会的にも責任ある立場で、再婚もし子どもまで出来ているという状況、さらに今後娘の更正のためには一番必要な人物であることは間違いがないのに責任を全うするべきじゃないのか。これについてカールは「当然だとおもうわ。私でも自分の子どもがそんなだったら死んでしまいたくなる」という。ううむ、地元で大きな弁護士事務所を運営していたが事件発覚当日には事務所ホームページは即刻削除されていたとか。クライアントが一斉に手を引いたかもしれずこんな猟奇的事件の後では新規の弁護依頼もあるかどうかで憔悴しきっていたと思われる。エリートは挫折に弱いとは聞くがそれを地で行った・・なんともやりきれないニュースだった。

2014年10月4日土曜日

「オールド・ラング・ザイン」

NHK朝ドラ「マッサン」で主人公はスコットランドから妻エリーを連れてくる。現代でも国際結婚は大変なのに大正時代のことだからいかに苦労したかが偲ばれる。見ていてスケールは小さいが沖縄から鹿児島へ嫁に来たカールのことを連想した。異郷の地に結婚しにいくのは勇気がいる。周りは知らない人だらけで風習も違う。彼女の決断がなければ私も結婚には至らなかっただろうし、エリーも同様だったはずだ。そんなエリーの心情を推し量るようにドラマではスコットランド民謡が効果的に使われている。日本では「蛍の光」で知られる(というより日本の歌じゃなかったのと勘違いしている人が多い)「Auld Lang Syne」や「故郷の空」または「誰かさんと誰かさん」などで知られる「Comin' Thro' the Rye」などだ。ヨナ抜き音階で日本古来の歌と似ているため明治時代に翻案され広く歌われた。今日はエリーが英語で「Auld Lang Syne」を「♪Should auld acquaintance be forgot・・」と歌っていたのでこの歌のことを少し調べてみた。作曲者は民謡ゆえ不明だが作詞者は18世紀のスコットランドの詩人のロバート・バーンズである。Auld Lang Syne はスコットランド語で英訳すると逐語訳ではold long since、意訳ではtimes gone byとなり、日本では「久しき昔」などと訳すそうだ。

そんな知識を仕入れ、朝の外来をしていると、この前退院したスコット・バーンズさんが来ていた。体調もいいし結構なことで、診療はおいとき、「バーンズさん、あなたはアメリカ人とのことですが先祖はスコットランドからの移民なんですか」と尋ねた。すると「そうです」と答えるではないか。やはり、バーンズといえばそうなんだ。となればアメリカの有名なプロボウラー、クリス・バーンズもスコットランド系なんだろう。そしてAuld Lang Syneを話題にすると、日本語にも堪能なバーンズさんはこの歌の使われかたが本国とは違うことも指摘した。向こうでは大晦日から新年にかけてみんなと手をつなぎながら歌う定番の歌であるという。日本では年末でも使われるが閉店や卒業時期にもよく出てきて最初はびっくりしたそうだ。私が朝ドラに最近よく出てきますよとあやふやな英語で歌い出すと「おお」と言って「シュッ、オールァクィンタンスビーフォゴッ・・」と歌い出した。私もいっしょに歌いたいがメロディはともかく歌詞をはっきりとは覚えていない。ただし最後の「Auld Lang Syne」は知っていたのでいっしょに歌った。でも彼は最後のSyneをザインと濁って発音していた。私は「サインと発音しないのですか」と尋ねると「いいえザインです」とのことだ。Wikipediaなどでは「オールド・ラング・サイン」と書かれてあるが本当はどっちなんだ。それでYouTubeでこの曲を歌っているのを片っ端から聴いてみた。結論からいうとバーンズさんの言うとおりでほとんどすべて「ザイン」と発音していた。もともと好きな歌なのでiTunesであのSusan Boyleのをダウンロードした。スコットランド出身の彼女も当然最後は「~ザイン」と歌っていた。

「Auld Lang Syne(オールド・ラング・ザイン)」・・単純なメロディであるが300年以上経ってもそして各国でも歌われている。まさに不滅の名曲、今後も歌われ続けることだろう。

2014年10月3日金曜日

こてる作「あるなしクイズ」

外来に「白桃」さんという若い女性患者が来た。名前も花の名前がつく人でまるで芸能人みたい。で、名字に関するある問題を思いついた。この時に付いていたまっぴらNsにかつての「マジカル頭脳パワー」に出てきた「あるなしクイズ」を作ってみせたのだ。例題として「松原」にはあるが「松山」にはないだ。以下例題をを出すのでみなさんも考えてみては?「ある」の名字に共通するものは何でしょう。

ある|なし

松原|松山
山川|山口
清水|清原
山田|森田
小山|中山
田畑|川畑
白石|白坂
林 |林田
西 |西村

・・・

こんな質問を受け頭をひねるまっぴらNs。「わかんなーい、教えて先生」「さあ、よーく考えてごらん」「うーん」結局1時間以上経っても彼女は分からなかった。そんなに難しいかな。例えば「白桃」はあるで、米大統領の姓でいえば「ブッシュ」はあるで「クリントン」はないだ。総じて「ある」は少なく「ない」がずっと多い。すぐに教えて上げたいが彼女にしたように日記でもしばらくあとにしよう。分からない人はしばし待て。

あるなしクイズの答え:

「ある」の側は名字でもあるが普通名詞でもある。「なし」は名字や地名にしか使われない名詞である、以上。

まっぴらNsには「なーんだ、つまらない」で一蹴されました、ハイ。

2014年10月2日木曜日

祝!ホークス優勝

昨日のボウリングを書いていなかった。いつものメンバーの他タシケント君も参加した。1ゲーム目は私173、タシケント君162だったが、2ゲーム目は私190でまずまずだったのに対しタシケント君はなんと238とこの前の247がフロックでないことを証明してみせた。とにかくストライクがよく出る。ピンアクションがいい。私と練習はしていなかったが新妻連れてちょくちょく練習をしていたらしい。ふーーん、そう。で、3ゲーム目は気合いを入れた。私229、彼は168。ふう、どうにか面目を保ったぜ。

今晩はソフトバンク最終戦にして優勝決定の対オリックス戦をTV観戦した。1点リードも追いつかれ延長戦に突入、10回裏に1死満塁で松田の登場。でも空振りして大丈夫かい打てないんじゃないかと不安がよぎったが、2ストライクから見事なスイング。左中間を抜け文句ないサヨナラ優勝ヒットとなった。ふーぅ、ずいぶん手こずらせたじゃない。こんな最終戦までかかるとは。同じチームでも調子の波ってずいぶんある。9月が最悪だっっということは今月からは上昇機運に乗ると解釈したい。さあ、日本シリーズ制覇までもういっちょ!

2014年10月1日水曜日

日本で一番長生きしたすずめ

すずめの寿命って何年なんだろう?普段そんなこと気にもしないし即答できる人ってまずいないだろうな。ネットで調べると野生のものは1-2年くらいではないかと推定されている。日本における自然条件下の最長寿命は、2、293日で約6.3年だがこれは捕獲されて標識されてから次に捕獲されたまでの日数なのでこれ以上生きたのは間違いない。飼育下では、一般に自然条件下よりも長く生き(生理的寿命)、最長15年という記録がある、らしい。

何でこんなことを話題にするかというと、カールのママ友であるユキーノさんから長年飼っていたスズメの「ちゅんちゅん」が今朝死んでいてショックだというメールが来たと聞いたからだ。それが何と17年か18年くらい経っての大往生だったというからびっくりだ。テルと同級生だった長女のアイ~ンちゃんがまだ幼稚園生のころ怪我しているのを拾って来たのがきかっけでカゴの中で育ててきたという。ごはんが欲しいとその名のとおりチュンチュンと鳴いて寄って来ていた。それだけ長くいっしょに過ごしたとなると思い入れもあり「葬式もしてやらないと」とのこと。それを聞いて思わず「それって焼き鳥になるのかな?」と不謹慎なこと私は思ったがさすが口には出さなかった。カールを含めメル友のママたちもいっせいに哀悼の返信メールを送ったという。ヨッツーさんはユキーノ家の旅行などの際にちゅんちゅんを預かったこともあり「何度かうちにも泊まって来ていましたね、お安らかに」と返し、本当は鳥が苦手なナッキーママでさえ献花代わりのラインの菊の花スタンプを贈ってなぐさめたとか。

その後の情報によると、ちゅんちゅんは在りし日の写真となって飾られているという。もしかすると日本最長飼育記録かもしれない偉大なちゅんちゅん、ユキーノ家に飼われて幸せだったねー。