そんなやり取りを店の玄関前でして後、駐車場に向かおうとしたら、全く知らない50歳代くらいの男性が私に話しかけてきた。「あのう・・青雲会病院の先生ですよねぇ」「ええ、そうです」「あの私、10年くらい前に肺炎で入院しまして、確か先生に担当してもらって・・」「あ、そうですか」「その時、先生に『年にこんなに何回も肺炎をするのはおかしい。癌の可能もあるから南九州病院に紹介する』って言われて、結局やはりそうで手術を受けたんですよ」「え、そうでしたか。ああ、たしかそんなことがあったような・・」
いや、さすがにすぐには思い出せなかった。なんとなくそんな患者さんがいた気はする。その人によると「肺のカルチノイドってことでした」だそうで、「それは珍しいですね。でも手術して完治しているようで良かったですね」「ええ、おかげさまで。あの時は本当にありがとうございました」と感謝された。いや〜、私は彼のことを全く覚えていなかったけれど、彼にしてみれば人生の一大事でそれに私が一枚かんでいてしかも感謝すべき人物であったのだ。
帰り際に「あ、すみません。お名前を教えていただけますか」と名前を聞いて、今日カルテで調べてみた。紹介した後、病気の原因も分かって手術も終わって返書も届き、その結果をちゃんと私は記載していた。しかし、その患者さんとは紹介した後は1回も会うことはなかった。肺のフォローアップは南九州病院でしていたようだし、それ以降病院には特にかかっていなかった。まあ普通の4、50代ならそれが普通だろう。それから10年、日常の生活の中に埋もれて過ごしてきたところ、瓦腹Nsとのばったり会話を耳にし、「あの時の担当医だ」と分かったんだろうね。病気が完治するきっかけになった先生、ということでどうしても感謝を伝えたかったんだろう。いやいや、私にとってはささいな日常業務でも相手にとっては忘れ得ない出来事だったということで、医療界ではそれはしょっちゅうあることなんだ。
感謝されて嬉しいというより気が引き締まる思いがした。
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