2017年9月11日月曜日

まさに「ジャイアント」馬場

NHK朝ドラ「ひよっこ」に和久井映見扮する愛子さんという中年女性キャラがいる。プロレス好きとのことでアパートの部屋にジャイアント馬場対ブルーノ・サンマルチノのポスターが飾られている。

現在昭和42年の設定で確かにその年3月に蔵前国技館で馬場と試合をしている。ブルーノ・サンマルチノ?聞いたことがある名だ。調べると馬場がアメリカ武者修行時代に出会った世界チャンピオンだった。人間発電所の異名をとりマジソンスクエアガーデンでの試合に君臨しMSGの帝王と言われていたとか。馬場とは親友にしてライバル、親交はこのあともずっと続いて義理堅いところがあり、馬場が猪木と袂を分かった時も決して新日本プロレスへの参戦はしなかったという。また、来日した際に、馬場が巨体を窮屈に押し込めて車に乗り込む姿を目撃し、自分が当時乗っていた67年式キャデラックを馬場に船便でプレゼントした。その心意気に感動した馬場は、生涯、車を買い換える際は常に同じ色・型のキャデラックを選び続けたという。馬場もまたしかり。

あのころはプロレスがTVのゴールデンタイムで放送されていた。私は馬場の試合は直接見たことがなく、プロレスはダイボ君に連れられて学生時代に国際プロレスのラッシャー木村対モンゴリアン・ストンパー(踏み潰し野郎)戦を見たのが1回きりだ(1979年3月8日鹿児島体育館でと今ではネットで簡単に調べられる)。そうそう、小学生時代に天文館の旅館に馬場が来ていると知り、家のすぐ近くだったので友人と玄関まで行き、「ジャイアント馬場はいますかぁー」と女将に尋ねると「それは困りますからー」とガキの無茶ぶりなのに下手(したて)に断られ、かえって恐縮したものだった。

そのダイボ君は私の麻雀仲間というだけでなくプロレス好きとして知られていたが、「自分でもプロレス好きだと思っていたのだけれど、ジャイアント馬場が引退してからとんと見なくなった。実は自分はプロレスファンじゃなくてジャイアント馬場ファンだったんだと分かったのよ」と述懐している。なるへそ。ゲームでいえばRPGが好きではなくドラクエが好き、サッカーでいえばサッカーが好きではなく日本代表チームが好きってパターンか。馬場はそのリングネームどおりプロレスと同義といえるほどの偉大なレスラーだった。60才ちょい過ぎで大腸癌で亡くなったのが惜しまれる。検診やってたらナー。

ともかくも、たかがドラマの背景のポスター、それをチラと見ただけで日記ネタを捻出する日々である。

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