2020年7月14日火曜日

曾母投杼(そうぼとうちょ)

内視鏡室でピッピDrが声を潜めて話しかけてきた。

「センセ、姶良で3月に鹿児島県コロナ第1号が出ましたよねぇ。確か女性でしたが、その時の同居していた男性がですよ、自殺したってウワサがあるんですけど・・」

うん?自殺だって?そんなにわかには信じられないし、私は聞いたこともないゾ。

「ですよねえ・・でも一人だけじゃなく何人かから聞いたもので・・」

「うーん、私はそれでも信じないなぁ。本人が感染したわけでもないから自殺する理由がないし、もし本当に自殺したならコロナ関連で新聞ネタになってもおかしくないしー」
そこでふと推測したのが「姶良で1ヶ月以上前だったか中年男性の自殺案件があった。それとなにがしか結びつけられてのことではないかな?」

「なるほどー、そうかもしれないですねえ」と頷き、「そういえば」と「福岡からのラ・サール生でコロナに感染した生徒がいましたが、ウワサでは辞めさせられとかあったそうですが実際はちゃんと学校に行っているそうです。それといっしょですかね」と納得していた。

ただピッピDrはどちらもそうなのかと信じかけたそうだ。どうもコロナ、コロナで世の人は勝手な想像や思い込みで事の顛末(てんまつ)を語りたがる。こういう場合、数人が話していたとしてもきちんとウラが取れる(事実関係の確認)までは信じてはいけない。

「そうそう、孟母も人の噂を3人から聞けば我が子を疑うって聞いたことない?」「え?知りませんが・・」「そうか、孟母って孟子のお母さんで立派な母親で有名なんだが、その母親ですら、嘘の話でも多くの人から何度も繰り返し聞いていると信じるようになるってことで根拠がなくても人の噂は信じられやすいものなんだ」「はあ・・」とあんまり知らないようなので「『孟母三遷』って有名な故事成語があるけどそれは?」「いやー知りません」「ええーっ、これは学校出も習うし相当有名なんだがなぁ」どうもピッピDrは国語は苦手だったらしく当然漢文の知識には弱いようだ。

(孟母三遷:孟子の母は、はじめ墓場のそばに住んでいたが、孟子が葬式のまねばかりしているので、市場近くに転居した。ところが今度は孟子が商人の駆け引きをまねるので、学校のそばに転居した。すると礼儀作法をまねるようになったので、これこそ教育に最適の場所だとして定住したという故事。教育には環境が大切であるという教え。また、教育熱心な母親のたとえ)

まあ、私が言いたかったことは、歴史や古典をよく知ればこの手の根拠のない噂に対して取るべき態度が分かってくるっていうことなんだ。故事成語でいう温故知新ってまさにそのことなんだよ。と、滔々(とうとう)と語ってピッピDrを唸らせたのであった。が、しかしー。

「孟母三遷」や「孟母断機」は検索してもすぐ出てくるが、私の語った話は孟母のエピソードとして出てこないのだ。おかしい、私も昔に本で読んで知っている話なんだが・・。さらに検索してみた。すると、私はある勘違いをしていた。確かにそのエピソードはあった。だが、孟子の母のことではなく曾参(そうしん:孔子の高弟)の母のことであった。「曾母投杼(そうぼとうちょ)」といい、曾参と同姓同名の人が人を殺し、曾参の母親に曾参が人を殺したと告げられても、曾参を信じて平然としていたが、三人から同じことを言われると、機織仕事を投げだして家を飛び出たという故事から出た言い伝えだ(『戦国策』より)。

ふふ、二つの話をごっちゃにして、本当のように言い聞かせていたのは他ならぬこの私であった。(^_^;)

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