2019年4月22日月曜日

まぶたの父は沖縄に

昨日帰宅した時はまだ日が暮れていなかったので庭の枇杷の実を今年初摘果した。例年より早く熟しつつあり20個ほど採れた。形は小さめだが味はまずまず甘くいい感じだ。まだ青い実も多く少し色づいた実を袋かけした。去年はわずかしか出来なかったが今年は5月にかけてしばらくは枇杷採り&味見が楽しめそうだ。チッチがスーパーの枇杷の種を密かに庭に埋めて14年、立派に育ってここ5年は実も成り、このように親が楽しんでいる。

 NHKの「逆転人生」はオーストラリアの50代女性が生まれる前に別れた実の父を探してとうとう見つけ出す話だった。養母に聞いて20代に出合った実母リリーは「ヨシノリ シマブク」という名前と真珠貝を捕りに来ていたという情報しか教えなかったという。ネット社会になってSNSで繋がった人たちが協力したこと、オーストラリアの日本人出稼ぎの研究者がいたことなどが重なり50年以上の歳月を過ぎて出合えた。当時は日本人に反感するオーストラリア人が多く、アメリカ占領時代の沖縄からしか外国人労働者の受け入れていなかったそうで真珠貝も木曜島という島に来ていた記録が残っていて判明した。強制的に国外撤去させられその後も簡単には海外渡航が許可されずに島袋芳則さんは「リリーと子どもは死んだ」と自分に言い聞かせ、島の女性と結婚し、子どもを育て上げて静かな余生を過ごしていた。80才を過ぎて娘が自分を探していると知りどんなに驚いたことだろう。その対面の様子も出てきて感涙を誘った。

番組途中、私は「シマブク」という名前から沖縄の「島袋(しまぶくろ)」であるとすぐに分かった。結婚当初、カールのサダオ伯父さんから「沖縄では島袋はシマブクって呼ぶ」って聞いていたからだ。小学時代、同級生に沖縄出身者が数人いてそのうちの一人が島袋君だった。思えば彼らも鹿児島に疎開してそのまま居着いたのかな。子どもの頃は考えもしなかったが糸嶺君や照喜名君らのルーツはどうなっているんだろう。古里を遠く離れて住んだ人たちにはきっと語られないドラマがあるはずと思ったことだ。

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