2022年1月20日木曜日

「極寒の中、禅修行に励む寺の兄弟」とは

うわっ!

何気に見ていた鹿児島MBCの毎日の帯番組「あの日のふるさと」に昭和52年放送の「極寒の中、禅修行に励む寺の兄弟」というのが出てきた。もうタイトルを見ただけで私にはピンと来た。「矢野のことやろ!」まさに大正解。鹿児島南林寺町の禅寺南州寺の兄弟の修行の様子を紹介していた。
小中高のクラスメート矢野元康君(現:矢野謙堂住職)についてはこれまで何度も日記に取り上げてきた。2016年8月17日「五山送り火」では彼をメインで取り上げ、2015年11月20日「北の湖と白鵬」では父親の矢野完道住職と好きな力士についての思い出を取り上げたりした。↓まさしく矢野の父ちゃん、いや完道住職だ。
矢野君は相撲が強くて小学時代は私もそこそこで彼をライバル視していたが、中学になると柔道部でならした彼には叶うわけがなかった。ただ甲東中時代、市の相撲大会には私も1、2年時参加し団体優勝に貢献出来た。矢野君は確か中2の時に個人優勝もしている。(↓私青丸、矢野黄丸)
そんな彼と3才年下の弟が実家では番組で紹介されたような修業をしていたとは知らなかった。完道和尚は息子たちを最初から僧侶にすべく鍛えていたんだな。弟は現在南州寺の住職をしている。私は20年以上前に寺を訪問して話をしたことがあって、住職は息子が跡を継ぐケースはそう多いことではないと言っていた。「兄は京都でえらくなって家族ともそう簡単には会えません」とも。
矢野君とは中学や高校の同窓生は気楽に会っている感じだが、京都仏教界ではかなりのお方なのだ。それも子どもの頃からの修業あってこそだったんだと番組を見ていて感じ入った。下の写真は相撲大会から約40年後の高校同窓会でのツーショット。お互い老けましたナ。
いや、45年も前の映像がこうして残されているなんて素晴らしいねえ。自分は高校時代は写真もそんなに残っていないし、ましてや動画など全くない。うらやましいわ。さっそく今日の「あの日のふるさと」は消去できないよう保護設定をした。MBCのホームページには紹介した画像が他にも出ている。参考までに→https://blogs.mbc.co.jp/anohi/14830/

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