2017年7月7日金曜日

本物の豆腐を食べるために

今日の南日本新聞の小さな記事に「豆腐 大豆の割合で分類」というのがあった。これは今まで定義が曖昧だったため、大豆の使用割合が多いこだわり製品と、安値になりがちな汎用品とが、同じくくりで販売されていた。それを豆腐に含まれる大豆の量で区別し品質に応じた製品表示で不当廉売を防ぎ、製造業者や原材料の供給元となる農家が適正な利益を得られるようにするとのことだ。具体的には豆腐に含まれる大豆の割合「大豆固形分」を基準に、10%以上を「とうふ」、8%以上を「調製とうふ」、6%以上を「加工とうふ」と大まかに分類する。6%に満たないものや、卵を主原料とするたまご豆腐などは除外するというものだ。

なーるほど、これって30年も前にグルメ漫画「美味しんぼ」でテーマになったことじゃないか。コミックス第7巻第5話「大豆とにがり」に出てくる。
ある豆腐専門店でブラックというロサンゼルスから来た外人が「ここの豆腐は本物の豆腐じゃない」と言ったのがきっかけで板前とケンカになる。このブラックという外人は料理研究家で、しかも「ザ・ブック・トウフ」という豆腐の本を書くほどに豆腐の魅力にとりつかれ、豆腐の作り方を日本人に教わり自分でも作るほどの豆腐通だったそうだ。主人公の山岡は板前より外人の肩を持った。不服そうな板前に翌日豆腐製造専門店を訪れさせその理由を分からせる。そこでは一俵の大豆から、四百二十丁の豆腐が出来るのが限界だが、多くの豆腐屋では同じ大豆の量を使って出来上がる豆腐の量は三倍以上にもなると山岡が説いた。それを知った板前は水っぽくて味も香りも貧弱な豆腐が世の中多いことに納得する。出来たてホヤホヤの豆腐を食べ、その旨さに皆驚き、板前も豆腐料理専門店であんな豆腐をお客に出していた自分が恥ずかしいと感服したのだが、面白かったのは外人の方が昔ながらの日本の製造法を本で知っていて本物の豆腐の味を知っていたという意外性、皮肉さだった。

つまり、以前から良識ある人は豆腐とは名ばかりの大量生産、低品質のものが多すぎると警鐘を鳴らしていたのだ。私が昭和62年に当時大阪にいた歯科医のさあいっしょ君のところに行き居酒屋で豆腐を頼んだところ、あまりのまずさ、薄っぺらさに食べ残したことがあった。「こんな豆腐ってある?」と今でも忘れない。私は子ども時代は近所の豆腐屋に豆腐を買いに行かされ、それを食べていた。それが普通だと思っていたので都会の居酒屋の豆腐もどきに驚き呆れたのだった。質のいい豆腐を作るより大豆は少なめ添加物多めで大量に作る方が経済効率がいいという業界の姿勢、いや消費者もそれでよしとした結果が悪貨は良貨を駆逐する事態に陥らせていた。30年以上経ってようやく正常化に動き出したということだ。相当に遅いがいい方向に向かっていると思う。

思えば一般にアイスクリームと言われているものも一番上等なものだけがそう表記できる。乳固形分15.0%以上うち乳脂肪分8.0%以上とかなり厳しい。乳固形分と乳脂肪分が最も多く含まれており、ミルクの風味が豊かに感じられるとのこと。その次がアイスミルクと呼ばれ、乳固形分10.0%以上うち乳脂肪分3.0%以上になり、乳固形分と乳脂肪分はアイスクリームに比べて少ないが牛乳と同じくらいの乳成分を含んでいる。さらにその下がラクトアイスで、乳固形分3.0%以上で乳固形分はさらに少なく植物油脂が使われることもあるという。豆腐業界もこれにならったようだ。

またこれから「最高級」「天然」「純粋」「本格」など、根拠が定かでない表示を禁止し、添加物もさらに詳細な表示を義務付ける方針という。いいネ!これを読んで思い当たる節はないだろうか。そう、健康食品の宣伝によく使われている文言だ。なんとなく素晴らしい製品と思わせるためのマジック用語なんだ、実は。いつも言っているがこれに「太陽の恵みがぎゅっと凝縮した」と使われていればカンペキで、私なんかその言葉が出てきた瞬間、体がむずがゆくなってしまう。

豆腐に限らず「本物」の製品が報われる世の中になって欲しいものだ。

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