2016年2月14日日曜日

映画「ヒッチコック」評

ああ、体調悪い。完璧に風邪を引いてしまった。倦怠感が続く。

そんな中で夜遅く、録りだめビデオの中から映画「ヒッチコック」(2012)を見た。いやー、この映画、個人的にはすごく楽しめた。というのも私はヒッチコックおたくでもあるからだ。その作品のうちイギリス時代のサイレント映画の一部以外(だいたい40作品ほど)は全て鑑賞済みで彼にまつわる本などたいてい読んでいる。TBSの「世界ふしぎ発見!」で私が全4問をパーフェクト正解したことがあるのはヒッチコック特集のときが唯一でそれくらいヒッチコックがらみネタには自信がある。この映画はヒッチコック監督の1960年の「サイコ」の制作過程と通してサスペンスの巨匠の表と裏をあらわにする趣向だった。彼とその妻アルマ、脚本家、映倫、俳優女優が皆いい味出して演じている。主役のヒッチは「羊たちの沈黙」のアンソニー・ホプキンスで、これはいろんな意味ではまり役だ。知っている人はいると思うが、「サイコ」も「羊たち」も実際にアメリカであった猟奇的な「エド・ゲイン事件」をモチーフにしている。この映画の冒頭でエド・ゲインが最初の殺人を犯すシーンが出て、その場でヒッチコック劇場よろしくヒッチ役のアンソニー・ホプキンスが「警察が彼(エド)の殺人に気付かずその後の大量殺人を犯さなかったら私も『この映画(サイコ)』を作らなかった」とつぶやく。

前年の「北北西に進路をとれ」をヒットさせてはいるがまだまだ制作意欲衰えないヒッチは「サイコ」に目を付けるもその猟奇性に映画会社も映倫も難色を示す。しかし自力で資金を調達してでもと脚本家で独身時代からの映画パートナーでもある妻アルマ(ヘレン・ミレン)と協力して制作に臨む。このあたりのいきさつは知っていたがブロンド女優を好む性癖、食べ物飲み物大好き、ヒットは飛ばしても評論家からは良い風に言われないことの葛藤などうまく散りばめられいちいち私はうなずいていた。また、サイコに出演する実在の役者をそれぞれが上手く演じていて感心した。アンソニー・パーキンス役(ジェームズ・ダーシー)のひょろっとして好青年だがゲイ疑惑を気にし不安げな表情と仕草のそっくりなこと!シャワー室で殺されるジャネット・リー役(スカーレット・ヨンハンソン)も似ていたなあ。実は「サイコ」の冒頭10分間を事前に見直していたのだが彼女の特徴をよく捉えていた。その妹役のヴェラ・マイルズ(ジェシカ・ビール)がヒッチに嫌われた理由もちゃんと出ていた(映画「めまい」の主役だったのに妊娠しクランクイン直前に降板してしまったため)。

映倫の担当者が「トイレをまともに映し出すなんて今までアメリカ映画にはなかったことだ」といちゃもんを付ける。それと冒頭の安ホテルでリーがブラジャー姿を見せベッドシーンを演じる、これもやや問題だった。いや、私も「サイコ」を見たときに少し驚いたのはここのシーンで、それまでヒッチ映画でここまでの露出シーンはなかったからだ。現代から見ればおっぱいモロ見えでもないし大したものではないがやけにそそられる。それとトイレの指摘は全く気付かなかった。証拠隠滅を図るシーンがトイレなので映像で見せても当然でも当時は観客に驚かれたようだ。

この映画はいきなり見てもあまり面白くないかもしれない。少なくとも「サイコ」を見てからがいい。何といっても原題が「アルフレッド・ヒッチコック&ザ・メイキング・オブ・サイコ」だから。ただ、この映画はサクセスストーリーでもあるので細かなことに気を遣わず楽しめると思う。「北北西」はそれまでの最大のヒットとなったが全米各地をロケしたり主演俳優(ケーリー・グラント)のギャラもあり制作費が高く付いた。パラマウントは制作費を落として次を作ってくれと頼む。しかし「サイコ」の残忍性、異常性に難色を示し結局降りてしまう。ヒッチは仕方なく自力制作で俳優も中堅クラス、再作日数も短め、白黒作品と安く仕上げるも、窮地の中から斬新な映画を作り、収入の60%を得る契約を取っていたこともあり、結果「北北西」の2.5倍の興行収入を得、妻のアルマともども億万長者になったのだった(映画ではプールも屋敷も売らずに済んだと説明)。

「サイコ」は今ではヒッチコックの代表作と言われ、私も一番面白いと思うが、実は一連のヒッチ作品とは味わい、内容、テーマともどもあまり共通性がない。どちらかと言えば「異色作」なのだ。(これってビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」のパターンと似ている。最高傑作ともいわれるが最もビートルズらしくない作品の集まりで私の言っている意味はファンにはきっと分かってもらえるはず)逆に「北北西」はまさにヒッチコック作品の集大成とでもいうべき彼らしさ満載(スパイ、犯人取り違え、逃走、ユーモア、サスペンス)の映画である。私はこの映画の後になぜサイコのようなタイプの違う作品が生まれたのかよく分かっていなかった。ヒッチの飽くなき映画制作への欲求、アルマの協力、逆境などがあってのことだった。そして、「サイコ」はその後の映画に多大な影響を与え、80年代以降のホラーショッキング・ムービー、サイコサスペンス物などはこの映画なくしては語れない。「羊たちの沈黙」で主演男優賞を取ったアンソニー・ホプキンス(パーキンスじゃないよ)がヒッチを演じたのも当然の帰結だった。

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