雨の日曜、夕方になって外に出かけた。夕食をどこかで食べるのと、靴屋でちょいとした調べ物があったからだ。
駐車場があって靴を売っているところといえば私にはABCマートしか思い浮かばず、与次郎ヶ浜のその店に行ってみた。単独の店ではなくショッピングモールの一角にあり、事前に調べていたニューバランスのCM996 GORE-TEX(ゴアテックス)防水用を探した。しかしCM966シリーズはあるが防水用のゴアテックスはなかった。まあそれでもよい。一番の目的はCM966が自分にはどのサイズかを知ることだった。私はニューバランスの27cmのスニーカーを持っているがどうも銘柄によってサイズがまちまちらしいのだ。カールに「実際に試し履きしないとネットで買ってはダメよ」と釘をさされていた。それもそうだと試し履きに出かけたのだった。「消化器内視鏡」を専門とするDr.こてるです。
趣味のボウリング、麻雀や病院での出来事、家族の内輪ネタから時事問題まで
日々の徒然を「こてる日記」として、毎日アップしています。
2000年5月から開始し2015年5月分からブログに移転しました。
2025年6月15日日曜日
それ、本当に27cmサイズ?
2025年6月14日土曜日
関東、北海道ではほとんど食べないもの
2025年6月13日金曜日
ノリヒック叔父さんの通夜
2025年6月12日木曜日
息子同士、バッタリ
例によって前夜から深夜、未明に至って居間で床寝をしていた私。LINEのメールが何通も届いていたのに気づいたのは夜が明けてからだった。全部で5通。それらはテルとサブアラドDrからだった。しかもどちらも同じ内容だったのだ。
テルがサブアラドDrの長男「はこがまえ」君と偶然出会ったという話題だった。テル「サブアラド先生の息子さんに会ったよ」「めちゃくちゃたまたま」、サブアラド「大分の息子さん?左はワタスの息子」「知り合いとの飲み会にたまたまいたらしい」とあって写真付きだった↓(例によってイラスト化)。テルからのメールによると、知らないもの同士会話していたら「サブアラドって名字で、話を聞いてたら、んー?んー?知ってるなぁーってなって」「お父さんネット麻雀します?とか聞いてたら、あっちもこてる先生?って」その店のオーナーが大分にも来ることがあってテルの知り合いだった縁で店に行ったらしい。そこで二人は赤ちゃんと幼児のころに会って以来30年以上ぶりの出会いを果たしたのだった(正確には1992年12月20日に当時私たちが住んでいたアパートで会っているのは確認できた)。
2025年6月11日水曜日
最強のアロハシャツ
今日は久しぶりにトムとジェリーのアロハシャツを着て勤務した。
3年前に沖縄に行っていたカールが興奮して「すっごくいいアロハがあった」と画像付きでわざわざ送ってきたのが、このトムとジェリーをデザインした↑のアロハだった。当初は「え、こんなんのがアロハなのか」と訝りつつもまあ言うとおりに着て出勤したのだったが・・・。それが周囲から「可愛い」「素敵」「格好いい」と言われまくったのよ。特に女子職員からの注目はすごくて「先生、このシャツ可愛い」って言われるのが当たり前で、時には高齢の女性患者からも「いいですねぇ」と言われたりもした。さすがに去年は以前ほど言われなくなってきていて、それは周囲も見慣れたということだろうと思っていた。
でも、今日これを着て仕事をしていると、やはり注目度が高く、5人以上の女子職員に「可愛い」「いいわ〜」と言われたんだ。もう最強のアロハシャツって言っていい。ただ、今でもどこがそんなにいいのか、私にはよく分からないんだ。この前、かけ出しのビートルズを見出したのは若い女子連中だったと書いたが、たかがアロハにしても女子連には見る目があるんだと思わざるを得ない。私も着ればなにかと注目を浴び「いいね」と言ってくれるのでまた着たくなる。結局、こてる先生もミーハーなんですよ〜(⌒о⌒)。
2025年6月10日火曜日
体のお悩みですか、AIに任せなさい
内視鏡室の茶の里Nsが「自分のことで・・」と健康相談にやって来た。「どうしたん?」
「私、昔から胆石があるって言われ続けてきているんですけど、このまま放置しておいていいんですかねぇ」
まあよくある相談だ。胆石の正常、腹部症状の有無など詳しく聞けばそれなりにアドバイスは出来る。でも、ちょうど別の患者の仕事も残っており、ふとひらめいて「そうだ、そんな一般的な相談ならChatGPTに質問してみたらいいよ」「は?」「いいかぃ、私が今やってみせるから」そう言ってChatGPT先生に以下のように質問してみた。
「私の知り合いの看護師51歳は、健診で胆石があり小さな石がたくさんあると言われています。経過観察のほか、場合によっては手術も考慮されてはいかがと言われています。でも、何の症状もないし手術も怖い気がすると言っています。今後どう対処したらよいでしょうか。」胆石が見つかった場合の対処については、「症状があるかどうか」「石の性質や大きさ」「年齢や他の病気」などによって判断が分かれます。以下、一般的な考え方をお伝えしますが、最終的な判断は担当医とよく相談することが大前提です。
今の状況:「無症状の胆石」
無症候性胆石への一般的な対応は原則、経過観察(手術しない)が基本です。
年1回くらいのエコー検査などで経過観察されるのが一般的。
胆のうがんの家族歴
胆のうの石灰化(磁石胆のう:がんのリスク↑)
● 糖尿病や免疫抑制薬を使っている人
感染症が起こった場合、重症化しやすいため予防的に手術を考慮することがあります。
・年1回のエコーなどで経過観察(症状や石の変化がなければこのまま)
・症状(右上腹部の痛み、背中の痛み、吐き気など)が出てきたら、早めに医師に相談
・気になるようであれば、消化器専門の病院でセカンドオピニオンを受けるのも安心につながります
ご友人は医療職の方ということなので、情報を冷静に捉えていらっしゃるとは思いますが、「怖い」という気持ちはとても自然です。その気持ちを否定せず、手術を前提にせず、きちんと経過を見ていくという選択も立派な方針です。何か症状が出たらすぐ医師に相談する体制があれば、今すぐの手術は不要な可能性が高いです。心配なことがあれば、またいつでもご相談ください。
2025年6月9日月曜日
私の好みは〇〇です!
今日の朝礼スピーチは医療事務のリバレーナさんだった。まずは自己紹介から入るのが定番で、年齢、出身、経歴などが露わになる。彼女はまだ20歳代後半で人生まだまだこれからだが、病院に勤め始めてすでに5年になっていたとは知らなかった。彼女の2、3年先輩の森舞さんも似たような経歴でスピーチでは好きなことに韓ドラ鑑賞と旅行を上げていた。それでしばし私とは韓ドラトークを病院受付でするようになった。リバレーナさんはどんな趣味というか好みがあるのだろう。
ほう、野球観戦と編み物だと。プロ野球はソフトバンクホークスのファンということだ。そこはいっしょだな。彼女が去年観戦しに行った試合は全部ホークスが勝ったんだって。勝利の女神だぁ。あは、それと似ているというか逆パターンなのが出水のスチョル先生かとチラッと思った。以前「阪神タイガースの応援に試合を見に行くとたいてい負けるんよねぇ」ってボヤいていたもん( ・_・;)。あと、お宝写真が2年前のWBCの宮崎キャンプで山本由伸選手の写真を撮ろうとしたらちゃんとカメラ目線で応えてくれたというもの。いつかその写真にサインしてもらうのが夢だってさ。ふむ、仮に私が同じことをしてもこんな笑顔で対応してもらえたかどうか・・。
こうしたスピーチで互いに好みが分かると楽しいネ。イヌやネコという一般的なペットからはてはウサギを飼っているとか、意外な音楽や本やスポーツが好みだったりと聴いていて楽しい。職員スピーチは各自が好むものを思いきっり語る場にすれば語る方も聴く方も有意義で楽しい時間になると確信したわ〜。2025年6月8日日曜日
正反対の2枚の写真の相手とは
結局、ドジャースは点が全く取れずに9回表にかろうじて1点を相手のミスで取ったものの、その裏に1点取られ、また負けてしまっていた。打線が売り物のチームなのにねぇ。まあ長いシーズン、こんな時もあるだろうて。
体調はあんまし良くない。昨日休めればよかったがそうもいかず、外はしとしとといかにも梅雨の雨で体を休めるにはちょうどいいかも。今日は6月8日で明日6月9日がロックの日だそうで、NHKが再放送の「ザ・ビートルズ来日〜熱狂の103時間〜」をやっていた。この放送、初回は10年前の2015年6月だからビートルズ初来日約50年を意識して作られたんだろう。以前も視聴していたにも関わらず、ビートルズ好きゆえにまた見てしまった。2025年6月7日土曜日
倦怠感でもやらねば・・
この前、カールが風邪を引いていて、それが私にうつったか昨日くらいからで、倦怠感や鼻水、咳などが出ていた。それが今日土曜日も午前は倦怠感がピークで居間のMOGUソファを背もたれにし、ぐたぁ〜と 寝入ってしまった。一応、ドジャース対カージナルスのゲームをTVで見ながらではあったが、ドジャースがてんでダメでカージナルスにやられてあんまし見る気がしない展開で、それで何度も寝ては起きてを繰り返した。午前中にこてる日記を書いて午後からのリアル麻雀に備えて天鳳で腕ならしをしておこうという腹づもりだったのだが・・結局、家を出る13時半までずっと居間での寝込みを続けていた。
いやはや、こんな体調で麻雀を打つのもちょっとつらいな、誰か代わって打ってくれる人がいるならそうしてもよいがなどと、雀好きな私が珍しく弱気にもなってた。
そうやって始まったリアル闘牌であったが・・あに図らんやとはこのことで、出だしからなぜか好調、トップ、2位、2位、トップ、トップと一人勝ち状態になっていた。後半は落ち着いたが、ラスも1回だけで大勝ちではなかったけれどプラスだったのは私だけ。一人勝ちだったのは間違いない。体がきついんで無理に勝負には行かず冷静に打つことが出来たからかな。
でも帰宅してからがやはり大変。すぐにシャワーを浴びてこてる日記を書き始めた。ここで書いておかないとそのままダウンは必定で、翌朝「こてる日記」を開いた人が「あれ?アップされていない」となるのだけは避けたい。どうにか6月5日分の日記を書き終え、そのまま床のMOGUソファでの寝込みをきめた。ドジャース戦が午前3時過ぎからだって言うからねぇ。まったくこの時期はメジャーリーグ観戦で生活のパターンが影響を受けるわい。しかし、これも案の定というか寝入ってしまって覚醒したのは午前5時。あちゃー。で、途中経過を見ないようにして冒頭から録画を見始めた。風邪で寝転んでじーっとしておくだけの休日にまたなりそうだ・・。
2025年6月6日金曜日
当直の指導はしたけど当直は
昨日から夕方からの当直を新しく非常勤のトマリンDrにしてもらうことになった。青雲会病院で働くのは全く初めてで今月から毎週木曜の夜を担当してもらうことになる。となると、病院のシステムや電子カルテの使い方などオリエンテーションをしなくてはならない。そういうわけで私自ら説明を行った。教えるだけでなく、実際に仮カルテに入力してもらったりするなどさせた。特に電子カルテは各病院でそれそれ違いがあるからやってもらわないと見たり聞いたりしただけでは覚えられないしね。
結局、一通り終えるまで1時間以上かかった。それでも一人ではきっと惑うはず。幸い昨夜の当直看護師はベテランのカッコちゃんNsだったからどうにかやり過ごせたはず。当直記録を見ると、夜の21時過ぎに発熱の救急患者が来て診察、検査後に入院させていた。昨夜診察したのはその患者一人だけだった。うむ、最初の当直にしてはあきれるほど忙しいこともなくあるいは全く患者ゼロでもなくいい感じの夜だったようだ。
15年くらい前の青雲会病院は院外Drの当直日は週に1回かせいぜい2回あるかないかくらいでほぼ週5日を院内のDrらで交代して担当していた。だから私も月に5回くらいの当直は当たり前にあったのだ。その後大学病院外科教室から定期的に週1回、土日は月2回派遣してもらえるようになり、木曜も院外Dr、そしてここ最近は火曜、日曜を外科、脳外科の院内Drが決まってするようになり、私の出番もかなり減って月1、2回になっていた。そして今度の6月7月の日当直予定表では私は1日(半日も含めて)も日当直が入らなかった。いやー、青雲会病院に来てこんなことは初めてだ。別に院長になったからというわけではなく、他の常勤Drも回数はかなり減っていて、今回だけたまたまなんだが、8月以降も当直はあっても月1日くらいだろう。
これまで忙しかった当直の話題などよく「こてる日記」ではネタにしてきたが、ここしばらくはそれもなくなりそう。当直の指導はしたけど当直はしないってこと。まあ前期高齢者の仲間入りしているんでそのあたりはちょっとは楽させてもらいまひょか( ・_・;)。
2025年6月5日木曜日
7月5日に大地震が起こるだって
それは日本の漫画家で霊媒師のたつき諒という人が「今年の7月5日に日本で大地震が起きる」というものだ。たつき諒は2021年に発表したベストセラー漫画『私が見た未来』のなかで、2025年7月5日に日本で重大な災害が発生すると予言した。災害の詳細は不明だが、この予言は1999年の漫画でも予告されたもので、2011年の日本の大震災と津波を予見していたと言われている(当時の表紙に『大災害は2011年3月』と書かれていた)。これを信じた一部の人々は、ソーシャルメディアで日本への旅行を避けるよう警告する投稿を拡散し、旅行を予定していた多くの人々が予約をキャンセルまたは延期する事態に至っているという。ブロンズウィック調査によると、香港や台湾、韓国からの日本行きの予約が大幅に減少し、とくに6月下旬から7月初めの期間においては、予約数が前年の50%減、または最大83%減となっている。さらに、春休みの旅行も影響を受け、日本旅行の予約は2024年の半分にまで減少した。このたつき諒という人は予知夢を見ることが出来て、自身の予知夢を題材にしたというこの漫画には「2025年7月5日に大地震が発生し、東日本巨大地震(2011年3月)のときより3倍高い津波が日本の南西部に押し寄せる」といった内容が描かれている。この作品には「2011年3月に大災害が起こる」という内容も描かれ、これが東日本大地震を正確に予測していたと話題になり、うわさはSNS(交流サイト)で急速に拡散された。それで作者が言いたいのは「大切なのは準備すること。災難の後の生き方を考えて、今から準備・行動しておくことの重要さを改めて認識してほしいのです」ということだそうだ。その忠告は至極まっとうだが、3倍近い津波というのが私にはとても信じられない。いや、そもそも予知、予言などは私は全くといって信じない。
2025年6月4日水曜日
「あれはこてる先生の生き霊だぁ」
夕方、内視鏡室のスタッフらが面白いことを言っていた。
「午後の大腸内視鏡検査中にですね、並ぶンDrが『あれ、黄色い検査着のこてる先生がこっちを見ている』って言うんですよ。でも、先生はずっと外来にいましたよねー」「おう、救急や外来で忙しかったし、内視鏡室には今日は1回も行ってないぞー」「ですよねぇー」
で、話は終わりかけたが、並ぶンDrは「いや、あれは絶対にこてる先生だった、間違いない」と言い張ったらしい。と、なるとだよ。その見えたこてる先生って・・・「生き霊?!」そう結論づけたら、内視鏡室スタッフが「うわ〜怖ぃ〜」って、なんだかはしゃいでいるんだ。「生き霊って六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)じゃぁあるまいし」って私はつぶやいたが、それには彼女らの反応は全くなしで、「生き霊ってこてる先生は何か並ぶン先生に恨み辛みでもあるんですかぁ?」などと、すでに生き霊説は当然といった物言いだった。で、内視鏡室スタッフにこれだけ受けたので並ぶンDrが見たという私の生き霊をAIでジブリ風イラスト化してみた↓。ふむ、きっとこんな感じだったろう。いやはや並ぶンDrも面白い日記ネタを提供してくれるわい(⌒о⌒)。
2025年6月3日火曜日
長嶋茂雄を一度だけ見た
長嶋茂雄が亡くなったとネットニュースで知った。ほう・・と思った。私は長嶋の現役時代をTVなどで見知ってはいたが、それは昭和40年代後半の比較的現役晩年時代で熱狂的な長嶋ファンというわけではない。しかしプロ野球、巨人という人気スポーツ、人気球団を牽引した日本人なら誰でも知っているスター選手だったというのは実感している。王貞治がいくらプロ野球記録を更新しても人気という点では長嶋に敵わなかった。そこがよく分からないという点で一世代上とは違っていた。
かつて大学内視鏡室メンバーの飲み会で私より12学年先輩の草野健Drが「TVで野球中継が始まった頃、長嶋がホームスチールで勝ち越す試合を見ていっぺんでファンになった」と語っていたのを思い出す。長嶋は記録よりそのプレーで熱狂させるタイプの選手だったようだ。その私が直に長嶋を見たのが今から30年以上前の日米野球でのメジャーオールスター対巨人の試合だった。1992年10月30日東京ドームでのことだ。たまたま消化器系の学会で東京に行った私は時間も空いていて観戦をすることが出来た。その試合は長嶋が10何年ぶりに2回目の監督復帰をしての最初の試合だった。後で知ったが当時の巨人ナインともその試合が初対面だったそうだ。
当時、私はメジャーリーグの試合をBSで観戦したり、メジャーオタクだった親戚の大学生トヨ丼君としょっちゅう会っていたこともありどちらかというとメジャーチームを応援していた。トヨ丼君のために彼の推しチーム、ピッツバーグパイレーツの帽子をお土産に買ったりし、相当喜ばれたのを覚えている。で、結果はというと、これはもう大人と子どもの試合で、巨人はかつて阪神で活躍したセシル・フィルダー(タイガース)やケン・グリフィー・ジュニア(マリナーズ)に特大ホームランを浴び、打線は同年18勝を挙げたロジャー・クレメンス(レッドソックス)に完璧に抑え込まれ、ヒットはベテラン篠塚の一本のみ、見せ場は失敗したがヒットエンドランのサインを長嶋監督が出した時くらいだった。なんと11対0という内容だったのだ。日本のマスコミは長嶋監督の再登場という面を強調しメジャーリーガーたちのプレイにさほど注目した記事は少なかったように覚えている。球場のファンも長嶋がユニフォームの背番号33を見せたシーンにどっと歓声を上げていたしね。2025年6月2日月曜日
ネコが2匹いると・・
YouTubeで時々眺める動画にネコ動画がある。ネコたちの俊敏な中にも面白い動きがあって楽しい。↓なんか「このエサ、ボクのもんだも〜ん。上げないよっ!」ってそのもの。
ネコはネコなんだが時に人間くさい動作をすることもあってかなり笑ってしまった。↓なんかまさにそうで、ちょっかいだそうとしてまさに手を出す瞬間、「なに?」と睨まれて、「いや、ボク・・アタマかいているだけなでしゅ〜」ってね(笑)。そこで家のネコ2匹。ちょっかいを出すのは決まってハナビでしかも真っ正面からはなくそのほとんどが背後からだ。ゲンちゃんが油断しているとき、何かに気を取られているときに決まって狙ってくる。ゲンちゃんに「何だ?!」って睨まれてそこでおしまい。この後本格的なケンカになることはないのであった。2025年6月1日日曜日
採れたはいいけれど・・
何の予定もない日曜日、朝はドジャース対ヤンキース戦をTV観戦した。ドジャース打線が爆発し、あまりの大差に後半はもう見る気が失せた。 ていうか明け方から起きていたので寝入ってしまったのだ。
今日は庭の枇杷の木から実を全部採りきろうと思っていた。あまりの数の多さにまとまった時間が必要で、朝か夕方に脚立を使って採りまくろうと。まだお日さまが高い昼過ぎはMOGUソファでまったりと休んでいたら、ゲンちゃんもやって来て私の胸の上に乗っかってまどろんでいた。たま〜にハナビも乗っかるがやはりゲンちゃんは長年の付き合い、互いに安心感がある。
上の写真から約1時間経過してそろそろ日も暮れようかという頃、ようやく枇杷採りに向かった。左腕にレジ袋を持ち、右手でどんどん枇杷の実をもぎってゆく。とにかく今年は実が小さいのが残念。ただうちの枇杷はちゃんと熟したものは甘くて美味しい。時たま落下した枇杷を口に含むとじわ〜と甘みが広がる。