朝の外来には医師事務作業補助者の君やさんが付いてくれた。決まり切ったカルテ記載がすでに彼女によって書かれているので大いに助かる。ちょうど患者さんが途切れた頃、彼女がこんなことをこぼしていた。
「あのオウム真理教の歌、『♪ショーコー、ショーコー、ショコショコショーコー』をですね、うちの5歳の長男がしょっちゅう歌って困っているんですよ〜」→YouTube「麻原彰晃マーチ(選挙)」https://www.youtube.com/watch?v=S8_2ukXyM-Y人前では今でも歌わない方がいい。
はぁ。今どきの子どもが30年以上前に歌われたカルト宗教の教団歌を知っているはずがないじゃない。何で?
「私が鼻歌交じりに歌っていたのを覚えてしまったんですよ」だって。へーえ。ちょっと前だったか、この世間に流布した歌の作者が「高校の同窓生だったんだ。鎌田紳一郎って言うんだよ」と彼女に教えていた。それで彼女も思い出して鼻歌にしていたそうだ。↓が卒業アルバムの鎌田紳一郎。
鎌田はWikipediaにもちゃんと出ていて「麻原彰晃マーチ」の作曲者と書かれている。天保山中、鹿児島中央高、東京音楽大学卒業後、フリーのミュージシャンになり、太極拳やヨガが趣味で、本を読み漁っていた際に麻原彰晃を知りオウム神仙の会に入信し、1987年6月に出家した、とある。最終的には1999年12月にオウム真理教を脱会したそうだ。↓の写真は衆議院選挙運動中の鎌田であると文藝春秋のサイトに出ていたものだが、顔が隠されているので誰が鎌田かは不明。おそらくマイク前の人物だろうか。鎌田は「麻原彰晃の愛人で3人の子どもをもうけた教団幹部の石井久子が逮捕されたため翌日付で彼女と結婚し石井の子供たちが保護者不在となる事態を避けた」そうだ。それでWikipediaには「石井紳一郎」で出ている。ふーむ。ともかくも彼の作った「麻原彰晃マーチ」は冒頭の部分が極めて覚えやすく、特徴的なメロディに影響を受けた小学生が教室でリコーダーやピアニカ、ハーモニカを使ってこの歌を耳コピして演奏することや、登下校の際に口ずさんでいることが報道され問題となった。松井秀喜などこの曲が頭から離れなくなり、バッターサークルに立っているとき常に歌ってしまっていたという(Wikipediaによる)。いや、うちの長男のテルもオウム報道華やかりし頃「ショーコーショーコー」って歌っていたもんねぇ。以前にもこれは書いたが、作曲家吉俣良も鎌田紳一郎とは同窓生だ。いや、中学校も天保山中でいっしょだったのだ。ちなみに私は吉俣とは小学、高校がいっしょである。高校時代から吉俣は音楽や吹奏楽部で有名だった。鎌田については私はトンと知らなかった。↓は現在と高校時代の吉俣良(本名:吉俣良一)。
しかし吉俣は音楽専門の大学ではなく「将来は公務員にでもなろう」と横浜市立大学へと進む。そのうち、音楽サークルやバイトで音楽関係者とつながりが出来、プロ活動を始め、それが後に作曲家としてフジTV系のドラマ音楽など手がけるようになり、さらにNHKの朝ドラや大河ドラマの作曲も手がけるなど大物となっていった。その吉俣が「オレは学生時代、鎌田には音楽で負けたと思ったことは一度もなかった。しかし・・あの歌だけは負けた」と述懐したのが「麻原彰晃マーチ」だったのだ。
そもそも吉俣の曲は基本的に器楽曲というか口ずさめるような曲はあまりない。対して鎌田のあの歌は歌いやすく、耳に残るという点では確かに優っている。逆に朝ドラ「こころ」や大河ドラマ「篤姫」の曲をそらで歌える人ってまずいないでしょ。
吉俣良はいまだに音楽業界で活躍しているが、鎌田紳一郎が今どこで何をしているか定かではない。世間的にははるかに吉俣の方が実績を残しているが、世間に流布させ人々の記憶に残っている(それは禁断の歌だが)いう点で鎌田紳一郎は生きた証を残したと言えるナ。


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