2026年3月14日土曜日

良知の49日法要

良知従兄の49日法要のためにカールと朝から田舎へ向かった。南薩縦貫道のおかげで自宅から田舎までは50数分で着けるようになり、法要が行われる西本願寺系大光寺に行く前に東本願寺系信光寺に寄って父デンコーの墓参りも済ませられた。法要は親族のみ10名の出席で約30分ほどで終わった。この後、良知の家まで行き、昼の食事などして帰る予定だったが、まだ昼前にも時間があり、故人を偲んでヒトミンチョ、フサンコ、ヒカル姫らとしばし語り合った。また、壊れてもういらなくなった冷蔵庫を階下に運び出す手伝いもやったりした。遺された愛車トヨタハチロクもどうするのかねぇ。購入して10数年経つというのにすごくきれいだ。良知は少しでも汚れがあるとイヤでしょっちゅう磨いていたからなぁ(私とは正反対だ)。
良知実家の直近には50年ほど前は親戚のオツエおばさんがタバコ屋をやっていて帰りに必ず挨拶していたものだ。今は・・まったくの空き地になっていた。「この空き地の雑草も良知が取っていたのだけど・・」とヒトミンチョが言う↓。その対面の空き地も良知が借りてスイカを植えて育て毎年みんなに配っていた。
↓主無きスイカ畑。
昼になって弁当も食べ、気が付くとなんとすでに13時を過ぎていた。良知の家は築40年近くも経っているが、3時間以上この家で過ごすなんて初めてのことだ。遺品を見てみると、イギリスの歌手メリー・ホプキンのアナログレコードのアルバムがあった。良知は中1のころ彼女を知り大ファンになってそれは60歳を過ぎても変わらなかった。ビートルズのポール・マッカートニーがプロデュースした「Those Were The Days(日本題名;悲しき天使)」でデビューしヒットチャートの1位になるなどこの曲は今でもよく聴かれる。
良知は会社を定年になってからはバイクでのツーリングもよくやっていた。人に頼まれると腰が軽く世話をしてくれ、カールも「しょっちゅうお世話になっていたわ」と60歳代での早世を残念がっていた。妻を1999年に亡くしたが、娘のヒカル姫、息子のDSKも立派に成長し、DSK君には孫娘も生まれ、まだまだ人生を楽しむはずだったが・・。

49日法要というのもこうした故人の思い出や人柄を偲ぶ上でいい行事だと思った。良知も極楽へきっと行けるだろうてー。礼拝。

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