数日前の話になるが、日本ハムの斎藤佑樹投手が引退を表明した。そうだ、西武の松阪大輔投手も引退試合をしたばかりで当時の高校野球を代表する2選手が同時に引退をした。彼らが甲子園で活躍したのは2006年と1998年のことで一昔前のことと言ってもいいだろう。ともに甲子園優勝投手であったが、松阪が西武でもメジャー移籍したボストン・レッドソックスでもWBC(ワールドベースボールクラシック)でも優勝を経験するというまさに優勝男なのに対して斎藤は大学野球でこそ早稲田大学で優勝をしているがプロでは実績を残せていない。そこが本人もファンも残念と思うところだが、彼のような知名度があれば今後野球界で生きて行くには何の問題もないだろう。松阪に至っては何をか言わんやだ。
だが私の日記でアクセス数の多い2020/11/2の「プロに行くべきか否か、「山田大樹」と「鮫島哲新」の場合」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2020/11/blog-post_2.htmlでも書いたようにプロに入っても引退後の生活が何十年も続くということを考えておかないと大変なことになる。プロに入るのがやっとの実力なら入らないほうがいいというのが私の意見だ。それでもプロに行きたいならばその時点でやめた後のことも考えておくべきだ。
カールは鹿児島工業の中迫前監督の奥さんとはママ友で高校監督の苦労話を聞いたことがあった。子だくさんの中迫家の子どもの進路問題を考えねばならないのに「旦那ったら野球部の子たちの進路の相談に乗ってばかりでー」とぼやいていたとか。でも鮫島哲新や榎下陽大のように現役が終わってもそれなりにきちんとした仕事に就き、しかもそれなりに野球に関わっているのは素晴らしいことだ。中迫監督もえらい。その点、関東の某高校で優勝もしたのに大学に入って1年ほどでやめた後やることがなく強盗事件を起こした選手がいたが、野球だけに特化し過ぎた弊害なのではないか。かつて故野村監督はプロに入ったばかりの選手らに「君たちは野球をやめた後の人生の方が長いんだ」と諭していたというからえらいもんだった。↓は2006年の夏の甲子園大会第7日目に私とセージとチッチが鹿児島工対高知商、早稲田実対大阪桐蔭戦を見るために入場する直前の写真である。
鹿児島工は接戦で高知商に勝ち、早稲田実は大阪桐蔭に圧勝した。この時の中田翔選手は2年生で斎藤投手の球を全く打てずきりきり舞いさせられた。後に榎下陽大など3選手が日本ハムで同僚となるとはこの時点で誰も知らない。その翌日、第8日の第4試合松代対八重山商工戦も3人で観戦した。後にロッテに入団する大嶺祐太投手もいたが印象に残るのはホームランを何度もかっ飛ばした金城長靖選手だ。救援にも回るなど二刀流としても期待された。その金城選手はプロ指名もあり得ると言われていたにも関わらずプロ志望届を出さず、沖縄電力への道を選んだ。堅実で良い選択だと私など思ったものだが、今年3月の社会人野球記者のインタビューに「4、5年目までは出しておけばと思うことがあった」と言っている。当時のプレーを「自分の実力をどうにか見てほしいとやっていて、結果を気にしすぎていた」とも語り、若干ながらもプロへの未練はあったようだ。しかし15年過ぎても野球を続けていられ、勝負強い打撃で32歳となった今も4番を張り続けているし、24歳で結婚し3人の子宝に恵まれ、長女は9歳になり、休みの日は家族で野球をする日々を送り「今が良いという気持ち。自分の選択に後悔はない」と言っている。若いうちはどうしてもプロで活躍するという夢を追いがちだ。しかし何度も言うがプロに入るだけの実力ならば行かない方がいい。それをちゃんと分からせるのはやはり人生を長く生きた親や先生のアドバイスだろう。くれぐれもこれも私が書いた2020/1/31の日記「野球選手悪事列伝」→http://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2020/01/blog-post_31.htmlの人たちのようにはならないようにネ。
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