2022年3月31日木曜日

吉野公園で見たのは桜ではなかった

もう花見の時期も盛りを過ぎそうとのことで、当直明けの午後早帰りに吉野公園で花見をとカールと待ち合わせた。甲突河畔の桜の方がちょうど満開とのことでそっちが本当は良かったのだけれど、16時から吉野にあるMノ下クリニック受診予定が入っていてそこになった。ここで桜を見るのは2015年以来だ。チッチが高校卒業して全寮制予備校に入る直前に3人で見に来たんだった。こてる日記で確認すると2015年3月29日だった。以下抜粋。

「午後はカール、チッチと花見に出かけた。行き先は比較的近い吉野公園だ。吉野公園はここ10年で2度目くらいか。北入口から入ると車ごと公園内に入れ展望台にも近くてよろしい。七分咲きの桜もきれいだったが久々展望台からみる錦江湾と桜島が圧倒的に雄大で美しく感激した。湾奥と桜島がある種箱庭的な見え方がするのも面白い。新しいマイデジカメPowerShot G7Xで撮りまくった。チッチと桜島を撮っているとちょうど噴煙を上げ始めたので遠景近景とこれまた撮りまくった。県外の観光客もいてみんな歓声を上げ、この時ばかりは桜島の噴火も有り難い感じがした。改めて桜島は鹿児島のシンボルだと思ったことだった。」

ただ、この時のチッチは一言で言えば非常に暗かった。初めて親元を離れて一人で予備校宿舎に入るということ、それまであまり勉強しておらず周囲について行けるのかということもあり、不安で押しつぶされそうな表情だった。今回写真を見直して改めてやはりそうだったんだと思った。ちょうど桜島が爆発して噴煙を上げるところを背景に撮影したが目をぼかしてもそういう表情が伝わってくるだろう。当時の日記にはそんな心情までは詳しく書くことができず、淡々とした書き方をしているのが分かる。↓噴煙を指さすよう指示したのは私。

桜って毎年微妙に満開時期が異なる。その年その日が七部咲きということは、今年よりは遅かったようだ。今回がもうソメイヨシノは散り始めていたのだった。
それよりも入口近くのチューリップが満開でとっても綺麗だった。

吉野公園は1970年(昭和45年)に開園したという。確か1971年春は家族で、1972年3月はお別れ遠足で来た。しっかり写真が残っているので間違いない。↓バックのは松の木がまだ植えたばかりというのがよく分かる。上写真は1971年4月の左から私、弟、母。下写真は現在の吉野公園。松も立派になった。
あれから50年以上も経っている。えーー50年?もうそんなに過ぎたのか。今日私は確かに桜を見たのだけれども、流れゆく月日というものを見て、おののく気分になっていた。

2022年3月30日水曜日

恋しやマンボウ

今日は今月最後の当直、近頃はヒマなことも多かったが、前回あたりから忙しくなって来た。今回はどうか・・。

ひぇええー、救急車要請6回もありました。そのうち4回は受け入れました。断った2回のうち1回はかかりつけ病院に行ってもらい、1回は重症病室空床なくて残念ながらお断りしました。

少しでも体を休めようと午前1時過ぎには床についた。一番きつかったのは午前4時の救急依頼だった。「どんな?」「それがですね、20代の女性で意識がぼーっとしているとか」「はあ?」「夜8時から午前2時まで店で飲んでいて・・」女性友人らに送り届けられたが状態悪いと思った同居している男性が救急車を要請したってさ。「どうします」「救急車呼んだのだから受入れるしかないだろ」「わかりました」

まあ単純な飲み過ぎです。点滴を指示しました。病院の決まりでは未明来院患者の点滴は入院が原則なのですが、同居男性に付き添ってもらいました。コロナ禍の現状、一晩で帰宅しそうな患者さんを何でもかんでも病棟には入れたくはないのです。コロナPCRを実施して入院させるほどでもないようだしー。

比較的早くにまたベッドに戻ることが出来た。しかし睡眠が寸断され、どっと疲れが・・。そうか、まん延防止が解除されたからこんな救急患者も増えてきた。この間まで当直楽だったのはマンボウのおかげだったんだ。はあ・・マンボウ恋し、恋しやマンボウ。

2022年3月29日火曜日

たとえ宇宙医学でも

可愛いんだ理事長から70代の女性の胃カメラを依頼された。胃がぎゅ〜っと痛くなるという症状があるそうだ。しかし検査の結果は特に大したことはなかった。娘さんも付き添っていていっしょに説明をすることになった。「特に心配はない」と言うのだが、その高齢女性はいろいろと質問をしてくる。「もしや膵臓では・・」とまで気にしていた。事前に採血や腹部エコーもしていたので「膵臓?あは、大丈夫ですよ」「膵臓癌だったら・・その時は諦めて下さい、どうせダメですから」と言うと、反発されるかと思いきや「そうですよねー私もネットで・・」だと。なんだ事前にそこまで気にして調べていたんかい。

で、何が原因で胃痛を起こすかについては私もクリアに説明しきれないでいたのだが、お薬手帳を見てみてはたと気づいた。最初は鎮痛剤を飲んでいやしないかと思ったのだが、漢方がやたらとたくさん出されていた。普通の市販薬ではなくそのこクリニックの先生が調合して出していたのだ。その数10種近く。尋ねると「その漢方を飲むとよく胃の症状が出るんです」と。怪しい、その漢方怪しいぞ。漢方だから副作用がないというのは迷信だ。いや、患者さんのためにといろいろ調合して出されてはいるのだろう。しかし空腹で薬を飲めばしかもたくさんで胃はびっくりしてれん縮を起こすことは十分に考えられる。

「東洋医学だから体に優しいってわけではない。そもそも西洋医学だろうが宇宙医学だろうが・・」と言うと、後ろにいた娘さんは手を口にし吹き出しかけた。いや、笑わすつもりじゃなかったんですよ。ともかくも胃の粘膜に問題はないのだから怪しいと思ったら薬でも何でも止めてみるのがいい。相手が先生でも気を遣う必要はないとまで私は言った。医者も正直に言ってもらう方が診療しやすいのだ。

ちょっと言い過ぎたかなと思って診療を終えたが、看護師によると、内視鏡室を出たあとその高齢女性は「優しい先生で良かった」と言っていたそうだ。へーえ。自身はそれほど優しい気持ちで語ったわけではなかったからネ。ただ患者さんにとって何がいいのかを考えていただけ、だったのよ。

2022年3月28日月曜日

護送車は必ずぶつけられる

韓ドラのサスペンス物で、犯人もしくは容疑者が護送バスで留置所や刑務所に護送されるシーンがあったとしよう。そのシーンが詳細に描写されているならば、その次のシーンはたいてい決まっている。人通りの全くない交差点でほらやっぱりやって来た。暴走トラックか暴走乗用車か暴走バイクだ。はい、必ず護送車にぶつかります。そして護送車は横転し、中にいた怪しき犯人もしくは容疑者は死んだり怪我することもなく脱出するのだ。運転手や他の護送要員は怪我や死亡してしまい脱出出来ないのに・・。

このパターンが今年に入って見たサスペンスもので3度も出てきた。「ドクタープリズナー (2019/KBS)」「リセット~運命をさかのぼる1年~ (2020/MBC)」そして今見ている「神様がくれた14日間 (2014/SBS)」だ。とくにどの放送局特有とかではなく、韓国の3大放送局が仲良く同じ手法でサスペンスを煽っている。確か以前見た「被告人 (2017/SBS)」でも同じような場面があった気がする。「被告人」ではとにかく暴走トラックが暴れ回った。善良な人を引いて殺しまくるんだ。そこまでひどくないにしても韓ドラでは交通事故は必須だ。偶然の事故だったり、意図的な殺人事故だったりはあるが、特にサスペンスもので出て来ないことはない。まあ、警察がからむのに護送車がやられまくるのはいかがなものかで、警察も国民に軽く見られているということもかもしれない。↓は実際の韓国での交通事故。
交通事故に話を戻せば、実際、韓国では交通事故死者数は日本と同じくらいだ。え?そんなに多くはないのというのは間違いで、人口が半分以下だから倍は多い計算になる。韓国は2010年のデータだが経済協力開発機構(OECD)加盟国で交通事故死亡率1位だったのだ。普通の接触交通事故くらいなら韓国人は警察には連絡せずお互いの保険会社への連絡で済ませることが多いという。道路事情も悪い上に、運転免許は簡単に撮れる上に10年に1回更新、せっかちで譲り合いの精神もあまりないときているから事故がなかなか減らないのだ。

そんな交通事故大国の韓国、そのせいでもあるまいがドラマでの交通事故シーンはなかなか迫真に満ち素晴らしいものが多い。古いドラマだが、あのクォン・サンウ、チェ・ジウ主演「天国の階段(2004SBS)」でのチェ・ジウが車に跳ね飛ばされる場面は日本では余りお目にかかれないリアルな描写で当時びっくりした記憶がある。ま、そのせいでチェ・ジウは記憶喪失になり・・とお決まりの状況になっていく。「冬のソナタ(2002KBS)」でもご丁寧に2回も出てきて主人公たちの運命を大きく左右する。ただ冬ソナでは事故の瞬間は直接描写ではなく日本とほぼ同様で視聴者のイメージに任される。それはあの物語なら当然の手法だったろう。

ドラマでは交通事故はそれこそドラマチックな展開を起こす便利なイベント(?)ゆえ多用したくなるし、日常茶飯事だから視聴者にも納得してもらいやすいと韓ドラ制作者側は思っているのかもしれない。だが、比較的短期間に同じような手法を見せられると辟易もする。私も10年前韓国に行ってバスやタクシーに乗ったりしたが、無事生きて帰れたことを神様に感謝しなくては・・。

2022年3月27日日曜日

減量宣言

げっ・・太ってきている。体重が80kgを切るどころか81kgオーバーだ。

いや、自覚はある。ボウリングもそろそろ復活をと言いながらまったく再開しようともしていないし、医局や内視鏡室でそこかしこにお菓子が置いてあるからついツマんでしまう。そりゃ動かず食べるだけなら太るのも当たり前だワイ。反省じゃ。

ここは世間に向けて宣言しよう。あと1ヶ月、4月30日までにマイナス2kg、79kgを目指す。ふ、これなら達成出来るはず。出来なければ・・喝っ!

2022年3月26日土曜日

お疲れ週末

今日は午前は休みで昼から夕方までが病院の日直という変則勤務だった。早めに病院に行き、オマルさんと1局碁を打った。結果は中盤に入ったところで隅の死活がらみのミスであっという間に私の負けになった。オマルさんの無理気味の手を上手く咎められないと逆にこっちが悪くなる。力戦派相手には戦いに強くならなくては。これで3連敗しトータルでも3勝4敗と負け越している。互先になるとやはり地力の差が出てくるか・・。

最近の当直はヒマなことが多かったがそうは問屋が卸さない。救急車や重症患者が多く勤務時間を過ぎてもすぐには帰れなかった。夕方、呼吸状態の悪い患者さんへの処置は、私では無理と判断し、外科の信号Drを呼んで気管挿管、胸水穿刺などしてもらった。結局19時ごろにどうにか帰宅することが出来たが、ちょっとヘロヘロ気味だ。

昨日からプロ野球が開幕し、我がソフトバンクはビッグボスこと新庄新監督の日本ハムとの連戦を2連勝で幸先良いスタートを切った。まあ本来の戦力を見れば当然の結果だ。高校野球は昨日、なんと広島商にコロナクラスターが発生し2回戦の対大阪桐蔭戦は棄権することになった。大会前の京都国際に次ぐコロナの被害者だ。ただうがった見方をすれば、これで大阪桐蔭はくじ運の悪さを一気に解消できることに。大会で一番最後に試合に登場したため、勝ち上がると毎日のように試合があり投手の調整に苦労する状況だったのに一番の優勝候補の不安要素がこれで一つなくなった。私は九州大会優勝の九州国際大付属に期待しているがここは厳しいゾーンに入っている。神宮大会準優勝の広陵にはかろうじて勝ったが次は浦和学院と手強い。まあ甲子園はくじ運も実力のうちってか。

気がつけばネット麻雀天鳳を1週間近くも打っていない。今年に入って毎日のように打っていたのに七段に落ちて少し気が抜けた。サブアラド六段が七段に迫っていると聞き・・あれ?昨日から今日にかけて7、8回もラスを喰らっている。2000P以上あったポイントも1200前後に落ちて六段の基準点にまで落ち、これじゃー上を目指すどころじゃない。ははは、まだ七段は早いのよー、出直して来ーい(笑)。

ノートパソコンを前に疲れていたのか、結局また打つこともなくそのままテーブルの前にうつ伏せ寝してしまっていた。

2022年3月25日金曜日

昼は外来忙し、夜は送別会

最近の外来は割と忙しくなかったのに、今日はまあ次から次へと重症感のある患者が多くバタバタだった。心窩部痛や嘔吐があればそりゃ検査はしないといけない。そんな患者が数人いた中に、近医からの紹介状を持った初老の女性が来ているという。朝、急に胸痛、背部痛を生じたのだと。ここに来てまた少しやっかいな・・と思ったが、その発症の仕方に嫌なものを感じ、診察前にすぐに採血、心電図、胸部CTレントゲンを撮るよう指示した。順に問診、診察してから検査というヒマはないのだ。

消化器症状を訴える患者のうち2人はどうも胆石がらみで1人を外科に診てもらうよう頼み、貧血の患者は上部消化管は特に問題なかったので次回大腸内視鏡を指示したりしていた。先の胸痛患者は心電図や採血では特に異常なしというのは合間にチェックしていた。となれば・・するとすぐにレントゲン技師から連絡が入った。「先生、解離があります」「やはり」話を聞いた時から危惧していた胸部大動脈瘤解離だったのだ。

そうなるとここでは治療は出来ない。鹿児島市内の天妖怪病院に頼むとすぐに受入OKで救急車で送った。大動脈の解離の度合いは緊急手術をするほどではないように思えたが、「そこは造影CTまでしていないので判断できない」とだけ伝えた。時には造影までして転送することはあるのだが、それより早く専門の病院に診てもらうべき状況だった。

朝からの重症患者さんらもどうにか指示を出し終え、残ったのは中年男性患者のみ。胆石と胆嚢炎と診断し入院を勧めたのだが、どうしても入院は出来ないというかしたくないという。明日「娘の卒園式がある」からなんだそうだ。え、あなた、高校生じゃなくて幼稚園生の娘がいるのと少し驚いた。可愛い娘の晴れ姿をいっしょにという気持ちは分からないでもないがねえ。データや画像からすれば入院がベターだが痛みが軽減していて食事を摂らずにおけば一晩くらいは大丈夫かも。しかし3ヶ月で3回目の心窩部痛となると手術も念頭に置かねばならない。さんざん注意して抗生剤点滴もして帰すことにした。ふう。

途中遅い昼食を摂っただけで休み時間なしだった。まあ、夕方16時台に20分くらいうつ伏せ寝が出来たのは良かった。このくらいのうたた寝が返って疲れが取れる。

夜は青雲会病院敷地内のイタリアンレストラン「ダ・クオーレ」で今年度で転勤となる3人のDrの送別会だった。実はこのうちの眼科のもっとせぇDrと歯科口腔外科のよしこうDrは歓迎会も行われていなかった。内科のコジロ女史も一昨年赴任半年経っての歓迎会が1回あっただけ。コロナ禍の中では仕方なかったことで、今回も参加は強制ではなく、Drの半分ほどは不参加だった。歯科のよしこう先生とは2週間ほど前に銀歯の一件で診察をしてもらったが、眼科のもっとせぇ先生とは赴任して1年、ほとんど接触する機会がなかった。↓まだ30代の若い先生だ。送別会が初めてお話しするチャンスだったとは・・。

聞けば姶良に1年住んで住みやすいし、仕事の上でもまだ青雲会にいたかったらしいが、他眼科Drの都合で前任地だった垂水にまた行かされることなったのだとか。ほう、垂水と言えば「内科のカピバラDrもいるはずだが」と向けると「ええ、知っています」と答えるではないか。「ただ、あまり話をしたことはなかったです」と。「同級で同門、青雲会病院に行ったと言えばきっと『こてる先生』のことだと分かるはずよ」と教えた。ついでにカピDrが読んでいるであろうこの「こてる日記」も20年続いていると教えたら「へーえ」と驚いていた。

コジロ先生は小学1年の娘も会に連れてきていた。二人の子持ちで研修、地域枠の赴任と大変だったろう。それも4月から赴任義務が外れ大学病院が主な勤務先になる。ただ、週1はうちにも来てくれるのは有り難い。よしこう先生はなんと富山の高岡の病院に勤務することになったそうだ。「高岡って行ったことがある?」には「いいえ全然」だそうで、1回だけ富山に行ったことのある私のほうがまだ縁がありそう。彼もまだ30歳になったばかりでまだまだこれからだ。みんなの将来に幸あれ!↓上コジロ、下よしこうの両先生。


2022年3月24日木曜日

Mノ下歯科クリニックへ

今日は午後から年休で半休を取らねばならなかった。年間最低5日間の年休が義務づけられていて、私のを調べるとあと半日足りておらず、今日が年度内のラストチャンスだった。

この空いた時間を利用して、この前外れた銀歯の治療をMノ下君のところに予約しておいた。約束が16時過ぎで少し時間が余り、オマルさんと碁を一局打ち、見事に負かされてから吉野台地にあるMノ下歯科クリニックへ出かけた。彼のクリニックへ行くのはもう15年ほど前以来だろうか。区画整理の後に建て直してからは初めてだ。

15時45分頃には着いて、受付に行くと「保険証を」と言われハタと困った。私、保険証を提出するという行為はそれこそ10何年したことがないんだ。医療は自分のところの病院でほとんど済むため使うことがなかった。歯科も以前は簡単な処置は病院でしてくれたが、最近は本来の歯科口腔外科の仕事が多く、診察のみで「紹介状を書いておきますから後の治療は近隣の歯科で」と言われたのだった。保険証はカールに電話しLINEでの画像転送で保険証の写真を見せたらそれでOKだった。やれやれ。

歯科レントゲンを撮って、その後診察、衛生士の処置などしてもらい、銀歯だけでなくもう一つの歯も治療しないとやばいということで2本を可能な限り処置してもらった。私以外にも患者さんがいるので休憩を挟みつつ、かなり長くクリニックにいた。ま、待っている間はスマホで韓ドラの「神様がくれた14日間 (2014/SBS)」を視聴したりして過ごした。こんな時、スマホってほんといい。だから、待合室で電車の中でカフェでみんなが下向いてスマホいじっているのを、呆れたり非難したりは出来ないのよ。こんな便利なものがあったら誰だってそうなるよネー。↓は型取りの最中にパチリ。
治療が終わったのはなんと18時40分ごろで3時間もいたことになる。でも、1週間後にまた来ればそれで終了だという。良かった。今日は時間が掛かったけれど計2回で済むなら有り難い。歯科ってちょこっと処置して5回も10回も通わされるイメージがあったから。あと、Mノ下クリニックは換気にえらく気を遣っているのがよく分かった。ブースごとに扇風機が3台から4台も回っているんだ。Mノ下君に言わせると「ちゃんとした換気出来る器械より安くて見た目もいかにも換気に気を遣って見えるでしょ」と。数が多いんでスイッチを入れるのが大変なんだって。
春分の日も過ぎ日が長くなった気がしていたが、外はすでに真っ暗だった。ふう。余裕のある時に受診してよかったと思ったことだった。

2022年3月23日水曜日

大島高校に必要なもの

昼休みにセンバツ高校野球の鹿児島の大島対明秀日立の試合を見ていた。大島の大野稼頭央投手はやや球が上ずりながらもいい球を投げていた。なるほど、地方大会を勝ち上がって来ただけのことはあるなと思えた。1アウト満塁時のスクイズもトス送球でアウトにし2死、ここをしのげれば今度は大島にもチャンスがーと思ったら四球で1点献上だよ。まずいと思ってたらすぐに外野が普通のフライを目測誤ってポトン、さらに2点献上で3ー0になった時点で「これは負けだな」と思わざるを得なかった。

鹿児島、特に奄美地域ではかなりの盛り上がりで夕方のローカルニュースを見てもその様子がこれでもかと出ていた。その後も外野のミスで相手に加点され、大差になっても「まだ逆転できるーっ」と諦めきれない発言もあったが、さすがに空元気だろう。地方のさらに離島でのハンディがあんなイージーミスを引き起こしたと思われる。大島は後半は相手を0点に抑えたし、実力的には1勝くらいは出来ると感じさてくれたが、甲子園で今後勝っていくにはまだ場数が必要だろう。

今年のセンバツ特集号雑誌でも大島は一番記事内容が多く、大注目だった。少なくとも実力で甲子園にやってきたのは本当にえらかった。できれば夏も再登場してくれたらと思う。負けはしたが応援したくなるチームだったよ。

2022年3月22日火曜日

雨の高速、事故注意

週明けの火曜日、いつもより早めに家を出た。高速に乗る前だった。サブアラドDrから電話が掛かってきた。

「今な、高速道路なんだが、後ろの軽トラがふらふらしてガードレールにぶつかって道路中央に止まっているぞ、気を付けろー」「バックミラーから見ていたんだ」「たった今だった。場所は北インターの料金所に行く前の坂道だっ」 「雨のせいでスリップしやすいぞ」

もしこの事故で大渋滞が1時間も続くようなら高速を直前回避する手もあった。しかし一般道に回れば朝礼どころか通常業務にも遅れそう。忠告有り難いが、ここはそのまま突入じゃー。

高速に入った時点では車は普通に走行していた。しかし料金所近くの坂に近づくと少しずつ渋滞の雰囲気だ。サブアラド情報で事故のせいと分かっているので慌てない。ちょっと先に事故車が見えてきた。私はデジカメを構え事故車を遠くから撮った。

このまま真っ直ぐ進むとぶつかるので一般走行車線に寄らねばならない。見ると警察はまだ到着していない。反対車線からパトカーが向かって来ていた。事故軽トラの側を通り抜ける時、割れたガラスをバリバリ踏む音がが聞こえ、いい感触ではなかった。もしパンクでもしたら・・。サブアラドDrから状況確認の電話がまた掛かってきたので「やっぱり事故っていたよ。散乱物踏んでパンク心配だー、そうなったら踏んだり蹴ったりだわー」と返事した。その間隙を縫ってモニター確認もせずに↓はパシャ!

ただまだ警察が来る前だったのはちょいとラッキーだった。というのも少し遅れて高速に入ったたつやましたDrや山守Drなどは警察の誘導のため大渋滞に巻き込まれ、「仕事に間に合うか気が気でなかった」んだとか。

「雨の高速、事故注意」鹿児島での九州道では標語になるくらいよくある光景であった。(写真撮っているあなたこそ注意よ、とも言われそうだが・・)

2022年3月21日月曜日

実家の枇杷に圧倒されて

春分の日、チッチを空港に送ってから私たちは田舎へ向かった。途中、施設入所のあこネーサ母への面会を希望したが予想通り断られてしまった。せめてガラス越しでもも叶わなかった。まあ、会えても私たちのことを誰だか分からないのだが・・。

実家に行くとチエコンさんはいて、家を開けてもらい線香を上げた。「昔の旅館のが出てきたので置いてます」と「みしま荘」のマッチ箱が仏壇に置かれていて懐かしく眺めた。

私は小学1年生直前から大学卒業、結婚するまでそこで過ごした。売りに出ていた割烹旅館を買い取ったものだったので、親からは「将来は旅館を継ぐのだぞ」ではなく「旅館は継がず医者か歯医者になれ」と言われて育った。弟が歯医者を開業して今の地に移ってから間もなく、親は旅館を売って弟の歯科医院の隣に引っ越した。売られた旅館は平成10年に取り壊され、今は跡形もない。天文館に行ってたまに近くを通るが、うちだけではなく周囲も人や家もほとんどなくなったので懐かしさはあまり感じられない。みしま荘の思い出はほぼ私の昭和時代と重なる。昭和は遠くなりにけり、だ。

外に出てみると、裏庭にサワーポメロの木と枇杷の木があって、ポメロはすでに実はないが、枇杷はもういーっぱい鈴なりに成ろうとしていてびっくりした。今年の我が家の枇杷はさほど実の付きが良くなく、それとの差に驚いた。


チエコンさんによると「全く世話をしていない」とのことだが、実の付き具合や数の多さなど圧倒的だ。
下が昨日私が自宅庭の枇杷を摘果したもので上の実家の枇杷と比べようもない。
そもそも勝手に生えてきた木で特に肥料も与えていないそうだ。裏庭は昔父デンコーが畑にして野菜を作っていたところだ。もともとの土壌の差がこれだけの差になったんだろう。いや、うちの枇杷は味だけは市販のもの遜色ないほどだ。うん、量では負けるが質で勝負だぜっ。

この後、車で移動し、墓参りをし食事をしてから帰宅した。その後は安定のゴーゴー昼寝。センバツ甲子園もわずか数分で寝落ちしどっちが勝ったのやら・・。

2022年3月20日日曜日

「『させていただく』の使い方」

南日本新聞の書評に興味あるタイトルがあった。

「『させていただく』の使い方」(角川新書)

著者は法政大学教授の椎名美智という女性である。元々は英語学が専門ということだ。

「させていただく」という敬語を使われたある高齢男性が「失礼だ」と怒った場面を目にしたのがきっかけで「広く使われる敬語なのに時にいんぎん無礼にも感じるのが謎で調査を始めた」んだそうだ。この言い方は19世紀後半ごろから相手に許可を求める文脈で使われ始めたが、爆発的に広がったのは1990年代以降で、確かに私が学生の頃まではあまり聞いたことのない言い方だ。ちなみに私はずっと違和感があり、今まで1回も使ったことがない。著者はどんな動詞にもで付けられる簡単さと、自分が勝手にする行為でも「相手に配慮している」意味合いが込められるため人気を集めたとみているそうだ。そうそう、相手への敬意より、話し手自身の謙虚さ、丁寧さに力点が置かれているんだ。だから先の高齢男性は怒ったのかもしれないし、私も使う気になれないのか。

著者は言う。「万人が平等な民主社会に合った表現ですが、相手の配慮のあまり、人間関係の距離が遠くなりすぎると感じます」そして、敬語には頻繁に使われると定型化し、敬意がすり減る「敬意漸減の法則」があるため、より丁寧な言い方を探し新たな表現が登場するんだとか。恐ろしいことに最近は「させていただいてもよろしいでしょうか」とか「させていただいてございます」なる言い回しが聞かれだしているという。

いやはや。

2022年3月19日土曜日

雄川の滝へ

今日は家族とドライブに行く、これは最初から決まっていた。で、行き先は?

いつもは迷うところだが、この2年ほど毎回候補に挙がるのが大隅の「雄川の滝」だ。2年前の秋は行きかけるも志布志でパッチンエビを食べるというもう一つの行き先に間に合わないとのことで断念したのだった。チッチも「大隅にはほとんど行ったことがない」というので、よし、雄川の滝で決まりや。となれば遅くならないように午前7時台には出発だ。

垂水フェリーにするか東九州自動車道かと検討していたら、高速が一部区間が通行止めかもとの情報があり、フェリーにすることになった。しかし垂水は待ち時間がやや長くなりそうで桜島フェリーを利用することになった。後から考えても自宅からはそれが一番時間ロスが少なく正解だった。桜島も今はあんまり爆発してないしね。↓錦江湾には潜水艦も停泊し、艦上には船員らが立っていた。また、前日が雨だったせいか、空気が澄んで対岸の開聞岳がくっきりと見えた。

垂水に入ったころ、サブアラドDrから電話が掛かってきた。彼は通勤途中で特に用事はなくいつものダベりだ。家族ドライブだと伝えると会話が弾んだ。「滝を見たら食事はどこでするんだ」の話になって「とんかつの竹亭はどうだ」とか肉系を勧めてきたがカールとチッチが「魚がいい」と言う。そんなおり、鹿屋との分かれ道で「みなと食堂」という看板が目に入り「帰りはそこにしよう」となった。サブアラドDr、「ふーん、そんなら写メ送ってー」で電話は終わった。

雄川の滝って旧根占町現錦江町にある。少し奥は旧田代町でずっと昔に週1回通勤していたことがあったので実はよく知った道だった。ただ田代に行く前に右折しないといけなく行ったことはなかった。幸い看板が出ていたので助かった。その通りに進むと道がかなり狭くなる。カールが友人から「車が多いと絶対Uターンできないから注意して」と言われたとおりで運転には少し注意が必要だった。奥の方に駐車場が整備されていて車も10台ほどすでに駐まっていた。最近はちょっとブームが落ち着いたのかな、混雑していなかったのはよかった。

さて、滝は駐車場から遊歩道を歩いて1.2kmあり、入口には「脱水に注意」の看板もあった。帽子と水分は持参しておいたほうがいいかも。ただまだひんやりした気候だったので、今日はどちらもなくても我慢できた。ちょっとした渓谷を歩いているとすぐに上に大きな橋が視界に入ってきた。瀧見大橋っていうんだそうだ。雄川の滝展望所は実は2ヶ所あって上流側はまた別になるので注意が必要。歩くのが少し大変だが滝つぼや大橋も直接見られるのでこちらがお勧めだ。

少し汗をかくくらいに進むと滝つぼが見えてくる。あのNHK大河ドラマ「西郷どん」オープニングで有名になったエメラルドグリーンの・・あれ?そんなに色合いがブルーやグリーンぽくないぞ。
いや、これは時間帯が今一だったようだ。逆光になって崖に陰になり暗いのだ。滝の水量は前日雨だったにも関わらず適量で良かったのだが・・。ネットで調べると↓上は条件が良い時の滝つぼでとってもきれい。下は大雨時の大水量の滝でこれは色合いは落ちる。
ちょうど展望台にいると、チッチが「あの3人、いかにもユーチューバーって感じ」という男性グループがいて、みんな似たような服装でビデオ撮影をしていた。駐車場に戻ってくると、「YouTube日本一周 登録者1万人いくまで帰れません」と書かれた沖縄ナンバーのワゴン車があってやはりそうだった。わざわざ沖縄から来ているのかと思っていると、そのうちの一人に話しかけられた。
実はみんな大阪出身で30歳になろうという同級生で、それぞれ違う仕事をしていたが沖縄で仕事していたのをコロナでうまくいかなくなってYouTube立ち上げ日本一周を始めたという。「あいじゃぱ」の名前で検索すればたどり着けるんでぜひチャンネル登録をとのことだった。はい、これもなにかの縁、さっそく登録しましたよ。昨日は佐多岬に行っていたんだね。https://www.youtube.com/channel/UCqu-7t1O6sRYBcB6OJF-Okw/featured

そのまま寄り道はせず鹿屋の海岸沿いにある「みなと食堂」に向かった。11時過ぎに着いて入ると開店直後だというのにかなり客が入っていた。人気なんだ。養殖カンパチをメインにした料理で一番のお勧めの「アカバラ丼定食」を頼んだ。意外にボリュームありこれで1300円。人気出るのも分かりますー。

さて、帰りだが、せっかくだからと錦江湾奥を通って国分から高速に乗ることにした。で、運転中、またサブアラドDrから電話があった。今度は仕事帰りの車中からで霧島から下りて空港から高速に乗るという。で、もしかしたら桜島インターに着くのがいっしょくらいかもと話していたら5分くらいのズレはあったがサブアラドDrが休憩して待っていてくれた。あはー、いたよ。
チッチはサブアラドDrとは「頑張っているみたいだね」「ええ」と高校卒業前に進路のことでサブアラドファミリーと会食して以来の出会いだった。いやいや、景色とともにサブアラドDrとの会話&出会いが思い出になりそうなドライブだったわー。

2022年3月18日金曜日

ゲンちゃんはなんにも考えなくていい

オマルさんとの囲碁互先局は私の黒番、序盤劣勢もオマルさんの攻めすぎから逆転し、今度は間違わないよう慎重に打ち、中押(ちゅうお)し勝ちした。ふふ、これで五分でやっていけるワイ!

麻雀はといえば、ネット麻雀天鳳で一時九段を狙える位置にいたが徐々にラスを取る半荘が増えて、あと2回ラスを引けば八段を降段するところまで落ちてしまった。サブアラド六段はあと5回くらいトップを取れば昇段しそうで、そうなると来週あたりお互いに七段・・てなことになりそう。たつやました四段は1月下旬から再浮上を目論んでいたが昨日やっと五段へ戻って一息ついた。

昼休み、今日勤務のたつやました五段とサブアラド六段の天鳳を観戦した。彼は昼休みにはだいたい天鳳打っているからね。ハハハ、結果はビリ。1600P台に落ちて七段は少し遠のいた。まだ早いのよー、鳳凰卓復帰は。

家に帰ればゲンちゃんが行儀悪くテーブルの上で寝そべっていた。カールがお腹ナデナデしてあげるとまあ仰向けで気持ちよさそう。ゲンちゃんはなーんも難しいことは考えないで生きていけばそれでいいから〜。でも、その後はどっかと構えてお邪魔ネコになってたネー。

2022年3月17日木曜日

互先初対局&薬を鳥に行く

今日のオマルさんとの対戦は互先(たがいせん)になるのは前回書いたとおりであるが、なんとオマルさん、私に「握り」をするよう言ってきた。これは先手後手を決める方法で、私が相手に分からないよう黒石を何個か握り、それをオマルさんが奇数か偶数かを当てるのだ。当たったらオマルさんが先手、外れたら後手になる。プロがやる方法といっしょ。ただ先手は本来有利なので後手にハンディを付ける。これもプロ同様6目半設定で先手は7目以上勝たないと勝利とはならない。

で、結果は私が後手になった。なんと、オマルさん相手に白を持つことになろうとは。ちょっと感慨深い。負けてもともとのつもりで打った。序盤はオマルさんの攻勢を受けるも上手く外に脱出し事なきを得た。しかし白石6個が孤立し大きく丸め込まれた。うーん、大差で負けそう。しかしオマルさんて攻めっ気が強すぎる嫌いがあり、さらに私を攻めて来てそこに落とし穴があった。私の大石は眼がなくなったものの包囲しているオマルさんの石にほころびがありう大石同士の攻め合いになった。そこで私が攻め合い勝ちが判明しそのまま終われば大差で逆転勝ちに終わるはずだった。

しかし今度は私が同じようなミスを犯してしまう。オマルさんの石が二眼出来ないように仕向け、「へへ、この石も取れる」と手を進めていった。その石も取れそうと思っていたところ、「あっ!」となった。ダメ詰まりでその前に包囲していた私の石の一部が取られになった。逆に取っていたはずのオマルさんの石が復活し、こうなると全軍破壊、私は投了せざるを得なくなった。↓ピンクの白石が敗着。白丸のところに打って白石をつなげておけば黄色丸の黒石全部が取れていて大勝ちだった。この後白丸のところに黒石が打たれ、左の白石4子が取られ私の投了となった。はぁー。お互い様だが最後にミスをしたほうが結局負けとなるんだ。

ギボヒサコが久しぶりに青雲会病院受診した。チッチがいたので施設からの移動がしやすかったのだ。外来待合で4人で写真も撮ってもらった。直前まで外していたマスク外して、はいポーズ。↓。

処方した薬は私が後で薬局に取りに行った。帰りがけ、思川の野鳥を観察しデジカメに撮った。カモや額の白い黒い鳥など川面で泳いだり水浴びをしていた。

黒い鳥の名前は何ていうのだろう。今日は以前見たカワセミはいなかった。なんか野鳥観察って面白い。ふーむ、私がダイボDrみたく野鳥観察にも興味が出るとはナ。

2022年3月16日水曜日

「鎌倉殿の13人」に望遠カメラマンが!

私はあまり見てはいないが、カールは日曜のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を欠かさず見ている。そんな大河ドラマで放送事故と言えるほどのもの分からぬが、スタッフ写り込み放映事故があったという。時代劇に望遠カメラを写している人がいるというあり得ない映像がそのまま放送されたらしい。そんなことを聞けば普段みない私もチェックしたくなる。何度も書いてきたが番組は東芝REGZA自慢のタイムシフトで全録されているのですぐに録画を開き、その場面を見てみた。

どんな場面かというと、上総広常(佐藤浩市)が佐竹義政(平田弘明)を切り殺し、それを合図に北条義時(小栗旬)ら源頼朝軍が佐竹軍に突入する場面で、義時が先陣を切って駆け込む際、義時の後ろに一瞬だけ白いものが映りこんだそうだ。しかしー、分からない。言われて見てもまず分からないレベルの映り込みだ。そこで一時停止にし、コマ送りにして見ると、そこには望遠カメラらしきもの(白いからCanonだろう)を構えたマスク姿の男性が確かに映っていた。いやー、よう気づいたわ〜。
動画も出してみよう。左上のカメラマンがいるだろうと思って見て欲しい。たぶん気づかない。そのレベルの放送事故(?)だ。
まあNHKも謝罪するほどのことでもないだろう。韓ドラで言えば、あの「冬のソナタ」の次回作「夏の香り」で主人公ソン・スンホンとソン・イェジンが川辺で触れ合うシーンで画面上部に音声マイクがきれいに映っていたのにそのまま放映されていた。ちょっと興ざめするほどで彼の国のドラマ作りが放送に押されやや雑な面があるのだと認識したことだった。

13日の放送では映り込みがあったが、19日の再放送ではちゃんと修正されて放送するらしい。どうせならミスのあったほうを見たいよね。こんなことでも話題になるほうが放送側にとっては嬉しいはず。うん?NHK放送スタッフ、分かっててやったんちゃう?

2022年3月15日火曜日

いよいよ春か

今日は仕事終わりにオマルさんと打った。私の先(せん)である。オマルさんとの碁はたいてい石の取り合いになる。オマルさんは石を捨てたがらず、私から見ればカス石に近いのも助け出す。そのためさっさと店じまいすればいいのに相手にチャンスを与えることも。今回も私の不利な状況から逆にオマルさんの大石を取り大差になった。そこで金持ちケンカせず、後半は左下の碁盤1/4ほどをそのままオマルさんの地にさせ、終わって地を作ると私の10目勝ちだった。よしよし、そろそろ互先(たがいせん)も近い。ほぼ対等の立場になれそうだ。そう、ほくそ笑む私であった。

昨日に引き続き今日も暖かかった。とても3月とは思えない陽気だ。ただ帰り道の姶良上水流付近の花(いつも咲き誇るのを楽しみにしている)は去年より咲くのが遅いようだ。去年の3月11日はすでに花が芽吹いていたが、今年3月14日に撮ったものでは全然花は付いていない。それはなぜのかよく分からない。桜の花も鹿児島は福岡や東京よりもいつも咲くのが遅いがそれもよく知らない。

↑2021/3/11、↓2022/3/14

しかしもう春だ。そして、オミクロンのコロナも1月の段階で私は春3月末には収束するだろうと思っていたが、まだそう言い切れる状況にはない。パンデミックの春はまだもう少し先のようだ。

2022年3月14日月曜日

オマルさんに感謝&イ・ユリ「嘘の嘘」

先週末、またオマルのじいさんが入院して来た。昨年もあったが奥さんを介護疲れから救うためのレスパイト入院である。で、私が午後から当直明けの半休とあらば当然ここは囲碁の対戦となる。私は迷わず2子を置いて対戦したが、よく考えれば一時私の定先になっていた。それでいい勝負だったはず。ながらく2子で打ってきたので今回も2子と勘違いしていた。それゆえ中盤でオマルさんの石を取ってからは私の優位な展開になり、後は多少の地は与えても余裕で勝てる状況だった。しかしオマルさんは狙う碁なんだよねー。二度ほど危ない場面を作らせてしまった。そこをどうにかしのぎきり、50目ほどの大差の地合差で勝った。

すると、オマルさん、「次は(こてる先生の)先だっ」とハンディを減らすよう言ってきた。ふむふむ、そう来なくちゃ。え、オマルさん、今年1月で90歳になったの。ひえーすごいねえ。年取って体はあちこち悪くても私より囲碁は強いんだ。オマルさんと打ち始めて丸5年、最初は5子のハンディから始めてすぐに4子へ、そして3子と2子の時が長かった。ようやく定先が定着と少しずつ私も強くなっている。そう言えるのはオマルさんのおかげと言っていい。

最近はオマルさんが退院する時にいつも「これで(碁を打つのは)最後かな」と思うのだが、半年もしないうちにまた入院してきて打つ羽目になる。いや、オマルさんがいなければ私の囲碁人生はずっと空白が続いていただろう。20年ほどの空白を埋めてくれた囲碁大好きおじさんに感謝をしなければ。

さほど期待しないで見始めた韓ドラ「嘘の嘘」(2020年チャンネルA)は存外面白く、UーNEXTのポイント1話220Pを使いまくって全16話中すでに6話まで見ている。復讐ドロドロドラマの女王イ・ユリが、覚えのない殺人容疑で刑務所にぶち込まれ、出産もしたが、その娘を財閥の義母にだまされ奪われてしまう。10年経って出所後、養女に出された我が子に近づくため養父に取り入り実母なのに養母になろうという少し斬新な設定、そして義母への復讐をするといった内容だ。前回の「調査官ク・ギョンイ」に比べればよくある設定だがこっちの方が面白い。

イ・ユリって確かにこういった不幸のどん底から這い上がって復讐に燃える役が合っている。彼女の代表作は「福寿草」(2012年tvN)と聞いていてこれがそのパターンらしい。病院外来のオダユリNsも「ハマって見てしまい、寝不足になってからだ壊しそう」だったそうだ。ただコワいのは1話30分で全108話もあるいう点だ。実質54話と長すぎる。オダユリNsの話も冗談では済まされないわ。ともあれここ数日はイ・ユリの活躍から目が離せない!

2022年3月13日日曜日

恐怖の一言「ここ、私の部屋なんだけど・・」

昨日のフジTV系列のドッキリグランプリで新しいネタが披露され、これがよく出来ていて大いに笑った。

ターゲットはあまりブレイクしていない女性アイドルグループで「恐怖の都市伝説ドッキリ~ファンからのプレゼント~」というタイトルだ。内容はファンから送られてきた1枚のDVDを巡る恐怖の都市伝説をネタにドッキリを仕掛けるというもの。DVDを付けるとウサギの被り物をしたたぶんオタクらしき男性が部屋にいる。それだけでもなんだか怪しいが、実はDVDを見ているメンバーの中に一人だけ仕掛け人がいて、彼女がここで恐怖の一言を発する。

「ちょっと待って。ここ、私の部屋なんだけど・・」

これを受けて人気アイドルたちは完全にパニック状態。さらにこのウサギ男はアイドルのベッドの下に隠れてしまうのだが、そこに当のアイドルが帰ってくる。無論ベッド下に侵入者が隠れている素振りを仕掛け人アイドルはいっさい見せない。あらんことか、そのままベッドに寝てしまうのだ。
メンバーたちは「なんで寝ちゃうの」「気づかなかったの」と仕掛け人に問いかけなどするがDVD画面から目が離せない。さらにこのあとクライマックスの行動をウサギ男は取る。ベッド下から抜け出てビデオカメラでアイドルと自分を映しつつ画面に向かって片手でカウントダウンを始めるのだ。「5、4、3、2、1・・」
アイドルたちの緊張と恐怖がマックスになったその時!画面ではなくアイドルが囲むそのテーブル下に潜んでいたウサギ男が板壁を破ってバーンと目の前に登場・・絶叫!転倒!逃走!号泣!仕掛け人以外のメンバーはみんな椅子からひっくり返った。キャハハーッ。よく練り抜かれたシチュエーションだ。笑った笑った。
しかしこの後、番組スタッフから「『ドッキリGP』です」と告げられると、メンバーは狂喜。そのうちの一人は「夢がかなった。ドッキリに引っ掛かるのが夢だった」と感無量の面持ちだ。
TVのゴールデンタイムにドッキリを仕掛けられるってだいたい有名芸能人に限られる。彼女らにしてみればそうなんだろう。昔、AKBのメンバーたちはしょっちゅうどっきりに掛けられていたので、何にもない部屋でも「これ、何か(どっきりの)仕掛けあるんじゃない」って壁を探ったりする疑心暗鬼な態度が映し出されるくらいになっていた。うん、今回はまだ初心(うぶ)さが残る地下アイドルをセレクトしたのもスタッフの勝利だったね。

こんな面白いのをやってくれるとドッキリも毎回見ちゃうよ。よろしくフジTVさん!