結局は飼えない運命の子猫、それがゲンちゃんだ、仕方なかったのだと思いつつもカールは大丈夫だろうかと気にかけていた。
いなくなって丸1日も過ぎ、夕方そろそろ子どもや夫が帰ってくるころ、ピンポンとチャイムが鳴った。出てみると、一昨日テルにゲンちゃんを預けた友だちユンバー君だった。なんとゲンちゃんを抱っこしているではないか。
「(スーパーの)ええコープにこの子猫がいたんです。この前テルに預けた猫に似ているのでそうかなと思って・・」確信は持てないようであったがテルから行方不明と聞いていたのでそうかもしれないと思っていたようだ。
わー、ゲンちゃんだとカールは嬉しかった。でも「うちでは飼えないのよ。セージが猫の毛にアレルギーが出て痒がるの」と断らざるを得ない。ただそう言いつつも抱っこしてなかなかユンバー君に渡そうとはしなかった。彼も自分の家には犬がいて飼うことはできないと言う。結局「動物病院にでも預けてみます」と言って持ち帰ってもらった。
私はゲンちゃんが無事であったことにほっとし、たまたまユンバー君が見つけ連れてきた偶然に驚き、それでもサヨナラしたことにかわいそうな気がした。カールもアイロンがけしている最中も「ゲンちゃんどうしているかなぁ」と幾度となくつぶやいていた。
夕食済ませたチッチは天秤座公園に運動会の練習に出かけた。100m走のクラス代表選手に選ばれているけど陸上部の連中など速いライバルが多くみじめな結果に終わりたくないからだとか。運動会やロードレース大会前は他の友だちも公園に練習に来るらしい。
私は床でゴロ寝しカールはアイロンを続けていた。うとうとして30分くらいは経ったろうか。突然、何か騒がしくなったと思ったら私の顔面近くに子猫が飛び込んできた。「ほらパパ、ゲンちゃんだよ」とチッチの声。うわっ!
何と何と、チッチは走りの練習が終わったころ、友だち連中が集まってワイワイしていたので覗いてみると、そこにいたのは何とゲンちゃんでみんなにいじられていた。「あ、これうちにいた猫だ」と言ってもみんな疑惑の眼差しだったらしいが、チッチはこれはもう連れ帰るしかないと思ってそうしたんだと。(ユンバー君、あとで聞けば動物病院は閉まっていて仕方ないからと天秤座公園に捨てたんだそうだ)
これでカールは腹を決めた。三度も捨てられいなくなってもうちに来たということはもう運命なんだわ、これは飼うしかない。セージの問題や世話を焼く面倒はあるがそうする運命なんだ。
私もそう突きつけられると仕方ないと思った。チッチが小さな煮干しをあげるとむさぼりつくように食べ、よほどお腹を空かしていたのだろう。時刻は午後9時過ぎでホームセンターの「ニシマタ」はまだ開いている。カールを乗せて猫用トイレやエサそのたひとまず飼うのに必要なものを買いに行かせた。私は何を買っていいか分からないので駐車場で待機だ。
何やかにやで5千円以上かかったらしい。魚のルアーのような猫じゃらしもどきや咬むだけでいい歯磨き、猫用シャンプー&リンス、のみ取り首輪もあり私にはへーえと感心するものばかりだ。
帰宅して早速チッチに風呂場でシャンプーをさせた。猫用タオルを決めカールが拭いてあげ、それから猫用エサを食べさせた。一応食べ始めるも先程の煮干しですでに満たされたのかあまり食べなかった。トイレに入れてあげるとそこでちゃんとウンコし砂利をかけ隠した。ふーん、ちゃんと出来るんだね。
その後はチッチやカールが抱っこしたり、私は写真を撮ったりで、猫かわいがりだ。そして首輪には連絡先を記入させた。また飛び出して行方不明になられては叶わない。
セージやテルも帰ってきてびっくりし、そして飼うことには異論はないようだった。ただセージはもっと格好いい名前はないのかと言っていたがもうゲンちゃんで決定だと突っぱねた。ギボヒサコも事態を受け入れ、運命の子猫ゲンちゃんは今日家族の仲間入りをした。
やがてゲンちゃんの動きが緩慢になり猫じゃらしにも興味を持たなくなり眠そうにしていた。そのうち本当に眼をつむりくるっとして寝てしまった。やはり相当疲れていたのだろう。捨てようとしていたおもちゃ入れのカゴがありそれを寝床にした。今、日付が変わりそこにすやすやと寝ている。ただ物音立てるとチラッと眼を覚ますがまた寝てしまう。安心して眠れるようにしてやりたいね。いやはや、それにしてもまさかこんな展開になろうとは・・。
昨夜、コンビニへ「遊び」に出かけて帰って来たテルがとんでもないものを持ってきていた。「かわいいだろ、飼いたい」と白と黒の混じった子猫を持ってきたのだ。これにはみんなびっくり。 コンビニで友だちが「中学校の近くで拾ってきた」と持ってきたのを、おバカでお調子者のテルはもらったのだと。まだ生後2、3ヶ月くらいだろうか。元気ですぐに家の中を走り回ってカールや子どもらみんなが見に来た。ミャーミャー鳴いて触っても逃げない。カールは「きっと飼われていたんだ。捨て猫だったらこんなになつかないもん」と家の中で唯一猫を飼った経験のあるところをみせた。セージは携帯で撮影を始めるし、カールは触りたがり、テルも同様。チッチは遠巻きに見ていた。私はデジカメで写真、動画ともに撮影した。でも、これだけははっきりさせねばと、「絶対に飼ってはいけないからな。元に返すかどうかしなさい」ときつく言いつけた。撮影はこの一件を記録しておきたいのと飼う飼わないは別にして子猫はかわいいと私も思っているからだ。でもテルはすぐに従わず、それどころかうるさいなという態度で、さらに「飼ったらどこにも行けなくなる」と口では言うカールも突き放す雰囲気がなく、このままでは成り行きで飼ってしまうのではという懸念が・・。テルは段ボールの箱に敷布を敷いてそこに子猫を入れ、飼うんだということをアピールしているようでもあった。
ただでさえ手のかかる人間の形をした猫3匹もいる我が家に4匹目も来ては世話が焼けすぎる。それに受験第一のはずの予備校生がこんなことにうつつを抜かすことへの失望感も伴って気分がぐったりとなった。急に鬱気分にさえなった。将来子どもらが大学や就職などしてさみしくなればペットを飼うもいいかもしれない。でも今のこてる家の現状では混乱の元になるだけだ。旗幟(きし)鮮明にせねば。
今朝起きると、すでに子どもらは学校に出かけていたが、子猫はやっぱりいてミャーミャーしている。ギボヒサコも見てどうするんかねぇという。彼女は猫を触ろうとはしない。飼う気は全くないようだ。カールが子どものころ、今回同様飼いたーいと子猫を家に持ってきたのを捨てて、帰宅したカールを落胆させたことがあったという。かわいそうでも飼う側の責任や面倒を考えれば仕方ないことだったろう。「絶対飼ってはならないからな。今日必ず家から出しなさい」私は言明した。カールの返事はあいまいだった。こいつどうする気だ。確かにポイッと捨てるのは出来そうもないが・・。
仕事中、この子猫のことが気になっていた。もし飼う羽目にでもなれば・・。どうもテルは飼う派、私とギボヒサコは飼わない派、セージ、チッチはどっちつかず派、カールは飼わないと言明しそのようにしているが本音は飼いたい派のようで、捨てられなかったら一悶着あるななどと思っていた。さらに、まだ飼っているわけでもないのにあの子猫の名前は付けるとすれば何と付けようと考えている自分がいた。テルはふざけてゲンノジョー(源之丞)とか言っていたな、ちょっとそれは言いにくいし変すぎる、縮めてゲンくらいか、元気な猫だったしそれがいいんじゃないか。
帰宅前にどうなったか家に電話してみた。半々の確率でいるかいないか・・。「それがねえ。ゲンちゃん、お外でトイレした後、いなくなったの。帰って来ない」とカール。実はカールも子猫の名前をゲンちゃんと呼んでいたのだった。この雨の中いなくなったと聞き、えっ?と驚き心配になった。あのギボヒサコも気になって近くを探したり、帰宅途中の小学生が喚声を上げるのが聞こえると「あら、子猫がいたのかしら」と気にかけているそうだ。追い出しなさいとは言っても小さな命が無事であるようにと人は思うものなんだ。「おしっこしたそうだったから庭に出すと自分で穴掘ってちゃんとしたのよ。また入ってきてお昼前にまた庭でおしっこしたとおもったら今度は戻って来なかった」そうだ。おそらく躾けられた子猫だったに違いないがいったいどこに行ったのか。チッチも帰宅早々「猫は?」と気になっていたし、テルもいつもより早く帰ってきて同じセリフだった。ただ落胆した様子はなく切り替えの早さはいつものテルそのものだ。
たった半日ほどなのにすでに情が湧いてしまう。カールはどうやらこれは飼う運命にあると思っていたようだ。それと夜に帰宅したセージが顔にかゆみを訴え、どうも猫アレルギーの症状かもしれなかった。数年前に田舎のヒトミンチョ宅で猫のみんとちゃんを抱っこして同様の症状が出たことがあった。
結局飼えない運命だったろう。私はこの結末で良かったと思った。