「消化器内視鏡」を専門とするDr.こてるです。
趣味のボウリング、麻雀や病院での出来事、家族の内輪ネタから時事問題まで
日々の徒然を「こてる日記」として、毎日アップしています。
2000年5月から開始し2015年5月分からブログに移行しました。
現在、おおよそ2日遅れでアップしています。
2026年10月5日月曜日
「知床のヒグマ」を見れば分からざる得ない
2026年10月4日日曜日
たとえ受賞予想が外れても
ついこの前の南日本新聞に今年のノーベル賞予想者の記事があった。日本人で受賞できそうな研究者たちがあれこれと紹介されていた。毎年のようにこうした記事が出るが受賞者が全く関係のないアメリカの研究者だったりするとこんな記事あったの?というくらいに忘れられてしまう。たまーに予想記事が当たることもあるがまあ10年に1回くらいなもので宝くじよりはマシかなぐらいだ。この日記がアップされる10月6日夜などは物理学賞発表の日だから↓に写真を載せておくので当たったか否かはすぐに比較出来るハズ。まあ当たるどころか研究内容の予想なども外れることがほとんどだって思っていた方がいい。
ええと、7日発表の化学賞はさらに地元鹿児島の南さつま市出身の堂免一成氏に期待かぁ。いや、予想記事だから景気のいい話題は外れたって構わない。ちょっと驚いたのは去年は医学生理学賞と化学賞で日本人2人が受賞していたってことだ。忘れていたし、誰が何の功績でって思い出せない。まあそれくらい日本人のノーベル賞受賞者は多くなったしね。それに引き換え、中国、韓国の自然科学分野での受賞者はまだいないんじゃないかな。韓国なんか喉が渇くくらいノーベル賞を欲しがっているからねー。11年前のこてる日記でそんな韓国や韓国人のことを話題にしていた(「2015年10月6日「韓国人はなぜノーベル賞を取れないのか?」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2015/10/blog-post_14.html)。しかし韓国オタクのYouTuberなんか「国民性からいって無理」って断言もしていたな。それは研究をしてノーベル賞級の成果が出たとしても「それを金儲けにしないのはバカだ」という国民性があるからだとね(YouTuber「カイカイ管理人」1年前の動画→https://www.youtube.com/watch?v=08O9G3aC8fs)。多くのノーベル賞受賞者らは研究をして社会に大きな貢献をしてもその結果大金持ちになっているというケースは少ないんじゃないかな。日本人なら自身が金を儲けなくても社会に貢献出来たら研究者として本望だと言う人の方が多い気がするが韓国人はそうじゃないらしい。
私は1980年代、ソウルで中学、高校に通った。今、振り返ってみると、学生時代に受けた教育は、ノーベル賞とはあまりに縁遠い気がしてならない。あのような教育を受けたら仕方ない、と思うからだ。まず、理科の授業。私は中学1年から高校を卒業するまで、一度も理科学機材に触れたことがない。教科書にはアルコールランプ、試験管、顕微鏡など、いろいろな機材が登場したが、全て紙面の上での「イメージトレーニング」にとどまっていた。使い方も含めた化学実験の方法などは、「体験」ではなく、全て「文字」としてだけ頭の中に蓄積されたのだ。
私は、日本で同世代の日本人に会うたびに、中高校時代の話を聞いてみた。すると、地域、学校による多少の差はあっても、ほとんどの人は多かれ少なかれ、実験、作文の機会はあったという。正直、うらやましかった。普通の日本人は、そこに大きな意味があると思わないかもしれないが、そこに韓国と日本の大きな差があると思う。学生時代に好奇心、興味、モチベーションを感じる経験の有無は、計り知れないほど大きいからだ。
2026年10月3日土曜日
ナ・リーグを制するチームはワールドシリーズを制す(はず)
今日は仕事がなかったのが助かった。風邪が昨日一昨日がピークで今日はなだらかによくなりつつあるってところだ。ただまだまだ元には戻っていない。
メジャーリーグも明日から地区シリーズでいよいよドジャースも登場する。今年はナショナルリーグを如何に突破するかが最大の焦点だ。というのも、ここ1、2年、メジャーのア・リーグ、ナ・リーグ間の実力差が目立ってきていて明らかにナ・リーグが優位に立っている。日本の場合のDH制やソフトバンクが所属するなどの理由から明らかにパ・リーグ優位がこのところずっと続いているの同じようにリーグ間格差があるんだ。すなわちナ・リーグチャンピオンになれれば、どのチームが出てきてもその後のワールドシリーズはほぼ勝てるぐらいのではないかというくらいだ。日本でいうセパ交流戦がメジャーではある期間だけではなくて開幕から終盤まで途切れることなく続くシステムになって4、5年経つのかな。ア・リーグとナ・リーグの各チームは年最低3試合どのチームとも対戦するようになった。そしてそれがリーグ間の格差を際立たせる要因になった。ア・リーグの話題は置いといて、まずは今年のナ・リーグだ。実はドジャースは早くも正念場を迎えているんだ。5戦で3勝先勝勝ち抜けの地区シリーズの相手アトランタ・ブレーブスは油断出来ない。ていうか残っているルウォーキー・ブルワーズ、サンディエゴ・パドレスの3チームともブルペン投手陣の防御率がリーグでベスト3に入っているんだ。ドジャースはブルペン陣が弱くリーグ7位くらいだったかな。ただ先発投手陣はドジャースは1位なんだが、2位3位あたりにこれら3チームがいるんよ。要するに投手力が強い4チームがしっかり残っているっていうこと。短期決戦のポストシーズンはまず投手力がものをいう。そこに打線がいかに乗って来るかで、現時点でドジャースが圧倒的に優位ではない。パドレスは9月に入って選手がそろい、5月まで冷え込みすぎていた打線が活発になってきて実際9月末の直近対ドジャース戦ではドジャースも勝ち越せなかった。ブルワーズなんか全球団で最高勝率だからね。剛速球でおそらく今年のサイ・ヤング賞確実のミジオロウスキー(NHK表記はミザロウスキーで実際の発音もこっちが正しい、今後はミザロウスキーにしようか)もいるしー。
2026年10月2日金曜日
むりやりインフルエンザを調べられる
実は今週始めからずっと風邪気味の症状が続いている。最初は咳が出た。そのうち鼻水が出て倦怠感が続いている。発熱はないから最近ぽつぽつと増えているインフルエンザ患者の症状とは違うようだ。風邪をもっらたのはどうも土曜日に長島のクリニックに行った際、マスクを着けずに駅構内を徘徊したせいかも。以前は絶対にマスクを着けていたのに最近はコロナもほとんど発生がないので気が緩んでいた。
外来業務をこなし入院患者も受け入れて昼休みは仮眠だ。午後はまたもや下血患者の内視鏡、原因はこの1ヶ月ほどやたら多い大腸憩室出血だ。上行結腸の出血源憩室にクリップを掛けまくって治療終了、やれやれだ。
しかし、鼻声で時々咳をする私に内視鏡室スタッフが心配して「センセー、インフルエンザのチェックをしましょうか」と言ってきた。私は「いや、インフルエンザじゃないよこの症状は」と抵抗したのだが、「新しい検査キットが今ならただで使えます」と言って勝手にキットを開けるんだ。そして検査棒が目の前に・・。片方の鼻だけかと思いきや「両方の鼻から採りますねぇ」とぐりぐり、涙目。「このキットはインフルエンザに感染してそんなに時間が経っていなくても早めに診断が出来る優れものなんです」だって。ABCの文字があり、AがA型インフルエンザ、BがB型インフルエンザで、CはコントロールでCは必ず反応しないといけません」とのことだ。
で、数分間じっと見ているとCはすぐに色が変わり始めたが、AもBも反応はない。やがてCは完全に黒い色になるもAとBは全く反応なし。
へへへ、やっぱりインフルエンザじゃないってことよ。ざまーみろ。
インフルエンザでないのは良かったが、60歳代になると風邪も治る期間が長引くようだ。帰宅してもぐったりが続き、食事だけはどうにか済ませ後はソファで寝込んだ。で、夜中に起きてパソコンに向かった。こてる日記だけはアップしておかないとー。どうにか文だけは書き画像はなし。日記書きも体力がないと大変なんであーる・・。
2026年10月1日木曜日
診察室でマンボを踊る
昨日の日記で、外来患者さんに「親しみやすい先生です」と言われたと書いた。もしかしたら9月30日の外来でもう一つそう思われるかもしれないシーンがあった。
高齢女性患者が来て「みぞおちのあたりが時々『ウッ』となる症状が出て困る」との訴えがあった。「ウッですか」「そうなんです」とここでもっと症状を掘り下げて聴取する方向に行くのが普通の医師なのかもしれないが、私はどうしてもあらぬ方向に行ってしまう。2026年9月30日水曜日
「先生みたいな医者は初めてです」
午前、風邪できつい中、外来をこなしていった。そこに来た75歳男性は便秘やたまにの下痢の訴えで私の診察を希望していた。なにやらこだわりが強そうな印象の患者さんだ。
「下痢と思えば便秘、便秘かと思えば下痢と思うように排便コントロールがうまくいかない」と言われる。「他の先生が処方したグーフィス(比較的新しいタイプの下剤)をきちんと服用しているが、それでは出なくてテレミンソフトという坐薬を使ってようやく出た。グーフィスは効いている感じはしない」とのこと。前医が出した処方薬を見直すと他にマグミット500mg2錠/日が定期処方されていた。この薬は便秘の基本薬だ。
いろいろと話を聞くに、繊維分の多い食事摂取が不足のよう。まずは食生活を見直すこと。穀物や野菜、海藻など繊維分多い食事摂取を心がける。まあ基本中の基本を指導した。効かないと思うグーフィスは無理に服用せすともよい。しかし食生活だけの指導では心もとなく、アミティーザという下剤を2週間だけ試しましょうと話し、さらにテレミンソフト坐薬も頓用処方をした。
こう書くと特に何ごともないような診察風景に見えるが、実際には「ああでもない、こうでもない」と患者さんは語ってくるんだ。そもそも自分の症状を論理的によどみなく伝えられる人ってそんなに多くない。診察は10分以上かかった。それでようやく終わって席を離れたこの高齢男性が意外なことを私に言った。
「先生みたいな人(医者)は初めてです」
「え?」と驚き、「どこがですか」と尋ねた。すると・・
「親しみやすいところがです」だって。へーーえ。結構イライラしながらの診察だったんだけれどね。しかし、そんな風に言われては悪い気はせず、なんか報われた気分だったよ〜。
2026年9月29日火曜日
八代ではなぜに避難所暮らしが長引いているのか
はあ・・久しぶりに風邪を引いてしまった。日曜の夜から咳が少し出るようになり、今日は鼻水も出る。土曜に中央駅を利用した際、マスクを着けていなかったせいだろう。
夜は姶良郡医師会の災害医療委員会に出席した。11月にある鹿児島空港避難訓練の話題や熊本地震へのDMAT(災害派遣医療チーム)やJMAT(日本医師会災害医療チーム)の報告があった。DMATやJMATは被災地に赴いて医療行為の手助けをする点では似ているが、DMATは発災直後の超急性期(48時間以内)に動き、救命やトリアージを担う国や都道府県主体のチームで、今回は霧島市立医師会医療センターの政所(まどころ)ドクターから報告があり、JMATは日本医師会主体のチームで、DMATの後を引き継ぎ、発災3日目以降の急性期〜中期・慢性期に避難所などで医療体制の維持や診療を担う役目で、OI病院の泣かん薗Drから報告があった。2026年9月28日月曜日
密かにサンフランシスコ・ジャイアンツを応援する
明け方、今季レギュラー最終戦のドジャース対サンフランシスコ・ジャイアンツ戦をTVで見ていた。両チームともブルペンデーで毎回のように投げるピッチャーが代わるし、バッターもあらかじめ2打席や3打席で交代するなど、ドジャースはポストシーズンを見すえての調整、ジャイアンツは来季からの巻き返しのため新人選手を多く送り出していた。
今季のジャイアンツはメジャーリーグで最悪と言ってもいいほどの主力選手の故障に見舞われ、開幕時のレギュラーメンバーが現時点でだーれも残っていないという惨憺たる状況だ。私がつい10日ほど前にドジャースタジアムで観戦した時はイ・ジョンフもいて良く打っていたのにその後故障してしまっていた。しかしジャイアンツのホーム、オラクルパークは満員に近い観客が来ていた。まあドジャース相手ということが大きいだろう。2026年9月27日日曜日
30年で一世代
夕方、チッチが家に来ていた。私たちが海外旅行中、ネコの世話をしてくれていてそのお礼も兼ねてのお土産をプレゼントした。
ドジャースタジアムのグッズ売り場で買ったクリアバッグに大谷翔平のTシャツ、LAロゴ入りの小さなぬいぐるみなどだ。チッチはゲンちゃんやハナビのエサ、フン、水やりなどしてくれたわけだが、2匹のうちハナビには全く触ることすら敵わず、引っ掻かれたり噛まれたりの苦い記憶がまだ解消されていない。私にはえらく懐いていて上の写真の後、ソファにいた私にひょっこり乗っかってくつろいでいた。チッチにしたら「ありえねー」だね。ちょうどこの頃、千葉のセージから子どもらの写真が「みてね」にアップされていた。御輿を担いでの祭りが開かれていたようで、セージがココちゃんを抱っこしていた。おそらく初めて見るお祭りだったんじゃないかな。セージもいいパパしている。で、こちらこてる家ではチッチがゲンちゃんを抱っこしていた。30年前は私たちも子どもらを抱っこするのにいっぱいいっぱいでネコなんか飼う余裕もなかった。チッチもこの間30歳になったばかり。一世代は約30年。今から30年後は私たちは生きているかどうかも分からないが、今度はココちゃんにも子ども(私たちからみたらひ孫)が出来ているのだろう。世代は巡る・・やね。2026年9月26日土曜日
こてる式単語登録
3ヶ月ぶりに長島クリニックで大腸内視鏡の仕事があった。大腸癌検診の結果が住民に出たため、要精検の人たちの大腸内視鏡依頼が多くなったからだ。長島町の人たちは多くは隣の阿久根市や出水市で内視鏡検査を受けることが多い。町内では長島クリニックに検査機器はあるが大腸内視鏡が出来るドクターが常駐していないため一定数集まるとこうして呼ばれる。今日は7人の検査をした。うち5人くらいはポリープ切除などした。初めて大腸内視鏡を受ける人もいていつもよりはやや多かった。
このクリニックもこの前から電子カルテになって、最近は小規模なクリニックも電子カルテ化されるようになってきた。↓はここの電子カルテ。
操作は各クリニックの仕様で若干違うが、基本はパソコン操作なのでちょっと教えてもらえればだいたいはすぐに使えるようになる。しかしクリニックによっては高齢な院長先生などパソコン操作が苦手だったりすると電子カルテ導入が大変だろう。長島クリニックは前のバタフジ院長はパソコンなど全く扱わない先生だったが、継承した今のゼンコン院長はまだ30歳代だから問題ない。私はここでも頻繁に使う「大腸ポリープ」「大腸憩室」など大腸内視鏡検査でよく出てくる単語は片っ端から単語登録していった。私は単語登録の鬼だからね。先の「大腸ポリープ」などは「dp」と押してスペースキーを押せば一発で変換される。「大腸憩室」は「dk」だ。タレントのDAIGOがやるように単語の先頭のアルファベットを取り出して2文字か3文字に変換しパソコンに記憶させておく。そうすると法則性があるのでどんな風に変換させたかなと覚える必要がない。このこてる日記入力もそうして文字入力の負担を減らしている。この数行でも「スペース」は「sps」、「アルファベット」は「あf」、「パソコン」は「ps」、「こてる日記」は「kt」だ。ちなみに「私」もよく使う単語なので「ww」と入力すると変換されるようにしている。「watashi」と入力する手間からすれば4分の1以下の労力で済むからな。
で、検査と検査の合間に頻用内視鏡用語を登録していっている時に「sjj」と打つとすぐに「S状結腸」と変換された。あれ?と思った。この変換方式は私のやり方そのものだ。「jkk」とやると「上行結腸」と変換される。すでに、こてる方式の変換が出来るようになっているじゃないか。するとクリニック(kr)の看護師(kgs)に「先生、前回来た6月にうちは電子カルテ(dk)になっているのでその時に先生が登録したんじゃないですか」と言われた。ああ、確かにそうかも。そうでないと電子カルテが勝手に私の方式の変換をするはずがない。前回もさっそくこてる方式の単語登録をしていたんだ。すっかり忘れていたよ( ・_・;)。
私はパソコンをやり始めた35年以上前からこの単語登録のやり方をしているが周りをみると私ほどやり尽くしている人はあんましいないようだ。単語だけでなく短いあいさつ文なども簡単に登録できるし便利なことこの上ないけれどねぇ。「よろしくお願いいたします。」は「yr」、「明けましておめでとうございます。」は「あkm」ってな具合。二度三度同じ文を入力する場面が出てきたら私はすぐに単語登録するし、それは習慣になっている。先の「明けましておめでとうございます。」などはどんな文字を入れればいいかなんて覚えていないけれど「あけま」が「あkm」で始まるからきっとそうだろうと推測出来る。
パソコンやネットでの文字入力が簡便かつ正確に出来るのでみんなもぜひやってみてー。
2026年9月25日金曜日
若い子へのメンタルケア
今日も忙しかった。やっぱり休日が続くとその反動で外来も多くなる。おまけに緊急の大腸内視鏡も入って夕方までほぼずっと仕事だった。
自分の仕事の中に当直帯で受診希望の患者さんを断った場合の報告書のチェックがある。いつもはさーっと見てハンコを押していくだけだが、昨夜の報告の中に「おや」と思える症例があった。それは12歳の女性の母親からの電話連絡で「カロナール200mgを10T内服。オーバードーズ、ストレス、死にたい・・・。24時間過ぎており、本人も元気、ただし母親が採血希望」というものだった。夜間なので採血を希望と言われてもそれは出来ない。当番看護師は「採血は明日の朝でないと出来ない。どうしても診察を希望するなら夜間の緊急のある霧島の医師会医療センターをお勧めする」と返事して納得してもらえたらしい。2026年9月24日木曜日
日常に戻る
1週間ぶりに病院に来て、さっそくLA土産のチョコ菓子を各部署に配っていった。休み取って職員らには迷惑をかけたからね。
受け持ち入力患者も状態悪化している人はいなかったが、思っていたより改善に向かっていない人もいて指示を大幅に変更したり、逆にもう退院してもいいのに祝日休日のせいで入院がやや長引いていた人もいて「本日退院OK」とした。気管挿管していた患者さんは外科Drにその管理をお願いしていて抜管するまでにはまだ至っていなかった。
今日は内視鏡担当日だったので胃カメラ、大腸内視鏡と次々にこなしていった。もう休日&旅行モードは吹っ飛んでいた。昼休みも内視鏡の仕事が終わらず、昼の医療安全会議には出席出来なかった。遅い昼食を摂って休憩は30分、また午後の内視鏡検査に向かった。約1ヶ月前に止血治療を行った患者がまた下血して今朝入院していた。大腸内視鏡で確かめると前回止血出来たと思っていた部位からの再出血だった。結紮出来ていた思っていた処置具が外れてのことだった。ううむ、再度の止血だ。
どうにか終業時間の17時半には仕事は終わった。まだ雑務が一部残っているが今日は帰ろう。夕食後、どっと疲れが出て日記を書くどころではなく、しかも後で気が付いたが、ネタになるようなデジカメ写真をほとんど撮っていないことに気が付いた。旅行中は毎日何百枚って撮っていたのにねぇ。時差ボケって明らかには感じていなくてもやはり疲労は残っている。体調が戻るのに数日はかかりそうだ・・。
2026年9月23日水曜日
1日かけて鹿児島へ
未明に起きてどうにかこてる日記をアップした後、また仮眠を取った。そのうちにセージの長女ココちゃんが2階から降りてきて、おもちゃで遊んだり食べ物を食いちら・・いや頬張ったりで元気いっぱいだ。
長男のサックンは寝返りは出来るがハイハイはまだで赤ちゃん用ベッドに置けるがちょくちょく泣くしねー。この時期の子育ては大変だわ。30年前の自分たちもそうだったのか、今ではよく思い出せないな。今日は夕方に鹿児島へ飛行機で帰るから余裕だったのだが、昼食をセージ一家と摂ることになってそれならその後すぐに羽田へ向かうことにした。昼は船橋のスシローで4人プラス1人で結構パクパク食べたのだが合計で7900円。高いか?安いか?これアメリカと比べたらすんごく安い。数日前に日記にも書いたドジャースタジアムでのハンバーガーが2個とフライドポテトで7500円よ。比較にもならない。
↓はタッチパネルを押しまくるココちゃん。
「そんなに押したらダメだよ」とは言わずに押させて、片っ端から「X」ボタンで消していくセージパパだった。羽田には14時に着いて後はラウンジでパソコン開き、今日アップするこてる日記を書いたりした。今は充電用設備や無料WiFiがあるから本当に助かる。鹿児島空港に着いたのが18時50分ごろ。蒸し暑いな。19時44分に帰宅。荷物整理して、日記の残りを書いてアップし、食事はカールは入らないとのことだったが私はカップ麺で済ませ、あとはバタンキュー。
明日から仕事だぁ。
2026年9月22日火曜日
帰国便よりも帰りの千葉での電車
さて、今日はほぼ1日かけて帰国だ。朝の6時半にはホテル朝食ビュッフェで食事を済ませ、部屋に帰ってからは忘れ物がないかなどを確かめ、9時には他のツアー客らとバスでロサンゼルス空港まで向かった。ここで出国審査や手荷物検査などあるが、日本を出るときに一度やっているのでそれほど緊張はしなかった。ただ、手荷物ではパソコンをそのままバッグに入れて提出したのがまずく、レントゲン検査に引っかかってしまった。そこで待機している間、他客で立派なブランデーかなにか入った瓶2本を押収されている人がいた。係員が身振り手振りで「こいつはダメだ、スーツケースにでも入れて預け荷物なら構わないがー」って説明していた。そのラテン系の客は英語で反論することもなく肩を落としていた。液体の入ったものは持ち込み禁止って知らなかったのかなぁ・・ペットボトルくらいならどうってことないがねぇ。
出発前に空港の免税店やショップでお土産を物色した。しかし今一病院職員らへの良さげな物が見つからない。中身が少なくてバカ高いものが多く、こうなったら東京は羽田で日本のものでも買ったろかと思ったが、これならまあましかというチョコをいくつか買い、足りない分は羽田で足すことにした。
帰りの飛行機も全日空機で座席はカールと連席を取れなかったので、互いに中央の通路側席を選択した。国際線では通路側が絶対にいい。トイレを利用する時に他客に気兼ねせずに行けるからだ。私の隣は同じツアーの新婚夫婦の夫だった。今回のツアー客で唯一の新婚旅行組で、大谷と同じ岩手県から来ていた。いや〜37年前を思い出すわ。あの時はカナダへのツアーで新婚組は私たちだけだった。そして定年を迎えた人たちが多かった。今は私たちがその立場だ。
全日空の機内向け月刊誌「翼の王国」を見ていたら岩手や鹿児島もと取り上げられていた。それで岩手関連のページに出ていた若い女性を指さし、新婚夫に「この人を知っているんじゃないですか」と質問したら「え、知ってます」と驚いていた。ふむふむ。その女性の職場がチラッと聞いていた新婚さんのといっしょだと私は気づいていたからだ。他に大きな名物ソフトクリームの話題では「これはいったん無くなりかけたんですけど私の同級生が復活させようと運動して生き残ったんです」とまさしく記事に書いてあるとおりの説明を彼はした。結局私も彼もこの雑誌を持ち帰ることにしたよ(⌒о⌒)。
帰りは行きよりも向かい風のせいか1時間以上もフライトが長かった。この時に役立ったのがノイズキャンセラーのイヤホンだったな。近くに赤ちゃんを抱えた外人さん夫婦がいてその泣き声のせいでカールも新婚夫も「よく寝られなかった」とぼやいていたが、私にはまったくそういうことはなかった。走行中の轟音も泣き声もかなり小さくしてくれるし、マイフェイバリットソングを流していれば気分もいい。特に10時間以上を要するフライトでは必須アイテムと思ったよ。さて日本時間の16時半ごろ、無事飛行機は着陸したが、その後がちょっと大変だった。成田からの予定していた電車が「佐倉までの折り返し運転になります」と乗れなくなったのだ。昨日通過した台風の影響で水害が千葉に起きているせいだった。カールがセージに電話すると最初は「車で成田まで迎えに行く」とのことだったが、すぐに「別の電車で新鎌ケ谷駅まで行き、乗り換えて船橋まで」というコースになった。成田への道も通行止めなどあり大渋滞しているとか。どうにか電車に乗り込んだが、成田を出てすぐに「あれ、こんな湖あったっけ?」と反対側の窓に広がる風景に違和感を感じた。
実はこれ全部、田んぼなんだ。堤防決壊し一面大きな池か湖みたいになっていた。行く時は稲穂がいっぱいだったのにー。そして初めて降りる新鎌ケ谷駅では、私たちは満員列車の端っこに押し込まれ、出ようにも乗客と荷物に挟まれて簡単に移動出来ずに「すみませーん!どいてくださーい」と声を張り上げないと降車できなかった。どうにかこうにか船橋のセージ宅にたどり着き一息ついた。先の新婚さんらは本当は今日のうちに新幹線で岩手まで帰る予定が、今夜は東京に一泊してから明日帰るというふうに変更を余儀なくされたそうな。東海道新幹線で関西に帰るはずのツアー客の一人は清水駅で降りてそこで一泊になったとか。私たちは千葉に子どもが住んでいるおかげでこうした旅行の際には助かる。
生後5ヶ月のサックンと会うのは久しぶりでさっそく抱っこしてあげた。7kgを越えているそうだ。
2026年9月21日月曜日
ユニバーサルスタジオハリウッド
2026年9月20日日曜日
ウーバーに乗ってみる
今日も夕方からドジャース対ジャイアンツの第2戦の観戦があるのだが、それまでは自由行動で私たちはリトルトーキョー近くの「ミヤコホテル」に行ってみようとなった。なにせホテルの壁画に大谷と山本が描かれているので有名になったので一度見ておこうってね。
ミヤコホテルは私たちの泊まっているザ・ウェスティン・ボナベンチャー・ホテルからは2kmくらいのところにあり、20〜30分かければ歩いてもいけるが、ウーバータクシー(Uber Taxi)を利用してみようと思った。広大なLAでは流しのタクシーが少ないため移動にはUberアプリが必須と聞いていたのだ。そのため日本にいるときにダウンロードし、アカウントとクレジットカードを登録しておいた。これはスマートフォンアプリを使って現在地へ簡単にタクシーを呼べる配車サービスで、アプリを開き、行き先と乗車場所を指定し、車種(一般的なUberXなど)を選び、表示される金額とルートを確認して配車を依頼する。スマホ画面上でドライバーの位置が分かりあと何分で到着するかなども分かり便利だ。後は乗車して目的地に着いたら支払いは自動で行われるためそのまま降りられる。2026年9月19日土曜日
ドジャースタジアムでドジャースの試合を見る
今日は今回のツアーの目玉の日で、午前がドジャースタジアムのツアーで球場の中や記念館、グッズ売り場などを見て回ったりし、夕方からドジャース対サンフランシスコ・ジャイアンツの試合観戦だ。ただ、朝は9時半にホテルをバスで出発という時に、私たちはまたもや大きなミスをしてしまった。
カールが「あっ、もう9時だっ!」と叫んで、私は目が覚めた。出発には間に合うかもしれないがビッフェでの朝食を摂る時間は全くない。結局、食事抜きでツアーに参加した。昨夜私はこてる日記を書いたり、海外eSIM(海外でスマホのモバイル通信が出来るようにする)の設定などで遅くまで起きていたのが響いた。カールは初日の疲労とビールの影響だったか。このように旅行ってミスやトラブルが毎日のように起きるもの。そういうもんだと出発前から覚悟はしていたが、いざその場に立つと慌てふためいたり嘆いたりする。今日は後でもう1回そんな場面が来る。
スタジアムツアーはなかなか良かった。日頃、TV中継観戦でよく見かけるものの観客は入れないような場所に行けたり、相手側ベンチやファールグラウンドに直接立てたり、そしてドジャースとスタジアムの歴史も分かりやすく日本語で解説してくれ面白かった。私は前列で聞いていたからガイドさんからちょくちょく「これ、知ってますかぁ〜」などと質問されたりした。しかし急に言われると絶対知っているはずの答えもパッと出なかったりするもの。「去年、ドジャースはワールドシリーズでどこと戦いましたか?」なんて即答出来るはずなのに「え、えーとブルーなんとか」と答えちまったよ。それでも「そうですね、ブルージェイズで正解です」と言われちまった。しかし後での「ドジャースのドジャーってどんな意味かは分かりますか、はいそこの方」と言われたときにはちゃんと答えられたよ。「よけるって意味です」「そのとおりです、では何をよけるんですか」「電車です」と、この辺は以前から有名なトリビアだから即答でしたわ。
↑は記者席(2階と3階の間にある)からの眺め。↓は1塁側相手側のベンチ。グッズショップでは私はドジャースのキャップを買い、カールは孫たちなどへのおみやげを買っていた。昼食を「イン・アンド・アウト・バーガー」で摂り、いったんホテルに戻って夕方16時半にツアー客全員集合して、さあバスに乗り込みましょうと言うときに、カールがハッとして「あ、スマホがない。部屋に忘れた!」というではないか。「すぐに取りに行って、添乗員さんには言っておくから」といい、私はホテル玄関でカールを待った。その間はバスの出発を待ってもらった。5分以内に来るかと思ったら7、8分かかったかな。さしものカールも「エレベーター乗って降りたら部屋に行くのと反対方向に向かっちゃってー」だったんだそう。あせりと緊張で人はミスをするものだ。↓やっと来たカール。











