昨夜はチッチが浪人時代にお世話になった全寮制・医進予備校「太宰府アカデミー」のスタッフが城山ホテル鹿児島に滞在していると連絡があり、親子3人でホテルまで出向いた。元々、今ぐらいの時期に太宰府までお礼に行こうって予定していたが、 ちょうど予備校生の入れ替えのタイミングでスタッフは慰安旅行に出かけると聞いていたので遠慮していたら、偶然にも今年は鹿児島行きになったということでちょうど良かった。
最初に総務のクライムさんがエレベーター前でチッチと会うなりガッチリ握手をし、滞在部屋に入ると今度は代表の後藤先生が「おお、良かったな、おめでとう!」とこれまた力強く握手をしてくれた。
鹿児島県人は城山ホテルには会議や式典などで利用することはあっても部屋に泊まる機会はほとんどない。さすがに丘に建つホテルだけあって部屋からの眺めは素晴らしかった。部屋には教務のオーシャンバードさん、英語のマウントパディ先生などチッチをよく知るスタッフもいて、8年も経っているのに、全寮制の予備校で3年間もいっしょに生活していたせいか、チッチのことだけでなく他の生徒の話題などを昨日のことのように語り合い、あっという間に2時間ほどが過ぎていった(「チッチのお父さんからの年賀状は毎年楽しみでー」とも言われたよ)。チッチはここぞとばかりに入塾時の各教科テストで散々な点数だったプリント(物理など0点だった)や化学担当の後藤代表の朝テストのプリントも持って来ていて大いに受けていた。
オーシャンバード教務など「最初は1、2年したら他学部に転向するパターンの生徒さんかも・・」と踏んでいたと正直に語ってくれた。確かに、とても医学部に行けそうな成績じゃなかったからそう思われても仕方なかった。全く勉強していなかったチッチが3年で合格出来たのはまあチッチも相当努力したわけだが、アカデミーのおかげであったと私もカールも何度も感謝の言葉を述べた。太宰府アカデミーは大手予備校よりも実績は良く、塾生のうち4、5割が医学部に実質進学出来ているという。たったの半分と言うなかれ、これって相当に優秀な結果だ。単純な合格実績数などは優秀な生徒が何校も合格するので実態を正しく反映出来ていないことがままある。そのおかげか「次年度定員(35名)は3月始めにはすでに達した」そうで、こんなに早く達するのは今までになかったそうだ。
後藤代表はアカデミーのホームページ(https://dazaifu-academy.jp)でこう語っている。「私は「若い時の苦労は宝」だと考えています。“若さ”というのは、それだけで財産であり、努力次第で可能性が無限に広がっています」と。まさしく私もそう思う。例えば30歳過ぎて家庭を持ってから「医師になろう」と思い立ってもほとんどが挫折するだろう。「鉄は熱いうちに打て」チッチは周囲の助けもあったとはいえ「若い時の苦労」を敢えてやったからこそ、今、医師としての道が開けたのだ。ともかくも太宰府アカデミーさん、ありがとうございます!