2025年12月31日水曜日

大晦日ハプニング

年末年始を船橋の次男宅で過ごすため、午前6時前には自宅を出た。ネコちゃんたちはお留守番のため早めのトイレ砂交換をしたり、喉渇きしないよう水を入れた洗面器などを追加した。フライ時刻は午前7時15分発なのだが、昨今の鹿児島空港駐車場満杯問題があるので30分近く早めに出発したのだ。

空港近くに着くと、いつも利用する青空駐車場は空いていてよかった。空港内駐車場はほぼ満杯で空きはわずかだった。朝食は空港内のファミリーマートを利用し、私はおにぎり、カールは肉まん(黒豚まん)を食べ、後は歯磨きして保安検査場に入って搭乗を待つだけの余裕のハズだった。だがここから一気に緊迫の場面に突入することになる。

トイレ方向に向かって歩きはじめた時だった。パタッパタッと妙な音が足元から聞こえてくる。何だ?自分の左足元を見て青ざめた。久しぶりに履いたニューバランスのスニーカーの靴底が剥がれていたのだ。ゲーッ!

こんな状態じゃ歩けやしない。アロンアルファかなにかで接着させないと。またファミリーマートに戻って接着剤を探した。そしてゴムにも使えるという「アロンアルファゼリー状エクストラ」675円というのを見つけた。
馬鹿高いがそんなこと言っておられない。でもこれが上手く買えないのよ。店員相手の支払いは並ぶ人も多く時間がかかるのでファミペイというセルフレジで楽天カード支払おうとしてもなぜか拒否されてしまう。時間がないのでカールにスマホで電話して「すぐファミマに来てくれ」とだけ伝えた。カールは私のカバンとおせちの入った箱を持ってよちよちと来てくれた。「これがあるからすぐに動けなくて〜」とはそうだろうて。「すまない、かくかくしかじか」でと簡潔に説明しファミペイで支払ってもらった。気が付くと搭乗時間が迫って来ていた。

急いでソールをくっつけ、どうにか検査場をくぐり抜けチェックイン場所に行くとすでに一部は搭乗開始が始まっていた。ふう〜、どうにか間に合ったぜぇ。余裕を持って少し早めに家を出たのは良かったけれど、思えばこのスニーカー、いつ買ったのかさえ覚えていない。10年くらい前かな。それに年に数回しか履かず、ゴールデンウィークに岩手の小岩井農場で雨に濡れ靴下まで水が染みこんでしまったので防水用のものに代えようとしていた代物だった。飛行機に乗り席に座ったところでドタバタの二人の写真をパチリ。はぁ〜ですわ。

飛行中は足元からほんのりシンナー臭がしたのでダウンジャケットで覆い漏れないようにした。気を遣います。そしてノイズキャンセラーイヤホン付けて音楽を聴きウトウトしていた。新規購入したAnker社のSoundcore Liberty 5を着けていると雑音が大幅に軽減され飛行機内でも快適だった。と、カールが「富士山見えるよ」と起こしてくれた。おお、せっかくの青空、遠くに見える雪かぶりの富士山が美しい。何枚も写真に撮ったよ。

で、飛行時間が1時間10分強とえらく早く羽田に着いた後、空港内を歩きはじめたのだが、よく見ると右のソールも剥がれそうなのに気が付いた。左は接着剤のおかげでほぼ不安なくなったのに右まで剥がれたらとまた心がざわついた。ムービングウォーク(動く歩道)を通る際にアナウンスで「足元にご注意ください。Please watch your step!」と注意喚起され、「分かっているよー、注意し過ぎるくらい注意しているって」と私はぼやいた。

剥がれるな、剥がれてくれるなと祈りつつ、京急線に乗ってどうにか座れたところで一安心し、品川駅では人の多さに気を遣ったが、船橋行きも座席はあったのでほっとした。で、30分ほどで船橋駅に着こうかという頃、スマホに電話があった。見れば青雲会病院からだ。しかし電車内で電話に出るのはよくない。取らずにいると駅に着く直前にまた電話が鳴った。どうも緊急の用事のようだ。電車を降りると同時に電話に出た。

掛けてきたのは外来当番看護師のリバーサイド君だった。「明日の1月1日の当番日担当の某クリニックのDrが体調不良で当番日担当を青雲会が代わってくれないかと姶良郡医師会から連絡がありましてー」だと。うわ、そんな依頼は初めてだ。ただ元日は青雲会でも担当OKを出していたDrが少なくカワゼンDrに頼んでいた。聞けば大晦日担当のキブンDrが明日の正午くらいまでなら引き続き担当してもよいと言っているという。そっか、それは有り難い。それで医師会には「元日午前までなら代診可能と伝えてー」とリバーサイド看護師に伝えた。今、インフルエンザが多くて当番日の来院患者数は多いだろうが、急な変更なのでそれくらいで手を打ってもらおうか。

船橋駅にはセージファミリーが迎えに来ていた。昼前には近くの日本料理店でいっしょに食事の予定だ。それまでに少し時間が余るので駅舎内にある東武デパート内で買い物などすることにした。もう、こっちはすぐにでもスニーカーを新調したいのよ。おっと、その前にセージに私がこれまで使っていたエクシードの時計を譲ることになっていてそのバンド調整の店に寄った。私も2ヶ月前に新規購入したエクシードのバンド長がわずかに緩いのでいっしょに調整を頼んだ。調整代はもちろんセージの支払いだ。

そして店内にあるABCマートに行き、スニーカーを求めた。私が求める条件ははっきりしていて、色は黒、長さは27cm、幅は4E相当、そしてできれば防水機能がついたやつだ。メーカーはニューバランスが一応希望だがいい品であれば特にこだわらない。実は半年ほど前に防水機能付きのスニーカーを買おうと鹿児島のABCマートに寄ったことがあった(2025/6/15「それ、本当に27cmサイズ?」→https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2025/06/27cm.html)。あの時、もっと真剣に新規購入を検討すべきだったが、その時の店員が私の希望に沿ったものを上手に用意出来ない感じで買わずにやり過ごしたままだったのだ。

だがこの店のシューフィッターらしき女性店員は違った。ニューバランスでは私の求めるサイズの在庫がないのを確認すると、「アシックスは4Eとは言わないでWIDEと言いますがそれなら27cmサイズがあります」と勧めてきた。で、履いてみるとまずまずで若干足の甲やサイドがきつめかな・・。すると「インナーのソールを別のタイプに代えるといいかもしれません」と少し薄めだが足裏にしっくりくるタイプのものを試すよう勧めてきた。それに変更すると意外にいい。若干プラス費用となるがそれに決めた。その女性店員がよく靴のことが分かっている風で説明に納得出来たのが大きい。同じチェーン店でも鹿児島とはえらい違いだった。

支払いの時にセージがこそっとココちゃんの靴をいっしょに添えてきて、それも支払う羽目になったが、全く抜け目がないわパパは。接着剤でくっつけたスニーカーは店で捨ててもらうことにした。アロンアルファはほんの数時間の役目だったが使命は果たしたな。やれやれ。

店内にまだいると、また病院から電話がかかってきた。それは明日の当番日半分をキブンDrが担当するが、彼は1月4日の朝から夕方まで日直も担当予定でそれを誰か交代してくれないかとのことだ。その日は私が空いている。「私が代行するわ」と返事した。ここ半年ほどは日当直をしていないが緊急事態なら私が代わりましょうって、きりっ。

昼食は「木曽路」というチェーン店ではあるがなかなかいい店だった。↓の御膳は「妻籠」で、最近外人さんに人気の宿場町の名前を冠したもので値段は2千円ちょっとなのに質も量も十分満足出来るものだった。

そして1才7、8ヶ月になったココちゃんもうどんやイモ類などパクパク食べること。抱っこするとずしりと重い。11kgを越えているって。動きが活発で目が離せない。元気いっぱいでいいねー。↓はさっそくおニューの靴を履いてごきげんのココちゃん。

朝はハプニング続きでバタバタしたけれど、夜は年越しソバでも食べながら落ち着いていっしょに過ごそうね、ココちゃん。

2025年12月30日火曜日

間違えるのも芸のうち

今日は1日何もない日。一つだけ用事があるといったらホテルレクストンまでおせち料理を取りに行くことくらい。後はそんなこと滅多にしないがこてる日記を2日分書きだめすること。そして洗車もしよう。さすがにタイヤは替えたが汚れたままで新年の年神様をお迎えするのは気が引ける。

昼過ぎには日記1日分は終え、洗車もし、カールとレクストンまでおせちを取りに行った。カールが取りに行き、私は車中で待機していた。その時、車のモニター画面では今年1月1日に放送された「芸能人格付けチェック」の再放送をやっていた。この放送、1年前に見てはいてだいたいの結果は知っているはずだが改めて問題として出されるとTVごしには「はて?」となる。参加者たちも一応能書きではこっちの演奏がプロだとか味がどうのこうのと語るが、結果は真逆なんてしょっちゅうだ。

ちょうど、能の演舞がどっちが重要無形文化財保持者かという問題が出ていて、ハズレは普段は保険会社で働きながら趣味で能を嗜んでいる方だった。それを比嘉愛未が自信を持ってBを選んだのを見て「あー、それはハズレだぁ」と私は声を出した。演じ方を見てじゃない、2025の格付けでは比嘉愛未は全敗だったというのを記憶していたからだ。
あはは、ナレーションでも「比嘉地雷」ってこの時点で言われているよ〜。他の参加者たちも結構Bを選んでいたから素人が判断するには難しかったのかもしれない。結果は当然Aで比嘉愛未はチーム相方の岩田剛典が全勝したのに足を引っ張って「そっくりさん」に落ちたというかどうにか止まったというか。でも、全部間違ってからといってそれでダメじゃないってのが芸能界だ。間違いっぷりがサマになればそれで良しなんだよなぁ。

まあGACKTくらいに正解を出し続ければそれですごい存在価値も出るが、普通はそうはいかないので、いかに面白く間違えるかも才能だろう。その点ではGACKTと同じチームを組んだDAIGOと鬼龍院翔は見事だった。ラスト問題はABCの選択肢の中からどれが一流店のすき焼きの肉か?で絶対選んだらアカンのBのカンガルーの肉を選んだのがこの二人だった(他は新庄剛志も選んでしまった)。他の参加者は全員正解のCだったのでそうそう難しい問題ではなかったと思われる。しかしそれを選んでしまうと、それまで全て正解でも一気に映す価値なしの奈落に落ちるルールなのであのGACKTが「バカ舌かぁ!(怒)」と叫び、ともにBのカンガルーを選んだのに二人とも同じ答えだったので正解を確信した二人は互いに抱き合ったりもしたのだった。視聴者は正解を事前に知らされているので、このシーン大いに笑える↓。
特にDAIGOは前年もマグロをカツオと間違えてGACKTを映す価値なしにさせていて、最後GACKTは「(こいつら)ポンコツかぁ」と吐き捨てて画面から消されたのだった。大笑いだったよ。

この日記を書いている2026年1月1日午前の時点では2026年のGACKTの相棒が誰々になるかは告知されていない。ともかくも出演者が不正解なのにうんちく垂れるシーンが一番面白いんで番組的にはまたDAIGOあたりには出てもらって大きなミスをしてもらうのが有り難いハズ。私の予想ではまたDAIGOがGACKTとチームを組むと予想しておこう。

(さて、現在1月1日の夜の21時。GACKTの相棒の結果はすでに知らされた。なんと、番組側はDAIGO、鬼龍院翔にオファーは出したが、GACKTが「去年は立ち直りに数ヶ月かかった。来年は音楽活動を主体でライブの予定もあり、パーフェクトな結果を残して臨みたいので一人で参加にしたい」と要望したため単独参加となった。私の予想は「半分当たり、半分外れた」だったネ)

2025年12月29日月曜日

AIをテーマにしよっか

青雲会病院では12月29日は仕事は午前半日までで1年の納めだ。例年だと午後の13時から職員全員が大会議室に集合し、病院の実績報告の後に1年を振り返るラブカメ先生のスライドが披露されたりするのだが今年はなかった。ラブカメ先生も今年3月で退職され、1年をまとめるスライドはこの前の月曜朝礼でカワゼンDrがやってくれていた。これまでの29日だと近隣医療機関から具合の悪い患者の紹介が必ずと言っていいほどあって、いつもバタバタ、午後の御用納めの会に私は遅刻するのが常だったが、午前の内視鏡検査も今年は予定はなく、外来は数人診ただけ、病棟患者の指示出しや各職員の今年最後の挨拶を院長室で受けたりして淡々と過ぎて行った。

ただ、来年の第2週にはまたも朝礼スピーチを任されているのと、2月には医局会でのレクチャースピーチ、職員向けの医療安全のスピーチとスピーチ関連の仕事が増えて来ている。正月休みが終われば1週間後には朝礼スピーチなのでこの間からテーマを考えている。一つ思いついたのが「生成AIの活用」についてだ。2週間ほど前に年賀状作成で大いに役立ったのがきっかけで、今では仕事に趣味に日常生活でもAIの世話になる場面が頻繁に見られるようになってきている。一度それをまとめて職員に話してみようか。

それで総務部に元パソコンショップ店員歴のあるお出来さんに「正月明けでいいのでいくつかAIの活用例を教えて欲しい」と頼みに行った。仕事での活用については職員に私が教えるというより教わったことをそのまま転用しちゃろという魂胆だ。

他は囲碁将棋麻雀でのAIについては私はある程度状況を知っていて、力量はすでに人間を越えていてプロたちもAIの指示する手を勉強しているのが実情だ。だから対局に際してはスマホやパソコンなど電子機器の持ち込みは厳禁で、つい5年ほど前、韓国での囲碁の若手女子プロがオンライン対局でAIをこっそり利用して対局に臨んでいたことが判明し、1年間の資格停止処分を受けた事例がある。何でバレたのかというと、打ち方がAIの予測する内容と大部分で一致していたため、不正使用の疑惑が浮上し、韓国棋院が専門家と調査に乗り出し、本人が「AIの助けを受けていた」と認めたからである。韓国棋院は処分の重さを決めるに際し、未成年であることや「間違った選択をし反省している」と釈明していることも考慮した。まだ13歳ということでその程度の処罰で済んだようだ。確かその棋士は日本から韓国棋院に移籍している同じく天才少女仲邑菫(なかむらすみれ)四段とも最近何度も対局しているからその処罰で良かったようだ。

あとはAIの出す結果は著作権に反していないかも考慮しないといけない。つい最近、文具大手メーカーの「サクラクレパス」が商品をPRするポスターについて、生成AIで作成したイラストなのではないかとX上で指摘され波紋が広がった。スペインで12月5~8日に開かれたイベント「マンガ・バルセロナ」で掲示されていた同社のポスター中に、セーラー服姿の少女がサクラクレパスの商品を両手に持って笑顔になっており、同社のロゴがその上に大小2つ出ていたのだが、少女の左手に指が4本しかなかったり、右手に持った商品のペンが大きすぎたり、一見してAIぽかった↓。
これに現地の漫画ファンがイベントで撮った写真を投稿し、「画材の会社が AIでポスターを作ってるなんて」とやったもんだから炎上したのだ。そこで同社はこのポスターについて、2025年12月11日、公式サイトでお知らせを出し、グループ会社傘下の販売子会社が生成AIを使って制作したとして、「このたびの事案によりご不快な思いをおかけしました」と謝罪したのである。

何事にも光と影があるもので、便利な物にこそ注意が必要ってことだ。おお、スピーチのネタの半分くらいは今日で出来上がったかも・・。最近は期限ギリギリにならぬよう早めに仕事をする癖が出てきているみたい。ふふ、年食っても人は進歩できるんだぜー。

2025年12月28日日曜日

有馬記念を見つつのタイヤ交換

12月3日にネットでヨコハマのタイヤ2本を注文したことはこの日記に書いた。Amazonを通じての注文で2週間くらいはかかると聞いていたが、なんと3週間過ぎてもまだ届く様子がなかった。やっと数日前に鹿児島のオートバックスへ向けて発送しましたとメールが届いた。いやー、この方式は我慢させられるわ。タイヤの場合、Amazonはどうも時間がかかるようだ。よくよく調べると「価格.com」での注文が良さそうで、「即日発送」なんてのもあった。まだまだ買い物上手にはほど遠いな。

で、昨日「お届けしました」とメールで確認出来たので、朝、オートバックスに電話すると、確かに届いているという。タイヤ交換の予約は「15時なら空いています」とのこと、即予約した。城南町にあるオートバックスでこの店に行くのは何十年ぶりかだ。鹿児島市北部に家を建てたのでこの辺りの店にはほとんど来なくなっていた。

このオートバックス城南店というと、私は和歌山代表で夏の甲子園に出場した星林高校を思い出す。ある夏の日の夕方この店に来た時に星林高校が甲子園で試合をしていたのを見ていたか聴いていただったか・・。あの頃の和歌山代表は箕島高校が弱体化し智弁和歌山がまだ強くなる前で星林のような普通の県立高が甲子園に行けていた時代だ。調べると1990年だった。結婚はしたけれどまだ子どもがいなかった頃で、車は赤のプレリュードで何かカーグッズを買いに来たのだろう。店の雰囲気は昔と変わらない。

事前に料金を支払い(交換費用が1本7千円もした)、呼び出し番号がモニターに出るまで待合所でTVなど見ながら待機した。競馬の有馬記念をやっていた。私はこの手のギャンブルはいっさいやらないのでどの馬が勝とうが負けようが高みの見物だ。それより有馬記念がかつての日本中央競馬会理事長だった有馬頼寧(よりやす)氏の功績を称えて名付けられたレースである点に興味が湧く。有馬氏は中山競馬場の新スタンド竣工を機に、ファン投票で出走馬を決める「日本ダービーに匹敵する大レース」を提案し、1956年に「中山グランプリ」として第1回レースが開催され大成功を収めたが、その直後の1957年1月に氏は肺炎で急逝してしまう。そこで彼の競馬の発展への尽力を称えるため、翌年の第2回からレース名が「有馬記念」に変更されたのである。彼は世が世なら久留米藩主になるべき人で第15代当主でもあった。

2013年12月21日に私は鹿児島中央高校の関東同期会に参加するため東京にいた。その時に久しぶりにヤノケン和尚に会った。彼は臨済宗相国寺(しょうこくじ)派のお偉い坊さんである。同期会にも和尚の格好で来ていた。小中高と同窓生でありながらその頃は疎遠で久しぶりの邂逅だった。聞けば毎年この時期に開かれる関東地域の高校同期会には京都から参加するのだという。というのも「明日の有馬記念に有馬頼底(らいてい)官長が来賓として招かれるのでその付き添い」だというんだ。有馬頼底という坊さんは相国寺だけでなくあの金閣寺や銀閣寺も住職を兼務する京都仏教界の超大物で京都仏教会(宗派を超えた京都府内約1100か寺が加盟)の理事長をつい最近まで務めていた。有馬という名前から分かるように有馬頼寧氏の従兄弟にあたり、そのつながりで中央競馬会ともつながりがあったのである。

レースは3番人気のミュージアムマイルが勝った。競馬に疎い私は初めて聞く名だが皐月賞も勝っているそうで、いかに自分が門外漢ってことだ。ミュージアムマイル勝利の瞬間↓。
16時になって競馬中継は終わってもまだ私の番号は呼ばれない。1時間20分ほど経過しようやくモニターに番号が映り、ピットに受け取りに行った。真新しく空気圧も結構入っていてイイ感じだ。
ただこの時気が付いたが、メーカーオリジナルはヨコハマの銘柄でブルーアースだったのに私が注文したのはヨコハマは同じでもアドバンだった。同じ銘柄と思っていたのは全くの勘違い。でも運転してみて乗り心地、操作のスムーズさともに明らかに改善していた。「これでいいじゃん」とご満悦で運転し帰宅したのだった。

2025年12月27日土曜日

シボレー・コルベットC8とランボルギーニ・アヴェンタドールSに追い抜かれる

土曜午前の仕事が終わって、高速道路で自宅方面へ向かっている時だった。黄色のいかにも高級そうなスポーツカーが私の車を追い抜いていった。「この車なんだ?!」と思い、デジカメでその後ろ姿を数枚撮った。日本製ではない少なくとも1千万円以上は確実にするようないわゆるスーパーカーと言われる類いのスポーツカーと思われた。

 車名が全く浮かばず、帰宅してからGoogleのAIに画像を張り付けて尋ねてみた。するとあっという間に回答が出た。

・この車両は、シボレー・コルベット(C8)です。
・コルベット史上初のミッドシップエンジンを搭載したモデルです。
・6.2L V8エンジン「LT2」を搭載し、最高出力は502馬力を発生します。
・トランスミッションは8速デュアルクラッチトランスミッション(DCT)を採用しています。
・日本市場向けにはブランド初の右ハンドル仕様が導入されています。
・画像の車両は、限定車の「イエロージャケットエディション」の可能性があります。

え、アメ車だったんかい。値段は1180万円から1400万円くらいとこの手の車ではそんなに高くはない。前から見ると↓な感じだ。昔のコルベットスティングレーはFR車だったのでずいぶんイメージが変わった。ミッドシップエンジンゆえにフロントがものすごく低くシャープになっている。
へーえ、知らぬ間にアメ車も変わってきている。

すると、また日が変わって今度は姶良方面へ車を走らせているとバックミラーに黄緑のこれまたスーパーカーとおぼしき顔つきの車が映った。
これは・・イタリア車のランボルギーニじゃないかな。このままの位置で走行するのは落ち着かないので、またもやデジカメを握り車線を左に移り、追い越し車線を譲った。すると「分かっているなら早くどけよ」とばかりに追い抜いていった。真横のボディを写真に収めたかったが、バックの写真しか撮れなかった。しかもブレている。
で、これもAIにかけてみた。するとやはりランボルギーニで間違いなかった。

・この車はランボルギーニ・アヴェンタドールSです。
・6.5リッターV型12気筒自然吸気エンジンを搭載し、最高出力は740psです。
・0-100km/h加速は2.9秒、最高速度は350km/hに達します。
・4輪ステアリングシステムをシリーズ生産モデルとして初めて導入し、ハンドリング性能が大幅に向上しています。
・従来のドライブモード(ストラーダ、スポルト、コルサ)に加え、トラクション、ステアリング、サスペンションの挙動をカスタマイズできる「EGO」モードが追加されています。

ひええー、まさしくスーパーカー。値段も約4500万円とコルベットのだいたい3倍もする。鹿児島じゃ滅多に見かけない。ナンバープレートからはどこの地域かははっきりしなかったがたぶん県外だろう。斜め前から見ると↓な感じ。
スタイルだけ見てもこの手のスーパーカーはイタ車に1日の長があるな。私が追い抜かせた直後、トヨタの一般車がこの車の後を結構なスピードで付いて行ったが、あんまし無理しない方がいいよ〜。何年も前だけど私の車をビューンと追い抜いていった赤いフェラーリがすぐに覆面パトカー(クラウン)に捕まったのを見たことがあったしー(2020/1/12「赤色は止められる&奈良国立博物館」→https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2020/01/blog-post_12.html)。

「せまい日本そんなに急いでどこへ行く」・・もう50年も経った有名な交通標語を思い出しましたよ〜。

2025年12月26日金曜日

年末、カレンダーつかみ取り

昼休みも終わろうとする14時前、大会議室の入口に女性職員らがなにやら集まっていた。

ああ、そうか。14時から希望者にカレンダーの配布があると聞いていた。私は並ばずに会議室に入り、並べられたカレンダーを眺めてみた。私は事前に卓上カレンダー1つ、壁掛けカレンダー1つをすでに手に入れていた。去年も特別にもらったものでまあ院長枠だな。
14時きっかりに各自が好きなものをゲットできるそうで狙い目のものを目当てに女性職員らは待ち構えていたのだった。私は並べられたカレンダーの中で富士山の風景写真がいかにもな構図でいいなと思った。
それで、14時きっかりに争奪戦が始まった。私は初めて見たのだが、まるで商店街のつかみ取り早い者勝ちの様相だった。
いやはや、ものの1分、いや30秒でめぼしいカレンダーは取り尽くされた。ひえ〜。
それで最後らふきんまで残っていたのはあの富士山のカレンダーだった。え、なんで?と最初思ったが、よく見ると3ヶ月交代のカレンダーだったのだ。写真が大きく上等なだけに毎月12枚の写真は使えなかったのだろう。でも使う側からすれば3ヶ月も見た目が変わらないのはツマランってことかな。

私は最低限、院長室に置く小さな卓上カレンダーは必要でさっそく机の上に置いた。

右の卓上に入れているのはカールと旧職員のオイドリッチNsとの3ショット写真。7、8年前からずっと飾っているお気に入りの写真だ。使わなくなった卓上カレンダーはこうして写真立てに姿を変えるなどしてタダでは捨てないのだ。以前は薬品会社から多数もらっていたものだがこのところそれもなくなっているしー。大事にしなきゃね、カレンダー。

2025年12月25日木曜日

謙虚でなければならないワケ

こてる日記の中で麻雀ネタが人気ないのは分かっている。だが、今日は記録に残したい意味もあって敢えて不人気の麻雀ネタを書く。

未明に天鳳を3半荘やったのだが見事に3連続ラスを引き、持ちポイントも一気にー360点も無くして六段の平均持ち点の半分にまで落ち込んでいた。モヤモヤが残っていた私は珍しく病院の昼休みに天鳳にアクセスし闘牌を開始した。すると幸先良く、5200、5800と中堅クラスの手を上がることが出来、トップ目で東4局を迎えた。配牌を見てドキッとしたよ。
白発中がそれぞれ2枚ずつあってしかも第1ツモが西。大三元はおろか字一色のダブル役満まで狙えそうな超大物手じゃないか。2巡目の白が鳴けて4巡目には中が暗刻になった。そして6巡目には大三元を聴牌したのだ。待ちは発と西。発なら大三元の役満32000点、西でもハネマン1万2000点というひっそりと鳴いたにしては爆弾級の大物手だ。私はデジカメ動画撮影を開始し例によって「出せぇ~発」「西でもいいぞ~」と一人で唸っていた。
しかし同巡に下家の親がピンフドラドラの258万待ちという絶好の手をリーチせずにダマで聴牌していたのだ。そんなこととはつゆ知らず、9巡目に対面が8万で親に5800点を放銃してしまい、「あぁ~」と残念な展開を呪った。親もなんでリーチすれば親マン1万2000点になるのに安くしてあがるんだ?と疑問に思ったな。でも、あとで牌譜を見てみるとリーチを警戒して対面が8万を切らずにいればすぐに私が8万を持って来て間違いなく親マンを振る展開になっていた。ひえー。
そして東4局が終わっての南1局、私はつまらない手ではあるが早々に聴牌したので6巡目にリーチをかけた。待ちも自分で4枚持ちの6ピンと9ピンのシャンポン待ちだ。裏ドラや一発が無ければ全くのクソ手だ。
ところが対面の親が9巡目に追っかけリーチをかけてきた。うわ、ちとマズいな。こちらは待ちは悪いのに手も低い。親はリーチかけるほどの勝負手なんだろう。だが、10巡目に私は6ピンをツモってきてなんとか上がることが出来た。ふぅ〜。

その後対面と私は接戦になりオーラス私が上がってかろうじてトップを取った。そしてあのくそリーチの場面で親のリーチはどんな手だったのだろうと見返してみて驚いた。な、なんと役満四暗刻を聴牌していたのだ。待ちは2索と5万。私の6、9ピンより残り枚数は多かった。
私も大三元を上がれず毒づいていたが、対面さんも相当頭に来ただろうなぁ。こっちは役満なのになんだあの手はってネ。私が上がれたのは相当な幸運が働いた結果だった。

普段は、上がれなかった相手の手は分からないまま次の場面に移っていくので、「実は・・」というすごい手が隠されていることに気づかずにいる。ネット麻雀ではそれを後からの検討で知ることができる。聴牌までは打ち手の技量が反映されるが、上がれるかどうかは実に麻雀の神様のお情け次第ってこと。雀士は大勝利するとついつい全てが自分の力で勝っているかのように錯覚しがちだ。それじゃダメで、雀士は麻雀に対して謙虚であれ!これを痛感したことだった。

2025年12月24日水曜日

ココちゃんにもクリスマスプレゼントがやって来た

クリスマスイブだ。となれば、夜はシャンパンとケーキとターキーだ。もっとも日本ではターキーもチキンにすることが多い。ケンタッキーフライドチキンが1年で一番商品が売れる日らしいしー。で、こてる家でもその3点セットはあった。中でもケーキは去年同様立派な生クリームを使用したデコレーションケーキだった。

去年は食べきれなかったけれど今年は2日に分けてがっつりいただきました。ハハ、ケーキって最初の一口二口が一番美味しいよねぇ・・。

セージ家からココちゃんがクリスマスプレゼントをもらう様子が「みてね」に送られてきた。うわ〜、でっかいプレゼントだねぇ↓。
開けてみると小さな自転車だった。
で、その後だが、上の写真をいかにもプレゼントらしく加工された写真も送られて来た。
AI使って加工したんだろうが、ぜーんぜん、違って見えるわぁ。ずっといい。それと最近セージ家ではいわゆるルンバタイプのお掃除ロボットを購入したようで、それをココちゃんが怖がる様子が面白かった。
うわはっはっ、初めて見る動きに怖れをなしてママに甘える様子が子どもらしくていいねぇ。こんな反応は今だけのものだろう。後になればそれがどんなに貴重なことだったか分かる。そんな動画が簡単に撮れる今の時代は本当に有り難いわっ!

2025年12月23日火曜日

宛名印刷&一言添え

今日は久しぶりの平日午後早帰りだった。内視鏡の機器本体の交換作業予定があり内視鏡検査そのものが組まれていなかった。

それで自宅にこもって年賀状の仕上げで、宛名印刷をやった。全部で127枚。意外に時間がかかり3時間以上を要した。1枚ごとの印刷にして一言添えもその時に書くようにしたので思いのほか時間が掛かったのだ。今年は毎年恒例の印刷ミスをしそうになったがどうにか回避出来た。郵便番号のプリント位置が違っていたり、裏面に宛名印刷をしそうになったり、カールの友人宛なのに私の名前でプリントしたりなどだ。ただ1回だけヒヤリとしたのが、喪中のたっつんDrの1枚印刷をクリックしたことだった。事前の「印刷しない」設定をし忘れていた。慌ててプリンターのハガキ置き場に手を突っ込み、印刷が始まる前にそれを阻止出来た。ハガキ丸々1枚無駄にするところだったわ( ・_・;)。↓は試し刷りの様子。

今年は喪中欠礼のハガキが4枚しか届かなかった。少しおかしいな、例年は10枚以上は届くのに。思うに去年私が欠礼状を出したせいだろう。あれをすると翌年は年賀状そのものが減る。みんな前年の年賀状を見て欠礼状も出すだろうから、人によっては送り損ねているケースがあるんだと思う。今回は例年通りの130枚を準備したが、やや多かったかもしれない。というのもいわゆる「年賀状仕舞い」を宣言する人が増えているからだ。この流れはもう止められないな。5枚近く余ったのでいつもは出さないテルやチッチにも年賀状を送った。そしてトイレに置く年賀状写真立てに年賀状裏面を早くも飾った。去年作らなかったせいで2年間も宮島背景のネコ抱っこ写真だったからさ〜。

明日投函するので投函期限の12月25日以内だ。間違いなく元日には届くだろう。なお、一言添えで一番多かった文言は「ネコたちと楽しく暮らしています」だった。ハハハ。

2025年12月22日月曜日

一人でボウリングするって何年ぶり?!

夕方18時半から姶良郡医師会で会議があった。で、会議ついでに終わってから久々に国分スターレーンに一人でボウリング練習をしに行った。ボウリングそのものが今年2月の社会保険協会の「健康作りボウリング大会」以来だった。一人での練習ともなると3年ぶりか4年ぶりかもう覚えてもいない。来月に三師会ボウリング大会があるから練習もしておかねばならず、せっかくボウリング場のある国分に来たのでやっとこうってことだ。

で、3ゲームを申し込み、例によって投げる前のテーピングやマメ予防などやり、さあ投げようとして気が付いた。なんと長袖のままボウリング場に来ていた。ボウリングってどんな真冬でも半袖で投げるのが原則だ。だから出かける前に半袖ポロシャツを車に入れておいたのに忘れていた。以前の私なら考えられない。ボウリング習慣を忘れてしまっている〜。で、そのまま投げ始めたが、ボールが重い。一球一球ごと肘や腕の筋肉に負担がかかるのが分かる。

1ゲームめ、144というスコアだった。ふーん、今の私にとってスコアがいくらかは全く重要ではない。きちんとボールをリリース出来るか、指や関節が痛くならないか、ボウリンググッズはちゃんとそろっているかなどをチェックした。グッズはスキンパッチの溶液が干からびていたり、爪のマメ予防の人工皮膚が固まっていてほぼダメだったり、テーピングテープも近々無くなりそうだったりと補充が必要だった。やはり事前練習しておいてよかった。また試合前は難ガターさんらを誘っていっしょに練習をしておこう。

ちなみに2ゲームめ、3ゲームめは128、128で3ゲームぴったり400点ととてもマイボウラーとは思えない低スコアに終わった。しかし、最後の10フレだけはストライクを狙ってビデオも撮った。1回目はやや甘くヘッドピンに入ったため10ピンが残った↓。
そこで最後の投球はラインをわずかに修正し入射角度がやや厚めになるように狙った。結果はばっちしストライク↓。
ふむ、まだ腕は衰えていないぜぇー。

2025年12月21日日曜日

四半世紀を過ぎて

寝起きを繰り返していた私は、明け方、ハナビが居間から廊下に出ようとしているのを見た。そこで「ハナビ!」と呼びかけた。すると、返事こそしなかったが、ハナビはピタッと歩むのを止め、私の座っている椅子まで引き返して来たのだ。うわ〜、これは初めてのこと。ゲンちゃんなどは「ゲンちゃ〜ん」と呼びかけると「ニャァ〜」って返事をするが、ハナビはこれまでまったく反応しなかった。それが明らかに私の呼びかけに応えてくれたのだ。うん、いいぞいいぞ。いずれ返事もしてくれるようになるだろう。嬉しくてお顔をなでなでして上げたわ〜。

午後は田舎の実家に帰った。今度の正月は行けそうにないので墓参りも兼ねてだった。知覧の実家に近づくと茶畑の間にいくつもこの時期の風物詩「大根やぐら」が見られた。これ、昔から見ているのでどこでもある風景かと思ったら頴娃、知覧のほか、大隅の一部ぐらいらしい。乾燥された大根は漬物の特産品になるそうだ。

実家ではチエコンさんが待っていてヒラーキもやってきた。ヒラーキは1週間ほど前に自宅階段で右足をひねってしまい、大きく腫れ「好きなゴルフが出来なくていらついている」(チエコンさん談)だって。庭に出ると、デンコーの時代から植えていたサワーポメロの木に大きな実がたわわになっていた。それでも今年は枝の伐採などで例年ほどではないそうだ。カールの顔ほどもあるサワーポメロの実↓。
この他、ポンカンももらい、家には出水からもらったデコポンなどもあり冬はみかんづくしやぁ。

1時間ほど過ごした後は、頴娃で墓参りし、その後指宿に向かった。1週間ほど前から国立病院に入院したという親戚を見舞うためだ。↓はその途中の瀬平公園から臨む開聞岳。

指宿国立病院に行くのはトシバーが腎臓を手術したのを見舞った以来で20年ぶりくらいだ。あの時の車はオデッセイで子どもらも連れてだった。カールが「幼いチッチがエレベーターに一人取り残されて慌てた」こともあったとか。その時に撮った写真がなくいつのことだったかな。一つ思い出したことがあって、駐車場で降りる時に私は車のTV画面で囲碁のNHK杯の決勝を見ていたんだった。私の推しの棋士である石田芳夫が久々に優勝して嬉しかった記憶がある。ネットで調べると2001年の3月のことだった。そうか、Canonのデジカメを買う1年前でチッチがまだ5歳の頃だ。写真をバンバン撮ってはいなかったしチーが迷子になってもおかしくない頃だった。

あれから四半世紀も経った。デジカメもその間10台くらいを買い換えている。それくらい経つと身の回りが激変していることに改めて気が付く。トシバーは2011年に亡くなった。ギボヒサコは去年亡くなり、デンコー父は2007年没で、あこネーサ母は胃瘻のおかげで96歳だがまだ元気だ。チッチは来年30歳、セージには子どもがいるし、テルももちろん社会人で、みんな県外にいる。そういえばヒラーキとチエコンさんには男女4人も子どもがいるが長女のみ県内で他はみな県外にいる。まてよ次男のヒロヤン君は2001年にはまだ生まれてもいなかったな。

親世代は大方亡くなり、子ども世代は大人になった。我々世代は体の不調を気にしながら後の四半世紀を生き抜けるか・・だ。はっ、四半世紀だって?その頃は自分は101歳じゃないか。うう、おそらくは生き抜けるどころじゃないな。ただ願わくばせっかくもらった命、少しでも元気で100歳までは生きていけたらと私は本当に思っている。

2025年12月20日土曜日

久々に緊急内視鏡で病院へ出向く

朝、歯科医院へ向かおうとしていると、病院から電話が鳴った。この前から大腸憩室出血で入院している患者がまた下血をしたという。これには思わず「ええー!」と声を上げてしまった。というのも昨日夕方に出血源であろうというS状結腸の憩室を見つけ、クリップで縫縮止血をしたばかりだったからだ。あの憩室は実は出血源ではなかったのか・・。

ちょうど土曜で内視鏡スタッフも1人か2人は出勤しているだろうから、「午前中には病院に行くから緊急内視鏡出来るように準備しておいてくれ」と病棟スタッフに伝え、とりあえずは歯科医院へ向かった。午前9時が予約時間だったので逆算すると11時くらいには姶良まで行って内視鏡検査はできるだろう。

午前10時45分から緊急大腸内視鏡は始まった。ちょうど内視鏡室主任の茶の里さんが外来勤務だったので助かった。これが時間外勤務だったなら今日のこの検査は出来なかった。ずっと以前は時間外でもこんな場合、DrとNsが自宅や病院外から出てきて内視鏡検査をしていたが、働き方改革の影響と昨今のスタッフ不足で時間外は原則緊急内視鏡検査はやらなくなったのだ。

さてこの患者さん、12月17日と19日に大腸内視鏡をしていて、凝血の付着具合からS状結腸憩室からの出血とほぼ確定していた。しかし、この人の大腸には憩室がそれこそ100個くらいあるんだ。いったん出血が止まってしまうとそのうちの1個を同定するのはすごく難しい。↓の内視鏡画像がこの人のものだ。1視野に15個くらい憩室がある。1個1個確認はするが内部が見通せない憩室もあり出血してくれないとなかなか分からないものなのだ。

しかし昨日の検査では1ヶ所凝血が目立つ憩室があって、出血源を疑いそこにクリップをたくさん掛けていた。これで出血は止まるだろうと思っていたが・・。しかし今日の観察ではっきり分かった。昨日のこれだと思った憩室ではなく、実は隣の憩室から出血していたのだ!。クリップの横から出血しているのが分かるだろう。3日前も昨日もこの辺りが怪しいと何度も観察はしていたんだよ〜。
結局、ゴムバンド結紮法(Endoscopic Band Ligation=EBL)で止血した。
いやはや、粘り勝ちだった。患者さんも何度もスコープを突っ込まれ、絶食点滴で空腹を強いられ病室では「きつい」と看護師さんらに言っていたようだが、ようやく原因対策が上手く行ったことで今日の表情は柔らかだった。

実は今日の歯医者はもともと午前11時が予約だった。それが昨日連絡あり、歯科医院の都合で午前9時に変更させられていた。それが返って内視鏡室の都合には良かった。今回は条件がそろって三度目の正直で上手く行ったが、そうでないケースも多く、患者さんが不便を託つ(かこつ)こともある。いつでも誰にでも対応するのが理想ではあるけれど、はっきり言って限られた医療資源の中では運不運がある。誰にでも平等に対応するというのは言うほど簡単ではない。今回の患者さんの安心したような表情を見て、満足ともどかしさをおぼえた私であった。

2025年12月19日金曜日

今年も5階病棟忘年会は盛り上がる

5階病棟の忘年会に出席した。11月半ばから院内メールで「参加の可否を連絡下さい」と幹事の長い徹夜君から何度も連絡があった。12月の金曜日だし何か用事が入るかもと返信をうやむやにしていると、今月初めに病棟に行った際、長い徹夜看護師に「先生、来てくださいよ」と直接催促された。それでも私は「うーーん、そうだミライNsは来るの?彼女が来るんだったら・・」と言うと「ああ、ミライさんはその日は夜勤です」だと。「なら、行かないかナー」なんてぐずると「先生、でもナナミンさんも来ますよ〜」という。ここまでしつこく誘われれば「ナナミンさんが来るなら」と美人看護師にかこつけてOKを出した。いやいや〜。

ミライさんは去年4階から5階に移動になり、この前の朝礼のスライドでもあだ名の由来を紹介し私は「可愛いです」なんて言っていた。ナナミンさんは出産で2年ぶりにこの前復帰したばかりだ。もう3人の子持ちになっても美人ぶりは変わらない。もと青雲会病院看護師で同じく美人だった姉のカナミンさんが今はエステサロンを開いていて、彼女はそこでお肌のお手入れを受けているんだとか。↓はその忘年会でのナナミンさんとニヤける私。

まあ5階病棟の飲み会はとにかくワイワイガヤガヤがすごい。しかもビールは何杯も飲み放題だったのでみんな飲む飲む。私は飲めないし、車で来ていたのでジュースやウーロンだ。隣はこれまた可愛い山師かなNsで彼女が好きなアプリで加工したツーショット写真を撮ったりした。
私の背後には、以前職場体験説明会で「元事務職員から一念発起し看護師になった奇跡の40歳」と高校生らを前に紹介したこともある鳥羽Nsがいた。いや、ほんとアラフォーとは思えない若さだ↓。
新入職した看護師ではチュ−リップNsの話が少し面白かった。宮崎出身で2年ほど沖縄は石垣島で働いていたという。その時、マイカーを売ってしまって今は車がなくて不便を囲っているらしい。それと「ねえねえ、子どもの頃から名前のせいでチューリップって言われてなかった?」と聞くと「ええそうなんですぅ〜」だって。やっぱりなー↓。お顔は私の従妹のヒトミンチョに似ているネ。
女性陣ばっかし書いているがちゃんと男性看護師らとも会話ははずんだよ。ここ1、2ヶ月顔を見ない下僕君は鹿児島市内の総合病院で現在特定医療看護師の研修を受けていて来月末までかかるという。認定されれば来年度から一部の医療行為で医師と同等のことが出来るようになる。中には私が得意でなく外科Drによく依頼する医療行為もあり「次からは君に頼む、よろしく!」というと「任せてください」だって。いや頼もしい。
19時から始まった会は21時半を過ぎても会は全く終わる素振りがなく、こてる日記も書いておらず、明日朝は歯医者の予約もしているため、先に帰ろうと一言挨拶をしようとしたら、川の陣君が「ええー!こてる先生、だめですよ〜」と手や腕を取り放さないので、こら〜とキスする素振りをして振り切ったよー。いや、この写真を見てこれで一滴も飲んでいないとは誰も思わんやろな。
思えば、
例年は数人はいるのに今年ドクターで参加したのは私一人だけだった。日頃、仕事だけの会話がほとんどなのでいろいろな話題やエピソードなどで楽しく過ごせる飲み会はいいね。でも仕方ない。「えー、もう帰るんですかぁ」なんて言われ、名残惜しつつも振り切って5階忘年会会場を後にしたのだった。

2025年12月18日木曜日

腹にゲンちゃん、胸にハナビ

最近、自宅では椅子寝が多い。平日は主に夜間や明け方、休日は日中にぐたぁ〜と椅子で寝込んでいる。で、そのお腹の上にゲンちゃんが乗っかるパターンが多い。布団で寝るとハナビが明け方に必ずといっていいほど胸に乗っかってくる。

今夜も22時ごろに椅子寝していてそれをカールに撮られていた。ゲンちゃんが乗っかろうかかなぁ〜と見ているネ(今年11月6日にも同様の写真をこてる日記に載せた)。

別の日に撮られたものではゲンちゃんが乗っかっていた。
ハナビの場合、なぜか腹上ではなく胸上に乗っかるのよね。以前パーソナルチェアで私の胸上に乗る姿を紹介した。
ハナビが机の上に来た時など、私に乗っかりたいのかなと思って「はいどうぞ」体を開いてみせるがなぜかお腹の上には乗って来ない。椅子だと胸に乗りにくいので結局しばらく机の上にいるけどやがて去って行く。

腹と胸の違いはあるけれど、私がネコに好かれていることが間違いないようだ。カールにはゲンちゃんは乗っかるが、ハナビはまだ一回もないという。ただ一度乗りかかったことがあったそうで、その時は「あ、間違った」てなお顔をして去って行ったそうな。ふふ、ネコに好かれ度では「私の勝ち」だな。