2025年12月13日土曜日

かつての自宅が今は「民泊ホテル天文館」

今夜は2、3年前に青雲会病院を辞めて県外にいて休暇で帰郷した舞妓はんNsらと食事をする約束があった。元4階病棟の代傘模試Ns、今も4階病棟の松枝Nsも来るという。場所は天文館の山之口本通りの小さな居酒屋だった。カールに送ってもらい約束通りの18時半に店に入ったが、彼女らはいない。舞妓はんからのLINEで「駐車場がなくてまだ探してます」だって。いや、忘年会時期の土曜夜ならそうかもしれない。

で、しばらく一人で待っていたがなかなか来ない。店の人からは「予約は2時間までですので20時半には終わります」と言われ時計を見るとすでに20分を過ぎていた。ようやく集まったが、かなり遠くの駐車場に駐めざるを得ず、その行き来だけでも時間を食ったらしい。運転手は今夜の主役のはずの舞妓はんで「私、全然お酒飲めないんです」だと。それは私もほぼ同じ。でもビール1杯くらいは大丈夫なので最初だけは黒ラベルを頼んだ。

舞妓はんは現在神奈川県の病院で働いていて、そこにいる大きな理由の一つが「推し活が出来るから」というものだった。彼女、10年来の男性アイドルグループ「A.B.C-Z(エービーシーズィー)」のファンなのであった。「月に1回は彼らのイベントに参加するし、他の都市でのコンサートにも行く」んだとか。へーーえ。そのために独身なのか独身ゆえにそうなのかは聞かなかったが、なんだか今風やね。もうアラフィフの松枝Nsも「私は(歌手の)ナオトインティライミが好きでー」とその名前が刺繍されたネームタグを見せてくれた。
彼女もライブやコンサートなどチケット取るために娘と二人でアクセスするためにスマホを指で素早く何回もタッピングするんだそうな。いやはや、「推し活」ってすごい。

思い返しても私がコンサートやライブって60年以上の人生で数えるほどしかない。1990年のポール・マッカートニーとウイングスの日本初のコンサート(東京ドーム)の初日、2013年77歳時の美輪明宏の独演会、2015年AKB48の福岡であった総選挙コンサートくらいだ。みんな彼や彼女らの歌う歌が好きでわざわざ行ったのだが、「推し活」とまではいかない。私やカールは芸能人やアーティストにはハマらないタイプのようだ。

時間はあっという間に過ぎ、20時半には店を出た。小雨が降る天気だったが私は家とは反対方向の樋之口町側に向かった。ちょうど彼女らも駐車場が新屋敷町方面ということでいっしょに歩き、途中「民泊ホテル天文館」のビルまで付き合ってくれた。いや、ここに泊まるわけじゃないのよ。実はこのホテルの場所は、私が小学校から結婚するまで住んでいたところだった。旅館をやっていて1990年に他人に売った後は1998年にビルは解体されていた。それからは怪しいゲーム喫茶、駐車場などになり、2年半ほど前に見たら「ホテル建設予定」と看板があった。去年1月始めの時は建設中で、1年前にオープンしたとは聞いていたが、まだ一度もその姿を見たことがなく今日はぜひ見てみたかったのだ。↓。ぱっと見、マンションみたいだ。
昼間に見ると↓のよう。
厳密には敷地は旧こてる家と隣の西村、小桜さんちが合わさっている。住所表示は樋之口町9番21号だって。こてる家は9番20号だった。駐車場も併設されているようだ。

樋之口町は50年ほど前からはするとすっかり様変わりした。あの頃は木造民家が多く人も多かった。バブル時代に地上げもあったせいかどんどん住民が抜けてしまい半分くらいは駐車場に変わった。未だ残っているのが対面のT永さんの家くらいで60年くらい前の小屋もどきがまだあった。ただ今住んでいるのはT永さんではないはずで、一軒だけ時代に取り残されているかのよう。
ホテルのホームページを見ると、比較的リーズナブルな値段と天文館にごく近く利便性がよいとあった。確かにそう。こてる家はかつての旅館だったのでその雰囲気が少しはあるって感じか。でも、以前は下町の活気があったが、今夜、9番地、8番地を歩いても家がない、人がいない。マンションとホテルと駐車場だけだ。2年ほど前のGoogleMapを見ればそれがよく分かる↓。まだ民泊ホテル天文館は更地だった。
はぁ・・。その後、彼女らの車のある駐車場までは行き着かずにタクシーを拾って一人帰宅したのだった。

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