2026年4月8日水曜日

PTGBAが一気に3人も

この日の外来は私に1日で4人も入院があった。うち1人は予定入院だったが、残り3人は80歳代後半から90歳代とかなりの高齢者たちだった。それが症状はみんな腹痛で、採血では同じように炎症反応悪化があった。病状からしたらいずれも入院が必要で3人連続入院指示で昼休み時間になっても1時間以上費やさざるをえず、結局、水曜定期の院内会議には出席できなかった。

3人とも胆嚢が腫大気味で胆石または胆泥による胆嚢炎かと思われた。となると外科Drに胆嚢を穿刺して停滞している胆汁を排泄する手技をお願いしたいところだったが、あいにく皆、手術に関わっていた。ならば絶食点滴にして抗生剤も滴下指示を出して今日はしのごうか。少なくとも91歳の女性患者は明日くらいまでにはそれらの手技を実施した方が良さそう。で、カルテへ外科Dr宛てに手技依頼のコメントを残した。

あれから2日経過、この日記を書くに当たってほぼ結論が出ている。全員、急性の胆嚢炎でPTGBA(経皮経肝胆のう吸引穿刺法:percutaneous transhepatic gallbladder aspiration)という手技を行い、汚染胆汁を吸引したのだった。
一応内科でも点滴や抗生剤投与で胆嚢炎の治療は行えるのだが、元々が胆石などが胆嚢内の胆汁の流れをせき止めて起きる病態なので、胆汁を逃がしてあげれば症状も早く改善する。そこは外科の出番だ(内科Drも手技に自信があれば可能)。ほら、お尻とかにおできが出来た時にちょっと膿(うみ)を出して上げれば早く治るでしょ、あれと原理は全くいっしょだ。

吸引後の患者さんらは症状も軽くなって検査データも改善していた。青雲会病院では外科の先生に比較的気安く依頼出来るのは有り難い。まあ、めでたしめでたしなんだが、1日に連続3人もとは私も初めての経験だ。いやはや、胆嚢炎って流行性の感染症だったっけ?

2026年4月7日火曜日

地域医療連携だ

先週、近医から電話で「食欲不振、疲労感あり、検査で白血球増加、軽度貧血、血小板低下でLDH上昇のある高齢女性を明日診てもらえないか」と依頼があった。翌日、私の外来に来てもらい、紹介状に添えられた検査データを見ての私の第一感は「何らかの血液疾患」だった。そこで採血再検とCT撮影を実施した。内臓に癌らしき所見はぱっと見ではないようだが、脾臓が大きいのがまたもや血液疾患を思わせた。検査科の難ガターさんに鏡検でよく見て欲しいと依頼すると「(白血病が)怪しいが断定出来ない」とのことだった。

その人は娘さんが東京に居てかかりつけ医から連絡があったようで、午前の便で鹿児島まで駆けつけていた。私は「どうも血液の病気が一番疑わしい。となると青雲会病院では詳しい検査も出来ないし、血液疾患であれば治療するにも専門医がいない。だから紹介状を今すぐ書くのですぐに診てもらえる病院に明日行ってもらいましょう」と説明し、ソーシャルワーカーに相談し、鹿児島市内の某病院なら明日でもOKとの確約をとってすぐに紹介状を書いた。娘さんも予定では明後日また東京に帰るということだったし、ここは急ぐに越したことはない。

近医には他医に紹介した経緯を書いて返書を郵送指示し一段落したと思っていたら、夕方、その近医から「あの患者さんは・・(どうなりましたか)」と確認の電話があった。いやこれは失礼した。経緯を話すと「やはりそうでしたか。ありがとうございました」とお礼を言われたが、私も郵送だけで済ませず、やはり電話で一報を入れておくべきだったな。

で、1週も経たない今日、その鹿児島市内の病院から返書が届いていた。担当医はなんと私と同い年、大学卒業も医局も同門の女医さんだった。↓写真参照。

うーむ、やはり「急性白血病(おそらく急性骨髄性白血病)」とのことで受診したその日に入院になっていた。病気の重さは仕方ないとして、迅速に対応していただき娘さんも安心されたことだろう。近医から電話があって2日後には専門医のいる病院に入院出来たというのは医療機関同士の連携がスムーズにいっていると言えよう。

で、最後に担当医から(4月から月・火・木で非常勤勤務となりました)と近況報告も添えられていた。これは明らかに私宛てに書かれた文言だ。もう常勤は下の世代に任せる、そういう年代だよな。が、まだまだ地域医療を担うには大きな戦力だ。世間では定年だ年金だという世代でも、医者はまだまだ頑張らねばーってことだよ。

2026年4月6日月曜日

「大腸に白い風船」

今日は朝礼発表があるというのに、未明にドジャース対ナショナルズの第3戦をTVで視聴した。ただしソファ寝して、半分ウトウトしながらだった。佐々木朗希が投げ、前半大谷翔平が今季第2号ソロホームランをかっ飛ばし、良い感じでまた勝つのかなと思いきや、3回裏に2点、4回裏に3点を取られ1対5で佐々木は降板させられてしまった。いや、ストライク先行していたし投球はそんなに悪くなったように思えた。私が一瞬寝ていたときに一塁ベースにボールが当たってアウトになるはずがセーフになってその後3ラン打たれたとか。後でロバーツ監督も「取られた点数ほど悪くはなかった」とコメントしていた。ふむ、私と同じじゃん。

この試合は負けかなと思ったが、ドジャースはその後粘り強く点を重ね、終盤はナショナルズのリリーフ陣の弱さもあって大谷の犠牲フライで7対6とついに逆転し、最終的には8対6で勝ってしまった。9回裏はエメロン・ディアスが締めて万全の終わり方。なんかナショナルズのリリーフピッチャーがじりじり打たれて負けるパターンは去年のドジャースみたいだったよ。逆転にここ10試合くらいのドジャースの戦い方は去年よりずっと安定感があり、頼もしい。

さて、朝礼発表はスムーズに進められた。そしてここ数回の発表の中では一番の反響だった。

職員みんなが「面白かった」「ためになった」と言ってくれ、夕方の所属長会議では可愛いんだ理事長など「今日のこてる院長の朝礼スピーチは面白かった。先生は動画をうまく使うから面白いんだろうな。それでだが、スピーチを毎週やってくれんか」だって。いや、それはさすがに無理というもの。朝礼スライド作成時のストレスって相当なものなんですよ。毎週どころか月1でも大変で、現状の3、4ヶ月に1回でご勘弁をー。

なんでみんなに受けたのか。これはある程度予想が出来た。私の内視鏡検査&処置の中でも屈指の面白い症例がいくつも含まれていたからだ。なかでも「大腸に白い風船」は2017年1月のこてる日記では披露したものの、院内の勉強会などでは発表したことはなかった。見せれば誰もが興味を抱かざるを得ない代物だ。そこで今年2月の医局会で症例発表しようと思ったが、他の症例も多くて「後半はまた次の機会に」で終わってしまっていた。そこで今回の1週間前の「朝礼発表をして」だ。よし、ここで使おうと思った。

↓はこれも受けた症例。その男性は3ヶ月前に電池を2個飲み込んだ時は、内視鏡を完全拒否していたが、今度は取ってくれという。そこで内視鏡で覗くとなんと10個以上の電池が胃の中に入っていた!胃の中の蛙(かわず)ならぬ電池のその数に職員も「わぁ」と声を上げていた。

一番受けるであろう「風船症例」は無論最後に呈示した↓。
面白いのは取り出す瞬間だ↓。
締めは「こんなの生まれました」とシホねえNs(現、プーさん病院)がお見せするシーン。
なんで風船なんか入れたのか?実はそこは聞き損ねていた。ただ、シホねえNsが「風船、お持ち帰りになりますか」と聞いたところ、「いらない」との返事だったそーな(笑)。

いや〜、いつかは世に出そうと思っていて9年が過ぎていた。みんなの感想ではやはり風船についてが一番多く、特に「内視鏡で取り出す時に風船を割って取り出してもよかったのでは?」という質問を5人以上から受けた。確かにそれでも良かったかもしれない。しかし、破裂させたときの衝撃で大腸に何らかの影響があるとまずい。とにかくこんなケースは文献でも学会でも見たことも聞いたこともない。風船のつまみの部分を把持出来たし、そこでそのままゆっくり引き抜いて見事摘出に成功したってことだ。

最後に「良い子の皆さんは決して真似をしないように」と忠告して、スピーチは成功裏に終わったのだった。

2026年4月5日日曜日

東京、名古屋、大阪、そして鹿児島の「ありがとう」

明日の朝礼スピーチスライド作成のためずっと家にこもっていた。が、がっつりパソコンをにらっめこしているわけではなく、YouTubeを見たり時にTVを見たりしていた。そんな中、思わず笑ってしまうYouTubeがあり、珍しく保存ボタンを押しちゃったよ。

それは方言の違いで、「ありがとう」のアクセントが東京、名古屋、大阪、そして鹿児島で違うっていうのを分かりやすく、記号と発音で示したものだった。特に、最後の鹿児島の発音を聞くと何度も笑いが出てしまう。「ありがとう」を「こうむいん(公務員)」と言い直してもほぼいっしょなのが可笑しい。

そうそう、チッチが言っていた。「もう5、6年くらい前だけどさー、同じ大学(岩手医科大学)の宇都宮君から不意に電話が掛かってきて、こう質問して来たんだよ」「ほう」「YouTubeで知ったことなんだけど、鹿児島ケンミンのお前に聞いてみるよ『将来何になりたいのぉ?』」チッチはその時ウトウトしていて「何この面倒くさい質問はー」と思ったけれど、そこは鹿児島ケンミン、「医者」などとは言わずに、ほぼ反射的に「こーむいん」って答えたら爆笑してくれたんだって(笑)。

↓はデジカメ動画に撮ったもの。

動画が上手く開かないときは、直接YouTubeで→https://www.youtube.com/watch?v=BYIhKEIr1Wk&list=PLOxkhOVfIkC7IkQCxBD1sUSZaamYKo3nO

「ありがとう」一つとっても言葉ってこんなに違うのよねー。

2026年4月4日土曜日

締めのラーメンを食べるって

昨日は新人教育のための院長スピーチを無事終え、ホッとしたのもつかの間、今日と明日で4月6日月曜の朝礼スピーチのスライドを作らねばならない。2月も医局会スピーチと医療安全のためのスピーチが同じ週にあったがこれって大変なストレスだ。ましてや朝礼スピーチは1週間前に急に言われた(本来は事前に決まっていたらしいが)ため、実質2日間で作り上げねばならない。

で、出だしの1枚目だけは作った。おっと、でもこの1枚目を作るというのが大変重要で、それをするかしないかでこの後の進み具合がえらく違ってくる。↓が今回の1枚目だ。

まさに今の私の心境をそのまま言葉にしスライド化したもので、最後の「TSU・KAI・MA・WA・SHI」は「つ・かい・ま・わ・し」とあの滝川クリステルが言った「お・も・て・な・し」のように言うつもりだ。そして2枚目がタイトルスライド↓だ。
これで半分は出来たようなもので、2月17日に医局会で私がレクチャーしたものを前半に持ってきて、後半は「異食癖&異物挿入」の症例を何例か提示すれば終わる。まあ、ドクター向けと一般職員向けとではより簡易に分かりやすくスピーチしないといけないので少し手間取るがあと2日あればどうにかなるだろう。後半の症例にはとっておきの動画があるので絶対に受けるはず。それは2017年1月25日にこてる日記ネタにしたものだが、あの時は画像を日記にアップするわけにいかず言葉のみだった。今回は院内症例でもありたっぷり動画を披露出来る。ふっふふ。

そんなわけでスライド作成を続けず、YouTube視聴の後、仮眠を取って、深夜2時過ぎからドジャース対ナショナルズの今季第1戦をNHKBSで視聴し始めた。ただ、深夜過ぎてうつらうつらしていたら何か音がして、ふと顔を上げるとチッチがこんな時間に帰ってきていた。病院の歓迎会とその二次会が遅くまであり、締めが「とんとろラーメン」だったそうで、こんなに遅くなったそう。え、チッチは「とんとろ」は嫌いじゃなかったの?すると「自分はあっさり系のラーメンが良かったけど新人Drのほとんどが『とんとろ』って言うのよ。それで小盛りを頼んで食べた」んだとか。いやいや、思えば私も研修医の頃、同期の飲み会の帰り、サブアラドDrが「締めは三平ラーメンで」と言うので、鹿児島では比較的珍しい味噌ラーメンの「三平」で食べてから帰ったものだった。最近は飲み会にも行かないし、ましてや締めのラーメンって20年くらい前、青雲会病院の飲み会が天文館であった時にそれこそ初めて「とんとろラーメン」を食べたのが最後だったかも。そんなのが出来たのも若かったってことやなー。

その後、野球を見ていたら、チッチのいるところから何の音もしないので、1時間後くらいに覗くと、チーはテーブルでスマホ握り占めたままぐったりと寝入っていた。からだ揺すって「おいおい、もう寝たらどう?」と言うもぴくりとも動かず、それは2時間くらい経った午前5時過ぎまでそうだった。明けが土曜の休みでよかったねぇ〜。

2026年4月3日金曜日

太宰府アカデミーへ感謝

昨夜はチッチが浪人時代にお世話になった全寮制・医進予備校「太宰府アカデミー」のスタッフが城山ホテル鹿児島に滞在していると連絡があり、親子3人でホテルまで出向いた。元々、今ぐらいの時期に太宰府までお礼に行こうって予定していたが、 ちょうど予備校生の入れ替えのタイミングでスタッフは慰安旅行に出かけると聞いていたので遠慮していたら、偶然にも今年は鹿児島行きになったということでちょうど良かった。

最初に総務のクライムさんがエレベーター前でチッチと会うなりガッチリ握手をし、滞在部屋に入ると今度は代表の後藤先生が「おお、良かったな、おめでとう!」とこれまた力強く握手をしてくれた。

鹿児島県人は城山ホテルには会議や式典などで利用することはあっても部屋に泊まる機会はほとんどない。さすがに丘に建つホテルだけあって部屋からの眺めは素晴らしかった。部屋には教務のオーシャンバードさん、英語のマウントパディ先生などチッチをよく知るスタッフもいて、8年も経っているのに、全寮制の予備校で3年間もいっしょに生活していたせいか、チッチのことだけでなく他の生徒の話題などを昨日のことのように語り合い、あっという間に2時間ほどが過ぎていった(「チッチのお父さんからの年賀状は毎年楽しみでー」とも言われたよ)。

チッチはここぞとばかりに入塾時の各教科テストで散々な点数だったプリント(物理など0点だった)や化学担当の後藤代表の朝テストのプリントも持って来ていて大いに受けていた。

オーシャンバード教務など「最初は1、2年したら他学部に転向するパターンの生徒さんかも・・」と踏んでいたと正直に語ってくれた。確かに、とても医学部に行けそうな成績じゃなかったからそう思われても仕方なかった。全く勉強していなかったチッチが3年で合格出来たのはまあチッチも相当努力したわけだが、アカデミーのおかげであったと私もカールも何度も感謝の言葉を述べた。

太宰府アカデミーは大手予備校よりも実績は良く、塾生のうち4、5割が医学部に実質進学出来ているという。たったの半分と言うなかれ、これって相当に優秀な結果だ。単純な合格実績数などは優秀な生徒が何校も合格するので実態を正しく反映出来ていないことがままある。そのおかげか「次年度定員(35名)は3月始めにはすでに達した」そうで、こんなに早く達するのは今までになかったそうだ。

後藤代表はアカデミーのホームページ(https://dazaifu-academy.jp)でこう語っている。「私は「若い時の苦労は宝」だと考えています。“若さ”というのは、それだけで財産であり、努力次第で可能性が無限に広がっています」と。まさしく私もそう思う。例えば30歳過ぎて家庭を持ってから「医師になろう」と思い立ってもほとんどが挫折するだろう。「鉄は熱いうちに打て」チッチは周囲の助けもあったとはいえ「若い時の苦労」を敢えてやったからこそ、今、医師としての道が開けたのだ。ともかくも太宰府アカデミーさん、ありがとうございます!

2026年4月2日木曜日

三日坊主理論を実践するぞー

三日坊主という言葉がある。飽きっぽくて何事も長続きしないこと、またはそのような人を指す言葉だ。昔、修行がきつい僧侶が3日で還俗(僧侶を辞める)してしまう様子に由来し、現代ではダイエット、禁煙禁酒、筋トレ、勉強などが続かない場合によく使われている。

用例でいうと「ダイエットを始めても、いつも三日坊主になってしまう」「せっかく日記を買ったのに、三日坊主で終わってしまった」「また英会話辞めたの?君は本当に三日坊主だね」などがWikipediaに出てくる。その第1の用例の「ダイエット三日坊主」は私にも関係していて、元々肥満気味の私がここ半年くらい若干とはいえさらに肥満傾向になっていて、カールにも「ちょっとおデブ過ぎよ」なんて言われているので「よしっ!今この時点から丸3日間、間食は絶対に摂らない」と禁間食宣言をした。自分が肥満気味になるのは間食のせいとちゃんと分かっている。禁間食すれば必ず痩せてくるというのも過去に実証済みだ。2008年には禁間食と間食したいと思った時にゼロコーラを飲むという方法で半年で約7ー8kgも痩せたものだった。

今回はそれに三日坊主理論をを組み合わせようと思った。「ずっと間食をしない」あるいは極端に「一生、間食をしない」と思って臨むのは実にきつくて困難な所業だ。たいていどこかで一口食べてしまい、それをきっかけにどどどと崩れてしまい元の習慣に戻ってしまう。そもそも最初の3日をきちんと守り切るのが大変なんだ。人間は3日間をきちんと守り通せることがなかなか出来ない生き物で、だから三日坊主という言葉が昔から使われ続けている。そこを乗り越えられると後は守り続けやすくなる。「口寂しいから」「いつもこの時間に食べているから」といった、無意識のルーティンに気づき、それにブレーキをかける練習として3日間は最適な期間で、最初の壁が3日なのだ。またお菓子やチョコレートなどに含まれる砂糖は、血糖値を急上昇・急降下させるため「食べれば食べるほど、もっと欲しくなる」というループを生み出す。3日間完全に糖分を絶つことで、この身体的・脳的な欲求のサイクルが落ち着き始めまる期間だと生理学的にもある程度証明されているってことだ。

病院で仕事をしていると、どこかしこに甘いものの誘惑の危険がある。医局のテーブルの上のかごに数種類ツマミが置かれてあるし、外来の一角に誰かの旅行土産や退職でお世話になりましたなどのお菓子が置かれていたり、内視鏡室にも並ぼーDrからの「皆さんも食べて下さい」とキャンディーやチョコ菓子など必ず置かれてあり、それを目にすると、つい手が伸びてしまうのだ。
だから今日、外来や内視鏡室で最初に「今日から3日間絶対に間食をしないからっ!」と聞かれてもいないのに一方的に宣言した。この宣言行為も有効なんだ。ふう。そんな折り、人間ドック職員のシュミーズさんが「どうしても私に大腸内視鏡を」と依頼してきて、それが無事終わったら「たいしたものではないですが」と焼きドーナツをプレゼントしてきた。有り難く受け取ったが「内視鏡室のみんな、私は食べないからみんなで食べてー」と勧めたのだった。
それと院長室の机にこっそり買ってある私の好きな「ビスコ」も目に付かないように小箱の中に隠した。そんなにお腹空いていなくてもこれを目にすると小袋をつい破ってパクパクしちゃうんだ。
さあて今日1日経ってちゃんと禁間食は守られた。なに、そんなに苦痛じゃない。最初の壁である「3日」を乗り越えられれば、今後の大きな自信に繋がり自己効力感(やればできるという自信)がつく、これが大きい。

で、4日目以降はどうするか。まあ一口二口お菓子を食べてもそれは失敗じゃないと思うようにすればいい。だが、せっかく3日守り切れたことを自ら台無しにはしたくないという心理も生まれて無駄な間食はしなくなる可能性が高い。次の目標は3週間だ。人間の習慣形成にはおおよそ3週間から2ヶ月程度かかると言われていて、これは臨床の場でも患者に禁煙を勧める時「3週間タバコを止められればその後はニコチンが抜けてタバコを吸わなくても済む体質になりますよ」と説明するのと合致する。さっきも書いたが「間食を完全に禁止する」というルールは、長期的に見るとリバウンドを招きやすいという現実もある。絶対に食べない」ではなく「1日の間食は200kcal以内にする」「食べるなら午後3時までにする」「週に1回は間食OKにする」といった達成可能なルールに切り替えていくと長続きすると言われてもいる。

ふふ、そしてこのブログで公に宣言することで絶対に守ってみせるということだ。3日ではすぐには減量はしないだろうが、3日→3週間→3ヶ月と続けることで少なくとも2kgくらい(一応控え目にネ)はダイエットをしてみせようゾ。

2026年4月1日水曜日

日本、イングランドに勝つ

昨日、病院の非常勤循環器内科医であるイキナリDrから「明日から(息子の)ナリケンが『昔町』病院で研修が始まる」と言ってきた。ナリケン君はチッチの高校時代のサッカー部の後輩でもあった。「うちのチッチは鹿児島医療センターでだよ」と答えると「サンシンDrの娘も医療センターなんだってよ」と教えてくれた。サンシンDrも鹿大医学部の同期生だ。なんと同級生の子同士がまた医師同期生とは。よく医者の子は医者になるって言われるが、それって世襲の意味ではなく、将来を考えた時に親の姿を見れば選択しやすいということなんだろう。

イキナリDrは「うちのは明日から初仕事だっていうのに明け方のサッカー日本代表対イングランド戦が気になるってそればっかりなんだわ〜」と半ば呆れた風だった。「ナリケン君はサッカーに対しては熱いからねー」とはチッチの弁だ。彼はクラブチームにもいたことがありサッカーもかなり上手だったそうな。「自分もイングランド戦は興味あるけど、さすがに睡眠不足で初出勤は出来ない」と常識的な判断をしていた。私は最近は野球観戦がメインなのでサッカー日本代表の試合はチェックしてないかったが、深夜未明に起きていることも最近は多く見てもいいかなぐらいだった。

で、私は夜のワースポ&MLBを見ながら寝てしまい、気が付いたら午前3時過ぎ。ちょうど対イングランド戦が始まった頃で、これならとTVでUーNEXTを付けて観戦を始めた。ちょうど「目が覚めてしまった」と珍しく未明にカールも起きてきた。前半20分過ぎに、押されていた日本代表が自陣でボールを奪った直後、カウンターを仕掛け、最後三苫にボールがつながり綺麗に相手ゴール右隅に得点を決めた。その瞬間「やったー!!」と大声上げたら、カールが「びっくりするじゃない」と少し怒られたんだが、「日本のゴール、決まったんだよ。ここで声を上げないでいつ上げる」と突っぱねた。

それでも実力的にはイングランドの方が上なのは見ていて分かった。ただサッカーは先制点を奪った方がかなり有利だ。このまま勝ちもあるかもしれない。後半も観戦していたがさすがに眠くなり覚えておらず、後半アディショナルタイムが終わって「日本勝利!」のアナウンサーの声で少し目が覚めた。「ああ、勝ったか」これってエイプリルフールじゃないよね。この勝ちが本番のワールドカップでなら何倍も嬉しいがねぇ。ナリケン君はきっとギラギラで一睡もしてないに違いない。チッチは明け方起きて、結果を見ないようにしてYouTubeかなにかのダイジェスト版を見たそうだ。そこは結果さえ知ればいい一般ピープルとは違う。ついこの間、チーは鹿児島から関西に行き、Jリーグのヴィッセル神戸対サンフレッチェ広島戦を観戦に行っている。やはり元サッカー部やね。

日本代表がイングランドの有名なウェンブリー・スタジアムでイングランドに初勝利を挙げた。これって実はすごいことだ。最近のサッカー日本代表は前回大会でドイツやスペインを初めて破っているので6月のワールドカップは大いに期待出来るかも。ちょうどメジャーリーグも中だるみというかさほど緊張感がある時期じゃないので、あと数ヶ月後はサッカーネタが多くなりそう。ぜいたくは言わない、日本代表よせめてベスト8は行ってくれー。