2018年5月20日日曜日

まことしやかな

日中も何人も外来、救急の患者を診たが、本日一番印象に残っているのは70代の女性患者だ。たまに外来で見かける人で一般的な循環器系の処方など出されていた。胸が痛くてとてもきつい、本人も夫も「入院させてもらえないか」と来院してきた。今のところ空床もあり入院は可能だがそもそもそれが必要な病態なのか調べる必要がある。で、休日でできる検査をいくつかしたが、特に入院が必要というほどのこともない。だが困り切った表情でその女性は「すみませんが、夫を外して一人で話させて欲しい」と要求したのでそれに応じることにした。

それから20分ほど女性患者の言い分を聴き、結果、入院受諾することにした。

「実は、私、夫に虐待されているんです」と話を切り始めた。ほう・・優しそうな夫に見えたがまさかそんなことがあったのか・・。どんな虐待かというとまずは言葉での虐待がひどいという。

「自分を認知症呼ばわりししょっちゅう怒るんです。引っ張られたり殴られたりもあります。自分は再婚で子どもはいない。夫は外に女を作っている。私のお金で家も建てている。(私が親から受け継いだ)財産を横取りして、それのストレスで胸も痛くなったんではと思う。入院するのも夫と距離を置きたいからです。そうだ、先生、この通帳も預かってもらえませんか。手ともに置いていると夫から取られそうで・・心配なんです」

顔は今にも泣き出しそうで本当に困っているのだなとは思った。しかし貯金通帳を預かるのはちょっと出来ない。トラブルになりそうだ。これまで一度も入院歴はなく、入院が癖になっているような人ではない。一旦二人を分かつことで症状に改善があるなら入院も意味があるだろう。今回は夫も同意しているので入院OKとした。

本当に夫は虐待しているのか?それならまずは警察を呼ぶべきでもある。いや、実際呼んだことが一度あったそうだ。その時は「妻は認知症で・・」とうまく言いくるめられ警察は引き上げたのだとか。ううむ。話の筋としては通っている。ただ、私はカルテに内容を記載したものの夫の虐待があるかどうか断定は出来ないと書いた。一方的な意見のみで即断は出来ないし、女性の言い分にやや違和感を覚えたからだ。特にお金を取られているという話が認知症にありがちな物取られ妄想に似ている。夫の言い分も聴いてみたいが今日は時間がなかった。明日、長谷川式簡易知能評価スケールをして、頭部MRIも撮ってみよう。

追記;すでに結果は出た。長谷川式は30点満点中の10点。20点以下は認知症の診断が下る。10点は認知症でまず間違いない。しかも夜間に少し騒動を起こした。なんと、「看護師さんがお金を取った」と言うのだ。不眠、不穏で大変だったと聞く。3日後、女性、夫ともに退院を申し出、即了承した。ついでに近隣の精神科愛乱病院に紹介状を書き添えてあげた。献身的に妻に尽くしていた夫は「最近はいつもこうで、入院するというから少しでも環境を変えればいいかもと思ってはみたのですが」とのこと。女性には物取られ妄想の他に嫉妬妄想もあった。それもまた認知症にはよくある妄想の類いであった。

ちなみに患者によると「私の言い分を信じてくれた先生はカイリョー病院の(循環器)田秀Drだけでした」だったという。ああ、彼なら第二内科の後輩で私もよく知っている。優しいドクターだ。きっと話を合わせてくれたのだと思う。もしかしたら信じた?いやまさか・・ネ。

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