来院する患者は年少から高齢者まで様々で胃腸炎や怪我などが多かった。私が来るため大腸内視鏡も予定されており4件あった。しかしいずれも挿入して抜去するまで10分もかからない人ばかりで楽勝だった。昼になると来院患者もポツポツとなりインターネットは今回初めて無線LANルーターを持って来たことで快適にアクセスできこの時間を快適に過ごせた。バタフジ先生というのが全くのアナログ人間で私と7才ほどしか違わないのにパソコンやネットには全く頓着がない。事務がレセプト送信で必要のためかろうじて有線でネットが出来る環境だったのだ。
昭和20年代生まれはデジタル機器への対応は両極端のことが多い。青雲会病院非常勤のケンケンDr、田原坂Drは電カルも手書きなのに対して7才上の出水のスチョル先生はパソコンの他スマホ、ネットなど昔から使いこなし私より詳しいくらいだ。これはパソコンが個人に普及した1990年前後に大学など大人数の学術施設に所属していたかどうかの影響が大きい。上記アナログ3人のDrはパソコン普及時期すでに大学を離れ一般病院勤務だった。パソコンやネットは一人で本で覚えようとするのは結構骨が折れるが見よう見まねなら自然と覚えるものなのだ。子どもが教えられなくても言葉や習慣を覚えていくようにね。
そうそう、こんな田舎でもいわゆるキラキラネームの子がいた。「ここあ=心愛」というのはキラキラの代表例としてよく紹介されるがその娘は一文字足して「心来愛」と書くそうだ。まあ読めないこともないし字も悪くない。でも・・将来「コーヒーにしますか紅茶にしますか」と言われる前に「あなたはココアね」と言われそう(^^")。
0 件のコメント:
コメントを投稿