2024年2月22日木曜日

その女子高生が手に持っていたもの

ある高校女子が外来に来た。症状はそれほどでもなく診察、処方も簡単に終わったが、私は彼女が手にしていた小本が気になった。

「それは何の本?」

「あ、英語の単語帳です」

「ほう、感心だねぇ。最近はみんなスマホをいじっているばっかしだけどさー」

「ちょっと待つかもしれないからその時間にと」とのこと。感心だ。
今時の単語帳ってどんなんだろうと借りて手に取ってみると、「英単語ターゲット1900」という旺文社(この会社、懐かしい!)の本だった。ラインマーカーであちこち印されさらに小さな付箋がこれでもかと貼られていた。ただ後半1/4はまだ手が付けられておらず「そこは今からです」とのことだった。

その手つかずのところを開くと、感染症や医療に関する単語がいくつかあった。「outbreak」なんて「勃発」の意味が割り振られ「戦争が勃発した」という例文が出ていた。しかし私は「この単語は今は感染症の大流行、急激な増加の意味でよく使われるよ」と言った。実際医療関係ではこの20年「アウトブレイク」はその意味で頻繁に使われるようになっている。コロナ禍の影響でそっちの意味で問われる可能性が高いはず。また「plague」は「伝染病、疫病」で出ていたが、これは私にとっては海外の推理作家カーの「プレーグコートの殺人(黒死荘殺人事件)」と結びついている。黒死病とはペストのことだ。カーと言えば横溝正史だ。カーの影響を受けた横溝はいくつかの作品で彼の影響が伺える。

勝手に盛り上がった私は「プレーグコートの殺人」のメイントリックを教えたりした。要約は、ある雨の夜、幽霊屋敷と噂されるプレーグ・コートで、離れの石室にこもった交霊術師が、降霊術の最中に何者かに殺害された。血の海と化した殺害現場にはロンドン博物館から盗まれた短剣が残されていた。しかし石室は完全な密室である上、泥の海と化した石室の周囲には足跡ひとつ残されていなかったというもので、他の作品のトリックは忘れてもこの作品と「ユダの窓」のトリックは忘れない。ちなみに「プレーグコートの殺人」と横溝の金田一耕助初登場作品「本陣殺人事件」はトリックと動機が裏表の関係にある。

他にも知っている単語があり、語り出せばきりがなくなるので途中で切り上げた。いやいや、大人になれば分かるけれど、今はつまらないと思っている無味乾燥な英単語も後になれば「ああ、あそこで使われていたなぁ」とか「あ、そうだったのか」と思うことが多く楽しいものなんだ。ただその単語帳の最後のあたり「hive」というのがあって答えは「ミツバチの巣箱」。うん、なんで?こんなそれこそ重箱の隅を突くような単語が選ばれているんだろう。そこはギモンだった。

勉強勉強できつかったあの高校生時代、英語にしても数学にしても国語、理科、社会もそこで学んだことが、後に血と肉となり様々なことに役立っていくことを実感する。昔は二度と戻りたくないと思った高校時代も、今は許されるならば舞い戻って勉強にスポーツにもっと頑張ってみたいと思うのである。ただ高校生をやっている頃はそれになかなか気づけないもんなんだよなぁ・・。

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