あこネーサ母の胃瘻造設は本日昼に実施し、滞りなく終わった。
病室に行くと安らかに寝入っていた。これで注入食を十分に入れられるので現在の低栄養状態から徐々に脱していけると思う。ただ脳梗塞発症前から食が細くなっていたので元に戻るにはまだ数ヶ月はかかるだろう。体重が戻るようだと長生き出来る可能性もあるが、老衰がひどければ結局栄養が身につかず胃瘻造設しても大した効果は得られなかったということもありうる。いずれにしてもやれることはやっておこうということだ。内視鏡を受けた患者さんの名前で「キテン」さんという人がいた。昭和30年生まれの男性だ。説明も終えて後は帰るだけの時に、ふと名前の由来を確かめたくなった。きっと明治時代の有名人から取ったに違いない。ただ漢字はまさにいっしょだったが、読み方が違っている。確かめると、私の予想どおりだった。読みが違うのは、父親が役所に提出しようとしたら、職員に「この名前は畏れ多い。漢字はそのままで読みを変えたらどうか」と進言されたのだという。それもそうかと父親は呼び名を「キテン」にしたのだそうだ。
私が内視鏡室のスタッフにその偉人を知っているかと訪ねたら、誰も知らなかった。ちょっと呆れたが、今は令和の時代、そうなのかも。昭和30年頃はまだまだ一般の人もその偉人をよく知っていて明治の雰囲気はまだまだ残っていたのだろう。私が子どもの頃の昭和40年代でも明治生まれの人たちはまだまだたくさんいた。明治最終年の明治45年生まれの人だと今年は112歳だ。現在日本最高齢は明治41年5月23日生まれの兵庫県芦屋市の糸岡富子さん115歳とのこと。もうあと5年もすれば明治生まれは誰もいなくなる可能性がある。きっと大きなニュースになるだろう。明治は本当に遠くなった・・。
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