2016年7月2日土曜日

よど号事件と万博

珍しく仕事のない土曜で、録りだめビデオなど見ては消していっていた。NHKBSの「アナザーストーリー」「英雄たちの選択」など消していかないとハードディスクの容量がすぐにいっぱいになる。1ヶ月以上前の「よど号ハイジャック」「尾張藩第7代藩主・徳川宗春」はやっと消せた。最近は「アナザーストーリー」は欠かさず見ている。面白いテーマが多い。「エマニエル夫人」「仁義なき戦い」「パンダ輸送」「美空ひばり最後のステージ」次回は「ウルトラセブン」だと。たまらんぜ。

この中で「よど号ハイジャック」は事件発生が1970年3月31日で私が小学4年から5年に上がる時期のことでよく覚えている。何せ、翌日の4月1日は生まれて初めて飛行機に乗る予定だったから。日本初めてのハイジャックとかって言われてもそんな言葉すら知らなかった。家族そろって大阪で行われる日本万国博覧会や奈良を見物する旅行でうきうき楽しみの方が優っていた。大阪の親戚の家に着いても「まだ解決しないんだねえ」と毎日このニュースで持ちきりだったが、子どもの私はどうにか解決できるんでしょぐらいに思っていて山村新治郎運輸政務次官が身代わりになって乗客が解放されたことは全く知らなかった。ましてやその飛行機の中に日野原重明聖路加病院内科医長が乗り込んでいたことなど・・。

番組では韓国の管制官がよど号操縦士に北朝鮮と偽って韓国に着陸させたと証言していた。当時の朴大統領の命令だった。その背景には前年に大韓航空機が北朝鮮のハイジャックされ乗客乗員が帰ってこないという事情もあった。事件は4月5日に山村政務次官以下よど号が帰国できて一応の解決をみた。この日のNHKのよど号関連報道番組は視聴率40%以上を記録するほどだったらしい。私にとってまさしくよど号事件と関西旅行はリンクしている。万博でのアメリカ館で月の石を見るために立ち並んできついなあと思っていたがハイジャックされた乗員乗客に比べれば全くたいしたことはなかった。72時間も飛行機のシートに座らされるなんて・・。
その日私たちは夕方大阪からプロペラ機で帰る日でぐっすり寝てスチュワーデスに毛布を掛けてもらったことを覚えている。そうそう帰りの飛行機から甲子園が見えて箕島対北陽はどっちが勝ったんだろう、箕島優勝かなあとも予想していた。箕島が初優勝)。小学高学年、中学、高校、大学入学と人生の中でも成長と進路の選択に立たされていた私の1970年代、その始まりを象徴する事件とイベントでもあった。

(ちなみに当時59才の日野原先生は『人生を還暦前と還暦後に分ければ、私は、後半の人生を誰のためにささげるべきかを深く考えさせる大事件に出会ったわけである。国の内外を問わず、人々のためにささげる生き方を始める人生の転換が与えられたのだと感じ、その後、いつまでもその覚悟を持って生活してきた』と述懐している)

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