「えっ!もう6時半前!」
目覚ましを頼んでいたカールの声で私もパッと起き上がった。6時52分発の新幹線で博多まで行かねばならなかったからだ。着替えている間におにぎりだけ握ってもらい、急いで車に飛び乗り中央駅へ向かった。道路は空いていて「これなら間に合う」と少し余裕が出た。実際、乗車には5分弱の余裕もあった。
内視鏡専門医には必修の講習会が九州地区では年1回ありそろそろ受講しておかないといけなかったのである。朝9時から夕方5時くらいまで食道、胃、小腸、大腸、胆膵など内視鏡の講義がみっちり組まれている。車内ではクリスティー「五匹の子豚(1943)」を読んだ。回想の殺人というクリスティー後期にみられるパターンのミステリーがあるがこれがその嚆矢にあたる。タイトルには魅力はないが霜月蒼氏が全作品中第2位に推すくらいで確かに面白い。(ただ氏の1位が「カーテン」というのには私はそうは思わずかなり氏の好みが反映されているような気がする)この時期のクリスティー作品はまったくはずれがなく傑作ぞろいだ。ミステリーをトリックの創案が第一と考えていると初期の作品にいい作品が多く後期になればなるほど質が落ちるパターンはほとんどのミステリー作家に当てはまる、とは江戸川乱歩が評論で述べており確かにそうだ。しかしクリスティーはこの時期からトリック一発、構想一発のアイデアを前面に出す作風を変え、細かなトリックの組み合わせ、人間ドラマの中にあるミスディレクション(誤誘導)、ダブルミーニング(ある発言や現象に二重の意味を持たせる)などを駆使しトータルとして意外な犯人、意外な動機、意外な結末で読者を翻弄するようになった。それはそれで非常に面白いのだ。下手なトリックにのみ依存し物語りとして面白くない凡庸の作家のものよりはるかに優れている。
このまま本を読んでいたいが、早く着くのが新幹線、1時間半もしないうちに博多駅に着き、地下鉄で天神へ。アクロス福岡でケツが痛くなるくらい内視鏡のお勉強をし夕方にはそそくさとまた新幹線へ。会場では知り合いの内視鏡医にたくさん会った。その数10名以上で、中には大学時代のボスだったKZ先生や講師のビューティフルガーデン先生など60才を過ぎた大先輩もいて少し驚いた。私も若手から見れば相当なご老体だ。専門医制度も決まりとはいえ70才80才になってもこの手の講習が必要なのはちょっとイタイぞ。70才くらいになれば「名誉」専門医とでもしてこれらは免除してもいいんじゃないかな。
帰りの車内ではクリスティーも途中まで。疲れて寝ちまったダヨ。
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