先週、6階の回復期病棟の患者さんに「疥癬(かいせん)」が発生した。疥癬とはヒト皮膚角質層に寄生するヒゼンダニの皮膚への感染により、体や四肢に激しい痒みがみられる感染症だ。一般に、ヒトの肌から肌への直接感染により感染し、多くは生活を共にする家族間での感染が多かったが、近年では老人病院、老人福祉施設などの高齢施設における患者間、介護する家族あるいは従事している人などで発症が増えている。疥癬は私が青雲会病院に入る数年前に病棟で流行したことがあったそうで、可愛いんだ理事長曰く「そのために病棟閉鎖に追い込まれた。今後は絶対にそういうことがあってはないらない」とトラウマ級の出来事だったそうだ。
それ以降たまに発生患者はいても病棟流行することはなかったが、20年以上前までは治療薬に決定的なものがなく塗り薬や簡単には手に入らない特殊な薬を使ったり、特殊入浴剤の六一〇ハップ(むとうはっぷ)を使うこともあった。六一〇ハップは硫化水素発生を利用し自殺目的に使う人が出てきたため2008年には販売自粛となりついに製造中止になってしまった。「やがて飲むだけで疥癬を治療できる薬が出ます」と当時皮膚科のナオン湖Drが言っていたのがイベルメクチン(商品名:ストロメクトール)だった(2002年承認)。このやっかいな疥癬の治療は今ではイベルメクチンを体重に応じて3錠から4錠を1回空腹時に飲むだけでほぼ退治できるのだ(場合によっては1週間後2回目を服用する必要がある)。
回復期のエッコ師長に尋ねると疥癬患者さんは順調に改善しているという。危機管理対策の鼓笛隊看護師も同様の報告をしてきた。私は鼓笛隊さんに「イベルメクチンって素晴らしい薬だよなぁ。さすがノーベル賞を取っただけのことはある」というと、鼓笛隊Nsはうん?という表情だった。「あれ、この薬でノーベル賞受賞した日本人の大村博士を知らないの?」というと本当に知らなかった。えーー。すぐにネットで「大村 ノーベル賞」で検索するとほら、出てきた。
2015年のノーベル医学生理学賞は大村智博士による新種の放線菌の発見と、その生産する抗寄生虫抗生物質エバーメクチン・イベルメクチンの発見による感染症への治療法に関する研究の業績が高く評価されたものだ。大村博士は静岡県伊東市のゴルフ場の土壌から放線菌(S.avermectinius)という微生物を発見し、1973年から米国メルク社と共同研究を行い、1979年にこの放線菌が生産する抗寄生虫薬「エバーメクチン」及びその誘導体である「イベルメクチン」を発見・開発した。「イベルメクチン」は線虫類やダニ、ウジなど寄生虫に対して高い効果があり、発売後1983年から20数年間、動物用の薬として最も多く使われ、畜産業の発展に貢献した。人間に対する薬としては、重症の場合に失明することもある寄生虫病オンコセルカ症(河川盲目症)及びリンパ系フィラリア症(象皮症)の特効薬となっている。イベルメクチンは「Mectizan」と命名され、1987年よりメルク社と北里研究所から無償供与が開始され、アフリカを中心に世界各地で年間4億人が服用して、既に中南米のほとんどの国ではオンコセルカ症は撲滅を達成したのである。このあたりは9年前のノーベル賞受賞時によく報道されたものだ。ただ、イベルメクチンは商品名「ストロメクトール」として疥癬(かいせん)や糞線虫症の治療薬として日本を始め世界中で使用されているという事実はそれほど報道されていなかった記憶がある。日本の病院、臨床現場ではそれがもっとも重要なことだというのに。
ともかくもこれだけ人の役に立つ薬の開発に携わったというのは研究者冥利に尽きると言っていいだろう。また1ヶ月もすればノーベル賞発表の時期になるがこのような素晴らしい業績に日の目が当たる受賞者を選んで欲しいものである。
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