2018年6月8日金曜日

「乱歩が好きです」

ひょんなことから話題は拡がるものだ。初老男性が私の外来を受診した。いろいろ不安症状を訴える人で今回は歯の麻酔が心配だと言ってきた。「あー、歯の治療は痛みが連想されイヤなものですよねえ」と同情はしたものの「どうってことないですよ」と突っぱね気味に説得し診療を終えた。

それで不定愁訴の患者の何たらを語るのかのというとそうじゃないよ。

今日付いていた看護師は新人のチュンジョー君で、私が「確かに歯医者に行くって逃げ腰になるよなー」「で、さー、アガサ・クリスティーに歯医者が舞台の作品(愛国殺人)があるのよ。そこでも登場人物たち(ポアロも含む)が歯医者を嫌がるのがちょっとしたヒントになっているんだな」とクリスティーおたくらしい発言をした。当然、彼の「何ですかそれ?」という反応は織り込みずみだ。しかしチュンジョー君は「アガサ・クリスティーは読みませんが江戸川乱歩なら好きでよく読みました」と言ったのだ。これにはちょっと驚いた。彼はまだ20代後半で当然平成生まれ。それが少年探偵団シリーズは置いといてあの江戸川乱歩を読んでいる、愛読していたという人には30才離れた我々世代でもほとんど出会ってこなかった。というのも、少年探偵団のような子ども向けの作品群と違って乱歩の通常作品は猟奇的、あるいは変態趣味に充ち満ちたものが多いからだ。

チュンジョー君は高校生の時に読んだ「人間椅子」に衝撃を受けたという。う、変態の極みだ。大きな西洋椅子の中に潜り込み、そこに座る女性の感触を楽しむ・・いやいやこれ以上はそうは語れまい。それに有名な「屋根裏の散歩者」。あれは屋根裏から寝ている相手に毒薬を垂らすという趣向で覗き趣味が背景にある。他にもSM趣味(D坂の殺人事件=明智小五郎初登場作品)、グロ(芋虫)、人形愛(人でなしの恋)などあまりおおっぴらにはできない嗜好を主題に置く作家なのだ。それを面白いと思ってよく読んでいたというからなかなか話が合うじゃないか。

でも私はどちらかといえば横溝正史にハマってほぼ全作品を読破している。乱歩は全集をある人に譲り受けて持ってはいるが半分も読んでいない。でも彼の話を聞くと乱歩をもっと読んでみたいと思った。彼も私の勧める横溝正史作品を読んでみたいと言う。有名な「犬神家の一族」や「八つ墓村」は読んでいたが「本陣殺人事件」や「獄門島」はまだとのことだ。そこから読んで欲しい。彼は日本探偵小説の三大奇書といわれる夢野久作の「ドグラ・マグラ」も読破したらしい(他の二つは小栗虫太郎「黒死館殺人事件」と中井英夫「虚無への供物」)。へー!さらに驚いた。私は「虚無・・」は読んだが前二書は読む気が起きない。

乱歩作品には少年もの、変態もの(主流)のほか翻訳ものもあり、その中で私は中学時代「幽霊塔」という本来はイギリスの作家の作品を日本を舞台に変えた作品が大好きだった。浪漫性の高い作品で「ぎん子」という登場人物しか覚えておらずまたいつか読み返したいとずっと思っていた。今回、少し調べ直すと、なんとこの作品、宮崎駿の映画初デビュー作にして私が愛してやまない「ルパン三世カリオストロの城」に影響を与えたとあった。そうか!だからだ。私の好きなアルセーヌ・ルパンものの「緑の目の少女」の影響もあるとは分かっていたが「幽霊塔」もそうだったとは!なぜ自分が「カリオストロの城」をこんなにも偏愛しているのかその理由の一端が判明しすっきりもした。

乱歩にしても久作にしても戦前の作品だ。今時の若者が好きで読んでいたと聞き、作品生命の長さを感じると同時にこれらの作品は今後も読み継がれるんじゃなかろうかと思った。彼と話していて乱歩をまた読もうと思っている自分がいる。外来の合間のちょっとした会話のその後に広がる展開はちょっと予想出来なかった。おしゃべり好きも捨てたもんじゃないわ。

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