鮎川哲也「憎悪の化石(昭和34年:創元推理文庫)」を読んだ。
私が生まれた年に上梓された作品なので古くさくて取っつきにくいかと思っていたら、予想外に読みやすくサクサク朝に読み始めて夜には読み終えてしまった。巻末の山口雅也氏の解説が素晴らしく17才の時に鮎川作品を知りハマっていった体験とその後の冷静な評価が読者をその気にさせる。一言でいえばアリバイリックの作品でしかもそのトリックが2つもある。最初ので終わりかと思っていたのでこの展開は意外だった。時刻表そのものが出てきてこんなのは横溝正史には絶対出てこない。そう、昭和34年と言えば前年に松本清張の「点と線」「ゼロの焦点」が出て清張ブーム、社会派推理小説ブームが起きていた。それとともに正史は作品を書けなくなってしまう。鮎川は本格推理派を基本に社会派の味付けもあり寡作ながら良質の作品を提供していくのだ。
読んでいて時代を感じさせることがいくつかあった。まず冒頭の結婚を控えた女性が劇場で飛び降り自殺をする理由が現代なら何でそれくらいでと思える。またタバコを吸う描写がやたら多い。鮎川はきっと愛煙家だったに違いなく、「こうしたときに一服するタバコの味はとてつもなくうまい」とか、「肺の中に染みわたる味がたまらない。禁煙を叫ぶ人たちには分からないだろう」などとタバコ礼賛というような描写もある。さらに、この作品のキモであるアリバイトリックの解明が実はその時代の事情を知らなければ気がつきにくいことだ。鬼貫警部が気がつき部下にヒントを与える場面は、実は作者が読者に「さあ考えてごらんなさい」と挑戦状を出しているわけで私も答えをじっと考えた。でもどうしても分からない。鬼貫警部に指摘されてみてとハタと理解するも、思わず「今だったら違うだろっ」と口走ってしまったよ。
しかしこの作品と同年の「黒い白鳥」とで昭和35年の第13回日本探偵作家クラブ賞(現日本推理作家協会賞)を受賞するだけの本格的な作品であることは間違いない。ちなみに昭和23年の第1回は横溝正史の「本陣殺人事件」でこれは金田一耕助が初登場する作品でもある。どっちがいいかって?味わいが違うので評価は分かれるとは思うが横溝正史フリークの私はやはり「本陣」に軍配を上げる。動機に時代を感じるがトリックやミスディレクションの秀逸な点は今読んでも素晴らしい。昭和30年代忘れ去られた作家であった横溝が約20年後に一大ブームを起こしたのはちゃんとした理由があったのである。
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