タナカッツMRからまたまたリモート面談の希望があって夕方17時半からネットをつなげた。8月19日の時と同様に参加したのはヒラーツMRとその時は名前を忘れていた(XXさん)女性MRのブルカラさんだった。そこの糖尿病薬が「実は腎機能が悪い患者さんほど増量するといい」というお話だった。へー、それはちょっと意外。普通は腎機能が悪い人には薬を減量するというのが常識だからだ。しかしちゃんとデータを示してのことでなるほどと思った。
ま、一言で言えば今回の面談はそれでおしまい。後はブルカラさんの個人情報をネタにおしゃべりした後に、私の方から質問をした。「ところでさ、古賀政男って知ってる?」実は今夜書く「こてる日記」のネタは10月3日の「古賀政男マイベスト」だった。そのマクラにでもと思って聞いてみただけ。ところがだ。
タナカッツMR「古賀政男?いや知りません」ブルカラMR「私も知らないです」とあってオタクな知識があるヒラーツMRも「知りません」だった。「タナカッツ君はまだ40代かな」「そうです」「ブルーカラーさんは30代か」「ええ」一番年長のタナカッツMRが40代後半、ということはそれ以下の年代は古賀政男を全く知らないというのだ。これには少なからず衝撃を受けた。そこで「マイベスト」の曲を何曲か流してみた。しかし「うーん、なんか聴いたことありますが・・」という反応だった。タナカッツMRがさっそくネット検索して古賀政男の概略を理解したようだが、みんな昭和生まれなのに昭和歌謡界の大御所「古賀政男」を知らないとは時の経つ早さを痛感せざるを得ない。
夜は当直だった。久しぶりに1回も外来や救急からお呼ばれがなかった。そんな日もあるのだ。それですぐにでも日記を書いてアップすればよかったのだが、机の前に座ってもなかなか書けず、何度もうつ伏せ寝をくり返した。気がついたら翌朝の5時半。さすがにまずいと思って「古賀政男マイベスト」を書き進めた。2時間かかってマイベストの半分くらいで済ませ、どうにか書き終えることが出来た。古賀政男の魅力を書き連ねるには時間が足りない。
でもー。その前に「古賀政男」という存在を知ってもらわないことには私も書く気が失せるというものだ。はたして古賀政男は忘れ去られるのか?しかしデビュー曲の「影を慕いて」が書かれて今年でちょうど90年。少なくとも90年は忘れ去られずにいる。平成に生まれた曲で90年後も歌われ聴かれるものなんていくつあるだろうか。一人の作曲家で何十曲も名曲を残した人がそうやすやすとは忘れ去られるはずがない。私はそう信じている。
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