2026年10月31日土曜日

「あしたのジョー」は日本漫画の最高傑作である

漫画家のちばてつやが先日10月22日に亡くなった。享年87歳で死因は骨髄異形成症候群(骨髄の中で血液細胞が正常につくられなくなる病気)だったそうだ。
数々の名作を世に送り出しているが、一番の名作と言えばこれはもう「あしたのジョー」に尽きるだろう。ただし、原作は高森朝雄(梶原一騎のペンネームで本名高森朝樹に由来する)で作画がちばてつやなのだが、単なる作画表現にとどまらずストーリー展開や構成などにも相当ちばが関わっていて一般にはちばの代表作と言われている。

私は「あしたのジョー」を日本の漫画史上の最高傑作だと思っている。

まあ昭和20年代、30年代の漫画やそして平成以降や最近のを読んでいないので異論がある人は多いだろう。この前の青雲会病院の外科のブラクトーDrは「ドラゴンボール」が大好きでこの漫画の影響を受けて人生を歩んできたと朝礼スピーチで語っていた。そのドラゴンボールが一番好きだという人も多い。その他、バスケ漫画の「スラムダンク」、最近では「鬼滅の刃」、映画もいまだに人気の「名探偵コナン」などある中で、もしアンケートと取れば一般には「ONE PIECE」が1位になると言われている。ふーん。私より少しだけ年長のサブアラドDrもONE PIECE好きで若い人も含め世代を超えてリアルタイムで愛され続けている点が強みなんだろう。ちなみに私は第1巻だけ読んで脱落した。

「あしたのジョー」はコミックス全20巻で今から見るとそんな長編ではない。しかし昭和40年代当時は同じく少年マガジン連載の「巨人の星」全19巻同様最長編漫画の一つだった。マガジンではこの2作が人気1位2位を争っていて、私は連載当時はTVアニメの影響もあって「巨人の星」の方が好きだった。野球漫画そのものがボクシング漫画よりも人気だったしね。ただ「あしたのジョー」は連載当時からライバル力石徹の死が話題になったり、昭和48年私が中学2年のいよいよ最終回が近づいて来た当時、「いったいどんな結末になるのか」とかなりの話題だった。そしてあのラストシーンだ。日本の漫画史上一番有名なラストシーンと言って過言ではないだろう。同級生の間でも「ジョーは死んだのか、生きているのか」とそれぞれが言い合っていたが、読者の判断に委ねることで深い余韻をもたらしたのは間違いない。
梶原一騎(高森朝雄)による当初の原案では、白く燃え尽きる前にセコンドの丹下段平がジョーに語りかける場面や、パンチドランカーとなったジョーがカーロス・リベラと療養所で笑顔で戯れるシーンが予定されていたが、ちばてつやが「これだけ長い試合を描いてきたのにそれは違う」と反対し、あの伝説的なラストに変更されたという。そして生死どっちかなのかについては、ちばてつやが後のインタビューなどで「死んでいませんよ」「真っ黒な炭が燃えると真っ赤になって、燃え尽きると真っ白な灰になるというイメージ」と語っている。

これまで私はブログの中で、小説や映画、ドラマ、漫画などについては物語ネタばらしになるようなことは書かない姿勢をずっと取ってきたが、こと「あしたのジョー」については敢えて突っ込んで書いていることが知れるだろう。というのも、私が「あしたのジョー」を一番素晴らしい、すごい漫画だと評価するようになったのは中学3年の頃、コミックス全20巻を購入し通して読んでみた時に、それまでの漫画では味わったことのないずっしりとした重さというか数日間この漫画の世界から抜け出せないような感覚、感動と言い替えてもいいのかもしれないものを味わったからだ。いや、それまでに連載中もちょくちょくと読んではいたんだ。その時その時で面白いなと思っていたが、通読するとまた全然違う印象があった。主人公矢吹丈の凄まじい内面的な変化を描ききった点、そして脇役に至るまでが全く手を抜かずそれぞれ魅力的でかつリアリティを感じさせるんだ。中盤での最重要対戦キャラのカーロス・リベラ、当初は丈の相手役ではと思われた紀子、同じ丹下段平のジムで切磋琢磨するが弱さをみせるマンモス西、ライバルでいうと韓国の金竜飛はその過酷なエピソードが忘れられない。今から見ると20巻は大した長さじゃないかもしれないが並みの作品の50巻よりはるかに濃い内容なんだ。

その後、すでにコミックスが手許になくなっていたため、2000年頃に全20巻を中古本屋でまとめ買いし、それを子どもたちに読ませたところ、みんな夢中になって読んだだけでなく2回目、3回目と最初からまた読むのをみて「ああ、やはり『あしたのジョー』は繰り返しに耐えうる名作なんだ」と確信したのだった。そのことを2014年9月5日のこてる日記「あしたのジョーをチッチと語る」で書いたことがある→https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2014/09/blog-post_5.html。その時にチッチが話題にした脇役が少年院での青山君だったというのがいかにもツウらしくていいね。ともかくも「あしたのジョー」はネタがばらされたくらいではびくともしないし、そして連載が終わって50年は経とうというのに内容も絵柄も古びていないのに驚く。全く違和感なく読めるし、何度で読んでも繰り返しに耐えうる作品なのだ。

書籍編集者の草野真一さんはこう言いきっている。

「あしたのジョー」は、マンガ作品の最高傑作のひとつである。これを知らない人生は不幸だと断言できる。だから読みなさい。しのごの言わずに読みなさい。女房を質に入れても読みなさい。質草にする女房がないなら親を入れなさい。仕事が忙しくて読む暇がないなら・・・そんな仕事やめちまえ! これは、そういう作品である。

「あしたのジョー」には、すべてがある。

闘いも、友情も、信頼も、正義も、貧困も、嘘も、悪事も、成長も、敵も、次代も、よろこびも、かなしみも、恋愛も。すべてが表現されている。おまえの人生なんかより、たくさんのことが描かれているんだよ。

「あしたのジョー」のことを語るといつまでも終わらない。今は亡き「梶原一騎」「ちばてつや」両者に深く敬意を表するとともに、この作品が今後も多くの人に読まれることを願うばかりだ。

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