2026年10月28日水曜日

ヒトミンチョのお葬式

ヒトミンチョの葬式は昼の13時半からだったが私たちは早めに家を出た。 今日は快晴、開聞岳が裾野まで綺麗に見えていた。

11時にはみやび会館に着いて、日頃あまり会えない親族らと近況を話したりした。そう言えば喪主である姪のHKRがまだ式場に来ていなかった。実はヒトミンチョと二人で飼っていたネコの「そらん」が便が出ないとかで動物病院に連れて行っているそうだ。その後無事に排便させられたそうで何よりだった。そらんももう16歳半、ヒトミンチョが生きていたらそんなことも早めに対処出来ていただろうにね。↓は今年5月6日、私たちが長居したエピソードの時のヒトミンチョとそらん。
式前には昼食の精進料理も出て、気が付けば式の時間になりお坊さんの読経が始まった。それが終わって遺族代表は姪のHKRが挨拶をした。HKRと甥のDSKにとってヒトミンチョは母親が子どもの頃に亡くなってからずっとそばで支えてきた大切な家族で、それは今年始めに亡くなった父親以上だった。そのことを参列した客に伝えようとしてHKRはこみ上げるものがあったようだ。その気持ちは会場にいた弔問客にも伝染したようで、カールも真っ赤に目を腫らしていた。ああ、私も父デンコーの葬式で挨拶をした際、感謝の気持ちを言おうとして急に涙目になり声が詰まったなー。

2000年の5月17日から続けているこの「こてる日記」は毎日の出来事をアップしているが、数日間休載したことが数回あって、デンコーの亡くなった翌日からの3日間もそうだった。疲労と忙しさのせいで書くことが出来なかった。しかしいつか書こうとタイトルだけは残していたはず。

通夜 2007/05/04(金) (ただ今タイトルのみ。いずれ書くことになりそうです)

葬式 2007/05/05(土)

遺族 2007/05/06(日)

やっぱりタイトルのみだった。2007年5月5日の「葬式」のごく一部を今日書くことができたな。

ヒトミンチョが花に埋まれ生前の姿を見られるのはこれが最後で、式の後、頴娃町の火葬場「浄楽苑」へ向かった。
そこで待つこと約1時間、ヒトミンチョは姿を変え骨のみになった。皆で拾骨し骨壺に収まり、もうあっという間だ。また式場に戻り、飾られた花をもらい、遺族に挨拶をして家に戻った。ちょうどその頃、千葉のマーヤさんから孫たちの写真が「みてね」にアップされていた。
あはー、ココちゃん、サックン二人ともお風呂に入れられて気持ちよさそうだ。サックンの頭を支えているのはココちゃんか。ちょっぴりお姉ちゃんになっているー。

亡くなる人もいれば生まれてこれからの人もいる。人の営みは続いていくねぇ。

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