2026年3月17日火曜日

あれから11年

ふう・・チッチが国試合格し4月からは晴れて研修医から勤務を始める。私とカールの子育てもこれで一段落した。テルやセージはすでに社会人として県外で働いているし、セージには結婚して子どももいる。チッチが卒業後鹿児島に戻って来るかどうかははっきりしなかったが、運良くか運悪くか、第一希望の沖縄の那覇市立病院はマッチングで受からず、第二希望の鹿児島医療センターになった。これで少なくとも2年間はチッチが近くにいることになり親としてはなにかと有り難い。

チッチは高卒後すぐに福岡の全寮制予備校に入り、3年後に遠い岩手にまで行き、それから8年、どちらかと言えば思ったより早かった気がする。最初の1、2年は大学の方針が急にきつくなり留年者が大量に出て親も子もストレスが大きかった。しかしそこで鍛えられ、3年生以降は進級も順調で、成績も徐々に上がっていき、最終学年になると「今の成績なら国試もきっと大丈夫」と安心して見ていられるほどになっていた。中学高校時代はほとんど机に向かって勉強する姿が見られず、成績も特に高校時代は下位安定だったチッチがこんなにも成長するとは。

大学合格の際、3年間お世話になった福岡の医療系専門の全寮制予備校から「保護者の声」を書いてくれと頼まれ、親から見た長文の合格体験記をメールで送ったものだ。たまに読み返してみると、我ながらよく書けていて、8年経った今でも掲載されている。さらさらと書き進められ、そんなに四苦八苦して書いた記憶はない。これも日頃こてる日記を書いているおかげかと思う。興味ある方はその予備校のホームページの「保護者の声」欄のどこかに私の書いた体験記があります。→https://dazaifu-academy.jp/features/voice_parent/

それにしてもほんとに良かった。チッチの浪人開始の頃は医師にはなれない可能性が半分くらいあるかも、なんて思っていたのだから。↓は予備校生活直前の頃、親子3人で吉野公園に桜と桜島を見に行ったときの写真で、チッチの表情がずっと強ばったままだったのが印象に残っている。にこりともしておらず終始暗い表情だったのだ。

近々、岩手を引き払って帰って来るが、まるで違う顔つきなのはきっと間違いないだろう(⌒о⌒)。

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