2017年6月9日金曜日

アニーを取れ

昨夜、ふと、「今度の日曜、福岡まで行ってソフトバンク対阪神の交流戦を見に行こう」と思いついてネットでチケット購入できるか調べてみた。公式の販売は終了していたが「チケットキャンプ」という国内No1チケット売買サイトで調べると結構売りに出ていた。1枚2枚の販売が多い中に3人連席があり私とカール、チッチが行けると踏んで申し込んでみた。チケットの持ち主は福岡県在住の人でそろそろ売れ残りが心配な頃合いで即OK、売買成立だ。土曜日には届くだろう。

思えばソフトバンクの試合は鴨池での公式戦や甲子園での日本シリーズは観戦したことあったが、福岡ドーム(ヤフオクドーム)では一度もなかった。ドーム自体は10年前に見学したのと2年前にAKBの選抜総選挙で入ったことはある。ソフトバンクファンを名乗るなら一度は本拠地でのゲーム観戦はしておきたいではないか。もっともカールやチッチは別にソフトバンクファンというわけではないが・・。出水のスチョル先生や川内の海広しDrなども今度の交流戦は観戦に行くと行っていたな。彼らは生粋の阪神ファンである。阪神が九州で公式戦をするのはそう多くはない。早めにチケットを予約して取ったに違いない。私はたいてい思いつきで行動する。ただそのあおりで今回の座席をみたらなんと阪神ファンがたむろするレフトスタンドのど真ん中だった。ううむ、しかたあるまい。まずは観戦できたことを喜ばねばー。

外来のニッシNsがひょんなことから「先生の弟さんはなかなかイケメンですよね」と振ってきた。何年か前に内視鏡検査で青雲会病院に来たことがあったのを覚えていたようだ。「へー、そうかい」「そうですよ、白髪が似合っていて、こてる先生とは全然似ていなくってー」とニヤニヤしながら言うので「ふん、私と弟とは両親違うからナ」と答えると「ウソばっかしー」だってさ。フン。

昨日放送があったKKB「かごとき」の特集「愛甲孝の生活を豊かにする健康最前線」は急性腹症がテーマだった。ビデオで今村病院分院改め今村総合病院のホキヤンDrがでていた。ホキヤンDrには私が研修医1年目のころ外科研修したときお世話になったことがある。相変わらず眉毛が太かった(笑)。で、愛甲先生が「最近話題になっている」と解説していたのがアニサキスによる胃炎で大きな写真パネルを出していた。それって昨日「アニサキスの画像が欲しい」と言われ、急遽私が病院のデータの中から選んだものだった。

愛甲先生は確かに急性腹症の原因になりうるが「あんまり大騒ぎしないで欲しい」と言いたかった。「私も一度これにやられたことがある」「胃カメラで取れば痛みは治まるし命に関わるものではない」とのことで、確かにそうだ。それにアニサキス症は今に始まった病気ではない。特に増えて来てもいない。青雲会病院では毎年3−4人発症例があるが去年なんか1例もなかった。保健所が届け出をするように仕向けたのが最近で増えたように報道されているだけだ。生魚の買い控えが起きているようだが過剰反応だろう。生食をしなければ100%近く防げる病気だけどそんなら刺身や寿司など日本食を止めますかってことだ。流通している魚での発症はそんなに多くはなく、私が経験した範囲だと漁港のある串木野の病院に通っているころはたくさん経験した。取り立ての魚を素人が刺身にしての発症が多かった。また普通1匹か2匹程度胃の中で見つかるものだが、一番多かったのは8匹でこれも錦江湾で逃げ出した養殖カンパチを釣って自分で刺身にして食べたおっさんの胃の中からだった。当時(2005年)、カンパチのエサの中国産の稚魚にアニーがいっぱいいて新聞沙汰になったもので、まあ例外中の例外だ。日本人はアニーとうまく付き合ってきたしそれほど大騒ぎしなくてもいいってことを覚えておこう。

2017年6月8日木曜日

敗因はイージーミス

七五調病院で感染症の会議が終わって国分スターレーンでボウリング練習に向かった。難ガターさんは腰痛のためキャンセル。彼は年1回マラソンもやっていて近頃走り込みをしたら傷めたようだ。だからねえ、マラソンって健康に悪い(こともある)のよっ。

で、エリックMR、アンドキサMRにサンシさんの4人で練習することになった。本来はスリウェルくんの後釜の残球MRが初練習に来るはずになっていたが、何と「交通事故に遭いまして」とこれまたキャンセル。彼は2日前にスリウェル君のお下がりのタブーレッドというボールのドリルもしていたというのに。来週はきっと来てくれるだろう。

国分スターレーンのコンディションがいつもより若干遅くストライクが出やすい。そんなわけで4ゲームで197、243、193、224とアベ214も出すことができた。私以外ではエリックMRが途中から右のレーンでストライク連発し196、213とアベ200近く出していた。それで恒例のダブルスでは私とアンドキサ、サンシさんエリックの組み合わせで対戦した。これがレンコンがいいおかげで熱戦となり2回目はともに200アップ。ただ結果は202対212で私たちの負けだった。
出だし4連続ストライク出したときは絶対勝てると思ったのになあ。でもダブルスでともに200アップというのは非常に珍しい。敗因は9フレのスプリットは仕方ないとして6フレの1ピン残りを私が取れなかったことか。わずかなイージーミスが勝敗を分けた。恐いわ。

2017年6月7日水曜日

なぜにエリック?

夕方、医局にLSD製薬のヤナガキMRが来て「4月にヨーロッパ旅行したときのブログを公開していますので是非みてください」と。パリマラソンに参加しその後ポーランド、チェコと一人で旅行したんだという。「旅行のクチコミと比較サイト:フォートラベル」というサイトがあってそこにアップしたばかりとのことで見てみた。http://4travel.jp/travelogue/11240277

ふんふん、ワルシャワ・フレデリック・ショパン空港かあ。ポーランドってあんまり連想できる有名な物や人はいないけど確かにショパンは一番の有名人かもねえ。お金はズロチっていうの。1ズロチ=30円くらいだそうだ。へー、コペルニクスもポーランド人だったの、知らなかった。建物も歴史あるものがあるねえ。え、第二次世界大戦で建物も人も破壊、殺戮にあった暗い歴史があり、「建築科の学生を中心に、戦前や戦時中市街の隅々に至るまでスケッチを残していたため、歴史的絵画なども手がかりに、レンガの割れ目一つに至るまで、忠実に再現した」んだって、ふーん、勉強になるわぁ。

見終わって「ところでさ、なんでハンドルネームがEricなの?」とどうでもいいことを聞いてみた。ほんの軽い気持ちで尋ねただけだった。すると「ええ、それは昔ベイ・シティ・ローラーズが好きでして・・」と答えるので「ほう、エリック・フォークナーから」と言うと、今度はエナガキMRが「ええー!知っていましたか。(そんなこと言われたのは)初めてです」と驚いていた。いやいや、今の今ですっかり忘れていたんだよ。でもベイ・シティ・ローラーズでエリックといえば条件反射的に下の名前も出てきた。私が高校時代にスコットランド出身のタータンチェックを身にまとって一大旋風を巻き起こしたロックバンドの中心メンバーだった。私もアルバム「噂のベイ・シティ・ローラーズ」を結構聴いていていわゆる第2のビートルズになれるかなと期待したものだった。
(↓が全米No1ヒットにもなった「サタデーナイト」のジャケット。右上がエリック。フォークナー。右下がボーカルのレスリー・マッコーエン)

彼は「彼らにあこがれていまして髪型なんかエリック・フォークナーの真似をしてみたり・・」したんだってさ。私と同世代なんでわからなくもないが、今のお顔にあの髪型がかぶさるのを連想したらぷっと吹いてしまった。へー、旅行記より青春のベイ・シティ・ローラーズの方が印象が強くなったわ。そうだ、彼のエナガキというこてる日記名は今一だったんで今後はエリックMRにしよう。明日は国分スターレーンでのボウリング練習にも来るっていうし今後もよろしく、バイ・バイ・ベイビー!

2017年6月6日火曜日

久保田早紀「異邦人」

今夜のBS7「あの時この歌」は1979年の久保田早紀「異邦人」が取り上げられていた。

「異邦人」・・短大を卒業したばかりの新人歌手久保田早紀の作詞作曲による100万枚を越える大ヒット曲で当時を生きていた人なら誰もが知る名曲だ。今時売り上げ100万を越えても必ずしも名曲とは限らないが「異邦人」は掛け値なしにそう言える。彼女は活動5年ほどで芸能界から引退し俳優久米明の息子で元スクェアの久米大作と結婚後は教会の賛美歌などを歌う歌手久米小百合として活動を続けている。ヒットし始めた時、南日本新聞の夕刊に彼女の紹介記事を見てジャケット写真の横顔が美人なのにびっくりした記憶がある。現在はその時の面影はないが品のいいママさんになってインタビューに答えていた。

この曲は元々「白い朝」というタイトルで中央沿線の子どもたちの様子をモチーフに作られシルクロードとは縁もゆかりもないものだった(2番の歌詞にその白い朝が出てくる)。それがサンヨー電機のカラーTVCMのタイアップに使われることになり音楽プロデューサーの酒井政利の判断で中近東やシルクロードのイメージで売り出されることになった。タイトルも「異邦人」そして歌詞も「ちょっと振り向いてみただけの異邦人」というフレーズを入れるように指示があったという。酒井政利は前年にもエーゲ海のイメージでジュディ・オングの「魅せられて」を大ヒットさせていてその敏腕ぶりが光る。

さらにすごいのがアレンジだ。編曲は萩田光雄でこの人は「シクラメンのかほり」「木綿のハンカチーフ」「待つわ」など当時の売れっ子だった。「異邦人」はメロディ、久保田の声など魅力はあるが半分はアレンジで持っていると思う。チャンチャンチャーンチャカチャカチャンチャンチャーンという実に印象的なイントロに引きつけられる。歌詞にはシルクロードを明示する言葉はないのに民族楽器のダルシマーを途中に入れその雰囲気を出している。これが相まって驚異的な大ヒットになった。久保田はこれ以降も曲をたくさん出すがそれほどのヒットにはならず今では一発屋の扱いすら受けている。しかしそんなことを差し引いてもいい曲である。その証拠にその後プロの歌手に数多くカバーされその人気は衰えていない。

彼女は当時はこの曲に戸惑いもあったそうだが今は「今ではここまで愛される曲になって非常に嬉しい。神様のプレゼントだと思っている」と語っている。全国を回る教会でも頼まれれば歌うこともあるそうだ。40年間忘れられずに歌い継がれている、そう、歌手、作曲家にとってこのような曲に巡り会えるのは最高の幸せだろう。例え一発屋でもその価値は失われていないのだった。

2017年6月5日月曜日

十二指腸これは何?

人間ドックをたまに高齢の人も利用するが今日は胃カメラで珍しい症例に出くわした。十二指腸までスコープを進めると下行脚に茶色の細く真っ直ぐな異物があった。

「なんだこりゃ」

そう思って生検鉗子でつかみ取りだそうとしたのだが、固くてひっかかりうまくいかない。それでも異物は取り出さねばと引っ張ると異物先端の粘膜から出血し始めた。こりゃいかんと経口内視鏡のフード付きに切り替えて再度挿入した。
把持鉗子に代えて異物をつかみ直し粘膜を刺激しないようにしてそっと十二指腸から引き出した。幸い十二指腸粘膜の出血は最初だけであとは収まってくれた。

で、取り出すまでいったいこの異物がなにかさっぱり分からなかったが、口から出てきたものは一目瞭然、なんと長さ6.5cm太さ2mmの爪楊枝だった。

ご本人には全く覚えがないとのこと。しかし何かの料理(揚げ物、ロールキャベツその他)に使われた爪楊枝をそれごと飲み込んだとした考えられない。それが十二指腸に入ってぴたっと管腔に嵌まってしまったというわけだ。「そういえば最近胃のあたりが重苦しく感じていた」という。この状態で長期間経てば壊死や穿孔の危険もあった。粘膜の状態から最近嵌まったばかりのようでたまたま人間ドックが組まれたのはラッキーだった。

内視鏡を始めて30年、まだまだ経験したことないような症例に出くわすもんだねぇ。

2017年6月4日日曜日

血統書付かぬ猫

空港まで沖縄から帰ってくるカールを迎えに行った。帰りは「枕を新調したい」とのことで姶良のイオンにある「似鳥」に寄ることにした。姶良イオンは今年東側に増設されさらに大きくなった。実は姶良イオンへは今回が初めて。家が鹿児島にあるため意外に寄る機会はないのだった。

着いたのが11時で駐車場も空いていて低反発枕なるものを選び、昼食もここで摂ることにした。イタリアンの「小麦粉」に簡単に座れたものの、日曜日だけに客も多く30分も経つと座席待ちになっていた。ピザやパスタ、それに野菜取り放題で結構満腹になった。

すぐに帰るのはちとつまらないので少し見物することにした。東街区の西側はペットショップになっていてエサの他、犬猫の子どももいっぱいいた。いやー、子犬もかわいいねえ。トイプードルが立ち上がってキャンキャンやっている。
チワワがオネンネしている姿も可愛い。そのメスのチワワはすでに売却済み「新しい家族が決まりました」の表記があった。
さもありなん。でもみんな高い。19万から58万(猫のマンチカン)まででいくら血統書付きでも買えないわ。それに比べうちのゲンちゃんはタダ。でもここの犬猫なみに大事にされている。7年前のあのまま捨てられていたらきっと野垂れ死にしていただろう。ラッキーなやつだぜ、ゲンちゃん。(↓撫でられて、だらける血統書なしの猫です)

2017年6月3日土曜日

実況麻雀国士写真

午前外来の後、昼過ぎから見せたまえ雀荘で麻雀だった。オーストラリアから2年ぶりに帰って来たサブロー君も交えてで夕方からダイボDrも入り5人で2位抜けで闘牌した。サブローは前回まではタバコをすぱすぱやっていたが「今は禁煙した」と。「よくその年(同年)になって止められたな」と言うと「オーストラリアはさー、タバコ1箱が3千円もするんだよー」だって。なるほど、それなら止めるわ。日本も1箱千円にでもなれば喫煙者は激減しタバコの害は大きく減るだろう。なお、彼の国は入国時の持ち込みも2箱まで強い制限があるんだそうだ。やる時はやる、厳しいネー。

さて麻雀の結果から言うと、私とサブローの負け。しかしそんなに大きなミスをしたこともなく、最後の最後はラス前の私の親番で1局の途中で突然終了したためトップになり損ねもした。何せここは産婦人科の現場のクリニック、「今からお産です」コールに術着姿の見せたまえDrはそそくさと部屋を出て行った。時間も0時半になっていてお開きになったのだ。あと2巡ツモ牌をめくるとそこには私の親マンになる牌が・・。それで逆転トップのはずだった。

あとその前の前の半荘でのオーラス、ビリの親の私は一発逆転の大物手を6巡目に聴牌した。リーチドラ5、しかも待ちは白と北という非常に優秀な待ち。北でも親ハネ、白をツモれば親倍という超大物手だ。
だがこれが上がれなかった。警戒したサブアラド、ダイボDrが白を押さえたのだ。「ダマ聴だったら・・」とサブアラドDrの意見もあったがそれは結果論だ。実は狙い目の北は2枚とも王牌の中に眠っていた。もし普通に山にあったなら序盤中盤安全牌はなくきっと切られていたはず。リーチしなければ逆に上がれていない。だから私は打ち方は反省しなかった。またこの場面が出てきたら必ずリーチする。せずに北で上がれなかったらそれこそ猛省だ。このあとリーチ断ヤオをダイボから上がりかろうじて2位にはなった。

さて今日のハイライト。見せたまえが抜け番で東場の私は北家。9種11牌の配牌を見て流さず国士無双を狙った。2巡目には偽装工作で西の対子の1枚を切った。4巡目には1ピンも切った。これで国士とはまず気付かれない。この辺で予感のあった私はこっそり写真を撮っていた。こっちは気付かれるとチトまずい。「何か大物手をやっているな」と思われる危険はあるが、こてる日記に載せるためにはやらねばで↓がそれ。

で、この後9索が来て一向聴。手には赤5ピンがまだ残っていた。こっそり上がりたいのでこれを早々切りたくはない。目立ちすぎる。しかし2ピンが来てそっと赤5ピンを切った。誰からも反応なし。残る必要牌は南と一萬だ。早く来い。だが、ここで8巡目上家のダイボDrから5ピン切りのリーチが来た。まずいと思って次牌をつもるとそれは待望の南。国士聴牌の一萬待ち。ここでも写真を撮った↓。さすがにこの行為は怪しいと思われたようだ。で、そっと筋牌にあたる2ピンを切った。

ダイボDrの捨牌には一萬があり出やすい待ちになっていた。私の捨牌は萬子が高いのが難点だがきっと出るんじゃないかと期待を膨らませて・・どうなるかと思う間もなく、即、下家のサブアラドDrから出た。一萬!「ロン!」と一声。「あいちゃ」とサブアラドDr。萬子のホンイツかチンイツと思ったようだ。しかし「国士無双!」さすがに驚いてくれた。↓。

「いやー、写真撮っているから変だと思ったんだよー」とうなだれるサブアラド。これでドボン即終了でこの半荘は私の大勝ちだった。ただ、自慢できるのはこれくらい。最終結果はサブアラドは勝ち、私は負けだったんだからネ。次はやってやるぜ!

2017年6月2日金曜日

ヒラメグ来訪

夕方、ヒラメグDrが久々に病院を訪れた。去年の結婚後、大阪に拠点を移し、確か美容内科のチェーン医院に勤務していたはずだが・・。

「えへへ、今はそこを辞めて『あんたらゼニか製薬』に勤めています」っていうではないか。え、と少し驚くも、以前チェーン店に勤める前もそこに打診したのを聞いてはいた。その時は自分から入社を断っていたが今回改めて受けるとあっさりOKだったそうだ。メディカルサイエンス部のプロジェクトフィジシャンと名刺には書かれていて「センセー、なんか凄そうな肩書きでしょ」と笑っていた。今回は所用で帰鹿したとのことだ。旦那のハットスルドさんはどうしてる?「日本語学校に通っている」そうで日本語難しいと嘆いているとか。

例によって写真を撮ろうとすると「えー、もう太っちゃってー」と気にしている。うーむ、確かにほっそり感はなくなったが彼女の年齢にしては肌つやがいい。
ご懐妊はしておらず「お母さんの『結婚はまだー』をやっと聞かずに済むと思ったら今度は『子どもを早よ作れー』口撃が凄くてー」とぼやいていた。ううむ、どう見ても聞いてもお母さんの言い分は納得できるがなぁ。40才は結婚も妊娠も決して早すぎる年齢ではないはずヨ・・。

2017年6月1日木曜日

オマル爺さんのポカに助けられ

オマル爺さんとの最後の対戦はなんとまだ序盤の40数手で私がポカをして投了、一気に決着がついた。囲碁ではままあることで、即再戦となった。そこでも私は苦戦、隅に入って来た白を上手く咎められない。その後白石を攻めるが逆襲に遭い黒石が死ぬか生きるかの場面になった。どうにか生かして下さいと手を入れたところ、お爺さん自陣を硬く守った。それがとんでもないポカ。私の打った手は守りと相手石のダメ詰めも兼ねており爺さんは当たりになっている黒石を打ち上げねばならなかった。それをしなかったので逆に私に石を取られる羽目になった。大もうけだ。その後また私はピンチになったがなぜか爺さん集中力がいつもよりなく最後は私の中押し勝ちに終わった。
(上の写真、黒矢印に打った直後、白は上矢印白丸に打てば何事もなかった。下の写真、右矢印に白は打ってしまい上矢印の黒に打たれあっという間に逆に白石は取られてしまった)

ふう、これで4子局は5勝5敗の五分で終わった。めでたしめでたし。明日の退院後も体調に気を付け囲碁にいそしんでもらいたい。6月はまたどこかの囲碁大会に出るそうだ。今回は毎日碁が打ててこれまでにない入院生活だったんじゃないかな。

朝、愛甲先生から「胃カメラを受けたい」とのことだった。3月に人間ドックで受けるべきだったのを延ばしていたらしい。それに何か胃の具合も悪いとか。先生って結構内視鏡には恐がりなんだ。これまで胃カメラ、大腸内視鏡私がやってきたが緊張のあまりモニター画面を見る余裕はなく早く終わって〜というお顔をしていた。今回もやはりそうだった。付き添っていた医師事務作業補助の朝からさんにデジカメ渡してその様子をパチリとしてもらった。

月2回KKB鹿児島放送の「かごとき」で健康コーナーを受け持っておられるが果たしてご自分は健康であったか・・次週6月8日の「かごとき」は急性腹症がテーマということでそこでなにがしか語られるかもしれない(⌒о⌒)。

2017年5月31日水曜日

韓国は2等国

午後からは休みだったがオマル爺さんとの4子局対戦と月末のレセプト業務に当てた。碁はまたも負け、連敗だ。これまで五分。明後日退院だから明日が最後の勝負かぁ。結局3子になることはなかった。まあそんな都合よく私も強くはなっていかない。明日ガンバロ。

この日行われたサッカーアジアチャンピオンズリーグ(ACL)の浦和対済州、あれはひどい。試合後に済州の選手がピッチに乱入し、浦和MF阿部の顔面に“フライングエルボー”を食らわせ、試合終了直後にも、済州の複数の選手が浦和の槙野を追いかけ回し、槙野が全力疾走でロッカーに逃げ込む一幕もあり、槙野は「殺されるかと思った、マジで」と振り返ったとか。この騒ぎで浦和は6月2日にアジアサッカー連盟(AFC)に「再発防止」を求めて抗議文を提出した。当然だ。ところが済州側は騒動の原因は浦和の挑発にあると主張している。趙城煥監督も「浦和の選手の行動がわれわれを刺激した」とし、韓国メディアは、槙野が試合終了直後、済州ベンチに向って指を3本立ててみせ、3得点で勝ったことを誇示したことなどが乱闘の引き金になったと報じている。

あほか!たとえ挑発してもされても暴力に訴えることがいけないのは明白だ、しかもプロサッカーという公けの場で行うことがどれほどの影響を与えるのか、その点をマスコミも正さないといけない。それを挑発した浦和にも非があるというのは100年早い。まずは暴力行為を断罪してからのことだ。

「あいつがおれにガンつけたから殴ってやった。それで死んだって?いや、挑発したあいつにも責任がある」「そうですよねえ」とは韓国のマスコミ&張本勲氏。
「あの女がスケスケの服を着ていかにも誘っていたから、やって(強姦)しちまったんだ。あの女にも責任がある」「そうだったんですか、女も悪いですねぇ」

こんな風に考えればどっちが悪い論争も結論は明白だろう。私がリーグ最高責任者ならなら済州というチームに半年から1年の対外試合禁止の制裁をするだろう。それくらいの蛮行だ。サッカー先進国のヨーロッパマスコミ(イギリス、ドイツ、イタリアなど)もいっせいに済州を非難している。浦和にケチ付けるのは順序が違う。

思い出して欲しい。以前の野球WBCの日韓戦で勝った韓国チームはピッチャーマウンドに韓国の太極旗を立てた。これに日本選手が腹を立てたのは当然だが殴りかかりはしなかった。あれ?あの時韓国マスコミは「挑発した韓国選手が悪い」って言わなかったのかな。もし今回、結果が逆で浦和の選手が済州の選手に殴りかかったら日本のマスコミや国民は浦和をきっと非難すると思う。日本人の感性にそぐわない。スポーツマンシップにもとる、それでもサムライかってね。

今回の件で韓国はサッカーもマスコミも2等国ってことがさらされたな。じゃー日本が1等国かというとそれはねえ。そこで相手に暴力行為を起こさせないような態度、日本が相手じゃ仕方ありません、参りましたって思わせるなら1等国なんだが・・。

2017年5月30日火曜日

ユリイカ!

夕方医局で「あんたらゼニか」製薬のササユウMRが来て「うちに担当部署は青雲ではないのですがユリイカって女性MRがいます。なんでもこてる先生とは知り合いだとか」と言われた。

ユリイカ?!

見つけた!じゃない、いやもちろん知っているよ。近所でうちのテルとは同級生、お母さん同士も知り合いだ。なんてったって私は彼女がお母さんのお腹にいたときから知っている。薬学部に進学したのは知っていたが薬品会社に就職し鹿児島が初任地とは知らなかった。へーえ。そういえばここ10年くらい会ったことがない。テルやカールはたまに会っていて「昔よりきれいになっている」と聞いていた。仕事も頑張っているらしい。カールに連絡すると去年から知っていたそうで知らなかったのは私ばかりのようだ。何かの勉強会や講演会で会う機会があるかも。いや、自分の子世代といっしょに仕事をする時代になってきたか。感慨深い。

オマル爺さんとの碁は昨日4子で私が3連勝して「うむ、明日負けたら今度から3子だ」と言われ昇段戦に臨んだが負けてしまった。まだ3子には早いな。

さて、世間ではほとんど注目されていないような気がするがAKBグループの選抜総選挙が今日から始まった。6月17日に沖縄で結果が発表される。私は例によって松井珠理奈に1票を投じた。もう6年連続だ。彼女も20才になってそろそろ1位くらい取らないとアイドルとしての期限が切れそうだ。ずっと見守ってきたがいまやっているドラマ「豆腐プロレス」ではなかなかの存在感で将来は女優としてやっていけるかな。5位以内は間違いないだろう、期待しているゾ。

2017年5月29日月曜日

実はあそこが・・

この前から腹部症状で精査していた40代男性患者、それまでの検査で腹部のリンパ節が多数腫大しリンパ系の病気ではなかろうかとのことで他院紹介予定であった。今日は念のための大腸内視鏡だった。ところが検査を担当した千門Drが「睾丸腫瘍を考えます」とのコメントを残していた。何?と患者さんにズボンを脱ぐよう指示すると、そこにはでっかい睾丸が!径10cmを越えるほどのもので左の睾丸のみ大きく腫れていた。こ、これは・・。これまで原発不明か悪性リンパ腫かと考えていたが精巣腫瘍がまずあってその転移が腹部に広がっているとみて間違いない。過去歴を調べると左の停留睾丸で13、4年前に手術を受けていたことも分かった。停留睾丸の人には精巣腫瘍が発生することがままある。

「いつから腫れてきたの?」「去年の11月から」

本人は異変に気付いていたのだ。腹部CTも撮っていたが睾丸の上まではスキャンしていたもののそんな下までは普通撮影しない。ああ、本人からの申告がなければなかなか気付かないわぁ。しかし非常勤の千門Drは検査の際にふと精巣腫瘍もありうるなと尋ねてみたとか。患者は検査着でいたのですぐに確認できた。写真は出せないが、みれば医者なら誰もがそれを疑うにちがいない代物だった。この前ミニ同窓会で会った泌尿器科の治ったかDrにも電話相談してすぐに治療してくれそうな病院をあたり紹介状を書いた。

患者さんはなんでもすべてを医師や看護師に伝えるとは限らない。もし半年前に「おちんちんが腫れてきて」とか言ってくれればここまで悪化しないで済んだだろうに。恥ずかしさを感じている場合なかなかに言いにくいのだろう。気になる症状があれば何でもしゃべって欲しい。場合によっては自分が思っている以上に命に関わることもあるのだから。

2017年5月28日日曜日

一人で日曜日

カールがいなくて一人で気楽かというとそんなことはなく、まずは自炊が出来ない私ゆえ食事が問題だ。近くのええコープに行き「今日は冷凍食品が半額デーだから」というカール情報をもとに冷凍チャーハンを2種、他に昼ご飯用の「屋台風焼きそば」大好きな「コッペパン(おぐら&マーガリン)」朝食用の食パン、シスコーンなど買った。隣のホームショップニシマタからは車の洗浄用スポンジ、ふき取りクロスも買った。そして忘れていけないのが日曜が2割引になるクリーニング店に行くこと。先週分引き取りと自分のズボンを渡した。

家に帰ればとりあえずの食事とゲンちゃんのトイレのうんち取り、その後仮眠をしていたら夕方のエサ欲しさでまとわりつくゲンちゃんにあっち向いたりこっち向いたり。17時になるまでエサはやらないヨ。しかしまとわりつきがひどく時間前にあげちゃった。なのに一口二口でぷいってその場を離れていった。まったくもう。窓にはモリサンチーのキタローとハッピーが来ていてこいつらにも安い方のエサをあげた。エサ争いではキタローが強くハッピーちゃんはすぐに引く。キタローが食べている間に少し離れたところにエサを置いたのだが・・結局それもキタローに食べられてしまった。しゃーないなあ。

たっぷり食べ終えて我が家ながらにくつろぐキタローを家の中からゲンちゃんがじっと見つめていたわ。

2017年5月27日土曜日

276

確か昨日、串木野リーグで12連続ストライクを出したと書いた。それは事実、とれなればパーフェクト達成か。残念ながらそうではなかった。練習ボールの時、レンコンが2週間前と同じとレンコン表で知った私は確かこのあたりに立ってあそこを狙えばいいと投げてみた。するときれいにストライクが出た。次ぎもストライク。スペアも練習した後またストライク。まだ肩があったまっていないのに3連続もストライクが出るのはレーンに自分が合っていると考えるか、試合では逆にストライクが出ないとみるか。私は後者を予想した。今までがそうだったからだ。

しかし1フレーム目もストライクであれ?となった。そして次々にストライクが出る。あっという間に5連続ストライクとなり、今日の調子の良さを実感した。6フレ、7フレはピンが数ピン残ったと思ったのに後からパラパラと倒れまたもストライク。おいおい、これは昨年9月のパーフェクトを思わせるんじゃない?ただ相当ラッキーもあってのことでフォームもぐらついているので多分無理・・そう思おうとした。で、8フレ、9フレは完璧なストライク。フォームも修正できていた。おお、これはもしかして・・。

思えば練習時の3連続ストライクを足せばぴったし12連続でパーフェクト300点になっている。なんてことだ。それで勝負の10フレ、なんていうか妙なぎこちなさを感じていた。投げ始めた時にああだめと思った。ボールは先ほどまで大きく外側にずれ明かに失投した。スキッドしヘッドピンに薄く当たって2番8番のダブルウッドが残った。あーー、やっぱりネー。これはスペアするも最終投球はまた2本残って結果は276。いいスコアだが残念感が漂った。

2ゲーム目はボロが出て169。3ゲーム目は193。海広しDr、サンシさんは3ゲームで1回も200アップが出ずチームもポイントを一つも取れなかった。それほど易しいレンコンでもなかったのだ。二度目のパーフェクト達成は成らなかったが、フォームに安定感を欠き来そうな予感がなかった。ラッキーだけでは出来るものじゃないってことだ。

明けて、土曜は休みだったが、カールが沖縄に1週間ほど行くのを空港まで送ったあと、病院に寄りまたオマル爺さんと4子局を打った。今日は落ち着いて打てて地を作って46目対41目の5目勝ち。一昨日に続いて2連勝、4子はきついと思っていたがこれで3勝2敗と勝ち越してしまった。「先生、強くなっている」と言われ何だかそんな気もしてきた。オマルさん、体調もよくて来週あたり退院出来そう。しかし囲碁の勝負はまだまだ続く・・。

2017年5月26日金曜日

ところで先生はこてる先生ですか

いや、普通の忙しさの当直かと思っていたら未明からえらい忙しい当直になった。午前3時、4時に起こされた。4時は病棟患者の急変ですでに心肺停止で蘇生に反応せず。家族に至急連絡するも1時間半ほどして来院され死亡宣告した。鹿児島市内から家族関係者一同そろってのため遅れたようだ。そこから1時間ほど仮眠できたか・・よく覚えていない。だいたい明け方は救急車がよく来る時間帯だ。腹痛の女性に、包丁で指を切った主婦、指を脱臼した男性、そして早朝自転車で通学しようとして意識不明で倒れ運ばれた高校生など・・。

意識不明の高校生は当初てんかん発作かと思われた。1週間前にも同じような症状で脳外科で検査したばかりだったからだ。しかしそれ以上におかしかったのはモニターされていた酸素飽和度で正常域は97ー98%なのに80%台からなかなか上がってこない。それに喉の違和感を訴え血痰のようなものも吐く。もしや落車時に肺野を損傷したかと胸部CTを撮って驚いた。両肺野に炎症所見が多発しこのせいで低酸素血症を来していた。となればこれまでの意識消失も納得がいく。不思議なのはそれほど発熱もないことで普通の肺炎らしくはない。もしや結核?と誰もが疑いをもった。しかし今度はなかなか排痰できない。可愛いんだ理事長も所見をみて結核の他いろいろ肺疾患を挙げて「入院が必要だな」とのこと。もちろんこのまま帰すわけにはいかない。なかなか喀痰検査が進まない中、このまま青雲会病院で診療を続けるのは難しいのではと思っていたところ、理事長も「ここはサンキュー病院に頼むのがいいのでは」と言ってくれ私も同意し、本人と母親に打診すると「ここかサンキューならどちらでも」とのことでサンキュー病院に直接私が連絡した。

呼吸器担当Drに事情を話すと、「分かりました」と一旦受け入れるかどうか他のスタッフと検討するとのこと。だが、しばらくしてかかってきた返事では意識障害もあるので呼吸器以外も診療できる他の医療施設がいいのではないかとのことだった。がっくり。と、なれば鹿児島市内のA病院かB病院か・・。しかしどうみても呼吸器疾患だろうとの思いがあり青雲で私が診るしかないかと考え、理事長に伝えに行くと「なに?うーん、これはセイジ院長に一言言わねばならんな」とサンキュー病院に直接電話を掛け始めた。あららと思う間もなく、「向こうの院長に代わったからこてる先生からさっきの患者の件を話してくれ」と受話器を渡され、また私が話すことに。一度断られたのを蒸し返すようで非常に気まずかったが仕方ない。セイジ院長は事情をよく聞いてくれスタッフに再度話すと約束してくれた。いやはや、こんなこと可愛いんだ理事長でなきゃとても出来やしないよ。

その後、呼吸器スタッフから連絡があり今度は受け入れるとのことでまさにトップダウンでことが運んだ。でも、私も患者も家族もこれが一番いい選択だった。症状はいろいろあれどあの胸部CT所見をみればこの若者が呼吸器疾患を患っているのは一目瞭然で専門医がいる施設での治療がベストのはずだ。情報提供書やCTのCD-R記録など大急ぎで準備し再度救急車で転送となった。すでに時刻は昼の12時を過ぎていた。最初に運ばれてから5時間は経っていた。

このあと外来他あり、夕方になってさすがに睡魔が襲い内視鏡室の机でうつぶすこと約30分、これで元気が戻った。夜の串木野トリオリーグ参加も無事行けたのだった。そこで12連続ストライクを出した話題は明日書くとして、昼過ぎに驚きの電話があった。それはサンキュー病院のセイジ院長からで、転送になった若者の件についてだった。可愛いんだ理事長へつないでとのことだったようだが、あいにく理事長はすでに病院不在で、代わりに私につながったのだ。

曰く「あれは呼吸器疾患の患者で間違いないでした。当院は呼吸器専門を看板を掲げながら患者の診察をすることなく断るなど『しつけが悪く』誠に済みませんでした。今後こういうことがないように気をつけていきます」と。びっくりだ。そこまで言われるとはかえってこちらが恐縮した。4月にセイジ院長は可愛いんだ理事長と会っていて「連絡を聞いただけで断ることはせずまず患者を診てから判断すべき」といつもの主張を聞かされていたそうだ。今回はまさにそのケースだったとのこと。それにしてもここまで正直に話されるとは・・。でも驚いたのはそれだけはなかった。

セイジ院長は最後にこうも言ったのだ。「ところで先生は『こてる先生ですか』」と。は?「あ、はい、そうです」「ボウリングが得意な・・」「え、まあそうです(パーフェクトも出しましたけど)」「ああ、私は第3内科出身でして大学時代に納先生から聞いていましてネ」「ああ、そうでしたか(^^;」「今後もよろしくお願いします」いやー、冷や汗かいたっす。

2017年5月25日木曜日

座ってますよ

昨日のさんまのホンマでっか!?TVにヒロカビラDrが出ていた。装着するだけで椅子に座っているような感じがする「アルケリス」をさんまら芸人が試して「ホンマやぁ」と驚いていた。

長時間の手術をする場合など活用を考えているとのことだがもっと応用できそう。ただ、現在は重いのが欠点でそこを改良していきたいということだった。ううむ、これは理系でないとやっていけない分野だ。私にはとうてい無理。ヒロカビラ先生の研究に大いに期待!だ。

この前私が担当したアルコール依存で入院し退院後2回ほど外来に来ていた若い男性、結局またアルコールを飲んでいて昨夜体調不良で自ら救急車を呼んでいた。病院に来ても治療の指示に従わない態度もあり点滴だけして帰ってもらうことになったらしい。はあ、アルコール依存は内科、精神科が診ることが多いが、その前に社会の問題だ。彼も側に支える人がいたならこうはなっていなかっただろうに。このままでは行き先暗くこちらも気分が憂鬱になった。

夜はまた当直だ。現在入院患者が12名と先月より半減している。当直でまた増えるかな。

2017年5月24日水曜日

叱られて伸びるタイプ

うう、対オマル4子戦、2連敗してしまった。やはり5子の時のようにはうまくいかないわ。

午後は休みで散髪をしてから帰宅した。で、シャワーを浴びる前に残った枇杷の実を全収穫することにした。
小雨降る中、椅子を取り出し頂上付近の枇杷をはさみでカットカット。遠くの枝を引っ張りしカットしていると左腕がチクッとした。何?見れば小さな蜘蛛のような虫がいてこいつに噛まれたようだ。
この木にはほとんど虫類を見かけなかったがいるもんだ。しばらく左腕は痛みが残った。で、またまたざる一杯の収穫でほぼ全部を取り尽くした。また来年が楽しみやぁ。

夜はいつものボウリング練習。5人参加で後半のダブルスは1人余るので今回はサンシさんが遠慮した。で、対戦は私とタナカッツMR組、難ガター、アンドキサMR組となった。実はシングル練習のとき、タナカッツMRに私は厳しく指導していた。というのもボールを握って投げる悪癖(上手いボウラーは親指でボールを決してきつくは握らない)があり、特に左右に残ったスペアを大きくミスっていたからだ。ボールを握ると一見コントロールしやすくなるがその分ちょっとした指や腕の振りで狙いが狂ってしまいがち。力を入れないとボールの重さで腕が振られ最初振り下ろした通りにボールはレーンに落ちる。スペアをミスりがちなのはどうしても取らなきゃと余分な力が指先に伝わるからなんだ。1ゲーム目、2ゲーム目まではそのミスがちょくちょく出るのでそのたび私は大声で「こらぁ〜」としかった。頭かきかきボックスに戻るタナカッツ君の姿はまあ毎度おなじみにすらなっている。

で、ダブルスはその日のスコアで1位と4位、2位と3位が組むため当然私とタナカッツ君が組んだというわけだ。で、私がこれまでダブルスで勝率が悪いのは・・うむむ、これ以上は言うまい。ともかくジュース目指して頑張りまっか。

1ゲーム目、タナカッツ君いきなりストライクだった。おー、これはいい。しかし次フレームから私が先投げ彼がスペアを拾うパターンになった。私がストライクを出せばいいが・・。しかし9本。これが3回続いた。どうしても1本残ってしまう。ところがである。その1本をタナカッツ君全部スペアしてくれたのだ。ほほう。5フレ目にようやくストライクが来て6フレから彼が1投目に代わった。ここで3本残りを私がスペア出来ず。リードしているものの難ガター組が6フレ7フレダブル出して急接近された。8フレにタナカッツ君ストライクで9フレは私が7本カウント、ここでタナカッツ君3本を見事スペアした。で、10フレ私がぬぁんと4本残りのスプリットを出してしまった。これまで全部スペアメイクしていたタナカッツボウラーもさすがにこれは無理。難ガター組に残り2本のスペアを取れば逆転というチャンスを与えた。せっかくスペアを上手く取っていたのにまた負けか・・。ところがここでアンドキサMRがまさかのノータッチミス。がっくり苦笑いのアンドキサ。わははーっとみんなの笑い声。こうして1戦目を勝利した。↓はその瞬間の画像。
アンドキサ君も握って投げる癖がありそこをいつも注意してはいるがどうしても取らなきゃのここ一番でそれが出てしまった。

2ゲーム目、ここでもタナカッツMRはスペアを全部取った。当然のように余裕の勝利。彼と組んで2連勝、ジュース2本は初めての快挙だ。いやー、これを予想して前半叱り飛ばしたわけじゃないのだが、そうだ、彼は誉めて伸びるタイプじゃなくて叱って伸びるタイプだったか。うしっ、これからどんどん叱って伸ばそう。

2017年5月23日火曜日

なぜにピッピなの?

さて、先週から勤務してくれている消化器内科のピッピDrだが内視鏡室のこてる日記を読んでいるスタッフから「なんで『ピッピ』なんですか。いくら考えても分からないんです」との質問を受けた。あーーなーるほど、確かにそうだねえ。

こてる日記に登場する人物は9割方私が勝手に付けた変名にしている。例外は公的な人物で世間で誰もが知る、例えば総理大臣などは変名を付けるとおかしくなるし、そうする意味もメリットもない。身近に登場する人で最初変名が後本名になったのは愛甲先生だ。ラブカメ先生だったがTVで2週に1回「愛甲孝の生活を豊かにする健康医学の最前線」なんて出ていて青雲会病院顧問と紹介されているので変える意味がなくなった。そう、青雲会病院もこてる日記初期は「星雲会」とかしていたが何か書きづらく変えないことにした。他「青空美」ちゃんのように本名そのものが日記ネタだとそのまま書かざるを得ない。

で、変名の方法だがこれはいくつか代表的なパターンがある。多いのが元の名前をもじって変名にするケース(例:サブアラドDr)、姓名を縮めるケース(タキマナNs)、英語読みにするケース(ノースガーデン君)、もともとその人のアダ名をそのまま使うケース(チッチ)、くノ一パターン(ネークチダ、ウクノーダNs)、アナグラムパターン(湖西種実Ns)などがあり他のパターンもあるがだいたいこんなところだ。

で、ピッピDrだが実は以上のどれにも当てはまらない。由来もない。なぜなら、私が本来付けようとした変名を間違って入力し、数日後経って気付いてしまったと思ったがまあこれでもいいかとそのままにしたからだ。てなことで内視鏡室のNsらが探っても分かるはずがないのだった。

2017年5月22日月曜日

カツオ?

へへ、オマル爺さんとの初の4子局、いきなり勝っちまった。中盤、石の競り合いで相手が無理してきたところをとがめて大石を取ってしまった。こうなったら力の差があっても負けはない。4子ではなかなか勝てないと思っていただけにうれしい誤算だ。

枇杷を内視鏡室のスタッフに渡したが食するところまではなかなかいってくれず、17時過ぎになっても医療器械業者と相談があるとかで、食べているシーンを写真に撮りたいのにナー。おうおい、所属長会議がもうすぐ始まるよ、はよー食べて感想も言ってくれー。で、相談に加わっていなかった湖西種実Nsだけが食べてくれ、「美味しぃー」と言ってくれた。パチリ。

で、上に上がるとき、取り出した2個を今夜当直の光鳥、カッコちゃんNsのところに持っていくと、「えー枇杷大好き」とカッコちゃんが喜んでもらってくれた。そうそう、こうでなくちゃ。後で光鳥Nsから「カッコちゃん、すぐに食べて『すごく美味しかった』」と喜んでいたとラインに連絡があった。そうかそうか、明日またカッコちゃん始め、外来Nsにたくさん持っていこう。

帰宅してこてる家のラインにざる一杯の枇杷の写真(5/21の日記参照)をカールが載せたら早速子どもらから反応があった。「取れすぎだね〜笑」とセージ。しかしその直後、変な反応が・・。

「カツオ?」とはいったいどういうこと?しかしそう言われればカツオの切れ身みたいなのがざるの下にある。急いで確認したら、何のことはない、枯れた枇杷の葉っぱだった。ラインだとやや画質が落ちるから「めっちゃカツオに見えた」とセージが言うのも無理ないかな。

最後にカールが絵手紙で枇杷の話題がまっさかりゆえそれをモチーフにして描いた。まだ未完成だがなかなか上手に出来ている。これならまさかカツオに間違われることもあるまいて。

2017年5月21日日曜日

ヒロカビラDrを知る

出水のスチョル先生のところで聞いた話しで、親戚のヒロカビラDrが近々「さんまのホンマでっか!?TV」に出演するということだった。ヒロカビラDrは千葉大の外科の先生なんだが最近は医工学の分野で活躍していてその方面で明石家さんまの番組に呼ばれたようだ。ヒロカビラDrの父親ジュンカビラ(故人)とデンコー親父(もちろん故人)は従兄弟同士でスチョル先生も従弟にあたる。実は私はヒロカビラDrとは面識がない。年齢は8つほど下らしい。ネットで調べると腰痛軽減の器具「アルケリス」というものを開発していて、これは装着するとまるで椅子に座っているような感じで足腰の負担が大幅に軽減されるという。そのまま移動もできるから歩ける椅子をもじって名付けたんだそうだ。へー、面白いものを作っているわ。それをさんまの番組というから面白可笑しく紹介されるんだろう。5月24日水曜日放送でこれは予約しときゃなかな。

今日は枇杷を70個ほど摘み、それを洗いざるに入れたら一杯になってこぼれそうだった。それを画像に撮り保存しておいた。

で、がちがつ、ちゅうちゅう食べた。何個食べたか分からない。でもとてもじゃないが私夫婦二人で食べきれる代物ではない。で、カールが向こう三軒の一つにお裾分けに持っていった。私は明日病院に持っていこう。内視鏡室の連中にあげるつもり。店で売られているようなきれいな表面ではないが十分に美味しいと思うぞ。

2017年5月20日土曜日

勝利の源は枇杷パワー

明けて帰宅する前にオマル爺さんと5子局を打った。昨夜は中断したがまあ私の勝ち。で、今日はやや慎重に打った。作り碁になり44目対40目で私の4目勝ちだった。一昨日と全く逆の結果とは面白い。で、爺さん「今度から4子だ。5目じゃ勝てん」とハンディキャップを減らすと言ってくれた。これは私が昇級したってことで名誉なことだ。4子局でも頑張るばい。

帰宅してできの良い枇杷を摘み食べてみた。そこそこ甘みがあって十分に食べられる。「私がちゃんと枝を切り肥料やり摘果したからなのよ」とカール。そうか、でもよく木の育て方なんて知っていたな。実はカールの友人の小真美さんの実家は山梨の大きな農園農家で夏休みはいつも長期滞在し桃や葡萄の栽培の手伝いをしていてそこで覚えたんだとか。感心だ。


午後は見せたまえ雀荘で麻雀。ダイボDrの代わりに開けたいゾMRを迎えてで私は出だし好調。しかし今日は好不調の激しい麻雀でトップ4回ラス4回、かろうじて浮いたと思ったらトータルではトップだった。見せたまえ、開けたいゾがちょい浮き、サブアラドDrが負けた、とはいえそれほどでもない。最近の私は勝つときは小さく負けるときは大きい。ま、それでも今日は勝った。囲碁も麻雀もネ。枇杷パワーのおかげということにしておこう。

2017年5月19日金曜日

金曜は忙し

朝、家を出るとき、枇杷の実がほぼみんな熟しているのが分かった。明日、明後日は休みだ、たくさん摘もう。


今週は比較的ヒマというか余裕があったが今日は忙しかった。このところ金曜がそうなるケースが多い。週4日の常勤Drが金曜日を休むケースが多く、逆に非常勤で金曜日だけ勤務というDrが3、4人いる。だからピッピDrが金曜日勤務可というのは実に大きい。ただまだ今週入ったばかりで外来、病棟はしていない。いきおい内科系患者が私に回ってくる。おまけに今夜は久々の当直だった。

そんな中でもオマルさんとの囲碁対戦をする時間は19時を回ったところで小1時間ほどあった。昨日は優勢な碁を逆転されたので気合いを入れ、序盤で白石を攻め立てた。5子局なので白はどうしてもあちこち弱点を抱えながら打たざるを得ない、そこで石数の多い序盤に相手を攻めるのが勝ちにつながるのだ。下辺で攻め合いになり私の一手勝ち。これで勝ったわけではないが相当有利になった。しかしここでピッチに外来から患者が来たとの連絡があり打ち掛けとなった。「また後で来ます」と言い残して下に降りたが簡単には終わらず、それにまた患者が来た。就寝時間を過ぎても上には上がれなかった。後で病棟に行くとオマルさんはすでに就寝、病棟Nsらが「(あの碁は)『負けた』と言っていましたヨ」とのこと。ふふ、まあそうだろうな。

夜23時ごろから今夜は腹痛患者がやたら来た。明け方まで入れると5人。午前3時過ぎに1人だけ胸痛が来たがこれは例外。胃炎疑い、S状結腸捻転、イレウス、腸炎、最後は尿管結石だった。捻転患者はスタッフを呼び久々の時間外緊急内視鏡で捻転はそれほどひどくはなく早めの捻転解除となってよかったが、予想通りの「う○こ内視鏡」となり気色悪くて終わってすぐに当直室のシャワーを浴びた。で、日記など書くつもりはずがそのままベッドに座ったら寝込んでいた。午前3時ごろ腹痛と胸痛患者がほぼ同時に来るまで2時間ほど眠れたのは幸いで、今回自分には土曜の外来が組まれていなかったのもよかった。多少無理はしても翌日が休みというのはいいわぁ。忙しいとそんな些細な状況すら有り難く感じるものなのである。

2017年5月18日木曜日

オマルじいさん執念の逆転勝ち

そうだ、昨日の5月17日は「こてる日記記念日」だった。2000年の5月17日に始まって丸17年も続けている。当時はブログという言葉はほとんど普及していなかった。ブログが流行っていると聞き、それはいったい何だと調べると、その時自分がやっていたこととほぼ同じだった。2年前に正式にブログ化したが内容はホームページの日記コーナーとしてやっていたものと差はない。昔は1日のアクセス数は50ー60程度、ブログ化して100行くか行かないか、最近はなぜか増えて150弱平均だ。毎日書き続けるのは大変だけど17年も続けば一生続くんだろうナァ・・。

さあて、オマルじいさんとの囲碁対局は今日も続く。最初の日に負けた後、なんと2連勝してじいさんに「一つリードされた」とぼやかれ、今日も勝つぞと5子局にのぞんだ。それがさらに好調で中盤を迎えたところで私はほぼ勝利を確信した。部屋に来た看護師に写真を撮ってもらい、後で見ると余裕しゃくしゃくの表情だ。

碁盤を見れば右上、右下ともに相手石を取り下辺も地を持って生き、左上隅も10目ちょっとの地を持って生きている。80目以上はあり相手より50目以上リードしオマルさんはいつ投げても不思議じゃない状況だった。

そう、何もせず多少損をしても眼を3つ持つくらいの鷹揚な態度で打ち続ければ絶対に負けようがない碁勢だったのだ。ところがとんでもないことが起きる。
終盤のヨセで左上隅の私の地にオマルさん打ち込んできた(白1)。なんかうまい手でもあるの?安全を期したつもりで内側に受けた(黒2)。その途端、白3と切りが入った。「アッ!」とはこのことだ。切られた黒4子が取られてしまった。のみならず、残った黒石には一眼しかない。つまりは黒石13目と10目の地が無くなり逆に白は40目ほど稼いだ。出入り60目以上の大損である。黒2で白3のところに打っておけば何事もなかったのだ。
バ、バカな・・。これだけの損をすれば私が投了してもおかしくない。しかしこの時点で実はいい勝負だった。どんだけリードしていたんだ。よせて互いに地を作り私の4目負け。うわぁ。

執念深く私のうっかりミスをじっと待っていたオマルじいさんにしてやられた。ううむ。これで2勝2敗か。でも5子では十分に勝てるという感触は得た。次は負けないぜぇ。

2017年5月17日水曜日

ゆかり尊き松原校

昨日は中学高校同窓生の飲み会があった。年に数回あって今年は初めてだった。場所は中央駅近くの居酒屋で屋久島の産物を出す店と聞いていた。「屋久」と書かれた看板か幟(のぼり)を目印に店を探したのだが見つからない。確か地図ではこの辺だったのだがー。ぐるりと路地を一周してようやく見つかった。店名は「うめえ基地」、全然屋久島と関係ないじゃん。今日は6名参加だったが店をなかなか見つけられなかった同窓生は3、4人いた。うん、ボケのせいじゃない、あまりに目立たなすぎる暖簾の文字が悪い。

今回は珍しくイマシン君が来ていた。じっくり話しをするのは高校卒業以来じゃないかな。彼は教員で今年4月から鹿児島市内の松原小学校の校長に赴任したという。これには驚いた。なんと私の母校だ。今回参加のノースガーデン君も同じで歯科医の彼は校医でもありすでに面会済みだった。「校歌は『♪仰げば高き桜島〜名も錦江(にしきえ)の波清し〜」だろ。「そう、よく覚えているナ」とイマシン。「その後は『幾千健児のたちいでし ゆかり尊き松原校』だったよな」「そうそう、でも今は幾千もいなくて250名ちょっと」で各学年1クラスか2クラスなんだそうだ。私たちのころは4クラスだった。

松原小学校といえば錦江湾横断遠泳をすることで知られている。市内北部の清水小学校もやっており、映画にもなった。その時の校名が「清水原小学校」、もろパクっている。大正時代に行われていたそうだがしばらく途絶えていて、私が小学1年の昭和41年に松原小が再開した。瀧川という校長先生が中心だったと記憶している。その後学校は直接の運営を離れ同好会が主催し50年以上続いている。私は当時水泳は苦手で放課後の練習なんてやだなぁと思っていて参加しなかった。今にしてやっておけばーだ。

ところでイマシン校長、「一度さ、卒業生のお医者さん歯医者さんってことで生徒の前で45分間、講演してくれないか。今すぐじゃなくて来年か再来年でも」と依頼してきた。ノースガーデン君は歯の衛生の話しをするからOKで、私も断る理由はなく承知した。いや、でも結構これは大変かも。まず子どもに講演などしたことないし、「集中力は45分が限度」と言うから興味が持てる内容にしなくてはならない。ここ1年、何かにつけこのことが脳裏から離れなくなりそうだ。

2017年5月16日火曜日

脈が速かろうが

入院中のオマルさんと昨日、今日と碁を打った。私が5子ハンディをもらっての対局だ。昨日は大石の攻め合いとなり私が負けて投了した。しかしオマルさん曰く「この攻め合いネ、先生が勝っても勝負はこっちのものだった」と。そう、攻め合いに勝っても石の回りを取り囲まれ、さらに自陣に侵入されて地合いでも負けていたようだ。私はそれに気付かず攻め合いで勝てば勝負も勝ちと思い込んでいた。序盤は優勢だったはずだが無理攻めをかわされておかしくした。高齢で病人でもさすがは高段者だ。

この勝負の時に、準夜帯のタキマナNsが病室に飛び込んできた。「オマルさん大丈夫ですか?」「うん?どうした」「脈拍が110くらいだったのが170まで上昇しているんです」あはー、心不全があり頻脈もあるため心電図モニターを付けナースステーションでモニター管理中だったのだ。それが急に頻脈悪化したので駆けつけたってこと。当のオマルさんはウーン、ウム、ウーンとうなり続けて碁盤を見つめている。私が脈をとっても無視してひたすら碁盤に視線を落とし続けていた。「ま、大丈夫じゃないか」結局その後勝負にも勝って終わってみると脈拍は元の110前後に落ち着いていた。

タキマナNsは病室に来た時に「ああ、囲碁をやっているんですか。私も少しは出来ますよ」というのでこっちがびっくりした。30才代の女性、看護師で碁を打てるなんて滅多にいない。勝負が終わって改めて尋ねると、彼女「あれ、これは白と黒が反転しない・・」と怪訝そうな顔をした。「あほっ!お前の言うのはオセロじゃんか」「あ、そうですそうです」がくっ。

2017年5月15日月曜日

ピッピDr登場

朝礼はリハビリのスタッフがスピーチ担当で自己紹介を兼ねてそれぞれの特技や将来の夢などを語ってくれた。その後、新入職者としてピッピDrが前に立ち私が紹介した。ところが、ピッピDrすでに紹介スライド1枚を作って来ていて自らマイクを持ち自己紹介をした。経歴を左半分に右半分を「最近はまっているもの」として「自転車」を紹介していた。写真が1枚、沖縄の古宇利大橋を背景に撮ってもらったものだった。なかなかいい写真だねぇ。

今週は内視鏡室で主に検査をし、来週くらいから外来、そして病棟患者も診てもらう予定だ。彼が前の病院を辞めたと聞いたとき、ならばうちに来てくれたらいいとは思っていたが、いやー、本当に来てくれたねー。どうぞ、よろしく!

2017年5月14日日曜日

昭和の娯楽

(うわ、夕食後、畳の部屋で寝込んだら午前4時、ゲンちゃんになめられ起こされた。それでもまだ眠く、すでに午前7時過ぎ・・うう、朝食の時間じゃないかぁ)

今日は青雲会病院の当番日で私は午前午後担当のため出かけた。当番日は確かに忙しいがカワゼンDrと二人体制で看護師も多く、検査技師、レントゲン技師も勤務してくれるので意外に仕事がしやすい。少し気候が良くなってきて冬の時より診察に余裕もあった。ただ救急はカワゼンDrが主に診て忙しかったようだ。入院させた私の患者は2人、それに昨日入院になったオマルさんがまた私が担当することになった。心不全もあるから近医で受けた点滴が返ってよくなかったようだ。ふふ、また囲碁でも打ってあげようか。前回入院して囲碁をオマルのおじさんと打っていらい自宅でも久々に碁盤を取りだして囲碁の勉強もしている。相手さえいれば私は囲碁も打ちたいと思っているのだ。
 (碁盤を畳み部屋に置いたら、さっそくゲンちゃんのお気に入りになって我が物顔で鎮座してます)

ボウリング、麻雀、囲碁が私の三大娯楽でこれらは昭和の典型的な娯楽だ。それを私はいまだに引きずっている。いまさら止める気もないしこの三つ以上にハマる遊びが出てくるだろうか?ねえ、ゲンちゃん。