2026年3月21日土曜日

チッチと函館君の卒業ドライブ

夕方、チッチが青ポロに乗って鹿児島に帰って来た。同じ大学の薬学部の友人「函館」君と運転を交代しつつ、岩手から日本海側を縦断し、5泊6日を要したのだった。岩手医大は入学後1年間は大学での寮生活が義務づけられ、10名ずつの1ユニットで行動をする。ユニットには医学部生だけでなく歯学部生や薬学部生も混じり、チッチの時は3人が薬学部生で函館君はその1人だった。ちなみに彼は函館市出身なのでそう呼んでいる。他にチッチと仲のいい医学部生には宇都宮君もいた(笑)。

函館君はカールに岩手の日本酒「紫波の匠」をプレゼントし、カールからは沖縄のポークランチョンミートの「チューリップ」だった↓。
青森、新潟、石川と走破し、石川の小松では日本自動車博物館など行き、貴重な内外の自動車展示を見たという。私がきっと興味を持ちそうな展示だったそーな。スマホでの写真を見ると、50年ほど前運転免許を取った頃の昭和時代の車も多数あり「おお、懐かしい」と声が出たわ。その後数時間だけ京都に寄って、鳥取、島根、山口を回ったということだ。「鳥取は何もない県(砂丘はあるが・・)」「島根は出雲大社(当然か)」「山口は下関の唐戸市場が良かった。フグの刺身も安くて旨かったしー」だったそうな。↓のフグの刺身がたったの千円!おお。
最後に熊本に泊まったのは函館君が鹿児島はおろか九州が初めてだったからそう。また大学の後輩に熊本出身も帰郷していていろいろ世話してもらい、某有名店での熊本ラーメンでは売りの生卵入りは卵なしで食べたとか。ともかくこの機会を利用してあまり行ったことのない日本海側を見て回りたかったそうだ。ともかくも若いってことだ。函館君も次年度から某製薬会社のMRになることが決まっているそうで、お互い今月までが青春時代と言ってもいいだろう。

夜はチッチが盛岡まで取り寄せて友人らに食べさせ、旨いって言ってくれていた「丸岡の餃子」がメインの食事で、特に函館君にはたらふく食べてもらった。↓の餃子の皿が合計4皿。すごいでしょ。

明日は二人で指宿方面にドライブに行くそう。暖かい鹿児島を満喫してもらいたいネ。

2026年3月20日金曜日

中古品売って新車買う?

午後からカールとファーレン鹿児島に出かけた。昨日、定期点検に赤ゴルフを預けていて、代車のゴルフ8のピュアホワイトに乗ってだ↓。
おっと、その前に中古売買の店「セカンドストリート」草牟田店に寄った。ギボヒサコとカールの古着などミニ段ボール4箱に入れて売りさばくためだ。以前はユニクロがあったこの店に私は久しぶりに来てみた。ダンボールをカウンターに預け、売り物の品を見て回ったが・・私が欲しそうなものはほとんど無かった。もともと、ファッションには興味ないタイプやしー。中古品はテーブルに1個、カールの右下に3箱↓。査定に2時間以上は掛かるという。
車に戻ってカールが「いくらぐらいになると思う?」と尋ねてきた。ちなみに岩手でチッチが売ったところ5千円ほどになったそうだ。私が答える前にカールは「せいぜい2千円程度かな。それでもタダで捨てるよりはいいけど」と言う。私は「ふーむ、ならば私は3千円と予想しておこう」と適当に答えた。

ファーレン鹿児島へは私は久しぶりだった。7年前に赤ゴルフを買った時以来かな。今回は次の車をどうするかを話し合う目的もあった。実はチッチの国試合格という結果も大きく関係している。現在、チッチは16年前にカールが購入した青いポロに乗っている。赤ゴルフを買った時にそのポロをセージに譲ったが、2年くらいしてセージが千葉に転勤になると「ほとんど乗らないし駐車場代がもったいないから」とチッチに譲ったのだった。未だ現役でチッチは明日夕方それに乗って帰鹿する予定だ。まだ乗れるけれどさすがに16年目の車は「そろそろ」だろう。そこで赤ゴルフをチッチに譲り、カールは新車を検討というわけだ。万が一不合格にでもなれば新車購入は先延ばしだっただろう。

カールは街乗りが主で遠出はほとんどない。ゆえに大きい車種より小回りが利き、運転しやすくしっかりしたボディの車が好みだ。それで「ポロでもいいかな」と言っていたので、カタログを見てみたら、ちょっと私が気に入らなかった。モニターが小ぶりな上にバック駐車の時に便利な真上からの映像(パノラマビュー)などを備えていない。それに、似たような操作感、運転フィールのポロとゴルフだが、車格や乗り心地、装備などやはりゴルフがはっきり上回る。それにさー、ようやくチッチが卒業し医師にもなれたし、残りの人生で新車を買うことってもうそんなにないよ。グレードダウンすることはないんじゃない。

そんなわけでゴルフを選択することになった。カラーはきれいな青があればよかったが今一で、黒やシルバーははなから選択肢でなく、カールは「白くらいしかないね」とそれにした。代車の白ゴルフとは微妙に違いパールが入ったタイプだった。ただ、お値段も結構するんだよなぁ。まあ外車に限らず20年30年前と比べ日本車も相当に価格上昇している。今度からチッチの学費生活費も支払わずに済むし若干の値引きもあって契約を済ませた。ただ手に入るのは4月に入ってからとのこと、しばし待ちましょう。

帰り、セカンドストリートに立ち寄った。で、買取価格はいくらだったのか。じゃーーん!なんとたった675円。新車のガソリン代の足しにもならない。二人して苦笑いするしかなかったわ〜。

2026年3月19日木曜日

どうでもいい「甲子園同じ対決」シリーズ

 WBCが終わったと思ったら、今度はセンバツ高校野球だ。それが終わる頃にはメジャーリーグも開幕、無論プロ野球も始まる。野球ファンには息つくヒマを与えないね。

さて、今年のセンバツは九州沖縄からの選出が多い。普段は4校だが明治神宮大会に九州代表の九州国際大が参加し優勝したので1校参加枠が与えられ沖縄尚学が選出された。それと21世紀枠でも長崎西が選ばれたため計6校も選ばれている。沖縄尚学は昨年夏の優勝とエースの末吉君がいるのが選ばれた大きな理由だろう。大会関係者も似たような戦歴ならばネームバリューの大きい沖尚を選びたくなるよな。長崎西はというと高校野球オタクには1981年の名古屋電気の工藤公康にきりきり舞いにやられノーヒットノーランを喰らった弱小校として記憶されている(その後甲子園に出られないことから『工藤の呪い』とも言われている)。

後にプロになって高校野球時期になると工藤のインタビューが紹介され「投げてみて相手チーム(長崎西)は愛知大会の3、4回戦レベルだなと思った」という記事が出てくる。あの頃はぽっと出の公立校が甲子園にも出ることがままあった。昭和50年代までは夏の甲子園もまだ公立校が私立校よりやや多かった時代だ。それに長崎西ってもろ進学校で鹿児島で言えば鶴丸クラス。私の医学部同期にもそこの卒業生がいたくらいで、そうそう滋賀県のナンバーワン公立校の膳所(ぜぜ)校出身もいて入学した年(1978年)の夏に甲子園出場をしている。そんな時代だった。長崎西はあの年の夏以来45年ぶりの甲子園が決まり、工藤から金属バットもプレゼントされたらしい。今度は絶対にヒットを打つと打撃練習に力を入れているとか。長い歴史を誇る甲子園大会ゆえにそんなエピソードにも胸が熱くなる。

対戦表を見ると、「おおっ」と思うのが、大会3日目の東洋大姫路(兵庫)対花咲徳栄(埼玉)だ。この2校の対戦も高校野球オタクなら知らないものはいない。2003年のセンバツでの準々決勝、初出場の花咲徳栄と東洋大姫路は0対0で延長に突入するも2対2で15回引き分け、翌日の再試合でも延長に入った。結局延長10回6対5で東洋大姫路がサヨナラ勝ちするのだが、2試合続けて延長という初めてのケースにセンバツ名勝負として記憶され、その後センバツ期間中のNHK「センバツ球春譜」でも毎年紹介されている。その年の閉会式でも大会関係者の総評で「花咲徳栄は結果は負けたけれど大きな花を咲かせました」と持ち上げられていた。その後、花咲徳栄は強豪として名をはせ、2017年夏には初の全国優勝も成し遂げる。東洋大姫路はその後やや低迷したものの最近元履正社の岡田監督が就任して甲子園にもよく出るようになってきた。また、東洋大姫路は甲子園大会期間中にそのレギュラー選手と自分が個別に会話したことのある唯一の学校でもある。2006年の夏の大会を観戦に行った時、泊まったホテルが偶然いっしょで、夜に素振りをしていた某レギュラー選手とばったり出会い、一言二言話をしたのだった。

大会4日目の神戸国際大対九州国際大も興味深い。なんてったってこれは初の国際大同士の対決じゃないか?これまで三重海星対長崎海星対決(1972年夏1回戦、1989年夏2回戦)があって結果は1勝1敗、同大学系列では日大三対日大桜丘対決(1972年春決勝)、智弁学園対智弁和歌山対決(2021年夏決勝)、東海大甲府対東海大相模対決(2021年春1回戦)、東海大二(現:熊本星翔)対東海大一(現:静岡翔洋)(1983年夏1回戦)があり、いずれも後者が勝っている。他にもほぼ同名でいえばここ最近最強学校として名が上がる大阪桐蔭だが、甲子園の歴史で言えばまだ新参者であって、和歌山の桐蔭高校が夏の大会初の2年連続優勝をしたことで知られている。ただし大正時代1921年1922年の和歌山中時代のことだからオタク以外は知らないって言ってもいいか。さらに神奈川には最近はあまり出てこないが桐蔭学園(1972年夏優勝)がいる。この桐蔭対決は私の記憶では春も夏も一度もないはず。今後に期待したい(笑)。

そして今回とは関係ないが、おそらく誰も注目していない「ロマン」対決というのもあった。これは私が数年前(2022年8月10日)にこてる日記ネタにした→「甲子園「ロマン」対決」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2022/08/blog-post_10.html。あと、考えられるのは全く同じ校歌対決も考えられる。早稲田大学直営の早稲田高等学院(東京)、早稲田本庄学院高(埼玉)と系属校の早稲田佐賀の3校は校歌が大学と同じ「都の西北」だ。ちなみに常連校の早稲田実業や東大に多く合格者を出す早稲田高校の校歌は「都の西北」ではない。早稲田佐賀は近年甲子園出場を果たしているので早稲田本庄あたりが出て同校歌対決が見られればサイコーなんだけどな・・。

まあ、甲子園オタク(特に記録オタク)ってこんなどうでもいいことに注目するものなのだ。ふふ・・。

2026年3月18日水曜日

あのバットフリップで勝てたはずが・・

いや〜、WBC決勝、アメリカ対ベネズエラ戦、チラチラと途中経過はチェックしていたがベネズエラ2点先行でアメリカがなかなか打てていない状況だった。午前の内視鏡検査が一段落したころ、戦況は8回裏でまだ0ー2でアメリカが負けていた。と、2アウトランナー1塁で打者はブライス・ハーパー。こんな時ハーパーは何かやってくれそうと見ていたら、打った瞬間それと分かる2ランホームラン。いや〜、ハーパー、役者だよー。ホームランと分かってのもんのすごいバットフリップ!ここまでド派手なバットフリップは見たことない。

アメリカは選手も観客も一気に盛り上がった。ただ、この後アーロン・ジャッジが打てば・・。だがジャッジは低めのボールを見逃し三振。うん?何かイヤな予感。案の定、9回表にベネズエラに1点勝ち越され、そのままベネズエラの優勝になった。何だったんだ、あの盛り上がりは。あそこで一気にホームラン打ってアメリカの優勝ならハーパー、ジャッジとMVPコンビのホームランが伝説になったはず。あのバットフリップが勝利の象徴となり、ハーパーのバットにはとんでもない高額な値段が付いたことだろう。それにさー、私の予想は割によく当たってたのよ。先日、ベネズエラは勝ち上がってもアメリカもしくはドミニカには勝てないって言い切っていたの。どうしてくれるぅ。

アメリカとベネズエラといえば、年頭のアメリカによるベネズエラ政権転覆事件だ。政治も経済も圧倒的な格差があるのに野球はベネズエラが勝った。なんとも皮肉な・・。出場している選手らはほぼメジャーリーガーだったしベネズエラにも確かに力はあった。ベネズエラ国民にしたらこんな痛快なことはない。で、翌日は祝日の休日になるらしい。おめでとう、ベネズエラ。

国別対抗のトーナメントはやはり面白い。今年はスポーツイベント盛りだくさんの年でサッカーワールドカップもある。日本は今度こそベスト8進出、いやベスト4進出を果たしてくれぇ〜!

2026年3月17日火曜日

あれから11年

ふう・・チッチが国試合格し4月からは晴れて研修医から勤務を始める。私とカールの子育てもこれで一段落した。テルやセージはすでに社会人として県外で働いているし、セージには結婚して子どももいる。チッチが卒業後鹿児島に戻って来るかどうかははっきりしなかったが、運良くか運悪くか、第一希望の沖縄の那覇市立病院はマッチングで受からず、第二希望の鹿児島医療センターになった。これで少なくとも2年間はチッチが近くにいることになり親としてはなにかと有り難い。

チッチは高卒後すぐに福岡の全寮制予備校に入り、3年後に遠い岩手にまで行き、それから8年、どちらかと言えば思ったより早かった気がする。最初の1、2年は大学の方針が急にきつくなり留年者が大量に出て親も子もストレスが大きかった。しかしそこで鍛えられ、3年生以降は進級も順調で、成績も徐々に上がっていき、最終学年になると「今の成績なら国試もきっと大丈夫」と安心して見ていられるほどになっていた。中学高校時代はほとんど机に向かって勉強する姿が見られず、成績も特に高校時代は下位安定だったチッチがこんなにも成長するとは。

大学合格の際、3年間お世話になった福岡の医療系専門の全寮制予備校から「保護者の声」を書いてくれと頼まれ、親から見た長文の合格体験記をメールで送ったものだ。たまに読み返してみると、我ながらよく書けていて、8年経った今でも掲載されている。さらさらと書き進められ、そんなに四苦八苦して書いた記憶はない。これも日頃こてる日記を書いているおかげかと思う。興味ある方はその予備校のホームページの「保護者の声」欄のどこかに私の書いた体験記があります。→https://dazaifu-academy.jp/features/voice_parent/

それにしてもほんとに良かった。チッチの浪人開始の頃は医師にはなれない可能性が半分くらいあるかも、なんて思っていたのだから。↓は予備校生活直前の頃、親子3人で吉野公園に桜と桜島を見に行ったときの写真で、チッチの表情がずっと強ばったままだったのが印象に残っている。にこりともしておらず終始暗い表情だったのだ。

近々、岩手を引き払って帰って来るが、まるで違う顔つきなのはきっと間違いないだろう(⌒о⌒)。

2026年3月16日月曜日

合格

いつもよりも仕事が長引き、遅い昼食を摂った後、私は院長室で眠りこけていた。だから14時を過ぎてカールからスマホに電話が掛かってきたことにも気づかなかった。午前の仕事が長引けば、内視鏡室スタッフも午後の内視鏡検査を15時以降に遅らせてくれるので助かる。目が覚めてそろそろ午後の大腸内視鏡検査へ行こうかなと思って、たまたまスマホを見て「はっ!」となった。

あああー!何ていうこと、すっかり忘れていたよー。でも、やったぁおめでとう!だっ。

今日の14時にチッチの医師国家試験の合格発表があったのだ。今朝まではちゃんと覚えていて「自己採点で『大丈夫と思う』と言っていたからきっと通っているんだろう」なんてカールと話していたのに、いざその時刻になったらウトウトと眠りこけていたなんてー。15時10分にすぐに返信すると、今度は「市役所終了」とのコメントが返ってきた。

カールは14時過ぎてもチッチ本人から何の連絡もなく、といってもわずか5、6分のことなんだがドキドキ、喉はカラカラ状態だったらしい。それでチッチに確認のメールをしたら「合格したよ」と合格番号の写メが返信されてきたという。で、すぐに私に転送して電話もしたのだが、何の反応もなかったので、構ってられないと事前に頼まれていた医師免許申請手続きのために鹿児島市役所に行ったのだった。

というのも、合格したら速やかに医師免許申請(医籍登録)を行う必要があり、基本的には住民票のある市役所(区役所)で住民票(抄本)を取得し、その後、居住地または研修先病院の所在する保健所へ申請書をする流れで、市役所に着くとカールの前にすでに鹿大医学部生の男女カップルと思われる2人が申請に来ていたという。カールは彼らに申請のことでいろいろ尋ねたら、医師免許申請用の収入印紙が必要と知り、すぐに東郵便局に行き6万円のものを購入し手続きを済ませたという。それで「市役所終了 午後3時13分」との返信があったのだ。

いや〜、ようやくだったなぁ。チッチが高3の秋頃に「進路はどうする」に「医学部を目指したい」というので「本気か?」と驚いたのが11年以上も前のことだ。私は兄たちも含めて子どもらに「医者になれ」とか「医学部を目指せ」とかは言ったことはなかった。ましてやチッチの成績が学年でも下の方で、それは家でもろくに勉強などしていなかったので当然だったし、でも高校卒業を半年後にひかえそろそろ進学をどうするか考えなければいけない時に「浪人覚悟で医学部を目指したい」と聞き「えっ?!」となったのだ。

チッチは国語が苦手な上にこれまで地道に勉強しておらず国公立系の医学部は勉強の範囲が広すぎるししかも超難関だ。私立の医学部も私らの頃と違って偏差値も上がりちょっとやそっとの勉強では立ちゆかなくなっている。それに学費も高い。カールと相談し、目指すとしたら私立の医学部だろうが、学費の問題は後でどうにかなるとして、学力を上げるには1年や2年の受験浪人では難しいのではないかと危惧した。私の知り合いの医学部希望学生らが現役や1浪ってのは少なくて5浪や6浪でやっと合格って例が何人もいたからだ。合格すればまだ救われるが、学部変更したりそのままずるずるとどこの大学に行けず・・ってケースもあった。また合格しても膨大な量の勉強をこなし医師国家試験に受からなければただの人なんだ。だから合格するまでは医学部生であることすらこの日記では触れなかったのである。

ま、そのあたりのことは後日に日記ネタにしよう。ともかくも晴れて合格だ。4月からチッチは鹿児島医療センターで2年間の研修医生活が始まる。帰宅後、私は普段は滅多に飲まないワインでカールと乾杯し、ささやかに合格を祝ったのだった。

2026年3月15日日曜日

WBC日本対ベネズエラ

朝10時からWBC準々決勝日本対ベネズエラだよ〜。カールが近くのAコープに買い物に行ったら、まだ10時前は客が多かったが試合開始の頃から急激に客がいなくなって駐車場もいつもの3分の1程度に減っていたそーな。

初回のベネズエラの攻撃でアクーニャJrがいきなりホームランかぁ。しかしその裏で大谷がホームラン返しと、以前のヤンキース対ドジャース戦を思い出したわ。大谷、役者やのぅ。先発の山本は2点を取られたがその後ずるずると行かずにこらえたのはさすがだった。そして阪神の佐藤と森下が活躍し、特に森下の3ランホームランで一時5対2になった時は日本中が「行ける!」と湧き上がったはず。

しかしねぇ、中継ぎ陣が今回はダメだったナ。カウントを悪くして直球をホームランされた。伊藤大海も140km台の球速じゃ抑えられないよなぁ。いつもは日本の投手陣が抑えて勝つパターンが今回は上手く行かず、打者もメジャーリーグ陣に比べて若干日本プロ野球陣は見劣りした。それと相対的に中南米、アメリカなどメジャーリーグが多く参加するようになっていて力が上がってきている。今回の日本はたとえベネズエラに勝っても優勝は無理だった気がする。まあ、それでも決勝までは行って欲しかったナ。試合が終わって、私もカールもぐったり。しばらく何かをやる気も起きず、ソファで昼寝としけ込んだ。日本全国似たような野球ファンが多かったことだろう。Netflixを即解約した連中もかなりいたかも。私は元々ドラマや映画を見る気があったのでそのまま契約を続行するが・・。

WBCは明日の準決勝でアメリカかドミニカの勝った方が優勝するだろう。ベネズエラ、イタリアはどっちが勝ち上がってもこの2チームには勝てない気がする。ずっと戦い方を見ていれば素人でもだいたい分かるものなんだ。この文章が正しかったか、また日記ネタにしよう。

2026年3月14日土曜日

良知の49日法要

良知従兄の49日法要のためにカールと朝から田舎へ向かった。南薩縦貫道のおかげで自宅から田舎までは50数分で着けるようになり、法要が行われる西本願寺系大光寺に行く前に東本願寺系信光寺に寄って父デンコーの墓参りも済ませられた。法要は親族のみ10名の出席で約30分ほどで終わった。この後、良知の家まで行き、昼の食事などして帰る予定だったが、まだ昼前にも時間があり、故人を偲んでヒトミンチョ、フサンコ、ヒカル姫らとしばし語り合った。また、壊れてもういらなくなった冷蔵庫を階下に運び出す手伝いもやったりした。遺された愛車トヨタハチロクもどうするのかねぇ。購入して10数年経つというのにすごくきれいだ。良知は少しでも汚れがあるとイヤでしょっちゅう磨いていたからなぁ(私とは正反対だ)。
良知実家の直近には50年ほど前は親戚のオツエおばさんがタバコ屋をやっていて帰りに必ず挨拶していたものだ。今は・・まったくの空き地になっていた。「この空き地の雑草も良知が取っていたのだけど・・」とヒトミンチョが言う↓。その対面の空き地も良知が借りてスイカを植えて育て毎年みんなに配っていた。
↓主無きスイカ畑。
昼になって弁当も食べ、気が付くとなんとすでに13時を過ぎていた。良知の家は築40年近くも経っているが、3時間以上この家で過ごすなんて初めてのことだ。遺品を見てみると、イギリスの歌手メリー・ホプキンのアナログレコードのアルバムがあった。良知は中1のころ彼女を知り大ファンになってそれは60歳を過ぎても変わらなかった。ビートルズのポール・マッカートニーがプロデュースした「Those Were The Days(日本題名;悲しき天使)」でデビューしヒットチャートの1位になるなどこの曲は今でもよく聴かれる。
良知は会社を定年になってからはバイクでのツーリングもよくやっていた。人に頼まれると腰が軽く世話をしてくれ、カールも「しょっちゅうお世話になっていたわ」と60歳代での早世を残念がっていた。妻を1999年に亡くしたが、娘のヒカル姫、息子のDSKも立派に成長し、DSK君には孫娘も生まれ、まだまだ人生を楽しむはずだったが・・。

49日法要というのもこうした故人の思い出や人柄を偲ぶ上でいい行事だと思った。良知も極楽へきっと行けるだろうてー。礼拝。

2026年3月13日金曜日

吉俣良と鎌田紳一郎

朝の外来には医師事務作業補助者の君やさんが付いてくれた。決まり切ったカルテ記載がすでに彼女によって書かれているので大いに助かる。ちょうど患者さんが途切れた頃、彼女がこんなことをこぼしていた。

「あのオウム真理教の歌、『♪ショーコー、ショーコー、ショコショコショーコー』をですね、うちの5歳の長男がしょっちゅう歌って困っているんですよ〜」→YouTube「麻原彰晃マーチ(選挙)」https://www.youtube.com/watch?v=S8_2ukXyM-Y人前では今でも歌わない方がいい。

はぁ。今どきの子どもが30年以上前に歌われたカルト宗教の教団歌を知っているはずがないじゃない。何で?

「私が鼻歌交じりに歌っていたのを覚えてしまったんですよ」だって。へーえ。ちょっと前だったか、この世間に流布した歌の作者が「高校の同窓生だったんだ。鎌田紳一郎って言うんだよ」と彼女に教えていた。それで彼女も思い出して鼻歌にしていたそうだ。↓が卒業アルバムの鎌田紳一郎。

鎌田はWikipediaにもちゃんと出ていて「麻原彰晃マーチ」の作曲者と書かれている。天保山中、鹿児島中央高、東京音楽大学卒業後、フリーのミュージシャンになり、太極拳やヨガが趣味で、本を読み漁っていた際に麻原彰晃を知りオウム神仙の会に入信し、1987年6月に出家した、とある。最終的には1999年12月にオウム真理教を脱会したそうだ。↓の写真は衆議院選挙運動中の鎌田であると文藝春秋のサイトに出ていたものだが、顔が隠されているので誰が鎌田かは不明。おそらくマイク前の人物だろうか。
鎌田は「麻原彰晃の愛人で3人の子どもをもうけた教団幹部の石井久子が逮捕されたため翌日付で彼女と結婚し石井の子供たちが保護者不在となる事態を避けた」そうだ。それでWikipediaには「石井紳一郎」で出ている。ふーむ。

ともかくも彼の作った「麻原彰晃マーチ」は冒頭の部分が極めて覚えやすく、特徴的なメロディに影響を受けた小学生が教室でリコーダーやピアニカ、ハーモニカを使ってこの歌を耳コピして演奏することや、登下校の際に口ずさんでいることが報道され問題となった。松井秀喜などこの曲が頭から離れなくなり、バッターサークルに立っているとき常に歌ってしまっていたという(Wikipediaによる)。

いや、うちの長男のテルもオウム報道華やかりし頃「ショーコーショーコー」って歌っていたもんねぇ。以前にもこれは書いたが、作曲家吉俣良も鎌田紳一郎とは同窓生だ。いや、中学校も天保山中でいっしょだったのだ。ちなみに私は吉俣とは小学、高校がいっしょである。高校時代から吉俣は音楽や吹奏楽部で有名だった。鎌田については私はトンと知らなかった。↓は現在と高校時代の吉俣良(本名:吉俣良一)。

しかし吉俣は音楽専門の大学ではなく「将来は公務員にでもなろう」と横浜市立大学へと進む。そのうち、音楽サークルやバイトで音楽関係者とつながりが出来、プロ活動を始め、それが後に作曲家としてフジTV系のドラマ音楽など手がけるようになり、さらにNHKの朝ドラや大河ドラマの作曲も手がけるなど大物となっていった。その吉俣が「オレは学生時代、鎌田には音楽で負けたと思ったことは一度もなかった。しかし・・あの歌だけは負けた」と述懐したのが「麻原彰晃マーチ」だったのだ。

そもそも吉俣の曲は基本的に器楽曲というか口ずさめるような曲はあまりない。対して鎌田のあの歌は歌いやすく、耳に残るという点では確かに優っている。逆に朝ドラ「こころ」や大河ドラマ「篤姫」の曲をそらで歌える人ってまずいないでしょ。

吉俣良はいまだに音楽業界で活躍しているが、鎌田紳一郎が今どこで何をしているか定かではない。世間的にははるかに吉俣の方が実績を残しているが、世間に流布させ人々の記憶に残っている(それは禁断の歌だが)いう点で鎌田紳一郎は生きた証を残したと言えるナ。

2026年3月12日木曜日

こんなクソ配牌が・・

麻雀は偶然が大きく関与もするが確実に実力も反映される飽きの来ない素晴らしいゲームだ。1979年の晩秋に医学部バスケ部の友人らに教え込まれ、1980年からは率先して打ち始めて46年にもなろうというのに、いまだにネットやリアルで打ち続けている。

今日も明け方早くに覚醒し天鳳を打つと「こんなこともあるんだな」という場面に遭遇した。それは東の4局で自分の親を迎えたはいいが、配牌を見て少々落胆した場面だ。まあ見てよ、この配牌(下図)。8種8牌で流局させることも出来ず、面子も1つもない。ドラの2ピンが1枚あるもののカンチャンが2つで聴牌まで6向聴というおそらくは麻雀で一番ひどい手だ。麻雀をよく知っている人ならば分かってもらえるだろう。麻雀プロの第一人者の多井隆晴なら「配牌オリ!」ってきっと言うだろうな。「こんな手で上がろうなんて思うな」とも。

しかしそんなに点差も開いていない3位なので打南としてまずは様子をみた。ツモが思うように来なければ安全牌を抱えつつ、それこそオリに回る腹づもりだった。

ただここからのツモの来かたがなかなかのものだった。4索が来て打1索。3巡目にドラの2ピンが来て対子になった。このあたりで少しやる気が出た。役牌を重ねればポンしてドラドラの親の5800点というそこそこの手になる・・。さらに4巡目に5索を持って来て一面子が出来た。そして打西↓。

まだカンチャンが2つもあって苦しい手格好だ。この時、妙に安全を意識して打9ピンとしないでおこうと思っていた。この手に7ピンが入ると一気に手牌が広くなりリーチも打ちやうくなるからだ。そしてその次、本当に7ピンが来たのだ。切るのは発か白だが場に1枚出ている発を切った↓。あの6向聴のクソ手がドラ2枚の2向聴と一気にチャンス手になっている。
そしてさらに次、びっくりしたのがドラの2ピンを持って来て暗刻になったことだ。おいおい、親マン以上の手になったヨ〜。↓に全体図を載せるが、7巡目にトップ目の対面がチーしてタンヤオドラ1の手をすでに聴牌していた。そして次に持ってきたのが4枚目のドラ2ピン。びっくり。ここは当然2ピンを「槓!」だっ。
で、持って来たのが6ピンでここで聴牌。無駄ヅモが4巡目の9索のみというとんでもない絶好ツモだった。しかもドラ4の親リーチ!待ちは5万を切っての間2万待ち。もろ引っかけだが子方は待ち牌を読みようがなく、これはかなりいい待ちのはずだ。
そして次のツモの4ピンを下家が鳴いての10巡目、簡単に2ピンツモ!
リーチツモドラ4裏ドラ1の親ハネマン6千オールの+18000点で一気にダントツになった。
改めて配牌の手を見て欲しい。こんな結果はとても予想出来ない。麻雀には時にこんな下克上のようなことが起きる。

先月末、7半荘やってラス6回という地獄のようなモードに入って1200Pあったポイントが一気に480Pまで落ち五段降段がチラついたが、最近また盛り返して来ている。ツキのばらつきで良い時も悪い時もある麻雀。丁寧に打っていれば今日みたくプレゼントのような展開もあるのだ。雀歴50年を目指してまだまだ打ち続けますよ〜。

2026年3月11日水曜日

あの時自分は何をしていた

3.11。東日本大震災から15年が経った。マスコミ、TV、ネットでも震災の特集が多く組まれていた。今日は「あの地震のとき自分は何していたか覚えている?」という会話があった。私はちょうど午後の内視鏡検査を終える頃だったと思う。以下は当時の「こてる日記」に当然のごとく書かれてあるので再掲しよう。

内視鏡室のシホねえNsや竹の香りNsに「センセイ、大事件ですよ」と言われたのは午後の内視鏡検査がほぼ終わり電子カルテ記載も一段落するころだった。

「はあ?宮城で地震?何をまた大げさなことを言ってー」と相手にせず電カルをカチャカチャやっていた。地震報道などしょっちゅうあるし宮城にしてもこれまでも何度もあったでしょ、ふーんってな感じ。

「でも、すごいですよ。TVはさっきからこればっかし」なんて言うので、手洗い兼ねてトイレに座っている時に自宅に電話してみた。するとカールも「すごい」と全く同じことを言うのでこれはーと思った。

外来備え付けのTVを見に行くとNHKアナウンサーが災害情報を伝える中、バックの映像に釘付けになった。大津波でそこそこの大きさの船が横倒しになったり揺れているところへもう一隻の船がぶつかって来たのだ。生放送だというのにコメントを発することもない。この後、ビデオ映像でまるでゴミのように車やコンテナが波間をぐるぐる揺れるのをみてうわっと思い、さらにその直後は家までぐるりと回転しているのをみて唖然とした。

医局に上がると珍しくDr4、5人がみんなTV放送を見ていた。千葉の市原ではガスタンクが赤い炎を出して燃えていた。東北だけでなく関東、東京もやられているのか。こんな映像、ゴジラかガメラが暴れた後くらいしか日本では見たことない。

阪神大震災では都市火災と建物と高速道路倒壊が最初の印象だった。今のところ「阪神」ほどは犠牲者は出ていないようだがあの津波を見ればいったい何百人いや下手すれば千人以上犠牲になるやもしれない。(3月12日午前2時現在で少なくとも330人以上との報道あり)

明日は新幹線全線開通との話題一色のはずがこれはそれどころではなくなった。ともかくも住民の安全を祈るばかりだ。

翌日は私は九州新幹線に朝早く乗る予定だった。ちょうど全線開業の日に当たっていて開業式典があるはずだったが急遽中止になった。朝刊でも犠牲者が何千人になるかといった憶測記事が出ていたが、結局約2万人が亡くなる大惨事となった。その後津波の動画や災害に遭った人たちのエピソードなど多く知ることになった。地震は予測出来ないが予防はある程度出来る。15年を振り返る報道を見聞きし、発生した時にどういう行動がいいのかなど日頃からシミュレーションや備えをしておくべきとひしと感じたことだった。

2026年3月10日火曜日

健診結果に満足しー

今日は年に1回の健康診断の日だった。昨年は年齢節目の健診で眼底や肺活量、腹部エコーも受けたが、今年はちょっと面倒なのは胃カメラくらいかな。早くに朝の軽食を摂りたいので一番目に胃カメラを受けた。今回はタクミDrに経鼻内視鏡でしてもらった。経鼻内視鏡は経口の一般的な胃カメラと違い嘔吐反射が少ないのがいい。一般には経鼻内視鏡をお勧めする理由だ。

内視鏡所見はピロリ菌除菌療法後の萎縮性胃炎は当然あるとして、逆流性食道炎をまた指摘された。このところ毎回の指摘だ。しかし日常的には胸焼けなどの症状はほとんどない。たまに油ものを食べすぎた時などその症状が出るくらい。過去にさかのぼって内視鏡写真を調べてみると10年くらい前はまだ逆流性食道炎ははっきりしていなかった。まあ年齢ととともに発現しやすい病気なので年相応かもな。↓上が今回の画像で、1時方向に少し赤く尖って見えるのが逆流性食道炎の所見。下は10年くらい前の画像で、逆食の所見はまだ目立たない。

採血結果はほとんどの項目で正常内だった。聴力も正常内で視力も1.2だって。いまだに眼鏡をかけたことがないのも当然か。そろそろ老眼や白内障など出てきてもおかしくないのにねぇ。また、体重は80kgもあるのにコレステロールが正常内なのもいつもどおりだった。だから私よりずっと痩せていて若いのに悪玉コレステロールが高い人には「コレステロールは体型や食事量よりも体質の影響が大きいんですよ」といつもこのデータを使わせてもらっている。コレステロールを下げるにはまずは薬が一番でこれは一発で効く。特に狭心症や心筋梗塞を患った人にはほぼ絶対に必要である。「薬じゃなくて食事と運動で」とわめいても私は首を横に振る。薬を嫌がり、なかなか分かってくれない人って困りますぅ。

午前途中からは胃カメラを担当し、コッペパンとバナナを食べて朝食代わりにした。朝は食べないとどうしても落ちつかないのだ。夜は外食をしようと姶良イオン西街区に寄ってみた。ま、健診結果が良かったからな。なんか上等なものでもと思ったが、結局ラーメンにした。最初は3Fの金斗雲に行こうかと思うも、ふと見ると1Fに我流風があったのでそっちにした。単に上がるのがちょっと面倒だっただけだ。それにそもそもラーメンって美味しい美味しくないの差がそんなにはないと思っているんでね。だいたいがB級グルメでしょ。豚骨、味噌、醤油、塩など味付けの好みはあるだろうが、よっぽど不味くなけりゃ私はどこでもだいたい満足よ。↓なんかコレステロールが上がりそうな見た目だが、大丈夫そんなに上がんないから〜。
帰宅してまたTVでWBCの日本対チェコを観戦した。へーえ、プールCで一番弱いチェコ相手に全然点が入らない。7回まで0対0だった。ま、相手にも点を与えていないけれどいくら弱い相手と思ってもこんな国際試合の真剣勝負だとこうなるんだ。8回に一挙9点を取って結果だけ見れば楽勝のように見えるが経過からは接戦だったよ。ともかくも健診もWBCも結果は満足な1日であった・・。

2026年3月9日月曜日

デジタル音痴のサブアラドさんに邪魔される

夜21時過ぎ、私はM2 MacBook Airに向かってこてる日記を書き、そばにはiPhoneを開いて麻雀Mリーグの闘牌観戦をし、遠くにはTVのNetflixでのWBCの韓国対オーストラリア戦を眺めながらというまさにデジタル&ネット依存生活真っ最中だった。こてる日記はもう少しで書き終わるという頃で内容は土曜日のWBC観戦しながらの麻雀ネタをどうにか書きつつ、iPhoneは推しチームの雷電が最初の半荘で本田朋広がトップを決めたものの2試合目の瀬戸熊直樹は七対子のハネマン手にぶち込んでダンラスになっていたためガックリきていた。TVはというと、この試合、オーストラリアは勝てば文句なく2位で一次予選を通過、負けても韓国に4点差以内なら通過するという有利な立場だった。しかし韓国が序盤から押し気味で4点先取、しかも5回には1点追加しついに5点差の条件を満たしていた。しかしその後オーストラリアが1点返し4点差、だが韓国がまた1点取ってまた5点差と1点のスコア差でめまぐるしく結果が変動する面白い試合になっていた。

そんな3つの機器を見たり触ったりしての忙しい状況に、良からぬ電話が掛かってきた。サブアラドDrからだ。スマホに出ると「あのさー、Netflixがうまくつながらないのよ〜」だって。あはー、彼もWBCを見ようとしてスマホかTVを付けるもNetflixとの接続方法がよく分からないんだな。もともとデジタル&ネットに弱いというかあんまり信用していなくて絶対にネットでの購買はしないと決めているお方だ。ネット麻雀の支払いも私が代行してクレジット支払いをして上げ、後日現金を彼から頂くということを10年以上続けている。それがNetflixに入会?いや、そこはやはり違っていて、娘さんが入会していてその家族共有で見ようということだ。

で、Appleのカワシマさんじゃないけれど、スマホで会話しながら私が「こんな風にしたら」とか「この画面が出たらそのボタンをクリックして」などと遠隔指導をしたったよ。ただ、こうなると日記は無論書けないし、Mリーグは視聴出来ない、かろうじてWBCの試合経過は実況で耳には入ってくるが試合のドキドキ感は当然薄れる。それがすくっとNetflix視聴が出来ればよかったが、「スマホは古いiPhone10でどうも視聴に対応していないみたい」「Netflixのアプリのダウンロードの仕方が分からない」などとまるで初心者だ。私など電話しつつ、M2 MacBook Airから仮想化ソフトのParallels DesktopからWindowsの画面を開いてあっという間にNetflixのダウンロード出来るところまで開けた。
しかし遅々として進まないサブアラドDrに少々いらいらしながらもああしてこうしてと教える私。そうこうするうち、オーストラリア8回裏がまた1点取ったようで歓喜するオーストラリア側と緊張が漂う韓国側の様子が画面に出ていた。しかし9回がまだ残っている。サブアラドの方はTV通話画面にしてパソコンやスマホ画面を見せたりしてまだ模索していた。私もどうにかして視聴出来るようにして上げたいが30分、40分経過しても上手く行かなかった。最後、娘さんから連絡してもらって家族共有時の暗証番号4桁を入力するところまでこぎ着けた。だが「おかしい、数字を入力しようとしても反応しない」とこぼしている。ううむ、何かの設定ミスかそもそも家族共有が同じ家庭内ではないので出来ないのかもしれない。あらら、なんと韓国がまた1点入れたってぇ?7対2でこのまま9回裏にオーストラリアが点を入れないと韓国が二次予選に進出だ。事前予想ではかなり厳しいミッションといわれていたが本当にそれをやり遂げるとは・・。9回裏はオーストラリア得点出来ず、歓喜に包まれる韓国側とベンチに座って呆然とするオーストラリア側の対比がすごかった。結局サブアラドDrはあきらめた。まあ試合も終わってしまっているし、しゃーないか。

でも、せっかくWBCとMリーグ同時視聴していた私はハラハラドキドキのいい場面をほとんど見られなかった。WBCでは実はオーストラリアの選手がエラーして1点献上したなんてのも気づいていなかった。↓の画像も見たのは2日後よ。
Mリーグも雷電はまたビリだったんだろうと思って見返す気がなかったが、後で瀬戸熊がオーラスの親で大逆転してトップを取ったって知った時は「ああ、サブアラドからの電話がなければいっしょに喜んでいたのにー」とうらめしかったわー。
結局だよー、4、50分も相手して結果はNetflix視聴させられず、日記のアップは送れるわ、WBCもMリーグも一番いい場面を視聴出来なかった。最初、嫌な予感がしたとおり、全くの迷惑だったぜ、サブアラドさんよー!

2026年3月8日日曜日

Appleのカワシマさんに助けられる

さて、何の予定も入っていない日曜の午後、ここ3週間ほど悩まされてきたApple Account問題を解決しようと私は構えていた。1月末に起きたボウリングボール詐欺事件でクレジットカードを変更せざるを得なくなったり、振り込んだ1万1千円ほどを失ったりもしたが、Apple製品を扱う際に重要なApple Accountがロックされてしまったことが以外にダメージが大きかった。Apple Accountを新規に作り直す必要が生じ、それを実行しようとするも、なぜかApple側に拒否されてしまい二進も三進もいかなくなっていた。日常のパソコンやネットライフにはすぐには支障はなかったものの、LINEやAppleのワープロソフトのアップデートが出来なくなっていた。それってとってもいらつくのよー。

2月半ばだったかな、病院での昼休みを利用してAppleに直接電話をし、解決を試みたのだが、最終的には上手く行かず、その後自分でネットなど利用し解決しようとしたがダメ。本日、再度電話での解決を目論んだのだ。パソコンやネットの不具合って精神衛生上本当によろくしない。片手間にやってもストレスが増すだけ。そこでこうした何の用事もない数時間の余裕のある時を待っていたのだ。

Appleで電話に出た人は「カワシマ」さんという男性だった。画面を見ながらどの辺りが上手く行かないのかを私が話すと、カワシマさんが「ではここを開いて、このように画面をクリックして・・」などと指示し、それに私が従う。でもどうしても口での説明ではまどろっこしいところがあり、カワシマさんの「リモート操作を許可できませんか」には即OKをした。カワシマさんが示す矢印のところを私がクリックするなどし、どうにか解決できそうになった。以前使っていたApple Accountをきちんと消去してから新たなアカウントを作る必要があり、カワシマさん指示でやっとLINEのアップデートが始まった時は嬉しかったわ〜(⌒о⌒)。

実はスマホの他のアプリもいったん消去してから入れ直さないといけないらしいが、やり方がだいたい分かったのでたぶん説明なしでも大丈夫だ。いや〜、気持ちがすぅ〜っと軽くなったよ。この3週間ほどはどこかしら重しが乗っかったような気分だったもん。最後、カワシマさんに「本当にありがとうございます」って感謝したもんね。相手も通常業務の一環なんだろうけれども、そんな風に感謝の言葉を言われて悪い気はしないだろう。

ともかくも悩み解決でさっぱりとした気分でネットやパソコンに向かうことが出来た。

WBCも日本代表はオーストラリアに先制されたが吉田正尚のホームランで逆転し勝利することが出来た。これでアメリカでの準々決勝へ進出決定だ。まずはベスト4へ、勝ち進めばさっぱりどころかハイテンション、気分高揚バンザーイだぜ。

2026年3月7日土曜日

WBCを見ながら

今日は午後から見せたまえDrの院長室でリアル麻雀だった。今年に入ってからは見せたまえと私が調子がいい。最悪なのはサブアラドDrだ。ほとんど負けている。ネット麻雀も調子が悪く、ついこの間、五段から四段に降段していた。私は六段で踏ん張っているし、たっつんDrも五段に昇段しているので不調が目立つね。

おっとそれより今日はWBCの日本対韓国戦がある。いつもはTVを付けているのだが、ノートパソコンで野球を流しながらの麻雀となった。院長室のTVは古すぎてネット対応が出来ていないのだった。

韓国が序盤に菊池雄星からいきなり3点を上げた。見せたまえは「菊池は打たれる予感しかしていなかったが当たったわ」と予想を言いつつ、打ち続けていた。日本はすぐに鈴木誠也が2ランで1点差まで戻したところで「この試合いける」と漏らすも「でもイ・ジョンフには気を付けないとーあいつは日韓戦ではやたら打つんだ」と警戒モードはほどかない。ただWBCに気を取られているせいかもしれないが、見せたまえは最近の絶好調とはいかず、腹出しDrがその代わりに好調だった。その後、WBCは鈴木誠也がいいところでホームランを打ち、大谷も打ち、接戦ではあったが競り勝った。見せたまえは「今日は麻雀は負けても日本が勝てばいい」と完全な応援モードだった。

試合が終わったら見せたまえは調子を取り戻した。サブアラドが親でトップ目だったのにリーチを掛けた。そこにラス目の見せたまえがチンイチドラ3のバイ満手で突っ込んできたのだ。こんな手が上がれるのは滅多にないのに、サブアラド、当たり牌の2ピンを持って来るのよ。これで一気にトップ目がずり落ちた。↓上がれてバンザイの見せたまえ。

サブアラドもこれは「ツキがない」では済まされない。無理な大物手を子が狙っている状況ならカンチャン待ちという上がりにくい手でリーチを掛ける必要はなかった。ここはフラずに場を流せばいいだけのこと。調子が悪いのはそんな判断ミスをしているからだ。

私は後半トップを取り、どうにかチャラで終えられた。そうそう、見せたまえが言うように「今日は日本代表が勝って予選突破をほぼ確実にした」ってことが大満足。麻雀の結果は付け足しみたいなもの。しばらくはWBC中心の生活は続く・・・。

2026年3月6日金曜日

WBC日本対台湾戦

最近の私の外来、救急業務は以前ほど忙しくはない。これは昨年10月からトマリンDrが常勤になってくれたことが大きい。それでも今日の午後の時間帯は紹介患者と救急患者が同時に来てちょっとあせった。で、救急患者を外科の非常勤のバスクリンDrに診てもらえて助かった。4月からは金曜の外科非常勤がブラクトーDrの平日常勤になりこれは外科内科全般に大きな戦力になりそう。私や信号Dr、キブンDrもみな60歳代でアラカンとなりブラクトーDrのようなアラフォーがこれからは主力となってくれるだろう。

帰宅してすぐにシャワーを浴び、レトルトカレーを食べつつ、TV大画面でNetflixを付けた。侍ジャパンのWBC初戦対台湾戦を見るためだ。すでに試合は始まっていて2回表の日本の攻撃だった。あららノーアウト満塁じゃない。9番はキャッチャーの若月だった。実はこの選手、私は知らない。ここ数年はプロ野球よりメジャーリーグを見ているからな。へーえ、オリックスの捕手かぁ。でもファールフライでワンアウトになった。次は大谷だ。さあ、さすがにこの場面で敬遠はない。大谷が打って少なくとも得点出来ないとチャンスをものに出来なくて台湾を調子づかせやしないか・・。

あっ!

外角低めのボール球に近いのを最後片手1本で打ちよった。ホームラン!!あはは、あっという間に4対0だよ。さすが大谷、役者が違う。もうこれで台湾には勝ったと思った。で、その後はその予想をはるかに超える展開となった。1イニング10点とは。大谷は同じ回またヒットで打点を稼いだ。試合前、ワンチャン台湾に負ける目もあるかなと危惧していたが杞憂に過ぎなかったわ〜。

結局13対0で7回コールド終了となった。いやWBCでコールド試合あるってのも初めて知ったかな。初戦を見て日本代表も昔と比べパワフルになったと思った。細かい野球、いわゆるスモールベースボールはお家芸だけれどもWBCのような大会を勝ち抜くにはホームランや長打が欠かせない。大谷始め、メジャーリーグで活躍する選手が増えたのが大きい。今大会はアメリカが超本気でオールスター級の選手を集めており、あとドミニカも相当だ。優勝は厳しいかもしれないが相当いいところまでは行くはず。春のセンバツも組み合わせが決まったようだ。鹿児島の神村学園は優勝候補の横浜とだって。いや、厳しいが逆に初戦だからこそ番狂わせも起きやすい。期待しよう。これからの野球シーズンが楽しみだわい!

2026年3月5日木曜日

Netflix入会

ついこの前、とうとうNetflixに入会したよ。Netflixを視聴するだけなら2020年から病院のマリンNsからアカウント共有で6年間やっていたが、マリンちゃんが1月いっぱいでNetflixを解約したため、自動的に私も見られなくなっていた。マリンちゃんには私からはUーNEXT視聴枠を上げていて、それは1枠返ってきてカールに譲った。1ヶ月ほどNetflixにアクセスしていなかったけれど、最近はネット麻雀に時間を割いているのでそれほど不都合は感じなかった。しかしこのタイミングで自前入会したのは、Netflixの「WBC独占放映権」であるのは明白だ。やはりWBCの試合は生中継で見たいじゃないか。

改めてNetflixに入会する条件を挙げると、ネット環境があること、プランにもよるが月額支払い890円or1590円or2290円が必要になることだ。3つのプランの違いは一番安いのがCM付きで画質はまずまずの一部作品に制限あり、シェアできる人が家庭内同居で同時視聴台数2台までで、次がCMなしで画質はいっしょ、全作品視聴可能で同時視聴台数2台まで、一番高いのが画質は最高で同時視聴台数4台までとなる。マリンちゃんは一番高い2290円に入っていた。私の狙い目は中間価格帯のやつだ。今月のみは半額の700円台のセール価格だしー。
入会してさっそくカールとチッチにシェアしてあげた。同時視聴が2台までなので全くフリーではないがイベントやWBC中継のように同時アクセスしない限りそうそう問題にはならないだろう。ただ私のメールアドレスを教えないといけないので、最初のアクセスの確認には私に連絡が届く。送られて来た番号を私から聞き、入力して晴れて視聴出来るシステムだ。私も何回かマリンちゃんに連絡して「今からNetflixからメール来るから〜」とやったりしたものだ。その点、UーNEXTのシェアは各人のメールアドレスからアクセスするのでそういった面倒はないのがいい(ただしNetflixのように安いプランはなく、一律月2,189円の同時視聴は4台までである)。

NetflixやUーNEXTなど動画サブスクにはスマホへのダウンロード機能もついておりこれも用途として非常に魅力的だ。カールの要望した「飛行機の中でドラマとか映画を見たいのよねぇ」にも対応出来る。さっそくカールは今回の東京行きでNetflixドラマの「イクサガミ」をダウンロードして視聴出来たそうだ。良かった良かった。

Netflixも今回のWBCを起爆剤にして入会者数アップを目論んでいるようだが、若者はある程度反応するだろうが年配者はどうかな〜。野球はTVでという人が多いし、Netflixも簡単にTVで見られるのだが、わざわざ入会してまでは・・というお年寄りたちが多い気がする。ともかくも今回のWBC視聴方法が、これまでの放送一択から通信選択の時代になりつつあることの象徴的なイベントになったってこと。20年以上前はとても考えられなかった。時代は変わる・・。

2026年3月4日水曜日

何倍も高くて上等なエサよりも

最近、ゲンちゃんに与えるエサを年配用のものから通常用の安いエサに変更したら食いつきがよくなった。これまでの朝夕それぞれ20gでも足りないくらいになった。いやそのエサだが、元々は外にいるネコたち用なんだ。それをゲンちゃんは欲しがっていたんだよ。外ネコへのエサやり時に、決まって「自分も〜」と寄ってくるので数粒は上げていた。それが1年以上続いていたかな。ゲンちゃんがどんどん痩せてきたので動物病院も受診させたが「特に問題なし」だった。実はそのエサがどうも好みじゃなかっただけだったみたい。以前は30g+30gだったのが1日10g+20g程度まで量が減ってしまい、それじゃー痩せるのも当たり前だったんだ。

↑左の安くて量の多いエサが2.7kgで878円、右のシニア用上等エサが1.4kgで1650円。同じ量で3.6倍も高いのにどうも不味いみたいで、ゲンちゃんも外ネコもハナビですら左の安いエサをネコたちは好む。何ていうことだっ。

夜、帰宅すると夕方17時に自動給餌されるエサをゲンちゃんはペロッと食べていた。しかし、私が台所に行くと上目使いでエサをねだるんだ。

エサ箱から一握りつかんでゲンちゃんに上げるとすぐにパクついた。
すぐに食べ終えると、なに、まだくれるんのとばかりに振り向いた。皿は完全に空だった。
いや、これだけ食欲旺盛なら体重も戻ってくれそう。食べるお年寄りは元気、というのがこれまで診てきた老人の特徴だ。人間もネコもいっしょだろう。ゲンちゃん、エサは安いし、量もたくさんあるからいっぱい食べて元気に過ごそうぜー!

2026年3月3日火曜日

ココちゃん、二度目のひな祭り

朝6時過ぎ、朝一便の東京行き飛行機に搭乗するカールとチッチを乗せ、空港へ向かった。

↑の写真は国道3号線の高速入口近くで、午前6時20分頃はまた薄暗いがそれでも少しずつ日の出が早くなり春が来ていることを実感出来る。それに今日はひな祭りの日だ。そう、カールとチッチは千葉のセージの家にこれから行くのだ。2歳が近いココちゃんのお雛様のお祝いがあるのだった。去年は私も初めてひな祭りとやらを経験した。今年のその写真が夕方送られて来た↓。おお、華やかな食事だ。
ココちゃんもご機嫌でひな人形を前に大笑い?かぁ。
でも関心はやっぱり食べ物よねぇ。
お肉もしっかりと食べている。
食事の後は叔父さんと祖母の前で何やら不思議そうな態度だ。

1年前のこてる日記を見ると、歯は生えてきていたがまた4、5本だったし、どうにかつかまり立ちは出来るも歩けてはいなかった。いやいや、この前のディズニーランドといい今度のひな祭りといい1年前と違って、大きく成長しているのがよーく分かる。来年のひな祭りではどれだけ成長しているのだろうか。きっとおしゃべりも上手になっているに違いない。そうそう、その頃は弟もいるはず。また会うのが楽しみだわ〜。