さらに「スペースワールド」だ。このCMの10年後くらいに子どもらと一度だけ遊びに行ったことがあった。この頃は開園してまだ2年目でじゃんじゃん宣伝をしていたんだな。次は施設名は画面に出ていないが「セイカスポーツセンター」のアイススケート場だ。市内高麗町に1966年にオープンし、たまーに行って滑っていたものだ。ただ、セイカスポーツクラブはスケート場はなくなったけれどスポーツジムとしてこの頃より大きくなっている。スケートリンクは老朽化で2005年に閉鎖され、その後鹿児島ではスケートが出来なくなってしまった。最後に私は全く覚えていない住宅メーカーのCMで「タカスギ」だ。関西を中心に幅広く事業展開していたそうだが2008年に破産したという。それこそ住宅価格が「高すぎ」たのか?(‾□‾;)。ただ、熊本にはそこから独立したTAKASUGIがまだ頑張っているそうだ。
と、ここまで今ではなくなった会社、施設のCMを列挙したが、改めて驚くのが、会社や施設って30年も経てば跡形もなくなるかもしれないという厳然とした事実だ。上に挙げた8つの会社施設は当時は多くの人が知る(TVCMをしているから当然か)ものだった。なんだかその時もその後もずっと続くものって思ってはいなかっただろうか。しかし、小売業業界一位、一時2兆円の業績のあった家電メーカーがその後の10年で経営危機から合併吸収されなくなるなんて・・。
逆に↓の九州セルラー電話のCMはどうだ。鹿児島に初登場したばかりで、私の記憶ではこの頃はまだポケベル全盛で携帯電話なんて誰も持っていなかった。しかしその後の大普及は凄まじく2000年を過ぎた頃は多くの人が手にするようになり、さらに2010年以降はスマホが普及し始め、今では誰もが持っている時代になった。なお九州セルラーはその後KDDI株式会社(auブランド)の一部となってまだ現役バリバリである。
私は医者なので、大学卒業の頃に就職活動なんてしなかった。しかし一般の学生らは適性、希望、そして将来性を見込んで有名な会社、大きな会社への就職活動をやっていたはずだ。それこそこれらCMがあった頃、私は将棋の米長邦雄の本を読んだことがあって「今が盛りの業界がずっと一番だなんて思ったらいけない。今がピークの業界なら30年後は衰退していることが多い」と語られていた。なぜなら米長が若い頃は繊維業界が日本の一大産業だったがその後は凋落したという事実から導き出した教訓だった。で、その頃はまだ電機、機械産業はジャパンアズナンバーワンなんてもてはやされ就職希望の学生らにも人気があったはずだ。しかし、あれから30年、それらの業界より、通信、デジタル産業の方が圧倒的に力を持つようになってきている。
























は鳴かない選択肢もあったと前置きし、「控室は、鳴くな鳴くなとなってると思ったんですけど、ファンの方は、鳴け鳴けとなってて、たぶんこっち(後者)の声の方が大きいなと思って、これは鳴いた方がいいなと思って鳴きました」