2026年5月5日火曜日

刑事コロンボ「忘れられたスター」

朝早く目が覚め、特に予定が入っていない日ということもあり、録りだめビデオを見ることにした。どんどん消化していかないといつの間にかハードディスクがいっぱいいっぱいになってしまうから〜。

まずは昨夜のワースポ&MLBだ。大谷が好投したのにドジャースがまた貧打に泣き1対2でアストロズに敗れてしまったため、今一気分良く見られなかった。録りだめビデオは私は曜日別に分けて保存している。土曜日は「刑事コロンボ」のNHKBS放送分がたくさん残っていた。最近の放送回はデジタル処理がなされているようで以前より画質が良くなっているのでうれしい。コロンボ作品はこれまでも何作か視聴後感想を日記ネタにしてきた(2016年2月18日「ロンドンの傘」、2025年1月26日「二枚のドガの絵」、2025年5月10日「溶ける糸」)。

今日はその中で第32話「忘れられたスター(米では1975年9月14日初放送、日本では1977年1月3日初放送)」をセレクトした。
何十作品もある中でなぜそれを選んだのか。刑事コロンボには毎回犯人役として往年のスターが登場するのがお約束である。今回はそれがジャネット・リーだったんだ。ジャネット・リー?おそらくこの女優の名前を聞いてピンとくる人は少数派かもしれない。しかし私は忘れない。ヒッチコック作品の大ファンの私が、彼女があの「サイコ(1960年)」でシャワー室で惨殺される悲運の女性役だったのを忘れるわけがない。↓は「サイコ」でジャネット・リーが現金を横領し不安げに車で逃げるシーン。「サイコ」は白黒映画だがここではカラー化された画像を出した。
タイトルから予想されるようにかつての映画スターが昔の栄光を忘れられずにいるというのは見る前から察しがついた。概要を書くと、引退寸前のミュージカル・スターである女性(ジャネット・リー)がミュージカル映画の名場面を集めた番組が大ヒットしたことで、再び脚光を浴びる。これを機に彼女はブロード・ウェイでミュージカルを公演する計画を立てていたが、引退した医師で資産のある夫に出資を断られたため殺害を決行したのである。リーは「サイコ」では実年齢33歳、このTV映画では48歳ということだが、50歳以上には見えた。
しかし、往年のスターという役柄がぴったりで、後半にはミュージカルの練習風景が出てくるが、実際に若かりし頃ミュージカル映画に出ていただけあって実に様になっていた。そしてそのミュージカル映画「ウォーキングマイベイビー(Walking My Baby Back Home)1953年」を自宅の試写室で映画フィルムで鑑賞するのが趣味というのが、実はアリバイ作りに利用されていて・・というストーリーだ。ちなみにこの映画、実際にリーが主演したミュージカル映画だった。最初、ちょい見していったん見るのを止めようかとも思っていた。1時間40分近くとコロンボ作品の中ではやや長めだったしー。しかしなかなかテンポも良く、ついついやめられず、とうとう最後まで見きってしまった。

見終わっての最初の感想は「いや〜、これコロンボの中でも名作なんじゃないかぁ」だ。コロンボが自殺で片付けられそうな事件の矛盾点を突くところもよどみがないし、アリバイを崩すところも映画フィルム鑑賞(まだ放送当時はビデオデッキが普及していない)で起きがちなフィルム切れの修復から証明してみせるしー。さらにリーをサポートするかつての共演者の存在もいい。そして最後コロンボの取る行動もシリーズ中唯一のことで、それは犯人を逮捕しないのである。ラストは↓でリーが「ウォーキングマイベイビー」を見てうっとりとしているシーンで終わり、余韻が残る。うーん、よく出来ている。
ジャネット・リーは「サイコ」では主人公かと思いきや実はそうではなかった。この「忘れられたスター」では主役はコロンボも、なんといっても彼女の魅力が最大限活かされた作品だった。

2026年5月4日月曜日

唐戸市場&太宰府へ

さて、天気は晴れとの予報の今日、カール、私、チッチの3人でおニューの白ゴルフに乗って連休ドライブに出かけた。出発時刻はなんと午前3時半!なんでそんな早い時間に出かけたのかというと、第一の目的地が下関の唐戸市場だったからで、その有名な海鮮食品売り場は日曜祝日は午前8時前開場とのことで、混雑が予想され、それに合わせたのだった。

最初はカールが運転し、まだ暗い高速道路を安全運転で走行していると、フロントライトがずっと下向きなのでハイビームにしようとするが、まだ操作方法に慣れておらず、いったん桜島SAに寄って確認する必要があった。それとゴルフのカーナビの表記が良くないのに気が付いた。SA(サービスエリア)やPA(パーキングエリア)が表記されてなかったり、音声入力の「ハロー!アイダ!(Macのヘイ!シリ!に相当)」と呼びかけ、操作を依頼するもなかなかスムーズに行かない。その点についてはネットでも「ナビは今一」との評価だった。結局、スマホのGoogleナビで検索した方が優秀だったわー。

ただ1時間半ほどして熊本の宮原SAに着き、運転を私に交代してみると、高速での安定性や乗り心地などは一世代前のゴルフ7より明らかに向上していて、スピード設定もオートにしておけば疲れも少なくかなり快適だった。2時間以上経過したころ、小倉のPAで今度はチッチに交代した。チッチは3月に青ポロで帰郷の途中、友人の函館君と唐戸市場に寄っていて勝手知っていたしね。もうすっかり明るくなり市場がそろそろ混むであろう午前8時前だったが関門橋ふもとの「めかりPA」に寄ってもらった。一度立ち寄ってみたいと思っていたんだ。↓そこから見る関門橋(1973年開通)。

下関は唐戸市場に着くと案の定そこの専用駐車場は混み合っていて、少し値段は高くなるが歩いて5分ほどの立体駐車場に車を駐めた。その方が早く市場に行ける。市場に着いたのは8時20分過ぎで入口の大きなフグのモニュメントでパチリ。たいていみんなここで写真を撮っていた。

で、海鮮食品だがフグ刺しはもちろん牡蠣、海鮮丼、そして寿司!海鮮好きならどれも食べたーい!と思えるものばかり。これらを現金購入して近くの海岸べりやベンチなどで食べるのだ。年間130万人の来客があるそうでゴールデンウィーク真っ最中でもありすでに満員だった。殻付き蒸し牡蠣と寿司をよりどりみどりセレクトしお腹いっぱいになったぜぇー。
関門海峡や巌流島へ渡る観光フェリーもあった。角島大橋も行ってみたい気がしたがゴールデンウィークの渋滞や混雑を考えると第二の目的地の太宰府へ早くも向かった方がベターとの結論になった。チッチの医師国家試験合格の太宰府天満宮へのお礼参りという目的もあったからだ。

太宰府はチッチが3年間住んだことがあり勝手知ったる場所で、彼の運転で太宰府駅近くのコインパーキングに車を駐め、駅から参道へ向かった。と、これまで徒歩や電車で予備校寮から何度もここに足を運んだチッチですら「うわ、こんなに人が多いのは初めて」と驚いていた。参道の店にはどこも名物「梅が枝餅(うめがえもち)」が売られていたが「かさの家」という店が人気があるとのことで私たちもそこのを食べた。
うーむ、外はパリパリ中はほかほかの餡が美味しい。ただ、車中にはいっぱいお茶のペットボトルがあったのにそれを持って来なかったのが少々残念。このお菓子にはお茶が合う。

天満宮は日本人だけでなく外人さんも多かった。太宰府天満宮と言えば梅、その時期でなかったのは少々残念も、クスノキの緑がきれいだった。現在3年間の御本殿大改修期間中で仮殿が作られていた。チッチは全寮制予備校3年目の春、殿内で合格祈願の祝詞を受けていた。塾生から3人だけ選ばれて臨み、翌年その3人とも合格したのだった。無論その年にもお礼参りは済ませていたが、晴れて医師になれてその報告もしたかったのだ。
天満宮内ではちょくちょく猿回しがやられている。私はぜひチッチとお猿さんの2ショットを撮りたかった。もし、「太宰府アカデミー」の合格体験記「保護者の声」で私の寄稿を読まれたならなぜかが分かるだろう。
といってもそこまでアクセスするのは面倒だろうから一部を抜粋しよう。

・・・・入塾前↓

「さて、最初の面接で特に印象に残っているのが、後藤代表の「1年掛けても偏差値が1も上がらない生徒もいる」という言葉です。医学部受験はやる気や勉強に取り組む姿勢がきちんとしていないととんでもないことになりますよとの警告とも取れる言葉でした。息子ともども気持ちが引き締まったのを覚えています。その日の帰り、太宰府天満宮に参拝しました。境内ではちょうど猿回しをやっていたのですが息子の顔は和らぐでもなく緊張感が漂ったままでした。」

・・・・3年後↓

帰りに息子と妻は天満宮にお礼参りに行きました。その時、またあの猿回しがいたそうです。妻は3年前と同じ仕草で演技する猿を見て「ああ、猿は3年経っても猿回ししかできないけれど、息子は3年経ってしっかり成長できて合格出来たんだな」と感慨にふけったそうです。それもこれもアカデミーがあってこそ、本当にありがとうございました。

カールの感慨は全くの事実だ。アカデミーから寄稿を頼まれ3年間の頑張りを書き上げる際にこのエピソードを入れようと思った。入塾直前の強ばった顔と現在のチッチの柔和な顔はまるで別人だぁ。(こてる日記2026年3月17日「あれから11年」も参照)

この後、チッチが好きだったという「揚子江」で豚まん1個400円を買い、近くのベンチで食べた。この店は参道から横に50mほど入ったところにあるので一般の人は気づきにくいかもしれない。今日も行列が出来ていた。となりの鮮魚店さんは今日は休みだがいつもはこれを迷惑がっているらしい↓。この豚まん、結構大きい。そして確かに美味しい。
結局、これがきょうのお昼ご飯になった(笑)。そしてこの後、チッチが自ら洋菓子店のシャトレーゼで大量の差し入れを買い、太宰府アカデミーに行き、先月城山ホテルでも会った総務のクライムさん、英語教師のマウントパディ先生とも再会し、「現在校生やスタッフ方々にどうぞ」とプレゼントしたのだった。その様子は早速アカデミーのSNSに投稿されていた↓。
この後、カールが宮原SAまで、そこから帰宅するまでは私が運転した。3人で交代して運転すると疲れが少なくていいね。白ゴルフもなかなかに良い車だった。ゴールデンウィークの中日、なかなかに充実した1日だった(⌒о⌒)。

2026年5月3日日曜日

ハナビはカールに乗っかるのか

さて、4連休の初日、最初はおニューの白ゴルフでドライブに行く予定があった。しかし天気予報では雨が続くとのことで延期することに。確かにこんな雨では強行しても楽しくない。てなわけで、自宅にこもってドジャース対カージナルス戦を見たり、録りだめビデオ見たり、ネット麻雀天鳳をやったりとゆっくりと過ごした。

この前も書いたが、ソファ寝でTVを見ていると、たいていネコたちが乗っかってくるんだよねー。今日はまずはゲンちゃんだった。↓の写真が午前9時50分ごろ。

そして11時20分ごろにはハナビが乗っかって来た。
それから30分後、カールが昼ご飯を作っているとこの2匹が台所でバチバチと睨み合っていた。若干シャッターチャンスが遅れてしまい↓の写真ではゲンちゃんが少し目をそらしている。
昼ご飯食べて片付けも終わった13時45分ごろ、カールがソファで休んでいると、ゲンちゃんが乗っかって来た。
するとちょっと時間が経って15時30分、ハナビがカールに乗ろうかどうしようかとやって来た。これにはカールも少し緊張する。ハナビはまだじっくりとカールに身を任せられないんだ。どうする?ハナビ。
結局、乗らずに下に降りてしまった。すると、ゲンちゃんがまたカールに乗ってきた。ここは私の場所ですよぉんって。するとまたハナビが寄って来たのよ。
「ほんとはボクもママに甘えたいんだぁ」ってことなのかな?ハナビが家ネコになって2年と7ヶ月。カールのところで自然にお寝んねできるようになったらもう問題ないんだがー。ゆっくりでいいからカールにも身を任せていいんだよ、ハナビちゃん!

2026年5月2日土曜日

AかBかで受け入れ科が違う

世間ではゴールデンウィークに入っている5月最初の土曜日、私は午前勤務だった。でも昨日入院した患者さんのことを考えると都合良くもあった。その患者さんは糖尿病性ケトアシドーシスを起こしていて、今日の採血検尿のデータを元に点滴やインスリンなどきめ細かい指示変更が必要だったからだ。それに昨日今日と休みのDrもいてその受け持ち患者のちょっとした指示出しの依頼もあって病院としては内科医が一人出勤すると助かるのである。

で、外来に降りる前に院長室電カルの前であちこち指示入力をしていると、救急外来ピッチから連絡があった。あちゃ、今日は救急外来担当だったんだ。「先生、胸痛で来られていて冷や汗もかいている70代の女性なんですが・・」と来た。朝5時過ぎくらいから急にその痛みが生じているという。これはまず心疾患を考えておかねば。で、心電図と採血をするよう指示出した。しばらくして外来に降りてその患者の心電図を見ると特に大した所見はない。一応急性心筋梗塞を第一に考えていたんだけどこれは違う。そこで、採血結果が出る前に「胸部CTも」と追加指示を出した。

その間、他の外来患者を診察しておく。で、そろそろ胸部CT撮影が終わる頃、レントゲンチェックをしてみたら・・うわっ、やっぱりかい。胸部大動脈の解離だった。これはもう青雲会病院での初期対応はともかく、入院治療を循環器専門や心臓血管外科があるところでないといけない。患者やその家族に病状説明をし、受け入れてくれるところを当たるのでしばらく待機してもらう。そして点滴をつなぎ血圧を下げておかねばならない。この患者さんは日頃そんなに血圧は高くなく降圧薬も飲んではいなかった。しかし来院時は170を越えていた。そのまま放置すると大動脈の解離が進展する怖れがある。

大動脈は心臓から全身へ血液を流す動脈の本管で、胸部から腹部にかけて位置しており、直径は胸部で2~3cm、腹部で1.5~2cmある。大動脈の壁はその内側から内膜、中膜、外膜の三層あり、大動脈解離は中膜に亀裂が入り裂ける病気で、多くは内膜に入口となる亀裂がある。他サイトから手書きイラストで分かりやすく解説したものがあったので↓に載せておこう。

そして胸部大動脈解離には大きく2つの分類があり、それはスタンフォードA型とB型だ。スタンフォードAの方が重症で心血管手術が必要になる。

で、この患者さん、ほぼスタンフォードB型と思われた。↑の図のB型より若干弓部大動脈から上行大動脈近くまで内膜が裂けていてそこは造影での撮影も必要か。そこで受け入れ先で一番近い鹿児島市内の天妖怪病院に連絡をした。最初、心臓血管外科のドクターが電話口に出て状況を説明したら「ううむ、B型ならまずはうちの循環器内科に連絡してくれたほうが」と言われた。院内での電話交換はその外科Drからは難しく掛け直して欲しいと。ふむ、それは私も似たような経験しているのですぐにまた病院に掛け直した。今度は循環器内科のアッシンDrが出た。声のトーンですぐ分かった。向こうも私だとすぐに分かったはず。つい3月まで月に2回ほど午前外来に来てもらっていたし医療連携の会などで何度も見知っている先生だしー。

このケース、当然救急搬送になるところだが、「うちの救急搬送カーを出しましょうか」と提案してくれ、それでお願いすることにした。救急車を呼んでもよかったが、うちの病院スタッフが同乗して一人不在になってしまうのと、この地域の救急車が1時間以上も不在になるのを防げる意味もある。ほどなく彼らがやって来てその患者さんと家族一人を乗せて鹿児島市内へ帰っていった(もう一人の家族は自分の車で鹿児島まで向かった)。

ふう〜。この患者さん、入院のうえ安静にして血圧を下げる内科的な治療で様子をみることになるだろう。ただ、一部の人は大動脈径の拡大や破裂、腹部内臓の血行障害の出現により早い時期に外科治療を必要とすることもある。だからその対応が出来ないうちでの内科治療はしないのだ。ただ他病院に頼むも、受け入れ先が多忙を極めている、はたまた5、6年前のコロナ時期など必ずしも上手くはいかない時もあった。今回はスムーズに連携がいった。医療連携も確実に進歩していると実感した土曜の午前であった。

2026年5月1日金曜日

スプーン5本と歯ブラシ1本

連休前とあって昨日今日は内視鏡処置も多く組まれていた。今日の昼前には愛乱病院から「異物を飲み込んだ30歳代男性の処置が出来ないか」との問い合わせもあった。先月の朝礼スピーチで私がテーマに取り上げたヤツだ。すでに胃内を通過していたら摘出はほぼ不可なので「胃内に確実に残っているなら受ける」と地域連携に伝えると、「間違いなく胃内にある」とのことで受けることにした。ただ、異物関連はいつもなら私の担当なのだが、外来が忙しいんでナラボーDrに頼んだ。

12時くらいからその患者の内視鏡は始まっていて、ちらちらと外来で内視鏡画像を遠隔チェックしていると、確かに異物が胃内にとどまっていた。だが、何だ、これは?

「なんか蛇みたい」と医師事務作業補助者のコンフォートさんとその表面のうろこ模様を指さした。ほか、1個だけ明らかに歯ブラシと思われるものもあった。「Between」は確かに歯ブラシ銘柄だ↓。
外来と病棟指示に時間を取られ、この異物内視鏡の件は放っておいたら、内視鏡室スタッフがやって来て「内視鏡室でナラボーDrのところへ来て欲しい」との要請が・・。なんだ手こずっているのかいな。

このケースの摘出には胆石排石用のトラペゾイド鉗子が把持力が強くて有用だ。通常の把持鉗子やバスケット鉗子では掴(つか)めてもすぐにずり落ちる。ただ、ナラボーDr、掴むことも難しいという。すでに挿入後1時間以上を経過しており、結局、私と交代することになった。で、トラペゾイド鉗子でやってみるがなかなか掴めない。そもそも蛇のようなものはプラスチック製の匙(さじ)だった。しかも4、5本も入っていた。なんでそんなもの・・なんてのは今はいい。とにかく取り出さないとー。

私と代わり20分近くが経過していた。一向に把持もしくは掴まえることが出来ず、「これは外科に頼んで開腹して胃を切開し取り出すしかないか・・」という展開が頭をよぎった。内視鏡処置でなかなか先へ進まずうまく行かない、こんな時に上手く行くことが多いのは体位変換だ。通常の胃カメラでは左側臥位で行う。しかしそれを仰臥位にしてみたら・・これがうまくハマった。スプーンや歯ブラシが少し移動し、しかも掴みやすい位置に来てくれたのだ。

噴門部にスプーン先端が位置し、そこを掴み後は慎重に引き寄せる。咽頭部でいったん引っかかるが患者さんにも我慢してもらってどうにか1個目を取り出せた。
患者さんには鎮静薬投与を実施していたが、もう覚醒していたようで、取り出した直後「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べていた。胃の粘膜もかなり荒れていて嘔吐や腹痛もありかなりきつかったのだろう、自分で原因を作ったのは分かっていて「2年ほど前に以前入院していた病院でやった」んだと。

1個上手く行けばあとは同じ要領でどんどん取り出せた。結局、プラスチックスプーン5本と歯ブラシ1本を取り出した。ナラボーDrから始まって処置終了まで1時間40分ほどもかかったわ。↓こんなにも飲み込んで2年以上もよく過ごせていたもんだ(‾□‾;)。スプーンは長さ19cm、直径は一番広い部分で3cmほどもあった。これじゃ胃を通過できない。

なぜにこんなのを飲み込んだのか。愛乱病院に転院する前は鹿児島市内の某精神科にいて、一時独房のような部屋に入れられていた。その時のストレスはすごくて、自暴自棄になり、朝食に出てくるスプーンを1日1本飲み込んでいたという。歯ブラシもその頃飲み込んだと。

はあ・・。だいたい異物を呑み込む患者さんて、自分自身が情けなくなった時や卑下したくなった時に多い。「自分は何てダメなんだ、もうどうにでも成れ」といった心境がそうさせる。まあ、一般の人は自分で自分の頭を小突いたり、壁など殴ったり、物を投げたり壊したりというような態度を取る。しかし自己肯定感が低い患者さんは異物呑み込みという極端な行為に走るんだ。この患者さんの話を聞いて、私は一応納得した。ま、そのような行為に走ったのは分からないでもないということだ。この患者さんは当院は初めてで、私が言う前に「もう二度としません」と自分から言ってくれた。ふうむ、この人はもうしないかもしれない。この手の行為をする患者は何度も繰り返す人が多く、私たちがいくら指導しても自分からは「もうしない」とははっきり言明しないからね。

内視鏡室を出られたのは14時を過ぎていて、まだ外来業務が残っていたけれど、昼食が撤去されそうでいったん食堂に向かった。私のものだけが残っていて、職員の誰かが気を利かし「こてる院長の食事は残しておいてください」と頼んでくれていたようだ。有り難や〜。

2026年4月30日木曜日

「たかもとや」のチキン南蛮

昨日の昼食は「チキン南蛮」を「たかもとや」という店で食べた。この店、私は全く知らなかったが、熊本に本店があり九州を中心にチェーン店がいくつもあるそうだ。
チッチはすごいね、ネットを駆使し各地域いろいろな店をチェックしている。ほぼチキン南蛮専門の店で、入店したらすぐにメニューを選びチケットを買わねばならない。初めての店だけに、やはり看板メニューの「黒酢チキン南蛮定食」にした。
税込み価格で1150円とどちらかといえば安い設定だ。おまけにご飯と味噌汁、タルタルソースはお代わり自由だともいうしー。待っている間にテーブルの上に「黒酢チキン南蛮の美味しい食べ方」というPOP(Point of purchase advertisin)があった。ふーん。
しばし待つと、どーんとやって来ましたヨ〜。
まずは何も付けずにチキンに掛けられている黒酢タレのみで食べてみた。チキンの殻はカリカリしていてやや硬い。ふうむ、チキン南蛮に付きもののタルタルソースなしでもいけるね。で、ソースをかけると味がややマイルドになる。パクパク。ご飯と味噌汁は小ぶりだがお代わり前提だからそうなっているのだろう。以前の私ならきっとお代わりしていただろう。でもしなくて良かった。十分にお腹いっぱいになったのだ。カールは「全部は食べきれない、もう喉まで上がって来そう」とチッチに何切れが譲っていた。
そして最後の一切れはパックでお持ち帰りにした。「テルくんの明日の朝食はこれね」だってー。

いや〜、先々週、チッチと行ったうなぎの「美鶴」は3800〜3900円もした。無論、うなぎとチキンでは単純比較は出来ないが、1/3以下の値段で十分に満足できるから人気があるのも分かる。そして驚いたのが夜になってからだ。19時、20時になってもみんな「お腹空かないねぇ」だったんだ。腹持ちが相当にいい。いや、お代わりしなくてホントよかったわ〜。

2026年4月29日水曜日

さよなら青ポロ、こんにちは白ゴルフ

今日は昭和の日だっけ。昔、天皇誕生日だったからいまだにそのイメージが強い。ともかくもゴールデンウィークの幕切れはこの日からでなにかとウキウキ感が始まる祝日でもある。そんな日に新車を受け取るのはお似合いだね〜。先月契約したフォルクスワーゲンのゴルフの納車の日だったのだ。今日はカールが新しいゴルフを受け取り、これまでの赤ゴルフはチッチに譲り、16年乗ったポロを下取りに出す日だったのだ。出発前に青のポロ、白のプリウス、赤のゴルフが並びフランス国旗のよう。そして3人、青ポロに乗って、いざファーレン鹿児島へ。

ファーレンに着くと、店内のショールーム的なところにカールの白ゴルフが鎮座していた。
おお、なかなか立派な感じ。カールはこれまで原色系の車ばかり乗ってきたが真っ白は初めての色だ。青で好みの色があればそれにしたかったものの、カタログ上お眼鏡にかなった色がなかったため、迷ったあげくこの色になった。まあ、白にしていたらまず間違いはないわな。

説明を受けたり、保険のことなどでいろいろ時間がかかり店を出るのは13時を過ぎていた。出る前に、店の玄関でおニューのゴルフとお世話になった青ポロといっしょに記念写真を撮ってもらった。

青ポロはカール、セージ、チッチと運転手は代われど堅実に大きな故障もなく16年間を無事に動いてきた。チッチにとっては青ポロは初めて運転する車で、これで学生時代を有意義に過ごせ、感慨深いようで、なでなでをしていた。
新しい白ゴルフは助手席に乗っていても、見た目、乗り心地で上等だってすぐに分かる。カーナビモニターなど12インチ以上のサイズもあり、いろんな操作が出来て、まるでiPadみたいなタブレットだ。ポロはコンパクトさとダッシュ力、小回りなどいい面も多く必要なものは最低限そろっている感じだったが、この白ゴルフはそれらよりすべて上回り余裕がある。それでいてフォルクスワーゲンに乗り慣れている人なら違和感なく乗れてしまう。
昼食を谷山でチキン南蛮の店「たかもとや」で摂った後、帰宅して赤ゴルフをチッチに譲った。赤ゴルフは約7年経っているとはいえ16年前のポロよりはずっといい車に感じるはずだ。そうそう↓が7年前の納車の日の写真だ。右は一つ前の私の白プリウス。
この時、青ポロはしばらくしてセージに譲るべく、当時彼が勤務していた岐阜市まで二人で交代して運転し、届けにいったのだった。13時間かかったな。その後、青ポロはセージの転勤に合わせ、栃木、千葉へ、そしてチッチに譲るため岩手へと移動し、この春、北陸、山陰と通って鹿児島に帰って来た。だが、それはこてる家とのお別れでもあった。ふう〜、16年間本当にご苦労さんだったね、青ポロさん。

2026年4月28日火曜日

孫たちを「みてね」

朝、「みてね」にサックンの画像が投稿されていた。

おお、大きなあくびだ。どうやら産科へ産後の定期検診に行った時の様子で、マーヤさんのコメントには「体重クリアしました!」とあり、これにカールが「わーい🙌良かったー」と返信をしていた。

つい昨日までは千葉でカールが付き添っていた(カールは昨夕鹿児島に帰って来た)が、今度は茨城のマーヤさんの実家でしばらく過ごすようで、夕方には従姉のエーナちゃん(7歳)に抱っこされている画像が来た。

ココちゃんの画像もあって、
あらら、大好きなバナナと黄色いおもちゃを手にして何を戸惑っているんだろう。上の画像から1時間してまた画像も送られてきた。今度はエーナちゃんといっしょに何か楽しいことやっているみたい。
そして夕ご飯になったようで、エーナちゃんの「いただきまーす」の掛け声の後、手を合わせていた。
カールによるとココちゃんは、ちょっとした反抗期みたく、あれもイヤ、これもイヤで大変だったらしいが、実家ではエーナちゃんがお姉ちゃんの役割をしてくれるからきっと落ち着くだろうナ。そしてサックンのお目々ぱっちりの画像もー。
あらま、可愛い。このお目々の大きさはカールに似ているかな。そして、夜の9時過ぎにまた画像が・・。エーナちゃんがココちゃんに絵本の読み聞かせをしていた。ほんとお姉ちゃんだねぇ。

ともかくも孫たちが順調に育っている様子がよく分かり、毎回のことながら「みてね」のサービスに感謝感謝だ。