こ て る 日 記
「消化器内視鏡」を専門とするDr.こてるです。
趣味のボウリング、麻雀や病院での出来事、家族の内輪ネタから時事問題まで
日々の徒然を「こてる日記」として、毎日アップしています。
2000年5月から開始し2015年5月分からブログに移行しました。
現在、おおよそ2日遅れでアップしています。
2026年5月13日水曜日
名ばかりシニア
2026年5月12日火曜日
オーラス、残りツモ1回に逆転をかける
2026年5月11日月曜日
「ショッカイ」
朝の院長室報告で感染管理防止対策室長のハマケイ君が来て言うことには「回復期病棟の某看護師がコロナに罹ってしまいましてー」と。先週末、最初は症状は軽くてそのまま夜勤に入った。しかし明けて帰る頃には発熱もひどくて検査をしたら陽性反応が出たという。コロナに罹ってしまうのは仕方ないとして、問題は患者さんや職員に広がらないかどうかだ。幸い2日ほど経過してもその兆候はないようだとのこと。ただ、次に発した言葉が私には謎だった。
「その看護師は『ショッカイ』もしているので・・その患者さんはしばらく監視を怠らないようにしなくては云々(うんぬん)・・」
は?ちょっと待って。「ショッカイ」って何だ?私にはどうにもピンと来なくて意味を尋ねた。ハマケイ君はちょっと戸惑って「ええと・・ショッカイ・・です」「だから全然意味がわからん、ショッカイって何?」「食事介助を略して食介(ショクカイ=ショッカイ)って言います」「へー、食事の介助ね。そんなふうに縮めて言うんだ。初めて知ったわ」「いやー、みんな普通にそう言っていますよ」だと。聞きようによっては「ショッカー」にも聞こえ、「ショッカーだったら仮面ライダーを呼ばないといかんな」とつぶやくとハマケイ君、はぁ?って顔をしていたよ。うむ、もう50年以上も前の番組だもんな、仮面ライダー。
確かにその言葉、青雲会病院だけで使われる隠語、仲間うち語ではなく、AI検索では「「食事」と「介護/介助」を合わせた造語として使われる。嚥下機能や噛む力が低下した人への食事支援全般を指す。法律上の専門用語ではなく、現場や解説記事などで用いられる表現」とあった。ふーむ、医療界でよく使われる「ムンテラ」「ステる」「アポった」「タキっている」などと同類だったか。意味は、ムンテラ:Mundtherapie(独語:ムントテラピー、病状説明)、ステる:sterben(独語:ステルベン、死ぬ)、アポった:Apoplexy(独語:アポプレキシー、脳卒中を起こした)、タキる:(英語:タキカルディア、tachycardia、頻脈になっている)で、特にドイツ語は日本語で言いやすく、紹介した以外にもたくさん例がある。2026年5月10日日曜日
「ATOK2017」終了に備える
さて、麻雀に負けた翌日ということで、昼の外食予定がなくなった。そこで1ヶ月ほど前から気にかけていたパソコンの設定に取り組んでみた。
私は長年ワープロの文字変換は「ATOK」を使ってきた。昔むかし、「一太郎」というワープロソフトの時代からだから30年以上にもなる。しかしMacが「今後ATOKはMacでは使えなくなるかもしれない」という忠告をしてきた。選択肢B:Mac標準の「日本語入力(ライブ変換)」に乗り換える。
選択肢C:無料の「Google 日本語入力」に乗り換える。
2026年5月9日土曜日
雀風を見直さないと
今日の午後からは約1ヶ月ぶりのリアル麻雀。いや〜、負けてしまった。勝ったのは腹出しDrで一人勝ちだった。最初から5連続トップという滅多にない快進撃をさせてしまった。これはツイているのも確かにあるんだが、負けている側にいくつかのミスが重なってのことなんだよな。最初の半荘で、競り合っている中、ピンズのホンイツを仕掛けている下家の腹出しに、自分の手がいいのを自らに言い訳し「鳴かせてもいいか」と不要なピンズを2枚も鳴かせて、結局彼に上がらせてしまった。
これって雀風の差が出る。サブアラドDrなどはこんなケースでは絶対に鳴かせない。自分の手を壊してでも相手に楽をさせないタイプだ。最近は体調不良で打たなくなったが、ダイボDrがその典型だった。彼が上家に座るとそら鳴かせてくれない。私や見せたまえDrはどちらかといえば相手が欲しがりそうな牌でも、自分が上がりたいため不要なら切って鳴かせてしまうタイプだ。
後半になって私もトップ争いをするようになったが、今度はゲームメイクがまずかった。段トツのオーラスの場面、下家のビリ目の見せたまえが明らかなホンイツ手を狙っているのを警戒するあまり、2位で追っている親のサブアラドのリーチにまともに勝負する羽目になった。よく考えれば自分が上がりにいかず下家の見せたまえの欲しそうな牌をどんどん鳴かせて手を進ませれば自分が上がらずともよかったのだ。なんなら、満貫の8000点くらい放銃してやってもまだトップだった。それが結局サブアラドに親の満貫12000点を打ってしまいきれいに逆転された。↓サブアラドの親リーチに対し白の対子落としで十分に回し打ちできた。
切れば下家の見せたまえがきっと鳴いてサブアラドと勝負してくれたはず。結局、36700対34900で私が2位に落ちた。12000点の直撃での逆転で一番やってはいけない打ち方だった。
最後の半荘も段トツでオーラスを迎えながらラス親でねばる見せたまえに親のハネ満ツモを2回連続で上がられ大逆転トップをやられてしまった。結局、9回の半荘で一度もトップを取れなかった。はぁ・・。今年は絶好調で勝つかチャラがずっと続き、マイナスは一度もなかった。だから今日は負けたがトータルではまだトップだ。しかし自分の手が上がれるか上がれないかだけに目を向ける雀風では今日のような負けがまたいずれあるだろう。雀歴46年、ベテランといえるけれど、まだまだ改善の余地が多くあるヘボ雀士なんだと反省しきりでしたわ〜。
2026年5月8日金曜日
雨坂軽ワゴン
2026年5月7日木曜日
なんやかんや言うて「値段」が正義!
2026年5月6日水曜日
生まれ故郷で墓前報告
連休最終日、朝は例によってドジャースの試合を観戦しつつダラダラと過ごしていた。それで午後は何をして過ごそうかとぼんやりしていたら、カールが「田舎へお墓参りに行かない」と提案してきた。そうかこの前の5月3日にもカールにそう言われて、その時は雨が結構降っていたので「やめとこう」だった。以前は5月3日にはお墓参りをよくしていた。なぜなら父デンコーの命日だからだ。亡くなったのは2007年のことだから今年で丸19年になる。
「よし、行こう」
今日は白ゴルフではなく、プリウスに乗って田舎へ向かった。昨日またタイヤ交換もしたばかりだ。12月末に前輪を、今度は後輪をオートバックスで交換した。ネットで注文しオートバックスを送り先にし(事前連絡なし)、届いた頃に電話で予約し、交換費用を支払う方式だ。プリウスのタイヤはやや特殊なので店に置いていないことが多いからこの方式が合っている。今回の後輪の交換は前輪ほど劇的に乗り心地や操作性が向上した感覚はないものの、この前の車検で「梅雨前にはぜひ交換を」とトヨタの人に言われていたからこれで安心出来る。
1時間もしないうちに信光寺に着き、墓前でチッチの国家試験合格を報告出来た。そう、これが一番の目的でもあった。チッチは3月末に鹿児島に帰って来た際に函館君と鹿児島ドライブをした。その時に次いでといってはなんだが、田舎に寄って自ら墓前報告を済ませていた。デンコーも喜んでくれたことだろう。デンコーは子どもたちを医者歯医者にするのが夢だった。それがかない、今度は孫たちまで歯医者(弟の長女アサちゃん)、医者になったのだから。↓デンコーの霊は写っていないかしら〜。
これですぐに帰宅しても良かったのだが、ヒトミンチョ家にも寄ってみようかとなった。ヒトミンチョは日曜だと夕方までAコープ勤務のはずだが祝日はどうか・・。するといたではないか。家を掃除、お片付け中とのことだったが、ほんの少しだけと上がることにした。それがさー、なんだかんだと話し込んでしまい3時間半も長居してしまったよ〜。いや、最初は良知従兄が亡くなって3ヶ月以上経っても「なかなか寝付けずにいて最近少しそれが改善してきたばかり」という喪中後のヒトミンチョの聞き役だった。しかしその後は、亡くなった親世代の話題やヒトミンチョが親しかった人たちの思い出、私がよく知らない叔父叔母のことなど話せばいくらでも話題が尽きなかったのよ。今年16歳になったばかりのネコの「そらん」ちゃんもめずらしく逃げずにそばにいてくれていたしね。↓「そらん」ちゃん。双子の「りおん」は数年前に亡くなっている。
聞けば、私たちの実家がある旧頴娃町大川は今年新小学1年生が一人もいなかったそうだ。ヒトミンチョが知る限り、これは大川地区初めての事態らしい。県内でも過疎が著しい地域だからといってもそこまでとはー。ちょうど60年前、私は小学1年生だった。入学前、私は隣の水成川にある頴娃町立別府小学校に入学するものと思っていた。しかしその半年前から私や私の家族の運命を変える出来事がいくつも起こり、1966年1月に一家は鹿児島へ引っ越したのだ。今思い返しても人生の一大転機がその半年間に詰まっていた。1965年までは私やヒラーキは大光寺にある大川保育園のガキンチョたちや従妹のヒトミンチョなどと毎日遊んで過ごしていて、子どもたちもまだいっぱいいた。そっかぁ、思えば私や私の家族はそこから出て行って60年後過疎に陥らせた犯人の一味だったわけだ。はぁ・・。
2026年5月5日火曜日
刑事コロンボ「忘れられたスター」
しかし、往年のスターという役柄がぴったりで、後半にはミュージカルの練習風景が出てくるが、実際に若かりし頃ミュージカル映画に出ていただけあって実に様になっていた。そしてそのミュージカル映画「ウォーキングマイベイビー(Walking My Baby Back Home)1953年」を自宅の試写室で映画フィルムで鑑賞するのが趣味というのが、実はアリバイ作りに利用されていて・・というストーリーだ。ちなみにこの映画、実際にリーが主演したミュージカル映画だった。最初、ちょい見していったん見るのを止めようかとも思っていた。1時間40分近くとコロンボ作品の中ではやや長めだったしー。しかしなかなかテンポも良く、ついついやめられず、とうとう最後まで見きってしまった。
2026年5月4日月曜日
唐戸市場&太宰府へ
さて、天気は晴れとの予報の今日、カール、私、チッチの3人でおニューの白ゴルフに乗って連休ドライブに出かけた。出発時刻はなんと午前3時半!なんでそんな早い時間に出かけたのかというと、第一の目的地が下関の唐戸市場だったからで、その有名な海鮮食品売り場は日曜祝日は午前8時前開場とのことで、混雑が予想され、それに合わせたのだった。
最初はカールが運転し、まだ暗い高速道路を安全運転で走行していると、フロントライトがずっと下向きなのでハイビームにしようとするが、まだ操作方法に慣れておらず、いったん桜島SAに寄って確認する必要があった。それとゴルフのカーナビの表記が良くないのに気が付いた。SA(サービスエリア)やPA(パーキングエリア)が表記されてなかったり、音声入力の「ハロー!アイダ!(Macのヘイ!シリ!に相当)」と呼びかけ、操作を依頼するもなかなかスムーズに行かない。その点についてはネットでも「ナビは今一」との評価だった。結局、スマホのGoogleナビで検索した方が優秀だったわー。
ただ1時間半ほどして熊本の宮原SAに着き、運転を私に交代してみると、高速での安定性や乗り心地などは一世代前のゴルフ7より明らかに向上していて、スピード設定もオートにしておけば疲れも少なくかなり快適だった。2時間以上経過したころ、小倉のPAで今度はチッチに交代した。チッチは3月に青ポロで帰郷の途中、友人の函館君と唐戸市場に寄っていて勝手知っていたしね。もうすっかり明るくなり市場がそろそろ混むであろう午前8時前だったが関門橋ふもとの「めかりPA」に寄ってもらった。一度立ち寄ってみたいと思っていたんだ。↓そこから見る関門橋(1973年開通)。下関は唐戸市場に着くと案の定そこの専用駐車場は混み合っていて、少し値段は高くなるが歩いて5分ほどの立体駐車場に車を駐めた。その方が早く市場に行ける。市場に着いたのは8時20分過ぎで入口の大きなフグのモニュメントでパチリ。たいていみんなここで写真を撮っていた。
で、海鮮食品だがフグ刺しはもちろん牡蠣、海鮮丼、そして寿司!海鮮好きならどれも食べたーい!と思えるものばかり。これらを現金購入して近くの海岸べりやベンチなどで食べるのだ。年間130万人の来客があるそうでゴールデンウィーク真っ最中でもありすでに満員だった。殻付き蒸し牡蠣と寿司をよりどりみどりセレクトしお腹いっぱいになったぜぇー。2026年5月3日日曜日
ハナビはカールに乗っかるのか
さて、4連休の初日、最初はおニューの白ゴルフでドライブに行く予定があった。しかし天気予報では雨が続くとのことで延期することに。確かにこんな雨では強行しても楽しくない。てなわけで、自宅にこもってドジャース対カージナルス戦を見たり、録りだめビデオ見たり、ネット麻雀天鳳をやったりとゆっくりと過ごした。
この前も書いたが、ソファ寝でTVを見ていると、たいていネコたちが乗っかってくるんだよねー。今日はまずはゲンちゃんだった。↓の写真が午前9時50分ごろ。
そして11時20分ごろにはハナビが乗っかって来た。それから30分後、カールが昼ご飯を作っているとこの2匹が台所でバチバチと睨み合っていた。若干シャッターチャンスが遅れてしまい↓の写真ではゲンちゃんが少し目をそらしている。昼ご飯食べて片付けも終わった13時45分ごろ、カールがソファで休んでいると、ゲンちゃんが乗っかって来た。するとちょっと時間が経って15時30分、ハナビがカールに乗ろうかどうしようかとやって来た。これにはカールも少し緊張する。ハナビはまだじっくりとカールに身を任せられないんだ。どうする?ハナビ。結局、乗らずに下に降りてしまった。すると、ゲンちゃんがまたカールに乗ってきた。ここは私の場所ですよぉんって。するとまたハナビが寄って来たのよ。「ほんとはボクもママに甘えたいんだぁ」ってことなのかな?ハナビが家ネコになって2年と7ヶ月。カールのところで自然にお寝んねできるようになったらもう問題ないんだがー。ゆっくりでいいからカールにも身を任せていいんだよ、ハナビちゃん!2026年5月2日土曜日
AかBかで受け入れ科が違う
世間ではゴールデンウィークに入っている5月最初の土曜日、私は午前勤務だった。でも昨日入院した患者さんのことを考えると都合良くもあった。その患者さんは糖尿病性ケトアシドーシスを起こしていて、今日の採血検尿のデータを元に点滴やインスリンなどきめ細かい指示変更が必要だったからだ。それに昨日今日と休みのDrもいてその受け持ち患者のちょっとした指示出しの依頼もあって病院としては内科医が一人出勤すると助かるのである。
で、外来に降りる前に院長室電カルの前であちこち指示入力をしていると、救急外来ピッチから連絡があった。あちゃ、今日は救急外来担当だったんだ。「先生、胸痛で来られていて冷や汗もかいている70代の女性なんですが・・」と来た。朝5時過ぎくらいから急にその痛みが生じているという。これはまず心疾患を考えておかねば。で、心電図と採血をするよう指示出した。しばらくして外来に降りてその患者の心電図を見ると特に大した所見はない。一応急性心筋梗塞を第一に考えていたんだけどこれは違う。そこで、採血結果が出る前に「胸部CTも」と追加指示を出した。
その間、他の外来患者を診察しておく。で、そろそろ胸部CT撮影が終わる頃、レントゲンチェックをしてみたら・・うわっ、やっぱりかい。胸部大動脈の解離だった。これはもう青雲会病院での初期対応はともかく、入院治療を循環器専門や心臓血管外科があるところでないといけない。患者やその家族に病状説明をし、受け入れてくれるところを当たるのでしばらく待機してもらう。そして点滴をつなぎ血圧を下げておかねばならない。この患者さんは日頃そんなに血圧は高くなく降圧薬も飲んではいなかった。しかし来院時は170を越えていた。そのまま放置すると大動脈の解離が進展する怖れがある。
大動脈は心臓から全身へ血液を流す動脈の本管で、胸部から腹部にかけて位置しており、直径は胸部で2~3cm、腹部で1.5~2cmある。大動脈の壁はその内側から内膜、中膜、外膜の三層あり、大動脈解離は中膜に亀裂が入り裂ける病気で、多くは内膜に入口となる亀裂がある。他サイトから手書きイラストで分かりやすく解説したものがあったので↓に載せておこう。そして胸部大動脈解離には大きく2つの分類があり、それはスタンフォードA型とB型だ。スタンフォードAの方が重症で心血管手術が必要になる。
で、この患者さん、ほぼスタンフォードB型と思われた。↑の図のB型より若干弓部大動脈から上行大動脈近くまで内膜が裂けていてそこは造影での撮影も必要か。そこで受け入れ先で一番近い鹿児島市内の天妖怪病院に連絡をした。最初、心臓血管外科のドクターが電話口に出て状況を説明したら「ううむ、B型ならまずはうちの循環器内科に連絡してくれたほうが」と言われた。院内での電話交換はその外科Drからは難しく掛け直して欲しいと。ふむ、それは私も似たような経験しているのですぐにまた病院に掛け直した。今度は循環器内科のアッシンDrが出た。声のトーンですぐ分かった。向こうも私だとすぐに分かったはず。つい3月まで月に2回ほど午前外来に来てもらっていたし医療連携の会などで何度も見知っている先生だしー。












