・「百聞は一見に如かず」(紀元前1世紀の中国の言葉)
・見た目で判断しない(人、食べ物、物事)。
・とにかく、まあ、やってみよう。なんとかなる。
・死ぬこと以外、かすり傷。(箕輪厚介氏の著書で有名になった言葉ですが、昔から言われていた言葉です。
「消化器内視鏡」を専門とするDr.こてるです。
趣味のボウリング、麻雀や病院での出来事、家族の内輪ネタから時事問題まで
日々の徒然を「こてる日記」として、毎日アップしています。
2000年5月から開始し2015年5月分からブログに移行しました。
現在、おおよそ2日遅れでアップしています。
メジャーリーグのナ・リーグ優勝決定シリーズが始まった。ずっとメジャーリーグを観戦していれば今年のチームで強いのはナ・リーグで、その中でもドジャースかブルワーズかパドレスの3チームだって分かる。で、生き残ったドジャースとブルワーズ。この7回戦シリーズがワールドシリーズより大きな戦いだってことだ。
第1戦の先発投手がドジャースはサイ・ヤング賞経験投手のスクーバル、ブルワーズは今年のサイ・ヤング賞最有力の24歳の若きエース、ミザロウスキーだ。いやー、どちらも打ち崩すのは大変だ。見始めたらドジャースの各打者がミザロウスキーの球を見極め、球数を投げさせる対策をしっかりやっていた。2回裏なんかミザロウスキーに35球も投げさせたよ。しかしドジャースは1点しか取れなかった。勝負どころで打ち崩せなかったんだ。そのうちスクーバルもホームランを打たれ、その次の回だったか先頭打者にフォアボール出してしまったのがまずかった。すかさずブルワーズは犠牲バントで2塁に進めセンター前ヒットで2点目を入れ、その後ドジャースは強力ブルペン陣に抑えられ、結局1対2で負けてしまった。全体としてはドジャースの方が途中までは押していたし勝つチャンスもあったようだが、ブルワーズは今年メジャー全体で一番の勝利数を誇っているし、隙がない野球をする。
今日は午前11時からリアル麻雀をやっていて、後半途中からは見せたまえDrの院長室での観戦ではあったが、手牌を見たりTVを見たりで落ち着かなかった。↓雀卓越しに撮影した試合の様子。左下の人形は見せたまえDrが2年前ドジャースタジアムで観戦した際にもらった山本由伸のボブルヘッド人形。今日はメジャーリーグの試合もないし、会合の予定もないし、何もないから自宅でのんびりと過ごしていた。10月になったとはいえまだまだ暑くエアコンを効かしている。
そう言えば、9月に入ったらいつも聞こえていたはずの家の裏からの虫の声が今年はまったく聞こえない。温暖化のせい?いや、実は裏のモリサンチー家が8月に庭木や草など目一杯刈り取っていたのだ。すごくすっきりしたのはいいが、虫まで棲む所がなくなってしまったようだ。草や木が繁茂して時にうちの駐車場にまで枝が伸びてうざいこともあったが、今となっては少し寂しいね。↓上が今年5月の頃のモリサンチー家裏庭で、↓が8月末の庭。周りの木々がなくなって、私は今回初めてそこに柿の木があったんだと知ったくらいだ。
15時ごろ、和室でくつろいでいたゲンちゃんが居間の方面をじーっと見つめていた。
その視線の先にはパーソナルチェアでくつろぐカールがいたところ、そこにハナビが乗っかって来たんだ。カールも「おやハナビ、私にところに来るなんて珍しい」と言っていたが、私が写真を撮った時には隣のパーソナルチェアに乗り移っていた。最近はハナビもそこがお気に入りのよう。しかししばらくして今度はゲンちゃんがカールママのところにやって来た。「ハナビ、お前のママじゃないんだぞ」とでも言いたげであったよ。↓カールに乗っかるゲンちゃん。ハナビは後ろでソファ寝していた。すでに子どもらも巣立ったこてる家の休日は、夫婦二人とネコ二匹、まったりと過ごすのであった。夕方、鹿大医学部糖尿病内分泌内科学講座の森野勝太郎教授就任祝賀会があり、城山ホテル鹿児島へ向かった。青雲会病院も大学から医局員を週1回派遣してもらっている縁で出席するわけだ。実は1年半前の前教授西尾喜彦先生の退官記念の会にも出席していた。あの時私は出席直前に失策をしてしまった。なんと準備していた会費祝儀袋を自宅に忘れてしまって、それに気づいたのは向かう車中でだった。引き返すと会に間に合わなくなってしまう。そこでホテルで袋を購入し自前のお金弐萬円を入れ、汚い筆字で名前を書いてなんとか間に合わせられたのだった(^_^;)。
で、今回は忘れないぞとテーブルの上に目立つように置いていたが、玄関で靴を履こうとしたらカールに「忘れ物よ〜」と言われてしまった。祝儀袋をテーブルに置いたまままた出かけようとしていたのよ。がーん、全くたまいが入らんこった!(共通語で「魂が入らないことだ」の意)
ただ、今回は1年半前のスナップ写真を事前に確認してから行ったので、知り合いのDr、名前だけは知っているDrとも割合に会話がスムーズに出来た。お隣には川辺の某病院の院長先生が座っていて前回も少しお話ししたのだが先方は私のことをよく覚えていなかった。まあそんなもんだろう。小林の病院から来ていた一坪Drとは前回も会っていたが「こてる先生とはいつ会ったっけ」と言うので、私は自信を持って「1年半前の同じ糖尿病内科の会でしたよ」と教えてあげた。同じテーブルには糖尿病が専門で市内のクリニック院長である天保山Drもいて私から話しかけた。出水のスチョル先生と縁戚だと見知ってはいたけど直接会話したことはほとんどなかった。こちら側は私の父デンコーとスチョル先生が従兄弟であるときちんと説明してあげた。プロ野球の話題を振ると「先生も阪神ファンですか」と聞かれたよ。スチョル&てげてげ先生は生粋の阪神ファンだが、「いえいえ、セ・リーグでは阪神ファンですけど推しはソフトバンクです」とだけ答えておいた。ただ、最近は日本のプロ野球よりずっとドジャースやメジャーリーグに関心が移っているんだけどねー。また外来のネタ。
80歳の高齢女性が先月末に大腸内視検査を受けポリープ切除も実施されていた。今日はそのポリープの病理結果を聴きに来ていた。結果は良性で特に心配なし。それですぐに終わるかと思いきや、「それでもお腹がぐじぐじと動いて痛いことがあるんです」と訴える。ふうむ、大腸が特に問題ないことは検査してすでに分かっている。それでも腸が動いて痛みがあるのはまあ仕方ないことなのだ。蠕動(ぜんどう)運動と言って腸などの消化管が食べ物やガスを先に送り出そうとする運動が過剰になったり、通りが悪くなって強く収縮したりするときに起こることが多い。すると、患者本人が腹部の動きは「虫のせいでは?」と言ってきた。ほい、それはほぼ否定出来る。「虫というと寄生虫ですねー。50年以上も昔は回虫やギョウ虫など虫も見ましたが最近はほとんどいませんよ。何か有機野菜などをよく摂っているんですか」と逆に質問した。化学肥料を嫌って有機肥料を使った野菜などはたまに寄生虫が付くことがある。しかしそれもないという。そこで「過敏性腸などの体質的な理由でそういった腹痛は起きやすいです。虫のせいではないのであまり心配し過ぎないように」と説明しお引き取りねがった。メジャー地区シリーズのドジャース対ブレーブスの第3戦は大一番だった。互いに1勝1敗で迎え、ここで勝つか負けるかで短期決戦の行方が大きく左右される。しかもドジャースは山本由伸、ブレーブスは左のクリス・セールというエース同士の対決だったからだ。
ただ仕事のせいでほとんど実況中継を見られず経過報告でしか知らなかったが、山本が相当頑張ったみたいだな。ドジャースが左投手対策で打順に入れたキケ・ヘルナンデスが2ランを打って一気に優位に立った。キケは2年前の同じ地区シリーズ第5戦、対パドレス戦でもダルビッシュ相手に貴重なホームランを放って勝利に貢献した。レギュラーシーズンではあまり活躍しないのにポストシーズンだと張り切って結果を残すお祭り男だ。山本もその後のピンチを1点でしのぎ結局3ー1でドジャースが勝利した。大きい、実に大きい。そして山本は過去2年にも増して存在感がアップしている。だから「メジャーで1球も投げていない選手にあんな多額の契約金をー」なーんて陰口いう人はもう誰もいない。それどころか「ドジャースにとっては格安の契約だったんだ」なんて持ち上げられてさえもいる。笑っちゃうね。
これで次もブレーブスに勝って次のナ・リーグチャンピオンシップ7回戦制へ進めるだろう。現時点では相手はブルワーズかパドレスか決まっていないがそこが一番の大勝負だ。ドジャースが勝ち上がって、後は大谷が例年のような活躍をまた見せてくれれば何も言うことはない。
そうそう、ノーベル賞だ。またまた日本人研究者が化学賞を受賞した。硤合憲三(そあいけんそう)さんで東京大学出身の東京理科大の元教授だ。授賞理由は「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒反応の発見」ということだが、この前の日記でも分かるようにこの業績や硤合さんなどは前評判には全く上がっていなかった。いかに予想が難しいかということだ。私の記憶するところ、今年受賞そうだという予想が当たったのは2012年の医学生理学賞の山中伸弥教授くらいかな。あれは超特急での受賞だった。iPS細胞の作製に成功したのが2006年くらいだから成果や発表があって10年も立たずにというのはそれだけインパクトがあってかつ重要な研究だったということだ。一般にはその時はさほど重要と思われていなくても後からその研究の偉大さが分かってくることが多いように思う。今月から眼科Drが女医の本望Drに交代になった。鹿大からの派遣で通常は1年か2年での交代なのだが、今回はその中間の1年半での交代だった。
本望Drは前任のナベダイDrとは同期だ。本人からその話題は出なかったが、一昨年の鹿大眼科同門会誌を読んでいたから私は知っているのよ。その号で5人写真付きで新人Drらが紹介されていてその中に本望Drの写真もあった。↓グラサン付きの写真を使うとは大胆な・・。なんか他にもっと良い写真はなかったんかいな、ナベダイDr。これ、どう見てもニートでしょ。とても眼科の先生になんて見えないゾ。
そうそう、その会誌を読んで、ボウリング好きな眼科の先生がいると知り、ナベダイDrに仲を取り持ってもらい今年2月にいっしょにボウリングをしたんだった。→2026年2月25日「眼科チームとボウリングだっ」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2026/02/blog-post_25.html
その年の入会DrのうちサンギDrという先生も面白い自己紹介写真を載せていた。まだうちの病院に来られたことのない方だが↓の写真を見てみて。
キャハハー、面白すぎるぞー。これを同門会誌に載っけるとはなかなかのセンスの持ち主だ。同門会誌の中で埋もれさせるにはもったいないので、このブログで紹介した次第だっ。ついこの前の南日本新聞に今年のノーベル賞予想者の記事があった。日本人で受賞できそうな研究者たちがあれこれと紹介されていた。毎年のようにこうした記事が出るが受賞者が全く関係のないアメリカの研究者だったりするとこんな記事あったの?というくらいに忘れられてしまう。たまーに予想記事が当たることもあるがまあ10年に1回くらいなもので宝くじよりはマシかなぐらいだ。この日記がアップされる10月6日夜などは物理学賞発表の日だから↓に写真を載せておくので当たったか否かはすぐに比較出来るハズ。まあ当たるどころか研究内容の予想なども外れることがほとんどだって思っていた方がいい。
ええと、7日発表の化学賞はさらに地元鹿児島の南さつま市出身の堂免一成氏に期待かぁ。いや、予想記事だから景気のいい話題は外れたって構わない。ちょっと驚いたのは去年は医学生理学賞と化学賞で日本人2人が受賞していたってことだ。忘れていたし、誰が何の功績でって思い出せない。まあそれくらい日本人のノーベル賞受賞者は多くなったしね。今日は仕事がなかったのが助かった。風邪が昨日一昨日がピークで今日はなだらかによくなりつつあるってところだ。ただまだまだ元には戻っていない。
メジャーリーグも明日から地区シリーズでいよいよドジャースも登場する。今年はナショナルリーグを如何に突破するかが最大の焦点だ。というのも、ここ1、2年、メジャーのア・リーグ、ナ・リーグ間の実力差が目立ってきていて明らかにナ・リーグが優位に立っている。日本の場合のDH制やソフトバンクが所属するなどの理由から明らかにパ・リーグ優位がこのところずっと続いているのと同じようにリーグ間格差があるんだ。すなわちナ・リーグチャンピオンになれれば、どのチームが出てきてもその後のワールドシリーズはほぼ勝てるのではないかというくらいだ。日本でいうセパ交流戦がメジャーではある期間だけではなくて開幕から終盤まで途切れることなく続くシステムになって4、5年経つのかな。ア・リーグとナ・リーグの各チームは年最低3試合どのチームとも対戦するようになった。そしてそれがリーグ間の格差を際立たせる要因になった。実は今週始めからずっと風邪気味の症状が続いている。最初は咳が出た。そのうち鼻水が出て倦怠感が続いている。発熱はないから最近ぽつぽつと増えているインフルエンザ患者の症状とは違うようだ。風邪をもっらたのはどうも土曜日に長島のクリニックに行った際、マスクを着けずに駅構内を徘徊したせいかも。以前は絶対にマスクを着けていたのに最近はコロナもほとんど発生がないので気が緩んでいた。
外来業務をこなし入院患者も受け入れて昼休みは仮眠だ。午後はまたもや下血患者の内視鏡、原因はこの1ヶ月ほどやたら多い大腸憩室出血だ。上行結腸の出血源憩室にクリップを掛けまくって治療終了、やれやれだ。
しかし、鼻声で時々咳をする私に内視鏡室スタッフが心配して「センセー、インフルエンザのチェックをしましょうか」と言ってきた。私は「いや、インフルエンザじゃないよこの症状は」と抵抗したのだが、「新しい検査キットが今ならただで使えます」と言って勝手にキットを開けるんだ。そして検査棒が目の前に・・。片方の鼻だけかと思いきや「両方の鼻から採りますねぇ」とぐりぐり、涙目。「このキットはインフルエンザに感染してそんなに時間が経っていなくても早めに診断が出来る優れものなんです」だって。ABCの文字があり、AがA型インフルエンザ、BがB型インフルエンザで、CはコントロールでCは必ず反応しないといけません」とのことだ。
で、数分間じっと見ているとCはすぐに色が変わり始めたが、AもBも反応はない。やがてCは完全に黒い色になるもAとBは全く反応なし。
へへへ、やっぱりインフルエンザじゃないってことよ。ざまーみろ。
インフルエンザでないのは良かったが、60歳代になると風邪も治る期間が長引くようだ。帰宅してもぐったりが続き、食事だけはどうにか済ませ後はソファで寝込んだ。で、夜中に起きてパソコンに向かった。こてる日記だけはアップしておかないとー。どうにか文だけは書き画像はなし。日記書きも体力がないと大変なんであーる・・。
昨日の日記で、外来患者さんに「親しみやすい先生です」と言われたと書いた。もしかしたら9月30日の外来でもう一つそう思われるかもしれないシーンがあった。
高齢女性患者が来て「みぞおちのあたりが時々『ウッ』となる症状が出て困る」との訴えがあった。「ウッですか」「そうなんです」とここでもっと症状を掘り下げて聴取する方向に行くのが普通の医師なのかもしれないが、私はどうしてもあらぬ方向に行ってしまう。午前、風邪できつい中、外来をこなしていった。そこに来た75歳男性は便秘やたまにの下痢の訴えで私の診察を希望していた。なにやらこだわりが強そうな印象の患者さんだ。
「下痢と思えば便秘、便秘かと思えば下痢と思うように排便コントロールがうまくいかない」と言われる。「他の先生が処方したグーフィス(比較的新しいタイプの下剤)をきちんと服用しているが、それでは出なくてテレミンソフトという坐薬を使ってようやく出た。グーフィスは効いている感じはしない」とのこと。前医が出した処方薬を見直すと他にマグミット500mg2錠/日が定期処方されていた。この薬は便秘の基本薬だ。
いろいろと話を聞くに、繊維分の多い食事摂取が不足のよう。まずは食生活を見直すこと。穀物や野菜、海藻など繊維分多い食事摂取を心がける。まあ基本中の基本を指導した。効かないと思うグーフィスは無理に服用せずともよい。しかし食生活だけの指導では心もとなく、アミティーザという下剤を2週間だけ試しましょうと話し、さらにテレミンソフト坐薬も頓用処方をした。
こう書くと特に何ごともないような診察風景に見えるが、実際には「ああでもない、こうでもない」と患者さんは語ってくるんだ。そもそも自分の症状を論理的によどみなく伝えられる人ってそんなに多くない。診察は10分以上かかった。それでようやく終わって席を離れたこの高齢男性が意外なことを私に言った。
「先生みたいな人(医者)は初めてです」
「え?」と驚き、「どこがですか」と尋ねた。すると・・
「親しみやすいところがです」だって。へーーえ。結構イライラしながらの診察だったんだけれどね。しかし、そんな風に言われては悪い気はせず、なんか報われた気分だったよ〜。
はあ・・久しぶりに風邪を引いてしまった。日曜の夜から咳が少し出るようになり、今日は鼻水も出る。土曜に中央駅を利用した際、マスクを着けていなかったせいだろう。
夜は姶良郡医師会の災害医療委員会に出席した。11月にある鹿児島空港避難訓練の話題や熊本地震へのDMAT(災害派遣医療チーム)やJMAT(日本医師会災害医療チーム)の報告があった。DMATやJMATは被災地に赴いて医療行為の手助けをする点では似ているが、DMATは発災直後の超急性期(48時間以内)に動き、救命やトリアージを担う国や都道府県主体のチームで、今回は霧島市立医師会医療センターの政所(まどころ)ドクターから報告があり、JMATは日本医師会主体のチームで、DMATの後を引き継ぎ、発災3日目以降の急性期〜中期・慢性期に避難所などで医療体制の維持や診療を担う役目で、OI病院の泣かん薗Drから報告があった。明け方、今季レギュラー最終戦のドジャース対サンフランシスコ・ジャイアンツ戦をTVで見ていた。両チームともブルペンデーで毎回のように投げるピッチャーが代わるし、バッターもあらかじめ2打席や3打席で交代するなど、ドジャースはポストシーズンを見すえての調整、ジャイアンツは来季からの巻き返しのため新人選手を多く送り出していた。
今季のジャイアンツはメジャーリーグで最悪と言ってもいいほどの主力選手の故障に見舞われ、開幕時のレギュラーメンバーが現時点でだーれも残っていないという惨憺たる状況だ。私がつい10日ほど前にドジャースタジアムで観戦した時はイ・ジョンフもいて良く打っていたのにその後故障してしまっていた。しかしジャイアンツのホーム、オラクルパークは満員に近い観客が来ていた。まあドジャース相手ということが大きいだろう。夕方、チッチが家に来ていた。私たちが海外旅行中、ネコの世話をしてくれていてそのお礼も兼ねてのお土産をプレゼントした。
ドジャースタジアムのグッズ売り場で買ったクリアバッグに大谷翔平のTシャツ、LAロゴ入りの小さなぬいぐるみなどだ。チッチはゲンちゃんやハナビのエサ、フン、水やりなどしてくれたわけだが、2匹のうちハナビには全く触ることすら敵わず、引っ掻かれたり噛まれたりの苦い記憶がまだ解消されていない。私にはえらく懐いていて上の写真の後、ソファにいた私にひょっこり乗っかってくつろいでいた。チッチにしたら「ありえねー」だね。ちょうどこの頃、千葉のセージから子どもらの写真が「みてね」にアップされていた。御輿を担いでの祭りが開かれていたようで、セージがココちゃんを抱っこしていた。おそらく初めて見るお祭りだったんじゃないかな。セージもいいパパしている。で、こちらこてる家ではチッチがゲンちゃんを抱っこしていた。30年前は私たちも子どもらを抱っこするのにいっぱいいっぱいでネコなんか飼う余裕もなかった。チッチもこの間30歳になったばかり。一世代は約30年。今から30年後は私たちは生きているかどうかも分からないが、今度はココちゃんにも子ども(私たちからみたらひ孫)が出来ているのだろう。世代は巡る・・やね。3ヶ月ぶりに長島クリニックで大腸内視鏡の仕事があった。大腸癌検診の結果が住民に出たため、要精検の人たちの大腸内視鏡依頼が多くなったからだ。長島町の人たちは多くは隣の阿久根市や出水市で内視鏡検査を受けることが多い。町内では長島クリニックに検査機器はあるが大腸内視鏡が出来るドクターが常駐していないため一定数集まるとこうして呼ばれる。今日は7人の検査をした。うち5人くらいはポリープ切除などした。初めて大腸内視鏡を受ける人もいていつもよりはやや多かった。
このクリニックもこの前から電子カルテになって、最近は小規模なクリニックも電子カルテ化されるようになってきた。↓はここの電子カルテ。
操作は各クリニックの仕様で若干違うが、基本はパソコン操作なのでちょっと教えてもらえればだいたいはすぐに使えるようになる。しかしクリニックによっては高齢な院長先生などパソコン操作が苦手だったりすると電子カルテ導入が大変だろう。長島クリニックは前のバタフジ院長はパソコンなど全く扱わない先生だったが、継承した今のゼンコン院長はまだ30歳代だから問題ない。私はここでも頻繁に使う「大腸ポリープ」「大腸憩室」など大腸内視鏡検査でよく出てくる単語は片っ端から単語登録していった。私は単語登録の鬼だからね。先の「大腸ポリープ」などは「dp」と押してスペースキーを押せば一発で変換される。「大腸憩室」は「dk」だ。タレントのDAIGOがやるように単語の先頭のアルファベットを取り出して2文字か3文字に変換しパソコンに記憶させておく。そうすると法則性があるのでどんな風に変換させたかなと覚える必要がない。このこてる日記入力もそうして文字入力の負担を減らしている。この数行でも「スペース」は「sps」、「アルファベット」は「あf」、「パソコン」は「ps」、「こてる日記」は「kt」だ。ちなみに「私」もよく使う単語なので「ww」と入力すると変換されるようにしている。「watashi」と入力する手間からすれば4分の1以下の労力で済むからな。
で、検査と検査の合間に頻用内視鏡用語を登録していっている時に「sjj」と打つとすぐに「S状結腸」と変換された。あれ?と思った。この変換方式は私のやり方そのものだ。「jkk」とやると「上行結腸」と変換される。すでに、こてる方式の変換が出来るようになっているじゃないか。するとクリニック(kr)の看護師(kgs)に「先生、前回来た6月にうちは電子カルテ(dk)になっているのでその時に先生が登録したんじゃないですか」と言われた。ああ、確かにそうかも。そうでないと電子カルテが勝手に私の方式の変換をするはずがない。前回もさっそくこてる方式の単語登録をしていたんだ。すっかり忘れていたよ( ・_・;)。
私はパソコンをやり始めた35年以上前からこの単語登録のやり方をしているが周りをみると私ほどやり尽くしている人はあんましいないようだ。単語だけでなく短いあいさつ文なども簡単に登録できるし便利なことこの上ないけれどねぇ。「よろしくお願いいたします。」は「yr」、「明けましておめでとうございます。」は「あkm」ってな具合。二度三度同じ文を入力する場面が出てきたら私はすぐに単語登録するし、それは習慣になっている。先の「明けましておめでとうございます。」などはどんな文字を入れればいいかなんて覚えていないけれど「あけま」が「あkm」で始まるからきっとそうだろうと推測出来る。
パソコンやネットでの文字入力が簡便かつ正確に出来るのでみんなもぜひやってみてー。
今日も忙しかった。やっぱり休日が続くとその反動で外来も多くなる。おまけに緊急の大腸内視鏡も入って夕方までほぼずっと仕事だった。
自分の仕事の中に当直帯で受診希望の患者さんを断った場合の報告書のチェックがある。いつもはさーっと見てハンコを押していくだけだが、昨夜の報告の中に「おや」と思える症例があった。それは12歳の女性の母親からの電話連絡で「カロナール200mgを10T内服。オーバードーズ、ストレス、死にたい・・・。24時間過ぎており、本人も元気、ただし母親が採血希望」というものだった。夜間なので採血を希望と言われてもそれは出来ない。当番看護師は「採血は明日の朝でないと出来ない。どうしても診察を希望するなら夜間の緊急のある霧島の医師会医療センターをお勧めする」と返事して納得してもらえたらしい。1週間ぶりに病院に来て、さっそくLA土産のチョコ菓子を各部署に配っていった。休み取って職員らには迷惑をかけたからね。
受け持ち入院患者も状態悪化している人はいなかったが、思っていたより改善に向かっていない人もいて指示を大幅に変更したり、逆にもう退院してもいいのに祝日休日のせいで入院がやや長引いていた人もいて「本日退院OK」とした。気管挿管していた患者さんは外科Drにその管理をお願いしていて抜管するまでにはまだ至っていなかった。
今日は内視鏡担当日だったので胃カメラ、大腸内視鏡と次々にこなしていった。もう休日&旅行モードは吹っ飛んでいた。昼休みも内視鏡の仕事が終わらず、昼の医療安全会議には出席出来なかった。遅い昼食を摂って休憩は30分、また午後の内視鏡検査に向かった。約1ヶ月前に止血治療を行った患者がまた下血して今朝入院していた。大腸内視鏡で確かめると前回止血出来たと思っていた部位からの再出血だった。結紮出来ていた思っていた処置具が外れてのことだった。ううむ、再度の止血だ。
どうにか終業時間の17時半には仕事は終わった。まだ雑務が一部残っているが今日は帰ろう。夕食後、どっと疲れが出て日記を書くどころではなく、しかも後で気が付いたが、ネタになるようなデジカメ写真をほとんど撮っていないことに気が付いた。旅行中は毎日何百枚って撮っていたのにねぇ。時差ボケって明らかには感じていなくてもやはり疲労は残っている。体調が戻るのに数日はかかりそうだ・・。
未明に起きてどうにかこてる日記をアップした後、また仮眠を取った。そのうちにセージの長女ココちゃんが2階から降りてきて、おもちゃで遊んだり食べ物を食いちら・・いや頬張ったりで元気いっぱいだ。
長男のサックンは寝返りは出来るがハイハイはまだで赤ちゃん用ベッドに置けるがちょくちょく泣くしねー。この時期の子育ては大変だわ。30年前の自分たちもそうだったのか、今ではよく思い出せないな。今日は夕方に鹿児島へ飛行機で帰るから余裕だったのだが、昼食をセージ一家と摂ることになってそれならその後すぐに羽田へ向かうことにした。昼は船橋のスシローで4人プラス1人で結構パクパク食べたのだが合計で7900円。高いか?安いか?これアメリカと比べたらすんごく安い。数日前に日記にも書いたドジャースタジアムでのハンバーガーが2個とフライドポテトで7500円よ。比較にもならない。
↓はタッチパネルを押しまくるココちゃん。
「そんなに押したらダメだよ」とは言わずに押させて、片っ端から「X」ボタンで消していくセージパパだった。羽田には14時に着いて後はラウンジでパソコン開き、今日アップするこてる日記を書いたりした。今は充電用設備や無料WiFiがあるから本当に助かる。鹿児島空港に着いたのが18時50分ごろ。蒸し暑いな。19時44分に帰宅。荷物整理して、日記の残りを書いてアップし、食事はカールは入らないとのことだったが私はカップ麺で済ませ、あとはバタンキュー。
明日から仕事だぁ。
さて、今日はほぼ1日かけて帰国だ。朝の6時半にはホテル朝食ビュッフェで食事を済ませ、部屋に帰ってからは忘れ物がないかなどを確かめ、9時には他のツアー客らとバスでロサンゼルス空港まで向かった。ここで出国審査や手荷物検査などあるが、日本を出るときに一度やっているのでそれほど緊張はしなかった。ただ、手荷物ではパソコンをそのままバッグに入れて提出したのがまずく、レントゲン検査に引っかかってしまった。そこで待機している間、他客で立派なブランデーかなにか入った瓶2本を押収されている人がいた。係員が身振り手振りで「こいつはダメだ、スーツケースにでも入れて預け荷物なら構わないがー」って説明していた。そのラテン系の客は英語で反論することもなく肩を落としていた。液体の入ったものは持ち込み禁止って知らなかったのかなぁ・・ペットボトルくらいならどうってことないがねぇ。
出発前に空港の免税店やショップでお土産を物色した。しかし今一病院職員らへの良さげな物が見つからない。中身が少なくてバカ高いものが多く、こうなったら東京は羽田で日本のものでも買ったろかと思ったが、これならまあましかというチョコをいくつか買い、足りない分は羽田で足すことにした。
帰りの飛行機も全日空機で座席はカールと連席を取れなかったので、互いに中央の通路側席を選択した。国際線では通路側が絶対にいい。トイレを利用する時に他客に気兼ねせずに行けるからだ。私の隣は同じツアーの新婚夫婦の夫だった。今回のツアー客で唯一の新婚旅行組で、大谷と同じ岩手県から来ていた。いや〜37年前を思い出すわ。あの時はカナダへのツアーで新婚組は私たちだけだった。そして定年を迎えた人たちが多かった。今は私たちがその立場だ。
全日空の機内向け月刊誌「翼の王国」を見ていたら岩手や鹿児島もと取り上げられていた。それで岩手関連のページに出ていた若い女性を指さし、新婚夫に「この人を知っているんじゃないですか」と質問したら「え、知ってます」と驚いていた。ふむふむ。その女性の職場がチラッと聞いていた新婚さんのといっしょだと私は気づいていたからだ。他に大きな名物ソフトクリームの話題では「これはいったん無くなりかけたんですけど私の同級生が復活させようと運動して生き残ったんです」とまさしく記事に書いてあるとおりの説明を彼はした。結局私も彼もこの雑誌を持ち帰ることにしたよ(⌒о⌒)。
帰りは行きよりも向かい風のせいか1時間以上もフライトが長かった。この時に役立ったのがノイズキャンセラーのイヤホンだったな。近くに赤ちゃんを抱えた外人さん夫婦がいてその泣き声のせいでカールも新婚夫も「よく寝られなかった」とぼやいていたが、私にはまったくそういうことはなかった。走行中の轟音も泣き声もかなり小さくしてくれるし、マイフェイバリットソングを流していれば気分もいい。特に10時間以上を要するフライトでは必須アイテムと思ったよ。さて日本時間の16時半ごろ、無事飛行機は着陸したが、その後がちょっと大変だった。成田からの予定していた電車が「佐倉までの折り返し運転になります」と乗れなくなったのだ。昨日通過した台風の影響で水害が千葉に起きているせいだった。カールがセージに電話すると最初は「車で成田まで迎えに行く」とのことだったが、すぐに「別の電車で新鎌ケ谷駅まで行き、乗り換えて船橋まで」というコースになった。成田への道も通行止めなどあり大渋滞しているとか。どうにか電車に乗り込んだが、成田を出てすぐに「あれ、こんな湖あったっけ?」と反対側の窓に広がる風景に違和感を感じた。
実はこれ全部、田んぼなんだ。堤防決壊し一面大きな池か湖みたいになっていた。行く時は稲穂がいっぱいだったのにー。そして初めて降りる新鎌ケ谷駅では、私たちは満員列車の端っこに押し込まれ、出ようにも乗客と荷物に挟まれて簡単に移動出来ずに「すみませーん!どいてくださーい」と声を張り上げないと降車できなかった。どうにかこうにか船橋のセージ宅にたどり着き一息ついた。先の新婚さんらは本当は今日のうちに新幹線で岩手まで帰る予定が、今夜は東京に一泊してから明日帰るというふうに変更を余儀なくされたそうな。東海道新幹線で関西に帰るはずのツアー客の一人は清水駅で降りてそこで一泊になったとか。私たちは千葉に子どもが住んでいるおかげでこうした旅行の際には助かる。
生後5ヶ月のサックンと会うのは久しぶりでさっそく抱っこしてあげた。7kgを越えているそうだ。