昨日の続き。1991年10月に鹿児島旅行をした他県人の残したビデオ映像から、今度は主にバスの窓から撮影した「今はもうない鹿児島の風景」だ(https://www.youtube.com/watch?v=I6lqtkkLsKs)。
最初に出てくるのが有名な五石橋の代表「西田橋」だ。2年後の1993年「8.6水害」で甲突川五石橋のうち、新上橋、武之橋が流失した。耐え残った玉江橋、西田橋、高麗橋には移設問題が起き、これらは江戸時代末期に造られ平成初めまで車も通っていた(特に高麗橋)が、いろいろ議論があったあげく2000年に浜町の石橋記念公園に移設された。
次に「林田バス」だ。ホテルやバスチェーンなど経営していた会社がバブル期以降経営悪化し、この後10年持たずいわさきグループに吸収されその後廃線となり、私たちが結婚式場に利用した林田ホテルや子どもたちも連れて行ったことのある霧島の林田ホテルも今はもうない。バスは緑とクリームのツートンカラーが懐かしい。次は天神馬場の今でも残っている日産自動車の店だが・・。昭和の時代からの日産の看板車種であった「ブルーバード」「サニー」は消失した。調べてみるとブルーバードは2001年、サニーは2004年まで販売されていたそうだ。ブランドを誰もが知るまで育てたのにそんなに簡単に捨てて良かったのかねぇ。チッチが「隣の『ベニ・モグサ』の看板はいまだにあるよ」と言っていたが・・(笑)。で、次は・・。天文館のまさに中心にあった「三越鹿児島」だ。もともと「丸屋デパート」だったのが1984年に全国チェーンの三越になった。1991年のこの頃は経営順調で老舗の山形屋と競り合っていた。その後鹿児島中央駅にアミュプラザが出来た影響で客足が天文館全体で減少し徐々に売り上げが減り、三越は撤退、2010年に複合型商業施設の「マルヤガーデンズ」になっている。この投稿者は城山展望所にも行っている。そこの土産物屋は市有地に建てられ販売を行っていて実質不法占拠状態であった↓。市は撤去を求め土産物屋とずっと争っていた。この後くらいに近くの駐車場付近に移転させるとことで市と合意し40年ぶりに解決したそうな。
MBCの「あの日のふるさと」でこの問題は以前放送されていた。この掘っ立て小屋のような売店↓は私にとっては懐かしい(一度も買い物したことはなかったけれど)。城山からの展望では鹿児島港あたり、後の1997年に水族館などが建てられるが、この頃はまだ埋め立てられたばかりのようだ。
投稿者は鹿児島空港から飛行機で羽田へ向かうのだが、空港のカウンターも映していた。それが今はなき日本エアシステム(旧:東亜国内航空)だ。その後JALと統合されるが、そのJALも一時危なかったよなー。で、映像の中で、今と全く変わらないものの厳としてある。その代表が↓の二つだ。































