夏の甲子園もベスト8が出そろったか。天理、三重、智弁和歌山、仙台育英、横浜、花巻東、有明、健大高崎。まあおおよそ順当な結果かな。この中では熊本の有明だけが異質だ。なんてったって初出場だから多くのマスコミや高校野球ファンもいきなりベスト8進出という予想はしにくかったチームだ。それは私もそう。でもベスト8に1校くらいは予想外のチームが出てくるってのは何年かに1回はあるからその意味では順当ってことだ。
例えば2年前の島根代表の公立校大社がそうだった。1回戦で報徳学園を3対1で破ったのも驚いたが、2回戦で長崎の創成館を延長で勝ち、3回戦の対早実戦は近年まれにみる名試合を演じた。9回裏の1死二・三塁のサヨナラのピンチで早実が「内野5人シフト」を敷き、このピンチを凌いで延長戦へ突入する展開にはしびれた。互いに延長タイブレークで相手好守備のため送りバントを決められずにいたところ、今大会初出場の大社の安松選手が見事に三塁線上に決めてチャンスを広げ、それが大社のサヨナラ勝ちにつながったところなど、今後NHKの「白球の記憶」に載せてもいいくらいの内容だった(と書いたら、チッチからすでに「大社旋風」のタイトルで放送済みとメールあった)。こ て る 日 記
「消化器内視鏡」を専門とするDr.こてるです。
趣味のボウリング、麻雀や病院での出来事、家族の内輪ネタから時事問題まで
日々の徒然を「こてる日記」として、毎日アップしています。
2000年5月から開始し2015年5月分からブログに移行しました。
現在、おおよそ2日遅れでアップしています。
2026年8月17日月曜日
予想外チームが活躍すると・・
2026年8月16日日曜日
50年ぶりの指宿「白水館」
8月15日夕方、ホテル「白水館」に着いた。フロントで受け付けを済ますと中年の中国系女性が少したどたどしい日本語ながらきちんと部屋まで案内してくれた。で、さっそく砂蒸し風呂へと向かった。「秀水園」では砂蒸しはなく歩いてすぐの市営の「砂楽」利用だったが「白水館」は自前のものがある。3人並んで砂を掛けられ20分弱じわ〜っと汗をかいた。チッチは大学同級生の函館君だったか八犬伝君とだったか、最近「砂楽」で砂風呂体験済みで「あそこよりは熱さが控えめでよかった」そーな。写真撮影禁止だったので自分らのはないが↓がそのイメージ画像。指宿に来たからにはやっぱり砂蒸し風呂は一度は体験しないとね。
その後、ひとまずシャワー室で砂を落とし、その足でメインの大風呂へ向かった。この時点で結構喉が渇いていたけれど、大風呂のほか露天風呂、サウナ、打たせ湯など岩盤浴以外は全部利用した(岩盤浴は千円別料金必要で利用せず)。で、着替え室に入る直前、ウォーターサーバーがあったのは助かった。冷たい水がこんなに美味しいとは!館内の庭には松の木が多く植えられていて美しい。毎年のように将棋のタイトル戦が行われ、特に竜王戦ではタイトル決定時期に行われることが多い。
夕食は夏のファミリーバイキングプランで食べ放題、飲み放題だ。ビールは飲み放題ではないというところも多いが、ここはなんとビールも飲み放題だった。私も最初の一杯はしっかりと飲んだ。やはり風呂上がりの一杯は美味しいねぇ。そこそこのお値段もするとあって、出された食事や飲み物は本格的なものが多く美味しかった。チッチなど寿司、しゃぶしゃぶ、ステーキのほかうなぎの蒲焼きも数枚集めてうな丼を作って食べていた。この他、天ぷらも注文してから揚げてくれるなどあり、1時間半の所要時間のうち、1時間もしたらもう満腹だった。いつもは少食のカールも結構食べていたナァ。2026年8月15日土曜日
ラーメン「成(なる)しき」
今日の昼は小川町にあるラーメン屋「成(なる)しき」というところで食べようとなった。チッチがよく利用し「美味しいから」とのことだ。で、チッチを午前11時20分に迎えに行き、そのまま近くのニシムタの駐車場に駐め、歩いてその店に行った。 時刻は11時44分。着いてすぐに「やばっ」となった。11時半開店の店なのにすでに道路に10人以上の待ち客が並んでいたからだ。「普段は並んでも1人か2人くらいなのに。店がこぢんまりとしていて回転がやや悪いんだよな」とチッチがつぶやく。しかしせっかくここまで来たからには並ぶしかない。店のおばちゃんが日陰で待機してもらうよう反対側の道路に待ち客を移動させていた。いや〜、こんな暑さの中、どのくらい待つんだろう。
結局、59分待った。はぁ・・。↓はすでに約50分経過したころで、カールとチッチの様子。写真ではぼかしてはいるが表情が冴えないのは何となく分かるでしょ(‾□‾;)。やっと入れて、私とカールは塩味、チッチは醤油味を頼んだ。どちらもあっさり系の味付けでいわゆる鹿児島ラーメンとは違うタイプのラーメンだ(どちらも単品で960円)。私の頼んだ塩味は後で写真を見たらピンボケだったので別のサイトに出ていたのを↓に出しておこう。汁が美味しい。チッチの醤油味は見た目は濃く見えるがやはりあっさり系とのことだ。今日はお盆ということでこの後、田舎に行く予定もこの1時間待ちですっかり狂った。ケンタッキーを買い、鹿児島インターからいったん高速に乗り錫山から南薩縦貫道そして知覧の実家へ着いたのは予定の1時間以上遅い14時20分過ぎだった。まあ、評判のラーメンを食べるには今の時代1時間くらい待つのは仕方ないのだが、次はもう1時間もは待たないゾ。実家ではヒラーキ&チエコンさんとアサちゃん、アーコ姉妹はいたが、長男のデンタル君は今朝東京に帰り、次男のヒロヤン君は熊本在住ゆえ帰って来ていなかった。いたらチョコパイも美味しかったのにね、残念。
で、実家在住時間もそこそこに「ではそろそろ」と後にした。頴娃大川の墓参りに行くためで今年は良知兄の初盆でもあった。しかし納骨堂のみで家には寄らず、すぐに指宿へと向かった。実は今夜は指宿白水館に一泊する予定だったからだ。18時の食事開始予定にしたため、16時くらいまでには着かないと温泉を利用する時間がなくなるんだ。そもそもお盆の時期に温泉&ホテルに一泊なんて2週間ほど前は全く考えてもいなかった。しかし、熊本地震の影響で調べると指宿の旅館&ホテルが簡単に予約を取れると分かり、せっかくだから利用しようとなった。これって10年前の地震の時と全くいっしょ。あの時はゴールデンウィークの頃で鹿児島県内の観光旅館などキャンセル多くて空きがあり「料理で有名な秀水園って行ったことないから」と利用したのだった(2016/4/28「指宿秀水園へ」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2016/05/blog-post.html)。今回の白水館は子どもの頃に何回か泊まったことはあったが、カールは一度もなく、チッチも誘ったのだった。あの頃チッチは浪人2年目で熊本に近い太宰府でお勉強中だったしね。
ということで、この続きは明日の「こてる日記」で。
2026年8月14日金曜日
十種競技
外来に十代の男子が来た。母親も付き添っていた。問診をさっと見ると下痢数回とあり急性腸炎だなと推測はついた。腹部の聴診をしても診断はそれで間違いないだろうとして「点滴もできますけどどうされますか」と尋ねた。すると母親が「お願いします。この子は十種競技をやっていまして来週九州大会にも出るんです」という。へー、十種競技とな。点滴は当然してもいいとして、私は「十種競技って100m走のほか投げたり飛んだりするんでしょ。どんな競技があるの」と興味を持った。
すると投てき競技では「砲丸投げ」「やり投げ」に「円盤投げ」があり、飛ぶ競技では「走り幅跳び」「走り高跳び」は予想ついたが「棒高跳び」まであるという。これで六種。走り系では「100m」は当然で「400m」「1500m」に「110mハードル」まであり、これらを2日間でやりきり、各競技ごと点数化してその得点を競うんだそうだ。へー、そりゃきついわ。走るのでも瞬発力の100mと持久力の1500mでは得手不得手があるだろうし、砲丸投げの得点を伸ばそうとしたら腕の筋力が絶対必要だがそれは走り高跳びにはほぼ不要だ。
スピード、パワー、持久力のすべてが高いレベルで求められ、勝者は「キング・オブ・アスリート」と呼ばれ、欧米ではかなり人気のある競技で、その日本チャンピオンにもなった武井壮はそれを売りにしてタレントとして活動し「百獣の王」を自称しているのは周知の通りだ。過去の日本選手権での優勝者をざーっと眺めると、同じ選手が5、6年チャンピオンであり続けることが多いのに気が付く。2010年代は右代啓祐(うしろけいすけ)選手が6連覇を含む8回優勝をしていてその前は田中宏昌選手が5連覇をしていた。最近は丸山優真選手が連覇をして第一人者のようだ。丸山選手は右代選手が日本人選手として初めて8000点を越えて記録更新したのを13年ぶりに8308点で更新した。そして最近は8321点と日本記録更新をしまだまだ第一人者であり続けそうだ(ちなみに世界記録はフランスのケビン・マイヤーの9126点)。2026年8月13日木曜日
あなたは「むにゃむにゃ」
2026年8月12日水曜日
語り継ぐべきこと
2026年8月11日火曜日
こてる家は薄味が基本
今日は「山の日」で休み。平日が休みだともうけた気分でうれしいネ。「山の日」は2014年制定だが施行は2016年からでちょうど丸10年になる。「海の日」が1996年施行なのでちょうど20年遅れだった。当初8月12日の案もあったそうだが、その日はなんといっても1985年の日航機墜落事故の日と重なり「山」は嫌な連想になるということで1日前になったそうな。それと漢数字の「八」が山の形、数字の「11」が木々が生えている様子で山をイメージするということだが、どうも後付けじゃないかなぁ。ともかくも休みを取るのに抵抗が多い日本人には祝日が増えるのはいいことだ。
とは言っても暑さがひどいので外に出て霧島まで行こうなんて案は全く出なかった。家でエアコン付けてのんびりとしていた。高校野球にメジャーリーグ観戦もしたし、朝礼発表が終わったので、ネット麻雀は最上級卓の鳳凰卓でようやく真剣に打とうという気になった。やはり簡単にトップは取れないし3位が多い。ただラスを取っておらず、今日で26半荘ラス無しが続いているのは好調が続いている証拠だ。
昨夜はチッチが泊まりに来ていて、カールの沖縄そばを食べた。沖縄から取り寄せた「照喜名そば」をゆでて、ソーキ(豚の骨付きあばら肉)も添える。ご飯は「ジューシー(沖縄風の炊き込みご飯)」だ。2026年8月10日月曜日
私の偏愛シリーズ「王将」
さて朝礼スピーチだ。今回は2日前には出来上がっていたので何度もリハーサルを行うことが出来た。で、微妙な手直しをすること10回以上。所要時間も12、13分程度に収まるよう無駄な部分は省いたりした。冒頭はタイトルを示さず、いきなり「王将」のイントロが流れ、その後にタイトルが浮かび上がる演出も使った。私の意図はいかに「王将」が名曲であるか、そして曲そのものを職員に聴いてもらうことにあった。
だから全27枚のスライドのうち前振りとエピソードで21枚を費やし、みんなが「王将」を聴いてみたくなるタイミングの22枚目に村田英雄の約50年前の歌唱動画(王将の1番)を流した。次のスライドでは動画はないが歌詞を見せながら2番を流した。そしてたたみかけるように「3番がまたいいんです」と「♪明日は東京に出ていくからは〜何が何でも勝たねばならぬ〜」と語ると、クスクス笑いが起きた。3番の動画が出てくると「そこまでやるんですか」ってな反応でもあった。へへへ、だってそもそもタイトルが「私の偏愛シリーズ『王将』」なんだもん。「偏愛」とは誰が何と言おうが自分はそれが好きってものや人を指す。各職員のスピーチもこれまでの「私の夢」ではなく今後は「私の偏愛するもの」でもいいよとマジで朝礼スピーチを管理している係にお願いをしている。私は各職員の「偏愛」を見聞きしたいのだ。
かなりこだわりの強いスピーチ内容ながら評判はまずまず好評だった。外来の手帖Nsは「あら王将先生」と呼びかけて来たし、信号Drは「よく曲一つであの時間持たせましたね」と感心された。いやいや、私にすればまだまだ話足りないくらいだったのよ。「偏愛」するものって語り出せば30分1時間はあっという間なんだ。可愛いんだ理事長は夕方の所属長会議で「私が高校3年生の頃だったかな、よく聴いたものだった。今の人は『王将』って言っても分からないだろうなー」と感想を述べてくれたが、現50歳前後を境に上は知っているが下はまず知らないという状況で、その知らない世代にも知ってもらいたくて今回語ったという狙いもある。ちょっと驚いたのが、5階病棟のマチルダ師長だった。彼女はすでに62歳、当然知っている世代だ。「先生、私はとっても懐かしく思って聴いていました」とその次「私の父は将棋指しだったんです」「『王将』もよく歌っていました」だと。ええーっ?!そりゃ驚いた。正確にはプロではなくアマチュアなんだが何度も県代表になり、それこそ「明日は東京に全国大会へ出ていくからは」ということも何度もあったそうだ。そんな日は知り合いの強者らとほぼ徹夜で将棋を指すようなこともしていたらしい。また子どもらを集めて将棋教室も開いていて(その名も「王将クラブ」!)、それはほとんどお金になるようなものではなかったが生粋の将棋好きだったようだ。私の親戚の叔母さんも北九州に嫁いだが夫が将棋のセミプロのような人だったそうで苦労したと聞いている。
実は私、将棋はほとんど指したことがない。「王将」にまつわる村田英雄、西條八十、船村徹の3人もみんな将棋が出来ない人たちだった。それでも「王将」の大ヒットに気をよくした日本将棋連盟は名誉初段を3人に進呈したとのことことである。私は「王将」好きを皆に披露出来て満足、ただそれだけだったわ〜(⌒о⌒)。
2026年8月9日日曜日
当番日は下血祭り
今日の青雲会病院は当番日で私と外科のキブンDrがその外来を担当した。私の当番日担当は久しぶりだ。いや、これがあるから昨日ほぼ丸1日をスライド作りに費やしたのよ。
朝は雨が大降りで「この様子では熱中症は来ないな」と少し期待した。まあ確かにそれほど救急外来患者は来なかった。しかし前日から下血の患者が3人も入院していてそのうち2人を私が引き継ぎ担当することになった。その3人とも下血原因は大腸憩室出血が疑われ、実際夕方にはそのうちの1人が大量再下血をしたため、内視鏡室スタッフを呼び出すことにした。最近は休日の緊急内視鏡は基本行わないこともあって、一人は16時半の段階で「もうお酒飲んでます」もう一人は「すぐには行けない」だった。あきらめかけたが五月鍋NsがOKとのことで助かった。
前処置は行わず、いきなり内視鏡挿入し、ニフレック液で洗浄しながらスコープを進めてい行くと、横行結腸に新鮮血が多量に貯留していてここの憩室がたぶん出血源と推測出来た。しかし凝血をあらかた洗い落とすとどの憩室が出血源か分かりづらくなる。これが明日だとさらに分かりづらくなるんだ。出血があったその日に内視鏡をするのが一番見つけやすい。だから粘った。私の大腸憩室出血の止血率が高いのは粘りに粘るからだ。この患者さんも見つからずに2回抜去した後、3度目の挿入を試みていた。
すると・・洗浄をしたにもかかわらず横行結腸の憩室に凝血が付着しているのが見つかった。「お?これじゃないか」凝血を洗い落としてみた。するとじわ〜りと出血があるじゃないか。「見つけた」ふふふ、これで我々の勝利やっ。
憩室出血の内視鏡止血法にはクリップと結紮ゴムの2種類があるが、この人にはクリップで対処することにした。というのはゴムの場合はいったんスコープを抜いて先端に止血デバイスを取り付けて再挿入しないといけなく、この患者さん挿入が難しい上に「あいたー、いたーい」と叫ぶ人だったからだ。結紮ゴムの方が再出血する心配が少ないので可能ならそっちにしたかったが「あいたー」はお互いに聞きたくなかったんでね。でも↑のように5個のクリップでがっつり挟みこんだので大丈夫だろう。終業時間を大幅に超えての帰宅となったが、スライドは作り終えているし、内視鏡医冥利に尽きる仕事を終えた充実感もあってゆったりと過ごせた。ただー。眠気も相当で、こてる日記を書かずに寝込んでしまったので翌日未明は慌てる羽目になった。おまけに日記書こうにもほとんどネタのない日だった。こんな時は孫ネタに限る。ココちゃん、サックンの最近の写真の中からセレクトし日記にまとめ、どうにか1日のルーチンをぎりぎりのタイミングで終えられたのだった。ふう・・。2026年8月8日土曜日
西條八十から金子みすゞへ
朝3時半くらいからずーーっと朝礼スライド作りを続けていた。途中、ドジャース対ダイアモンドバックス戦で佐々木朗希の好投眺めたり、甲子園の試合も眺めたりはしていた。しかし頭の中は歌謡曲「王将」のことでいっぱいだ。さすがに昼食後は眠くて仮眠を取ったりはした。また起きて作り続け、17時20分、一応の完成をみた。ふう〜。
まだ全体の3分の1ほどしか作っていない時に、カールにスライド発表形式で見せてみた。私の「偏愛」する歌の紹介(「ビートルズ」「昭和歌謡」「童謡唱歌」)から始まり、「王将」の歌手村田英雄、作詞西條八十、作曲船村徹を呈示し、村田英雄の生い立ちから浪曲とはどんなものか、古賀政男に見出され歌謡界デビューしたまではよかったがなかなかヒット曲に恵まれず、あせりを覚えた村田のスタッフ(浪曲界出身のプロダクション社長、日本コロムビアのレコードディレクター)が戯曲「王将」をテーマに新進の船村徹に曲を依頼する手はずになった。ただそれまで面倒をみてきた古賀政男には一言伝えねばならない。意を決して伝えるも、案の定古賀は「君たちは浪曲出身なのに義理も人情もないのか!」と激怒した。普通ならここであきらめるところだが、すでにデビューして3年、陣営は切羽詰まっていた。「一応は一言伝えはした」と、残るは作詞を大御所の西條八十に依頼へ・・。
で、つぎのスライドは・・全くの空白。「え?!」とカール。「どう、次を見たいか」「うん」「よし」
どうやらつかみはOKだ。今回のスライドで村田英雄と同じくらいの比重を置いたのが西條八十の詩才だ。「王将」を名曲たらしめた根源は一番から三番までの一言一句無駄なく表しきった彼の作詞の素晴らしさにある。日本初の曲がついた童謡「かなりや(♪唄を忘れたかなりやは〜)」さらに戦前戦後の歌謡曲で大ヒットをいくつも飛ばしていることなどもスライドにまとめた。2026年8月7日金曜日
孫たちの「みてね」に癒やされる
2026年8月6日木曜日
「王将」は人生の応援歌
来週月曜日の朝礼スピーチの準備でこのところちょっと苦しい。スライドを使うが、まだ1、2枚しか出来ていない。おまけに最近は夜が起きていられなくてしょっちゅう椅子寝している。気が付けば翌日未明だ。ネット麻雀や配信ビデオ視聴などもする余裕はない。
いや、頭の中にはある程度ストーリーは出来上がっているんだ。ただそれを具体化するのに苦労している。テーマはマイフェイバリットソングの「王将」の魅力をいかに青雲会病院職員に伝えるかで、そのために村田英雄歌唱「王将」にまつわるエピソードをネットで集めまくっている。過去にこてる日記で取り上げた「王将」ネタもチェックした。
朝は病棟回診中に40歳代から50歳代の職員に「王将」「村田英雄」を知っているか?と尋ねてみた。すると40歳代は全滅で50歳代からかろうじて知っているか「聞いたことがある」くらいだった。うーん、それこそ私が朝礼で取り上げようと思ったきっかけだ。あの昭和の名曲が平成令和の世代には忘れ去られようとしている。みんなにこの楽曲の良さを知ってもらいたい。調べると、昭和58年(1983年)の第一勧銀(現・みずほ銀行)が東京都内のサラリーマンを対象に行ったアンケート調査「あなたの忘れられない心の歌は・・」において「王将」が第1位を獲得したそうだ。2026年8月5日水曜日
二度目のインプラント終了
今日の午後は年休を取って歯医者に行った。昨年末から治療をしていた右下奥歯のインプラント装着がようやく最終段階を迎えるからだ。何週間前に仮歯を入れてもらっていて、それでも一見すると日常生活では本歯とほとんど変わりなかった。微妙に太い歯ではあったがね。
手技はほとんど歯科衛生士がしてくれ最後に先生が調整し1時間ちょっとで終わった。↓のレントゲン写真で2本のインプラントが埋め込まれているのが分かるだろう。
で、2本の真ん中の1本は何もないが見た目は3本の歯が入っているように見える↓。衛生士が撮った写真をモニターごと撮影したのが↓。ずっと綺麗に撮れていますナ。うん、やっぱり仮歯よりはしっくりときた。ただまた2週間後には確認のための診察があり、さらに1ヶ月後、3ヶ月後、半年後と定期的に見てもらわねばならない。しょっちゅう歯医者通いをしなければならないわけだが、カールに言わせると「それでひどくなる前に対処できるから返っていいのよ」と。ふむ、これまではよっぽどひどくなってから歯医者に行っていた。定期的なメインテナンスしたほうがいいとは理にかなっている。昔からそうしていればこんな高いインプラントなんて入れなくて済んだかも・・。いやいや、無事に終わってともかくもほっとした私であった。2026年8月4日火曜日
負けても強いこの打ち手、何者?
ネット麻雀天鳳、今朝4時過ぎに打った半荘でトップを取り、六段から七段に復帰した。実に1年ぶりだ。この1年、六段から上がりもしないが落ちもしないという状況が続いていた。実はこれって結構珍しい。例えばサブアラド現五段など四段から六段を行ったり来たり6回も段位が変わっている。私も何ども降段しそうになったが踏ん張っているうちに先月半ばから好調が維持出来て一気に駆け抜けた。
戦いの場が七段以上しか参加出来ない鳳凰卓で打つことになり、今日2回打ってみた。結果は2位とトップでまずは順調な出だしだ。で、その2回目の半荘で打ってみて気になる打ち手がいた。「羊とカプチーノ」九段だ。この人、東場で親マン放銃し、その次も私に不運な七対子ドラ3という子の満貫を放銃し、その次私の親マンに放銃し一気にドボンで終わってしまったのだが、牌譜を見直してみて、逆に「この人、かなり強いんじゃないか」と思った。いや、九段にもなっているので強いのは当たり前だ。私なんて八段までは上がるも九段昇段にはほど遠く何度もはね返されてきたくらいだし。
特に開局の親マン放銃の場面だ。親がいきなり中ポン、北ポン、2万ポンと鳴いていかにも大きな手を聴牌していそうな場面、羊とカプチーノ九段は↓の手になった。
一番不要に見えるのは9ピンだがこれはドラである。しかも親には危険牌自分には七対子への必要牌だ。一番安全策で行けば現物の4ピンを切ればいい。しかし、それだと上がれる手役は七対子に限られる。まだツモ牌は10回以上も残っており、白をポンして面子手で行く道を残したいし、打ち回して行くには・・。親の捨牌には8万6万とが切られ、しかも2万がポンされている。索子は1枚も切れていない。待ちはその索子かピンズの5から9あたりと読んでしまう。そこで羊とカプチーノさんは2枚持っている3万を落としていくという選択をした。懐の深い打ち方だ。3万はいかにも安全そうに見える。というのも親の捨牌と切り方は牌効率を優先するなら8万、6万ではなく8万、5万と切って受けを4、7万待ちにするのが普通だからだ。そう切られたら3万は危険牌に見えて羊とカプチーノさんは切らなかっただろう。親はトイトイという役を加えるために敢えて効率の悪い打ち方をしていた。そうすることで5800点が1万2千点に倍増するからだ。強者ゆえの打3万、親マン放銃とみた。
そしてドボンしてしまった東3局、ここも結局私にホンイツ中、発という東1局と同じような手に放銃してしまうが、私の当たり牌の4索をぎりぎりまで手に残していた。そして↓の図だ。
鳴いてタンヤオ、ドラ4という子の満貫手に聴牌になる6ピンを持って来て、覚悟の4索を切った。結果は親マン1万2千点でドボンしてしまい終わってしまった。この場面、他に安全牌もないし自分は聴牌だし4索を切るのは仕方ない。ふーむ、麻雀って展開上、強者でもビリになることはある。私はこの羊とカプチーノって打ち手何者だろうと思った。負けたけれど確実に強い打ち手なんだ。で、調べてみて驚いた。2026年8月3日月曜日
高校野球7回戦制大反対
チームの監督は、9イニング中1回(判定が覆った場合は追加で1回、延長戦ではさらに1回)検証を求めることができ、ホームランやアウト・セーフの判定などが対象となり、監督から要求があると、ネット裏のブースにいる審判幹事や控え審判が放送局の映像などを活用して確認を行う。試合を進行する審判員らと協議し、2分以内に確証が得られた場合は判定が変更、2分以内に結論が出ない場合は当初の判定通りとなる。観客にも分かりやすくするため、検証に使われた映像が大型ビジョンに映し出され、球審から場内へ結果がアナウンスされる。高野連がこの制度を導入した背景には、「部員たちへ、より正しい判定を返す」ことや、SNS上での審判員への誹謗中傷を防ぐ目的がありとのことだ。
2026年8月2日日曜日
「鎮座のまんま」でディナー
このところホントに暑い。外にちょっと出るだけでクラッとするほどだ。家の中でもエアコンを掛けていない2階に上がると、もわぁ〜としてすぐにでも汗が噴き出しそうだ。そんな中、真っ昼間にチッチをアパートから拾って鹿児島大学病院まで入院中の親戚の見舞いに行った。「ご飯がほんのこれくらいだけ」と不満漏らすくらいだから体調は戻って来ているようだ。
いったん帰宅して1時間ほど休憩し、姶良は青雲ローンガーデン内にある「鎮座のまんま」に向かった。実は今月で青雲会病院の創立46周年を迎えるということで「鎮座のまんま」が特別ディナーをいうものを職員及びその家族に提供してくれることになった。おそらくは通常よりはお得な値段でだ。
カールとチッチはお酒を飲むのでビールのほかに日本酒も注文した。飲めない私はマンゴーウーロンティーにした。いや、結論から言えばなかなかに美味しい和食だった。お腹いっぱいになるかなと思っていたが、ちょうどよいくらい。少食のカールは後半の熟成豚と炊き込みご飯は一部チッチに譲ったが、これはまあいつものこと。カールもチッチも満足、これまで何度か食事をしている私も非常に満足して「鎮座のまんま」をいただいたのだった(⌒о⌒)。
2026年8月1日土曜日
去年と同じ土曜日の過ごし方
今日は青雲会病院の職場体験学習の日だった。主に姶良、霧島市両地区(一部は鹿児島市内からも)の高校生らを対象に公開され、おおよそ40名ほどの参加が毎年ある。ただ今年は男子生徒の参加はなかった。
これに毎年私は冒頭10〜15分ほどの「院長講話」を頼まれている。これがなかなか作成が進まず、スライドの出来上がりは未明の午前3時10分ごろだった。毎年のことだから昨年のスライドの焼き直しをすればいいのだが、なにがしか修正しないと気が済まなく、この時期はストレスが溜まるのよ。去年の日記を読むと出来上がりは未明までと全く同じことが書かれてあった。(‾□‾;)。去年は医療ドラマのことをかなり話題にしたが今年はいっさいなし。「チーム医療」と「私自身の体験」の二つを10分と少しにまとめた。そして最後は「付録動画」と題して、病院スタッフへのご機嫌伺いに行った際の職員の反応ビデオを披露した。やはり受けたのは「青雲のフランシスコ・ザビエル」動画だった。これは鉄板だわ〜(⌒о⌒)。終わって、すぐに帰宅してもよかったが、日頃はまとまった時間がなくて放置していたやっつけ仕事を2時間弱やった。全部終わるかと思ったがまだ半分残っていて少しげんなり。残りはまたヒマな時にと、病院を出て昼ご飯をセブンイレブンで買って帰宅した。ドジャース対レッドソックス戦があったのでね。ドジャースは地区首位を突っ走っているけれど、主眼は10月のポストシーズンだ。もしワールドシリーズの相手がレッドソックスだったら今回の対戦は重要な意味を持つ。しかもこの1ヶ月、レッドソックスは歴史的な勢いで15連勝をし借金10くらいから貯金も増え、いずれ上位のヤンキース、レイズに追いつこうと言うところまできている。このチーム、昔から勢いに乗ったら手が付けられない。2018年のワールドシリーズでもドジャースは歯が立たなかった。今年はワールドシリーズ3連覇がかかっている。ア・リーグのチームもどこが来るか、特にレッドソックスを含め東地区3チームが要注意なんだ。
去年の日記にも、職場体験スピーチが終わって帰宅しドジャースの試合を見たとあった。結果対レイズ戦では負けていた。今年も対レッドソックス戦は結局負けてしまった。うーん。そうか、去年と同じなら今年も10月には勝ち進み、ワールドシリーズ3連覇ってことか。ものは考えようだな、ハハ。
2026年7月31日金曜日
ボウリングで一番大事な練習とは
BS日テレで毎週水曜日に放送中のボウリング番組「Pリーグ」は録画していてヒマな時に視聴をしている。で、3人が1試合投げて勝者が決まった後、番組の最後にPリーグ選手への質問コーナーというのがある。ここ最近は「あなたの一番大事なボウリングの練習は何ですか」だ。これはボウリングをするアマチュアにとっても参考になる話が多い。
例えばもうベテランになった大石奈緒プロなど「苦手をなくす練習」と答え、特に10ピンが1本残った時にそれを取る練習をとことん繰り返すことでいざ試合の時にミスしなくなるとか、最近だと「ボールチェンジ」がそうだったと答えていた。感染性心内膜炎後に脳梗塞を起こし最近復活した渡辺けあきプロは「メンタルトレーニング」と答え、具体的には「これまでお世話になった人たちへ感謝する心を思い出すと緊張した場面で有効です」とのことでなるほど〜と思った。
特に実力派の寺下知香プロは「0歩から5歩」と題し、まず腕の振りだけで投げる0歩の練習、次に1歩だけ踏み込んで投げる練習、次に2歩歩いての練習・・そして最後は5歩と基本的な動きを繰り返しやると答えていて、「ボウリングって再現性がすごく大事」とさすがの内容だった。しかしー。今週の岩見彩乃プロの返答はぶっ飛んでいた。彼女の答えはなんと「麻雀!」。はぁ?だ。彼女に言わせると麻雀で配牌悪い時はボウリングでレーンコンディションが悪い時といっしょで我慢して投げなければならない、いっしょじゃん!なんだとか。まあ確かにそうだわな。レンコンが自分に合わない時、ストライクではなくスペアでいいやという姿勢が結果を左右する時はある。さらに逆に手がいい時は攻めるんだと勝負勘をピュッと切り替えられるになると言っていた。いやはや、Pリーガーの中でも個性派の岩見プロ、答えも超個性的だった。ていうか、今麻雀にハマっているだけでしょと突っ込みたくなったが・・。この数年、天鳳やリアルと麻雀はよくしてもボウリングはしていない私にとって、投げずともボウリングの練習もしていたことになる。まあ、ボウリングと麻雀が大好きな私には嬉しい返答でもあった・・・ていうか、本当だろうな。今度投げて確かめてみるぞー。


















