2026年9月19日土曜日

ドジャースタジアムでドジャースの試合を見る

今日は今回のツアーの目玉の日で、午前がドジャースタジアムのツアーで球場の中や記念館、グッズ売り場などを見て回ったりし、夕方からドジャース対サンフランシスコ・ジャイアンツの試合観戦だ。ただ、朝は9時半にホテルをバスで出発という時に、私たちはまたもや大きなミスをしてしまった。

カールが「あっ、もう9時だっ!」と叫んで、私は目が覚めた。出発には間に合うかもしれないがビッフェでの朝食を摂る時間は全くない。結局、食事抜きでツアーに参加した。昨夜私はこてる日記を書いたり、海外eSIM(海外でスマホのモバイル通信が出来るようにする)の設定などで遅くまで起きていたのが響いた。カールは初日の疲労とビールの影響だったか。このように旅行ってミスやトラブルが毎日のように起きるもの。そういうもんだと出発前から覚悟はしていたが、いざその場に立つと慌てふためいたり嘆いたりする。今日は後でもう1回そんな場面が来る。

スタジアムツアーはなかなか良かった。日頃、TV中継観戦でよく見かけるものの観客は入れないような場所に行けたり、相手側ベンチやファールグラウンドに直接立てたり、そしてドジャースとスタジアムの歴史も分かりやすく日本語で解説してくれ面白かった。私は前列で聞いていたからガイドさんからちょくちょく「これ、知ってますかぁ〜」などと質問されたりした。しかし急に言われると絶対知っているはずの答えもパッと出なかったりするもの。「去年、ドジャースはワールドシリーズでどこと戦いましたか?」なんて即答出来るはずなのに「え、えーとブルーなんとか」と答えちまったよ。それでも「そうですね、ブルージェイズで正解です」と言われちまった。しかし後での「ドジャースのドジャーってどんな意味かは分かりますか、はいそこの方」と言われたときにはちゃんと答えられたよ。「よけるって意味です」「そのとおりです、では何をよけるんですか」「電車です」と、この辺は以前から有名なトリビアだから即答でしたわ。

↑は記者席(2階と3階の間にある)からの眺め。↓は1塁側相手側のベンチ。
グッズショップでは私はドジャースのキャップを買い、カールは孫たちなどへのおみやげを買っていた。

昼食を「イン・アンド・アウト・バーガー」で摂り、いったんホテルに戻って夕方16時半にツアー客全員集合して、さあバスに乗り込みましょうと言うときに、カールがハッとして「あ、スマホがない。部屋に忘れた!」というではないか。「すぐに取りに行って、添乗員さんには言っておくから」といい、私はホテル玄関でカールを待った。その間はバスの出発を待ってもらった。5分以内に来るかと思ったら7、8分かかったかな。さしものカールも「エレベーター乗って降りたら部屋に行くのと反対方向に向かっちゃってー」だったんだそう。あせりと緊張で人はミスをするものだ。↓やっと来たカール。
スタジアムでは一度ここには来ているので少し余裕だ。試合前のサンフランシスコ・ジャイアンツの練習をぼうっと眺めたりした後、開始直前に夕食代わりのドジャー・ドッグ(ホットドッグのここでの名称)とヘルメットナチョスを注文した。一応名物だからね。ナチョスは食べ終わった後、飾りのミニヘルメットになるのが受けているのかも。なお、一人では食べきれないので数人でシェアするつもりで頼む必要がある(近くの外人さんは一人で食べきったが私たちのガイドさんは半分以上残していた)↓。
さて試合は、いきなりドジャース1番ムーキー・ベッツのホームランが出て盛り上がった。↓はホームラン打つ直前のベッツ↓。私たちは3塁側3階席からの観戦で下の写真は望遠で撮った。3階席もボールや全体の動きがよく分かり、まあ悪くなかった。
最近のベッツは調子がいい。9月に入ってそれまで不調だった今年新加入のカイル・タッカー、テオスカ・ヘルナンデスが調子を上げている。逆に怪我の影響もあってかフレディー・フリーマン、トミー・エドマンらは調子が悪い。前半はジャイアンツが1点リードする展開だったがじりじりとドジャースが追い上げ、8回にマックス・マンシーのホームランをきっかけにタッカー、ベッツ、ウィル・スミスと4人もホームランを打ち、8対2として試合を決定づけた。投げる方では先発のグラスノーが2点以内に抑え、8回はよく打たれるスコットが今日は抑え、そして最終回は「ナルコ」の登場曲に乗って今日復帰したばかりのエドウィン・ディアスが速球も97〜98マイル出ていて0点に抑えて勝利した。いやいや、打つ方も投げる方もそれぞれが活躍し、展開もホームランが多く、応援する側としては楽しいゲームだった。

ただ、大谷がいないのだけが残念。打撃練習は始めたというニュースはありどうやら来週復帰し、ポストシーズンでは活躍してくれそうだ。なんといっても問題はポストシーズンでいかに勝ち上がるかであって、大谷の力は絶対に必要だ。その生大谷を見たかったが、今日は8回にベンチに顔を見せ、ツアー客の誰かが「ちょこっと写真は撮れました」と言っていた。ふむ、明日は試合だけでなくベンチにも目を向けて大谷をしっかりとこの目で見ようぞ。

2026年9月18日金曜日

LA観光

 さて、着いたところはロサンゼルス国際空港だ。入国審査は簡単な英語での受け答えとパスポート呈示で済むと思ったら左右の指の指紋もばっちしスキャンされた。ガイドの人によると摂られる場合とそうでない場合があるそうでその差はなにかよく分からないそうだ。今回のツアーは合計26名で年配の夫婦ペアが多いが、単身で来た人、一組だけ新婚旅行で来たペアなどがいた。LA観光とドジャースの試合2試合観戦がメインのツアーだ。

着いた時刻は日本時間なら翌朝の午前3時だからまだ眠いはずだが、いきなりサンタモニカの海岸に向かった。よく聞く名前の海岸だ。昔、アイドルが「♪来て〜来て〜サンタモニカぁ〜」って歌っていたなぁ。確か桜田淳子だった。カールは念のためと言ってビーチサンダルも準備していたよ。

サンダルを履いているくせに上半身は絶対に日焼けなんかするものか〜ってことですな(⌒о⌒)。私はこの地点が有名な「ルート66」の最終地点を示す道標があってそれをバックに写真に撮ってもらった。わずか30分ほどのちょいと寄り観光だったけど後で顔を見るとしっかり日焼けしてましたわ。
バスに乗って次はビバリーヒルズを眺めるだけの観光で次に降りたのがチャイニーズシアターと隣接するドルビーシアターだった。ガイドさんから「観光客目当ての詐欺師が結構いるから相手しないように」と忠告を受けた。有名なところなんだろうと思って降りてみてすぐにああここだったかと気が付いた。ストリートに有名俳優などのパネルが埋め込まれていた。最初に気がついたのが007シリーズなどで有名なロジャー・ムーアだった。そのほかにもマイケル・ジャクソン、そしてミッキーマウスやゴジラなんてのもあったよ。
そしてチャイニーズシアターの前庭にはコンクリートタイルに押しつけられた有名人らの手形がいっぱいあった。これも知ってはいたがここだったとはねぇ。↓カールが手を合わせているのはマリリン・モンロー。
私はアーノルド・シュワルツェネッガーの手形に合わせてみた。一見そんなに大きくはないように見えるが・・
やっぱり大きかったわ↓。
約300人ほどの手形、足形があるそうだが、その中で日本人はただ一人。あのX JAPANのYOSHIKIのものだけなんだそうだ。これがお目当ての人だったらガイドさんが教えてくれなきゃ探すのが大変だね。YOSHIKIのは3年前に作られ、場所は庭の左上奥にある。
次に連れて行かれたドルビーシアター、ここはなんとここ20年以上もアカデミー賞の授賞式が行われる場所で当日はレッドカーペットが敷かれ有名俳優女優たちがタキシードや華やかなドレス姿が注目されるところだった。私たちも・・・いや似ても似つかぬとはこのことか。たは・・。
ただ、この建物は施設3階や4階の渡り廊下から、遠くに見える白い文字のハリウッドサインが見えるところでもあった。これも当然知っていたがここが撮影スポットの一つだとは知らなかった。オッケー。
ここにはドジャース関連のグッズショップもあった。一応値段をチェックすると球場でよく見かける白の17番OHTANIのシャツは135ドルや200ドルもしておいそれと手が出なかった。LAのロゴ入りのキャップもここでは54ドル、ううむ明日ドジャーススタジアムツアーもあるのでそれまで待とうか。いや、50ドルの青色Tシャツが50ドルだったのでこれは1着買った。お手頃価格と思い、子どもへのお土産に同じものを購入した。

この後はまたバスに乗ってしばらくして降りたが、私はもうホテルに入るのだと勘違いし手荷物バッグを提げて降りた。これが大失敗。1時間以上グレンデール・ガレリアという大型ショッピングモールで過ごすようになっていてバッグ持ちつつ買い物なんて・・はあ。カールにも散々いじられてしまったよ。ここではターゲットというスーパーでミネラルウォーターを700mlx6本を買った。明日の野球観戦ではセキュリティチェックがかなり厳しく、一人2本以内で1000ml以内(500mlx2はOK)でしかも30cmx30cmx15cm以内の透明バッグしか持ち込めない。飲み物もペットボトルに限られる。日本から持って来たウォーターは310mlのクリスタルガイザー10本のみなのでちょっと足りないかもと思ったのだ。
この後、バスでやっとホテルまで移動になった。途中フリーウェイからの眺めでちょいと遠くに高層ビル群が見えた。
へーえと思っていたのだが、着いたホテルがなんとこの高層ビル群の中にあった。4つの円柱を合わせた面白い形状のホテルでエレベーターの場所が4つあり泊まる部屋はそのうちの1つのエレベーターしか使えないとのこと。それぞれが赤青緑黄色の4つに色分けされ私たちの部屋はレッドのエレベーターだった。
夕食はガイドの人に連れられ近くのホテルにあるステーキレストランまで向かった。このツアーで唯一参加した人たちとの会食だ。ここで私は37年前の新婚旅行と同じ軽い判断ミスをした。ビールを頼んだのよ。あの時は途中で気分が悪くなりトイレに駆け込み同じツアー客たちを心配させた。で、今回は・・前回ほどではなかったが、3分の1ほど飲んだところで、うと・・うと・・みんなに気を遣わせてしまったわ。
結局飲みきれなかったビールはカールに代わってもらったが、さすがのカールも少し残した。日本のより量も多いし味もしっかりとしたビールだった。お肉も赤身で私はミディアムレア、カールはいつものレアで頼み、二人とも完食した。

はあ、どうにか初日は乗り切った。明日から2日、ドジャースの試合観戦だ。大谷の活躍を現場で観たいというのが最大の動機だったのに、彼は10日前から故障者リストに入って復帰は早くて現地時間の23日で絶対に試合には出られない。山本もつい最近投げたし、佐々木も指のまめがつぶれて復帰は来週になりそうだ。結局、日本人選手のプレーは誰も見ることが出来ないということに。このツアーを申し込む時に「3人のうち誰かのプレーは見ることが出来るよね」と二人で話していた。そして「日頃の行いが良いからきっと大丈夫」と勝手に結論づけていたのにー。私たちは、日頃の行いがよっぽど悪かった、ようだ。トホホ。

2026年9月17日木曜日

久しぶりの海外旅行だぁ

今度のシルバーウィークを利用して2日年休を取りカールと海外旅行を計画した。それで朝早く起き、木曜のゴミ出しを早めに済ませ、午前6時過ぎには鹿児島空港へと向かった。今回の旅行は予定を立てる時のワクワク感よりも上手く行くだろうかというストレスの方がはるかに大きかった。準備することが多く、しかも慣れないことばかりだったのだ。特に日程が差し迫った9月に入って以降はそれが強くなった。「なんでこんなにあれもこれも心配しないといけないんだろう」と旅行計画を恨めしくも思ったりした。

それやこれやであっという間に旅行当日になってしまった。「準備を万端にしたつもりでもきっと小さなミスやトラブルは起きるんだろうな」とカールにつぶやくと「そうね、起きないわけはないけれど、ま、どうにかなるわよ」とのこと。そうそう、例え100%神経を行き届かせたつもりでも必ずミスは起きる。そういうつもりで臨めば多少のトラブルには慌てないで済むはずよ〜。あとそうだ、ゲンちゃんやハナビの世話はどうする?これはチッチが来てやってくれることになった。以前だったら動物病院に預けたりすることが多かったので、子どもが同じ鹿児島にいるというのは心強い。

ところが、まずは順調と思いきや、いきなりのトラブルがまずはカールを襲った。チェックインや手荷物検査も無事終わり、出発便を待っていた時間を利用して、私は手荷物を置いてカールに管理を頼みトイレに行った。しかしなかなかウ〇コが出ない。うんうん唸ってもほとんど出ず諦めてトイレを出た。すると、東京行きの便の乗客が誰もいないのだ。すでに搭乗が始まっていて、カールも私を置いて機内に入ったと速断した。で、搭乗するとカールはいないではないか。すぐに携帯で連絡を取ると、「テルくんがあまりに遅いんで私もトイレに行ったらみんないなくてー」とのことだ。ふう。しかしここからがおかしかった。ならば数分以内に機内に来るはずが10分ほど経っても来ない。客室乗務員に「連れのカールがまだ来ない、何かおかしい」と伝え、調べてもらった。すると「チェックインがなされていなくてそれでー(足止めをくらっています)」「ええ?!」と私は絶句して戻ろうとしたが「それはダメです。一度機内に入った方は・・」と言われ「ああ、そうですね」と引き下がった。

その後出発予定時刻ぎりぎりにカールはやって来て「ちゃんと手荷物検査の時には問題なく入れたのに『どうやってすりぬけたのか』とか聞かれ、結局ビデオ検査で『連れの黄色の服の男性の後に私はいました』という証言の証拠が確認出来てようやく機内に入ることが出来た」ということだ。カールに手落ちがあったとは思えないが、もし搭乗できなければすべてがパーになっていただけに今回の旅行トラブルのいきなりの先制パンチだった。

羽田に着いて今度は成田空港までの直通の電車に乗った。成田空港を利用するのは伊丹空港を経由しての新婚旅行以来だ。なんと37年ぶり。実質初めて利用するようなものだ。成田に着いたらまず最初に円をドル札への両替を空港内の千葉銀行で行った。現在は現地ではカードでの支払いがほとんどなんだがチップや特別なケースで現金も必要になるためいくらかは両替が必要なのだ。

それが終わったら旅行会社HISのツアー客の集合時刻までしばらく時間があったので昼食を構内で摂ろうと寄ったのが回転寿司の「みさき」という店だった。ここで予約の氏名書きの時、少々驚いた。なんと「〇〇〇〇2人」と書かれてあった〇の名字は私たちと全くいっしょ、人数も2人でいっしょなんだ。あれ、まだ書いていないのになんで?と思った。まあ、千に一つの偶然なんだろう。ただ同じ名字を書くわけにはいかず「カール2人」と書いた。しばらくして呼ばれた同じ名前に反応したのは女性客2人でやはりまったくの偶然だったのだ。やれやれ。

「みさき」は名前とは違って回転する器具羽は目の前にあったが回転はせずにタブレットを見て押して注文するパターンだった。いつもの好みのものを注文したが、空港内の店だけにネタは小さいのに値段をはお高い。味はまずまず。鹿児島の「めっけもん」がどんだけコストパフォーマンスに優れているか食べながら噛みしめたわー。

14時のHISの集合で出国前の説明を聞き、チェックインや預け荷物の手続きは以前のように並んで空港職員にしてもらうのではなく、全部モニターの指示通りに自分でやらねばならなかった。外国の滞在先ホテルの郵便番号は?という質問には戸惑ったな。パスポートを読み込ませる時に落っことしたりしてなかなか読み込めなかったりはあったが、これもどうにかクリア。今回レンタルしたスーツケースがコロコロと送り込まれるのを見てほっとしていたが、この後、自分らのミスに気がつく羽目になる。出国前の手荷物検査で「飲み物はダメです」とあり、前の人が慌てて飲み干して空のペットボトルをゴミ箱に捨てていた。私は念のため係員に尋ねたが「だめです。それは捨ててください」と言われ素直に従うほかなかった。あれぇー、確か事前にそれは調べてOKだと私は思っていたが、明らかな間違いだった。ならばさっきのスーツケースに飲み物は全部入れ込んでおけば良かった。預け荷物の中なら問題なかったのだ。カールは大きめのお茶ペットボトル2本を捨て、私も小さなミネラルウォーター2本を捨てざるを得なかった。もったいなーい。いったん出国審査が終われば空港内の自販機の飲み物は持っていくことが出来る。カールは1本購入したが私はしなかった。それであとで客室乗務員さんの「お飲み物は?」に対して「水を多めに」なんてリクエストをすることになる。

そうそう、座席も二人は離れていてこれはHISの添乗員さんに指摘され、自分らで係の人に出来るだけ近くに座れるように頼んだ。もう隣席同士は空いていなくて通路側を挟んで斜め同士に座ることになった。もう少し早めに頼めば隣席も可能だったかも。水のことで悔やんでいるヒマががあったらそんなことに目を向けるべきだったぁ。
さて飛行機が離陸して3時間ほど経過して機内食(夕食)が出た。メイン料理はANAオリジナル華味鳥のカツカレーか牛すき焼き丼のどちらかを選ぶことになったが、客室乗務員がカツカレーが人気ですというのでそっちにした。
しかし、カレーもカツも若干冷めていて本来の味が出ていないように思った。それにおかずもそこそこあり、さらに上の写真の後にアイスクリームまで出てきた。結構お腹いっぱいになっていたところ、カールが「牛すき焼き丼がほとんど食べられない、テルくん食べる?」と言うので選択ミスしたと思っていた私は「うん、食べる」と言ってしまった。「お腹いっぱいなら食べなくていいのよ」とカールは言ってくれたが、そこは食いしん坊ゆえの口の卑しさ、OKしてしまった。で、両方食べた結果、私は牛すき焼き丼の方が美味しく感じた。でもその後お腹がやや苦しいほどになり、おまけにペットボトルの水では足りずにしばらく口渇感に悩まされた。水を空港で買っておけばー。カールは缶ビールをサッポロ一番とスーパードライ2本飲んで満足していたなー。私も頼みたい気持ちがあったが、日頃飲めないのに機内で気分不良を来たしそうでそれは出来なかった。

後、約10時間のフライト中の時間つぶしにと事前に韓ドラをいくつかダウンロードしていてその中の「恋は飴模様」というラブコメを見てみた。2話途中まで見て、まあまあの面白さ。しかし、お尻の若干の痛さと眠気で集中出来ず、後はiTunesの「マイフェイバリットソング162曲」をランダムにして聴いていた。ビデオは視覚聴覚両方必要だがこっちは聴覚のみでずっと気楽に楽しめた。まあそうやこうやしているうちに着陸時刻が近づいてきた。日本時間の午前3時だ。入国手続きや久しぶりの海外とまだまだ気が休まる感じではない。それに事前に書いていたこてる日記の9月15日分がアップできずにいてそれもずっと気がかりだった。さてどうなることか、続きはまた明日。

2026年9月16日水曜日

だってウチナーンチュ

またもYouTubeからのネタである。

沖縄のYouTube芸人が「全然会話にならない沖縄ヤンキー」とのタイトルでショートムービーをアップしていた。いかにも悪そうなヤンキーがやって来て、公園の路肩に座っているねじり鉢巻きのウチナー芸人にインネンを付ける。それに対し、ねじり鉢巻きが言い返した言葉が↓だ。

続けて言う。
はあ?何言ってるのかさっぱり分からない。いや言葉なのかすら怪しく感じる。ヤンキーとねじり鉢巻きのやりとりを日本語訳で紹介してみよう。
いやいや、字を追うのと違い、実際に動画で聞くとさらに混迷を極める。

そこで、私は机に座っていたカールに画面は見せずに音量を大きくしてこの会話を聞かせてみた。すると、スラスラと正解を言うではないか。びっくり。上の方言動画を見たい人は→https://www.youtube.com/shorts/Y_uB2K0tZo0

その後の難解な会話を下に列記しよう。

北中城とは「きたなかぐすく」と読む。沖縄ではコザなどと同じ「中部」と呼ばれる地域だ。カールはこの方言を聞き、耳だけで「北中城かとは断定出来ないけれど中部の人がしゃべっている気がする。少なくとも那覇の人ではない」さらに「言い回しが丁寧だ。わざと丁寧に言おうとしている」とも言った。実際、ヤンキー言葉をわざと方言で丁寧にオウム返しするという企画の動画なのだ。へーえすごいね。

沖縄では「首里、那覇の言葉も微妙に違うし、少し南の今は那覇市の小禄もかなり違うし、その南部の糸満は当然違う。北部の名護になると全然分からない」なんだって。それに対して私は「那覇の人(ナーファンチュ)なのに中部の人の言葉も全く正確に訳せたねぇ、すごい」というと「だってウチナーンチュだもん」と。いやいやお見それしていました〜。

2026年9月15日火曜日

隠れた名曲「あなたのすべてを」

YouTubeをいじっているとたまたま「あなたのすべてを」という曲が紹介されていた。この曲なら知っている。「オール・カレッジ・フォーク&ポップス 上巻 1966~1968」というオムニバスCDをまだ独身の頃買った際、その中に入っていた。そのCDには「バラが咲いた」「思い出の渚」「この広い野原いっぱい」などがあり、この曲をふくめ4曲が私のiTunesの「マイフェイバリット」全162曲の中に入っている。
「あなたのすべてを」は昭和40年代に佐々木勉(ささき・べん;本名;佐々木勤、ささきつとむ)という人が作詞作曲し自ら歌ったフォーク調の歌謡曲で彼のデビュー曲でもある。しっとりとしたなかなか良い曲で私は運転中によく聴いていた。ただ、そのYouTubeでは「徳永芽里(とくなが・めり)」という全く知らない若い歌手が歌っていた。へーえと思って聴いてみると、これがなかなかいい。もともとこの曲は若い女性が素敵な男性に一目惚れし、会いたい、あなたのすべてを知りたいっていう恋ごろを歌ったものだからそうなのかもしれない。ただ、私はこれまで作者の佐々木勉が歌ったものしか知らなかった。
ただ「良い曲だけど一つだけ気になる歌詞が・・」と思っていたのが3番の歌詞の一節だ。おっとその前に「あなたのすべてを」の歌詞を1番から3番まで紹介しておこう。

名前も知らない あなたと私
なのに不思議ね 胸がときめく
恋はこうして 生まれるものなのね
おしえて欲しい あなたのすべてを
今宵一人で歌う あなたへの歌

初めて会った あの日から
私の心を はなれない
これがほんとの 恋というものかしら
おしえて欲しい あなたのすべてを
今宵一人で想う あなただけのこと

今度会えるのは いつの日かしら
あなたと会った このお店で
明日もわたしは そっとあなたを待つの
おしえて欲しい あなたのすべてを
今宵一人で歌う あなたへの歌

あなたへの愛 あなたへの歌・・

すごく純粋な女心を歌っている・・と思いきや、3番の↑の「青色」で書いた「このお店で」という部分がずっと引っかかっていた。これってホステスさんの歌だったんかい、である。まあそれは昭和歌謡にはよくあるテーマだ。代表的なのは小林旭の「昔の名前で出ています」だろう。にしても、佐々木勉さんは男なのに、そして昭和40年代前半にはカレッジフォークの作曲家として少し名の知れた人でザ・サベージに「いつまでもいつまでも」といういかにもな曲を提供していたのに、自身のデビュー曲がなんでホステスさんの恋心の歌なの?だ。

ネットでこの曲にまつわることをあれこれ調べてみた。すると分かった。そして私の長年の疑問が氷解した。実はこの曲はもともと徳永芽里というハーフの新人歌手のデビュー曲として佐々木勉が作った。しかし佐々木はレコーディングの頃だか曲の出来がいいものだからどうしても自分でも歌ってレコードを出したくなったらしい。それで珍しいことに師弟の競作となった(徳永芽里が1967年4月発売、佐々木勉は同年5月発売)。しかしすでに29歳の男が歌うには一部歌詞を変えた方がいいということになったのだろう。そこでもともとは「あの丘で」となっていた歌詞を「このお店で」と変えた・・。

今度会えるのは いつの日かしら
あなたと会った あの丘で
明日もわたしは そっとあなたを待つの
おしえて欲しい あなたのすべてを
今宵一人で歌う あなたへの歌

あなたへの愛 あなたへの歌・・

なるほど、この元歌なら全体が女性口調である理由も判明するし、この方が女心の切なさがより際立っている。実は徳永芽里のを聴いていて「あの丘で〜」と歌っていたからびっくりしたんだ。「あの丘で」なら、女性は今現在は「丘」ではなく別のところにいて初めて出会った丘を想っているとなる。「このお店で」だと、おそらくはホステスがお客として来たあの人を今現在密かに待っている状況になる。最初は競作だなんて知らないから元歌の「あのお店で」を女性向けにリメイクして変更したのだろうと勘違いしていた。ただ歌としては佐々木勉、徳永芽里どちらもいい。当時の芸能雑誌の記事を見ると若干徳永芽里の方が売れているなんて書かれていた。(佐々木勉の「あなたのすべてを」→https://www.youtube.com/watch?v=_2anr-KzEiQ)、徳永芽里の「あなたのすべてを」→https://www.youtube.com/watch?v=LyT6aJd3y54
しかしーだ。この曲、いわゆる実力派歌手と言われる面々にえらく人気があって大物歌手たちが数多くカバーしているのだ。びっくりするよ。佐々木勉は残念ながら1985年(昭和60年)に急性肝不全(おそらく劇症肝炎)で急逝してしまう。彼のヒット曲には昭和50年代で有名なのはロス・インディオス&シルビアの「別れても好きな人」で一番売れた。他にヒロシ&キーボーの「3年目の浮気」、榊原郁恵の最大のヒット曲「夏のお嬢さん」などがある。「あなたのすべてを」は実はそんなにヒットはしなかったのだ。2015年に没後30周年を記念して彼の珠玉の作品を集めたアンソロジーが発売された。
DISC1とCMソングとDISC2に分かれていて、DISC1には上の3曲やカレッジフォークその他歌謡曲など全22曲が収められているが、「あなたのすべてを」は入っていない。実はDISC2がぜーーんぶ「あなたのすべてを」なんだ。カバーした歌手の中にはレコード大賞受賞者が5人(尾崎紀世彦、布施明、美空ひばり、フランク永井、菅原洋一・・・。)もいる。ここには入っていないが森進一、ちあきなおみ、八代亜紀も歌っているので少なくとも大賞受賞者8人が歌っている。フランク永井など自身最後のシングル(1985年)がこの曲だった。

Disc 2
01. あなたのすべてを 唄:徳永芽里
02. あなたのすべてを 唄:尾崎紀世彦
03. あなたのすべてを 唄:島津ゆたか
04. あなたのすべてを 唄:増田多見
05. あなたのすべてを 唄:水沢有美
06. あなたのすべてを 唄:浜真二
07. あなたのすべてを 唄:大和京子
08. あなたのすべてを 唄:北原ミレイ
09. あなたのすべてを 唄:布施明
10. あなたのすべてを 唄:グラシェラ・スサーナ
11. あなたのすべてを 唄:和田弘とマヒナスターズ
12. あなたのすべてを 唄:美空ひばり
13. あなたのすべてを 唄:テレサ・テン
14. あなたのすべてを 唄:フランク永井
15. あなたのすべてを 唄:伊東ゆかり
16. あなたのすべてを 唄:菅原洋一
17. あなたのすべてを 唄:佐々木秀実
18. あなたのすべてを 唄:川上大輔
19. あなたのすべてを 唄:佐々木勉

すごいねー。いかにこの曲が歌い手に好まれ、そして歌い継がれているかって分かる。このCDを私は持っていないけれど、YouTubeで「あなたのすべてを 〇〇〇〇」とし、〇〇〇〇に歌手の名前を打つとたいていこの曲を聴くことが出来る。これがまたみんな素晴らしいんだ。そして先のフランク永井、尾崎紀世彦、美空ひばり、ちあきなおみなどいかにもその人らしい個性が出ている。尾崎紀世彦なんか若い時とベテランの2回も録音しているしー。で、歌詞だがほとんどの歌い手が佐々木勉の「このお店で」を採用している。実力派歌手ならばこちらがまあふさわしいか。「あの丘で」と歌っているのは私が調べた限り、1976年芹洋子で大ヒットした「四季の歌(1972年)」を最初にレコードに出したいぬいゆみさんのカバーだけ(「風は知っている」のB面)だ。
ともかくもこの曲、各実力派歌手のカバーを繰り返し聴いてもなかなか飽きが来ない。間違いなく名曲だろう。

ここまで調べて、それぞれの歌い手の味わい深い歌唱を、YouTubeで私は目を閉じて聴いていた。すると、ふとカールのことを想った。出会った頃のカールだ。わずか3ヶ月で結婚しようと決められたのはなぜだったか、はっきりとは言葉に出来ない。しかしこの人といっしょになって間違いないというあの感覚・・この曲はそんなことを思い出させてくれもした。まぎれもない名曲だわ〜。

2026年9月14日月曜日

「形成外科のお仕事」はG

今日の朝礼スピーチは形成外科のバイフォレストDrが初担当だった。バイフォレストDrは私とほぼ同年代で、ながらく鹿児島市立病院の形成外科の部長を務められ、定年になって今年4月から青雲会病院常勤医となった。以前から週1回は来てもらっていたので新規の先生という感じはしない。ただ朝礼スピーチは初めてということで、話すテーマはずばり「形成外科のお仕事」だった。
で、いきなり症例呈示から始まった。救急医療:切断指再接着術だと。うわーこれは・・。残念ながらスライド提示前に「写真の取り扱いには注意を」とあり、ここに掲載することは出来ない。言葉にして言えば右手の人差し指、中指、薬指の第2関節から先がスパッと切り取られている。そしてその横の写真にはちゃんと指がくっついた右手があった。神経から骨、脈管と全部つなぎ直す手術をするのだ。1本に4時間近くもかかるらしい。トータルで10時間以上、いやすごい。次の人は親指、その次の人は人差し指・・次からは全身やけどだ。機能再建(瘢痕拘縮除去)とあって皮膚はかろうじて縫合されていたが凸凹だった。それでも生き延びられただけでもましか。

さらに鹿児島市立病院と言えば半世紀前の五つ子だ。そこから始まる新生児の治療で有名である。新生児の中には鼻のない先天性無鼻症という生まれつき鼻のない子もいる。それを成長するに従って自身の額の皮膚を鼻に持ってきて鼻形成をする症例もあった。癌の症例はもっとすごい。巨大な下顎扁平上皮癌を摘出すると顎全体がすべてなくなる。横から見た写真は衝撃的だったよ。そこにあるはずの顎はなくただの空間。なんか映画かアニメの戦闘シーンで敵に何かの武器でえぐり取られくたばる直前の画像のような・・(実際に見て驚かない人はいないだろう)。それを背部の皮膚を持って来て顎の代わりにしていた。

とにかく外傷や癌などで失われた見た目と機能を完全とまでは行かなくても回復させて上げる外科治療をやる。粘り強さ、根気が求められる診療科だ。すごい。ただ、私は自分が医大生や研修医だったなら形成外科は目指さないかも。なんていうか器用さが求められるし、やって来る患者さんの障害具合がすごすぎて・・。

最後にバイフォレスト先生、市立病院の形成外科の診療室が「G」室ということでそれにちなんで↓のような例えをしていた。ほう、ゴルゴ13「用件を聞こうか・・・」とな。
そして形成外科の仕事ぶりとは・・に↓。
うむ、まさにゴルゴ13・・ですなっ。

2026年9月13日日曜日

プロの野球を見つつ、つぶやく

メジャーリーグも日本のプロ野球もレギュラーシーズン終盤を迎えている。メジャーはこの前からドジャース大谷がIL入りして少なくとも約2週間は試合には出られず少々つまなくなって来ているが、他の日本人選手が活躍しているのでまだまだ楽しめている。プロ野球はそれほど熱心には見ていないものの、昨日は午後にリアル麻雀をしながら巨人阪神戦をチラチラ見ていた。阪神、この前巨人に3連勝していたはずなのにこのところ全く打てていないねぇ。巨人ファンの見せたまえDrが「よしよし」と言いながら「麻雀は負けたけど巨人が勝ったから〜」ってご機嫌だったな。阪神を応援していたのは私一人だけだったが、どうにか麻雀は勝てて良かったわ(どっちも負けたら胸くそ悪いでぇ〜)。

今日はドジャースは対マイアミ・マーリンズ戦で、いきなりベッツ、マンシーと連続ホームランで2点リードもグラスナウが乱調ですぐに3点取り返され、結局3対4で負けてしまった。プロ野球では阪神がまた無得点で中日に負けてしまった。打線はいったいどうしたんだ。打線って不思議と波があってどの球団も打てなくなる時期があるものだがこれがレギュラーシーズンだからまだ良しとしようか。ポストシーズンに入って打線が戻って来たらその勢いで勝ち上がって行くと信じよう。2年前に横浜ベイスターズがセ・リーグ3位だったのにそこから勝ち上がり、なんと日本シリーズまで勝ってしまったことがあったように、野球のチームって短期なら勢いで優勝まですることがあるからねー。

ただドジャースに関しては今日負けて明日も負けると地区優勝のマジックが4のままだ。出来るなら少し足踏みしてくれないかなぁ。手のマメの怪我で休んでいる佐々木朗希が復帰する可能性があるドジャーススタジアムでの9月19日(現地時間で9月18日)以降に優勝をして欲しい。まあ個人的な勝手なお願いで申し訳ないが・・。ま、いずれにしろドジャースの西地区優勝は100%間違いない。問題はポストシーズンを着実に勝ち上がれるか、だ。現状のままだとドジャースはナ・リーグ全体で2位の勝率なのでシードされ勝ち上がってくるチームと5回戦制の地区シリーズ決定戦からポストシーズンは始まる。その時までには大谷が戻って来てくれるだろう。8月半ばからの大谷はまったく打棒が振るわなかった。ランナーが2塁や3塁にいるいわゆるスコアリングポジションが10回くらいあったのに1本もタイムリーを打てなかった。さすがにおかしい、いったいどうしたんだろうと私は訝(いぶか)っていた。腕や膝、首などの故障を抱えていたのならその時に思い切って休んで欲しかったナ。

今夜はイチロー率いる元プロ野球選手チーム(KOBE CHIBEN)らと現役女子高校野球選手選抜との真剣勝負がありBSで試合中継されていた。去年の試合の再放送を今年たまたま見て面白かったのでこてる日記で話題にした(2026/4/20)。その日記では「次はリアルタイムで見よう」なんて書いていたが、結局録画はしたものの、いろいろやることがあってそうはならなかった。朝からメジャーリーグ、その後プロ野球、そして元プロ野球対高校女子ってそんなに野球ばっかしリアルタイムで見てられないっしょ。実は高校野球の選抜チームがU18アジア選手権で台湾に行き、今日決勝で韓国と対戦していた。それは私はTV放送が見られなくてネットでチラっと経過を追っていただけ。残念ながら日本代表は韓国投手をまったく打てず0対2で負けて準優勝に終わったようだ。

はあ・・今日だけで4つも野球の試合の中継があったんよ。どんだけ野球が好きな国なんじゃ〜。

2026年9月12日土曜日

チッチ&ザミドル君と久々ボウリング

チッチの中学時代のサッカー部同窓生のザミドル君が東京から帰郷していて、今日「ボウリングをやりたい」とのことでチッチらと3人で久々にT-MAXボウルへ向かった。ザミドル君とは中学生、高校生の頃もいっしょに何度かボウリングに連れて行ったことがある。彼は今、東京の消防庁で消防士をしていてすでに結婚もしている。お相手は同じ中学校の1年先輩女子で、その両親は私の高校時代の同級生であったというのは今年2月の日記ネタにもなった。

私とチッチはマイボウラーだが、ボウリングは実に久しぶりで私は半年ぶりくらいだ。チッチは1年以上やっていないんじゃないか。ザミドル君は東京でたまにハウスボールで投げることがあるそうだ。受付で3ゲームセットか5ゲームセットかで少し悩んだが、3ゲームではもの足らなくなるようで5ゲームセットにした。と、受付近くにご老人がいるのを見て私はポンと肩を叩いた。サンシさんだった。私の本来のボウリング仲間で、どこぞのボウリング大会には必ず誘うし、かつては串木野ゴールデンボウルでのトリオリーグで月2回いっしょに投げていた。しかし串木野は閉鎖になり、さらに私のボウリングエネルギーが減って投げなくなり、サンシさんはシニアの人たちとちょくちょく投げているということだった。

あてがわれたレーンは5階の29ー30レーン。まずはテーピングにマメ予防とマイボウラーは投げ始めに時間がかかる。投げ始めはレーンコンディションもよく分からないし私は適当にこの辺かなと投げたらいきなりストライクだった。ふふーん。ザミドル君は昔からサムレス投法だ。親指を入れないで手首を曲げて投げる。これだと結構なフックがかかる。以前よりも安定感が増しているようだったが、いかんせん軽いボールでハウスボールでもあるしピンアクションがマイボールとは差がある。↓なかなか良いフォームだ。ボールをリリースする瞬間に手のひらがボールの下にあるのは素晴らしい。
チッチはオーソドックス投法で曲がりが少ないもののやはりピンアクションが良くおおよそ140−150点くらいは取っていた。いかにも昔からあるタイプの投法だ↓。
私はというと1ゲーム目は203点となんと200アップ。自分でも驚いたよ。この後もアベレージ180点前後は取れていた。ただ左の29番レーンの中央付近のオイルが剥げていてストライクを取るためのポケットに全然入らない。5ゲーム目に入る頃には疲れと汗でヘトヘトになっていた。いや〜、ボウリング、いい運動になりますわぁ。

終わって昼食は天文館アーケイドにあるとんかつ屋「六白」に行った。この店はチッチとザミドル君が高校時代よく利用していた思い出の店ということだった。ビルの2階にあるのでそこにとんかつ屋があるとは気づきにくい。
で、チッチは「六白黒豚ロースランチ」1500円、ザミドル君は「六白黒豚の特製かつ丼大盛り」1600円を注文するというので、私もその大盛りにチャレンジしたくなって同じのを注文した。しかしチッチは「並みでも十分に多く、高校の頃大盛り頼んだが食べきれなくて残した」と言う。へへー、それくらいへっちゃらさーと私は高をくくったのだが・・。
いや〜チッチの言うとおりだった。最後は苦しかったよ。同じ六白黒豚ならチッチのロースカツランチの方がよかったか・・。

帰宅後、シャワー浴びて腕の筋肉もお腹もぐったり。後で聞くとザミドル君も大変だったらしい。いくら運動の後でも「大盛り」には要注意、ですな。

2026年9月11日金曜日

村上宗隆がひげを生やしたワケ

深夜、ワースポ&MLBの録画を見ていたら、最後のあたりでシカゴ・ホワイトソックスの村上宗隆が最近口ひげを生やし始めていると話題にしていた↓。

これを聞いて私はただ「ふーん」としか思わなかったが、「でも、これをご覧ください」とだしたのがホワイトソックスのナインの面々の写真↓。
なんと全員口ひげを生やし始めていたのだ。な、ばかりかホワイトソックスのレポーターやTV司会者&解説者までもが付けひげをして似たようなことをしていたのだ。
これはアメリカのスポーツ界ではよくある験(ゲン)担ぎで、ポストシーズンに入って優勝するか負けてしまうかまで全員でひげを剃らないというプレーオフ・ビアードと呼ばれる行為ということだ。ホワイトソックスの場合、久しぶりのポストシーズン進出をかけて一足早めに決行したということだ。

で、司会進行の三宅絹紗がそのように語り、それを受けて解説の小早川毅彦がややとぼけた口調で「ほう・・でもちょーっとやり過ぎなんじゃないですかねぇ」との感想をビデオ画面放映中に述べていたが、画面が司会、解説に切り替わるとー。

きゃははー、なんとお二人とも立派な口ひげをたくわえているじゃーあーりませんか。そしてこのあと数分間、二人は何食わぬお顔で自身のおひげには一切触れることなく、ずーっと進行&解説を最後まで続けたのだった。絹紗さんはひげダンス、小早川さんのなんか、まるでエルキュール・ポアロですな。
これ、視聴者界隈ではやはり話題になっていたようだ。小早川氏自身のインスタグラムにもこれが投稿されていて、使用前使用後のツーショットが出ていた。
ははは、こんなお遊びって楽しくてイイね!

でも肝心の試合結果だけれど、ホワイトソックスはこんな験担ぎをしているにも関わらず、パイレーツに3連敗、その後カージナルスにも負けて4連敗を喫してしまっている。このまま負け続けると2位のクリーブランド・ガーディアンズに逆転されてしまう。昨年まで負け続けていたチームがせっかく9月半ばまで来てア・リーグ中地区で首位をキープしていたんだ。あと2週間、必死でこらえてくれよー。ドジャースだけじゃなくてホワイトソックスも応援しているぞー。私もひげを生やそう・・かな?