2026年10月12日月曜日

スポーツの日、野球も麻雀も・・

メジャーリーグのナ・リーグ優勝決定シリーズが始まった。ずっとメジャーリーグを観戦していれば今年のチームで強いのはナ・リーグで、その中でもドジャースかブルワーズかパドレスの3チームだって分かる。で、生き残ったドジャースとブルワーズ。この7回戦シリーズがワールドシリーズより大きな戦いだってことだ。

第1戦の先発投手がドジャースはサイ・ヤング賞経験投手のスクーバル、ブルワーズは今年のサイ・ヤング賞最有力の24歳の若きエース、ミザロウスキーだ。いやー、どちらも打ち崩すのは大変だ。見始めたらドジャースの各打者がミザロウスキーの球を見極め、球数を投げさせる対策をしっかりやっていた。2回裏なんかミザロウスキーに35球も投げさせたよ。しかしドジャースは1点しか取れなかった。勝負どころで打ち崩せなかったんだ。そのうちスクーバルもホームランを打たれ、その次の回だったか先頭打者にフォアボール出してしまったのがまずかった。すかさずブルワーズは犠牲バントで2塁に進めセンター前ヒットで2点目を入れ、その後ドジャースは強力ブルペン陣に抑えられ、結局1対2で負けてしまった。全体としてはドジャースの方が途中までは押していたし勝つチャンスもあったようだが、ブルワーズは今年メジャー全体で一番の勝利数を誇っているし、隙がない野球をする。

今日は午前11時からリアル麻雀をやっていて、後半途中からは見せたまえDrの院長室での観戦ではあったが、手牌を見たりTVを見たりで落ち着かなかった。↓雀卓越しに撮影した試合の様子。左下の人形は見せたまえDrが2年前ドジャースタジアムで観戦した際にもらった山本由伸のボブルヘッド人形。

ドジャースが負けてしまってからは麻雀に一応集中出来たが、今日は1回もトップを取れなかったばかりか、1回もプラスの半荘がなく結局一人負けを喰らってしまった。野球も麻雀も負けてがっくりのスポーツの日だったわ〜。orz。

2026年10月11日日曜日

夫婦二人、ネコ二匹

今日はメジャーリーグの試合もないし、会合の予定もないし、何もないから自宅でのんびりと過ごしていた。10月になったとはいえまだまだ暑くエアコンを効かしている。

そう言えば、9月に入ったらいつも聞こえていたはずの家の裏からの虫の声が今年はまったく聞こえない。温暖化のせい?いや、実は裏のモリサンチー家が8月に庭木や草など目一杯刈り取っていたのだ。すごくすっきりしたのはいいが、虫まで棲む所がなくなってしまったようだ。草や木が繁茂して時にうちの駐車場にまで枝が伸びてうざいこともあったが、今となっては少し寂しいね。↓上が今年5月の頃のモリサンチー家裏庭で、↓が8月末の庭。周りの木々がなくなって、私は今回初めてそこに柿の木があったんだと知ったくらいだ。

15時ごろ、和室でくつろいでいたゲンちゃんが居間の方面をじーっと見つめていた。

その視線の先にはパーソナルチェアでくつろぐカールがいたところ、そこにハナビが乗っかって来たんだ。カールも「おやハナビ、私にところに来るなんて珍しい」と言っていたが、私が写真を撮った時には隣のパーソナルチェアに乗り移っていた。最近はハナビもそこがお気に入りのよう。
しかししばらくして今度はゲンちゃんがカールママのところにやって来た。「ハナビ、お前のママじゃないんだぞ」とでも言いたげであったよ。↓カールに乗っかるゲンちゃん。ハナビは後ろでソファ寝していた。
すでに子どもらも巣立ったこてる家の休日は、夫婦二人とネコ二匹、まったりと過ごすのであった。

2026年10月10日土曜日

鹿大糖尿病・内分泌内科学新教授就任祝賀会

夕方、鹿大医学部糖尿病内分泌内科学講座の森野勝太郎教授就任祝賀会があり、城山ホテル鹿児島へ向かった。青雲会病院も大学から医局員を週1回派遣してもらっている縁で出席するわけだ。実は1年半前の前教授西尾喜彦先生の退官記念の会にも出席していた。あの時私は出席直前に失策をしてしまった。なんと準備していた会費祝儀袋を自宅に忘れてしまって、それに気づいたのは向かう車中でだった。引き返すと会に間に合わなくなってしまう。そこでホテルで袋を購入し自前のお金弐萬円を入れ、汚い筆字で名前を書いてなんとか間に合わせられたのだった(^_^;)。

で、今回は忘れないぞとテーブルの上に目立つように置いていたが、玄関で靴を履こうとしたらカールに「忘れ物よ〜」と言われてしまった。祝儀袋をテーブルに置いたまままた出かけようとしていたのよ。がーん、全くたまいが入らんこった!(共通語で「魂が入らないことだ」の意)

ただ、今回は1年半前のスナップ写真を事前に確認してから行ったので、知り合いのDr、名前だけは知っているDrとも割合に会話がスムーズに出来た。お隣には川辺の某病院の院長先生が座っていて前回も少しお話ししたのだが先方は私のことをよく覚えていなかった。まあそんなもんだろう。小林の病院から来ていた一坪Drとは前回も会っていたが「こてる先生とはいつ会ったっけ」と言うので、私は自信を持って「1年半前の同じ糖尿病内科の会でしたよ」と教えてあげた。同じテーブルには糖尿病が専門で市内のクリニック院長である天保山Drもいて私から話しかけた。出水のスチョル先生と縁戚だと見知ってはいたけど直接会話したことはほとんどなかった。こちら側は私の父デンコーとスチョル先生が従兄弟であるときちんと説明してあげた。プロ野球の話題を振ると「先生も阪神ファンですか」と聞かれたよ。スチョル&てげてげ先生は生粋の阪神ファンだが、「いえいえ、セ・リーグでは阪神ファンですけど推しはソフトバンクです」とだけ答えておいた。ただ、最近は日本のプロ野球よりずっとドジャースやメジャーリーグに関心が移っているんだけどねー。

また同じく糖尿病専門で大学同期でもあった火事屋女史とも話しをした。私の従兄らの担当医でもあり「みなさんまじめに取り組んでいらして」とのことだった。またかつての麻雀仲間で大学同期でもあったダイボDrの息子氏の大菩薩Drも糖尿病専門医で1年半ぶりに会った。話題はやはりダイボDrだ。つい2ヶ月ほど前体調を崩し2週間ほど入院していたのは知っていたが「今ではすっかり良くなっています」と聞き安心した。お互いに60歳代後半になっている。身体の不具合が一番よろしくない。後、霧島市で糖尿病中心のクリニックを開業している聞くっちDrに「父上の気口Drはお元気で?」と尋ねると「腰を少しやりましたが元気ですよ」とのことだったが、今年88歳だと聞き、私はちょっぴり驚いた。今からぴったし40年前、鹿児島市立病院の外科研修に行った時、指導医だったのが気口先生だった。少し白髪も生えていたのでてっきし当時は50歳半ばくらいで、現在は90歳半ばになっているはずだと勝手に思い込んでいた。

その他、知っている鹿児島市の先生らと幾人も挨拶、会話が出来た。かつていっしょに仕事をしたDrらが偉くなってみんな病院の院長、理事長先生なんだ。ただ、霧島の重浩院長には「こてる先生はいつ青雲の院長になられたんですか」と言われてしまった。「2年半前からだけど・・」と言って、そうだ、コロナ前は感染症対策会議で年に4、5回は会っていたのにリモート会議になり直接会うこともなくなり、また私が院長になってから感染症対策チームから離れたせいで重浩先生とは縁遠くなってしまっていたんだ。しかし重浩先生が今年8月から院長になってまたこうして会う機会が増えたってことだな。

おっと肝心の森野新教授のことも話しておかねば。挨拶に立った先生がたが新教授のことを「温厚誠実で」と、皆、評されていた。↓森野勝太郎新教授。
それに研究のアイデアを良く出し、教育面でも優秀であると。いいことだ。教授の人柄や研究、教育への情熱はその教室の根幹を形作る。糖尿病、内分泌は中高年には常に付いて回る疾患だ。鹿児島の医療界には必要不可欠の疾患領域で、ますますの発展を願って、会の最後まで満喫しホテルを後にした。

2026年10月9日金曜日

「13日の金曜日」は「ムシしてよいです」

また外来のネタ。

80歳の高齢女性が先月末に大腸内視検査を受けポリープ切除も実施されていた。今日はそのポリープの病理結果を聴きに来ていた。結果は良性で特に心配なし。それですぐに終わるかと思いきや、「それでもお腹がぐじぐじと動いて痛いことがあるんです」と訴える。ふうむ、大腸が特に問題ないことは検査してすでに分かっている。それでも腸が動いて痛みがあるのはまあ仕方ないことなのだ。蠕動(ぜんどう)運動と言って腸などの消化管が食べ物やガスを先に送り出そうとする運動が過剰になったり、通りが悪くなって強く収縮したりするときに起こることが多い。すると、患者本人が腹部の動きは「虫のせいでは?」と言ってきた。ほい、それはほぼ否定出来る。「虫というと寄生虫ですねー。50年以上も昔は回虫やギョウ虫など虫も見ましたが最近はほとんどいませんよ。何か有機野菜などをよく摂っているんですか」と逆に質問した。化学肥料を嫌って有機肥料を使った野菜などはたまに寄生虫が付くことがある。しかしそれもないという。そこで「過敏性腸などの体質的な理由でそういった腹痛は起きやすいです。虫のせいではないのであまり心配し過ぎないように」と説明しお引き取りねがった。

そして最後に一言。「無視してよいです」と。
側に付いていた医師事務作業補助者のコンフォートさんは私の言わんとするところを分かってくれたみたいだが、患者さんは全く気づいていないようだった。いえいえ、それでいいんです。

次はこれも80歳代の高齢女性患者。いつも可愛い孫のお嬢さんが付き添ってくる。「次、来る時は採血もしますから朝ご飯は抜いて来ましょう。来院日は11月の13日の金曜日です」と言ってから、私は「『13日の金曜日』か・・」とつぶやき、お孫さんに「映画の『13日の金曜日』って知ってます?」と尋ねてみた。すると「聞いたことはありますが・・」という反応だった。そして「怖いんですよね」と聞かれ「そりゃ怖いですよ〜。私は40年近く前に初めてビデオデッキを買ってレンタルビデオ屋で『13金』を借りて一人で見たんですよ。もうびっくりしてそっからシリーズ2から5くらいまで全部借りて一人を見まくったもんです」と「13金」ネタで一人で盛り上がった。そしてお嬢さんに「ホラー映画とか見ます?」と尋ねると、好きな映画は「トトロとか」とのことでこりゃダメだ。「日本のホラーと違ってこの手の作品はスプラッター映画とも言われ、ナイフやナタで血しぶきが飛びかうんです」と言うと、もうダメってな表情でお嬢さんは尻込みしてたな。どーも済みません。
いやいや、自分の好みをあまり押しつけるのは良くない。そもそも来院日を間違わないように「13日の金曜日」を強調しただけ。ホラー映画とは何の関係もないんだからねー。いやいや、ジェイソンの存在も今や遠くなりにけり、だ。

2026年10月8日木曜日

モスバーガーでついに千円を超えた

今夜は沖縄に数日行っていたカールを空港にお迎えだった。で、姶良のモスバーガーに寄ってバーガー2種購入、そのまま店で食べてから空港に行った。私が行きつけのバーガー屋さんて昔からほとんどモスバーガーなんだ。

頼んだバーガーは「モス野菜バーガー(500円)」と期間限定の「メンチカツチーズバーガー ~デミグラスソース~(510円)」にした。合わせて1010円(税込み)で千円をわずかながらオーバーした。この前もモスバーガーを利用してその時は定番「モスバーガー(500円)」と期間限定の「月見フォカッチャ ~黄金(おうごん)チーズソース~(630円)↓」計1130円だった。
実はこの2回、支払いはともに千円オーバーしたのだが、私にしてみればそれらは初めてのことだった。モスバーガーを利用するようになって40年以上、これまで決して千円を超えないようにメニューを選んで来た。2つ頼むことが多く、1つは「モスバーガー」で後1つはテリヤキバーガーかチキンバーガーあたりが多かったのだ。飲み物やフライドポテトは頼まない。だってそうすると千円を超えてしまうから。飲み物は水で十分。オレンジジュースも300円以上するし、コーラもペプシのS(190ml)ですら230円もする。コスモスでゼロペプシ1500ml159円を愛飲している私からしたらここのコーラは実質11倍以上も高い値段になる。こわくて注文出来ない。

そんなコスト意識重視の私は「ハンバーガーごときに千円以上は払いたくない」という姿勢を貫いていたのだが、「千円をちょっと超すくらいはいいか」と思うようになった。この前のLAでイン・アンド・アウト・バーガー(In-N-Out Burger)やドジャースタジアムでバーガーを食べたからだ。あちらのバーガーを食べると若干ボリュームもあるから同等比較は出来ないが、日本のだいたい3倍上の値段だったんだよ。あれを思うと、日本のモスバーガーなど味では優っているくらいなのに値段はずっと安い。もう10年20年前とは違うんだから千円未満にこだわることもないって。そう思うと前回、今回と期間限定メニューも試してみたくなったんだ。月見フォカッチャなどもたまにこんなの食べてもいいかなと思った。ただ私は定番中の定番「モスバーガー」↓はいつでも食べたくなる傑作バーガーだと思っている。
これがついに500円になったのはややショックだったが、「アメリカに比べればずっと安いししかも美味しい」って思うようにする。千円ちょっと払うだけで2種類のバーガーを味わえるのは日本ならではなんだって、海外に出て初めて実感出来たからね〜。

2026年10月7日水曜日

まさか自分がノーベル賞の硤合憲三さん

メジャー地区シリーズのドジャース対ブレーブスの第3戦は大一番だった。互いに1勝1敗で迎え、ここで勝つか負けるかで短期決戦の行方が大きく左右される。しかもドジャースは山本由伸、ブレーブスは左のクリス・セールというエース同士の対決だったからだ。

ただ仕事のせいでほとんど実況中継を見られず経過報告でしか知らなかったが、山本が相当頑張ったみたいだな。ドジャースが左投手対策で打順に入れたキケ・ヘルナンデスが2ランを打って一気に優位に立った。キケは2年前の同じ地区シリーズ第5戦、対パドレス戦でもダルビッシュ相手に貴重なホームランを放って勝利に貢献した。レギュラーシーズンではあまり活躍しないのにポストシーズンだと張り切って結果を残すお祭り男だ。山本もその後のピンチを1点でしのぎ結局3ー1でドジャースが勝利した。大きい、実に大きい。そして山本は過去2年にも増して存在感がアップしている。だから「メジャーで1球も投げていない選手にあんな多額の契約金をー」なーんて陰口いう人はもう誰もいない。それどころか「ドジャースにとっては格安の契約だったんだ」なんて持ち上げられてさえもいる。笑っちゃうね。

これで次もブレーブスに勝って次のナ・リーグチャンピオンシップ7回戦制へ進めるだろう。現時点では相手はブルワーズかパドレスか決まっていないがそこが一番の大勝負だ。ドジャースが勝ち上がって、後は大谷が例年のような活躍をまた見せてくれれば何も言うことはない。

そうそう、ノーベル賞だ。またまた日本人研究者が化学賞を受賞した。硤合憲三(そあいけんそう)さんで東京大学出身の東京理科大の元教授だ。授賞理由は「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒反応の発見」ということだが、この前の日記でも分かるようにこの業績や硤合さんなどは前評判には全く上がっていなかった。いかに予想が難しいかということだ。私の記憶するところ、今年受賞そうだという予想が当たったのは2012年の医学生理学賞の山中伸弥教授くらいかな。あれは超特急での受賞だった。iPS細胞の作製に成功したのが2006年くらいだから成果や発表があって10年も立たずにというのはそれだけインパクトがあってかつ重要な研究だったということだ。一般にはその時はさほど重要と思われていなくても後からその研究の偉大さが分かってくることが多いように思う。
だから目先の業績だけ追求してもノーベル賞はそんなに簡単にもらえるものじゃない。地道にやり続けていけばいつか日の目をみることもある。本人は気づかなくても見ている人はちゃんと見ている。発表の連絡時はスーパーに買い物に行っていたという今回の硤合さんのエピソードは、もらう前から大学や施設にいくつも設置されている名前のない「空白のノーベル賞の台座」を作っているお隣の国の人たちに聞かせてやりたいネ(笑)。

2026年10月6日火曜日

某同期新人ドクターらの写真

今月から眼科Drが女医の本望Drに交代になった。鹿大からの派遣で通常は1年か2年での交代なのだが、今回はその中間の1年半での交代だった。

本望Drは前任のナベダイDrとは同期だ。本人からその話題は出なかったが、一昨年の鹿大眼科同門会誌を読んでいたから私は知っているのよ。その号で5人写真付きで新人Drらが紹介されていてその中に本望Drの写真もあった。↓グラサン付きの写真を使うとは大胆な・・。
さらに↓が前任のナベダイDrの写真。

なんか他にもっと良い写真はなかったんかいな、ナベダイDr。これ、どう見てもニートでしょ。とても眼科の先生になんて見えないゾ。

そうそう、その会誌を読んで、ボウリング好きな眼科の先生がいると知り、ナベダイDrに仲を取り持ってもらい今年2月にいっしょにボウリングをしたんだった。→2026年2月25日「眼科チームとボウリングだっ」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2026/02/blog-post_25.html

その年の入会DrのうちサンギDrという先生も面白い自己紹介写真を載せていた。まだうちの病院に来られたことのない方だが↓の写真を見てみて。

キャハハー、面白すぎるぞー。これを同門会誌に載っけるとはなかなかのセンスの持ち主だ。同門会誌の中で埋もれさせるにはもったいないので、このブログで紹介した次第だっ。

2026年10月5日月曜日

「知床のヒグマ」を見れば分からざるを得ない

帰宅して夕食摂って、さてシャワーでもと思っていた。しかしたまたま付けたNHKBSの自然番組を途中からだがほんの1分ほど見たらそのまま見入ってしまった。ワイルドライフ「知床半島 海に生きるヒグマ 変わりゆく“生命の楽園”」だ。いや、予想以上に素晴らしい番組だった。知床半島に生息するヒグマをドローンを駆使して空から観察、追跡した内容だったが、ヒグマのどちらかと言えば苦しくも悲しい生態を視聴者に印象づけていた。

特にベティという雌グマとその子どもたち、途中は関係者の間ではハッチと呼ばれる雌グマとその子どもたちの歴史と現状が出てきてこれが泣ける。雌グマは実は雄グマにも相当警戒しないといけない生き方を強いられる。繁殖期の雄グマは子クマのいる雌が興味を持ってくれないと子クマを殺すこともあるからだ。映像では子クマを守るために先に逃がし、自分は方向を変えて雄から逃げるベティの様子が映し出されハラハラさせた。しかし1ヶ月経った頃、ベティの子クマは2頭から1頭に減っていた。↓はまだ2頭の頃のベティの子グマ。浜辺で遊んでいる。
雄にやられたのか餓えで死んだのは分からないが弱肉強食の頂点に立つヒグマですら厳しい自然環境の中にいるってことだ。

別のヒグマはエサが少なくなって断崖絶壁を登って海鳥やその卵を襲っていた。そんなシーンなどこれまで確認されてこなかった行動で、私など「お前はそれでもヒグマか」なんて思ったが、逆にそれほどまでに追いつめられているんだとも思った。↓はカモメの巣を襲うヒグマ。下は断崖絶壁である。
これらは以前と違う生態系の変化のせいであって、世界でも特に急速に進むオホーツク海の温暖化が原因と考えられている。特に北からやって来る流氷は、海に栄養を運び、プランクトンから魚類、海鳥、ヒグマに至るまで多様な生命を支える基盤であったが、過去40年で流氷面積は約3割減少し、将来的には北海道沿岸から消失する可能性も指摘されている。この変化は海だけでなく陸の生態系にも連鎖的な影響を及ぼしているといい、象徴的なのがヒグマの異変だってことだ。知床がヒグマにとって以前は住みやすい環境だった最大の理由がカラフトマスや鮭の大群が北の海から川に産卵しにやってくるからだった。9月になるとヒグマはマスや鮭を獲り放題食べ放題だったのが、2020年以降徐々に魚は減って来て2024年は濃厚繁殖地だった所でさえ全くやって来なくなった。そこに18年も住んでいたハッチとその子クマ3匹は困って食べ物を求めて40kmも移動をせざるをえなくなった。そして2025年、居住区に近づきすぎたハッチとその子らは「駆除」されてしまった。その場面は映像には出て来ない。「記録」としてナレーションが語るだけだ。↓はエサを求めて放浪中のハッチ親子。
去年からクマは怖い存在、人間にとって駆除すべき存在というイメージが付きまとっているが、この番組を見たらとてもそんな簡単に片付けられるものではないと痛感した。番組の最後は冬眠が明けての2026年春、知床の浜辺に2頭のヒグマが見えて、それがベティとその子グマだと分かる。ずっと見てきてホッとさせられる瞬間だ。しかしそれとて今現在生き残っているのか分からない。温暖化をもたらしたのは間違いなく人間だ。豊かな自然環境を守っていくのは人間の務めなんだと番組では声高らかに訴えては来ない。しかし見れば視聴者は必ずそう実感するはずだ。この番組が「2026年度新聞協会賞」を受賞した作品だと見終わってから知った。

2026年10月4日日曜日

たとえ受賞予想が外れても

ついこの前の南日本新聞に今年のノーベル賞予想者の記事があった。日本人で受賞できそうな研究者たちがあれこれと紹介されていた。毎年のようにこうした記事が出るが受賞者が全く関係のないアメリカの研究者だったりするとこんな記事あったの?というくらいに忘れられてしまう。たまーに予想記事が当たることもあるがまあ10年に1回くらいなもので宝くじよりはマシかなぐらいだ。この日記がアップされる10月6日夜などは物理学賞発表の日だから↓に写真を載せておくので当たったか否かはすぐに比較出来るハズ。まあ当たるどころか研究内容の予想なども外れることがほとんどだって思っていた方がいい。

ええと、7日発表の化学賞はさらに地元鹿児島の南さつま市出身の堂免一成氏に期待かぁ。いや、予想記事だから景気のいい話題は外れたって構わない。ちょっと驚いたのは去年は医学生理学賞と化学賞で日本人2人が受賞していたってことだ。忘れていたし、誰が何の功績でって思い出せない。まあそれくらい日本人のノーベル賞受賞者は多くなったしね。

それに引き換え、中国、韓国の自然科学分野での受賞者はまだいないんじゃないかな。韓国なんか喉が渇くくらいノーベル賞を欲しがっているからねー。11年前のこてる日記でそんな韓国や韓国人のことを話題にしていた(「2015年10月6日「韓国人はなぜノーベル賞を取れないのか?」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2015/10/blog-post_14.html)。しかし韓国オタクのYouTuberなんか「国民性からいって無理」って断言もしていたな。それは研究をしてノーベル賞級の成果が出たとしても「それを金儲けにしないのはバカだ」という国民性があるからだとね(YouTuber「カイカイ管理人」1年前の動画→https://www.youtube.com/watch?v=08O9G3aC8fs)。多くのノーベル賞受賞者らは研究をして社会に大きな貢献をしてもその結果大金持ちになっているというケースは少ないんじゃないかな。日本人なら自身が金を儲けなくても社会に貢献出来たら研究者として本望だと言う人の方が多い気がするが韓国人はそうじゃないらしい。

日本に住むある韓国人ジャーナリストは80年代にソウルで学校生活を送ったが「教科書で理科の実験のことは習ったがただの一度も実験器具に触れたことはなかった」と指摘している。1972年生まれの崔碩栄(チェ・ソギョン)氏だ。昨年日本人がまたノーベル賞を受賞した際に↓のように日韓の差について言及していた。

私は1980年代、ソウルで中学、高校に通った。今、振り返ってみると、学生時代に受けた教育は、ノーベル賞とはあまりに縁遠い気がしてならない。あのような教育を受けたら仕方ない、と思うからだ。まず、理科の授業。私は中学1年から高校を卒業するまで、一度も理科学機材に触れたことがない。教科書にはアルコールランプ、試験管、顕微鏡など、いろいろな機材が登場したが、全て紙面の上での「イメージトレーニング」にとどまっていた。使い方も含めた化学実験の方法などは、「体験」ではなく、全て「文字」としてだけ頭の中に蓄積されたのだ。

理科だけではなく、3年間の高校時代、国語や現代文学の時間には「作文」するチャンスがなかった。授業中、ただの一度も自分の意見や考えを文章として表現する機会がなかったのだ。学校では大学入試のための準備、問題集ばかりやっていた。一方的な「入力」だけがあり、自分の意見、発想を披露する「出力」の機会が全くなかったのだ。

私は、日本で同世代の日本人に会うたびに、中高校時代の話を聞いてみた。すると、地域、学校による多少の差はあっても、ほとんどの人は多かれ少なかれ、実験、作文の機会はあったという。正直、うらやましかった。普通の日本人は、そこに大きな意味があると思わないかもしれないが、そこに韓国と日本の大きな差があると思う。学生時代に好奇心、興味、モチベーションを感じる経験の有無は、計り知れないほど大きいからだ。

ま、毎年のこの時期、日本人はともかく韓国人が受賞したら大いに驚き、喜んで上げよう。

2026年10月3日土曜日

ナ・リーグを制するチームはワールドシリーズを制す(はず)

今日は仕事がなかったのが助かった。風邪が昨日一昨日がピークで今日はなだらかによくなりつつあるってところだ。ただまだまだ元には戻っていない。

メジャーリーグも明日から地区シリーズでいよいよドジャースも登場する。今年はナショナルリーグを如何に突破するかが最大の焦点だ。というのも、ここ1、2年、メジャーのア・リーグ、ナ・リーグ間の実力差が目立ってきていて明らかにナ・リーグが優位に立っている。日本の場合のDH制やソフトバンクが所属するなどの理由から明らかにパ・リーグ優位がこのところずっと続いているのと同じようにリーグ間格差があるんだ。すなわちナ・リーグチャンピオンになれれば、どのチームが出てきてもその後のワールドシリーズはほぼ勝てるのではないかというくらいだ。日本でいうセパ交流戦がメジャーではある期間だけではなくて開幕から終盤まで途切れることなく続くシステムになって4、5年経つのかな。ア・リーグとナ・リーグの各チームは年最低3試合どのチームとも対戦するようになった。そしてそれがリーグ間の格差を際立たせる要因になった。

ドジャースを例にするとア・リーグの15チームと3試合するので全162試合中45試合はナ・リーグ優勝には関係がない。それとリーグは違ってもライバル関係にあったり同地区のチームとの対戦(ドジャースだとエンゼルス、ヤンキースならメッツ)が日程のどこかである1日に1試合組まれるため、結局46試合がリーグの成績とは関係ない試合になる。ナ・リーグのチームとは14チームのうち同地区でない10チーム(東地区、中地区)とホーム&ビジターで計6試合もしくは7試合の計64試合を行う。同地区(西地区)の4チームとは13試合が組まれ52試合を行う。

その結果2026レギュラーシーズンにおけるアメリカン・リーグの総勝利数は1190勝、ナショナル・リーグの総勝利数は1239勝とナ・リーグが圧勝した。特にア・リーグの西地区(あのエンゼルスやシアトル・マリナーズにテキサス州のアストロズ、レンジャーズ、球団売却され球場間借り状態のアスレチックス)は弱さが目立ち、最終戦にアストロズが勝ってようやく81勝81敗の五分で地区優勝を飾った。もしアストロズもレンジャーズも負けていたら80勝82敗でどちらも並び、対戦チーム同士の勝ち負けでアストロズが優位なため負け越しても優勝という珍事になるところだった。まあ2戦先勝勝ち抜けのワイルドカードシリーズでは案の定村上のいるシカゴ・ホワイトソックスに2連敗し即敗退だったけどね。エラーも多かったし数年前まで強かったアストロズがこんな体たらくになるとは・・。

大谷が2023末にドジャース移籍してからの影響も大きい。山本も後を追うように日本からドジャースに来たし、サンディエゴ・パドレスがそれに負けじと強化し、ダイアモンドバックスもスモールベースボールを徹底して上位に食い込もうとしている。サンフランシスコ・ジャイアンツがたまたま故障者続出で本来の実力を発揮出来ずにいるが、結果ア・リーグとは違って西地区ナ・リーグは強豪そろいとなった。そして中地区のミルウォーキー・ブルワーズとシカゴ・カブスが上昇期にあり、東地区はずっと強豪のアトランタ・ブレーブスと金で良い選手を集めても結果が伴わないことが多いがニューヨーク・メッツがいてナ・リーグ優位になった。

ア・リーグが力を付けるのは2年後くらいからだろう。アスレチックスが2028年にラスベガスに移転するし、エンゼルスもオーナーがようやく代わってスタン・クローンキー氏が率いるKSEに2027年譲渡される。このKSEってサッカーではイングランドのアーセナル、アメフトのロサンゼルス・ラムズ、バスケのデンバー・ナゲッツなど最近優勝もしくは地区優勝した実績を持つ。絶対に強くなるわ。

ア・リーグの話題は置いといて、まずは今年のナ・リーグだ。実はドジャースは早くも正念場を迎えているんだ。5戦で3勝先勝勝ち抜けの地区シリーズの相手アトランタ・ブレーブスは油断出来ない。ていうか残っているルウォーキー・ブルワーズ、サンディエゴ・パドレスの3チームともブルペン投手陣の防御率がリーグでベスト3に入っているんだ。ドジャースはブルペン陣が弱くリーグ7位くらいだったかな。ただ先発投手陣はドジャースは1位なんだが、2位3位あたりにこれら3チームがいるんよ。要するに投手力が強い4チームがしっかり残っているっていうこと。短期決戦のポストシーズンはまず投手力がものをいう。そこに打線がいかに乗って来るかで、現時点でドジャースが圧倒的に優位ではない。パドレスは9月に入って選手がそろい、5月まで冷え込みすぎていた打線が活発になってきて実際9月末の直近対ドジャース戦ではドジャースも勝ち越せなかった。ブルワーズなんか全球団で最高勝率だからね。剛速球でおそらく今年のサイ・ヤング賞確実のミジオロウスキー(NHK表記はミザロウスキーで実際の発音もこっちが正しい、今後はミザロウスキーにしようか)もいるしー。
無論、ドジャースにまずはナ・リーグ優勝を果たして欲しいと願っている。ロサンゼルスまで応援行ったからな、ふむ。明日からの先に3勝を目指すドジャース対ブレーブス戦、全く目が離せないわっ。(あ、忘れてました。阪神、セ・リーグ2連覇おめでとうございます!)

2026年10月2日金曜日

むりやりインフルエンザを調べられる

実は今週始めからずっと風邪気味の症状が続いている。最初は咳が出た。そのうち鼻水が出て倦怠感が続いている。発熱はないから最近ぽつぽつと増えているインフルエンザ患者の症状とは違うようだ。風邪をもっらたのはどうも土曜日に長島のクリニックに行った際、マスクを着けずに駅構内を徘徊したせいかも。以前は絶対にマスクを着けていたのに最近はコロナもほとんど発生がないので気が緩んでいた。

外来業務をこなし入院患者も受け入れて昼休みは仮眠だ。午後はまたもや下血患者の内視鏡、原因はこの1ヶ月ほどやたら多い大腸憩室出血だ。上行結腸の出血源憩室にクリップを掛けまくって治療終了、やれやれだ。

しかし、鼻声で時々咳をする私に内視鏡室スタッフが心配して「センセー、インフルエンザのチェックをしましょうか」と言ってきた。私は「いや、インフルエンザじゃないよこの症状は」と抵抗したのだが、「新しい検査キットが今ならただで使えます」と言って勝手にキットを開けるんだ。そして検査棒が目の前に・・。片方の鼻だけかと思いきや「両方の鼻から採りますねぇ」とぐりぐり、涙目。「このキットはインフルエンザに感染してそんなに時間が経っていなくても早めに診断が出来る優れものなんです」だって。ABCの文字があり、AがA型インフルエンザ、BがB型インフルエンザで、CはコントロールでCは必ず反応しないといけません」とのことだ。

で、数分間じっと見ているとCはすぐに色が変わり始めたが、AもBも反応はない。やがてCは完全に黒い色になるもAとBは全く反応なし。

へへへ、やっぱりインフルエンザじゃないってことよ。ざまーみろ。

インフルエンザでないのは良かったが、60歳代になると風邪も治る期間が長引くようだ。帰宅してもぐったりが続き、食事だけはどうにか済ませ後はソファで寝込んだ。で、夜中に起きてパソコンに向かった。こてる日記だけはアップしておかないとー。どうにか文だけは書き画像はなし。日記書きも体力がないと大変なんであーる・・。

2026年10月1日木曜日

診察室でマンボを踊る

昨日の日記で、外来患者さんに「親しみやすい先生です」と言われたと書いた。もしかしたら9月30日の外来でもう一つそう思われるかもしれないシーンがあった。

高齢女性患者が来て「みぞおちのあたりが時々『ウッ』となる症状が出て困る」との訴えがあった。「ウッですか」「そうなんです」とここでもっと症状を掘り下げて聴取する方向に行くのが普通の医師なのかもしれないが、私はどうしてもあらぬ方向に行ってしまう。

「ウッ!とはまるでマンボの掛け声みたいですね」と私は言い、「マンボと言えば・・」と言ってから診察室で「一、二、三、四」とリズムを取りながら踊ってみせた。そして最後に「あ〜〜ぁ、ウッ!」と言い放ったんだ。私、大好きだからね「マンボNo.5」。
意外にもその患者さんは喜んだ。私が「昔、大学生の頃、ダンパ(ダンスパーティー)でマンボを踊っていました」というと「ああ、私も行ったことあります」と同調してくれたのだ。

で、どうだったんだっけ。そうそう、「ウッ!」ってなるから検査を希望ですね。では胃カメラの予約を入れましょう。来週には出来ますよ。

ふうむ、まさか診察室でマンボを踊るセンセイがいるとは・・。しかもその病院の院長センセイでー。これでよろしければまた外来に来てくださいませ〜(⌒о⌒)。

2026年9月30日水曜日

「先生みたいな医者は初めてです」

午前、風邪できつい中、外来をこなしていった。そこに来た75歳男性は便秘やたまにの下痢の訴えで私の診察を希望していた。なにやらこだわりが強そうな印象の患者さんだ。

「下痢と思えば便秘、便秘かと思えば下痢と思うように排便コントロールがうまくいかない」と言われる。「他の先生が処方したグーフィス(比較的新しいタイプの下剤)をきちんと服用しているが、それでは出なくてテレミンソフトという坐薬を使ってようやく出た。グーフィスは効いている感じはしない」とのこと。前医が出した処方薬を見直すと他にマグミット500mg2錠/日が定期処方されていた。この薬は便秘の基本薬だ。

いろいろと話を聞くに、繊維分の多い食事摂取が不足のよう。まずは食生活を見直すこと。穀物や野菜、海藻など繊維分多い食事摂取を心がける。まあ基本中の基本を指導した。効かないと思うグーフィスは無理に服用せずともよい。しかし食生活だけの指導では心もとなく、アミティーザという下剤を2週間だけ試しましょうと話し、さらにテレミンソフト坐薬も頓用処方をした。

こう書くと特に何ごともないような診察風景に見えるが、実際には「ああでもない、こうでもない」と患者さんは語ってくるんだ。そもそも自分の症状を論理的によどみなく伝えられる人ってそんなに多くない。診察は10分以上かかった。それでようやく終わって席を離れたこの高齢男性が意外なことを私に言った。

「先生みたいな人(医者)は初めてです」

「え?」と驚き、「どこがですか」と尋ねた。すると・・

「親しみやすいところがです」だって。へーーえ。結構イライラしながらの診察だったんだけれどね。しかし、そんな風に言われては悪い気はせず、なんか報われた気分だったよ〜。

2026年9月29日火曜日

八代ではなぜに避難所暮らしが長引いているのか

はあ・・久しぶりに風邪を引いてしまった。日曜の夜から咳が少し出るようになり、今日は鼻水も出る。土曜に中央駅を利用した際、マスクを着けていなかったせいだろう。

夜は姶良郡医師会の災害医療委員会に出席した。11月にある鹿児島空港避難訓練の話題や熊本地震へのDMAT(災害派遣医療チーム)やJMAT(日本医師会災害医療チーム)の報告があった。DMATやJMATは被災地に赴いて医療行為の手助けをする点では似ているが、DMATは発災直後の超急性期(48時間以内)に動き、救命やトリアージを担う国や都道府県主体のチームで、今回は霧島市立医師会医療センターの政所(まどころ)ドクターから報告があり、JMATは日本医師会主体のチームで、DMATの後を引き継ぎ、発災3日目以降の急性期〜中期・慢性期に避難所などで医療体制の維持や診療を担う役目で、OI病院の泣かん薗Drから報告があった。

詳しい内容は書けないが、ちょっと興味を持ったのが八代市で未だに避難所暮らしの被災者が多いという事実だった。私は新聞などでちらっと知ってはいた。泣かん薗Drによると1200人くらいいた被災者がまだ800人近く自宅に帰れないでいるそうだ。泣かん薗Drの意見では「八代市特有の事情かとは思いますが、あそこは井戸水を利用している家庭が全体の半分くらい(水道普及率は約52%)あり、その井戸が使えなくなっているためなんです」と。4500世帯くらいの被害が確認されており、地震から時間が経っても業者不足や高額な費用が原因で、不具合の解消は2割未満にとどまっているからなんだそうだ。
私は鹿児島市に長く住んでいるので八代市ではそんなに井戸水を利用しているんだという事実に驚いた(鹿児島市の水道普及率は約98%)。災害で水道インフラが破損しても足元に井戸水があれば困らないケースもあるだろうが、今回の地震では逆にそれが仇となったわけだ。そういえば熊本市も水が豊富なところだと聞いている。近隣の水俣市やその近隣の鹿児島の出水市も掘れば水が出る地域らしい。よく見れば「水」俣、出「水」っていかにもそうじゃない。出水なんか「水が出る」って読むもんね。ただ水俣は八代と違って水道普及率は90%ということだ。もし水俣で今回と同様の被害が出ても八代ほどにはならないか・・いや、そもそも水俣の水道の水源はほぼ井戸水かららしい(出水はさらに上を行き井戸水からの水源でほぼ100%をまかない、水道普及率も98%以上)。間接的に井戸水を利用しているのでもし水道局の水源が濁れば復旧にやや時間がかかるかも。

ニュースなどではよく分からない事実が現地に行った人の話を聞くとリアルに理解できると思った次第だ。

2026年9月28日月曜日

密かにサンフランシスコ・ジャイアンツを応援する

明け方、今季レギュラー最終戦のドジャース対サンフランシスコ・ジャイアンツ戦をTVで見ていた。両チームともブルペンデーで毎回のように投げるピッチャーが代わるし、バッターもあらかじめ2打席や3打席で交代するなど、ドジャースはポストシーズンを見すえての調整、ジャイアンツは来季からの巻き返しのため新人選手を多く送り出していた。

今季のジャイアンツはメジャーリーグで最悪と言ってもいいほどの主力選手の故障に見舞われ、開幕時のレギュラーメンバーが現時点でだーれも残っていないという惨憺たる状況だ。私がつい10日ほど前にドジャースタジアムで観戦した時はイ・ジョンフもいて良く打っていたのにその後故障してしまっていた。しかしジャイアンツのホーム、オラクルパークは満員に近い観客が来ていた。まあドジャース相手ということが大きいだろう。

この2チーム、真の意味で100年以上ライバル関係にある。ともに19世紀末のナ・リーグ創設期にニューヨーク近辺で誕生し、1958年からいっしょに西海岸に移転して同一リーグ、同一地区に所属している。そしてどちらもワールドシリーズではア・リーグのヤンキースに苦汁をなめることが多かった。ワールドシリーズ優勝回数もドジャースが9回、ジャイアンツが8回と拮抗し、レギュラーシーズンの対戦成績でも私が現地時間9月18日に観戦した試合でドジャースが勝って全くの同数になった(1292勝1292敗)。そして今日もドジャース、別に勝たなくてもよかったくらいだったのに延長戦に入ってパヘズの3ランなどが飛び出し5対1で勝ってしまい今季100勝に到達した。
また対ジャイアンツ戦も1297勝1292敗と初めてトータル成績で勝ち越し確定になった。細かいことを言うと昨年の4月にドジャースは対ジャイアンツ戦で1288勝1287敗となって1896年8月8日(49勝48敗)以来約130年ぶりにリードを奪った、と細かいことを気にするメジャーリーグオタクの間で話題になった。ま、それくらいの超長いライバル関係にあるってことだ。

私が思い出すのは2024年のオープン戦でドジャースに対しジャイアンツを応援する地元ラジオ局の様子だ。ドジャースに移籍して初めて迎える大谷翔平の打席で三振を取ると「イェーイ!」とみんなで大喜び。しかし大谷第三打席にレフトフライと思われた打球がホームランになってしまうと・・汚い四文字言葉で悔しがるというYouTube動画(https://www.youtube.com/shorts/3ZcTKQ5Y7_E)だ。日本のTV番組でも取り上げられていて、大谷を常に応援しているというスタンスが当たり前の日本と現地とでは違うというのが鮮明で面白かった。

サンフランシスコ・ジャイアンツは2010年代に久しぶりに黄金期を迎え、2010、2012、2014と2年おきにワールドシリーズ優勝を遂げたがその後はドジャースに押されている。しかし球団の資金力はトップを争うドジャース、ヤンキースの次あたりボストン・レッドソックス、シカゴ・カブスらと同じくらいでその気になればいつもでも復活出来るはず。現地で初めて観戦したチームだけに陰ながら応援しているぞ、サンフランシスコ・ジャイアンツ!

2026年9月27日日曜日

30年で一世代

夕方、チッチが家に来ていた。私たちが海外旅行中、ネコの世話をしてくれていてそのお礼も兼ねてのお土産をプレゼントした。

ドジャースタジアムのグッズ売り場で買ったクリアバッグに大谷翔平のTシャツ、LAロゴ入りの小さなぬいぐるみなどだ。チッチはゲンちゃんやハナビのエサ、フン、水やりなどしてくれたわけだが、2匹のうちハナビには全く触ることすら敵わず、引っ掻かれたり噛まれたりの苦い記憶がまだ解消されていない。私にはえらく懐いていて上の写真の後、ソファにいた私にひょっこり乗っかってくつろいでいた。チッチにしたら「ありえねー」だね。
ちょうどこの頃、千葉のセージから子どもらの写真が「みてね」にアップされていた。御輿を担いでの祭りが開かれていたようで、セージがココちゃんを抱っこしていた。
おそらく初めて見るお祭りだったんじゃないかな。セージもいいパパしている。で、こちらこてる家ではチッチがゲンちゃんを抱っこしていた。
30年前は私たちも子どもらを抱っこするのにいっぱいいっぱいでネコなんか飼う余裕もなかった。チッチもこの間30歳になったばかり。一世代は約30年。今から30年後は私たちは生きているかどうかも分からないが、今度はココちゃんにも子ども(私たちからみたらひ孫)が出来ているのだろう。世代は巡る・・やね。

2026年9月26日土曜日

こてる式単語登録

3ヶ月ぶりに長島クリニックで大腸内視鏡の仕事があった。大腸癌検診の結果が住民に出たため、要精検の人たちの大腸内視鏡依頼が多くなったからだ。長島町の人たちは多くは隣の阿久根市や出水市で内視鏡検査を受けることが多い。町内では長島クリニックに検査機器はあるが大腸内視鏡が出来るドクターが常駐していないため一定数集まるとこうして呼ばれる。今日は7人の検査をした。うち5人くらいはポリープ切除などした。初めて大腸内視鏡を受ける人もいていつもよりはやや多かった。

このクリニックもこの前から電子カルテになって、最近は小規模なクリニックも電子カルテ化されるようになってきた。↓はここの電子カルテ。

操作は各クリニックの仕様で若干違うが、基本はパソコン操作なのでちょっと教えてもらえればだいたいはすぐに使えるようになる。しかしクリニックによっては高齢な院長先生などパソコン操作が苦手だったりすると電子カルテ導入が大変だろう。長島クリニックは前のバタフジ院長はパソコンなど全く扱わない先生だったが、継承した今のゼンコン院長はまだ30歳代だから問題ない。

私はここでも頻繁に使う「大腸ポリープ」「大腸憩室」など大腸内視鏡検査でよく出てくる単語は片っ端から単語登録していった。私は単語登録の鬼だからね。先の「大腸ポリープ」などは「dp」と押してスペースキーを押せば一発で変換される。「大腸憩室」は「dk」だ。タレントのDAIGOがやるように単語の先頭のアルファベットを取り出して2文字か3文字に変換しパソコンに記憶させておく。そうすると法則性があるのでどんな風に変換させたかなと覚える必要がない。このこてる日記入力もそうして文字入力の負担を減らしている。この数行でも「スペース」は「sps」、「アルファベット」は「あf」、「パソコン」は「ps」、「こてる日記」は「kt」だ。ちなみに「私」もよく使う単語なので「ww」と入力すると変換されるようにしている。「watashi」と入力する手間からすれば4分の1以下の労力で済むからな。

で、検査と検査の合間に頻用内視鏡用語を登録していっている時に「sjj」と打つとすぐに「S状結腸」と変換された。あれ?と思った。この変換方式は私のやり方そのものだ。「jkk」とやると「上行結腸」と変換される。すでに、こてる方式の変換が出来るようになっているじゃないか。するとクリニック(kr)の看護師(kgs)に「先生、前回来た6月にうちは電子カルテ(dk)になっているのでその時に先生が登録したんじゃないですか」と言われた。ああ、確かにそうかも。そうでないと電子カルテが勝手に私の方式の変換をするはずがない。前回もさっそくこてる方式の単語登録をしていたんだ。すっかり忘れていたよ( ・_・;)。

私はパソコンをやり始めた35年以上前からこの単語登録のやり方をしているが周りをみると私ほどやり尽くしている人はあんましいないようだ。単語だけでなく短いあいさつ文なども簡単に登録できるし便利なことこの上ないけれどねぇ。「よろしくお願いいたします。」は「yr」、「明けましておめでとうございます。」は「あkm」ってな具合。二度三度同じ文を入力する場面が出てきたら私はすぐに単語登録するし、それは習慣になっている。先の「明けましておめでとうございます。」などはどんな文字を入れればいいかなんて覚えていないけれど「あけま」が「あkm」で始まるからきっとそうだろうと推測出来る。

パソコンやネットでの文字入力が簡便かつ正確に出来るのでみんなもぜひやってみてー。

2026年9月25日金曜日

若い子へのメンタルケア

今日も忙しかった。やっぱり休日が続くとその反動で外来も多くなる。おまけに緊急の大腸内視鏡も入って夕方までほぼずっと仕事だった。

自分の仕事の中に当直帯で受診希望の患者さんを断った場合の報告書のチェックがある。いつもはさーっと見てハンコを押していくだけだが、昨夜の報告の中に「おや」と思える症例があった。それは12歳の女性の母親からの電話連絡で「カロナール200mgを10T内服。オーバードーズ、ストレス、死にたい・・・。24時間過ぎており、本人も元気、ただし母親が採血希望」というものだった。夜間なので採血を希望と言われてもそれは出来ない。当番看護師は「採血は明日の朝でないと出来ない。どうしても診察を希望するなら夜間の緊急のある霧島の医師会医療センターをお勧めする」と返事して納得してもらえたらしい。

いや、鎮痛剤や睡眠剤をたくさん飲んで救急で運ばれる人はそんなに珍しくはない。しかし12歳って中学1年生くらいの女子だよ。若すぎる。一般に薬物過剰摂取やリストカット、過換気症候群などは女性が多い。いったいなぜに女性にその手の症状が出やすいのか・・私には女の子がいないせいかなかなかピンとこない。この12歳の子も今でそんな症状が出るなら今後も大変だろう。

青雲会の職員も子どもの不登校などで職場を辞めざるを得なかった人たちが何人もいた。それくらいならまだましで子が自殺未遂を起こして親が極端なストレスを抱えたケースもあった。子どもを持つということは本来は幸せなことであるはずだが、社会のコミュニケーションが希薄な現代では子どもも親もストレスを過剰に抱えがちだ。子どものメンタルケアを親の義務や責任だけで解決しようとすると、親側が精神的に共倒れしてしまう。どうすればいいか。

AI先生に尋ねてみたら、「学校のスクールカウンセラー、児童精神科、地域の保健所や精神保健福祉センターなど、『子どもを社会全体で支えるチーム』を早く作ることが最優先です。親は「治療者」になる必要はなく、「一番近くにいる味方」であれば十分です。そして、家庭が「学校の成績」や「将来の不安」ばかりを話す場所になると、子どもは息が詰まってしまいます。「ここでは何を言っても否定されない」「ダラダラしていても愛されている」と思える安全基地(居場所)であることが、子どもの心の回復には不可欠です」と回答してきた。なかなかいいことを言うじゃないか。

そして「親に直接言えない本音を、第三者になら吐き出せることもあります。厚生労働省の 子どものメンタルヘルス 相談窓口一覧 や、10代向けのLINE相談(「生きづらさびっと」など)の存在を、お母様からお子様へ「こういう場所もあるよ」とそっと渡しておくことも有効な対策です」ともアドバイスしている。ふむう、なかなか使えるねぇ、AI。最初の頃のAIではここまで自然な回答は出来なかった気がする。世の困っている親御さんへ、子どもの問題で悩んでいたら、一人や配偶者とだけで悩まず、まずはAI先生に相談してみよう。

2026年9月24日木曜日

日常に戻る

1週間ぶりに病院に来て、さっそくLA土産のチョコ菓子を各部署に配っていった。休み取って職員らには迷惑をかけたからね。

受け持ち入院患者も状態悪化している人はいなかったが、思っていたより改善に向かっていない人もいて指示を大幅に変更したり、逆にもう退院してもいいのに祝日休日のせいで入院がやや長引いていた人もいて「本日退院OK」とした。気管挿管していた患者さんは外科Drにその管理をお願いしていて抜管するまでにはまだ至っていなかった。

今日は内視鏡担当日だったので胃カメラ、大腸内視鏡と次々にこなしていった。もう休日&旅行モードは吹っ飛んでいた。昼休みも内視鏡の仕事が終わらず、昼の医療安全会議には出席出来なかった。遅い昼食を摂って休憩は30分、また午後の内視鏡検査に向かった。約1ヶ月前に止血治療を行った患者がまた下血して今朝入院していた。大腸内視鏡で確かめると前回止血出来たと思っていた部位からの再出血だった。結紮出来ていた思っていた処置具が外れてのことだった。ううむ、再度の止血だ。

どうにか終業時間の17時半には仕事は終わった。まだ雑務が一部残っているが今日は帰ろう。夕食後、どっと疲れが出て日記を書くどころではなく、しかも後で気が付いたが、ネタになるようなデジカメ写真をほとんど撮っていないことに気が付いた。旅行中は毎日何百枚って撮っていたのにねぇ。時差ボケって明らかには感じていなくてもやはり疲労は残っている。体調が戻るのに数日はかかりそうだ・・。

2026年9月23日水曜日

1日かけて鹿児島へ

未明に起きてどうにかこてる日記をアップした後、また仮眠を取った。そのうちにセージの長女ココちゃんが2階から降りてきて、おもちゃで遊んだり食べ物を食いちら・・いや頬張ったりで元気いっぱいだ。

長男のサックンは寝返りは出来るがハイハイはまだで赤ちゃん用ベッドに置けるがちょくちょく泣くしねー。この時期の子育ては大変だわ。30年前の自分たちもそうだったのか、今ではよく思い出せないな。

今日は夕方に鹿児島へ飛行機で帰るから余裕だったのだが、昼食をセージ一家と摂ることになってそれならその後すぐに羽田へ向かうことにした。昼は船橋のスシローで4人プラス1人で結構パクパク食べたのだが合計で7900円。高いか?安いか?これアメリカと比べたらすんごく安い。数日前に日記にも書いたドジャースタジアムでのハンバーガーが2個とフライドポテトで7500円よ。比較にもならない。

↓はタッチパネルを押しまくるココちゃん。

「そんなに押したらダメだよ」とは言わずに押させて、片っ端から「X」ボタンで消していくセージパパだった。

羽田には14時に着いて後はラウンジでパソコン開き、今日アップするこてる日記を書いたりした。今は充電用設備や無料WiFiがあるから本当に助かる。鹿児島空港に着いたのが18時50分ごろ。蒸し暑いな。19時44分に帰宅。荷物整理して、日記の残りを書いてアップし、食事はカールは入らないとのことだったが私はカップ麺で済ませ、あとはバタンキュー。

明日から仕事だぁ。

2026年9月22日火曜日

帰国便よりも帰りの千葉での電車

さて、今日はほぼ1日かけて帰国だ。朝の6時半にはホテル朝食ビュッフェで食事を済ませ、部屋に帰ってからは忘れ物がないかなどを確かめ、9時には他のツアー客らとバスでロサンゼルス空港まで向かった。ここで出国審査や手荷物検査などあるが、日本を出るときに一度やっているのでそれほど緊張はしなかった。ただ、手荷物ではパソコンをそのままバッグに入れて提出したのがまずく、レントゲン検査に引っかかってしまった。そこで待機している間、他客で立派なブランデーかなにか入った瓶2本を押収されている人がいた。係員が身振り手振りで「こいつはダメだ、スーツケースにでも入れて預け荷物なら構わないがー」って説明していた。そのラテン系の客は英語で反論することもなく肩を落としていた。液体の入ったものは持ち込み禁止って知らなかったのかなぁ・・ペットボトルくらいならどうってことないがねぇ。

出発前に空港の免税店やショップでお土産を物色した。しかし今一病院職員らへの良さげな物が見つからない。中身が少なくてバカ高いものが多く、こうなったら東京は羽田で日本のものでも買ったろかと思ったが、これならまあましかというチョコをいくつか買い、足りない分は羽田で足すことにした。

帰りの飛行機も全日空機で座席はカールと連席を取れなかったので、互いに中央の通路側席を選択した。国際線では通路側が絶対にいい。トイレを利用する時に他客に気兼ねせずに行けるからだ。私の隣は同じツアーの新婚夫婦の夫だった。今回のツアー客で唯一の新婚旅行組で、大谷と同じ岩手県から来ていた。いや〜37年前を思い出すわ。あの時はカナダへのツアーで新婚組は私たちだけだった。そして定年を迎えた人たちが多かった。今は私たちがその立場だ。

全日空の機内向け月刊誌「翼の王国」を見ていたら岩手や鹿児島もと取り上げられていた。それで岩手関連のページに出ていた若い女性を指さし、新婚夫に「この人を知っているんじゃないですか」と質問したら「え、知ってます」と驚いていた。ふむふむ。その女性の職場がチラッと聞いていた新婚さんのといっしょだと私は気づいていたからだ。他に大きな名物ソフトクリームの話題では「これはいったん無くなりかけたんですけど私の同級生が復活させようと運動して生き残ったんです」とまさしく記事に書いてあるとおりの説明を彼はした。結局私も彼もこの雑誌を持ち帰ることにしたよ(⌒о⌒)。

帰りは行きよりも向かい風のせいか1時間以上もフライトが長かった。この時に役立ったのがノイズキャンセラーのイヤホンだったな。近くに赤ちゃんを抱えた外人さん夫婦がいてその泣き声のせいでカールも新婚夫も「よく寝られなかった」とぼやいていたが、私にはまったくそういうことはなかった。走行中の轟音も泣き声もかなり小さくしてくれるし、マイフェイバリットソングを流していれば気分もいい。特に10時間以上を要するフライトでは必須アイテムと思ったよ。

さて日本時間の16時半ごろ、無事飛行機は着陸したが、その後がちょっと大変だった。成田からの予定していた電車が「佐倉までの折り返し運転になります」と乗れなくなったのだ。昨日通過した台風の影響で水害が千葉に起きているせいだった。カールがセージに電話すると最初は「車で成田まで迎えに行く」とのことだったが、すぐに「別の電車で新鎌ケ谷駅まで行き、乗り換えて船橋まで」というコースになった。成田への道も通行止めなどあり大渋滞しているとか。どうにか電車に乗り込んだが、成田を出てすぐに「あれ、こんな湖あったっけ?」と反対側の窓に広がる風景に違和感を感じた。

実はこれ全部、田んぼなんだ。堤防決壊し一面大きな池か湖みたいになっていた。行く時は稲穂がいっぱいだったのにー。そして初めて降りる新鎌ケ谷駅では、私たちは満員列車の端っこに押し込まれ、出ようにも乗客と荷物に挟まれて簡単に移動出来ずに「すみませーん!どいてくださーい」と声を張り上げないと降車できなかった。

どうにかこうにか船橋のセージ宅にたどり着き一息ついた。先の新婚さんらは本当は今日のうちに新幹線で岩手まで帰る予定が、今夜は東京に一泊してから明日帰るというふうに変更を余儀なくされたそうな。東海道新幹線で関西に帰るはずのツアー客の一人は清水駅で降りてそこで一泊になったとか。私たちは千葉に子どもが住んでいるおかげでこうした旅行の際には助かる。

生後5ヶ月のサックンと会うのは久しぶりでさっそく抱っこしてあげた。7kgを越えているそうだ。

ココちゃんには帽子やミニオンのキャラの入った服などをお土産にし本人よりママが喜んでいた。そしてくつろいでいると、私の脚が「かなりむくんでいる」とカールから指摘があった。押してみると確かにそうだ。これはやっぱり10時間以上同じ姿勢で脚を下にしていたからだろう。ファーストクラスだったらこうはならなかっただろう。エコノミークラスはこれだからなぁ。
まあ浮腫(むくみ)だけならよしとしなければ。本当のエコノミークラス症候群は長時間の同じ姿勢や水分不足により足の静脈に血の塊(血栓)ができ、それが肺の血管に詰まって呼吸困難などを引き起こす命に関わる病気だ。

今日は疲れた、日記を書いて早く寝よう・・と思ったが、案の定睡魔には勝てずいったん寝込むことに。未明3時ごろ起きて2日前の日記をどうにか書き上げたのだった。

2026年9月21日月曜日

ユニバーサルスタジオハリウッド

今日は自由行動の日で私たちはユニバーサルスタジオハリウッドで遊ぶことにした。日本の大阪のUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)には20年くらい前に家族5人で行ったことがある。それ以来だ。入園料とディズニーのファストパスに相当する有料の「ユニバーサル・エクスプレス・パス」も申し込み済みだった。このエクスプレス・パスの価格は時期や種類によって変動し9月のこの日前後は一番高い設定に当たっていた。しかしアトラクションに乗るのに何十分、いや1時間以上も並ぶのは苦痛以外の何物でもない。この手の遊園地に20年近く行かなくなったのはこの苦行があるからだ。一人1万円以上も値段はアップしても並ばくても済むのなら絶対にこれを選択するわー。

さてウーバーだが今日の運ちゃんは年配の元タクシー運転手で名前を聞いてきたりいくつか質問もしてきたりはまあ良かったが、いかんせん運転が・・。フリーウェイで結構スピードを出しているなと思ってスピードメーターをチラ見すると60から70だった。一瞬80まで上がったがどう考えても80km/hのスピードじゃない。あれはきっとマイル表示だ、車はプリウスでアメリカ製はマイル表示なのかも。ということは80マイル/hをキロに直すと約128km/h!!。だろうて、怖いくらいスピードが出ていたもん。普通このホテルからユニバーサルスタジオまでは20分くらいかかるらしいが14分で着いちまった。

で、手荷物検査を受けて園内に入ったと思ったが、チケットチェックはなされていない。ここはグッズ販売などの店が集まる通りのようだ。しばらく歩くと案の定入園チェック関門があった。ここで事前に心配していたチケット表示が私の分しか出ない問題で、カールが入園出来なかった。入国前からどうしてもカールの分が表示出来なかったのよ。しかし支払い画面ではちゃんと2人分支払い済みと出てくる。係員にも英語ではうまく説明出来ない。事前にプリントした支払い証明書を見せると「ゲスト・サービス」という所に通され、そこで日本語が出来るスタッフがいて事情を説明した。こんな時パスポート呈示は必須だ。外国じゃパスポートは常に携帯していかないといけない。自分自身を証明する唯一のものだからだ。そこでどうにかチケットを発券してもらい無事入園出来た。やれやれ。このやれやれがこの旅行で何回出てきたことか。

実はユニバーサルスタジオの予備知識はほとんど入れずにここにやって来た。入園してからネットでまずはハリーポッターへ入り、その後スタジオツアー(40分くらいかかる)に行くのがよいとのアドバイスがあった。ハリーポッターに入ると手荷物をロッカーに預けろと言われいったん引き返し無料のロッカー室でミネラルウォーター4本入った袋を預けた。これはチケットをセンサーが読み取りパカッと扉が開いて利用する。慣れればいいシステムだ。で、なんで手荷物を預けるかはアトラクションに乗ってすぐに分かった。映像とリンクして魔法のホウキに乗って城や山、湖と上下左右を動き回るんだ。何度もワーッ、ウォーッと叫び声を出したよ。手荷物なんか持っていたら絶対に落っことしていたわ。
私は面白かったが、カールは「ちょっと気持ちが悪い・・」とげんなりしていた。それに構わず私は次に向かって歩くので、後でカールにはちくちく言われてしまった。というのも午後に乗ったリベンジ・オブ・ザ・マミーは高速のGがかかる乗り物で、今度は私が気分悪くなり、カールが私のへたりに付き合ってくれたのだ。「なのにあなたはー」である。ディズニーランドと違ってユニバーサルスタジオは刺激的なアトラクションが多い。それは次の一見ほのぼの系かと思われた人気アトラクション「スタジオ・ツアー」でも同様だった。

エクスプレス・パスのおかげで全く待たずにツアーのバスに乗り込めた。
最初はハリウッドの屋外スタジオ見物かなと思っていた。アメリカの町並み再現やバック・トゥ・ザ・フューチャーに出てくる家の再現など出てきてそれをバスの中から見物するスタイルだ。しかし15分経過したところで、突然このアトラクション、牙を剥くんだ。薄暗い小さな岩に囲まれたところにバスが入った後に、上下左右が映像化されジャングルに変わった。そしてなんと恐竜が出てきたと思ったら次にキングコング登場だ。大きな叫び声を出し恐竜をバンバンやっつけるんだ。私たちの後ろに座っていたアメリカ人ファミリーの女の子は泣き出しちゃったヨー。
この後はまた平穏な町並みなどを見て回ったが、今度はサンフランシスコの地下鉄の駅構内らしいところでバスがまた止まった。するとバスが揺れ、構内は火花が飛び散り、対向車線から列車が来て脱線し、その後から本当に水流が押し寄せてきた。びっくり。
今度はさすがに慣れたか、後ろの女の子は泣かずに構内を出た後は笑顔だった。いやそれにしても、ユニバーサルスタジオって観客を水で濡らすのが好きなんだ。この後のアトラクションでも何度も水がかかる場面が出てくる。スタジオ・ツアーはこの後、ジョーズが池から飛び出して来るヤツ、見たことある家に一見好青年がいると思ったら胸から包丁を取り出しやがった。↓「サイコ」やね。
しかしその後出てくる何の映画かは知らないが飛行機事故を再現したものはちょっとどうかなと思った。やり過ぎに思える。日本では絶対に展示出来ない代物だよ↓。機体はなんだか全日空っぽいしー。
しかし、このスタジオ・ツアーは日本のUSJにはなくユニバーサルスタジオハリウッドに来たらお勧めのアトラクションだ。ただし40〜50分ほどかかるので余裕を持って乗り込もう。

ユニバーサルスタジオハリウッドは構造上、場所がアッパーとロウアーに分かれている。互いに行き来するのに大きなエスカレーターを4つ乗り継がなければならない。特にロウアーは一通りクリアしておかないとアッパーから戻ってまた行くのはちとしんどい。そこでロウアーの主な乗り物、ジュラシック・ワールド・ザ・ライド、トランスフォーマー・ザ・ライド3-Dとさっき書いたリベンジ・オブ・ザ・マミーの3つに乗ってここはおしまいにした。ジュラシックはディズニーで言えばスプラッシュ・マウンテンとほぼ同じだ。当然最後は水がかかる。トランスフォーマーは映像に合わせて乗り物が動くものでハリーポッターを少し優しくしたような感じ。いずれも乗りごたえはある。マリオカート・クッパの挑戦状は人気があるようだがパスが使えないし昼からは2時間待ちとかで早々に諦めて行列から脱出した。

昼食はロウアーにある中華料理店で炒飯や揚げ物など食べ結構お腹いっぱいになり、アッパーへ戻った。ここのメインは朝乗ったハリーポッター、スタジオ・ツアーのほかにジェットコースターものや映画と組み合わせて乗るタイプ、子ども向けの乗り物(ミニオン、カンフーパンダ)などあり、中でもワイルド・スピード:ハリウッド・ドリフトは絶叫系のジェットコースターで長蛇の列。なんと今年9月16日にオープンしたばかりだった。私たちは最初から乗る気はなかったが一般には一番人気かもしれない。怖すぎるやろこれ↓。
あとはミニオンの店で孫たちのシャツなどを土産物として買った。そして最後に入ったのがリアルアクションショーの「ウォーターワールド」だ。これは以前USJでも見た。ただ演者らがやたらに前列客に水を掛けたり、水しぶきを飛ばしたりとお構いなしだった。私たちはショー開幕前にそこにいたら隣に透明な合羽を準備している客が数人いて、カールが「ここやばいよ」と後ろの高い席に移動して正解だった。↓もうびしょ濡れだよ〜。
しかし、高さのあるダイブ、銃撃戦、そして爆発のある演出など、USJで見たときより迫力があり、さすが本場だなと思った。演者らも本当に水の中に落ちたりするので体力もきついはずで20分の上演が1日3回くらいしかないらしい。私たちはちょうどいいタイミングで見ることが出来てラッキーだった。

ユニバーサルスタジオハリウッドを回って思ったのが日本人客が意外に少なかったこと。ロサンゼルスの他の場所は日本人だらけの印象だったけど、ここは地元の人たちが多かった。思えば日本人にはUSJがあるからわざわざ同じようなアトラクションが多い遊園地に行かなくてもってことかな。でも約20年ぶりの私たちには十分楽しめた。帰りもウーバーで。今度は中華系のドライバーでこの人は最後まで一言もしゃべらなかった。へたな英語で応対しなくても済むのでこっちの方が気楽でいいわ。

ホテルに帰ったらそのままベッドで仮眠を取った。やはり、疲れは残る。そして19時くらいに夕食どうするべとなったがホテル近辺には飲食店ないし、今から1km先のコンビニも遠いしでそれまでに買っていたジャンクフードでやり過ごすことにした。その後、私はTVでNFLのカンザスシティ・チーフス対インディアナポリス・コルツ戦をライブで見た。第4クォーターに入っていてなんと27対27で同点、そのままオーバータイムに入った。
レギュラーシーズンの2試合目なのにスタジアムはチーフスのファンで赤一色。9万人近い観客だったんじゃないか。すごい。アメフトがアメリカで一番人気だってのも実感できる。この2チーム、チーフスはこの10年でスーパーボウルに5回出て3回チャンピオンに輝くなど全盛期だが、コルツは低迷していてここしばらくポストシーズンにすら出られていない。しかし今日は五分の戦いをしている。どっちが勝つかを見届けせずしてシャワーも浴びられない。結局、自力に優るチーフスが33対30で勝利した。その瞬間、勝利の祝砲が巨大スタジアム全体に吹き撒かれた。ド派手な演出やー。
まるで優勝でもしたかのよう。レギュラーの試合ですらこれか。アメリカの地力を見せつけられたわ。

この後、こてる日記をどうにか書き終え、またもやベッドに潜り込み、その後は爆睡・・でした。