「月間保団連」の7月号(NO.1480)の巻頭ページの「道」に大阪の「水野クリニック」院長水野宅郎医師(1978年生まれ)が紹介されていた。この巻頭ページに紹介されるのは医師よりも他分野で活躍されている方が多く、この1年で言えば報道記者、大学教授、書籍編集者、獣医師、洋傘振興会の事務局長などである。だから、おやと思い見てみると、なんと「少年院を出て医者になった」とあるではないか。本人談からいきなり始まっていた。
かつて少年院にいたことがあります。中学時代のシンナー遊びに始まり、18歳で自販機荒らしや覚醒剤取締法違反(使用)容疑でも逮捕され、少年院に送られました。少年院で行われた内観療法により、これまでの自分の行為を反省する中で、子どもの頃に父のような医師になりたいと思っていたことを思い出しました。
医学部受験に向けて、父と猶予は3年間だけ、と約束しました。田中さんとは保護司と対象者の関係が終わってからも、勉強に行き詰まると話を聞いてもらっていました。「1回や2回の失敗、気にするな」「医者になって、俺の死亡診断書を書いてくれよ」と励ましてくれました。
猛勉強の末、約束の期限の3年目に金沢医科大学に合格。医師になり、2020年から父のクリニックを継いでいます。日常診療の傍ら、いじめなどで不登校を経験している通信制サポート校の生徒さんに向けて、自身の経験について講演することもあります。かつての自分のように、もやもやした感情をくすぶらせている彼らに何かできることはないかと思いながら、「心からやりたいことを見つけてほしい」と伝えています。少年院で講演する時は、少年院にいた経験がある自分だからこそ、伝えられることがあると考えながら話しています。人はささいなことで非行に走ってしまいます。 彼らの悩みや率直な思いを聞き、一緒に解決していきたい。私は多くの人に支えられて立ち直ったので、今度は自分が支える番です。
また、子どもの虐待死の報道を目にするたび何かできないかと思い、クリニックの隣で子ども食堂を始めてみました。医療機関が運営する子ども食堂というやや公民館のような雰囲気のためか、実に多様な人が訪れます。おしゃべりする中で、地域の人々の暮らしの様子や医療をはじめ様々なニーズを知ることができます。会員の先生方で子ども食堂に関心のある方はぜひチャレンジしていただきたいと思います。
せっかく取らせてもらった医師免許です。地域医療のため、子どもたちの未来のために存分に活用していきます。
現在は大阪府河内長野市で地域に根差した「町医者」として診療に尽力する傍ら、各地の講演会で自身の波乱万丈な実体験を通したメッセージを発信、子ども食堂の支援などを精力的に行っている。

























