2026年8月28日金曜日

映画「ハウス・オブ・ダイナマイト」の意味すること

最近は私の3大Hobbyのうちの囲碁とボウリングを全くやっていない上に、麻雀も一休みしようとしている。そんな中、いったい何を楽しもうか。

メジャーリーグ観戦もやってはいるが、このところの大谷が調子悪くその影響でドジャースも今一つ調子が悪くて、観戦している私も乗り切れない。今年のドジャースって強いチームには弱いが弱いチームに強いという特徴がある。ナ・リーグ中地区首位のブルワーズには1勝3敗で負け越し東地区1位のブレーブスにも3連敗した。その代わり4位5位に沈むロイヤルズやパイレーツにはどちらも3連勝している。強いチームには負けて弱いチームには勝つのは当たり前だろうと言いたくなるが、昨年など弱いエンゼルスに0勝6敗するなど弱いチームに負けていい成績のチームには勝ち越したりしていたんだ。このところのドジャースは強いチームにも弱いチームにも常に接戦で勝つのも負けるのも1点差ってのが多いのよ。常に同じくらいの力を出しているとも言えるか。今はまだ8月末、ここから少しずつ調子を上げて9月末から10月にかけてピークを持って来る腹づもりならこれでいいのかもしれない。レギュラーシーズンで0勝6敗に終わった強豪ブルワーズにはナ・リーグ優勝決定戦で逆に4勝0敗とスィープしたしね。

メジャーリーグは置いておいて、割りに暇な時間のあるこの時期にYouTuberがお勧めする面白そうなドラマや映画のを視聴をしてみようと思った。その中で某YouTuberが「私のお勧め4つの映画&ドラマ」にNetflix映画「ハウス・オブ・ダイナマイト」、米ドラマ「捜索者の血」、韓ドラ「寄生獣」、日本映画「でっちあげ」があった。特にお勧めが「ハウス・オブ・ダイナマイト」だというので、今日それを見た。

どういうストーリーかと言えば、舞台はアメリカの終末もの政治スリラー映画で、ある朝、発射元が不明(ロシア、中国、北朝鮮などの可能性)のミサイル(ICBM)がアメリカに向けて突如飛来し、着弾するまでの緊迫した19分間を描いたものだ。19分をほぼリアルタイムで描くのですぐに終わっちゃうじゃないというなかれ、ホワイトハウスのシチュエーションルーム、核戦略司令部、そして大統領という3つの異なる視点から、同じ19分間が繰り返し描かれるのだ。これの緊迫感がすごい。もし自分がそれぞれの立場にいたら・・と観客もしくは視聴者に考えさせるのがこの映画のテーマだろう。

「ハウス・オブ・ダイナマイト」というイトルの意味は、私たちが暮らす世界や安全保障の体制が、いつ爆発してもおかしくない「ダイナマイトの家」の上に成り立っているという脆弱性を暗示している。映画の中では発射元不明のICBMへの迎撃ミサイルは失敗に終わり、ほぼ100%の確率でシカゴに着弾し最大で1000万人近くが死ぬだろうと予想もされる。ならばアメリカはどう対処すべきか。泣いている女性職員もいるし、国防長官か誰かはええっそんなことするのって行動を取るし、作中の黒人のアメリカ大統領は、側近がデータや資料を示された後「大統領、ご決断を」と報復の核弾頭ミサイルの発射許可(それにも大中小とランクがある)を求められ、顔が引きつり喉はカラカラだ。自分だったらこれにどう決断できよう。
この映画は私が見たYouTuberは最大級の評価をしていたが逆に「つまらない」と全く評価していないサイトもあった。うーん、映画をエンタメとしてみたら若干評価は下がるだろうが、作者の映画監督キャスリン・ビグロー(2008年の映画「ハートロッカー」でアカデミー監督賞受賞)は、国防の現実がいかにいあやうくて、危ないダイナマイトが敷き詰められた家の上にのっかているようなものだという比喩を見事に視聴者に実感させている。その意味で私はいい作品だったと思う。

いや、ふと現実に戻って今のアメリカ大統領ってドナルド・トランプだよね。ちょっと、怖いよー。

2026年8月27日木曜日

一杯飲み屋にやって来る男性たち

カールは今、旧盆中の沖縄に行っている。今年の旧盆は8月25〜27日だ。25日のウンケー(お迎え)の日には母方の従弟が実家跡に新築をしたこともあってそこへ行き、今日の27日のウークイ(お送り)の日は父方の叔母さんの家に行き従弟妹らと楽しいひとときを過ごしているようだ。

特に父方の義愛おばさんはカールが沖縄に着いた23日にも「夜、いっしょに飲みましょう」と那覇市松尾の牧志公設市場近くにあるBARでお酒をたしなんだそうだ。お昼12時から夜22時まで開いていて、お店のスタッフや常連さんもフレンドリーな「ワンコインバー(一杯飲み屋)」で、実はその店、義愛おばさんの長女ちーかーさんが経営していてアルコール1杯が500円のワンコインで飲めるんだそうだ。現在は物価上昇もあり1杯600円〜650円になったそうだが、中高年の男性客中心にいつもお客さんが絶えないとのこと。そして客の半数くらいは県外から沖縄に移住してきた人たちが多いそうだ。↓はネットで拾った画像。客はやはり中高年男性やね。交代で何人ものママ役がいるんだとか。
↓右が店主のカールの従妹ちーかーさん。二人とも服が派手〜。
カールは沖縄に行くと何度もこの店を利用しているそうで、時には他の客からお酒やつまみをおごってもらうこともあるとか。え、セージやチッチも行ったことがあるって?なんだ私とテル以外みんな行ったことがあるんかい。まあ、お酒飲めないから仕方ないか。

で、面白いのが義愛おばさんが言うことにゃ「ここに来る特に年配の男性たちはねー、家では奥さんらにうっとうしがられているみたいよー」なんだって。その中の一人、60代半ばの私と同じくらいの男性は大学教授までしていたそうだが、最初の奥さんの時、ある日家に帰ったら奥さんと子どもらの荷物一式がなくなっていたそうだ。逃げ出されてしまい裁判沙汰になるも結局離婚する羽目になった。養育費も払い子ども4人は立派に育っていったのは何よりだった。まあ外での飲み歩きが続き、家をないがしろにしたのは自身のせいなんだろう。しかしーだよ。2番目の奥さんもある日帰宅したら家にいなかったそうだ。そして数年前に3番目の奥さんと結婚していた。その奥さんは沖縄に旅行に来ていて飲み屋で知り合ったんだとか。現在は「外で飲むのは日曜日だけ」と釘を刺されているも「もう1日飲める日を・・」と奥さんにお願いしているそうだ・・(‾□‾;)。また80歳を過ぎてもちょくちょくやって来るオジさんは、有名大学卒でどこかの議員もやっていたそうだが、今は奥さんにけっこう疎まれている。離婚されるまでには至っていないが、食事の時は「チーン!」と呼び鈴を鳴らされ、ご飯のために2階から降りてくるんだとか・・。

うーむ、この手の男性は飲むのが好きなんだろうな。私やその麻雀仲間のサブアラド、見せたまえ、腹出しDrなど私同様ほとんどアルコールを受け付けず飲み歩くなんてもってのほかだ。学生時代いっしょに麻雀をしていたバンバ君なんか飲むのが好きだったから自然と麻雀から離れていった。バンバ君は私たちが還暦過ぎても月に1、2回集まって麻雀に興じているのを知って「まだやっているんか」と呆れているそうだがネ。

カールの昔からの友人には家庭的で料理を作るのが大好きな人がいたが、最初の結婚の相手は飲み歩きが好きな人で「妻が家で料理作って待っているのがプレッシャーで」と別れてしまった。しかしその後家庭的な男性と結婚した。面白いのはその男性の元奥さんだが、主婦に収まるのが嫌いで仕事をしたがる人だった。そこですれ違いが生じ離婚してしまい、その後カールの友人と出会い、二人とも今は幸せに暮らしているという。相性が合わない人同士とは上手く行かず、価値観や相性が一致すれば結婚もうまく行くってことやなぁ。

ちなみにカールによると「テルくんが飲み歩きしない人で良かった〜」だってさ。私がアルコール受け付けない体質で良かったネー。

2026年8月26日水曜日

高田みづえがスナックで歌った曲

てげてげ先生からLINEに動画付きのメールが来ていた。何だろうと開くと、なんと高田みづえがスナックでカラオケを歌っている動画だった。

高田みづえと言えば、昨夜のNHKの「うたコン」で一夜限りの復活と題されて生歌を久しぶりに披露したばかりだ。ちょうど国分での消防と医療関係の会議が終わっての車中、たまたまNHKを付けたら彼女が「私はピアノ」を歌っている最中だった。歌い終わった後、手で上手く歌えなくてという仕草をしていたがそんなことはなかった。ステージにはほぼ同期だった岩崎宏美や榊原郁恵もいて昔話を語ったり、彼女の現役時代のバラエティー番組の様子や若嶋津との婚約披露、そして紅白最後のステージの映像など出てきてほぼ彼女のワンマンショーのような内容だった。

最後に歌ったのがデビュー曲の「硝子坂」でこれはさすがに歌い慣れているだけあって聞き応えがあった。今は亡き若嶋津はこの曲がお気に入りだったそうで、病床でも耳元で彼女は歌って上げたらしい。

おっと、なんでてげてげ先生がおそらくはプライベートな高田みづえのカラオケ動画を持っていたかというと、先生と高田みづえは生まれが旧頴娃町の耳原(みみはら)でいっしょなんだが、先生の従姉妹らが地元と東京でスナックをやっていて同郷で知り合いの高田みづえもよく来るんだそうだ。そして来れば必ずカラオケを歌ってくれるんだそう。で、地元の従姉妹の姉の方から動画が送られてきたってわけ。で、何を歌っていたのか。それが彼女自身の曲じゃなかった。聞いたことがある歌で演歌っぽいぞ。最後が「♪〜もう一度逢いた〜い」で毎回終わる。あは〜、これは八代亜紀の曲でその名も「もう一度逢いたい(1976年)」だわ〜。

↓は「もう一度逢いたい〜」と歌っているところ。

いやいや、楽しく歌っているねぇー。昨日のNHKの番組は反響があったようで、各スポーツ紙はどれもそれを取り上げていた。そのあおりか、こてる日記の10年前の投稿も結構アクセスがあって今週のどの投稿より多かったぞ(2016年5月15日「高田みづえ頴娃を知らしめる」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2016/05/blog-post_15.htmlついでに関連投稿であるその翌日の「南国情話」考https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2016/05/blog-post_16.htmlも増えていた)。また、高田みづえの娘氏が「昨日テレビに映る母は、私が初めて見る表情をしていました」とインスタグラムに投稿し、「自分のためではなく家族のために生きてきた母が自分の足で一歩を踏み出した」姿に思いをはせていたようだ。私やヒトミンチョは耳原の隣の大川の出身で、私は小学に入る前に鹿児島市で転居したため彼女を直接は知らない。しかしヒトミンチョは中学で同じクラスになりそれからずっと友人で大相撲の鹿児島巡業の後の松ヶ根部屋の忘年会かな、それにはちょくちょく参加していた。その席では彼女はマイクを握って歌うことはあったそうだ。

歌手を辞めて、大相撲の部屋の女将になり、その後夫に先立たれ、子ども二人も独立した今、高田みづえは第三の人生の時期と言えるだろう。明るく歌う様子を見てきっといい人生を送るだろうと思ったよ。

2026年8月25日火曜日

「チェック!かごしま」に青雲会病院

午前11時半過ぎのLINEに奥まるさんからメールが来ていた。

「(KTSの)チェック!かごしまで青雲会病院の取り組みが放送されていました、何となく見ていたらこてる先生が映っていました👍」

あは、そうだった。8月1日の病院の職場体験学習の模様が去年に引き続いて8月25日のKTS「チェック!かごしま」で紹介されると聞いていた。その時に院長講話として高校生相手に10分ちょっとスピーチしたことは日記ネタにもしていた(「去年と同じ土曜日の過ごし方」→https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2026/08/blog-post.html)。TVでも放送されるとのことで、青雲会病院の元ドクターでもあった奥マラDrの奥さんの奥まるさん(奥がやたら続く)がたまたま気が付いて教えてくれたのだ。

病院の紹介から始まり、高校生とその保護者を相手に医療現場を知ってもらおうとの主旨の会で、私のスピーチしている動画は約5秒ほど流れていた。画像を直接載せるのははばかれるのでイラスト化して載せよう↓。

わずか1分ほどの間に心肺蘇生のやり方や手術室で器具を使っての模擬操作、器具を使ってのリハビリの様子なども動画で紹介されていた。

さらにカワゼンDrが「やりがいがあるし、途中で飽きるということがない。自分の人生をかけて行っていい職業だと思う」と実にいいことをマイク片手に語っていた。

そうなんよねー。私も自分のスピーチで、最初はそんな気持ちもなくて学校に入り、卒業してもまだふわふわした気持ちが残っていたところ、青雲会病院で働くようになって医療界で生きていくことの素晴らしさと充実感が分かったことを強調したんだった。

今回の放送は一般の人があまり視聴する時間帯ではなかったけれど、少しでも医療界に携わってみようという若い人が増えることを期待したいね。

2026年8月24日月曜日

今日のスピーチはフランス語講座

週初めの職員朝礼、今日のスピーチはリハビリのST(言語聴覚士)海天山森さんだった。彼女は就職2年目の若手STである。最初は恒例のスピーチタイトル「私の夢」でお決まりの知識を増やし力を付けて患者さんのために頑張りたいという内容だったが、それは簡単に済ませ、自分の趣味や活動をメインに話し始めた。ふむ、これのパターンがいいよと2週間前の私のスピーチでも言いたかったことなんだ。

お菓子作りや伝統工芸をやっている母の手伝いなどをさらりと紹介した後、彼女は「フランス語の習得」にハマっていると語り出した。ほう。高校の時の修学旅行でフランスに行ったのがきっかけだそうで、うちのテルもフランスに行って一時だけ彼の国に関心を持っていたな。でも彼女はフランス語を学びたいとフランス語検定5級合格もしたそうだ。えらい!
で、この後彼女、スピーチというよりはフランス語講座を行ったんだ。ハハハ。
いや〜、フランス語って発音が独特で難しく感じるね。文字も英語読みとは全く違うしー。例えば上のスライドにもあるように「ネコ」は「chat」と一見英語の「cat(キャット)」と同じような単語に思えるが、発音は「シャァ」に近い。「イヌ」に至っては「chien(シエ(ア)ン)」と全く違う。それに単語にも性別があるしー。

海天山森さんはほぼフランス語講座スピーチを堂々とやってのけ、これが可愛いんだ理事長始め、職員らには好評だった。そう、自分の好きなもの、ことをどんどん朝礼で語ってくれればいい。その人の人となりがよく分かるし、それがきっかけでコミュニケーションが良くはかれるようになる。

私が知っているフランス語って上のスライドにもあるように「メルシー」「ボンジュール」くらいで、他に小学生の時に読んでいた「怪盗ルパン」によく出てきた「さよなら」の「au revoir(オ ルボアール)」くらいか。その時の本にも出てきたのが「(永遠の)別れ」を意味する「adieu(アデュー)」とは違うということだった。確か登場人物の一人が「これはau revoirじゃないadieuだ(これはさよならじゃない永遠のお別れだ)」と言ったのが印象に残っている。子ども心に、将来フランス語でさよならを言う時には間違ってアデューと言ってはいけないオ・ルボアールって言わなきゃ、なーんて思ったものだ。

海天山森さんとはリハビリとの飲み会で少し挨拶したくらいしかなかったが、今度はフランス語ネタで何か話してみようか。と言ってもオ・ルボアールくらいしか言えないが・・( ・_・;)。

2026年8月23日日曜日

韓ドラモード

「空から降る一億の星」を朝から夕方までに一気見し、見終えた。2日前に見始めたので全16話を3日で見終わるには倍速での視聴が不可欠だった。とにかく韓ドラYouTuberの言うところの「結末の衝撃」を早く体験したくてねぇ。

で、ネタバレするわけにはいかないから詳細は書かないが、確かに衝撃と言っていい結末ではあったものの、それを「なぜか2回目も味わいたくなる」にはならない。韓国版はオリジナルの日本版とは主人公たちの状況や生い立ちは違うのだが、結果的には同じ結末になる。脚本家はその結末ありきで物語を進めていったのだろうからどうしようもないが、作中人物たちに思い入れをもって視聴している立場からは「もうちょっと別の選択枝はあったんじゃないか」と言いたくなる。昔の韓ドラにも同様の結末になり名作といわれる作品はいくつかあったなぁ。この手の作品は視聴者に強い余韻を残しやすい。それこそドラマチックだ。しかし私の望むような結末ではなかったのでもう1回見たいとは思わなかった。はぁ・・。

韓ドラを3日も集中して見ていれば他のことがおろそかになる。ネット麻雀はいっさいやっていないし、ワースポ&MLBを見るのも遅れ、日記書きも遅くなった。しかし、YouTubeでは「次に見るべき韓ドラ」ってなサイトをまた見ている。やばい・・。

2026年8月22日土曜日

甲子園活躍校盛衰記

2日前の日記にも書いたが、いつも夜21時以降にアップロードする「こてる日記」を朝8時半に行った。「こてる日記」が2日遅れでアップするようになっているため、午前10時の夏の甲子園決勝開始前にその予想を書いておくためだ。

このところ決勝の結果予想はほぼ当たっている。難しかったのは2年前の京都国際対関東第一くらいか。これは分からず予想しなかった。よく覚えているのは2015年の東海大相模対仙台育英戦で、「優勝確率は東海大相模55%仙台育英45%」で接戦だろうがわずかに東海大相模有利と予想した。すると東海大相模が5回までに6対3と先制、6回に仙台育英が追いつき6対6となり終盤へ。9回表に相模が決定的な4点を入れ10対6で夏2度目の優勝を決めたのだった。

で、そのことを2015年8月22日のこてる日記に書いている。今日と全く同じ日付だ(ただし決勝の試合は8月20日に行われた)。以下にそのまま再掲する。

2015年8月22日「高校野球・バクチと予想」

夏の甲子園も終わって2日経った。今年は例年になくハマって観戦したのでいわゆる〇〇ロス症候群じゃないけれど何かがぽっかりあいて消失したような感覚が残っている。

今回、初戦を見た各校の戦力では東海大相模と仙台育英の2校が抜けていると感じ、途中クジで当たらなければこの2校が決勝に残るだろうと予想した。ホントだ。結果が出てからならいくらでもそう言えるだろうと思われるのがイヤだが正直にそう思っていた。野球などしたことがないけれどずっと高校野球を見続けているからだいたい分かるものなのだ。で、決勝直前、内視鏡室助手のスタッケイ君に「どっちが勝つと思う?」と予想させると「仙台育英です」と即答だった。私は「ううむ、パーセントでいえば55対45くらいで東海大相模有利だな」と言った。そうですかぁといぶかしげだったが、中盤6対6の後相模が押しきった内容からしてだいたい当たったといえるだろう。後で彼に「どうだ」と言うと「参りました」と頭を下げていたよ。

ならば世間地下で行われていると思われる高校野球賭博などやれば勝てるじゃないか?でもそれはダメなのだ。例えば2回戦の鹿実対中京大中京戦、予想では実際この日記にも書いたとおり中京有利とした。従ってバクチするならそっちに掛けることになろう。しかし心情的には鹿実を応援しているので試合を楽しめず予想どおりにお金が入ってもしっくりこない。もし全試合掛けの対象にしてしまえば高校野球観戦が楽しめなくなる羽目になる。あれは純粋にバクチ好きな人がやるものだろう。

実はもう27、8年ほど前のこと、出張した病院では驚いたことに事務局がごく少額だが職員に予想クジをさせていた。私は予想と期待がごちゃごちゃになって当然のように外れてしまった。そのたった1回の経験で高校野球オタクはバクチには向かないと悟ったのだった。

この日記も今年と同じ2日後の8月24日にアップしている。事実は上に書いてあるとおりなのだが、いかんせん結果が分かってから書いたものなので「東海大相模有利」を予想したという真実味が薄い。だから今回は試合開始前に書いておこうと思ったのだ。

いや〜、しかし序盤に智弁和歌山が2点先制していると知った時は「ふむふむ我の予想通り」とほくそ笑んだ。外来仕事中で急遽緊急大腸内視鏡をする羽目になりその準備をしていて試合経過をチェックすると、なんと8回表に健大高崎が1ー2から2ランホームランを打ち逆転していると知った時は「ゲゲッ」となった。いや、心情的には健大高崎の初優勝も見てみたいとは思ったが、今回は事前予想をネット上で智弁有利と宣言しているので残り8回9回で同点もしくは逆転をして欲しいと思った。すると8回裏に智弁はチャンスをつかみ1死2、3塁からスクイズを仕掛けた。これが決まり3対3の同点!このシーンを見てから安心して私は大腸内視鏡検査に向かった。いやいや内視鏡検査も落ち着いた気持ちで行わないとねー。

検査が終わって結果を見たら4対3で智弁和歌山が勝っていて「ふむ、予想通り」ってニンマリしたが、まさか暴投での決勝点だったとは後で知った。これで智弁和歌山は夏4度目の優勝でPL学園とならんで5位タイとなり、これはなかなかのものだ。ちなみに1位は中京大中京で7回。2位は6回の広島商、3位は5回で松山商と大阪桐蔭だ。戦前からの古豪がいまだ優勝回数が多い中、大阪桐蔭と智弁和歌山は1990年代から台頭してきた新興校で30数年でこれだけ優勝回数を重ねているのはすごい。特に大阪桐蔭は夏5回春5回の優勝で合計10回は1位中京大中京の夏7回春4回の合計11回に迫っている。しかも大阪桐蔭、決勝戦は10回出てすべて勝っているのはすごいとしか言いようがない。

高校野球オタクは試合が終わっても優勝回数記録などをチェックする。そうやって味わい尽くすのがオタクたるゆえんなのだ。そうそう、11年前の日記で書くのを忘れていたことがあった。東海大相模は夏は2回優勝したと書いたが、奇しくもそのスコアは10対6でいっしょなんだ。昭和45年夏の決勝は東海大相模とPL学園で行われ10対6で東海大相模初優勝を遂げた。その時私はまだ」小学5年生で「あまり聞かない珍しい名前の学校が2校出てきて10対6なんてとんでもないスコアの試合をやった」という記憶がある。それまでは「〇〇商」といった公立校が多く出場し、私立では日大の系列校はよく聞くけれど、東海大系なんて初めて聞いて「東海大相撲(とうかいおおずもう)ってお相撲さんが高校野球に出るの?」ととんでもない勘違いをしたくらいだった。さらにPLとかローマ字の学校名なんてへんちくりんだなと感じていた。その後PL学園は昭和51年にも決勝に進むが桜美林に敗れまたも準優勝。広陵のように準優勝癖が続くのかと思いきや昭和53年に逆転逆転で初優勝を遂げる。そこからの10年間の活躍は凄まじく夏4回春3回も優勝している。特に昭和62年の立浪らを擁しての春夏連続優勝では夏優勝を私は甲子園で観戦していたこともあって思い出深い。その後もPL学園は甲子園によく出場し一番の有名校となっていたのは多くの人が記憶にあるはずだが、実は昭和62年(1987年)をピークにその後一度も決勝戦の舞台には立てていないのだ。松阪擁する横浜との延長17回の死闘は1998年夏準々決勝だし、1999年春の準決勝沖縄尚学に敗れたのと2006年マエケンこと前田健太を擁して春に準決勝に進んだのが最高成績なんだ。実はピークを境にゆっくりと下がり続けていたのだ。今では10年くらい前に野球部は休部となり、PL学園そのものへの入学者が減って学校の存続すら危うい状況だ。これはPL教団そのもののが信者減少や高齢化に伴い衰退し、学校への財政的・組織的なバックアップが出来なくなったからだろう。

智弁和歌山も2000年夏の2度目の優勝を境にゆっくり低迷期に行きそうだったが、2021年の3度目優勝以降は常勝軍団になりつつある。それはなぜかというと、中谷仁監督が就任した後の2019年秋に寮が新設されたのが大きいと私はみている。それまで同校の野球部には長らく寮がなかったが遠方からの県外生や選手たちの体づくりを支える環境として新設され、優秀な選手が入りやすくなったのだろう。大阪桐蔭と履正社はどちらも大阪の強豪校だが2校の違いは寮のある大阪桐蔭とない履正社ではっきりしていて、寮がある方が選手も集めやすいしミーティングその他選手をまとめやすくそれが戦績にも出ているように思える。今の時代、県内外の優秀な選手をいかに集められるか、それが出来るか出来ないかで甲子園出場その後の活躍度合いに差が出るのだ。

最近は私立校が全盛で公立校が衰退しているのもそんな理由があるわけだった。

2026年8月21日金曜日

韓ドラの「空から降る一億の星」を見始める

今日から韓ドラをまた見始めた。韓ドラといっても元は日本のドラマで2002年フジTVの月9の木村拓哉主演の「空から降る一億の星」である。これが2018年に韓国でリメイクされた。主演はソ・イングク。これまで彼のドラマは「応答せよ1997(2013)」「ショッピング王ルイ(2016)」などを視聴したことがある。今回MJ室長という韓ドラYouTuberが何度も自身のサイトで推していた。タイトルは聞いたことあったが、私は全く見たことがなかったドラマで、カールに尋ねると「ずいぶん昔に見たわよ」とのことだった。その「あなたの心にサランヘヨ」のMJ室長さんが「韓ドラオタクが2回以上見た保存必須の韓ドラ5作」と題してアップしたショート動画の1番目にあったのが「空から降る一億の星」だった。

2回以上見ることが出来るドラマ、映画は名作が多い。MJ室長さんがなぜに2回以上視聴したくなるドラマなのかを簡潔に紹介していて、「空から降る一億の星」は↓の画像にもあるように「1回目に知った結末の衝撃」を「なぜか2回目も味わいたくなるから」なんだそうだ。
そんなふうに言われると見てみたくなるではないか。で、明け方にさーっと見始めた。全16話もあるのでほぼ倍速で見たよ。

ソ・イングクが謎めいたキャラクターで本心が見えない。最初は女性主人公のチョン・ソミンの金持ちの友人と付き合い始める。しかしその友人は財閥のいけ好かない男性と婚約していて・・といったいどうなるんやと気を持たす。しかし話が進むにつれソ・イングクとチョン・ソミンは互いに惹かれ始める。そこで韓ドラお得意の財閥系登場人物が主人公たちに妨害をし始め・・と面倒くさい展開やなと思っていたら中盤で予想外の展開が起きる。後半はこの物語の本来のテーマに沿って話が進み・・といったところだ。私は女性主人公のチョン・ソミンを最近の「環魂(2022)」「環魂2(2022)」に出ている女優さんとは知っていたがこのドラマで初めて見た。なかなか魅力的で、MJ室長さんは2回見たドラマに「環魂」も上げていてチョン・ソミンさんがお好きなようだ。

5つの作品のうち残り3作は「二十五、二十一(2022)」「財閥家の末息子(2022)」「ボーイフレンド(2018)」を挙げていた。私はタイムスリップ系の「財閥家の末息子」は見た。確かに面白い作品だ。「二十五、二十一」と「ボーイフレンド」は若者向け、女性向けっぽい感じなので私はたぶん見ない。「環魂」は脚本家がラブコメ系作品で有名なホン姉妹で彼女らの作品は一定以上の水準にあるものがほとんどだ。ホン姉妹の作品で一番有名なのは「美男(イケメン)ですね(2009)」だろう。だが何を隠そう私の最大推し作品「ファンタスティック・カップル(2006)」もホン姉妹作品である。ファンタスティック・カップルは2回どころか3回以上見ている。ゆえに「環魂」は見るかもしれないな。

「面白い」「感動する」「胸キュン」などと最近はYouTube、インスタなどでドラマを紹介してくれるが、「2回以上見た」とその中でも信用するに値すると思っている。今回の「空から降る」はリメイクであるがまずまず面白そうだ。日本ドラマのリメイク韓ドラ作品では以前日記ネタにもした「マザー〜無償の愛〜(2018)」が出色の出来だった。見始めたら止められなくなり、特に子役の演技のうまさが光っていた。以前のこてる日記で紹介していて、この作品なんかも2回見てもいいかなと思えた。(2022年1月23日「マザー〜無償の愛〜」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2022/01/blog-post_23.html)。

夏の甲子園も終わるし、ネット麻雀も鳳凰卓に上がり一段落したので、また韓ドラ視聴モードに入ってきたようだわ〜。

2026年8月20日木曜日

1ー0

今日は甲子園のベスト4の試合が行われ、智弁和歌山と健大高崎が決勝に進出した。横浜はエースの織田翔希の調子が今一つだったうえに、智弁和歌山打線にしっかり対策されていて、特に織田君の速球を狙いすましてライトスタンドに打った楠本龍生の3ランホームランで勝負がほぼ決まった感じだった。

健大高崎は天理相手にまた1対0で勝った。1ー0の試合が今大会は全部で5つもあり、そのうち3つを健大高崎がやっている。すごい。もしかしたら一大会で3試合もの1ー0試合をやっているのは初めてかもしれない、たぶん。というのも低反発以前の約20年間で1ー0の試合は一大会に0.9試合であるかないかくらいで、木製バット時代でも一大会1.8試合程度だった。ところが2024年の低反発バット全面導入時に1ー0の試合が5試合も出現した。なんと健大高崎はここでも1回戦で香川の英明相手に1ー0で勝っている。ただ去年は沖縄尚学が金足農に勝った1試合のみで以前と変わりなかった。今年はすでに5試合あるからどちらかと言えば今後も増える傾向にあるかもしれない。

大会の全ホームラン数はここまでなんとたった7本。今年のセンバツですら9本出ていたのでもしかしたら試合数がずっと多い夏の大会が春の総ホームラン数よりも下回るかもしれない。そうなったら1995年の春18本、夏13本以来の珍事になるかも(ちなみに金属バット導入以来その一度きりしかない)。私が甲子園を見に行った2006年はボールも飛ぶタイプが使われておりなんと当時の記録の60本ものホームランが飛び出したのを覚えている(大会記録では2017年の68本が最多)。金属バットとはいえ2年前から低反発性の仕様になり飛距離が5mから10m落ちたそうだから以前の木製時代に戻ったかのようだ。これまでいかに飛ぶバットの恩恵で高校生がホームランや長打を打ってきたかがよく分かる。

智弁和歌山は昔から打線のチームを作って来て打ち勝っての優勝というのが多い。しかし負ける時は1回戦コロリも意外とある。それに対して高知の明徳義塾は1回戦はほとんど勝つ。しかし大会が進むにつれベスト8くらいで負けるケースが多い。それはなぜなのかを10年くらい前に私はこの日記で検証してみせた。2015年8月9日「なぜ智弁和歌山は惨敗したのか」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2015/08/blog-post_9.html

さて、今のこの日記を書いているのは8月22日の午前8時ちょうどである。いつもなら2日前の8月20日分の日記をアップするのは8月22日の21時以降になるがもうアップしようとしている。というのも甲子園の決勝が午前10時には始まるからだ。この時点で決勝の予想をしておかなくては。結果が分かってから「ほら、私の予想通り」と言えないからー。(昨夜アップの8月19日分の日記「TSUTAYA城西店にはDVDはもうない」は↓にあるから、そっちも見てね)

で、打撃の智弁和歌山対投手&守備力の健大高崎の勝負の行方は・・・私の予想では智弁和歌山だ。時に守備にほころびを見せる智弁和歌山も今大会はほとんどない。健大高崎も投手戦にもっていければ勝機はあるが・・。もし1ー0の試合結果なら優勝は健大高崎だろう。AIに尋ねると「わずかに健大高崎が有利」と出た。ほほう、AI対こてる対決も楽しみだぁ。おっと今日は土曜午前も仕事がある。もうそろそろアップして出勤せねばー。

(はっはっはー。決勝は4ー3で智弁和歌山の優勝だった。私の予想、ピタリだったねぇー。AIもまだまだやなぁ。2015年の「なぜ智弁和歌山は惨敗したのか」を読めば分かるが、智弁和歌山は髙嶋監督の頃から優勝か1回戦負けかという調整法をやるため、今大会のように2回戦から登場で調整がうまくいくと、大会後半に体調が良くなり打撃陣が好調を維持し優勝確率が高まるんだ。5年前に優勝してからの夏出場は3回ありすべて初戦負けだったというのもいかにも智弁和歌山らしい(笑))

2026年8月19日水曜日

TSUTAYA城西店にはDVDはもうない

午後は早帰りして歯医者に行った。インプラント作製後の調整のためだ。インプラントには歯の神経がないので違和感があっても本人は異常を感じにくいらしく、薄い色紙を何度か噛み噛みして「少し削りますねー」とあのキーンという嫌な音を数回聞かされた。ただトータル30分もかからず終了したのはよかった。また1ヶ月後、3ヶ月後、半年後と通わなくてはならない。しかし、そうすることで歯のメンテナンスをしていると考えればいいかも。だいたいが歯医者には通わず、自分でいい加減な歯磨きだけでやり過ごし、いつのまにか虫歯や歯槽膿漏で歯をダメにしてきたからインプラントなんかをせざるを得なくなったんだ。結果、えらく高くついたヨ。

帰りにTSUTAYA城西店に寄ってみた。なにかいい本、雑誌はないか〜って。以前は2階にレンタルDVDがいっぱいあったが、いつの間にかなくなっていた。その代わりにフィットネスジムになっていた。

レンタルDVDはTSUTAYA田上店に統合されたらしい。ていうか、田上店ではまだレンタルDVDをやっているんだ。いまではビデオ見るのもネットの各社配信サービスが便利でしかも安くなることが多い。でもお年寄りとか直に手に取って見たい層がいてどうにか成り立っているのかもしれない。

レンタルビデオが始まったのが昭和の終わり頃で、ビデオデッキを買った頃は盛んに利用し主に映画を見たものだった。平成に入ってしばらくしてDVDが主流になり、2000年以降特に韓ドラにハマった2007年からの1年間は1枚2話のドラマを8枚から10枚(全16話〜20話)借りて1週間もしないうちに一気見するのが常だった。調べると半年で30作品(!)も見ていた。1年経った頃、さすがにペースが落ちてきて50作品目ごろから2ヶ月に1作品くらいのペースに落ちていった。

DVDレンタルの一番のネックは借りてまた返すという行為が面倒だったことだな。2010年代以降は年に1、2作品しか見なくなっていたところ、2019年7月にたまたまAbemaTVで「トッケビ」をやっていて視聴がタダだった1話2話を見て続きを見たく、1ヶ月加入して全部を見終えた。そこでネット視聴の便利さに目覚めて、その後は韓ドラ作品を多く抱えるUーNEXTに入ってまた韓ドラ視聴熱が再燃したんだ。「トッケビ」がちょうど80作目の韓ドラで、2019年半年で19作品、2020年にはNetflixも視聴するようになって37作品とほぼ同じペースで見ていた。ただしさすがに2021年以降はペースが落ちて年10作品くらいに落ち着いた。現在189作品を完全視聴済みだから、たぶん多くの人より韓ドラは見ている方だろう。

ネット視聴時代でみんなにお勧めな作品はたくさんあるが、誰にでもお勧めできるものとなると結構限られるか。ラブコメでは「力の強い女ト・ボンスン(2017)」だが、UーNEXTのみの配信だ。Netflixでは有名な「愛の不時着(2020)」「イカゲーム(2021)」は定番でまあお勧めだ。サスペンスでは日本でもリメイクされた「シグナル(2016)」がいい。これはAmazon PrimeやAbemaTVでも見られる。タイムスリップものではあまり知られていないが「ナイン~9回の時間旅行~(2013)」が良かった。ただ出演者があまり有名でなくそこが弱い。最近では「私の夫と結婚して(2024)」(Amazon Primeで配信)がタイムスリップものとしては出色の出来で日本でリメイクされたのも肯ける。ホラーではゾンビ&時代劇のNetflixの「キングダム1&2シリーズ(2020)」がすごい。話数は短く映画のような出来映えだ。

でもこの配信視聴になっても私はマイベストスリーに入る「復活(2005)」と「ファンタスティック・カップル(2006)」はまた第1話から最後まで見てしまったのだ。どちらも3度目の視聴になり、これを超える視聴は「冬のソナタ(2002)」だけで6回視聴している。そうだな、この中で誰にでもお勧めなのがラブコメの「ファンタスティック・カップル」か。見続けるのが億劫なドラマも結構ある時についこの作品をポチッとやってしまいたくなるほどで、以前チッチにも勧めたら「面白かった」といってくれたよ。UーNEXTとFODで視聴可能でAmazon Primeは1話のみ無料、残り15話分は課金が生じるから少し残念だ。
TSUTAYAでDVDがなくなっているのを見て、今日は私の韓ドラ視聴ネタを話したくなった。

2026年8月18日火曜日

休む時のゲンとハナビの違い

天鳳、私は今月七段に昇段したが、サブアラド五段はなんと今日四段へ降段していた。最近絶不調だって本人も認めていたし、リアル麻雀でも今年は成績が悪い。同じ段位のたつやました五段は先に四段へ降段しそうだったのに220Pとどうにか持ちこたえている。で、近々この二人を交えてひささびにリアル麻雀の予定だったが、サブアラドDrに別用が入って代わりに腹出しDrに来てもらうことになった。別用とは実は熊本地震の影響なんだ。サブアラド妻がたまたま地震前に福岡の実家にいたのだが、鹿児島に帰りたくても新幹線が使えないため、サブアラドDrが車で今度の週末に迎えに行くことになったというわけだ。この前の私の白水館宿泊など、あらぬところで地震の余波があるもんだ。

こてる家のネコたちもカールによると地震が来た時にはビビっていたそうだ。やはり天変地異には動物は敏感らしい。しかし今日のゲンちゃんはいつものシートでお腹を出して寝そべっていた。赤ちゃんネコのころからこてる家にいるせいか、家の中で安心しきっている。

これがハナビだと絶対にお腹は出さない。家の中でも安心出来る場所を知っていて、隅っこにある椅子の上か、冷蔵庫の上か、ストーブの後ろか、2階のベッドかなど決まっている。それが最近は私のデスクの上に陣取ることが多いのよ。これが迷惑でしようがない。ノートパソコンを置くスペースが少なくなるし、マウスの動きが制限されたりして「ちょっとどいて」と動かすと「シャーッ」って抵抗したりもする。寝る方向もお腹を安全な本立ての方角に向けている。離れて見ると、ハナビは背中が黒いのでブラックなふわふわした置物にしか見えないわ〜。
ネコって擬態が得意だって、たしか岩合光昭さんもNHKの「世界ネコ歩き」でそう語っていた。ハナビも相当家ネコ化してきているが、まだまだ野生時代の癖と習慣は抜けきっていないんだ。そんな2匹の違いがわかる写真2枚、で・し・た。

2026年8月17日月曜日

予想外チームが活躍すると・・

夏の甲子園もベスト8が出そろったか。天理、三重、智弁和歌山、仙台育英、横浜、花巻東、有明、健大高崎。まあおおよそ順当な結果かな。この中では熊本の有明だけが異質だ。なんてったって初出場だから多くのマスコミや高校野球ファンもいきなりベスト8進出という予想はしにくかったチームだ。それは私もそう。でもベスト8に1校くらいは予想外のチームが出てくるってのは何年かに1回はあるからその意味では順当ってことだ。

例えば2年前の島根代表の公立校大社がそうだった。1回戦で報徳学園を3対1で破ったのも驚いたが、2回戦で長崎の創成館を延長で勝ち、3回戦の対早実戦は近年まれにみる名試合を演じた。9回裏の1死二・三塁のサヨナラのピンチで早実が「内野5人シフト」を敷き、このピンチを凌いで延長戦へ突入する展開にはしびれた。互いに延長タイブレークで相手好守備のため送りバントを決められずにいたところ、今大会初出場の大社の安松選手が見事に三塁線上に決めてチャンスを広げ、それが大社のサヨナラ勝ちにつながったところなど、今後NHKの「白球の記憶」に載せてもいいくらいの内容だった(と書いたら、チッチからすでに「大社旋風」のタイトルで放送済みとメールあった)。
他に公立校の活躍で、記憶に残るところでは2018年の金足農だ。秋田の田舎の公立校ながらエース吉田輝星を擁して勝ち進み劇的な試合で勝ち進みついには決勝までたどり着くも相手は大阪桐蔭で、吉田もさすがに投げ疲れていて13対2で準優勝に終わったが、数年後には「白球の記憶」に登場していた。その前の2017年大会では香川の三本松がベスト8進出をしていたし、2015年は秋田商、2012年は倉敷商がベスト8に進出しているが、私がよく覚えているのは2006年初出場の鹿児島工だ。直に甲子園に応援にいったこともあってベスト4にまで行ったのには歓喜というか驚きでさえあった。

ただこんな公立校の予想外の躍進というのはベスト8ベスト4そして時に決勝まで行くが最後は伝統校や私立強豪校に負けて優勝まではできないってのが相場なんだが、唯一の例外が2007年の佐賀北だ。いったい誰が開催前に佐賀北の優勝を予想しただろう。決勝も相手は広島の広陵でエースは後に広島に入る野村祐輔で、延長などで帝京を破るなどした佐賀北もここまでと思われた。後に最初からビデオで見直したが、実際試合後半まで野村の球を佐賀北の選手はまったく打てなかった。それが8回裏にヒットと四球などで1点取った後、満塁からホームランが出て5対4と試合をひっくり返してそのまま優勝した。私は前半の野村の投球を見直して驚いた。完全に佐賀北をなめきって投げていたんだ。捕手から返ってくる球をほとんど休まずちぎっては投げちぎっては投げしていた。どうだ、俺の球をお前らが打てるわけないだろって感じ。実際打てなかった。しかし終盤に来るとそうはいかなくなったんだ。あれは完全にペース配分のミスと相手へのリスペクトのなさが結果的に敗北につながったと私はみている。私は甲子園オタクゆえ、昭和初期から続く準優勝ぐせのある広陵に今度こそ夏の優勝をしてほしいと願っていたから非常に残念だった。広陵は2017年も花咲徳栄に負けて準優勝と夏は4回も準優勝で優勝は一度もない。春は3回優勝、3回準優勝と準優勝が春夏合わせて7回もあるのは確か最多だ。

まあ、部員集めに難しさのある公立校や初出場校が活躍すると甲子園大会も盛り上がる。今回の有明は直前に熊本地震があったからなおさら活躍ぶりが印象に残る。そしてこうした過去の大会の記録と記憶を比較出来るのも野球が9回までという基本フォーマットが変わらないからで、これが7回戦制になったら別物の大会になる。8月3日に「7回戦制大反対」と一説ぶったが、私はこの大会が甲子園でやらなくなっても夏開催が秋になってもまだ許せるが、7回戦制だけは絶対に許せない変更だと思っている。大阪桐蔭の西谷浩一監督も断固反対の立場だ。西谷監督は加盟校の約7割が反対しているにもかかわらず、2028年には導入などと議論が進められている現状に対し、不信感や疑問を呈しているのも素晴らしい。確かに高野連の誰が押し進めているのか、そしてそれはなぜなのかが今一つはっきりしないんだ。高野連もこれまで様々な改革や変更をしてきて、それは概ね許せるし満足いくものが多かった。しかし7回戦制という大幅なルール改正を現場の選手や監督、そして多くの高校野球ファンらが反対している現状なのに、自らのおそらくは勝手な思い込みで変更改正するのだけは許せないし阻止しなければならない。結局最後はこの話題になってしまったか、ふう。

2026年8月16日日曜日

50年ぶりの指宿「白水館」

8月15日夕方、ホテル「白水館」に着いた。フロントで受け付けを済ますと中年の中国系女性が少したどたどしい日本語ながらきちんと部屋まで案内してくれた。で、さっそく砂蒸し風呂へと向かった。「秀水園」では砂蒸しはなく歩いてすぐの市営の「砂楽」利用だったが「白水館」は自前のものがある。3人並んで砂を掛けられ20分弱じわ〜っと汗をかいた。チッチは大学同級生の函館君だったか八犬伝君とだったか、最近「砂楽」で砂風呂体験済みで「あそこよりは熱さが控えめでよかった」そーな。写真撮影禁止だったので自分らのはないが↓がそのイメージ画像。指宿に来たからにはやっぱり砂蒸し風呂は一度は体験しないとね。

その後、ひとまずシャワー室で砂を落とし、その足でメインの大風呂へ向かった。この時点で結構喉が渇いていたけれど、大風呂のほか露天風呂、サウナ、打たせ湯など岩盤浴以外は全部利用した(岩盤浴は千円別料金必要で利用せず)。で、着替え室に入る直前、ウォーターサーバーがあったのは助かった。冷たい水がこんなに美味しいとは!館内の庭には松の木が多く植えられていて美しい。毎年のように将棋のタイトル戦が行われ、特に竜王戦ではタイトル決定時期に行われることが多い。

夕食は夏のファミリーバイキングプランで食べ放題、飲み放題だ。ビールは飲み放題ではないというところも多いが、ここはなんとビールも飲み放題だった。私も最初の一杯はしっかりと飲んだ。やはり風呂上がりの一杯は美味しいねぇ。
そこそこのお値段もするとあって、出された食事や飲み物は本格的なものが多く美味しかった。チッチなど寿司、しゃぶしゃぶ、ステーキのほかうなぎの蒲焼きも数枚集めてうな丼を作って食べていた。この他、天ぷらも注文してから揚げてくれるなどあり、1時間半の所要時間のうち、1時間もしたらもう満腹だった。いつもは少食のカールも結構食べていたナァ。
部屋に戻ってカールは本でも読もうかと持参した本を枕元に置いていたが、結局1ページも読めずにグースカだった。私はこてる日記を事前に書いてきていてよかった。日付が変わる前に私も寝入ってしまっていた。

翌朝、午前5時過ぎには私は起きた。しかしカールはすでに朝風呂に行っていて部屋にはいなかった。せっかくの温泉施設に泊まったなら朝風呂も入らなきゃ損ってことなんだ。午前5時から開いていて誰もおらず露天で朝焼けも見つつ十分堪能したそうだ。朝食はやはりバイキングでこれもよかった。朝食↓は上が私で下がカール。私が炭水化物と脂肪分が多いのに対し、カールのは野菜と植物性タンパク質が目立つ。
これが体型の差につながっているんやな。カール曰く「私がいなけりゃテルくんは早死にしていたかもよ」だって。いや、そうかも。

思えば、50年以上前の昭和の48年から50年までだったか、その頃景気のよかった父デンコーが家族だけではなく親戚も呼んで夏に白水館で一泊二日過ごすのが恒例だった。その頃の白水館は今ほど高級志向ではなく普通の観光旅館だったな。写真も残っていて↓を見ると、もう半分くらいは亡くなっている。目隠ししていない人の中で私以外皆故人だ。オエイ祖母ちゃんは一番前で笑っている。叔父さん叔母さんらもほとんど今はおらず、従姉妹連中も皆60代70代だ。年を取った。
それでも、懐かしの白水館で久々に過ごし、リフレッシュ出来て満足だったよ〜。

2026年8月15日土曜日

ラーメン「成(なる)しき」

今日の昼は小川町にあるラーメン屋「成(なる)しき」というところで食べようとなった。チッチがよく利用し「美味しいから」とのことだ。で、チッチを午前11時20分に迎えに行き、そのまま近くのニシムタの駐車場に駐め、歩いてその店に行った。 時刻は11時44分。着いてすぐに「やばっ」となった。11時半開店の店なのにすでに道路に10人以上の待ち客が並んでいたからだ。「普段は並んでも1人か2人くらいなのに。店がこぢんまりとしていて回転がやや悪いんだよな」とチッチがつぶやく。しかしせっかくここまで来たからには並ぶしかない。店のおばちゃんが日陰で待機してもらうよう反対側の道路に待ち客を移動させていた。いや〜、こんな暑さの中、どのくらい待つんだろう。

結局、59分待った。はぁ・・。↓はすでに約50分経過したころで、カールとチッチの様子。写真ではぼかしてはいるが表情が冴えないのは何となく分かるでしょ(‾□‾;)。
やっと入れて、私とカールは塩味、チッチは醤油味を頼んだ。どちらもあっさり系の味付けでいわゆる鹿児島ラーメンとは違うタイプのラーメンだ(どちらも単品で960円)。私の頼んだ塩味は後で写真を見たらピンボケだったので別のサイトに出ていたのを↓に出しておこう。汁が美味しい。
チッチの醤油味は見た目は濃く見えるがやはりあっさり系とのことだ。
今日はお盆ということでこの後、田舎に行く予定もこの1時間待ちですっかり狂った。ケンタッキーを買い、鹿児島インターからいったん高速に乗り錫山から南薩縦貫道そして知覧の実家へ着いたのは予定の1時間以上遅い14時20分過ぎだった。まあ、評判のラーメンを食べるには今の時代1時間くらい待つのは仕方ないのだが、次はもう1時間もは待たないゾ。

実家ではヒラーキ&チエコンさんとアサちゃん、アーコ姉妹はいたが、長男のデンタル君は今朝東京に帰り、次男のヒロヤン君は熊本在住ゆえ帰って来ていなかった。いたらチョコパイも美味しかったのにね、残念。

で、実家在住時間もそこそこに「ではそろそろ」と後にした。頴娃大川の墓参りに行くためで今年は良知兄の初盆でもあった。しかし納骨堂のみで家には寄らず、すぐに指宿へと向かった。実は今夜は指宿白水館に一泊する予定だったからだ。18時の食事開始予定にしたため、16時くらいまでには着かないと温泉を利用する時間がなくなるんだ。そもそもお盆の時期に温泉&ホテルに一泊なんて2週間ほど前は全く考えてもいなかった。しかし、熊本地震の影響で調べると指宿の旅館&ホテルが簡単に予約を取れると分かり、せっかくだから利用しようとなった。これって10年前の地震の時と全くいっしょ。あの時はゴールデンウィークの頃で鹿児島県内の観光旅館などキャンセル多くて空きがあり「料理で有名な秀水園って行ったことないから」と利用したのだった(2016/4/28「指宿秀水園へ」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2016/05/blog-post.html)。今回の白水館は子どもの頃に何回か泊まったことはあったが、カールは一度もなく、チッチも誘ったのだった。あの頃チッチは浪人2年目で熊本に近い太宰府でお勉強中だったしね。

ということで、この続きは明日の「こてる日記」で。

2026年8月14日金曜日

十種競技

外来に十代の男子が来た。母親も付き添っていた。問診をさっと見ると下痢数回とあり急性腸炎だなと推測はついた。腹部の聴診をしても診断はそれで間違いないだろうとして「点滴もできますけどどうされますか」と尋ねた。すると母親が「お願いします。この子は十種競技をやっていまして来週九州大会にも出るんです」という。へー、十種競技とな。点滴は当然してもいいとして、私は「十種競技って100m走のほか投げたり飛んだりするんでしょ。どんな競技があるの」と興味を持った。

すると投てき競技では「砲丸投げ」「やり投げ」に「円盤投げ」があり、飛ぶ競技では「走り幅跳び」「走り高跳び」は予想ついたが「棒高跳び」まであるという。これで六種。走り系では「100m」は当然で「400m」「1500m」に「110mハードル」まであり、これらを2日間でやりきり、各競技ごと点数化してその得点を競うんだそうだ。へー、そりゃきついわ。走るのでも瞬発力の100mと持久力の1500mでは得手不得手があるだろうし、砲丸投げの得点を伸ばそうとしたら腕の筋力が絶対必要だがそれは走り高跳びにはほぼ不要だ。

スピード、パワー、持久力のすべてが高いレベルで求められ、勝者は「キング・オブ・アスリート」と呼ばれ、欧米ではかなり人気のある競技で、その日本チャンピオンにもなった武井壮はそれを売りにしてタレントとして活動し「百獣の王」を自称しているのは周知の通りだ。
過去の日本選手権での優勝者をざーっと眺めると、同じ選手が5、6年チャンピオンであり続けることが多いのに気が付く。2010年代は右代啓祐(うしろけいすけ)選手が6連覇を含む8回優勝をしていてその前は田中宏昌選手が5連覇をしていた。最近は丸山優真選手が連覇をして第一人者のようだ。丸山選手は右代選手が日本人選手として初めて8000点を越えて記録更新したのを13年ぶりに8308点で更新した。そして最近は8321点と日本記録更新をしまだまだ第一人者であり続けそうだ(ちなみに世界記録はフランスのケビン・マイヤーの9126点)。

で、右代選手が196cm、丸山選手が194cmと日本人にしては超大柄な体格なのも目を引く。世界でもこの競技の選手はそのようで武井壮の175cmはちょっと珍しいほうだ。思ったのが大谷翔平が193cmで運動神経も相当だから十種競技をやっていたら日本一は狙えたかもしれない。だがー。やらなくてよかった。ものすごいトレーニングをして日本選手権を何連覇しても世界ではメダルにも届かない。そして何よりそんなにすごいアスリートなのに世間にはほとんど知られないし、金銭的な恩恵も野球選手にくらべ100分の1もない。野球の三流選手の方が十種競技の一流選手よりなんぼも稼いでいるのが現実なんだ。

十種競技のスター選手だった右代啓祐選手は今年7月8日に十種競技を引退すると発表した。円盤投げだけはまだ現役続行するらしい。10年以上に渡ってハードなトレーニングに耐えても、世間的には地味な十種競技の第一人者であり続けた彼に、拍手を送ろうではないか。

2026年8月13日木曜日

あなたは「むにゃむにゃ」

もう毎日のことだが、夕食後しばらくすると、私は睡魔に勝てなくなる。椅子かリクライニング・パーソナルチェアで寝てしまうのだ。以前はビーズクッションで床寝が定番だったものの、今はもうない。私がそれで寝過ぎたせいで「匂いが染みついてク・サ・イ」とカールが捨ててしまったんだ。全然匂わなかったんだけどナァ・・。

日付が変わってどうにか目覚めて、頭がすっきりなってから、こてる日記書きを済ませ、ネットの記事やYouTube動画など見てゆっくり過ごしていた。そんな中、ふとLINEのメールを確認すると、カールから送信があった。あれ?夕方のメールはよくあるがなんでいっしょにいる夜にメールを送ってくるんだ?開いてみると「!」。なんと私の椅子寝の動画が添付されていたのだ。
げげっ、なんだこれは。なにやらお祈りのポーズみたいに手を組んで口をむにゃむにゃさせている。いや、何かを食べている夢でも見ているのか。この後あくびをしてまたむにゃむにゃ。いや、全然覚えていない。後でカールに言わせると「いっつもこうなのよ。たまに布団で寝ている時もむにゃむにゃ言っている」なんだって。いやー知らんかったぁー。「そんな自分を教えてくれてありがとーー」って恥ずかしいやろ!

2026年8月12日水曜日

語り継ぐべきこと

外来の仕事の合間に、ふと今日が8月12日であの日航機墜落事故の日だってことをまた思い出した。「もう41年も前のことになるのかぁ」とつぶやくと、まだ比較的若い看護師が「何のことですか」と聞き返した。「日本航空の飛行機が群馬の山中に墜落して520人もの犠牲者が出たんだよ」と教えると「うわ〜」との反応だ。知らなかったなら当然のことだ。それよりあんなに有名な事故だったのに40年以上も経つと知らない世代が増えてくるんだ。1995年の阪神淡路大震災では6千名以上、2011年の東日本大震災では2万人近い犠牲者が出て未だ記憶に強く刻まれているが、それらですら40年後には記憶は薄れてくるのだろう。

それが倍の80年も経過した太平洋戦争も記憶の希薄化が進んでいると思われる。太平洋戦争って軍人、民間人合わせて310万人以上も出ているんだ。まさに桁が違う。日本がこの間全く戦争に加担していないのは素晴らしい。ドイツもイタリアも確か戦争はやっていないはず。苦い戦争の記憶がない国は何度も戦争を繰り返しているよなぁ。戦争のつらいエピソードを語り継ぐってのがとっても大事だと思う。この時期にマスコミ各社は戦争特集を繰りだしてくるが、最近の若い人には「え?!日本ってアメリカと戦争をしたの?」という人もいるらしいから、今後もずっと戦争の悲惨さ、むごさは語り継いで欲しい。

私はNHKが毎年のように放送する戦争ドキュメンタリーが好きで録画保存もしている。日本が東南アジアの植民地を開放したんだなどとネットなどでは正当性を強調する動画も多いが、私はそれには組みしない。それは結果としてそうなっただけで、当時の日本及び日本国民は「満州の一国くらいは」「東南アジアの資源は日本に」といった風潮だったのは間違いないんだ。

私の子ども世代が戦争に行くことはないだろうが、孫世代のサックンなど戦死してしまうことがないよう「戦争の悲惨さ」は語り継いでいって欲しい。

2026年8月11日火曜日

こてる家は薄味が基本

今日は「山の日」で休み。平日が休みだともうけた気分でうれしいネ。「山の日」は2014年制定だが施行は2016年からでちょうど丸10年になる。「海の日」が1996年施行なのでちょうど20年遅れだった。当初8月12日の案もあったそうだが、その日はなんといっても1985年の日航機墜落事故の日と重なり「山」は嫌な連想になるということで1日前になったそうな。それと漢数字の「八」が山の形、数字の「11」が木々が生えている様子で山をイメージするということだが、どうも後付けじゃないかなぁ。ともかくも休みを取るのに抵抗が多い日本人には祝日が増えるのはいいことだ。

とは言っても暑さがひどいので外に出て霧島まで行こうなんて案は全く出なかった。家でエアコン付けてのんびりとしていた。高校野球にメジャーリーグ観戦もしたし、朝礼発表が終わったので、ネット麻雀は最上級卓の鳳凰卓でようやく真剣に打とうという気になった。やはり簡単にトップは取れないし3位が多い。ただラスを取っておらず、今日で26半荘ラス無しが続いているのは好調が続いている証拠だ。

昨夜はチッチが泊まりに来ていて、カールの沖縄そばを食べた。沖縄から取り寄せた「照喜名そば」をゆでて、ソーキ(豚の骨付きあばら肉)も添える。ご飯は「ジューシー(沖縄風の炊き込みご飯)」だ。
ふふ、店に出してもいいレベルだぜ。子どもたちは鹿児島出身ではあるが味付けは沖縄風になじんでいる。だからチッチなど鹿児島の甘い味付けがはっきりいって苦手だそうで、某大衆料理店で友人らが「美味しい美味しい」といって食べていた某料理を残してしまいみんなに食べてもらったことがあった。それに鹿児島ケンミンが愛して止まない某ラーメン店のラーメンも「まずくて残した」そうだ。

私も昔はすき焼きにザラメを入れるのが当たり前くらいに思っていたが、カールがそんな味付けにするはずもなく、今では入れないのが当然くらいに思っている。おまけにカールは薄味が好みでそれは血圧など健康にもいいはずだから私もすっかり薄味が好みになっている。カールがたまに料理出す前に「今日は塩辛くしたかもしれない、味が濃いかも」と心配することがある。しかし食べてみるとたいていやや薄味なんだ。もしデンコー父が生きていてカールの料理を食べたら「うにゃ、こい(これ)は何の味もせん」と文句を言いそうなくらいだ。私はそんな時、「薄い(味付け)がこのままでいい」といつも言う。薄味の方がいわゆる素材の味が確かめられるし美味しいことが多いから。

チッチは昼はタコライス、夜もカール料理を食べて帰っていった。料理上手なママがいると幸せやぁ〜。

2026年8月10日月曜日

私の偏愛シリーズ「王将」

さて朝礼スピーチだ。今回は2日前には出来上がっていたので何度もリハーサルを行うことが出来た。で、微妙な手直しをすること10回以上。所要時間も12、13分程度に収まるよう無駄な部分は省いたりした。冒頭はタイトルを示さず、いきなり「王将」のイントロが流れ、その後にタイトルが浮かび上がる演出も使った。私の意図はいかに「王将」が名曲であるか、そして曲そのものを職員に聴いてもらうことにあった。

だから全27枚のスライドのうち前振りとエピソードで21枚を費やし、みんなが「王将」を聴いてみたくなるタイミングの22枚目に村田英雄の約50年前の歌唱動画(王将の1番)を流した。次のスライドでは動画はないが歌詞を見せながら2番を流した。そしてたたみかけるように「3番がまたいいんです」と「♪明日は東京に出ていくからは〜何が何でも勝たねばならぬ〜」と語ると、クスクス笑いが起きた。3番の動画が出てくると「そこまでやるんですか」ってな反応でもあった。へへへ、だってそもそもタイトルが「私の偏愛シリーズ『王将』」なんだもん。「偏愛」とは誰が何と言おうが自分はそれが好きってものや人を指す。各職員のスピーチもこれまでの「私の夢」ではなく今後は「私の偏愛するもの」でもいいよとマジで朝礼スピーチを管理している係にお願いをしている。私は各職員の「偏愛」を見聞きしたいのだ。

かなりこだわりの強いスピーチ内容ながら評判はまずまず好評だった。外来の手帖Nsは「あら王将先生」と呼びかけて来たし、信号Drは「よく曲一つであの時間持たせましたね」と感心された。いやいや、私にすればまだまだ話足りないくらいだったのよ。「偏愛」するものって語り出せば30分1時間はあっという間なんだ。可愛いんだ理事長は夕方の所属長会議で「私が高校3年生の頃だったかな、よく聴いたものだった。今の人は『王将』って言っても分からないだろうなー」と感想を述べてくれたが、現50歳前後を境に上は知っているが下はまず知らないという状況で、その知らない世代にも知ってもらいたくて今回語ったという狙いもある。

ちょっと驚いたのが、5階病棟のマチルダ師長だった。彼女はすでに62歳、当然知っている世代だ。「先生、私はとっても懐かしく思って聴いていました」とその次「私の父は将棋指しだったんです」「『王将』もよく歌っていました」だと。ええーっ?!そりゃ驚いた。正確にはプロではなくアマチュアなんだが何度も県代表になり、それこそ「明日は東京に全国大会へ出ていくからは」ということも何度もあったそうだ。そんな日は知り合いの強者らとほぼ徹夜で将棋を指すようなこともしていたらしい。また子どもらを集めて将棋教室も開いていて(その名も「王将クラブ」!)、それはほとんどお金になるようなものではなかったが生粋の将棋好きだったようだ。私の親戚の叔母さんも北九州に嫁いだが夫が将棋のセミプロのような人だったそうで苦労したと聞いている。

実は私、将棋はほとんど指したことがない。「王将」にまつわる村田英雄、西條八十、船村徹の3人もみんな将棋が出来ない人たちだった。それでも「王将」の大ヒットに気をよくした日本将棋連盟は名誉初段を3人に進呈したとのことことである。私は「王将」好きを皆に披露出来て満足、ただそれだけだったわ〜(⌒о⌒)。

2026年8月9日日曜日

当番日は下血祭り

今日の青雲会病院は当番日で私と外科のキブンDrがその外来を担当した。私の当番日担当は久しぶりだ。いや、これがあるから昨日ほぼ丸1日をスライド作りに費やしたのよ。

朝は雨が大降りで「この様子では熱中症は来ないな」と少し期待した。まあ確かにそれほど救急外来患者は来なかった。しかし前日から下血の患者が3人も入院していてそのうち2人を私が引き継ぎ担当することになった。その3人とも下血原因は大腸憩室出血が疑われ、実際夕方にはそのうちの1人が大量再下血をしたため、内視鏡室スタッフを呼び出すことにした。最近は休日の緊急内視鏡は基本行わないこともあって、一人は16時半の段階で「もうお酒飲んでます」もう一人は「すぐには行けない」だった。あきらめかけたが五月鍋NsがOKとのことで助かった。

前処置は行わず、いきなり内視鏡挿入し、ニフレック液で洗浄しながらスコープを進めてい行くと、横行結腸に新鮮血が多量に貯留していてここの憩室がたぶん出血源と推測出来た。しかし凝血をあらかた洗い落とすとどの憩室が出血源か分かりづらくなる。これが明日だとさらに分かりづらくなるんだ。出血があったその日に内視鏡をするのが一番見つけやすい。だから粘った。私の大腸憩室出血の止血率が高いのは粘りに粘るからだ。この患者さんも見つからずに2回抜去した後、3度目の挿入を試みていた。

すると・・洗浄をしたにもかかわらず横行結腸の憩室に凝血が付着しているのが見つかった。「お?これじゃないか」凝血を洗い落としてみた。するとじわ〜りと出血があるじゃないか。「見つけた」ふふふ、これで我々の勝利やっ。

憩室出血の内視鏡止血法にはクリップと結紮ゴムの2種類があるが、この人にはクリップで対処することにした。というのはゴムの場合はいったんスコープを抜いて先端に止血デバイスを取り付けて再挿入しないといけなく、この患者さん挿入が難しい上に「あいたー、いたーい」と叫ぶ人だったからだ。結紮ゴムの方が再出血する心配が少ないので可能ならそっちにしたかったが「あいたー」はお互いに聞きたくなかったんでね。
でも↑のように5個のクリップでがっつり挟みこんだので大丈夫だろう。終業時間を大幅に超えての帰宅となったが、スライドは作り終えているし、内視鏡医冥利に尽きる仕事を終えた充実感もあってゆったりと過ごせた。ただー。眠気も相当で、こてる日記を書かずに寝込んでしまったので翌日未明は慌てる羽目になった。おまけに日記書こうにもほとんどネタのない日だった。こんな時は孫ネタに限る。ココちゃん、サックンの最近の写真の中からセレクトし日記にまとめ、どうにか1日のルーチンをぎりぎりのタイミングで終えられたのだった。ふう・・。

2026年8月8日土曜日

西條八十から金子みすゞへ

朝3時半くらいからずーーっと朝礼スライド作りを続けていた。途中、ドジャース対ダイアモンドバックス戦で佐々木朗希の好投眺めたり、甲子園の試合も眺めたりはしていた。しかし頭の中は歌謡曲「王将」のことでいっぱいだ。さすがに昼食後は眠くて仮眠を取ったりはした。また起きて作り続け、17時20分、一応の完成をみた。ふう〜。

まだ全体の3分の1ほどしか作っていない時に、カールにスライド発表形式で見せてみた。私の「偏愛」する歌の紹介(「ビートルズ」「昭和歌謡」「童謡唱歌」)から始まり、「王将」の歌手村田英雄、作詞西條八十、作曲船村徹を呈示し、村田英雄の生い立ちから浪曲とはどんなものか、古賀政男に見出され歌謡界デビューしたまではよかったがなかなかヒット曲に恵まれず、あせりを覚えた村田のスタッフ(浪曲界出身のプロダクション社長、日本コロムビアのレコードディレクター)が戯曲「王将」をテーマに新進の船村徹に曲を依頼する手はずになった。ただそれまで面倒をみてきた古賀政男には一言伝えねばならない。意を決して伝えるも、案の定古賀は「君たちは浪曲出身なのに義理も人情もないのか!」と激怒した。普通ならここであきらめるところだが、すでにデビューして3年、陣営は切羽詰まっていた。「一応は一言伝えはした」と、残るは作詞を大御所の西條八十に依頼へ・・。

で、つぎのスライドは・・全くの空白。「え?!」とカール。「どう、次を見たいか」「うん」「よし」

どうやらつかみはOKだ。今回のスライドで村田英雄と同じくらいの比重を置いたのが西條八十の詩才だ。「王将」を名曲たらしめた根源は一番から三番までの一言一句無駄なく表しきった彼の作詞の素晴らしさにある。日本初の曲がついた童謡「かなりや(♪唄を忘れたかなりやは〜)」さらに戦前戦後の歌謡曲で大ヒットをいくつも飛ばしていることなどもスライドにまとめた。

夭折の詩人金子みすゞが憧れたのも西條八十だ。彼女は八十が選者をしている童謡雑誌に主に投稿をし、八十に「若い童謡詩人中の巨星」と称賛された。その二人は昭和2年に下関駅でたった5分間だけだが会っている。みすゞは憧れの人を前にほとんど口もきけなかったらしい。その時みすゞは愛娘を抱いていた。文学を理解せず放蕩を繰り返す夫とその後離婚の際に愛娘の養育権問題とうつされた淋病のことなどもあり、数年後彼女は弟と八十にだけ自身の詩集(3冊1組)を郵送し服毒自殺をする。それは娘が夫(離婚はしていたが法律上はまだ夫の状態)に引き取られる前日のことだった。その詩集は八十のものは戦争などで紛失したが弟のものは遺されていた。
これが後にみすゞの詩に衝撃を受けた童謡詩人矢崎節夫氏が「幻の童謡詩人」みすゞの作品探しを始めたことで後に日の目を見る。みすゞが亡くなっておよそ50年も経過していた。そこには童謡集3冊が大切に保管されていて、それまでに発表された作品の5倍を超える512編が書き写されてあったのだ。
今ではみすゞの詩は小学校の教科書にも載っていて西條八十より現代の若者にはよく知られている。なお、みすゞの遺児は彼女の望み通り夫ではなく彼女の母に育てられることになり数年前に95歳で亡くなっている。

おっと本題は「王将」のはずなのにそれが西條八十からさらに金子みすゞに移ってしまった。まあそれくらい名曲がもたらすエピソードは一言では語り尽くせないテーマだ。ともかくも一通り発表スライドが出来てほっとした。今回のスライド作りでプレゼンテーションソフトから音源を出す方法やビデオとの連携の方法も知りいい勉強にもなった。スライド発表なんて面倒だな嫌だなと思ってもそれらをやることで自身が成長出来るものなんだ。そんなことも改めて感じ入ったことだった。