2026年2月26日木曜日

こてる先生は中山祐次郎先生になりすましたのか

2月18日に話題にした「森と湖の里」パンフレット問題、パンフレットを指宿図書館に着払いで送ったところ、「届きました」と病院に電話連絡があった。青雲会病院の封筒で送ったので病院に館長から直接お礼の電話があったのだ。わざわざありがとうございます。

館長によると、その「森と湖の里」を調べるきっかけは某指宿市民から「以前利用したその施設をどうなっているか見に行ったところ全く影も形もなかった。私の記憶は夢まぼろしだったのだろうか」というレファレンス(Reference)があったのだそうだ。レファレンスとは図書館員(司書)が利用者の調査・研究や疑問の解決をサポートするサービスで、館長は「森と湖の里」について調べたが、詳しい資料は残っておらず、分かったのはその施設が1971年から始まって2005年の記録には残っていなかったこと、国会図書館にわずかに写真らしきものがあったくらいで、十分な結果は得られなかったそうだ。そこでネット検索し、私のブログが引っかかったというわけだ。

実際、私も「森と湖の里」「鰻池」で検索してもこの施設については私のブログ以外引っかかってこない。南日本新聞での中山祐次郎先生のエッセーには「・・その次に到着したのは鰻池というところだった。キャンプ場のようなところに5、6軒のコテージが散在し・・」とだけしか書かれておらず、施設名には触れられていない。私の1年後に入学した腹出しDrに聞いても「ああ、確かそんなところに行ったねぇ」ぐらいしか出てこず、「森と湖の里」という名称は全く出て来なかった。いやぁ、日記に記録し、資料を添付しておくって大事なことやなー。

指宿図書館の館長さんはその後2026年2月18日のこてる日記にコメントをまた残してくれた。そしてそれはちょっとびっくりの内容だった。

「・・・この連絡主(筆者注;館長さんのこと)は、このブログも電話も中山先生から電話がきたのだと思い込み、大明神をしてしまっており、職員から笑われたのでした。Dr.こてる様、ありがとうございました。笑」

なんと、私からの最初の電話を中山祐次郎先生からと思い込んでいたのか。ブログも
2020年8月18日のはほとんど中山先生の南日本新聞日曜随想をそのまま載せたような内容だったしー。それでそのブログに「先日はお電話ありがとうございます。なんと、中山先生は「泣くな研修医」の中山先生だったのだと、今頃気づくと言う!!図書館にいながら、そこにすぐ気づけず、お恥ずかしい限りです。」というコメントを残していたのだ。結局はこのコメントも「お恥ずかしい限り」なのだが、ちょっと面白いのでそのまま残しときますわ〜(⌒о⌒)。↓が中山祐次郎先生。

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