医局会レクチャーは滞りなく終わった。さほど質問もなく拍子抜けするくらいだったが、これは異食癖の症例を出さなかったせいだろうな。そのインパクトの大きさや疑問の提示など画像&動画で見せればみんな食いつくはずだった。しかし今回の症例集めでいざ作ろうと思えばそれらは比較的余裕で作れそう。この2週間きつかったがまた報われる時が来るだろう。午後は早帰りをした。疲れもあるので夕方は仮眠を取って、夜は医療安全のスライド作りがある。でも、まだもう1日余裕あると思うと進まないのよ・・。
ミラノ・コルティナ冬季オリンピックではフィギュアスケートのペアで「りくりゅう」こと三浦璃来(24)・木原龍一(33)組が世界歴代最高得点の158.13を記録し、金メダルを獲得したという話題一色だった。前日だったかショートプログロムで演技に失敗し5位になったと聞き、「やはり本番では有力候補も簡単にはいかないんだな。銅かよくて銀か」ぐらいに思っていた。しかしフリーでは最初やや堅かったものの途中からは笑顔も出て、素人目にもいい縁起だったなーと分かるほどだった。終わってみればギリギリどころか結構な差での金メダルだった。いや〜、やるなーニッポン!
昔、札幌オリンピックでは日本のフィギュア女子代表は山下とかいう選手だったかな、動き、腕の振りなどこれも素人目にもかなりレベルが落ちるって分かった。それに比べアメリカのジャネット・リンよ。動きがダイナミックで転倒しても満面の笑顔でそのころ小学6年だった男子どももイチコロで大人気になった。結局銅メダルに終わったが、そのころは盤上で円を描くコンパルソリーという演技が重要視されそっちは全然面白くなった。その後フリーのみに変更されたのは優勝した誰かよりもジャネット・リンの方が人気も実力もあったはずという多くの観衆の気持ちが大会本部にも届いたからじゃないかな。この尻もちとその後の笑顔で一大人気となったジャネット・リン↓。
小学校の卒業式が終わってしばらく経った春休み、私が南州寺の矢野君の家に行った時、彼はジャネット・リンの大きな白黒写真を持っていた。あれ?ジャネット・リンと言えば真っ赤なコスチュームなのにと思ったらそれは白黒コピーの写真だった。「え、なんだそれ?」と私は不思議に思った。「ほら」と赤のリンの写真と白黒だが待った同じ形大きさのリンの写真を見せられ、コピーというものを私は生まれて初めて見たのだった。
それは1972年のことだから半世紀以上も前で、私はコピー機を「文明の利器やぁ」と感激するまだまだウブな少年だった。



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