2025年12月28日日曜日

有馬記念を見つつのタイヤ交換

12月3日にネットでヨコハマのタイヤ2本を注文したことはこの日記に書いた。Amazonを通じての注文で2週間くらいはかかると聞いていたが、なんと3週間過ぎてもまだ届く様子がなかった。やっと数日前に鹿児島のオートバックスへ向けて発送しましたとメールが届いた。いやー、この方式は我慢させられるわ。タイヤの場合、Amazonはどうも時間がかかるようだ。よくよく調べると「価格.com」での注文が良さそうで、「即日発送」なんてのもあった。まだまだ買い物上手にはほど遠いな。

で、昨日「お届けしました」とメールで確認出来たので、朝、オートバックスに電話すると、確かに届いているという。タイヤ交換の予約は「15時なら空いています」とのこと、即予約した。城南町にあるオートバックスでこの店に行くのは何十年ぶりかだ。鹿児島市北部に家を建てたのでこの辺りの店にはほとんど来なくなっていた。

このオートバックス城南店というと、私は和歌山代表で夏の甲子園に出場した星林高校を思い出す。ある夏の日の夕方この店に来た時に星林高校が甲子園で試合をしていたのを見ていたか聴いていただったか・・。あの頃の和歌山代表は箕島高校が弱体化し智弁和歌山がまだ強くなる前で星林のような普通の県立高が甲子園に行けていた時代だ。調べると1990年だった。結婚はしたけれどまだ子どもがいなかった頃で、車は赤のプレリュードで何かカーグッズを買いに来たのだろう。店の雰囲気は昔と変わらない。

事前に料金を支払い(交換費用が1本7千円もした)、呼び出し番号がモニターに出るまで待合所でTVなど見ながら待機した。競馬の有馬記念をやっていた。私はこの手のギャンブルはいっさいやらないのでどの馬が勝とうが負けようが高みの見物だ。それより有馬記念がかつての日本中央競馬会理事長だった有馬頼寧(よりやす)氏の功績を称えて名付けられたレースである点に興味が湧く。有馬氏は中山競馬場の新スタンド竣工を機に、ファン投票で出走馬を決める「日本ダービーに匹敵する大レース」を提案し、1956年に「中山グランプリ」として第1回レースが開催され大成功を収めたが、その直後の1957年1月に氏は肺炎で急逝してしまう。そこで彼の競馬の発展への尽力を称えるため、翌年の第2回からレース名が「有馬記念」に変更されたのである。彼は世が世なら久留米藩主になるべき人で第15代当主でもあった。

2013年12月21日に私は鹿児島中央高校の関東同期会に参加するため東京にいた。その時に久しぶりにヤノケン和尚に会った。彼は臨済宗相国寺(しょうこくじ)派のお偉い坊さんである。同期会にも和尚の格好で来ていた。小中高と同窓生でありながらその頃は疎遠で久しぶりの邂逅だった。聞けば毎年この時期に開かれる関東地域の高校同期会には京都から参加するのだという。というのも「明日の有馬記念に有馬頼底(らいてい)官長が来賓として招かれるのでその付き添い」だというんだ。有馬頼底という坊さんは相国寺だけでなくあの金閣寺や銀閣寺も住職を兼務する京都仏教界の超大物で京都仏教会(宗派を超えた京都府内約1100か寺が加盟)の理事長をつい最近まで務めていた。有馬という名前から分かるように有馬頼寧氏の従兄弟にあたり、そのつながりで中央競馬会ともつながりがあったのである。

レースは3番人気のミュージアムマイルが勝った。競馬に疎い私は初めて聞く名だが皐月賞も勝っているそうで、いかに自分が門外漢ってことだ。ミュージアムマイル勝利の瞬間↓。
16時になって競馬中継は終わってもまだ私の番号は呼ばれない。1時間20分ほど経過しようやくモニターに番号が映り、ピットに受け取りに行った。真新しく空気圧も結構入っていてイイ感じだ。
ただこの時気が付いたが、メーカーオリジナルはヨコハマの銘柄でブルーアースだったのに私が注文したのはヨコハマは同じでもアドバンだった。同じ銘柄と思っていたのは全くの勘違い。でも運転してみて乗り心地、操作のスムーズさともに明らかに改善していた。「これでいいじゃん」とご満悦で運転し帰宅したのだった。

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