2026年6月17日水曜日

「小春」といえば「王将」でしょ

 実習生挨拶の件でもう一つ。

挨拶に来たリハビリの学生さんのネームを見たら、名前が「小春」だったんだ。彼女にはそれについては何も言わず、その後に来たリハビリの市葉旗部長に「こはるって名前は昭和っぽくていいねぇ」と語りかけると「そうですねぇ」と相づちを打ってくれた。それはいいが「小春と言えばやっぱり村田英雄の『王将』だよな」と話を向けると、市葉旗君「え、知りません」だった。これには私、「『王将』って歌知らないってか。村田英雄はどう?」「ああ、それは知っています」「村田英雄の最大のヒット曲だぞ、王将は」と言って「♪吹けば〜飛ぶような将棋の駒にぃ〜」と歌いだした。ふう・・。
それでもどうもピンとこない表情だった。彼は50歳になるかならないくらいか。この歌は昭和36年(1961年)発売で昭和37年にかけて大ヒットし、戦後初のミリオンセラーとして有名だ。私ですら2、3歳の頃だからリアルタイムでは知らないがとにかく好きでマイフェイバリットソングのベスト10に入るくらいだ。それはともかく、その2番の歌詞に出てくるのよ「小春」さんが。

♪愚痴も言わずに 女房の小春 つくる笑顔が いじらしい

そもそも元になった「王将」は北条秀司という人の戯曲で、モデルになったのは関西の将棋指し坂田三吉でその妻の名前は実際は「コユウ」で「小春」は北条の創作名とのことだ。そして作詞の西條八十も「小春」の名を使ったが、当時69歳の八十は亡くなった自身の奥さんをイメージしていたらしい。「コユウ」さんは三吉の賭け将棋の収入に頼る厳しい生活の中、草履作りなどで家計を支えながら、夫の将棋への情熱を理解し応援し続けたまさに「小春」さんタイプの女性だったそうだ。

それにしても「王将」は歌詞が実にいい。船村徹の作曲も素晴らしいが、西條八十の歌詞は絶品というほかなく脱帽だ。歌詞を1番から3番まで全部載せておこう。1番の出だしの「将棋」を人それぞれの専門分野に言い変えればグッとくるし、3番の出だしなど、関西人の胸にまさに命中、どストライクする名台詞じゃないか。関西人でない私ですらじ〜んと来る。

♪吹けば飛ぶよな 将棋の駒に 賭けた命を 笑わば笑え 
生まれ浪花の 八百八橋 月も知ってる 俺らの意気地

♪あの手この手の 思案を胸に やぶれ長屋で 今年も暮れた 
愚痴も言わずに 女房の小春 つくる笑顔が いじらしい

♪明日は東京に 出て行くからは なにがなんでも 勝たねばならぬ 
空に灯がつく 通天閣に 俺の闘志が また燃える

熱弁する私に対し、どうにもピンと来ていない市葉旗君にM2 MacBook Airから保存してある「王将」を聞かせたよ。すると「ああ、聴いたことあります」とどうにか合点してくれたようだ。

「王将」が大ヒットしている頃の村田英雄のコンサートでは、まずは「王将」を歌ってから始まり、中盤にまた「王将」を歌い、最後にまた「王将」を歌わないと観客が許してくれなかったらしい。そんな熱狂にことは知らなくても物心ついてから知った私ですらこの歌の素晴らしさにいまだに涙するのだ。2015年6月4日に一度この「王将」をネタにこてる日記を書いているが、また書きたくなるくらいの名曲だよ、この歌は。聴いたことないという人は→https://www.uta-net.com/movie/13870/をどうぞ。

0 件のコメント:

コメントを投稿