散髪も1ヶ月以上ぶりだ。↓使用前使用後ならぬ散髪前散髪後。
まあカッティングしたって分かるくらいにはなっているな。
「消化器内視鏡」を専門とするDr.こてるです。
趣味のボウリング、麻雀や病院での出来事、家族の内輪ネタから時事問題まで
日々の徒然を「こてる日記」として、毎日アップしています。
2000年5月から開始し2015年5月分からブログに移行しました。
現在、おおよそ2日遅れでアップしています。
昨日、高校同級生で現在は運送会社社長をしているジュラ君からLINEでの連絡を受けた。
「お疲れ様です‼️今日の18時9分からのKTSニュースを見て下さい🙇燃料高騰に苦しむ運送会社代表で取材を受けましたので、暇があれば。」
カールから叱られたのよ。
「家を空けると分かっていたらネット注文なんかしちゃだめよ」って。
数日不在で帰宅すると、郵便受けに某宅急便から不在帳票が何枚も入っていた。チェックすると二つの注文があり、どちらも「何を注文したんだったっけ?」だった。確かシェーバーの洗浄液を注文した気がするが・・。でもあれくらいは郵便受けに放り投げてくれたらいいのにな。
「宅急便の配達係の人がうちに来て『また、いない』って何度も帰るのは気の毒だと思うの」と相手に対しても気を遣っている。
「そうだな、今後気を付けるわ」
それから1日、2日して注文物は二つとも無事我が家に届いた。いやー、どちらも郵便受けになんかは入りそうもない大きな品だった。
ただ、カールにも言い分はあった。どちらもふるさと納税での注文だったのだ。利用したことのある人は分かっていると思うが、ふるさと納税での配送はおおよその目安はあるもののいつ届くが分からない。2週間後程度とあっても1週間後に早くなることもあるし1ヶ月後になることもある。どちらも以前に注文していて、その注文したことすら忘れかけていたみたい。そんなワケで敢えて何もカール様には言わなかったが、こうして日記で暴露する私であった。
年に1回か2回、病院の医局員を前にレクチャー講演をしなければならない。今日が1年ぶりに私に当たっていた。で、1ヶ月くらい前からテーマを決め、スライドを先週作っていた。私にしては余裕を持って作れた方だ。
さてそのテーマだが「胆汁性下痢」というタイトルで、意外に治療に難渋する下痢の有効な対策を紹介したものだった。結果からいうと、私のこれまでの医局レクチャー歴で一番の反響があった。発表が終わった時に、可愛いんだ理事長が「うむ、なかなかいい発表だった」と言ってくれ、医局に戻った時に脳外科のカワゼンDrが「先生、さっきの発表のスライドのコピーをもらえませんか」と頼まれ、Macのキーノートで作成したものをパワーポイントに変換してWindowsでも見られるようにして渡した。さらに午前の内視鏡検査を始めようとしたら、脳外科のポンシンDrと外科の東洋Drがいっしょに来て「さっきの下痢に効くという薬の名前は何ていうでしたっけ」と尋ねて来たのだ。
いやはや、スピーチの中で何度も「コレバイン」という薬名を連呼していたつもりだがドクターってのは意外と薬名を覚えるのが苦手なんだ。
実はこの事実は7、8年前くらいからかな、消化管をやっている内科系ドクターにはちょっと知られていて、以前青雲会病院に非常勤勤務していたグッちんDrも自身のブログで触れていたし、ネット上でも「下痢が劇的に改善!人生を救ってくれた」とまで言い切る患者さんもいたし、学術的にも東邦大学の発表もあり、また岡山の川崎医科大では「胆汁性下痢のコレバインによる治療成績の検討」のために治療した患者さんに研究参加を募ったりしていた。またNHKの「ためしてガッテン」でも薬品名こそ出て来なかったが2015年に胆汁性下痢の特集もあった。ちょっとアンテナを張っていれば知れた事実だったのだ。

今朝の朝礼で企画地域連携室長のフロント君のスピーチがあった。
仕事上、身寄りのない患者さんの支援を行うこともある。しかもその割合が増えているとのことだった。65歳以上の高齢者の単独世帯(↓のグラフではピンク色)が年々増えてきている。今後の予想は人口統計から容易に予測できる。20年後は4割近くが単独世帯だ。しかしこのグラフで驚いてはいけない。東京は日暮里駅を降りてすぐのところに谷中(やなか)霊園という大きな墓地がある。ここには多くの著名人らの墓がある。最近の話題で言えばNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公渋沢栄一や徳川十五代将軍慶喜の墓がある。先に慶喜が1913年(大正2年)に亡くなり、その時は渋沢栄一が葬儀委員長を務めた。幕末の一時期にあった主従関係が明治大正の代まで続いていたのが珍しい。↓徳川将軍は芝の増上寺か上野の寛永寺に埋葬されるのが慣例であるけれど、唯一の例外が慶喜で天皇に遠慮したか仏式ではなく神道での葬儀を望んだためらしい。
そして渋沢も1931年(昭和6年)に亡くなり同じ谷中霊園に眠っている。そのお墓の向きは慶喜公の墓所を向いているという。渋沢栄一は来年発行予定の新一万円札の肖像画にもなっており実業家しても有名であるから、どこぞの会社の社長さんあたりが拝みにやって来そうだね。↓「青淵」というのは渋沢の雅号である。幸田露伴の名作「五重塔」のモデルになった塔も墓所内に建っていて露伴の家から直接見えていた。しかし1957年(昭和32年)に放火心中事件のせいで焼失してしまったという。現在はその跡が残るのみである。そんなつまらないことのせいで・・。山梨と言えばフルーツ王国として有名だが、もう一つ、山なしという名に反し、山が多い。私は深田久弥の「日本百名山」を愛読していて、そこには山梨県にある百名山がいくつも出てくる。何せ日本一の富士山(3776m)の半分は山梨だし、日本第二の高峰、南アルプスの北岳(3193m)と第三の間ノ岳(あいのだけ:3190m=北アルプスの奥穂高岳と同高)がある。他に甲斐駒ヶ岳(2967m)、鳳凰山(2841m)などなど。
休みを利用して田舎へ墓参りに行った。寺を2ヶ所回った後、ヒトミンチョ家に寄った。事前に訪問を伝えていなかったので、ヒトミンチョが在宅しているか分からず庭から窓を覗くとネコの「あずき」がこっちを警戒するように見つめていた。
たまたまYouTubeで元プロ野球選手の大久保博元がやっている「デーブ大久保チャンネル」で同じく元プロの愛甲猛がゲストでトークする番組を見たら面白くて第一話から第八話まで(まだ継続中)通しで見てしまった。
そのデーブ大久保との対談では、横浜高校が相当の不良の集まりだったという話から始まっていた。今でこそ野球の名門校で全国的にもいいイメージに思われるが当時は全然。野球部だけでなく他の生徒もワルか不良ばっかしの男子校だった(昨年から共学化した)。実は鹿大第二内科の後輩のズキちゃんDrは横浜出身で、以前(25、6年前)横浜高校の話題になったとき、「あ、横浜(高校)ですか。とんでもないですよ。偏差値5の学校です」と突き放したのだ。偏差値50の間違いではない。ま、偏差値5はあり得ない数値だから大げさとは思うが、愛甲自身の話からもズキちゃんの評価に近いものがあったと知れた(実際は偏差値は30前半程度だったらしい)。「俺の周りは不良とバカしかいなかった」「悪い奴しかいない」「先生も不良上がり。殴る蹴るは当たり前」「野球部なんて不良じゃなきゃ耐えられない」「3年生は神様でシャンプー使っていいよと言われて渡されるけど、絶対中に小便入ってんのよ」などなど。
愛甲って確かに不良でWikipediaでは「中学時代から不良の道にも精を出し始め、タバコ、・女・シンナー・万引き・暴走族など、悪いと言われることは全てやった」と書かれている。甲子園優勝した日の夜は朝まで麻雀をしたというし、「優勝パレードの後に知り合いの社長が来て、一緒に堀之内のソープランドに連れて行ってもらった。あの時は待合室にお姉さんたちが集まってきてサイン会になった」などエピソードに事欠かない。また高校卒業間際には暴行事件が発覚し、愛甲はチームメイトや関係者らに謝罪したが、横浜高校はこの一件が原因で対外試合禁止処分を受け春の大会に出場できなかったと迷惑も掛けている。横浜出身のズキちゃんがあのように言うのもなるほどである。