9月になって新しく入職してきた職員が院長室に挨拶に来た。職種も年齢もバラバラだったが全員女性だった。青雲会では4月からネームは名字だけで名前が記されない。
名前がないとどうも覚えにくい。私は写真を撮る時に必ず名前を聞いてメモに取っておく。右の看護師さんは「サオリです」というので漢字まで尋ねた。「沙緒梨」だという。ふーむ、これはいかにも今風なネーミングだ。次のアロハの女性は「マサコです」というので、私は見た目からして「ふふ、昭和の風情を感じますねぇ」と言い「マサコはマサコでもどの漢字?」と聞くと「森昌子の昌子です」で一発で理解した。真ん中の女性は医師事務作業補助者で名前を聞く前に見た目で平成生まれだろうと思った。「アサミでアは亜細亜の亜でサは氵に少ない、ミは美しいの亜沙美です」とやはりいかにも平成風だ。あとの二人はどう見ても昭和生まれにしか見えない。名前は「久乃」さんと「田鶴子」で間違いなかった。
その後、内視鏡室で仕事中に医師事務作業補助者の主任を務めている山の神さんが新人の亜沙美さんを連れて挨拶に来た。私は朝一番ですでに会っているので「ああよろしく、確か名前は・・サオリさんかアサミさんか・・」「亜沙美です」「そうそう。だったね。名前が昭和風情ではなくて平成風だったんだ」と言うと、山の神さんがチラリと視線を寄こし「センセイ、じゃー私は古いってことですかぁ」と言ってきた。これには慌てて否定した。
「いやいや、私は『古い』なんて一言も言っていないよ。院長室でも昭和の香りがするとか昭和の風情があるって言ったんだよ。古いなんて言ってない言ってない( ・_・;)」
山の神さんの名前は「マキコ」で最後は「子」の字が付く。昭和時代の女性は「〇子」や「〇〇子」が当たり前でクラスの半数いや3分の2に「子」が付いていたものだ。平成に入っても10人に1人くらいは「子」が付いていたような気がしたが、どんどん廃れて今ではほとんど見なくなった。令和の感覚からすると「子」を付けるとまだちょっと古くさいのだろう。
この前、親戚のスチョルDrと話をした時に、明治生まれの私の祖母やその姉妹の名付けが「エイ」「ツエ」「トエ」とカタカナ2文字だったと少し話題になった。日常ではそれぞれ「お」を付けて「オエイ」「オツエ」「オトエ」ばあさんと呼んでいた。オエイ祖母さんの子どもは女性が4人がいて、上の二人は大正生まれで「マサエ」「トシ」その次が唯一男の父デンコーで次が昭和生まれだが「ネキ」、最後だけが「文子」と子が付いた。確か昭和10年か11年生まれだ。その頃になると「子」を付けるのが一般的になっていたのだろう。故ギボヒサコも昭和11年の早生まれで「久子」だった。昭和9年生まれの「美智子」妃など相当に新しい雰囲気を持つネーミングだったんじゃないかな。
カタカナ2文字だと明治大正から昭和初期、「子」が付くと昭和まっただ中のイメージがまだある。しかしもう少し時代が経てばカタカナも「子」も新鮮な感じがしてまた付けられるかも。平成に入った頃、フジTVの女性アナウンサーで「近藤サト」という新人が出てきた時に、意外に新鮮な響きがあって私は驚いたものだった。サトさんは昭和43年生まれの現在58歳。今では白髪ではあるが名前ともぴったり似合ってイイ感じだ。
カタカナも「子」も決して古いわけではないんだよ〜。
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