2021年11月8日月曜日

身寄りなし、どうするべ

今朝の朝礼で企画地域連携室長のフロント君のスピーチがあった。

仕事上、身寄りのない患者さんの支援を行うこともある。しかもその割合が増えているとのことだった。65歳以上の高齢者の単独世帯(↓のグラフではピンク色)が年々増えてきている。
今後の予想は人口統計から容易に予測できる。20年後は4割近くが単独世帯だ。しかしこのグラフで驚いてはいけない。
↓は少し前の単独世帯の都道府県別のグラフだ。
単独世帯を示すピンク色で一番割合の多い県は何と鹿児島県で50%近くありダントツである。すでに他県より20年早く多老時代に突入しているということだ。フロント君の発表では、行き倒れの死亡者に対しては死亡地の市町村長が丁重に葬ってあげないといけないと、これは明治時代から法律で決まっているだそうだ。
青雲会病院でも身寄りのない患者さんへの対応が増えてきているという。
その場合にネックになるのが行政の腰の重さらしい。なかなか「前例がない」とかで動きが鈍いらしい。フロント君はこれにめげず身寄りのない患者さんのために動き回っている。↓のスライドのように細かな手続きやすべきことがたーくさんあるのだ。
身寄りがなくても安心して最後を迎えられるための行政のガイドラインも霧島市はあるそうだが姶良市はまだ立案の段階だ。フロント君は姶良市にもかなりけしかけている。地域住民の安心感や医療機関や施設の対応のしやすさのために彼はそれこそフロントに立って動いている。そのことに対し今日の所属長会議でも所属長らが高く彼を評価していた。ドクターも彼らがいないと病気はどうにか治した、しかしその後をどうする?で困ってしまうケースが多々あった。

ソーシャルワーカー(国家資格では社会福祉士)がいるおかげで日々の診療がおおいに助かっている。今日のスピーチを聴いてなおさらその感を強くした。

2021年11月7日日曜日

行ってみてよ、谷中霊園

東京は日暮里駅を降りてすぐのところに谷中(やなか)霊園という大きな墓地がある。ここには多くの著名人らの墓がある。最近の話題で言えばNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公渋沢栄一や徳川十五代将軍慶喜の墓がある。先に慶喜が1913年(大正2年)に亡くなり、その時は渋沢栄一が葬儀委員長を務めた。幕末の一時期にあった主従関係が明治大正の代まで続いていたのが珍しい。↓徳川将軍は芝の増上寺か上野の寛永寺に埋葬されるのが慣例であるけれど、唯一の例外が慶喜で天皇に遠慮したか仏式ではなく神道での葬儀を望んだためらしい。

そして渋沢も1931年(昭和6年)に亡くなり同じ谷中霊園に眠っている。そのお墓の向きは慶喜公の墓所を向いているという。渋沢栄一は来年発行予定の新一万円札の肖像画にもなっており実業家しても有名であるから、どこぞの会社の社長さんあたりが拝みにやって来そうだね。↓「青淵」というのは渋沢の雅号である。
幸田露伴の名作「五重塔」のモデルになった塔も墓所内に建っていて露伴の家から直接見えていた。しかし1957年(昭和32年)に放火心中事件のせいで焼失してしまったという。現在はその跡が残るのみである。そんなつまらないことのせいで・・。


墓地内に妙な形をした墓があり何だと思って近づくと「東京大学医学部納骨堂」とある。学生の遺体解剖に提供された人たちの墓所である。
そのすぐ隣には「千人塚」と銘された墓が3つ建っている。これはかつて献体が千人に達するたびに建てられたものという。
この墓一帯がなんとも言えぬ妖気が感じられる場所だった。私は霊気とかそんなのは全く感じない質なのだが思わずゾクッとするものがあった。あの宜保愛子さんがここに立ったら「見えますね」とでも言うのだろうか・・。さらに近くを歩くと戦中に発覚したスパイ事件のゾルゲ事件の主役ゾルゲと尾崎秀実が秘密文書を取り交わした場所と言われる(?)木の割れ目があった。
その中を覗いてみると・・
残念なことに空き缶が放置されたままで、事の真偽がそれだけで疑われるようだった。

この谷中霊園、他にもいっぱい有名、無名のお墓があり、とても紹介しきれない。最後に変わり種を一つ。↓髙橋お傳という人の墓。解説板を読むとなんと明治初期の殺人犯だ。

なんでこんな人がこんな立派な墓を・・と思って裏側に回ると、寄付連名に「尾上菊五郎」「市川左團次」「三遊亭圓朝」など歌舞伎や落語の有名人らの名前がずらり。なるほど、演劇や話芸の元ネタの人としての感謝と鎮魂のためにこんなのが建てられているのだと納得した。

谷中霊園は見て回れば回るほどネタの尽きない場所だ。また話題にする機会があればと思う。

2021年11月6日土曜日

山梨だけど山がいっぱい

昨日に続いて、また山梨ネタ。

山梨と言えばフルーツ王国として有名だが、もう一つ、山なしという名に反し、山が多い。私は深田久弥の「日本百名山」を愛読していて、そこには山梨県にある百名山がいくつも出てくる。何せ日本一の富士山(3776m)の半分は山梨だし、日本第二の高峰、南アルプスの北岳(3193m)と第三の間ノ岳(あいのだけ:3190m=北アルプスの奥穂高岳と同高)がある。他に甲斐駒ヶ岳(2967m)、鳳凰山(2841m)などなど。

下の写真は夜明け直前の白峰(白根)三山(しらねさんざん)と言われる3つの高峰だ。
北岳、間ノ岳は深田久弥によって日本百名山に選ばれている。コマミさんの住む笛吹市石和(ふえふきし、いさわ)地区からは上のような写真が撮れる。これが少し西の甲府市に行くと北岳は手前の山に隠れて見えなくなる。この三山の横、少し北側の写真を撮ると今度は手前に鳳凰山、そして甲斐駒ヶ岳が見えてくる。私は甲斐駒の山を指してコマミさんに「この山の名前は?」と尋ねた(↓写真参照)。本やTVのグレートトラバース百名山などで知った知識で甲斐駒ではないかと思ったからだ。しかしコマミさん「あら、知らなーい」だった。
へ?となった私、手前のアラビアンナイトに出てくるような変な建物は?と尋ねると「ああ、それはちょっと前までドンキホーテがそこで店をしていたの」と教えてくれた。私はネットでやはり右端の山が甲斐駒ヶ岳だと確認出来た。深田久弥が「日本百名山」の中で「東京から山の国甲斐を貫いて信州に行く中央線。私たち山岳宗徒にとって最も親しみ深いこの線路は、いったん甲府盆地に馳(は)せ下った後、今度は釜無川の谷を左手に見おろしながら、信州の方へ喘ぎながら上っていく。さっきまで遠かった南アルプスが今や車窓の外に迫ってくる。甲斐駒ヶ岳の金字塔が、怪異な岩峰摩利支天を片翼にして、私たちの眼をおどろかすのもその時である。汽車旅行でこれほど私たちに肉薄してくる山もないだろう」と甲斐駒ヶ岳の紹介文の冒頭に書いている。甲斐駒を拡大してみる。確かに金字塔(ピラミッド)の形態をした立派な山容だ。
これほど立派な山なのに地元民のコマミさんは私にちゃんと教えることが出来なかった。その存在すら気にしていないくらい。ならば鳳凰山の有名なオベリスクもたぶん知らないだろう。上の上の写真の鳳凰山(地蔵岳)には特異な形状の突起があってオベリスクとも呼ばれている。にわか山オタクの私も当然知っている。↓地蔵岳山頂のオベリスク。
実は石和から肉眼で小さいながらも確認出来るのだ。写真を見て私は確信した。
南に眼を向けると、山頂だけだが富士山も見える。↓参照。
カールに言わせると、「コマミさんの以前住んでいた実家は山梨市の扇状地高台にあってそこからだともっとはっきり富士山が見えて感動的だった」だそうから、上の写真の先っぽだけのけちくさい姿ではなかったということだ。↓は少し望遠で拡大した富士山。
甲府盆地にいてもこれだけの有名な山々が拝めるのか。山好きにはたまらないが関心のない地元民にはそれほどでもーなんだ。昨日の桃の話題と合わせればネットで下のような写真も披露出来る。笛吹市からの遠くに白峰三山、手前に桃の花と素晴らしい眺めだ。
コロナ窩が落ち着きつつあり、春には山梨の桃源郷と南アルプスや富士山との共演を眺めてみたいと切に思ったことだった。

2021年11月5日金曜日

山梨じゃ桃が熟れるころ

カールの古くからの友人に山梨のコマミさんがいる。いつも季節になるとブドウや桃を送ってくれたりする。それがこれが今年最後のブドウとシャインマスカットを頂いた。
最近は作りやすいわりに高く売れるシャインがよく作られているとか。確かに美味しいし種なしで皮ごと食べられるから私も大好きだ。桃については8月末にもらっていて実はそれが「長雨や台風などで落下してダメになりそうなんでまだ熟していないけど早めに刈り取った」代物(しろもの)だった。最初に食べた時には味も硬さも全くダメで「こりゃ商品にならない」。しかししばらく放置している徐々に熟してきて十分な甘さと硬さになっていた。ただ例年の本格的なものには及ばなかったけどね。ある年など沖縄からマンゴー、山梨から桃が食卓に並び、どっちが上か分からないくらい美味の競演というときもあった。「桃ってこんなに美味しいの」と私は驚いた記憶がある。なんでもコマミさんの父方の先祖が山梨の一宮に初めて桃の木を植えたのがきっかけで今では日本一の桃の産地になっている。

なぜ山梨は桃の栽培に適しているのか?コマミさんは「日照時間が長いから」と言っていてまさにそのとおりであるが、それだけではない。水はけのよい土壌、雨量の少なさ、寒暖差があることなどの条件がそろっているからだ。今年は福島産の桃が話題になった。しかし「桃の日本一は山梨」との自負が県人にはあるようだ(福島は2位)。コマミさんも親戚の果樹園の手伝いをしょっちゅう頼まれ、ブドウ、桃の他にプラムもあって高齢の親戚のお祖母ちゃんが「収穫が大変だから今年は収穫しなくてもいいよ」と言ってくれたそうだが、見れば鈴なりに成っているプラムを見て「もったいない」とコマミさんは自ら摘んでいったそうで「どうにか出荷出来たの」と言っていた。「日頃使わない筋肉を使ったせいで丸2日間は歩けなかった」そうだ。

で、果樹園作業をすれば運動にもなるかと思いきや、「山梨じゃ、7月8月頃からお年寄りの糖尿病が悪化するのよー」と。というのは、果樹園栽培にはどうしても余った桃やブドウが出てくる。出荷出来ないそれらは親戚に上げたり例えば鹿児島に送ったりするが、当然自分でもパクッと食べてしまう。結果・・HbA1cが悪化するのだ。なるほどねーわかるわ〜。ことわざでは「柿が赤くなると医者が青くなる」なんていわれるけれど、果物の生育はみんなの健康に直結するんやね。

2021年11月4日木曜日

ハイブリッド開催

今日からDDWだ。毎年この頃に開かれ、参加者数2万人規模という日本では最大規模の消化器系学会である。私は今日明日と今年始めには休みを申請し、内視鏡室検査数なども減らしていた。しかし、だ。9月に学会の方から「今年はハイブリッド方式で開催します」との通告があり、直接参加かWeb参加かのどちらかを選ばなくてはならなかった。そこで初めてWeb参加を選択したのだった。

開催地である神戸に行かなくても済むのはいいがパソコンとにらっめこの参加なんてどんなものだろうと若干の戸惑いもあった。しかし操作は特に難しくもなくしかも簡単に会場移動して自分の聴きたい発表を聴けるのは良かった。ポスター発表などはまとめて見ることが出来るし、関心のある分野を語句検索して拾い上げることも出来る。質疑応答はさすがに発表を待たねばならないがー。

今日は大腸の下痢やいつもの憩室出血、胃瘻の新しい器具の発表など午前から昼過ぎまで結構真面目に聴いた。ただ途中空白時間もあってその時はなんと天鳳を一勝負したりした。平日の昼にするなんてこれまでなかったことだ。いつも昼休み時間に打っているサブアラドと当たらないかなとも期待したが、「今日は薬品説明会だった」そうでそれは叶わなかった。

今後、学会はどうなっていくのか。コロナが完全に終息し他の感染症もないという場合、以前のように参加のみでやっていくのか、しかし一度Webで味を占めた会員がハイブリッド開催を今後も望む可能性もありこの形式が定着するかもしれない。このWeb配信は学会終了後も12月24日まであるそうだからそれはいい。聞き逃したり同時に2つ以上興味ある発表があった時など助かる。コロナがもたらしたこの学会方式、意外に定着するかもしれない。

2021年11月3日水曜日

やっぱり可愛いのは

休みを利用して田舎へ墓参りに行った。寺を2ヶ所回った後、ヒトミンチョ家に寄った。事前に訪問を伝えていなかったので、ヒトミンチョが在宅しているか分からず庭から窓を覗くとネコの「あずき」がこっちを警戒するように見つめていた。

あずきは警戒心が強く私たちが入ると決して出て来ない。こうして窓越しだけどきっちり正面顔を写真に撮れたのは珍しい。以前、あずきとゲンちゃんとどっちが可愛いか論争を繰り広げたことがあった。どっちも口元のブチが特徴だ。
ふふ、やっぱり可愛いのはゲンちゃんですよねぇ〜。(反論は受け付けますよん)

2021年11月2日火曜日

こてる日記ファン、胃カメラを受ける

今日の午前の担当は内視鏡検査だ。私の他にたつやましたDr、ヤンサキーDrが担当している。検査の約2/3が人間ドック利用者の胃カメラで20名以上はいる。それらを誰が担当するかは特に決まりはなく内視鏡室担当の看護師らが割り振っている。時にこてる先生希望という人もいて10時半頃の利用者がそうだった。利用者基本表で名前を見たが初めての人だった。40代女性で西乗りさんという人で・・え?なになに「できればこてるDr希望です。ブログを読んで、ファンだそうです」と書かれてあるではないか。へーーえ。こてる日記ファンとあらば、それは私が担当しないといけないナ。

すでに横たわっていた内視鏡室検査直前の彼女に「こてる日記を読んでおられるとか。でもどういった経緯で知ったんですか?」と尋ねた。すると「青雲会病院を検索しているうちに・・(見つけた)」なんだそうだ。ほほう。
そうとなればしっかり見てあげないといけないわ。検査直前、「鼻から入れる内視鏡は初めてですか?」と尋ねた。西乗りさんは「ええ、初めてです」と答えたので「そうですか、そういう人をハナハジメって言います」と言ったら、ふふ、受けていたね。ま、時に使う定番のネタだけどー。検査も順調に終わって部屋を出る前にせっかくだからツーショットの写真も撮った。すでに今日の日記ネタに使おうって腹づもり。ファンなら日記に載せないわけにいかないでしょ、ねえ、西乗りさん(⌒о⌒)。

2021年11月1日月曜日

愛甲猛が語る

たまたまYouTubeで元プロ野球選手の大久保博元がやっている「デーブ大久保チャンネル」で同じく元プロの愛甲猛がゲストでトークする番組を見たら面白くて第一話から第八話まで(まだ継続中)通しで見てしまった。


愛甲猛と言えば横浜高校で1980年夏の甲子園初優勝時の投手で、その時の相手が荒木大輔擁する早稲田実業だったのは覚えている。天文館の雀荘でダイボ君らと麻雀しながらチラチラTVを見ていた。ただその時の愛甲は決勝戦までにだいぶ投げていて力があまりなかった。カーブでかわすピッチングで荒木も雰囲気に飲まれたか本来のピッチングではなくどちらも継投になり6ー4でどうにか横浜が勝った感じだった。

そのデーブ大久保との対談では、横浜高校が相当の不良の集まりだったという話から始まっていた。今でこそ野球の名門校で全国的にもいいイメージに思われるが当時は全然。野球部だけでなく他の生徒もワルか不良ばっかしの男子校だった(昨年から共学化した)。実は鹿大第二内科の後輩のズキちゃんDrは横浜出身で、以前(25、6年前)横浜高校の話題になったとき、「あ、横浜(高校)ですか。とんでもないですよ。偏差値5の学校です」と突き放したのだ。偏差値50の間違いではない。ま、偏差値5はあり得ない数値だから大げさとは思うが、愛甲自身の話からもズキちゃんの評価に近いものがあったと知れた(実際は偏差値は30前半程度だったらしい)。「俺の周りは不良とバカしかいなかった」「悪い奴しかいない」「先生も不良上がり。殴る蹴るは当たり前」「野球部なんて不良じゃなきゃ耐えられない」「3年生は神様でシャンプー使っていいよと言われて渡されるけど、絶対中に小便入ってんのよ」などなど。

愛甲って確かに不良でWikipediaでは「中学時代から不良の道にも精を出し始め、タバコ、・女・シンナー・万引き・暴走族など、悪いと言われることは全てやった」と書かれている。甲子園優勝した日の夜は朝まで麻雀をしたというし、「優勝パレードの後に知り合いの社長が来て、一緒に堀之内のソープランドに連れて行ってもらった。あの時は待合室にお姉さんたちが集まってきてサイン会になった」などエピソードに事欠かない。また高校卒業間際には暴行事件が発覚し、愛甲はチームメイトや関係者らに謝罪したが、横浜高校はこの一件が原因で対外試合禁止処分を受け春の大会に出場できなかったと迷惑も掛けている。横浜出身のズキちゃんがあのように言うのもなるほどである。

しかし今回対談を聞いて、意外に愛甲ってしゃべりが上手く地頭も悪くない印象を持った。二話以降はプロに入ってからも張本先輩、有藤先輩のコワい話、落合先輩にバッティング指導だけでなくいろいろ指導を受けた話、金田、村田の投手の習性の話など、自然に聞けるし、また笑いのツボも押さえていて毎回必ず吹き出すネタを持ってくるんだ。現在(11月3日)第九話でまだ継続中だ。いや、面白い。→https://www.youtube.com/watch?v=coMfHd-djeA

2021年10月31日日曜日

私が会ったことのある候補者たち

韓ドラ「ヴィンチェンツォ」全20話をようやく見終わった。9月半ばには8話まで見ていたのだが、「哲仁王妃」も並行して見ていたし、そこにあの「復活」のAmazon Prime配信が始まってそっちに行き、結局今月20日からまた再開し鑑賞した。ブラックユーモアとシリアスな場面が融合した勧善懲悪というより悪が懲悪しスカッとするところにこのドラマの新しさがあった。敵役の財閥会長やその弁護士がためらいもなく人殺しをするわ、主人公もドラマ内で10人強は殺すわで現実にはそんなんあり得ないやろと思うが、そこはドラマだからね。最近の韓国現代ドラマには無慈悲に人を殺しても何の罪の意識も持たないサイコパスなキャラが増えていて、それを思えば16年前の「復活」の頃はまだ悪役も人間味があったかなと思う。あれも20年前殺人を侵した悪役が悔い改めようとしたことが事件の発端になった。

「ヴィンチェンツォ」で唯一ほろりとしそうになったのが主人公ヴィンチェンツォが余命幾ばくもない母親を車椅子で散歩に連れて行き、そこで母親が自分の捨てた子どもへの思いを語るシーン。お互いに親子だと認識しているはずだが表面上は弁護士と原告人の立場だ。ドラマ冒頭では母親への恨みもあったようだが、この頃には主人公は完全に母親がなぜ我が子を見捨てざるを得なかったか理解している。しかし「お母さん」とはまだ言えていない。
告白を聞き、嗚咽するも必死で隠そうとするヴィンチェンツォ。この時ソン・ジュンギは役になりきって本当に泣いているとしか思えない演技だった。大ヒットした「太陽の末裔」よりこのドラマの方が役者としてはずっと良かった。

衆院選の結果が出たな。各マスコミの予想はほぼ外れていた。自民は過半数ぎりぎりだとか、立民や共産は議席を伸ばすだろうと言っていたのにそうではなかった。自民は議席減らしたが実質は勝利だ。ただ維新に多く票が流れたのは必ずしも自民を信任しない層がかなりいる証(あかし)だろう。鹿児島1区の立民川内博史は比例復活もできずに「ただの人」になってしまうのか。2区の三反園訓の当選は予想が当たったがこの人はちょっと信用がねえ。個人的には県知事時代の行政への姿勢が好きではなかった。同じく2区の松崎真琴はバリバリの共産党だから当選は無理だったろうが三反園さんが出なかったからもう少し票を伸ばしただろう。実はこの川内、三反園、松崎の3人は私は直に本人を見たことがある候補者たちだ。

川内さんは2005年9月の衆院選の選挙運動が終わった直後の9月10日土曜日夜に城山観光ホテルのバーで会っている。この日は第二内科入局同期の20周年の会があって二次会で飲んでいたところ、同期の草むらDrが知り合いだったんだろうねぇ、21時ごろに「川内を呼ぼう」と呼び出し、それにまた川内博史が日焼け顔でやって来たのにびっくりした。
その日のこてる日記には「某候補(川内博史)は簡単に自分のこと、相手方の政策の矛盾点の批判などアピールしていた。何か質問は?という問いかけにトクげんDrが色々質問したのにはちょっと驚いた。一番政治とかに縁のなさそうなヤツに思えたのだが・・。それも結構食い下がってたなあ。えらいよ。私など自分の選挙区に誰が立候補してるのかつい昨日知ったばかりだった。」と書いていた。4年後、民主党は大勝し自民から政権を奪うことになる。個人的には彼には非常に良い印象があり今回の落選は惜しい。またの捲土重来を期したい。

三反園さんは天文館の赤信号を一瞬渡ろうとして思いとどまったシーンを以前書いた(2019年4月18日赤信号無視を思いとどまった有名人)。

最後の松崎真琴さんだが、会ったのはなんと43年前である。
彼女が20歳、私が18歳か19歳のころで鹿大の2年生と1年生だった。私は医学部の1年2組の何か役を受けて学生執行部の人たちと連絡を取り合う立場だった。当時の(今もそうかも知れないが)執行部は民青が取り仕切っていた。その中に彼女もいた。自己紹介の時だったかな「松崎まことっていうの」に対し私がうん?という表情を見せた。「ああ、まことって言うけどいい漢字なのよ」と「真琴」と書くんだと教えてくれた。私は素直に「へー、イイですね」と答えた。そんな名付けは初めて知ったし確かにいいじゃんって。当時の執行部で覚えているのは彼女と古本市を1978年に初めて始めたその名も「本田」君だけか。活動的な人たちだったね。その後松崎さんの名前は聞くことがなかったが、今世紀に入り県会議員でちょくちょく目にするようになった。お顔も私の記憶どおりであの時の真琴さんに違いない。今回経歴を見て少し驚いたのが両親は当初自民党支持者だったということだ。しかし彼女は大学に入ってすぐに共産党に共鳴し入党した。今では両親も共産支持だというからすごいもんだ。

ともかくも衆院選が終わって世間も落ち着くか。コロナも今のところすごく落ち着いている。また暴れずそのまま落ち着きますようにー。

2021年10月30日土曜日

カワセミを撮った

土曜外来が終わる頃、ギボヒサコの処方薬を取りに病院近隣の「さわやか薬局」に行った。ついでに思川を眺めようと道路の反対側に渡ってみた。一昨日のネタの「カワセミ」がいないかなーと思ったのだ。少し上流方向を見ると白い鳥が飛んでいて写真に撮ったりした。うーん、白いのじゃなくて青い鳥が見たいのだがー。
すると、目の前の川縁にサーッと青い鳥が止まって来た。あっ、カワセミ!ちょうどカメラを構えたままだったのですぐにシャッターを切ったが、すぐに飛び立ったため1回目は失敗した。しかしその直後、川面を飛んでいる瞬間を撮ることが出来た。↓。
上の写真だけではカワセミかどうかはっきりしないけど↓の拡大にすると羽根が青く、そうだと分かる。くちばしは黒っぽいのでオスの方かな。
いずれにせよ、一昨日の日記の最後に「青雲会病院の目の前には思川がある。午後にはきっとこのようにお魚さんを獲っていたことだろう」は本当だったのだ。初めて生でカワセミを見ることが出来たし、思川を縄張りにカワセミが生活していると知ってうれしくなった。↓のGoogleMapの写真で黄〇が私が立っていた場所で青〇がカワセミの飛んでいた場所だ。
私はバードウォッチングを趣味にしてはいないけれど、こんな場合、やはり一眼レフで望遠付きのカメラがいいなと思った。そんでもって思川で魚を狙っているカワセミが撮れたら最高だ。そうだ、この前のメスは大丈夫だったろうか。今度眺めるときはつがいで飛んでいる姿も見てみたい。にわかバードウォッチャーは思いを巡らすのだった。

2021年10月29日金曜日

選挙を前に「政権の評価」をする

がーん!天鳳はとうとう八段を降段してしまった。持ちポイントが100ー200Pあたりをウロウロしていて必死に食い下がっていたが145Pでラスを引いてしまいー150P引かれ降段した。はあ〜。今年3回八段に上がるも結局3回落ち。七、八段エレベーター組という言葉が天鳳にあるが私の実力はその程度なんだろう。今は広島に行ってしまったおおばばMR(現六段)はそれでも「八段になれるだけでもすごいこと」なんて言ってくれるがネー。

ちょぴり悔しいのは8月から七段に上がっていたサブアラドDrが今、七段の2255Pにあること。七段の開始は1400Pからだから私より上にいやがる。サブアラド七段は2ヶ月以上もこの段位をキープ出来ているだけあって打ちぶりが安定し鳳凰卓(七段以上の専用卓)を維持出来ている。去年も1回七段に上がったがその時は2週間ほどで六段に降段しそのまま1年近く特上卓(四段〜六段の卓)でたむろしていたのにー。たつやましたDrがサブアラドの観戦をしていて「サブアラド強すぎ。波に乗ってる。ディフェンス力半端ない。僕にあれは真似できないです」と感想を言っていた。

私やたつやましたDrは麻雀の戦術本を読んだりYouTubeなどの麻雀サイトを見たりするいわゆるお勉強をして強くなろうとしているがサブアラドDrは本の類いは全く読まない。実践だけで強くなっているのがすごい。その意味では私なんかよりよっぽど麻雀の才能はあると思う。ま、彼が麻雀の勉強を本格的にやっていないゆえに私にとっては有り難いんだがな。

それはそうと、最近、コロナ感染がとんとなくなった。鹿児島県の発生状況も0人という日が続いている。ここまで急に感染が減るというのはワクチンの2回接種が70%を越えているからという解釈だけでは説明が付かない。コロナウイルスそのものに感染力が減退している変化が起きていると考える方がしっくりくる。このまま感染が収束そして終息してくれれば何も言うことはない。近々衆議院選挙があるが某政党の現政権へのコロナ対策は「全部ダメだった」とバッサリ切り捨てていた。これを読んで「はて?」と疑問に思わない人がいたら、その政党に染まっているか、ただ印象だけでそう思っているかのいずれかだろう。データでは現在の日本のワクチン接種率は世界でも上位だし死亡率(感染率ではない)も世界最良のグループにある。積極的に評価しないまでも「全部ダメ」と言っている側こそおかしいと思うのが普通の感覚だ。

今度の選挙は「コロナ対策」が争点の一つだとマスコミが言っていたようだがそれも少しおかしい。はっきり言って今の時点ではどこの政党がやってもそんなに差が出るとは思えない。逆に感染真っ盛りの1年半前から2ヶ月ほど前は誰がやってもコロナ感染を完全に抑え込むことは出来なかったはずで批判は免れなかった。当時の菅政権はワクチン接種推進と東京オリンピックを批判にめげず開催してくれたというこの2点だけでも評価に値すると私は思っている。コロナがこんなに沈静化しているのにそれを一般大衆でそれを「政府のおかげ」という人は誰もいない(確かにウイルス自体の感染力低下と思われるが)。蔓延しているときは「政府が悪い」という人が大半だったような気がするが・・。かように政治家なんてまともに評価はされにくい職業だ。私は例え人から成れると言われても成りたくはないな。

2021年10月28日木曜日

腐りかけが一番ってか

食前の体重が79.2kg!ほうほう、食後体重81.6kgだったときと比べ確実に減量進行中だ。これならば1ヶ月で食後体重減量2kgも十分に達成出来るわい。先週から朝食をカールに作らせず自分で少なめのパンやご飯、バナナ程度で済ますことと、間食厳禁をしっかり守っているのが大きい。今までが朝の摂取量が多かったんだよー。

夕方、LINEでカールから「腐りかけたバナナ🍌があったので、ケーキ🧁になります」と連絡があった。うん?腐りかけのバナナだと。あーそうか。先週コスモスで3本99円で買ったバナナを1本忘れて残してしまっていたんだ。カールによると戸棚に「完熟の匂いがすごかったので見たら(バナナが)あった」そうで、捨てるのかと思いきや、「この私がそんなことをするわけがない。むだなことはしないんだから」とバナナケーキにするんだそうだ。
夕食時には出来上がっていたバナナケーキ。たった1個のバナナからこれだけのものが出来たら本当に有効活用だ。それにバナナは腐りかけが一番・・なんて言うしー。美味しく頂きました。
食事も終わってネットで麻雀のMリーグなど見ていたら、あららカールさん、そのままの格好で寝入ってしまっていた。そばにはゲンちゃんも付き添って。有効活用も疲れるんですかねー。

2021年10月27日水曜日

カワセミ「愛の不時着」

昼前だったか、外来で患者さんの案内や問診をメインにしてくれているベテランナースのブルゾンNsがスマホ片手に「今日はちょっと良いことしました」と話しかけてきた。「朝一のことですけど青い鳥を助けたんです」と。青い鳥?私はすぐにカワセミのことかなと思ったが見せられた画像を見ると、はたしてそうだった。


「これ、カワセミって言うんですってね」とブルゾンさんは知らなかったようだ。「まさにカワセミ、野鳥の中では一番人気と言っていいくらいバードウォッチング界では有名な鳥だよ」

最初、ブルゾンNsは玄関横の窓にいる老ご夫婦のうち夫がかがみ込んだのを見て「あら具合でも悪いのかしら」とすぐに玄関外に駆け寄った。しかし夫は具合が悪かったのではなく、「今、この鳥が窓にぶつかってへたり込んでいるのでしゃがんで見ているんですよ」と青い鳥を指さした。実はもう1羽同じ青い羽根の鳥がやって来ていて、具合の悪いもう1羽を心配そうに見つめていたのだった(上写真)。ぶつかったと思われる鳥は首をきょろきょろとし挙動不審でいかにも具合が悪そうだったので、ブルゾンNsは段ボール箱を取り寄せるように頼み、念のためとスマホで写真を撮った。そして両手で抱きかかえそっと段ボールに入れてガーゼでくるんであげ、近くの薬局で保護することにした。↓その時の様子を再現してもらった。
↓段ボール箱の中の青い鳥

驚いたことにもう1羽の鳥も逃げずにブルゾンNsに抱かれてそのまま箱に入ったのだそうだ。そして箱の中で相手をじっと見つめていたと。全くの野鳥なのにそんなことある?思うにこの2羽はつがいだったのではないか。ネットで調べるとカワセミは普段は単独行動をする鳥らしい。しかし繁殖期はそうでもないとのことだ。雌雄の区別はくちばしが全部黒色なのがオスでくちばし下方がやや赤みがかったのがメスらしい。するとへたりこんだ方が明らかにメスと分かる。オスはメスのそばを離れようとはしなかったのだ。

カワセミの2羽は薬局では箱の中でおとなしくしていた。しかし30分もすると元気なオスの方が室内を飛び回り始めた。そこで薬剤師が網にいれてオスと思われる方を逃がすことにした。その間、ネットで鳥の脳しんとうの処置を調べていたブルゾンNsは自分のやった処置が概ね正しかったことを確かめていた。小1時間もすると元気のなかったメスも羽ばたこうとしたので玄関から外へ連れて行き外に飛び立つまで見届けたという。飛ぶ瞬間はうれしかったとブルゾンNsは言い、病院の患者さんも「ここは人だけではなくて鳥もたすけるんだねえ」と感心していたそうな。

ともかくも不時着して下手すれば命に関わるところを優しい病院の看護師さんに助けられ無事で良かった。しかし鳥にもつがいの相手を思いやる愛情があることが分かって感心するやらだった。↓はネットで拾ってきた川で捕食するカワセミの様子(これはメスだな)。見事なシーンだね。青雲会病院の目の前には思川がある。午後にはきっとこのようにお魚さんを獲っていたことだろう。